2023 Volume 65 Issue 2 Pages 125-131
52歳男性.15年前他院で内痔核に対しstapled hemorrhoidopexyを施行された.腹部膨満感,排便困難感を主訴に当院を受診し,直腸背側にstapled hemorrhoidopexyのステープルに接して囊胞性病変を認めた.内視鏡的に開窓術を施行し,囊胞内から径2.5cm大の球形の異物が摘出され,症状は消失した.stapled hemorrhoidopexy後に生じた症状を伴う傍直腸囊胞に対して,内視鏡的開窓術を施行することは有用と考えられた.
A 52-year-old man who underwent stapled hemorrhoidopexy for internal hemorrhoids 15 years ago, visited our hospital for evaluation of anorectal discomfort and dyschezia. Colonoscopy revealed a submucosal tumor on the dorsal aspect of the rectum. His symptoms were attributed to the submucosal lesion, and we performed endoscopic unroofing. Intraoperatively, we detected a cyst-like structure containing a spherical foreign body under the mucosa, and the foreign body was removed. The patientʼs symptoms disappeared rapidly after endoscopic treatment. The tumor was histopathologically diagnosed as a pararectal cyst containing a spherical foreign body. Owing to its minimal invasiveness, we recommend endoscopic unroofing as a useful therapeutic option for symptomatic pararectal cysts.
内痔核に対するstapled hemorrhoidopexy後に生じる囊胞性病変は傍直腸囊胞と呼ばれ,その報告例は少なく 1),詳細は未だに不明である.今回,stapled hemorrhoidopexy施行15年後に生じた症状を伴う傍直腸囊胞に対し,内視鏡的開窓術を施行し,症状の改善を得た症例を経験したので報告する.
患者:52歳,男性.
主訴:残便感,腹部膨満感,排便困難.
既往歴:37歳時 内痔核手術.
現病歴:健診での上部消化管透視検査後に残便感が出現,その後徐々に腹部膨満感,排便困難感も自覚するようになり,1年経過後も症状が持続するため当科を受診した.
現症:身長 164cm,体重 57.7kg,体温 36.2℃,血圧 120/64mmHg,脈拍60回/分,整.意識清明.胸腹部に異常を認めなかった.直腸診で6時方向に硬い腫瘤を触知した.
臨床検査成績:Hb 11.6g/dlと軽度貧血,γ-GTP 78IU/Lと軽度高値を認めた.CEA 2.5ng/ml,CA 19-9 0.1ng/mlと腫瘍マーカー上昇は認めなかった.
腹部CT検査(Figure 1):直腸背側に径2.5cm大の辺縁が不整で周囲にアーチファクトを伴う高吸収結節を認めた.
腹部CT検査.
直腸背側に径2.5cm大の高吸収結節(矢印)を認めた.
全大腸内視鏡検査:直腸Rb背側に頂部に陥凹を伴う粘膜下腫瘤様隆起を認めた(Figure 2-a).超音波内視鏡検査(EUS)を施行したが,描出不良のため腫瘤内部の詳細な評価は困難であった.後日透視下で再検した際に陥凹より造影チューブを用いて造影剤を注入すると内部に造影剤の貯留を認めた(Figure 2-b).
全大腸内視鏡検査.
a:スコープ反転による観察像.
b:透視下,左側臥位での観察像.病変の表面の陥凹より造影チューブを用いて造影剤を注入すると内部に造影剤の貯留(矢印)を認めた.
臨床経過:画像検査より,直腸腫瘤はstapled hemorrhoidopexyの吻合部の際に迷入することで生じた腸管管腔側の直腸粘膜面と交通を持つことで長年の経過で徐々に内容物が蓄積されたものと考察された.症状と画像検査で指摘された直腸腫瘤の因果関係は明らかではなかったが,患者の希望もあり,informed consentを得た上で診断的治療として内視鏡的開窓術を施行する方針となった.
内視鏡治療所見:病変周囲の粘膜切開を行っていくと,stapled hemorrhoidopexyの際のステープルが出現し,切開を行った粘膜より下層に囊胞様空間とその内部に灰黒色の構造物が観察された(Figure 3-a).切開を進めていくことにより灰黒色球状構造物が腸管内に移動したため回収した(Figure 3-b).構造物が移動した後の内腔を観察すると正常粘膜に裏打ちされた囊胞様構造を認めた.囊胞の腸管側の壁は正常粘膜で覆われており,腸管内腔側の粘膜を切除し囊胞を開窓した形となった.直腸の囊胞内に存在した径2.5cm大の灰黒色の球体構造物の割面には白色調を呈する薄い層が帯状に認められた(Figure 3-c).術前のCT値が1,500HUと高いことと,割面の色調から,バリウムが推定された.
内視鏡治療所見.
a:病変周囲の粘膜切開を行うとステープル(黄矢印)が出現し,粘膜より下層に囊胞様空間(矢頭)とその内部に灰黒色の構造物(赤矢印)が観察された.
b:灰黒色球状構造物(赤矢印)と灰黒色球状構造物が移動した後の内腔(矢頭).
c:囊胞内異物の割面像.白色調を呈する薄い層が帯状に認められた.
病理組織学的所見:切除固定標本では腸管側と囊胞内腔側の両側に陥凹を認め(Figure 4-a),HE染色標本上両者の交通を認めた(Figure 4-b).交通部位と囊胞内面は直腸の正常粘膜で覆われていた.
病理組織学的所見.
a:切除固定標本の腸管側.陥凹(矢印)を認めた.
b:HE染色(×6.25倍).
腸管側の陥凹(*)と囊胞内腔側の陥凹(**)は交通しており(矢印),交通部位と囊胞内腔は直腸粘膜に覆われていた.
術後経過:内視鏡治療終了後の腹部X線検査では術前に認めていた骨盤内の高濃度像は消失しており,内視鏡治療施行翌日より腹部膨満感,排便困難感は完全に消失した.内視鏡的開窓術施行後8カ月後の全大腸内視鏡検査(Figure 5)では内視鏡的切除部位は瘢痕化しており,周囲と連続して正常粘膜に覆われていた.術後15カ月後も症状の再発を認めていない.
内視鏡的開窓術施行8カ月後の全大腸内視鏡検査.
内視鏡的切除部位は瘢痕化しており,正常粘膜に覆われていた.
内痔核に対するstapled hemorrhoidopexy施行15年後に症状を伴う囊胞内異物を含む傍直腸囊胞に対し,内視鏡的開窓術により囊胞内異物を除去することにより症状は消失し,治療し得た1例を経験した.
stapled hemorrhoidopexyは,全周性のⅢ度以上の内痔核や肛門機能不全が少ない不完全直腸脱等に対して,環状吻合器を用い,下部直腸粘膜を切除縫合して肛門クッションを吊り上げ固定する治療法である 1).合併症としては出血や尿閉,便秘,裂肛,膿瘍が挙げられる 2).本症例は囊胞性病変がstapled hemorrhoidopexyのステープルラインに接して存在していたこと,切除標本の囊胞壁にも粘膜上皮成分を認めたことなどから,吻合により迷入した粘膜上皮が腸管内腔と交通を保ち囊胞様構造を呈するようになり,長年の経過で交通部から流入し蓄積した腸管内容物と囊胞内の上皮から分泌される粘液で異物が形成されたと考えられた.医学中央雑誌及びPubMedにて,2021年12月までの期間で「stapled hemorrhoidopexy」「rectal cyst」「囊胞」「偶発症」「complication」のキーワードで検索した範囲では,stapled hemorrhoidopexy後に生じた症状を有する傍直腸囊胞の報告は本症例を含めて9例のみであり 1)~5),そのうち,具体的な臨床経過が記載されている報告は3例であった(Table 1) 1),4),5).Jongenら 2)とFondranら 3)はstapled hemorrhoidopexy術後にステープルライン部分での囊胞を形成した症例を,Raymondら 4)は巾着縫合時の粘膜層の反転及び分泌物の貯留が原因と推測される症例を報告している.Liuら 5)は,stapled hemorrhoidopexy後に傍直腸囊胞が形成され,ステープリングによって粘膜が裏打ちされた潜在的な空間に粘液が貯留し,排便困難感や腹満感といった症状が出るまでに6週間程度時間を要した症例を報告しているが,本症例のように術後15年という長期間の経過後に症状を発症した症例はこれまで報告はなかった.囊胞内の構造物の性状については,小林ら 1)は,囊胞内の内容物はゼリー状~粘液性と報告しているが,本症例はバリウムと予想される成分を含む固形状の構造物であった.また,この構造物は径2.5cm大と報告例の中で最も小さいものであったにもかかわらず症状を伴った理由として,ステープリングによってできた囊胞状構造が腸管壁に存在し,15年という長期間の経過で徐々に内腔が拡張し,上部消化管透視検査時に内服したバリウムが偶発的に貯留することで硬い構造物が生成され,囊胞内圧が上昇したことが考えられた.
stapled hemorrhoidopexy後に生じた傍直腸囊胞の報告例.
症状を伴う傍直腸囊胞に対しての治療は,これまで報告で記載があった3例では外科的穿刺吸引が行われているが 1),4),5),いずれの症例も症状が再発しており,最終的に経肛門的に囊胞切除が行われていた.本症例は治療として内視鏡的開窓術が選択された初めての症例であり,症状の無再発を術後15カ月間最も長く維持している.本症例は囊胞が直腸背側に存在したため,外科的手術では,剝離操作が難しく直腸壁欠損や人工肛門造設となる可能性があったことや,症状を伴う傍直腸囊胞は囊胞内圧上昇の解除のためには囊胞腔の開放が最も必要と思われることから,全身麻酔や脊椎麻酔下で行う経肛門的手術よりも低侵襲と考えられている内視鏡的開窓術は症状を伴う傍直腸囊胞に対する治療として妥当であり,考慮されるべき治療法と考えられた.
消化管器械吻合後に腸管粘膜上皮が粘膜下層に迷入し,その粘膜上皮の粘液産生により囊胞化されるまれな病態として,implantation cystが報告されている 6).stapled hemorrhoidopexy術後の傍直腸囊胞とimplantation cystは,腸管に器械的操作が加わることで粘膜上皮が重なり閉鎖空間を形成し,分泌物が貯留して囊胞を形成するという点で病態は類似しているが,傍直腸囊胞は良性疾患である内痔核に対する治療後に出現する病態であるのに対し,implantation cystは悪性疾患である大腸癌に対する治療後に生じることが多いため悪性疾患の局所再発が疑われ,EUSや穿刺吸引細胞診で診断される症例が報告されている 6),7).S状結腸の術後吻合部に認めた症状を伴わないimplantation cystに対して内視鏡的粘膜切開後の穿刺吸引で4カ月間再発なく経過している症例の報告 8)もあるが,多くが診断的治療として外科的切除が行われている 7),9).症状を伴うimplantation cystに対する治療として穿刺吸引のみがなされた報告では再発をきたしていることより 9),傍直腸囊胞に対して内視鏡的開窓術を施行した本症例のように,症状を伴うimplantation cystに対しても,術前診断が確定されれば,迷入粘膜による囊胞様構造の開放を目的とした治療としての内視鏡的開窓術も検討する価値があると考えられる.
内痔核に対するstapled hemorrhoidopexy後に生じた症状を伴う傍直腸囊胞に対して内視鏡的開窓術を施行し,症状の改善を得た1例を経験した.本疾患に対する治療として,侵襲が大きくなることが予想される外科的治療以外に,囊胞内の減圧や異物の回収が低侵襲で行うことが期待できる内視鏡的開窓術は考慮されるべき治療法であると考えられた.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし