2022 Volume 64 Issue 5 Pages 1112-1117
症例は55歳,男性.黒色便と労作時の動悸を主訴に受診し精査の結果,長径22mmの出血性十二指腸脂肪腫と診断した.内視鏡医と外科医が合同で透視下超音波内視鏡検査を行い,ESDが可能な病変であること・腹腔鏡による補強が可能な局在であることを確認し,十二指腸-腹腔鏡内視鏡合同手術(laparoscopy and endoscopy cooperative surgery for duodenal tumor:D-LECS)の方針とした.手術手技としては,外科術者が腹腔鏡操作で十二指腸周囲の剝離・授動を十分に行い,内視鏡術者がESDで脂肪腫を切除したのちに,潰瘍部より外側の漿膜筋層を縫合した.この手技により,狭窄の予防と遅発性穿孔のリスクを軽減することができると考えられるが,治療方針の決定には内科外科間における術前のコンセンサスの共有が重要と考えられる.
A 55-year-old-man presented with tarry stool and heart palpitations. The patient was diagnosed with hemorrhagic duodenal lipoma based on computer-tomography and endoscopic findings. Endoscopic ultrasonography (EUS) with X-ray fluoroscopy findings indicated that treatment with laparoscopy and endoscopy cooperative surgery for duodenal tumors (D-LECS) was possible. During surgery, the duodenum was first mobilized laparoscopically. Next, endoscopic mucosal resection (ESD) was performed and seromuscular sutures were applied to the area surrounding the ESD ulcer. This procedure was found to decrease the risk of stenosis and delay perforation. Therefore, it is important that the gastroenterologist and surgeon reach a consensus when deciding the treatment.
非乳頭部の表在性十二指腸腫瘍や粘膜下腫瘍に対する治療として,十二指腸-腹腔鏡内視鏡合同手術(laparoscopy and endoscopy cooperative surgery for duodenal tumor:以下D-LECS)が報告されており,手技やpit fallなどについても議論されつつあるのが現状である.
今回われわれは,出血性十二指腸脂肪腫に対してD-LECSを施行し,良好な経過が得られた貴重な症例を経験したため,手技の工夫などについて文献的考察を加えて報告する.
55歳,男性.
主訴:1カ月前からの黒色便と労作時の動悸.
現病歴:2020年12月,上記主訴にて当院救急外来を受診した.血液検査でヘモグロビン7.7g/dlと貧血を認め,消化管出血の疑いで精査加療目的に外科及び消化器内科へ紹介となった.
既往歴:高尿酸血症,20歳時に漏斗胸の手術.
内服薬:フェブキソスタット.
初診時身体所見:体温36.4℃,血圧126/75 mmHg,脈拍93bpm,経皮的動脈血酸素飽和度97%.眼瞼結膜に貧血を認めた.腹部は平坦・軟で腫瘤は触知せず.直腸診では普通便付着.
初診時血液検査所見:赤血球数259×104/μl,ヘモグロビン7.7g/dl,ヘマトクリット23.4%と正球性正色素性貧血を認めた.PT 11.3秒,PT-INR 1.03,APTT 25.6秒と凝固能の異常は認めなかった.その他特記すべき異常は認めなかった.
腹部造影CT検査所見(Figure 1):十二指腸下行脚の内腔に最大径22mmの低吸収な腫瘤を認めた.内部は均一で造影効果は乏しく,造影剤の血管外漏出は認めなかった.CT値は平均-93HUであり脂肪腫と考えられた.
腹部造影CT(冠状断).
十二指腸下行脚に造影効果の乏しい22mm大の低吸収な腫瘤を認めた.CT値は平均-93HUであった.
上部消化管内視鏡検査所見(Figure 2):十二指腸側から幽門輪にはまり込む腫瘤性病変を認め,さらに内視鏡を挿入して観察を進めると十二指腸下行脚の乳頭対側の20mm遠位側に1/4周性,腫瘤の大きさは長径30mm,茎の基部は20mmで,亜有形性の粘膜下腫瘍様病変であった.鉗子圧迫でCushion sign陽性であった.表面にびらんを伴い,消化管出血の原因と診断した.
上部消化管内視鏡所見.
A:十二指腸下行脚に腫瘍性病変を認めた.
B:腫瘍は正常粘膜に覆われており,粘膜下腫瘍と考えられた.
C:粘膜面の一部にびらんを認め,出血源と考えられた.
手術までの経過:CT検査所見及び内視鏡所見より出血性十二指腸脂肪腫の診断となった.活動性の出血は認めず,バイタルサインが安定していたため,さらに精査を行った上で術式を詳細に検討し,待機的に切除を行う方針とした.
透視下超音波内視鏡検査所見:12MHz超音波内視鏡で観察し,第3層を主座とする22mm大の内部均一な高エコー腫瘤を認めた.筋層に接するが境界は明瞭で筋層浸潤を疑う所見は認めず,内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)可能と判断した.またアミドトリゾ酸ナトリウムメグルミン液による造影では,腫瘤の基部は十二指腸下行脚のVater乳頭対側・遠位側に存在し,Vater乳頭から20mmの距離があり十二指腸下行脚をKocherの授動術を行うことで縫縮可能な部位であることを確認した.
手術所見(Figure 3):5つのポートを配置して腹腔鏡操作を開始した.大網を切開し,網嚢を開放し十二指腸前面から結腸間膜を剝離し十二指腸水平脚まで確認した.十二指腸下行脚を後腹膜から授動し,膵頭部背面と下大静脈を露出した.内視鏡操作に移り,ST(Small-caliber-tip transparent)フードショートタイプ(DH-29CR富士フイルム社製)を装着し,Dual Knife JTM(Olympus社製),IT Knife nanoTM(Olympus社製),SB Knife JrⓇ(住友ベークライト社製),CoagrasperⓇ(Olympus社製)を使用し,口側からPre-cutを置きPocket creation methodによるESDを施行した.脂肪腫と十二指腸筋層は比較的距離があり,出血や穿孔はなく一括切除を行った.腫瘍は内視鏡的に回収困難であったため,胃体部まで腫瘤を誘導し前壁に小孔を開けて回収した.十二指腸の補強は,内視鏡で確認しながらESD部より外側の漿膜筋層を3-0 STRATAFIXⓇ(ETICON社製)で連続縫合し組織を寄せた.ドレーンは留置せず手術を終了した.
術中所見.
A:腹腔鏡観察で,ESD部は漿膜・筋層が脆弱で膨んで見えている.
B:ESD潰瘍部は,内視鏡観察で出血や穿孔は認めない.
C:腹腔鏡操作でESD部より外側の漿膜筋層を縫縮した.
D:縫縮後,潰瘍底の緊張が取れていることを内視鏡で観察した.
病理組織学的所見(Figure 4):肉眼所見では,22×20mmの黄色で表面平滑な腫瘤を認めた.粘膜下層以下に成熟した脂肪組織を認め,菲薄な線維性の皮膜で包まれていた.脂肪肉腫を示唆する未熟な脂肪組織や大小不動,異形細胞は認めず,悪性所見を否定し得たため脂肪腫と診断した.
病理組織学的所見(HE染色).
粘膜下層以下に成熟した脂肪組織が菲薄な線維生の皮膜で包まれていた.
術後経過:術後4日目より経口摂取開始し,術後8日目に経過良好で退院となった.術後3カ月目の内視鏡で十二指腸に狭窄などの異常所見は認めず,血液検査でヘモグロビン13.8g/dlと貧血が改善していることを確認した.
十二指腸脂肪腫の頻度は,十二指腸良性腫瘍のうち2.9~5.9%と報告されている 1),2).また消化管脂肪腫の発生部位としては,本邦では遠藤ら 3)によると胃40.8%,空腸・回腸34.6%,大腸19.3%,十二指腸3.3%,食道1.3%の順で,十二指腸脂肪腫は比較的まれな疾患であるとされている.
質的診断にはCTが最も有用であり,腫瘍内部が-40~-120HUの脂肪濃度を呈するため診断が可能であるとされている 4).本症例はCTで十二指腸下行脚内腔に最大径22mmの内部均一で低吸収な腫瘤として描出され,CT値は平均-93HUであり術前に脂肪腫と診断し得た.
十二指腸脂肪腫が出血をきたすことは比較的まれであり,Michelら 5)は218例の切除例中12例(5.5%)に消化管出血を認めたと報告している.また日野ら 4)は,出血例においては十二指腸脂肪腫の平均長径27mmよりも大きい傾向があると述べている.脂肪腫は本来hypo-vascularな腫瘍であるが,腫瘍の増大に伴い消化管内容物による牽引や腸管の蠕動運動による伸展が加わり,表面にびらんや潰瘍を形成することで出血をきたすと考えられている 5),6).本症例は長径22mmと比較的小さな腫瘤であったが,内視鏡所見で,十二指腸下行脚に基部がある腫瘤が,はじめ幽門輪にはまり込んでいるように観察され,可動性が高い病変であった.腫瘤の大きさのみならず,可動性の評価が十二指腸脂肪腫の出血予測に重要な要素である可能性が考えられる.
十二指腸脂肪腫に対する治療法は,外科的切除または内視鏡的切除を行うとされており 7),Yuら 8)は,穿孔や出血の危険性を最小限にするため,内視鏡的切除の適応は可動性のある直径2cm以下の基部をもつ病変にとどめるべきであると報告している.本症例は22mm大であり既報に則ると外科的切除の適応となる症例であった.当院では十二指腸腺腫などに対してD-LECSを行った経験があり,本症例の内視鏡治療の出血や穿孔のリスクと外科的切除の侵襲を鑑みて,D-LECSを選択した.
十二指腸ESDは,21~35.7%で穿孔が起こるとも報告されており 9),10),合併症のリスクが高い高難度手技であるため,胃GISTに対して考案されたLECSの概念を,十二指腸病変に応用したものがD-LECSである.腺腫,粘膜内癌,10mm未満のNET G1,粘膜下腫瘍などで,Vater乳頭から10mm以上離れた半周性以下の病変が適応と考えられている 11),12).本症例は出血を伴う十二指腸脂肪腫であり,術前に透視下内視鏡を行い,腫瘍はVater乳頭対側の遠位側にあり,Vater乳頭との距離が10mm以上確保できることと十二指腸を授動すれば漿膜筋層縫合を確実に行える場所であることを術前の透視下内視鏡検査で確認した.
LECSは,内視鏡医と外科医が合同で手術を行う手技であることは言うまでもないが,われわれはD-LECSの術前検査として,それぞれの術者が合同で透視下内視鏡検査を行うことが必須であると考えている.腫瘍とVater乳頭との位置関係やESD可能な深達度かどうかという内視鏡医的視点と.十二指腸の局在,他臓器や後腹膜固定との位置関係で,どこまで剝離・授動を行えばよいかという外科医的視点で,透視下に内視鏡を行いD-LECSが可能かを合同でシミュレーションする.リアルタイムに内視鏡の画像や動きを透視下に捉え,それぞれの術者が確実にD-LECS遂行可能であると納得するまで話し合い検査を終える.一歩でも間違うと重大な合併症が起こり得ることや,膵頭十二指腸切除術を行わなければならなくなる部位であるからこその慎重な術前準備が必要な手技であることを強調しておきたい.
D-LECSには,全層切除+全層縫合,ESD+全層縫合,ESD+漿膜筋層縫合といった方法があるが,李ら 13)は全層切除+全層縫合では胃排泄遅延が14%あり,ESD+漿膜筋層縫合を行うことで術後狭窄のリスクは減少すると述べている.本症例は外科術者が腹腔鏡操作で十二指腸周囲の剝離・授動を十分に行い,内視鏡術者がESDで脂肪腫を切除したのちに,ESD部より外側の漿膜筋層を縫合した(Figure 5).全層縫合を行わないことにより狭窄は起こりにくく,ESD部よりも外側の漿膜筋層を縫合することで,ESD部に緊張がかからなくなり,さらに小腸などでパッチを当てた時と同様に2重に補強され,遅発性穿孔のリスクを減少することができると考えている.前述したように,D-LECSは十二指腸ESDを安全に行うために考案されたものであり,全層切除を必要としない病変に対しては可能な限り,ESD+漿膜筋層縫合を行うことが適切と考えられる.
手技のシェーマ.
内視鏡操作で,十二指腸脂肪腫に対してESDを行う.
腹腔鏡操作で,潰瘍よりも外側で漿膜筋層縫合を行う.
そうすることで,縫合後は潰瘍底が寄り緊張が取れる.
医学中央雑誌(1983~2021.6.)とPub-Med(1946~2021.6.)にて「十二指腸脂肪腫(duodenal lipoma)」と「D-LECS」のキーワードで検索を行ったが,十二指腸脂肪腫に対してD-LECSを施行した報告は検索し得なかったため,本症例が本邦初の報告である.
今回われわれは,出血性十二指腸脂肪腫に対してD-LECSを施行し,良好な経過が得られた貴重な症例を経験したため報告した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし