2022 Volume 64 Issue 5 Pages 1125-1132
症例は,55歳男性,左上腹部痛を主訴に紹介受診となった.血清CA19-9などの腫瘍マーカーの上昇を認め,CT検査で膵尾部,脾門部近傍に60mm大の腫瘤性病変を認めた.病理診断目的にEUS-FNAを施行した.EUS-FNA後に腫瘤内感染・腫瘤穿破を認め,経皮的膿瘍ドレナージを行った.EUS-FNAで確定診断に至らず悪性病変を否定できなかったため,その後外科的切除を行い膵リンパ上皮囊胞(lymphoepithelial cyst:LEC)と診断した.膵囊胞性病変に対する穿刺の偶発症につき中心に報告する.
A 55-year-old male was referred to our hospital due to chronic upper left abdominal pain. A blood test showed an elevated level of CA19-9. Abdominal CT revealed a 60mm tumor near the tail of the pancreas. Endoscopic ultrasound-guided fine needle aspiration (EUS-FNA) was performed but a definitive diagnosis was not established. Ten days after EUS-FNA, he was admitted to our hospital with an infection and rupture of the tumor. Based on a diagnosis of tumor perforation and surrounding abscess, percutaneous drainage was performed. Surgery was also performed to rule out malignancy. Pathological examination of the resected specimen revealed lymphoepithelial cyst of the pancreas. This report describes the adverse events of EUS-FNA in patients with cystic lesions of the pancreas.
膵リンパ上皮囊胞(lymphoepithelial cyst:LEC)は膵囊胞性疾患のなかでも比較的まれな良性疾患であるが,なかには充実性の形態を呈し明らかな囊胞性病変と断定できないものや,CA19-9の上昇を伴い悪性腫瘍との鑑別が困難な例もある.今回,超音波内視鏡下穿刺吸引術(EUS-FNA)後に腫瘤内感染・膿瘍形成をきたし,ドレナージ治療後に外科的手術を行った膵LECの1例を報告する.
患者:55歳,男性.
主訴:左上腹部痛.
患者背景:無職,母親と2人暮らし.
既往歴:2型糖尿病,高血圧症(ともに50歳より),多血症(20歳代より),虫垂炎術後(10歳代).
飲酒歴:酎ハイ500ml×2本/日,週2回.
喫煙歴:6年前まで40本×25年,以降禁煙.
現病歴:受診1カ月前頃から左上腹部の持続痛を認め精査目的に当院に紹介となった.
初診時身体所見:身長164cm,体重79kg,体重指数(BMI)29,腹部は平坦で軟,左上腹部に鈍痛の自覚はあるが圧迫で痛みの増悪なし.
初診時血液検査所見:T-Bil 0.28mg/dl,AST 19U/l,ALT 19U/l,LDH 210U/l,ALP 360U/l,γ-GTP 87U/l,AMY 71U/l,Alb 3.6g/dl,BUN 13.8mg/dl,Cr 1.11mg/dl,CRP 3.088mg/dl,WBC 7,700/μl,Hb 15.5g/dl,Plt 19.2×104/μl,HbA1c 12.7%,腫瘍マーカーはCEA 7.8ng/ml,CA19-9 3,886.5U/ml,Span-1 531.7U/ml,DUPAN-2 33U/ml,SCC 11.5mg/dl,NSE 6.7ng/dlであった.
腹部超音波検査:脾臓近傍に54×33mm大の内部不均一な低エコー性腫瘤像を認めた.内部には散在性に斑状高エコー域を認めた.腫瘤内部に血流を認めなかった(Figure 1).
腹部超音波検査.
脾臓近傍に54×33mm大の内部不均一な低エコー性腫瘤像を認めた.内部には散在性に斑状高エコー域を認めた.腫瘤内部に血流を認めなかった.
腹部造影CT検査:膵尾部,脾門部近傍に長径63mmの低吸収腫瘤を認めた.明らかな造影増強効果は認めなかった(Figure 2).
腹部造影CT検査(a:軸位断,b:冠状断).
膵尾部(黒矢頭),脾門部(白矢頭)近傍に長径63mmの低吸収腫瘤(矢印)を認めた.明らかな造影増強効果は認めなかった.
腹部MRI検査:膵尾部にT1強調画像で肝臓や脾臓と同程度の低信号,脂肪抑制T2強調画像では小さな高信号域の集簇が疑われ,隔壁様の部分では高信号,その内部では低信号を呈する腫瘤を認めた.拡散強調画像は高信号,ADCは低値を示した(Figure 3).
腹部MRI(a:脂肪抑制T2強調画像,b:DWI).
膵尾部にT1強調画像で肝臓や脾臓と同程度の低信号,脂肪抑制T2強調画像では小さな高信号域の集簇が疑われ,隔壁様の部分では高信号,その内部では低信号を呈する腫瘤を認めた.拡散強調画像では高信号,ADCは低値を示した.
磁気共鳴胆管膵管造影(Magnetic Resonance cholangiopancreatography:MRCP):主膵管と腫瘤性病変との交通ははっきりしなかった.
超音波内視鏡検査(GF-UCT260 Prosound F75:日立アロカメディカル,東京):膵尾部,脾門部近傍に48×45mm大の低エコー性腫瘤を認めた.腫瘤は境界明瞭,内部不均一であり内部に高エコー領域や無エコー域を認めた.腫瘤と膵実質との境界は明瞭で辺縁は整であり,連続性を認めなかった.また腫瘤と膵管にも交通を認めなかった.ソナゾイドⓇ造影では,明らかな造影剤の流入は認めなかった(Figure 4,5) (造影EUS MI=0.30,ソナゾイド注入後1分の画像.).
超音波内視鏡検査.
膵尾部,脾門部近傍に48×45mm大の低エコー性腫瘤を認めた.腫瘤は境界明瞭,内部不均一であり内部に高エコー領域や無エコー域を認めた.
造影超音波内視鏡検査(MI=0.30,ソナゾイド注入後1分の画像).
ソナゾイドⓇ造影では,明らかな造影剤の流入は認めなかった.
矢印の部分を腫瘤の表面から内部へ約3cmのストローク幅で穿刺した.
経過:CT,MRI所見からはepidermoid cyst,膵LECを,EUSのBmode所見からは腺扁平上皮癌,退形成性膵管癌,Solid-pseudopapillary neoplasm(SPN),膵LECを鑑別に挙げた.CTやEUSで造影効果がない点では癌やSPNといった充実性腫瘍は考えにくかったものの,EUSのBmode所見やMRIの拡散強調画像で腫瘤全体的に拡散の低下を認めた点からは充実性腫瘍を完全に否定できず,またCA19-9が高値であった点から悪性を否定できないと考えた.チームカンファレンスで検討した上,EUS-FNAを行う方針とした.患者に偶発症のリスクにつき説明し同意を得て,EUS-FNAを施行した.EUS-FNAは十分量の検体を採取するため胃体部からAcquireⓇ 19G(Boston Scientific社,Tokyo,Japan)を用いて実施し,腫瘤の表面から内部へ約3cmのストローク幅で穿刺した.20mlのシリンジを用いて陰圧をかけ持続吸引を行いながら1セッション20回程度のストロークで3セッション穿刺を施行し,白色の検体を採取した(Figure 6).予防的な抗菌薬は使用しなかった.病理所見ではケラチン様物質と上皮成分を認めた.上皮成分は細胞質内に粘液産生を示し,軽度の核異型を認め,重層化を呈して乳頭状となっており悪性を否定できない結果であった.EUS-FNAの翌日,症状なく退院となったが,退院10日後にふらつきを主訴に救急搬送された.39度の発熱,左上腹部痛,炎症反応の著明な上昇(CRP 44.521mg/dl,PCT 12.65ng/dl,WBC 15,500/μl)を認め,CT検査で既知の腫瘤が70mm大へと増大し,腫瘤内部辺縁を中心に気腫性変化を伴っており,腫瘤内感染が疑われた.また腫瘤の周囲脂肪織濃度の上昇も認め腫瘤内容液の漏出を疑った(Figure 7).同日入院となりメロペネムでの抗菌薬加療,高血糖(HbA1c 11.4%,血糖414 mg/dl)に対するインスリン治療,その他支持療法を開始した.その後のCT検査で脾臓周囲・左腹直筋直下に液貯留を認め膿瘍形成を疑い,経皮的にエコーガイド下膿瘍ドレナージを行った.乳白色の膿汁が排出され,膿瘍液の細菌培養からはViridans streptococcusが検出された.排液の細胞診は複数回提出したがclassⅡであり,悪性所見を認めなかった.膿瘍内容液中のアミラーゼ値は17,440U/l,細胞数は349,193/μlと著明に高値であった.治療により腹痛は消失し,解熱した.搬送後第59病日のPET-CTでは,腫瘤に明らかなFDGの集積を認めなかった.また,ドレナージ後の腫瘍マーカーはCA19-9 62.0U/mlと初診時に比べ低下を認めた.EUS-FNAで得られた検体からはケラチン様の物質を認めており膵LECの可能性も示唆されたが,異型上皮を認めていること,腫瘍マーカーは低下したものの依然として高値であることから,膵腺扁平上皮癌の囊胞変性などを完全に除外することはできず,外科的に腫瘤を切除する方針とした.糖尿病・肥満のリスクもあったため,高次施設に転院となり,腫瘤の切除および残存する膿瘍のドレナージ目的で膵尾部切除術・外科的膿瘍ドレナージ術が行われた.手術標本の病理所見では,膵組織内に囊胞形成がみられた.囊胞内面は重層扁平上皮で覆われており,内腔に不規則に隆起していた.上皮直下にはリンパ組織が連なっており,胚中心を有したリンパ囊胞形成が各所にみられた.いずれの組織にも悪性所見は認めなかった(Figure 8).以上より,膵LECの診断とした.
EUS-FNAで採取した検体.
20mlのシリンジを用いて陰圧をかけ持続吸引を行いながら1セッション20回程度のストロークで3セッション穿刺を施行し,白色の検体を採取した.
腹部CT.
既知の膵尾部腫瘤が70mm大へと増大し,腫瘤内部辺縁を中心に気腫性変化を伴っており,腫瘤内感染が疑われた.また腫瘤の周囲脂肪織濃度の上昇も認め腫瘤内容液の漏出を疑った.
切除標本の病理学的所見.
膵組織内に囊胞形成がみられた.囊胞内面は重層扁平上皮で覆われており,内腔に不規則に隆起していた.上皮直下にはリンパ組織が連なっており,胚中心を有したリンパ囊胞形成が各所にみられた.いずれの組織にも悪性所見は認めなかった.囊胞内腔にはケラチン(矢印)が認められた(HE染色×10倍).
膵臓のリンパ上皮囊胞は1985年にLüchtrathら 1)によって初めて報告され,その後Truongら 2)により膵LECの名称で報告された.扁平上皮に覆われた囊胞壁とその周囲を取り囲むように発達したリンパ球浸潤からなる2層構造が特徴的であり,比較的まれな良性疾患である.囊胞内部には脂質やケラチン様物質が含まれることが多い.
膵LECは膵囊胞性病変のうち0.5%とされている.加茂田らの本邦における膵LEC72例についての報告 3)によると,平均年齢は58.3歳(29-76歳),男女比は9:1で男性に多い疾患である.症状は腹痛が多く,好発部位はみられなかった.形態としては多房性:単房性=5:2,大きさは平均5.0cm(0.5-11.5cm)であった.膵LECは良性疾患であるが,悪性疾患の可能性を除外できず外科的治療となることが多い.その原因としてCA19-9の上昇や,多彩な囊胞の画像所見が挙げられる.
加茂田ら 3)やMegeらの報告 4)では,膵LECの半数以上にCA19-9の上昇を認めるとしている.Yamaguchiら 5)は膵LECの扁平上皮がCA19-9を産生している可能性を示唆している.腫瘍の切除に伴いCA19-9の値が低下し正常化するとの報告もあり 6),本症例でも低下を認めた.
また一般的に膵LECは主膵管との交通は認めず,膵LECの内容液のアミラーゼ値は上昇しないとされている.樋口ら 7)やKaiserlingら 8)の報告では膵LECの内容液中のアミラーゼ値の上昇を認めなかったが,EUS-FNA後に膵LECの穿破,膿瘍形成を認めたMatsubayashiら 9)の報告では膿瘍内容液中のアミラーゼ値は著明に高値であった.本症例では腫瘤内感染による炎症の波及で膵管と腫瘤が交通したことで,膿瘍内容液中のアミラーゼ値が上昇した可能性がある.
膵LECの画像所見であるが,腹部超音波検査では境界明瞭な低エコー腫瘤として描出される.多彩な内部エコーを示し,内部にケラチン様物質を反映した高エコー域を認めれば膵LECを示唆する所見となる 10).造影CTでは,囊胞壁や隔壁のみが造影される 11).MRIのT1強調画像では低信号を呈することが多いが囊胞内容物により様々なパターンを呈する.T2強調画像では高信号を呈することが多いが内部のケラチン様物質が顆粒状の低信号を呈することもある.また,拡散強調画像では囊胞内のケラチン様物質が高信号を呈し,ADCでは低値であり 12),13),本症例も同様の所見を示した.EUS所見は,囊胞性病変を呈するものから充実性病変を呈するものまで多様であり 14),内部に角化物などの貯留があるため多彩な内部エコー像が認められる 15).
本症例では,結果的に囊胞性と診断された腫瘤に対するEUS-FNAにより腫瘤内感染・膿瘍形成という重篤な偶発症を認めた.本邦において膵囊胞性病変に対するEUS-FNAについては感染や播種のリスク 16)も報告されておりその適応には十分な検討や対策が必要である.一方,海外では日常的に膵囊胞性病変に対するEUS-FNAが行われている.EUS-FNAの偶発症は一般的に膵炎,出血,処置後の腹痛,感染などが挙げられる.膵囊胞性病変に対するEUS-FNAについての5,124例を対象としたZhuらのmeta-analysis 17)では偶発症のリスクは2.66%,そのうち感染のリスクは0.44%とされているが,ほとんどは軽微で医学的介入の必要ないものであり,EUS-FNAは膵囊胞性病変の診断における安全な手段であると結論づけている.しかしながらWangらのsystematic reviewでは,膵囊胞性病変に対するEUS-FNAの偶発症の頻度は2.33-5.07%であり,固形腫瘍の0.35-2.44%と比べ高いと報告している 18).本邦においては,EUS-FNAにより膵LECの確定診断を得て手術を回避した例 19),20)も報告されている一方,結果的に膵LECと診断された膵囊胞性病変に対するEUS-FNA後に腫瘍の穿破や増大を認めた例 9),21)も報告されている.
膵囊胞性病変に対するEUS-FNA前の抗菌薬投与について,Zhuらのmeta-analysis 17)では抗菌薬投与で予防効果がみられなかったとしているが,European Society of Gastrointestinal Endoscopy(ESGE)のガイドライン 22)やAmerican Society for Gastrointestinal Endoscopy(ASGE)のガイドライン 23)では,膵囊胞性病変にするEUS-FNA後に3-5日間のfluoroquinoloneやβ-lactam系の抗菌薬投与を推奨している.海外における膵囊胞性病変に対するEUS-FNAは,1回か2回の穿刺で内容液を吸引し採取する報告がほとんどである 17).本症例のように20ストローク程度の穿刺を数セッション繰り返す手法とはリスクが異なる可能性があり,予防的抗菌薬を使用することで感染や重症化を予防できた可能性もある.
また,本症例ではEUS-FNAの病理で悪性を否定できない核異型を伴う上皮を認め,腺扁平上皮癌の囊胞変性が除外できなかった.切除標本から悪性成分を認めなかったことから,EUS-FNAで確認された悪性を否定できない異型上皮はEUS-FNA時に変性した胃粘膜のcontaminationであった可能性がある.
囊胞性病変を否定できない腫瘤については,EUS-FNAを行う前に鑑別診断を熟考し十分にEUS-FNAの適応を吟味することが必要である.またEUS-FNAを実施する場合には抗菌薬の予防的投与を行い,処置後も感染を疑う所見がないか十分に患者の状態を観察し感染所見があれば早急に対応できる体制をとる必要がある.
EUS-FNA後に膿瘍形成をきたした膵リンパ上皮囊胞の1例を経験した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし