2023 Volume 65 Issue 1 Pages 36-42
症例は93歳男性,腹痛を主訴に当院を受診した.肝胆道系酵素の上昇と炎症所見を認めることから胆管炎を疑い,第4病日にERCP及び内視鏡的結石除去術を施行した.採石時にバスケットカテーテルが胆囊管に数回挿入,展開されたが,周囲に造影剤漏出は認めなかった.ERCP4時間後に心窩部痛が出現,第5病日のCTで胆囊管壁と肝内の門脈右枝末梢にガス像を認め,門脈ガス血症(hepatic portal venous gas:HPVG)を呈していた.HPVGは保存的治療で治癒した.HPVGの原因として内視鏡的乳頭バルーン拡張術(endoscopic papillary balloon dilatation:EPBD)+バスケット操作や胆囊管損傷が考えられた.ERCP関連手技後のHPVGの報告は少ないが,ERCP後に腹痛を認めた際にはHPVGも考慮して対処すべきである.
A 93-year-old man was diagnosed with acute obstructive cholangitis due to choledocholithiasis. Endoscopic papillary balloon dilatation was performed after ERCP. At the time of endoscopic bile duct stone removal, the basket catheter might have injured the cystic duct. The patient experienced abdominal pain 4 hours after ERCP. The following morning, a CT showed air in the cystic duct and the portal branches of the right hepatic lobe. The patient was diagnosed with hepatic portal venous gas (HPVG) and cholecystitis. An enhanced CT 1 hour later showed no signs of intestinal necrosis, and the portal venous gas decreased. Consequently, conservative treatment was performed for HPVG and percutaneous transhepatic gallbladder drainage was performed for cholecystitis. A follow-up CT 24 hours later showed marked resolution of the HPVG, and the patient recovered well. Although HPVG is the rarest complication of ERCP, it should be considered when the patient experiences post-procedural abdominal pain.
門脈ガス血症(hepatic portal venous gas:HPVG)は腸管壊死などの重篤な腹腔内疾患により出現する比較的まれな病態であり,腸管壊死例では死亡率が75%と予後不良である 1).
本症例は内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)関連手技によりHPVGを合併した.ERCP関連手技に伴う合併症としてHPVGの報告は少なく,内視鏡的乳頭バルーン拡張術(endoscopic papillary balloon dilatation:EPBD)とバスケット操作や胆囊管損傷に伴うHPVGの報告は自験例が初めてであったため,文献的考察を加え報告する.
症例:93歳,男性.
主訴:腹痛.
既往歴:2型糖尿病,高血圧,慢性閉塞性肺疾患,冠動脈ステント留置.
現病歴:201X年2月9日午前4時頃に腹部全体の痛みが出現し,症状改善ないため同日午前11時頃に当院救急外来を受診した.
来院時現症:血圧132/58mmHg.心拍数71回/分.体温36.6度.眼瞼結膜に貧血なし.眼球結膜に黄疸なし.腹部は平坦・軟で圧痛なし,筋性防御なし.
血液検査:WBC 13,100/μLと上昇を認め,T-bil 1.29mg/dL,AST 129IU/L,ALT 46IU/L,ALP 485IU/L,γ-GTP 340IU/Lと肝胆道系酵素の上昇を認めた(Table 1).
入院時検査所見.
胸腹部CT検査:胆囊内に胆泥貯留と約2mm大の小結石を複数認めたが,胆囊頸部への嵌頓や胆囊腫大は明らかではなかった.総胆管径は約7mmと拡張を認めず,明らかな胆管結石は指摘できなかった.
経過:炎症所見と肝・胆道系酵素高値を認めることから胆道感染を疑い入院管理とした.第2病日の血液検査にてT-bil 4.65mg/dL,AST 410IU/L,ALT 461IU/L,ALP 626IU/L,γ-GTP 739IU/L,CRP 5.77mg/dL,WBC 12,800/μLと肝機能と炎症所見の悪化を認め,胆管結石による閉塞性胆管炎を疑い,第4病日にERCPを施行した.胆管造影で総胆管下部に4×3mmの透亮像を確認した.EPBDを施行し,バスケットカテーテル(オリンパス,FG-401Q)にて4mm大の黒色結石を把持・摘出した.EPBDはバルーン径8mm,拡張時間は15秒×4回で行い,施行中,胆石除去中に乳頭部にわずかな出血を認めるのみであった(Figure 1).しかし結石の把持操作中,総肝管と胆囊管が並行して走行していたため,バスケットカテーテルが胆囊管に数回挿入,展開された.周囲に造影剤漏出は認めず,処置中腹痛の訴えなどはみられなかった(Figure 2).胆石除去後,胆管にプラスチックステント(外径7Fr,長さ5cm)を留置し,処置を終了した.
内視鏡画像.
a:EPBD施行中や胆石除去中に乳頭部にわずかな出血を認めるのみであった.
b:4mm大の黒色結石を摘出した.
ERCP像.
a:総胆管に透亮像を確認した(矢印).
b:バスケットカテーテルが胆囊管に数回挿入・展開されたが,周囲に造影剤漏出を認めなかった(矢印).
ERCP2時間後の血液検査ではアミラーゼ値は83IU/Lと正常で腹部症状を認めなかったが,ERCP4時間後に心窩部痛が出現し,翌日(第5病日)まで持続した.翌日の血液検査では肝・胆道系酵素は改善し,アミラーゼは51IU/L,CRPは2.00mg/dLであった.しかし,腹部単純CTにて肝内の門脈右枝末梢と胆囊管壁内にガス像を認め,また胆囊腫大と胆囊壁肥厚を認めた(Figure 3-a~c).腹部エコーで胆囊腫大と胆囊壁肥厚,胆囊内にdebris像を認めた.HPVG及び胆囊管損傷に伴う胆囊管閉塞による胆囊炎が疑われた.1時間後の造影CTで腸管壊死を疑う所見は認めず,門脈ガス像は減少していた(Figure 3-d).全身状態良好で腹部症状が比較的軽く,1時間の経過で門脈ガス像が減少していたため,保存的治療を行った.胆囊腫大に対して経皮経肝胆囊ドレナージ術(percutaneous transhepatic biliary drainage:PTGBD)を施行したところ,黄色の混濁した胆汁を65ml吸引した.チューブ造影で胆囊管は造影されず,造影剤の胆囊外漏出像も認めなかった.胆汁培養ではEscherichia coli,Enterococcus faeciumが検出された.
腹部CT(ERCP翌日).
a:肝内門脈右枝末梢に樹枝状のガス像を認めた.
b:胆囊管壁内にガス像を認めた(矢印).
c:胆囊内に造影剤の貯留と胆囊腫大を認めた.
d:単純CTから1時間後の造影CTで腸管壊死を疑う所見は認めず,門脈ガス像は減少していた.
第6病日の腹部単純CTにて門脈ガス像の消失を確認し,その後胆囊炎も軽快した.PTGBD造影で胆囊管閉塞は解除されていたが,胆囊結石があるため,その後落下結石による胆管炎予防のため,第32病日に腹腔鏡下胆囊摘出術目的で当院外科転科となった.
第35病日に腹腔鏡下胆囊摘出術が行われた.型通り胆囊剝離を進めたが癒着や炎症後変化のため胆囊管の同定,切離に時間がかかったが,問題となる偶発症なく摘出を完了した.術中所見では胆囊管から胆囊頸部にかけて強い線維化を認めたが,損傷部は同定できなかった.病理検査結果では,慢性胆囊炎の所見を認める他に,胆囊管の一部で粘膜が欠損している部位を認めた.同部位では周囲と比較して炎症細胞浸潤が少なく,機械的損傷が加わった可能性が考えられたが,バスケット操作に伴う損傷部を同定することはできなかった.
HPVGは比較的まれな病態で,腸管壊死を示唆し予後不良の徴候と考えられてきた.HPVGの発生機序としてLiebmanら 2)は,①腸管壊死,潰瘍性大腸炎,潰瘍などによる消化管粘膜障害部位から門脈系への腸管ガス移行,②腸管拡張による粘膜防御の変化,③ガス産生菌による敗血症を3大要因として挙げている.山口は正常腸管では高度の腸管内圧上昇でも門脈ガスは発生しないが,粘膜障害が存在する場合には低圧でも門脈内ガスが発生することを動物実験で示している 3).庄野らの報告によるとHPVG228例の原因疾患は腸管虚血壊死(47.3%),腹腔内膿瘍(9.6%),腸管拡張(9.2%),腹部外傷(4.4%),胃潰瘍(3.5%),内視鏡後症例(3.1%),Crohn病(3.1%),潰瘍性大腸炎(3.1%),胆管炎(1.8%),膵炎(1.3%),劇症肝炎(0.9%),その他(10.1%)と様々であり,予後については腸管壊死例では死亡率が75%としている 1).HPVGの予後は原因疾患によって左右され,明らかな腸管壊死や穿孔を伴わず全身状態が良好である症例については,注意深い経過観察が必要であるものの保存的治療で軽快する可能性が報告されている 4),5).腹部所見,Base Excess値,乳酸値などに加え,HPVGの予後を反映すると思われるAPACHEⅡ,SOFAスコアを用いて手術適応を検討することが重要と報告されている 6).本症例は重症化の指標に該当せず,保存的治療で門脈ガス像の消失を認め,その後の経過も良好であった.
ERCP関連手技によりHPVGを合併した報告は少なく,PubMed(1988~2021年)でERCP,portal venous,gasで検索し,9編の文献を認め,自験例を含めて10例であった(Table 2) 7)~15).ERCP関連手技の内訳はERCPが1例,プレカット+ガイドワイワイヤー操作が1例,内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST)が4例,EST+バルーン採石が2例,EST+ガイドワイヤー操作が1例,EPBD+バスケット操作が1例であった.自験例以外の9例は十二指腸主乳頭での処置後に発症しており,発症機序としては送気や急速な造影により胆管内圧が上昇することで,損傷した粘膜の細静脈から門脈内にガスが流入したことが示唆されている 7),10),12).また,9例中画像検査で確認できる4例では門脈ガスは肝両葉に拡がっていた.
ERCP関連手技に伴って発症したHPVGの報告例.
一般的に門脈ガスはガスの量が増えるにつれて,①左葉,②右葉前区域,③右葉後区域にも移行すると報告されている 16).本症例は胆囊管壁にガス像を認め,門脈ガスは肝臓の右枝末梢に拡がっていた.剖検例での検討ではCalotの三角部を介する胆囊静脈のうち,68.4%が肝右葉の門脈枝に流入すると報告されている 17).本症例のHPVGの原因として,EPBD+バスケット操作による乳頭処置や,処置後に合併した胆囊炎の影響も考えられるが,翌日のCTで門脈ガスが肝左葉ではなく右葉に限局していることから,胆囊管損傷により胆囊静脈から門脈右枝へ直接ガスがドレナージされた可能性が高いと考えられた.また胆囊管損傷部が,送気の行われる十二指腸内腔から距離があったため門脈ガス量が少なく,軽微な症状にとどまり,保存的治療で速やかに治癒したものと思われる.門脈ガスの経過を追えた症例は7例であり,全例24時間以内に門脈ガス像は減少,消失しており予後は良好であった.治療は保存的治療が6例,手術が2例,死亡例は2例であった.死亡例2例のうち,症例6は白血病合併例であり胆管結石除去目的でERCPが予定され内視鏡操作中に心肺停止した症例である.その後のCT検査で全身に空気塞栓を認め,もともと存在していた胆管十二指腸瘻部から大量のガスが血管系に流入し,死亡したと推測されている.また症例9は肝細胞癌による閉塞性黄疸に対する減黄目的でERCPが行われ,プレカット,ガイドワイヤー法を行うも胆管造影できなかった例であり,数日後多臓器不全で死亡している.
これまでERCP関連手技による合併症としてHPVGの報告はまれであるが,このような合併症があることを認識し,ERCPにおける胆管でのバスケットカテーテル操作は胆管,胆囊管の走行を慎重に確認し,愛護的に行う必要がある.
ERCP関連手技によりHPVGを合併した1例を経験した.ERCP下の処置後に腹痛を認めた際にはHPVGも考慮して対処すべきである.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし