2023 Volume 65 Issue 11 Pages 2263-2274
食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療後に非治癒切除(pT1a-MM/T1b-SM)となった際には,リンパ節転移のリスクがあるが,pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性では低い転移リスクから推奨治療が決定されておらず,実臨床では90%以上の患者で追加治療が行われていない.一方で,pT1a-MMかつ脈管侵襲陽性もしくはpT1b-SMでは追加治療(手術療法/化学放射線療法)が推奨されている.近年,非治癒切除後追加治療を行わない場合の転移再発リスク層別化,cT1bN0M0癌に対する内視鏡治療+選択的化学放射線療法の有用性の検証など新たな知見が報告されている.また,非治癒切除後の死亡の多くが他病死であることから,病理学的因子以外の予後関連因子の報告も増えている.今後は,他病死を加味した高齢内視鏡治療非治癒切除患者への適切な治療選択システムの確立,リンパ節転移・転移再発を予測する新たなバイオマーカーの確立などさらなる発展が期待される.
Patients with noncurative endoscopic resection (ER) (pT1a-MM/pT1b-SM) for esophageal squamous cell carcinoma (ESCC) have a certain risk of lymph node metastasis (LNM). Although the definite treatment strategy after ER is not recommended for pT1a-MM with negative lymphovascular invasion (LVI) because of its relatively low LNM risk, no additional treatment was selected in >90% of such patients in clinical practice. Conversely, additional treatment (esophagectomy or chemoradiotherapy) is recommended for pT1a-MM with positive LVI or pT1b-SM. Recently, risk stratification for metastatic recurrence in patients without additional treatment after noncurative ER for ESCC was established, and the efficacy of a novel treatment strategy, ER and selective chemoradiotherapy, for cT1bN0M0 ESCC was confirmed. Since many patients died of diseases other than ESCC, several studies focused on clinical prognostic factors, as well as pathological factors. Eventually, establishing a novel algorithm for treatment strategy of older patients with noncurative ER and developing a novel biomarker for predicting LNM or metastatic recurrence after noncurative ER will be anticipated in the field of ESCC.
食道癌は全世界において罹患率第10位,死亡率は第6位の癌腫である 1).食道癌の中でも扁平上皮癌は最も頻度の高い組織型であり 2),欧米では半数以上が腺癌であるものの,本邦では扁平上皮癌が87.9%を占める 3).食道癌の予後は一般的に不良であり,5年全生存率(overall survival:OS)は約20%とされる 4),5).しかし,深達度が粘膜下層までに留まる表在型食道扁平上皮癌では予後が比較的良好であり,その5年全生存率は80%程度である 3),6).その中でも粘膜上皮,粘膜固有層に留まる表在型食道扁平上皮癌(pathological(p)T1a-EP/LPM)は,リンパ節転移のリスクがほとんどないことから内視鏡的切除のみで治療完結可能とされており 7),8),内視鏡的切除された表在型食道扁平上皮癌の5年疾患特異的生存率(disease-specific survival:DSS)は98-100%と非常に良好な成績が示されてきた 9),10).これに対し,粘膜筋板浸潤癌(pT1a-MM)や粘膜下層浸潤癌(pT1b-SM)ではリンパ節転移のリスクがあることがわかっており,このような患者では潜在的なリンパ節転移に対する治療として追加治療(手術療法もしくは化学放射線療法)を考慮する必要がある.
近年,様々な研究が行われ,食道扁平上皮癌における内視鏡治療非治癒切除に関する知見が集積されてきている一方で,いまだ解決されていない課題もある.本稿では食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療後の非治癒切除に焦点を当てて,現在の知見と今後の展望を述べていく.なお,内視鏡治療「非治癒切除」の定義は報告によって異なるが,本稿における「非治癒切除」は内視鏡的切除後pT1a-MM/pT1b-SMであったものとし,側方断端陽性のみが非治癒因子であるものは含まないこととする.
現在のガイドライン 7),8)における食道扁平上皮癌内視鏡治療後の治療指針をFigure 1に示す.粘膜内癌(pT1a-EP/LPM/MM)であっても脈管侵襲陽性の場合,あるいはpT1b-SMの際には追加治療として手術療法もしくは化学放射線療法が推奨されている.一方で,pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性の場合は,一定のリンパ節転移リスクがあるものの追加治療あるいは無治療経過観察の治療法選択推奨は明確に定められていない.それでは,実際に内視鏡治療非治癒切除後の追加治療はどの程度の割合で行われているだろうか.近年の多施設共同後方視的研究 10)では,pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性ではわずか7.1%(21/ 296)しか追加治療が行われておらず,pT1b-SM1(粘膜下層≦200µm浸潤)かつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性では28.6%(10/35)であった.これに対し,pT1b-SM2(粘膜下層>200µm浸潤)もしくは脈管侵襲陽性もしくは深部断端陰性/不明瞭では67.2%(176/262)が追加治療を選択していた.また,最近の単施設後方視的研究 11)ではpT1a-MMかつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性では全例(0/87)で追加治療が行われなかったと報告している.別の多施設共同後方視的研究 10)では,脈管侵襲などは考慮されていないものの,pT1a-MMでは23.0%(172/749),pT1b-SM1では47.7%(116/ 243)で追加治療が行われていた.このように,内視鏡治療非治癒切除であってもカテゴリー毎に追加治療選択の割合が大きく異なるのが現状である.
現在のガイドラインにおける食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療後の治療指針.
LVI,脈管侵襲.
食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療後に非治癒切除となった患者の長期予後に関しては,ほとんどが後方視的研究である.これまでの主な報告をTable 1にまとめた 10)~18).非治癒切除であってもその中のカテゴリーによって長期予後が異なり,報告によってカテゴリーの設定も異なる.OSは報告やカテゴリーによって大きく異なっていたが,DSSは概ね90%以上となっていた.最近の大規模多施設共同研究 12)ではpT1a-MM,pT1b-SM1(追加治療有無ともに含む)患者の予後を算出しており,5年OS,5年DSSはpT1a-MMでそれぞれ82.5%,98.8%,pT1b-SM1ではそれぞれ73.4%,96.6%であった.また,もう1つの多施設共同研究 10)では追加治療の有無別,カテゴリー別に生存率を算出している.追加治療の有無別での5年DSSは,pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性ではそれぞれ100%,99.6%,pT1b-SM1かつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性ではそれぞれ100%であり,追加治療の有無に関わらず非常に良好な結果であった.ただし,pT1b-SM1かつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性に関しては全体で35例と非常に症例数が少ないことに留意する必要がある.これに対し,pT1b-SM2/脈管侵襲陽性/深部断端陰性/不明瞭では,追加治療有無でそれぞれの5年DSSは96.6%,90.3%であり,有意差はなかったものの追加治療を受けないことで若干DSSが低下する傾向がある.
食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療後に非治癒切除となった患者の長期予後報告(70症例以上の報告に限る).
初回治療手術療法標本における表在型食道扁平上皮癌のリンパ節転移率はpT1a-EP/LPMでは0.0-5.6%なのに対して,pT1a-MMでは8-18%,pT1b-SM1では11.0-53.1%,pT1a-SM2では30.0-53.9%と報告されている 19)~21).また,リンパ管侵襲陰性の際には,pT1a-MM,pT1b-SM1のリンパ節転移率はそれぞれ10.3%,28.6%とされている 20).ただし,このデータをそのまま内視鏡治療非治癒切除後に当てはめることには注意を要する.その理由として,切除標本の切り出し間隔が内視鏡治療と手術療法では異なることが挙げられる.したがって,内視鏡治療非治癒切除後に追加外科手術療法を行った患者のデータを用いたリンパ節転移率算出が望ましいが,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療後非治癒切除後の追加治療として化学放射線療法が選択されることも多いことから,実際には十分なサンプルサイズでの内視鏡治療非治癒切除後リンパ節転移データを集積することは難しい.そこで,リンパ節転移の代用として,内視鏡治療非治癒切除後に追加治療が行われなかった患者の転移再発データを用いた報告がされている.これまでの報告では,pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性における転移再発率は0.0-4.3%と報告されており 14),22),23),これは初回治療手術療法患者のリンパ節転移データ(10.3%) 20)と大きく異なる.また,近年の多施設共同後方視的研究では,追加治療を行わなかった患者について,pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性での5年転移再発率は2.6%,pT1b-SM1かつ脈管侵襲陰性かつ深部断端陰性では4.3%であるのに対し,pT1b-SM2/脈管侵襲陽性/深部断端陰性/不明瞭の5年転移再発率は23.6%であることが報告されている 10).
追加治療を行わなかった患者の転移再発時期に関しては,最近の内視鏡治療後pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性に関する単施設後方視的研究では3例の転移再発を認め,そのうちの2例が治療後3年以降に再発しており,長期間の経過観察が必要であると結論付けている 11).一方で,内視鏡治療非治癒切除に関する多施設共同後方視的研究 10)の追加解析では,転移再発例の78.3%(18/23)が3年以内に発見されている.
食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後の転移再発関連因子の報告をTable 2に示す 10),12),14).2編 12),14)では内視鏡治療非治癒切除後追加治療有・無患者ともに含めて対象とした上で解析が行われており,1編 10)では内視鏡治療非治癒切除後に追加治療を行わなかった患者に限定して解析されている.昨今発表された食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療後pT1a-MM/pT1b-SM1に関する大規模多施設共同後方視的研究では,追加治療有・無患者ともに含めた多変量解析にて肉眼型0-Ⅲ,pT1b-SM1,脈管侵襲が転移再発リスクであったと報告している 12).この研究で特筆すべきこととしては,992例と非常に多数のpT1a-MM/pT1b-SM1患者を解析していることであり,これにより,強いリスク因子である脈管侵襲(ハザード比6.92)に加えてハザード比が比較的低いpT1b-SM1(ハザード比1.88)も有意なリスク因子であることを証明した.また,別の多施設共同後方視的研究では,内視鏡治療非治癒切除後に追加治療を行わなかった場合には,リンパ管侵襲,pT1b-SM2,垂直断端陽性が転移再発リスク因子であることが報告されている 10).この研究では,脈管侵襲をリンパ管侵襲と静脈侵襲に分けて解析しているのが特徴であり,リンパ管侵襲が強い転移再発リスク因子であったのに対して静脈侵襲は有意差を認めなかった.このようなリンパ管侵襲の静脈侵襲に対するリスクの高さは,早期胃癌,早期大腸癌リンパ節転移リスクでも共通しており 24),25),早期消化管癌では一貫してリンパ管侵襲のリンパ節転移リスクが高い可能性がある.さらに,同研究では食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後に追加治療を行わなかった際の転移再発リスクの層別化を提言しており,pT1a-MM/pT1b-SM1かつ脈管侵襲陰性を低リスク,pT1a-MMかつ脈管侵襲陽性/pT1b-SM1かつ脈管侵襲陰性を中リスク,pT1b-SMかつ脈管侵襲陽性を高リスクと定義している 10).この際の5年転移再発率は,低,中,高リスクでそれぞれ2.8%,20.1%,30.5%と報告されている.このような指標は食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療後に非治癒切除となった患者の治療方針決定に有用な可能性がある.
食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療非治癒切除後の転移再発関連因子に関する報告.
また,食道扁平上皮癌における内視鏡治療非治癒切除に該当するカテゴリーの場合,追加治療により転移再発リスクが低下することも報告されている.上述の食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療後pT1a-MM/pT1b-SM1に関する多施設共同研究 12)では,内視鏡治療後追加治療患者で有意に転移再発リスクが低下し,ハザード比0.27であった.これは,内視鏡治療後pT1a-MM/pT1b-SM1の際に,追加治療により転移再発が1/4近くまで減少することを示唆する.また,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除に関する多施設共同研究 10)では,より詳細なカテゴリーで追加治療の有用性が示されている.pT1a-MMかつ脈管侵襲陰性/pT1b-SM1かつ脈管侵襲陰性患者においては追加治療の転移再発リスク低下が有意でなかったのに対し,pT1b-SM2もしくは脈管侵襲陽性もしくは深部断端陰性/不明瞭の患者では追加治療により転移再発リスクが有意に低く,ハザード比は0.28であった.したがって,転移再発リスクの高い患者においては特に追加治療の効果は大きいと考えられる.
この分野の問題点としては後方視的研究がほとんどを占めることであるが,食道扁平上皮癌内視鏡治療後pT1a-MM/pT1b-SM1に関しては,現在前向き観察研究(UMIN000025697)が進行中であり,その結果が待たれる.
食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後に追加治療を行わず,その後に転移再発した際には,サルベージ治療が考慮される.上述の内視鏡治療非治癒切除に関する多施設共同研究では,転移再発のパターン,その後の予後を明らかにし,転移再発の65.2%は局所リンパ節までの再発であることがわかった 10).また,サルベージ治療が行えた患者のうち83.3%がその後再々発なく長期生存が得られていた.全体では,転移再発した患者の47.8%にてサルベージ治療を受けかつ再々発なく長期生存が得られている.これは,早期胃癌に対して内視鏡治療非治癒切除(eCuraC-2)で追加治療無を選択した際の転移再発患者の転移再発パターン,予後 26),27)と大きく異なる結果である(Table 3).実際に早期胃癌では,リンパ節転移までの発見は21.4%で多くがサルベージ治療を受けることができず,転移再発例全体のうちサルベージ治療を受けその後再々発なく長期生存まで至る割合はわずか3.7%である.この理由は明らかでないが,臓器の違いなどが影響している可能性がある.
食道扁平上皮癌・早期胃癌の内視鏡治療「非治癒切除」で追加治療を行わなかった際の転移再発パターン・予後.
それでは,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後に追加治療を行わなかった際に,CTと上部消化管内視鏡の経過観察間隔をどのように設定するのが妥当だろうか.内視鏡治療非治癒切除に関する多施設共同後方視的研究 10)では,多くの施設が6カ月毎のCT,上部消化管内視鏡を行っており,それにより上記成績であった.一方で,clinical(c)T1bN0M0に関する多施設共同前向き検証的試験(JCOG0508) 28),29)では,治療後に4カ月毎のCTを行うプロトコールであった.適切な経過観察間隔については,明確なエビデンスがないのが実情であるが,現段階では少なくとも6カ月毎のCTなどによる経過観察が必要と思われる.さらに,後述のように食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療非治癒切除後に追加治療が行われない場合でも,その後の死亡原因としては食道扁平上皮癌より肺癌の方が多かった 30),との報告もあり,定期的なCTは肺癌の早期発見にも有用である.
追加手術療法,化学放射線療法は食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後の追加治療として行われる主要な治療法であるが,その治療法選択は施設や患者希望によって異なる 10),31)~37).これまでにいくつかの後方視的研究で食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後の追加治療として手術療法と化学放射線療法が比較されてきた(Table 4) 31)~37).多くの報告では,追加手術療法が追加化学放射線療法に比し再発率が低い結果となっている(0.0-11.1% vs. 3.8-27.2%)が,追加手術療法での治療関連死も報告されている.近年のシステマティックレビュー 38)では,追加手術療法74例,追加化学放射線療法/放射線療法91例を集積してメタ解析を行っており,追加手術療法症例に対して追加化学放射線療法/放射線療法症例では有意に再発リスクが高かった(オッズ比8.00),と報告している.同システマティックレビューでは,治療関連死が追加手術療法で0-12.5%,追加化学放射線療法にて0-7.1%と報告している.
食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後の追加手術療法と追加化学放射線療法の比較研究.
だが,これらの研究の最大の問題点は,少数例であることと患者背景が調整されていないことである.このため,現在の食道癌診療ガイドラインでは,追加治療として手術療法と化学放射線療法のいずれを推奨するかは決めることができない,とされている 7).現在中国では,cT1N0M0かつpT1b-SM食道扁平上皮癌患者を対象として追加手術療法と追加化学放射線療法のランダム化比較試験が行われている 39).また本邦では,多施設共同後方視的研究で患者背景を傾向スコア法により調整した上での解析が現在進行中である.これらの結果により,追加手術療法と追加化学放射線療法のいずれが有用かを判断していく必要がある.また,追加手術療法・追加化学放射線療法間の治療後の生活の質(QOL)の変化はこれまでに比較されておらず,今後はこのような点に着目した研究も望まれる.
食道扁平上皮癌に対する化学放射線療法では,2つの問題点が挙げられる.1つは局所再発が高率であること(19-31%で局所再発が認められる),そしてもう1つは照射量増加に伴う有害事象である 40)~43).これらを解決する手法として,リンパ節転移リスクのある食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療+選択的化学放射線療法が有用な可能性がある.近年,Stage Ⅰ食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療+選択的化学放射線療法に関する前向き検証試験(JCOG0508)が行われ,その有用性が報告された 28),29).同試験では,内視鏡治療で切除可能であると判断されたcT1bN0M0食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療を行い,その後,①pT1a-EP/LPM/MM,脈管侵襲陰性,断端陰性のすべてを満たす場合は追加治療無,②断端陰性で,(1)pT1a-EP/LPM/MMかつ脈管侵襲陽性,(2)pT1b-SM,のいずれかの場合には予防的化学放射線療法(所属リンパ節に対する41.4Gy照射),③断端陽性もしくは断端不明瞭で癌細胞が残存の可能性がある場合には根治的化学放射線療法(50.4Gy:41.4Gy+原病変に対する9Gyのブースト照射)のプロトコール(Figure 2)で検証した.その結果,3年全生存率は92.6%と良好であり,5年全生存率は90.9%であった 28),29).また,同試験ではCommon Terminology Criteria for Adverse Events(CTCAE)grade 4の虚血性心疾患が1例で認められたが,有害事象による死亡例は認められなかった.ただし,別の研究では照射量を減らした予防的照射(41.4Gy)で追加化学放射線療法関連死例が報告されている 9).
JCOG0508試験のプロトコール治療.
LVI,脈管侵襲;CRT,化学放射線療法.
このように,内視鏡治療で切除可能であると判断されたcT1bN0M0食道扁平上皮癌症例に対する内視鏡治療+選択的化学放射線療法は新たな治療選択として有用な可能性がある.一方で,現在の食道癌診療ガイドライン 7)では,cT1bN0M0胸部食道癌に対しては,食道切除術,次いで根治的化学放射線療法(適切な経過観察とサルベージ治療要)を弱く推奨しており,内視鏡治療+選択的化学放射線療法は記載されていない.JCOG0508試験では,内視鏡治療で切除可能であると判断された限定的なcT1bN0M0症例が対象となっており,cT1bN0M0症例全体に当てはめられる結果ではないことに留意する必要がある.
食道扁平上皮癌に対して内視鏡治療を行った患者では,前述のように非治癒切除であっても大部分が非食道癌死である.それでは,どのような因子が予後に関連しているだろうか.近年,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療患者の予後関連因子の検討が多くされている(Table 5) 9),18),30),44)~46).だが,内視鏡治療非治癒切除患者に絞った解析は,1編のみである 30).対象患者は各報告で異なり,解析因子や有意因子も報告によって異なる.これまでの報告で有意であった予後因子は,年齢,基礎疾患のスコアであるチャールソン併存症指数(Charlson comorbidity index:CCI) 47),栄養状態の指標である予後栄養指数(prognostic nutrition index:PNI) 48),全身状態の指標である米国麻酔科学会全身状態分類(American Society of Anesthesiologists physical status:ASA-PS) 49),50)やperformance status(ECOG),病理学的因子であるが,この中でCCIは多くの報告で予後に関連していた.ただし,すべての報告が後方視的研究であり,認知機能や精神状態のような因子を正確に測定することは困難である.したがって,今後は前向き研究による解析を行っていくことが望ましい.
食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療後の予後関連因子の報告.
治療法選択については,原病死と他病死のリスクを別々に算出する手法が報告されている 30).同報告では,予後関連因子のうちリスクの高い年齢75歳以上,男性,CCI≧3,PNI<45を抽出し,これらの因子がないものを低リスク,1-2因子を中リスク,3-4因子を高リスクとした場合,それぞれの5年非食道癌関連死亡率は0.0%,10.2%,45.8%であった.一方で,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後の病理学的組織分類(低リスク:pT1a-MM/pT1b-SM1脈管侵襲陰性,中リスク:pT1a-MM脈管侵襲陽性/pT1b-SM2脈管侵襲陰性,高リスク:pT1b-SM脈管侵襲陽性) 10)での5年DSSは0.3%,5.3%,18.2%となっており,これらを比較検討した上で総合的に評価することが望ましいと結論付けている.
死因についても,近年の多施設共同研究 30)にて詳細に調べられている.内視鏡治療非治癒切除後に追加治療を行わなかった場合でも,原病死は16.4%であり,多くが他病死であった.死因の詳細を調べると,他癌死の割合が全体で約40%と最も多く,特に肺癌と頭頸部癌患者の割合が高かったことが報告されている.これは,肺癌や頭頸部癌と食道扁平上皮癌ではリスク因子が同じ(喫煙,飲酒)であることが関係している 51).頭頸部癌については,当院では食道扁平上皮癌内視鏡治療を行った際には必ず耳鼻咽喉科に紹介し,同科の内視鏡検査を行って頂いている.また,消化器内科での経過観察内視鏡の際の咽喉頭領域の観察も重要である.特に輪状後部領域の癌は発見しにくいが,バルサマウスⓇを用いることで輪状後部領域の視認性が大きく改善するとの報告もあり 52),このようなデバイスを用いることも考慮する必要がある.上記多施設共同研究 30)において,死亡原因となった肺癌については,6カ月以内にCTが行われていれば,遡及的に見直した場合に全例で発見可能だったと報告している.
他の癌と同様に,食道癌患者も高齢化が進んで年齢ピークは70-75歳であり 53),80歳を超える患者も珍しくない.このような患者で内視鏡治療非治癒切除となった際には,追加治療を行うか,そして追加治療を行う際にはどの治療を行うか悩ましいことがある.追加治療としては手術療法,化学放射線療法が標準治療であるが,耐術能がない患者などでは放射線療法が選択されることもある 7).高齢者では他病死の割合がより高くなることから,早期胃癌に関する報告では,内視鏡治療非治癒切除となっても他病死,そしてその後のQOLの推移も考慮する必要があることが述べられており 54),これは食道扁平上皮癌にも当てはまる.本邦は既に超高齢社会に入っており,世界に類を見ない高齢国家となることが予測されている.さらに,世界的に見ても次の20年で高齢癌患者が増加することが予測されている 55).現在のガイドラインは高齢者,非高齢者共通のガイドラインとなっているが,今後はより高齢者に焦点を当てたガイドラインが食道扁平上皮癌でも必要となる可能性が高い.そのためにも,高齢者に関するエビデンスの集積が急務となっている.われわれは現在,80歳以上の食道扁平上皮癌・早期胃癌患者を対象として治療選択システムの確立を目指した多施設共同前向きコホート研究(E-STAGE trial)(UMIN000040910)を行っている.同研究では,生活状況の調査や身体機能,認知機能,うつ病症状,基礎疾患,栄養状態,慢性炎症,サルコペニアの評価を行い,さらにQOLの推移についても調査を行っており,その結果が待たれる.
2)リンパ節転移,転移再発予測マーカー現在は,リンパ管侵襲,静脈侵襲,深達度などの病理学的因子からリンパ節転移,転移再発リスクが算出されている.しかし,その精度は十分とは言い難い.実際に,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除後の転移再発リスクを層別化した研究 10)では,高リスクであってもその5年転移再発率は約30%である.逆に言うと,高リスクであっても約70%は不必要な追加治療を受けている可能性がある.これらを解決するために,現在バイオマーカーを用いたリンパ節転移リスク診断への取り組みが行われている.T1大腸癌では,4つのmicroRNA(miR-181b,miR-193b,miR-195,miR-411)と5つのmessenger RNA(AMT,FOXA1,PIGR,MMP1,MMP9),現在の病理学的リスク因子(リンパ管侵襲,簇出グレード,静脈侵襲)を組み合わせたnomogramを用いてのリンパ節転移リスク層別化が報告されており 56),その識別能はarea under the curve(AUC)で0.90と非常に良好であることが示されている.臨床現場への導入のためにはより少ない因子でのリスク層別化が必要な可能性があるが,将来的にはこのような分子マーカーを用いたリンパ節転移予測が日常臨床で用いられる可能性がある.T1食道扁平上皮癌に関しては,血清miR-20b-5pのリンパ節転移識別能が脈管侵襲や深達度よりも高く,これらの3つを組み合わせたnomogramのリンパ節転移に対する識別能(c-index)が0.931と非常に高かったとの報告もある 57).今後さらなる研究により,簡便で精度が高いリンパ節転移リスク予測システムが確立されることが望まれる.
本稿では,食道扁平上皮癌に対する内視鏡治療非治癒切除に関する現在の知見と今後の展望について述べた.この10年で様々な研究が行われたことで,この分野の知見は蓄積されてきており,また,現在進行中の研究も多い.一方で,いまだ解決されていない高齢者に関する問題点,リンパ節転移・転移再発を予測するための新たなバイオマーカーの確立など課題が多い分野でもあり,次の10年でのさらなる発展を祈念して本稿を終える.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし