GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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A CASE OF GASTRIC PROTRUDING TYPE OF MUCOSAL SIGNET-RING CELL CARCINOMA POST ERADICATION OF HELICOBACTER PYLORI
Kanako KISHI Kyoichi ADACHIUtae SAKAMOTOTomoko MISHIROTakafumi YUKIYoshinori KUSHIYAMAHiroshi MIURANorihisa ISHIMURAShunji ISHIHARA
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2023 Volume 65 Issue 3 Pages 229-235

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要旨

症例は45歳女性.15年前にHelicobacter pyloriH. pylori)除菌歴がある.定期健診のEGDにて幽門前庭部に経年的に増大する軽度発赤調0-Ⅱa+Ⅱc病変を認め,生検にて印環細胞癌と診断された.生検組織では印環細胞癌は粘膜固有層内に密に増殖しており,中心のびらん部だけでなく,びらん周囲の隆起部と思われる正常上皮に覆われた領域の粘膜固有層内にも癌が存在していた.ESD前の観察では病変部は平坦陥凹化していたものの,生検前の病変は粘膜固有層内の癌の増殖により隆起型として発生した可能性が考えられた.ESD後の病理組織では4×3mm大の粘膜内癌と診断された.H. pylori未感染例や除菌後例にはこのような形態の印環細胞癌が発生しうることにも留意した内視鏡観察が必要である.

Abstract

This study reports the case of a female in her forties who had a history of successful Helicobacter pylori eradication. She had undergone an EGD procedure as part of an annual medical check-up. The results revealed a small, slightly reddish elevated lesion along with erosion in the posterior wall of the antrum. A biopsy sample revealed dense expansion caused by a signet-ring cell carcinoma in the proper mucosal layer of the erosion site as well as the surrounding area of elevation. The protrusion was considered to be caused by dense growth of the carcinoma, though the form of the lesion changed from flat to slightly depressed before ESD was performed. The possibility of a protruding type of mucosal signet-ring cell carcinoma should be considered in the stomach of patients post eradication.

Ⅰ 緒  言

未分化型癌のうち印環細胞癌は,Helicobacter pyloriH. pylori)未感染胃癌に特徴的な病態の1つである.早期未分化型胃癌は肉眼的に平坦~陥凹型の形態をとることが多く,隆起型を呈することは稀とされている.今回われわれは,H. pylori除菌後の経過観察中に発見され,診断時には隆起型を呈したものの,治療時には表面陥凹型に形態変化した胃粘膜内印環細胞癌を経験したので報告する.

Ⅱ 症  例

症例:45歳女性.

主訴:特記事項なし.

既往歴:特記事項なし.

家族歴:父:胃癌(42歳で死去).

生活歴:飲酒なし,喫煙なし.

2004年にH. pylori除菌治療を受けており,最近ではほぼ毎年,健診目的の上部消化管内視鏡(EGD)を受けていた.2017年4月までのEGDでは幽門前庭部に異常所見を認めていなかったが,2018年4月のEGDにて,木村・竹本分類C-Ⅱの萎縮粘膜を背景として,幽門前庭部後壁に,中心に小びらんを伴うなだらかな立ち上がりを有する発赤小隆起が観察された(Figure 1-a).翌2019年4月のEGDでは同病変の増大を認め,頂上にびらんを伴う軽度発赤調のなだらかな隆起として認識された(Figure 1-b).病変頂部のびらん部を狙い1箇所のみ生検を行った.びらん周囲の隆起部を一部含めた生検となり,生検直後の内視鏡像ではびらん周囲の隆起部分の残存が確認された.生検組織の病理所見では,粘膜固有層内に固有胃腺を残し密に増殖する印環細胞癌の像がみられた(Figure 2-a,b).中心のびらん部のみならず,周囲の隆起部と思われる,正常上皮に覆われた領域の粘膜固有層内にも印環細胞癌を認め(Figure 2-a),内視鏡所見と合わせてその時点では0-Ⅱa+Ⅱc型早期胃癌と診断した.免疫染色では,periodic acid Schiff(PAS)染色は陽性で,E-cadherin染色では細胞膜に弱い発現を認める印環細胞癌が散見された(Figure 2-c).

Figure 1 

健診時の内視鏡像.

a:1年前の内視鏡像.

b:診断時内視鏡像.

Figure 2 

生検病理組織像.

a:弱拡大像.おおむね赤線で囲んだ部分に印環細胞癌を認める.

b:aの黒線で囲んだ部分の強拡大像.

c:E-cadherin免疫染色.E-cadherin弱陽性の印環細胞癌を一部に認める.

初回内視鏡から28日後の紹介先病院でのEGDでは,隆起部分は消失しており,褪色調の平坦陥凹領域として認識された(Figure 3-a).Narrow Band Imaging(NBI)拡大観察では,窩間部の開大および表面微細構造内の一部に蛇行した血管を認めた(Figure 3-b).同日施行したミニチュアプローブによる超音波内視鏡検査では,第3層は保たれていた.以上から深達度が粘膜内の印環細胞癌と術前診断し,内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)の方針となり,病変診断時のEGDから104日後にESDを施行された.なお,診断時のEGDおよび組織生検から,紹介先でのEGDおよびESDまでの期間に,プロトンポンプ阻害薬(proton pump inhibitor;PPI)等での治療介入は行われていなかった.ESD後の切除標本では,平坦陥凹部の粘膜固有層に限局して印環細胞癌を認め,最終病理所見はEarly gastric carcinoma,M-Less,type 0-Ⅱc,4×3mm,adenocarcinoma(sig),pT1a(M),Ly0,V0,pUL0,pHM0,pVM0であった(Figure 4-a).拡大組織像では病変部の粘膜固有層内には好中球などの炎症細胞浸潤はほとんど認めなかった(Figure 4-b).

Figure 3 

術前診断時の内視鏡像.

a:白色光.

b:NBI拡大観察.

Figure 4 

ESD後切除標本病理組織像.

a:ルーペ像.赤線の範囲の粘膜内に印環細胞癌を認めた.

b:強拡大像.粘膜固有層内に好中球浸潤をほとんど認めていない.

Ⅲ 考  察

未分化型癌のうち,印環細胞癌は近年報告されているH. pylori未感染胃癌に特徴的な病態の1つである.未分化型癌は,発生初期は既存の腺管のうち特に粘膜中層の増殖細胞帯の周囲の間質を縫うように水平方向に浸潤し,腫瘍部粘膜の表層は非癌上皮が残存することが多く,凹凸のない平坦な粘膜として認識される.腫瘍細胞が粘膜全層を占有するに従い既存の腺組織は破壊され,表層の腺窩上皮が脱落する.このため未分化型癌は平坦~陥凹型の形態を呈することが多く,隆起型を呈することは稀とされる 1),2.安西らは単発早期胃癌手術症例1,150例を検討し,隆起型であった179例中,低分化腺癌および印環細胞癌は10例であったと報告している 3.このうち印環細胞癌は4例であり,隆起型胃癌に占める印環細胞癌はわずか2.2%であった.

われわれが,隆起型,印環細胞癌のキーワードを用いて1984~2017年までの医学中央雑誌にて検索したところ,詳細が明らかな早期胃癌に関する文献報告は11例であった 4)~14.これらに安西ら 3の早期印環細胞癌4例と今回報告した自験例を含めた16例の形態,深達度,H. pylori感染状況,治療法のまとめをTable 1に示す.16例のうち肉眼型については1型が2例,0-Ⅰ型が8例,0-Ⅱa型が5例,粘膜下腫瘍様隆起を呈したものが1例であり,全体のうち8例が表面陥凹を伴っていた.H. pylori感染に関して明らかなものは自験例を含めて7例であり,陽性が3例 6),12),14,陰性が4例であった.陰性例4例のうち,1例には慢性活動性胃炎を認めており 9,2例がH. pylori未感染と考えられ 11),13,除菌後は自験例1例のみであった.今回まとめた16例においては,H. pylori感染と隆起の形態に一定の傾向はみられなかった.粘膜内癌の報告は自験例を含めて10例であったが,このうち3例は過形成ポリープ内に印環細胞癌の発生を認めた例 8),12),14で,印環細胞癌そのものにより隆起を形成したと考えられたのは自験例を含め7例であった 3),4),6),11),13.治療法は,最近の粘膜内癌では多くの例でESDが行われていた 6),12)~14

Table 1 

隆起型を呈した胃早期印環細胞癌の報告例.

未分化型癌が隆起を呈する機序として,澤岻らは①癌の深部浸潤に伴う間質における線維増生または粘液結節形成によるもの,②癌細胞が結合性を失わずに密に増殖する2つの様式をあげている 10.またこれらの機序以外に只友,宮崎,菅沼,角谷らは③過形成性ポリープ等の隆起を呈する病変を基盤として発生した印環細胞癌例を報告している 7),8),12),14.自験例では,印環細胞癌は粘膜筋板を越えず腺頸部に限局しており,粘膜下層における線維増生や粘液結節の形成を認めず粘膜筋板の盛り上がりもないことから①の様式は否定的であった.さらに,粘膜下層に線維化,また隆起基部に腺窩上皮の過形成を認めず,間質内の浮腫や炎症細胞浸潤,血管新生所見に乏しいことから③も否定的と考えられた.自験例では,印環細胞癌の粘膜固有層内での密な増殖を認めたことから,②の様式のように,癌細胞が結合性を失わずに密に増殖し,隆起型を呈したと考えられた.

隆起型の印環細胞癌についての過去の報告では,隆起の表面や周囲に陥凹面を伴うものの報告も多く 3),12),13,これは未分化型癌が本来結合性に乏しく,脱落しやすいという特徴に起因するものとされる 3.自験例でも隆起頂上部に白苔を伴うびらんを有していた.

なお,自験例では病変部は生検施行後には肉眼的に平坦陥凹化していた.生検前に隆起型を呈していたことについて,癌によるびらん周囲の炎症・浮腫により一時的に病変全体の肉眼型が隆起型を呈した可能性がある.しかしながら,診断1年前および診断時の内視鏡像において,びらんの大きさに比して周囲が幅広く隆起していること,さらに生検病理所見では中心のびらん部のみならず,周囲隆起部と思われる,中心びらん部から連続した正常上皮に覆われた部分の粘膜固有層においても印環細胞癌が密に増殖する像がみられており,本病変は印環細胞癌の増殖により隆起型として発生した可能性があると考えている.また,生検を施行した診断時EGDから紹介先病院でのEGDまでの期間にPPIなどの治療を行っていないことから,病変部の炎症の沈静化によって病変が平坦化したのではなく,病変そのものが小さく,生検による影響によって平坦病変へと形態変化した可能性を考えている.今後,自然経過の中で隆起型から平坦・陥凹型へと形態変化する印環細胞癌が存在する可能性について,症例の蓄積が必要と考えられる.

E-cadherinは上皮組織における細胞間の接着分子で,癌化に伴いその機能は低下するとされる 15.過去の報告では,印環細胞癌において発現が低下している例 16),17,発現の低下がみられなかった例 18いずれの症例もみられている.自験例ではE-cadherin免疫染色にて弱陽性を呈する印環細胞癌を一部に認めており,印環細胞癌間の接着性は完全には消失していなかったと推定される.今後E-cadherin発現の有無やその程度が,印環細胞癌の肉眼型を含めた発育,進展様式に与える影響についての検討が必要と考えられる.

堀内らは,印環細胞癌の肉眼型について検討し,H. pylori未感染胃に発生したものは,現感染例や除菌後例に比較して,0-Ⅱcより0-Ⅱb形態を呈しやすいことを報告している 19.その理由として,H. pylori感染陽性例では炎症細胞浸潤が強く腫瘍の増殖能が高いため,腫瘍が表面に露出して表層の粘膜上皮が容易に脱落し0-Ⅱcの形態をとりやすいが,未感染例では,粘膜の炎症がないまたは乏しいため腫瘍が増殖帯に限局して存在し,表層の粘膜上皮が容易に脱落せず陥凹を形成しないためと説明している 19),20.自験例はH. pylori除菌後15年と長期に経過した後であり,ESD切除標本においても胃粘膜内の好中球浸潤に乏しく,H. pylori感染による粘膜炎症はほぼ消失した状態であった.したがって,自験例では,癌細胞が粘膜固有層内で密に増殖したことに加えて,表層の粘膜上皮が容易に脱落しなかったことにより,隆起型を呈していた可能性が考えられる.

Ⅳ 結  語

H. pylori除菌後の胃幽門前庭部に発生し,形態変化をきたした粘膜内印環細胞癌の症例を経験した.腺頸部で癌細胞が密に増殖し,さらに胃粘膜の炎症所見に乏しく表層の腺窩上皮が保たれたことにより隆起型として発生したものの,生検後の修復過程で表面陥凹型に形態が変化した可能性が考えられた.

今後,人口に占めるH. pylori陰性例や除菌後例の割合が増えることが予想されるが,H. pylori陰性例や除菌後例の中には,本報告のような隆起型を呈する印環細胞癌も存在する可能性があることにも留意した内視鏡観察が必要と考えられる.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

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