2023 Volume 65 Issue 1 Pages 56-62
自己組織化ペプチド溶液(ピュアスタットⓇ)が消化管内視鏡における止血材として本邦で新しく薬事承認・販売された.ピュアスタットⓇは3種類のアミノ酸(R:アルギニン,A:アラニン,D:アスパラギン酸)から成る完全人工合成ペプチドであり,体液との接触で,ペプチドが酸性から中性になることによってペプチド同士が規則的な集合体となり,ゲル化(自己組織化)し,出血点の圧迫止血をする医療用デバイスである.ピュアスタットⓇは噴出性出血には効果が乏しく,漏出性出血に対する使用に限定されるが,従来の止血材と比べ,塗布後長時間ゲルとしてその場に留まること,透明な物質であり,必要があれば洗浄で容易に除去できるため塗布後の手技の継続を妨げないこと,そして感染症の危険性がないことなどのメリットが存在する.ピュアスタットⓇは内視鏡的粘膜下層剝離術の術中出血の止血のみならず,後出血予防や創傷治癒促進や,消化管出血に対する止血材として有用である可能性がある.本編では,ピュアスタットⓇによる内視鏡的止血術について概説する.
PuraStatⓇ—a self-assembling peptide solution—has been recently approved and marketed in Japan as a hemostatic agent for gastrointestinal endoscopy. It is an artificial synthetic peptide consisting of three amino acids: arginine (R), alanine (A), and aspartic acid (D). After coming in contact with body fluids, the peptides change from acidic to neutral, self-assembling into gel aggregates and acting as a medical device for pressure hemostasis of bleeding points. PuraStatⓇ is ineffective against spurting bleeding and can only be used for oozing. However, compared with the conventional hemostatic agents, PuraStatⓇ has the following advantages: stays as a gel for a long time at the application site; is a transparent substance easily removable by washing, and therefore, does not interfere with subsequent procedures after application; and has a low risk of infection. PuraStatⓇ can help with hemostasis of intraoperative bleeding in ESD, prevent postoperative bleeding, promote wound healing, and act as a hemostatic agent for gastrointestinal bleeding. This article outlines an endoscopic hemostatic technique using PuraStatⓇ.
近年,消化管腫瘍に対する内視鏡切除法が大きく進歩している.特に,従来では外科手術が必要であった大きな病変に対しても一括切除可能な内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)が早期癌の治療選択の一つとして確立,普及してきているが,内視鏡的粘膜切除術(EMR)と比較して偶発症の発生率が高いと報告されている 1).ESDは観血的手技であるため,術中出血に対する止血の困難例や術後に認められる後出血例などの偶発症が発生することがある.ESD後出血は緊急内視鏡による処置をしばしば必要とし,ときに外科手術が必要な場合もあるため,患者はもちろん医療側にとっても避けたい偶発症の一つであり,より確実で簡便な止血方法が求められている.内視鏡止血法にはクリップ止血法,バンド結紮法,局注法,熱凝固法,止血材の薬剤散布法などがあり,内視鏡切除の術中に出血を来した場合には,クリップ止血法や熱凝固法である高周波焼灼止血法に加えて,薬剤散布法が併用される.今回,薬剤散布法で使用される吸収性局所止血材として自己組織化ペプチド溶液(ピュアスタットⓇ)(Figure 1)が,本邦において消化管内視鏡における止血材として新しく薬事承認・販売された.本編では,ピュアスタットⓇの使用法と実例について概説する.
ピュアスタットⓇの外観.
ピュアスタットⓇは3種類のアミノ酸(R:アルギニン,A:アラニン,D:アスパラギン酸)から成る完全人工合成ペプチドであり,体液との接触で,ペプチドが酸性から中性になることによってペプチド同士が規則的な集合体となり,ゲル化(自己組織化)する.ハイドロゲルの構造は,コラーゲンやフィブリンなどの生体構成成分と類似している 2).ピュアスタットⓇの成分ペプチドのR-A-D-Aの4回繰り返し配列は,生理的なpHと塩濃度で,自己組織化してファイバーを形成し,ゲル化する.ピュアスタットⓇのゲル化は,pHや塩濃度の変化によって引き起こすことが可能で,生体分子との相互作用は必要としない.ピュアスタットⓇの止血材用途としての有効性は2006年に証明され 3),その後,ウサギ等による有効性試験を行い,大型動物においても止血効果を確認している.ピュアスタットⓇのGLP生物学的安全性試験では,すべての項目において安全性が確認され,細胞培養期間,動物飼育期間中の一般観察において,特記すべき全身症状はみられなかった.臨床で使用されている既存の止血材は,ウシから製造された止血材(トロンビンⓇ)やヒト血液製剤から製造されたフィブリン糊(ボルヒールⓇ,ベリプラストⓇ)であり,異種・同種感染症動物からの未知のウイルスの感染症が懸念される.一方,ピュアスタットⓇは,人工合成のために感染リスクがなく,品質も安定している.また,天然アミノ酸が構成成分なので,生体適合性がよく,生分解され,速やかに体外に排出される.さらに,ゲル化後に粘性が高くなるため,カテーテル通過後に,生体内でゲル化することによって止血点の物理閉塞に適する.また,使用後の余剰なゲルは洗浄可能であるので,粉末タイプの止血材と比べ視界を妨げたりせずに,続く手技を妨げないなどのメリットも存在する.また,ピュアスタットⓇの3-Dナノ構造は,細胞及び組織の増殖に有利であるという仮説が立てられており,止血材としてだけではなく,粘膜治癒促進の効果がある可能性が考えられている.
専用カテーテル(Figure 2)を介して本材を出血部位に塗布する.滅菌プレフィルドシリンジ製品であるピュアスタットⓇは用時調製が不要で,開封後そのまま使用することができる.煩雑な使用準備の必要がなく,急な止血処置にも迅速に対応できる.使用方法であるが,まずブリスターパックを開けてプレフィルドシリンジを取り出し,シリンジの栓を外して,専用カテーテルを接続する.次にカテーテルを鉗子孔より挿入し,使用前にカテーテル内をピュアスタットⓇで満たす.ウォータージェットで出血をできる限り除去し,出血部位を同定したら,出血部位に直接止血材を塗布する(Figure 3-A~C).この際,血液の上に塗布するのではなく,出血部位に直接止血材が塗布されることが重要である.止血されるまで数回再塗布を繰り返す.この際も,血液や前塗布した止血材の上に塗布するのではなく,出血部位に直接止血材が塗布されるよう留意する.止血を確認できたら,余剰分は必要に応じて洗浄除去する(Figure 3-C).洗浄は丁寧に行う.
ピュアスタット・ノズル・システム タイプEⓇ(トップ社).
胃角部小彎 20mm 0-Ⅱc病変に対するESD.
A:粘膜下層剝離を行っている最中に穿通枝から漏出性出血が発生した.
B:内視鏡ナイフで止血を試みたが,困難であった.
C:出血点に専用カテーテルを押し当て,ピュアスタットⓇを塗布した.
D:塗布後止血が得られ,続く手技の妨げにもならなかった.
ESD術中の止血材として評価する目的のpilot studyがまずは施行された 4).その後,本邦で施行されたピュアスタットⓇの企業治験の内容に関して紹介する 5).目的はESD術中の漏出性出血に対するピュアスタットⓇと従来の止血法の有効性を比較し検証すること.また,安全性について比較検討することであった.試験デザインは,多施設共同,ランダム化・非盲検・並行群間比較試験である.対象は,術中出血の頻度が多いと考えられる上部・中部の胃または中部・下部直腸にESDが適応となる上皮性腫瘍を有する患者であり,ESD中にウォータージェットにて1回洗浄しても,出血点の同定が困難かつ止血鉗子による止血が必要と判断される漏出性出血に対して,ピュアスタットⓇを塗布する群と,コントロール群の止血鉗子による総焼灼回数を比較した.ピュアスタットⓇ使用群(n=86)では,止血鉗子総焼却回数は1.0±1.4(平均±標準偏差)回であったのに対し,コントロール群(n=94)では4.9±5.2回と止血鉗子による総焼灼回数がピュアスタットⓇ群で有意に低かった(Figure 4).また,ピュアスタットⓇ単独で漏出性出血の約6割が止血を得られ,止血鉗子での止血を必要としなかった.
ピュアスタットⓇ(TDM-621)使用による止血鉗子での焼灼回数への影響(per protocol解析).
第三者評価委員会が判断した,止血鉗子焼灼回数はピュアスタットⓇ(TDM-621)使用群では,1.0±1.4(平均±標準偏差)回であったのに対し,コントロール群では4.9±5.2回とピュアスタットⓇ群で有意に低かった.また,術者が判断した止血焼灼回数も,コントロール群に比べ,ピュアスタットⓇ(TDM-621)使用群で有意に低かった.
ピュアスタットⓇは欧州で先行販売されており,既に得られている知見に関して紹介する.ESD時の術中出血の制御もしくは後出血予防のためにピュアスタットⓇを使用した前向き観察研究として行われた100名の検討では,ESDは食道(48%),大腸(31%),胃(11%),十二指腸(10%)で行われ,平均病変サイズが3.7cmであり,後出血率は3%であった.単群での検討ではあるものの,30%が抗血栓療法を受けている高リスク群の患者であり,後出血率は予想されるよりも低い可能性があることが示唆された 6).また,食道,結腸ESD時にピュアスタットⓇを使用する群と,使用しない群に分けて単施設のランダム化比較試験が行われた.対照群では,出血時には内視鏡ナイフと止血鉗子を使用した.介入群では,内視鏡ナイフとピュアスタットⓇを使用し,ピュアスタットⓇの効果が期待できない噴出性出血に対しては止血鉗子での止血が許可された.91名の患者が検討され,介入群では,対照群と比較して,処置中の内視鏡ナイフ,止血鉗子の使用率が有意に減少し(49.3%対99.6%,P<0.001),処置の長さ,止血の時間,及び後出血の頻度に関して,グループ間で有意差は認めなかった.また,対照群と比較して,介入群の患者において,4週間後のフォローアップ内視鏡で治療後部位の完全な瘢痕化率が有意に高かった(P=0.02).この検討ではピュアスタットⓇは止血材としての有効性のみならず,ESD後の創傷治癒を促進する可能性が示唆された 7).
ピュアスタットⓇはESD時以外の出血にも有効である可能性がある.急性非静脈瘤性の上・下部消化管出血の患者で少なくとも一つの従来の止血術が失敗した後にピュアスタットⓇを使用した遡及的な検討では,77名の患者が対象となり,90.9%の患者でピュアスタットⓇによる止血が得られ,有害事象は認めなかった.症例の多くはEMRにおける即時出血や後出血(43名)であった.特筆する点として,内視鏡的乳頭括約筋切開術(EST)による出血(5名),胃癌(3名),大腸癌(2名)からの腫瘍出血,血管形成異常(2名),術後直腸吻合部出血など,ESD,EMR以外の出血に使用されており,それらすべての症例で止血が得られた.再出血率は10%と,他の薬剤散布法に使用される止血材の再出血率(12-49%)よりも低く 8)~11),安全に使用されていた 12).
現在,消化器内視鏡治療における漏出性出血のみを対象として保険適用されているが,活動性出血を含めた幅広い用途が期待されている.当院では,胃ESD中の穿通枝からの出血に対して,切除デバイスで止血ができなかったものの,ピュアスタットⓇの塗布のみで一次止血が可能で,止血鉗子が不要であった症例(Figure 3)や,同じく胃ESD中に筋層間からの出血に対して止血鉗子で繰り返し焼灼しても止血できず,ピュアスタットⓇで止血が得られた症例(Figure 5),EST時の出血に対してピュアスタットⓇで止血が得られた症例(Figure 6)など,状況によって有効に使用された症例を経験している.
胃角部小彎 20mm 0-Ⅱc病変に対するESD.
A:病変は一括切除が得られたが,筋層間に鮮紅色に見える部位があり血流が残存している穿通枝を疑った.
B:後出血予防のため,穿通枝疑いの部位を止血鉗子で焼灼するも,漏出性出血が発生した.
C:止血鉗子で筋層間の出血点に対して複数回焼灼をしたが,止血が得られなかった.
D:さらなる焼灼は,穿孔の可能性が高いと判断し,ピュアスタットⓇを塗布した.
E:塗布後数分間待ってから,洗浄し確認したところ止血が得られていた.
F:再出血予防のため出血点とその近傍にクリップを追加した.後出血も含めて,再出血を認めなかった.
S状結腸癌,腹腔リンパ節転移による閉塞性黄疸.
A:胆道ドレナージ目的にERCPを施行した.ESTを行った際に漏出性出血が発生した.
B:出血点は不明確であったため乳頭部周囲及び切開面にピュアスタットⓇを専用カテーテルを用いて全体的に塗布した.
C:ピュアスタットⓇ塗布後,数秒で止血が確認できた.その後の胆管ステント,膵管ステント留置を行うため手技を継続したが再出血を認めず,処置終了後に後出血も認めなかった.
また,ピュアスタットⓇは生理液と接触するとナノファイバーに集合して,3次元の細胞外マトリックスのような構造を形成する.そして細胞外マトリックス様構造は,粘膜修復プロセスの仮定された増強に関与し,止血材としてだけではなく,粘膜治癒促進の効果がある可能性が考えられている 13).孤立性直腸潰瘍に対して,ピュアスタットⓇが使用され,粘膜の治癒と症状の改善を得られた報告もあり 14),今後の検討に期待される.
ピュアスタットⓇはCE Markingを2014年1月取得し,現在欧州,オーストラリアなど25カ国で販売されている.また2022年現在,治験を経て国内において薬事承認され,販売が開始され,同時にピュアスタットⓇを塗布するためのカテーテルも販売された.本材は,ESD後出血発症の抑制にも有効性が示唆されており 13),今後,この有用性を明らかにするための国際多施設共同臨床研究を行っていく予定である.また,本邦の治験にてピュアスタットⓇの安全性と有効性が明らかになったことから,自己組織化ペプチド技術を別用途・適応を探索する研究が展開され,内視鏡用粘膜下局注剤(ピュアリフト)が製造販売承認を受けており,今後の展開に期待される.
ESDを含む内視鏡切除は低侵襲治療として発展してきた一方,簡便かつ効果的なESDの術中出血に対する止血法や後出血への予防法の確立が課題とされてきた.ピュアスタットⓇはESD中の漏出性出血において,簡便,有効かつ安全な術中止血材と考えられ,それだけではなくEMR,ESTなど様々な消化器内視鏡治療における術中出血,潰瘍や癌に伴う出血にも効果が期待され,今後,実臨床において広く用いられると確信している.
本論文内容に関連する著者の利益相反:浦岡俊夫(3Dマトリックス社,武田薬品工業株式会社,エーザイ株式会社)