2022 Volume 64 Issue 8 Pages 1457-1461
症例は56歳女性.食後の咽頭痛,吐血により当院耳鼻科受診するも原因が分からず,精査目的で当科に紹介となった.上部消化管内視鏡検査所見では,切歯から20~23cmにかけて粘膜の剝離を認め,剝離した粘膜の隆起を認めた.出血を伴っていたため,クリッピングにて止血し,消化性潰瘍に準じて保存的加療を行った.3日後の所見では,粘膜剝離は2/3周性に広がっていたため,保存的加療を継続した.8日後の所見では,粘膜剝離部は完全に正常粘膜に覆われ,瘢痕狭窄,変形などを伴わず治癒した.
剝離性食道炎は比較的稀な疾患であるため,急性上部消化管出血では同疾患を念頭に置かないと診断が困難である.
A 56-year-old woman was referred to the Department of Otolaryngology at our hospital for evaluation of postprandial sore throat and hematemesis; however, the cause remained undiagnosed. Upper gastrointestinal endoscopy revealed mucosal detachment 20-23 cm from the incisors concomitant with elevation of the detached mucosa. The mucosal detachment progressed and involved 2/3rd of the esophageal circumference, and conservative treatment was continued. Eight days later, the detached mucosa was completely covered by normal mucosa and healed without scar stenosis or deformation.
Esophagitis exfoliativa is relatively rare; therefore, it is difficult to diagnose this disorder in acute upper gastrointestinal bleeding unless clinicians consider this disorder in the differential diagnosis.
急性上部消化管出血は日常臨床で緊急時に遭遇する機会が多いが,中には鑑別を念頭に置いておかないと診断に難渋する疾患も存在する.剝離性食道炎は比較的稀な疾患とされており 1),吐血を主訴に来院することが多い 2).今回われわれは,急性上部消化管出血の原因としては比較的稀な疾患であり,治療前,治療中,治療後と内視鏡を施行し得た特発性剝離性食道炎を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する.
症例:56歳,女性.
主訴:吐血.
既往歴:慢性副鼻腔炎.
家族歴:特記すべき事項なし.
服薬歴:特記すべき事項なし.
嗜好:喫煙歴及び飲酒歴なし.
現病歴:受診前日の夕食の際に咳き込みあり,咽頭痛が出現した.ほぼ同時に少量の吐血を数回認めたため,当院耳鼻科を受診したが原因は判然とせず,吐血精査のため当科に紹介となった.
来院時現症:身長 156cm,体重 51㎏,体温 36.5℃,血圧 103/73mmHg,呼吸数16回/min,SpO2 99%(room air),HR 67回/min,眼瞼結膜に充血あり.呼吸苦なく,咽頭違和感を認めた.頸部圧痛は認めなかった.胸部・腹部所見は特に異常を認めなかった.
血液生化学所見:貧血所見は認めず.
胸腹部CT検査所見:肺野に異常所見は認めなかった.食道粘膜の壁肥厚を認めた(Figure 1).
胸腹部CT検査所見.
食道壁の肥厚を認めた.
喉頭鏡検査所見:右披裂部に軽度の浮腫を認めた.気道狭窄所見は認めず.
上部消化管内視鏡検査所見:切歯より20~23cmにかけて出血を伴う食道粘膜の剝離を認め,浮腫性肥厚を認めた(Figure 2-a).出血は粘膜の剝離面に沿って認めた.その他は食道・胃・十二指腸を観察したが,特に所見は認めなかった.
入院時上部消化管内視鏡検査.
a:食道粘膜の浮腫性肥厚を認めた.
b:出血を認めたため,2カ所クリッピングを施行した.
経過:食道裂創と診断し,食道剝離面からの出血を認めたことから,剝離面に対して2カ所クリッピングを施行した(Figure 2-b).術後は絶飲食とし,プロトンポンプ阻害薬(Proton pump inhibitor:PPI)投与を行った.
術後3日目のsecond lookでは,同部位のクリッピングは脱落し,粘膜剝離は2/3周性に広がっていたため(Figure 3),保存的加療を継続した.その後は再出血などを認めることなく経過良好で,術後8日目のThird lookでは粘膜剝離面は完全に正常粘膜に覆われていたため(Figure 4),食事を開始し,術後9日目に退院となった.
上部消化管内視鏡検査(Second Look).
粘膜剝離領域の広がりを認めた.
上部消化管内視鏡検査(Third Look).
2回目観察と同部位.粘膜剝離部位は正常粘膜に覆われていた.
剝離性食道炎は,病理学的に粘膜上皮の基底層からの剝離と定義され,粘膜下層からの剝離である食道粘膜剝離症とは明確に区別される 3).1998年に平松らがこの定義で分類するまでは,両疾患は区別されず,混同して報告されていた.原因としては,食物,異物などの外傷性のもの,内視鏡操作,食道静脈瘤治療後などの医原性のもの,咳嗽,嘔気・嘔吐による食道内圧の上昇による特発性に分けられる 4).本症例では,夕食は自家製のサンドイッチであり,熱い飲み物の摂取歴はなく,その他外傷性を疑うようなエピソードを認めなかったため,特発性と診断した.病態としては,食事中に咳き込みのエピソードがあったことから,咳き込みにより食道内圧が上昇し粘膜損傷を引き起こした可能性が考えられる.
症状は吐血,嘔気・嘔吐,嚥下痛など様々であるが,吐血を呈する症例が多く,また剝離した食道粘膜を索状物として吐出することもある.
石井らは食道粘膜剝離の内視鏡所見を,①Ⅰ型:剝離した粘膜が吹き流し状に白色模様物質として認められるもの,②Ⅱ型:剝離した粘膜が白色粘膜隆起として認められるもの,③Ⅲ型:剝離した粘膜は隆起し,剝離した部分には食道内輪筋と思われる横走ひだが認められるものと3つのGradeに分類している 5).Ⅰ型,Ⅱ型は粘膜上皮内の剝離であり,剝離性食道炎に分類され,Ⅲ型は粘膜下層での剝離であり,食道粘膜剝離症に分類される 2),6).本症例は剝離した粘膜の病理学的所見を確認していないが,内視鏡的所見は,剝離面に筋層を認めず,粘膜の吹き流し様所見を認めたことから,Ⅰ型に分類されると考える.
本症例の特異的な所見は,粘膜剝離が内視鏡的止血後に一時増悪したことである.クリップの金属部による化学的損傷も考えたが,医中誌で検索し得た限りではそのような報告例はなく,添付文書にも記載はなく可能性としては限りなく低いと考える.他には内視鏡挿入やクリッピングによる機械的刺激により粘膜上皮の剝離が新たに引き起こされた可能性も考えられた.本症例は,当初は食道裂創と診断されており,クリッピングを施行したことから,脆弱な食道粘膜がクリッピングにより剝離し,損傷された可能性は完全には否定できない.また内視鏡操作は鎮静下で施行し,嘔吐反射は認めなかったが,止血操作時の視野の確保のために,送気をそれなりに行ったため,送気による食道内圧上昇も食道粘膜剝離所見増悪の補助的な要因となった可能性がある.
本症例と同様に経過の中で剝離性食道炎の増悪が観察できた症例について医中誌で「剝離性食道炎」「食道粘膜剝離症」をkey wordに検索した限りでは,食道粘膜剝離症として報告された3編のみであった 2),7),8).2編の症例は既往に慢性腎不全があり,血液透析が導入されており,その他1例は糖尿病を合併していた.血液透析症例では,慢性腎不全による出血,貧血傾向が背景因子となり,食道内圧の上昇により食道粘膜下に血腫が形成され,粘膜下の剝離が生じて破裂したことが示唆されている 7).糖尿病症例では,肥厚した粘膜は脆弱化しており,咳嗽による物理的な刺激で粘膜剝離が引き起こされたことが指摘されている 2).いずれも組織の脆弱性が背景にあるが,本症例は既往は慢性副鼻腔炎のみであり,組織脆弱性の原因となる既往はなかった.しかし剝離性食道炎は食道壁の炎症が粘膜剝離の背景にあることから 9),何らかの炎症により脆弱化した肥厚粘膜に咳嗽という刺激が加わったことが粘膜剝離をきたし,更にその脆弱な粘膜をクリッピングしたことや送気により剝離が助長された可能性がある.今後の更なる症例の集積が望まれる.
治療は保存的加療が主体であり,消化性潰瘍に準じて加療され 2),絶食・輸液管理と共にPPIの投与を行う 10).食道上皮の再生サイクルは約10日間とされており 11),石井分類でのⅠ型及びⅡ型では,約1~2週間ほどで剝離部は通常粘膜に覆われるため,絶食期間も1週間程度でいいとされている 10).本症例も8日後には剝離面は正常粘膜に覆われており,狭窄・瘢痕を伴うことなく治癒を認めたため,同日より食事を開始することが出来た.
特発性剝離性食道炎の1例を経験した.急性上部消化管出血では,同疾患を鑑別疾患として念頭に置くことが重要であることが示唆された.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし