GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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MOLECULAR ASSESSMENT OF ENDOSCOPICALLY COLLECTED PANCREATIC JUICE AND DUODENAL FLUID FROM PATIENTS WITH PANCREATIC DISEASES
Shinichi TAKANO Mitsuharu FUKASAWANobuyuki ENOMOTO
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2023 Volume 65 Issue 11 Pages 2334-2348

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要旨

膵癌をはじめとする多くの膵疾患は予後不良であり,診断法の進歩にもかかわらず前癌病変のリスク層別化や膵囊胞の鑑別は困難なことが多い.診断に苦慮する膵疾患として,膵管内乳頭粘液性腫瘍,粘液性囊胞性腫瘍,漿液性囊胞腺腫,仮性囊胞,貯留囊胞,さらにはSolid pseudopapillary neoplasmsや膵神経内分泌腫瘍などの固形腫瘍の囊胞変性が存在する.膵癌で多くみられるKRAS遺伝子変異の検出にこれまでERCPで得られた純膵液が用いられてきたが,近年では,比較的低侵襲なEUSやEGDで得られる十二指腸液や,EUS-FNAで採取した膵囊胞液が分子生物学的解析に用いられるようになっている.また,単一および複数マーカーの検出には,高感度な先進的解析法が用いられる様になり,十二指腸液サンプルを用いて,膵悪性腫瘍の早期発見や前がん腫瘍のリスク層別化を単一マーカーで高感度に行うことが可能とする報告があり,また,複数のマーカーを同時に検出する技術の進歩により,囊胞性膵腫瘍の鑑別も可能となってきた.注意点としては,臨床ガイドラインではEUS-FNAによる膵囊胞液,ERCPによる膵液サンプリングはそれぞれ実臨床では推奨されておらず,経験豊富な施設で行うように記載され,十二指腸液のサンプリングはガイドラインに記載されていないことである.検体の取り扱いの改善やマーカーの組み合わせにより,近い将来,膵液検体を用いた分子マーカーが実臨床で使用されるようになるかもしれない.

Abstract

One concern associated with pancreatic diseases is the poor prognosis of pancreatic cancer. Even with advances in diagnostic modalities, risk stratification of premalignant lesions and differentiation of pancreatic cysts are challenging. Pancreatic lesions of concern include intraductal papillary mucinous neoplasms, mucinous cystic neoplasms, serous cystadenomas, pseudocysts, and retention cysts, as well as cystic degeneration of solid tumors such as solid pseudopapillary neoplasms and pancreatic neuroendocrine neoplasms. Pancreatic juice obtained during endoscopic retrograde cholangiopancreatography has previously been used for the detection of KRAS mutation. Recently, duodenal fluid, which can be obtained during the relatively minimally invasive procedures of endoscopic ultrasound (EUS) and esophagogastroduodenoscopy, and cyst fluid collected by EUS-guided fine-needle aspiration (FNA) were used for molecular biological analysis. Furthermore, advanced analytic methods with high sensitivity were used for the detection of single and multiple markers. Early detection of malignant pancreatic tumors and risk stratification of premalignant tumors can be performed using duodenal fluid samples with a single marker with high sensitivity. Technological advances in simultaneous detection of multiple markers allow for the differentiation of cystic pancreatic tumors. One thing to note is that the clinical guidelines do not recommend pancreatic cyst fluid and pancreatic juice (PJ) sampling by EUS-FNA and endoscopic retrograde cholangiopancreatography, respectively, in actual clinical practice, but state that they be performed at experienced facilities, and duodenal fluid sampling is not mentioned in the guidelines. With improved specimen handling and the combination of markers, molecular markers in PJ samples may be used in clinical practice in the near future.

Ⅰ 緒  言

膵腫瘍の中で最多を占める膵癌は予後不良であり,5年生存率は米国で10% 1,日本で8.5% 2とされている.分子標的薬や腫瘍免疫療法などの新しい治療法が導入されているが 3,膵癌でのこれらの有効性は限定的である 4.従って,早期発見と根治的手術が膵癌の予後改善においては依然として重要であり,早期膵癌の5年生存率はステージ1で50%以上,ステージ0では80%以上と報告されている 5),6.膵疾患の一つである膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraductal papillary mucinous neoplasm,IPMN)は主膵管あるいは分枝膵管内の粘液産生性上皮により構成され 6),7,画像上は主膵管や分枝膵管の拡張,あるいは囊胞として認識される.画像診断の進歩によりIPMNや膵囊胞の偶発的発見率は4.3%と近年上昇している 8),9.このIPMNは膵管内上皮性腫瘍(pancreatic intraepithelial neoplasia,PanIN)と同様,膵管癌の前癌病変とされ 10,病理学的には軽度異形成(low-grade dysplasia,LGD)から高度異形成(high-grade dysplasia,HGD),さらにIPMN浸潤癌(IPMN with associated invasive carcinoma,INV)と広範な所見がみられる 5),11.浸潤やリンパ節転移を伴うIPMNや,IPMNに併存する膵癌における切除後の生存率は低く 11)~13,浸潤癌切除後の5年生存率は30%であり,LGDやHGDの73%や70%とは大きく異なることより 8,浸潤癌の早期診断は必須である.また一方で膵囊胞の診断は困難で,超音波検査,CTやMRI,positron emission tomography(PET)といった画像診断の進歩にもかかわらず,IPMN,粘液性囊胞性腫瘍(mucinous cystic neoplasms,MCN),漿液性囊胞腺腫(serous cystadenomas,SCAs),仮性囊胞や貯留囊胞の鑑別,そして充実性偽乳頭状腫瘍(solid pseudopapillary neoplasms,SPNs)や膵神経内分泌腫瘍(pancreatic neuroendocrine neoplasms,PanNENs)などの固形腫瘍の囊胞変性の鑑別にしばしば難渋する.

このような中で内視鏡検査中に採取可能な純膵液(pure pancreatic juice,PPJ)・十二指腸液(duodenal fluid,DF)・膵囊胞液(pancreatic cyst fluid,PCF)の分子生物学的解析を現在の診断に加えることで,診断能の向上が期待される.純膵液・十二指腸液・膵囊胞液は膵管の異型上皮と接触し,腫瘍由来の蛋白質や核酸,エクソソームを高濃度に含み,バイオマーカーとして利用され得る.この総説は内視鏡的に採取する純膵液・十二指腸液・膵囊胞液などの膵液(pancreatic juice,PJ)を用いた分子生物学的解析の有用性に焦点を当て解説する.

Ⅱ 膵液や十二指腸液の内視鏡下採取法

膵液は細胞診や分子生物学的解析を目的として従来から採取され 14),15,その採取する膵液は純粋な膵液・十二指腸液・膵囊胞液の三つである.採取法の一つ目は内視鏡的逆行性胆管膵管造影検査(ERCP)中に純膵液を採取する従来法で,膵管内に造影カテーテルを挿入し吸引採取するもので,時としてセクレチンを静脈内投与して膵液分泌を促す 14),15.セクレチン負荷をしない造影カテーテルを用いた膵液の直接吸引法は,十分量の膵液を得ることが困難で造影剤が混入し不適切であることが多い.従って,十分量の膵液を得るためにセクレチン負荷を併用することが多いが 16,合成セクレチンは本邦で医薬品と認可されていない.近年,内視鏡的経鼻膵管ドレナージチューブ(endoscopic naso-pancreatic drainage,ENPD)を用いた純膵液の繰り返し採取の臨床的有用性が報告され 17),18,これはENPDチューブ先端を主膵管内に最長3日間留置し,細胞診目的の膵液を少なくとも6回採取するというものである(Figure 1).この手法により純粋な膵液を数十~数百ミリリットルと多量に得ることが可能で,遺伝子解析をはじめとする分子生物学的解析も十分可能である 19)~22.ENPDチューブを膵管内に留置する際,ガイドワイヤーを膵管深部に挿入するが,主膵管の屈曲が強いとガイドワイヤーの深部挿入が困難である.また,膵管内への造影剤注入やガイドワイヤー挿入はERCP後膵炎の危険因子とされており,原因とされる乳頭浮腫やガイドワイヤー挿入時の膵管損傷のうち,乳頭浮腫による膵炎予防には膵管ステント留置が有用とされ 23),24,おそらくENPDも有効と考えられる.膵管損傷に関してわれわれは以前,先端がJ字型をしたガイドワイヤー(small J-shaped tip of the guidewire,Figure 2)を用いることで膵管屈曲の通過を容易にするとともに膵管損傷を軽減し,ERCP後膵炎の予防に寄与し得ることを報告した 25

Figure 1 

内視鏡的経鼻膵管ドレナージ(ENPD)チューブによる純粋な膵液の採取.

a,b:ERCP.

c:主膵管へのENPDチューブ留置後のX線写真.

d:ENPDチューブ留置のシェーマ図.

Figure 2 

ガイドワイヤーによる膵管損傷に起因するERCP後膵炎の予防のための小型J型ガイドワイヤー.

a:小型J型ガイドワイヤーの先端には約6mmの折り返しがあり,膵管損傷を予防する.

b:ERCPカテーテルと小型J型ガイドワイヤー.

膵液採取の二つ目は上部消化管内視鏡(EGD)中に回収する十二指腸液であり,ERCP下採取よりも低侵襲に採取可能である.十二指腸液は時にセクレチン負荷し,ルーチンのEGD中に採取可能であり 26)~28,鉗子口を通して十二指腸液を単純にあるいは吸引用カテーテルを介して吸引する(Figure 3-a,b 29.十二指腸液はしばしば他の消化液の混入があり,その汚染を軽減する方法としてセクレチン負荷し,内視鏡先端に装着した使い捨て先端フードを主乳頭に密着させながら吸引採取する方法が報告されている 30.この方法により回収した膵液(十二指腸液)中の変異レベルは先端フードを使用しない場合より上昇していた.

Figure 3 

内視鏡による十二指腸液と膵囊胞液の採取.

a,b:上部内視鏡時(EUS,ERCP時を含む)のカテーテルを用いた十二指腸液採取.

c:IPMNのEUS画像.

d:膵囊胞に対するEUS-FNA.

膵液採取の三つ目は,膵囊胞に対して超音波内視鏡下穿刺吸引法(EUS-FNA)下に採取する膵囊胞液であり(Figure 3-c,d),細胞診のほか化学分析や腫瘍マーカー検出,分子生物学的解析を行うことで膵囊胞の良悪性鑑別に有用であると報告されている 31),32.膵囊胞に対する診断目的のEUS-FNAは膵炎や播種のリスクが少ないと信じられているものの 33,膵囊胞液の漏出や腹膜播種の報告もあり 34,ガイドライン上はEUS-FNAの手技や細胞診診断に長けた専門施設で,“worrisome features”のない小さな分枝型IPMN対象として研究目的に行われるべき,と提案されている 35

Ⅲ 分子生物学的解析に関する話題

癌の検出やモニタリングのバイオマーカー候補として蛋白質,血中循環腫瘍細胞,DNA,RNA,microRNA,そして細胞外小胞(extracellular vesicles,EVs)が挙げられる.膵液は腫瘍に接触して他の体液より高濃度の腫瘍由来物質を含むが,様々な分解酵素が含まれるため,採取後すみやかに-80℃で保存する,必要に応じて蛋白分解酵素阻害剤やRNA安定化剤を加えるなど慎重な対応が必要である.細胞外小胞に内包される核酸や蛋白は劣化せず安定して存在し,新しいバイオマーカーとして期待されていることは興味深い.細胞外小胞はエクソソーム(exosome),微小小胞体(microvesicle:MV),そしてアポトーシス小体(apoptotic body)の三つに分類される.エクソソームと微小小胞体は生細胞から分泌され,蛋白,mRNA,microRNAや長鎖ノンコーディングRNAを含み,これらが疾患の状態をリアルタイムに反映しているとされている.例を挙げると,膵液中のエクソソームに内包されるmicroRNAは遊離microRNAよりも臨床経過を正確に反映すると報告されている 36

解析法に関しては高感度であることが重要である.注目すべき技術の一つはデジタルポリメラーゼ連鎖反応(PCR)であり,これは試料中の個々の核酸を独立した空間に分離しPCRを行い,空間ごとにPCR増幅があるかを評価することでPCR反応をデジタル化したものである.それに続く解析の中で,PCR増幅のない反応数を含めて反応数の総体を考慮することで,標準曲線や内因性コントロールを置くことなく絶対定量を可能としている 37.従来法に比してデジタルPCRが優れる点は,1)標準曲線や参照を必要としない,2)PCRを繰り返すことで,望ましい精度を達成することが可能,3)PCR阻害剤に対する高い耐性,4)複雑な混合物の分析能力,そして5)従来の定量PCRとは異なり,デジタルPCRは存在するコピー数に対して線形応答を提供するため,わずかな差を検出することができる,ことである.加えて,デジタルPCRは臨床で得られる体液由来核酸に低い割合で含まれる変異を0.1%かそれ以下の程度まで高感度かつ高精度に検出可能である 38),39

デジタルPCRは循環遊離核酸(cell-free DNA:cfDNA)中の腫瘍由来変異を51-97%というかなり高感度に検出する一方で 40)~47,標的とする解析可能な遺伝子変異数は数個と限られている.腫瘍は通常,複数の部位に変異を生じ,特定の癌腫で同じ変異を有するとは限らないことから網羅的な遺伝子変異検出も重要である.次世代シークエンスは多数の遺伝子異常を1回の解析で検出することが可能であるが,シークエンスエラーと呼ばれる配列の読み間違いが一定の頻度で生じるために,その検出感度は35-86% 41),48)~52とデジタルPCRより低いとされている.体液からの遺伝子異常検出感度向上を目的として,メチル化DNAの濃縮 53,短い分画に含まれるcfDNAの濃縮 54),55,標的遺伝子の前増幅 56),57,そしてDNAへの分子バーコード付加 58)~61といった様々な工夫が試みられている.この中で試料中の核酸にあらかじめ分子バーコードを付加したのちに次世代シークエンスを行うデジタル次世代シークエンスは,PCRエラーやシークエンスエラーを軽減することで,cfDNAであってもその中の0.1%までの変異を検出可能にしている 62)~64

Ⅳ 膵疾患における膵液の分子生物学的評価

膵液の分子生物学的評価は従来,KRAS変異検出など単一あるいは数種類のマーカー検出にとどまっていたが,近年のPCRあるいは次世代シークエンス技術の発達により膵囊胞性疾患の鑑別やリスク層別化の可能性が示されている.本総説ではこれらの方法について,単一マーカーの検出,リスク層別化,疾患鑑別に分けて述べる.

Ⅳ-1.単一あるいは複数の分子生物学的マーカーによる膵疾患の拾い上げ

膵癌で最も多くみられる遺伝子変異はKRASで88-93%にみられ 65)~67,またIPMNではGNAS変異が最も多く41-76%でみられる 21),68)~70TP53をはじめとする癌抑制遺伝では広範な領域で遺伝子変異がみられるが,KRASではコドンの12,13,61番目,GNASではコドン201番目に変異箇所が集中しており,膵液での検出を容易にする.膵液でのKRAS変異検出は当初PCRを基本とした方法で行われ,その感度は膵癌症例で66-100% 27),71)~79,IPMNでは60-92% 72)~74),78と高い数値が報告され,一方慢性膵炎症例でもKRAS変異が0-32%で検出されるとの報告がある(Table 1 27),73),74.しかしながらKRAS変異が検出された慢性膵炎では発癌がなかったと報告され 72,膵癌患者で検出されるKRAS変異頻度は背景にある慢性膵炎の有無で有意差がないとの報告もなされており 80,膵液で検出されるKRAS変異は膵癌のスクリーニングにおいて慢性膵炎の有無にかかわらず重要と考えられる.膵液でのGNAS変異検出率はIPMN患者で33-64% 21),22),81),82,大きさ5mm以下の小囊胞で46%と報告され,小囊胞の多くはIPMNである可能性が示唆されている 82.われわれは以前,IPMN由来浸潤癌患者よりTP53変異を,IPMNに併存する膵癌患者からはTP53変異に加えてアミノ酸変異パターンの異なる複数のKRAS変異を検出し,これらがIPMNに関連する膵悪性腫瘍のマーカーである可能性を示した 20),21

Table 1 

膵液中分子マーカーを用いた膵疾患検出.

遺伝子変異に加えて蛋白やRNAマーカーも報告されている(Table 1).ヒトテロメラーゼの主要な触媒サブユニットであるヒトテロメラーゼ逆転写酵素(human telomerase reverse transcriptase,hTERT)は,テロメラーゼ活性とよく相関し,細胞分裂時に通常失われるテロメアを伸長させることでがん細胞の無秩序な増殖に関与している.テロメラーゼ活性は膵癌や悪性IPMNの有望な診断マーカーであり 84),91,膵液中のhTERT発現をmRNA 83),84や免疫染色 85),86で評価すると感度や特異度に優れていることが報告されている.S100PはS100ファミリーのメンバーで,終末糖化産物の受容体やp53,p21と相互作用し,細胞外マトリックス(extracellular matrix,ECM)の分解と転移に関与する.S100Pは,膵臓がんの進行と転移において細胞骨格タンパク質および細胞膜と相互作用することも知られている.Matsunagaらは,超音波内視鏡検査(EUS)またはEGD中にセクレチン刺激なしで カテーテル下に十二指腸液を299サンプル採取しS100P値を定量したところ,膵癌診断において感度85%,特異度77%の成績を報告した 29.CEA(carcinoembryonic antigen)関連細胞接着分子5(CEA-related cell adhesion molecule 5,CEACAM5)がコードするCEAタンパク質は,歴史的に膵臓癌を含む種々の癌の腫瘍マーカーとして用いられ,細胞接着,細胞内および細胞間シグナル伝達,癌進行,炎症,血管新生,転移などの複雑な生体プロセスにおいて多様な機能を有している 92.MUC1(pan-epithelial-type membrane-associated mucin,汎上皮型膜結合ムチン)は管腔の維持に関与するとともに細胞間接着を阻害し,免疫染色では高悪性度PanIN,浸潤性IPMN,PDACでの強発現が観察される 93.Shimamotoらは膵液中のCEAとMUC1のmRNA発現レベルを測定し,膵癌とIPMN由来浸潤癌患者での感度/特異度はそれぞれ56%/57%,89%/71%であったと報告している 87

近年注目されているマイクロRNA(miRNA)は7〜20個の塩基からなる短い非コードRNA分子で,mRNAに対して相補的な配列を形成してRNAを阻害し,遺伝子の翻訳の時点で制御することが知られている 94.バイオマーカーとしてのmiRNAは,タンパク質やDNA,miRNA以外のRNAなどの生体分子よりもかなり安定しているという利点がある 95),96.膵液中の発現レベルでは,miR-21,miR-155,miR-205,miR-210,miR-492,miR-1427が膵癌患者で上昇し 88),90,miR-155はIPMNで上昇している 89.しかしながら,バイオマーカーとしてmiRNAを用いる場合の欠点は,普遍的な内因性コントロールがなく,それぞれの研究同士の結果に一貫性がないことであった.Kuratomiらは,NGSを用いた網羅的miRNA発現解析を行い,それぞれのmiRNAのカウントデータの全カウントに占める割合を計算して正規化し,膵液中のmiR-10aレベルが悪性IPMNの候補マーカーであることを明らかにした 19.さらに重要と思われる点は,エキソソームに内包されていない遊離型miRNAと内包型miRNAの2種類に注目することであり,Nakamuraらはこの2種類のmiRNAの発現を臨床状態の観点から比較した.エクソソームに内包されたmiRNA-21(ex-miR-21)とmiRNA-155(ex-miR-155)が膵癌と統計的に関連があると報告し 36,分解酵素を豊富に含む膵液の解析には,エクソソームに内包されたmiRNAを用いることの重要性を示唆している.

Ⅳ-2.分子生物学的マーカーによる膵疾患のリスク層別化

技術革新により複数のマーカー検出が同時にできるようになり,膵囊胞性病変のリスク層別化や鑑別が可能となった(Table 2).Yuらは,シークエンスエラーを排除しながら複数マーカーを同時にかつ高感度に検出することを可能とするデジタルNGSの技術を用いて十二指腸液の解析を行い,TP53SMAD4変異の二つのマーカーでの悪性囊胞診断に対する感度/特異度は65%/73%で,9遺伝子の変異では53%/86%の成績が得られることを報告した 62.さらにSuenagaらはデジタルNGSにより十二指腸液中の12遺伝子を解析し,悪性囊胞の診断感度/特異度はTP53SMAD4の2遺伝子の変異マーカーでは61%/96%で,12遺伝子の変異マーカーでは72%/89%と優れた成績を報告した 98.同様にSpringerらもターゲットシークエンスで11遺伝子の解析を行い,手術を要する囊胞性病変の診断において75%/92%の感度/ 特異度が得られたと報告している 31.加えて初期の報告でも,TP53異常 21),99SMAD4CDKN2ANOTCH1遺伝子異常 100RAFPTPRDCTNNB1遺伝子異常 101,NGS解析 102は膵囊胞性病変のリスク層別化に有用と報告している.興味深いことにMateosらはIPMN患者から採取した膵液の全エキソン解析を行い,MYC遺伝子増幅や遺伝子変異数が悪性IPMNと関連していることを示した 103

Table 2 

膵液中分子マーカーによる膵疾患のリスク層別化.

蛋白マーカーであるCEA 104),106),107,IL-1b 105,そしてDAS-1 108も膵囊胞病変の良悪性鑑別に有用である.Hayakawaらは膵液でのCEA濃度上昇がIPMNの悪性診断や悪性化予測に有用であると報告し 107,Dasらは食道,胃,膵臓の前がん病変やがん病変に存在して正常組織には存在しないDAS-1に着目し,膵囊胞液サンプルを用いた良性囊胞と高リスク囊胞の鑑別において,DAS-1は全マーカー中最高の感度88%,高い特異度99%であったと報告した 108.また,miRNAもIPMNの悪性リスク層別化に有用であると報告され,miR-10a 19,miR-21 109,miR-216aやmiR-217 97がIPMN浸潤癌,そしてmiR-196a 110が腸型IPMNの診断に有用であった.

Ⅳ-3.次世代シークエンスによる膵囊胞の鑑別

膵囊胞には,IPMN,MCN,SCAs,仮性囊胞や貯留囊胞,そしてSPNsやPanNENsなどの固形腫瘍の囊胞変性が含まれる.これらの鑑別は画像診断の進歩にも関わらずしばしば困難であり,診療において問題となる.そこで膵囊胞の鑑別を目的とし,EUS-FNAで採取した膵囊胞液の分子生物学的解析が試みられてきた(Table 3).組織の分子生物学的解析から明らかになった特徴的な分子生物学的マーカーとして,IPMNではGNASKRASRNF43変異,MCNではKRASRNF43変異,SCAではVHL遺伝子のヘテロ接合性喪失,そしてSPNではCTNNB1変異である 68.Singhiらは,KRASおよびGNAS変異とCEA値の上昇を用い,粘液性囊胞と非粘液性囊胞を86%/90%の感度/特異度で鑑別できること,そしてGNAS(対立遺伝子変異頻度>55%)またはTP53PIK3CAPTEN(対立遺伝子変異頻度≧KRAS/GNASの対立遺伝子変異頻度)のマーカーを用いて,悪性IPMNおよびMCNを89%/100%の感度/特異度で良性腫瘍と鑑別することができることを報告した 111.またSpringerらは11個の遺伝子マーカーを組み合わせた膵囊胞液の次世代シークエンス解析によりIPMN,MCN,SCA,SPNをそれぞれ76%/97%,100%/75%,100%/91%,100%/100%の感度/特異度で診断可能であることを報告した 31

Table 3 

膵囊胞液の次世代シークエンス解析による膵囊胞鑑別.

Ⅴ 結  語

バイオマーカー検出技術の進歩に伴い,内視鏡検査で得られる純膵液,膵囊胞液,十二指腸液が膵癌の発見や膵疾患のリスク層別化・鑑別に有用であることが分かってきた.しかし,この総説で取り上げた内容のほとんどは臨床ガイドライン上,実臨床での推奨に至っておらず 35,EUS-FNAによる膵囊胞液やERCPによる純膵液のサンプリングはそれぞれ経験豊富な施設で行うことが推奨され,十二指腸液の採取についてはガイドラインに記載されていない.膵囊胞液・純膵液・十二指腸液の分子生物学的検査は,今後の研究において実施されるべきである(Figure 4).従って,検体の取り扱いの改善やマーカーの組み合わせにより,膵液検体中の分子マーカーが臨床の場で使用されるようになることを期待する.

Figure 4 

純膵液,十二指腸液,膵囊胞液による膵疾患の診断戦略とその臨床応用の合理性.試料採取や評価方法を,実臨床から研究レベルまで層別化し色分けを行った.ERCPとEUS-FNAはルーチン検査であるが,IPMNに対するERCPと膵囊胞液採取のためのEUS-FNAは専門施設で行うべきとガイドラインに記載されているため,オレンジで表示.

略語:PPJ,pancreatic juice(純膵液);DF,duodenal fluid(十二指腸液);PCF,pancreatic cyst fluid(膵囊胞液).

謝 辞

本稿の執筆にあたり診療と研究面でご協力いただいた以下の先生方に深謝いたします. (敬称略)進藤浩子,高橋英,横田雄大,廣瀬純穂,深澤佳満,川上智,早川宏,倉富夏彦,門倉信,原井正太,吉村大,島村成樹,今川直人,前川伸哉.また,英文校正はEnago(www.enago.jp)にご協力いただきました.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

Footnotes

本論文はDigestive Endoscopy(2023)35, 19-32に掲載された「Molecular assessment of endoscopically collected pancreatic juice and duodenal fluid from patients with pancreatic diseases」の第2出版物(Second Publication)であり,Digestive Endoscopy誌の編集委員会の許可を得ている.

文 献
 
© 2023 Japan Gastroenterological Endoscopy Society
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