2023 Volume 65 Issue 3 Pages 244-250
症例は72歳男性.腰部脊柱管狭窄症の術前CTで後縦隔,仙骨前面に脂肪成分豊富な腫瘍を認めた.脂肪肉腫を含めた悪性軟部腫瘍を疑い,仙骨前面腫瘍に対し経直腸超音波内視鏡下穿刺生検術(Endoscopic ultrasound-guided fine-needle biopsy:EUS-FNB)を施行した.処置後合併症を認めず,病理所見より骨髄脂肪腫と診断し,経過観察とした.軟部腫瘍に対する生検術は適切な治療方針を選択するために必須であるが,軟部腫瘍に対する経直腸EUS-FNBは出血や感染症の合併症,needle tract seeding含めた播種などのリスクを有している.仙骨前面骨髄脂肪腫を合併症なく経直腸EUS-FNBで診断した報告は稀であり,報告する.
A 72-year-old man with a history of lumbar spinal canal stenosis underwent preoperative chest and abdominal computed tomography, which revealed mediastinal and presacral tumors containing a rich fatty component. We suspected a soft-tissue malignancy such as liposarcoma and performed a transrectal endoscopic ultrasound-guided fine-needle biopsy (EUS-FNB) for evaluation of the presacral tumor. Histopathological evaluation of the biopsy specimen confirmed diagnosis of myelolipoma, and we decided to follow up him without surgery. Although a biopsy is necessary for selection of an optimal treatment strategy, transrectal EUS-FNB of soft-tissue tumors is associated with the risk of complications such as bleeding and infection and dissemination including needle tract seeding. We report a rare case of a presacral myelolipoma diagnosed using transrectal EUS-FNB, without any complications.
骨髄脂肪腫は成熟脂肪細胞と正常骨髄系細胞からなる良性腫瘍である.骨髄脂肪腫は画像所見のみで軟部悪性腫瘍と鑑別することは困難であり,確定診断には組織学的診断が必須である.超音波内視鏡(EUS)下穿刺吸引細胞診・生検ではfine-needle aspiration(FNA)針や,fine-needle biopsy(FNB)針が用いられる.FNB針は側孔や先端形状についての加工が異なり,組織診断においてFNA針より有用であると期待されている.軟部腫瘍に対する経直腸EUS-FNA/FNBは組織学的診断で有用と報告されているが,処置に伴う合併症,播種リスクを有している.今回われわれは,仙骨前面と後縦隔に発生し経直腸EUS-FNBにより診断し得た骨髄脂肪腫を経験したので報告する.
症例:72歳,男性.
現病歴:高血圧症,胃潰瘍の既往があり近医にて内服治療されていた.2020年12月腰部脊柱管狭窄症と診断され,2021年8月手術治療の方針となった.術前スクリーニング目的のCTで後縦隔,仙骨前面に脂肪成分が豊富な腫瘤影を認め紹介受診となった.
初診時臨床検査成績:軽度の炎症反応上昇と肝障害を認めた.腫瘍マーカーの上昇は認めなかった(Table 1).
初診時臨床検査成績所見.
胸腹部CT所見:後縦隔の第8胸椎近傍に径55 mm大,仙骨前面の後腹膜に径60mm大のともに造影効果に乏しい境界明瞭な類円形腫瘤を認めた.内部はlow density(CT値(平均値±SD):-71±10),iso density(CT値(平均値±SD):0±5)が混在していた.Low density部は脂肪組織濃度であり,脂肪組織を含んだ病変であることが示唆された.周囲臓器への浸潤や周囲リンパ節腫大は認めなかった(Figure 1).
CT検査所見.
a:胸部造影CT像.
b:骨盤部造影CT像.
後縦隔の第8胸椎近傍に径55mm大,仙骨前面の後腹膜に径60mm大の類円形腫瘤を認めた.
MRI所見:CTと同様に後縦隔,仙骨前面に腫瘤を認めた.後縦隔,仙骨前面の腫瘤でCT値がlow density の部分はT1,T2ともにhigh intensity,脂肪抑制T1強調像ではlow intensityであった.(Figure 2).CTと同様に両腫瘤とも脂肪成分を含有した腫瘤と考えた.
MRI検査所見.
a:MRI T1強調像(軸位断).
b:MRI T2強調像(軸位断).
c:MRI T1脂肪抑制(軸位断).
仙骨前面の腫瘍内部に認められたT1,T2ともに高信号を示した部位は,脂肪抑制では低信号を示した.
多発所見より脂肪肉腫等の悪性軟部腫瘍を疑い,術前組織生検が必要と判断した.コンベックス型EUSは大腸領域では保険適応外使用となるため,手術治療とEUS-FNBについて十分説明し,needle tract seedingを含めた合併症について同意を得た上で経直腸EUS-FNBを施行した.
EUS-FNB:肛門より超音波内視鏡スコープ(EG-580UT,FUJIFILM)を愛護的に挿入した.前立腺や仙骨を確認しながら直腸背側を観察し,肛門縁から15cmで仙骨前面に辺縁整,血流に乏しい高エコー腫瘤を描出した(Figure 3).腫瘤と直腸との間に血管が介在しないことを確認し22G EUS-FNB針(AcquireⓇ,Boston Scientific社)で高エコーに描出される部より組織採取を行った.穿刺方法はDoor-Knocking methodで吸引圧は20mlに設定しFanning techniqueを併用し計2回施行した.ストローク回数は初回が20回であり,2回目に15回ストロークした時点で血液を吸引したため抜針した.迅速細胞診で初回穿刺検体が適正検体であることを確認した.直後のEUS所見,内視鏡所見では活動性出血は認めなかった.予防的抗菌薬投与は行わず,処置翌日に合併症なく退院された.
経直腸EUS所見.
仙骨前面に辺縁整,内部性状は高エコーな充実性腫瘍として描出された.
FNB針22Gを用いて2度穿刺した.
病理組織所見:赤芽球系や骨髄球系,巨核球などの造血細胞と散在する成熟脂肪細胞からなる骨髄様組織を認めた.骨成分は含まれておらず,造血細胞に明らかな異型は認められなかった.また脂肪細胞に異型はみられず,骨髄脂肪腫と診断した(Figure 4).
病理組織所見(EUS-FNB検体).
a:HE染色×100.
b:HE染色×400.
HE染色では赤芽球系や骨髄球系,巨核球などの造血細胞と散在する成熟脂肪細胞からなる骨髄様組織を認めた.
脂肪細胞に異型は認められなかった.
以上の病理結果,画像所見より骨髄脂肪腫と診断し,定期的な画像検査によるフォローの方針とした.
骨髄脂肪腫は主に副腎に発生する遠隔転移を認めない良性腫瘍である.副腎外発生は15%程度と報告されており 1),仙骨前面,縦隔,肺,腎臓などの発生報告がある 2).骨髄脂肪腫はCTでは辺縁整の脂肪濃度と脂肪よりやや低CT値な造血組織濃度が混在し 3),出血や石灰化所見を示すことがある 4).後縦隔内や仙骨前面部に多発する症例は散見されるが 5),6),後縦隔と仙骨前面といった胸部と腹部など離れた部位に多発する病変を有する症例は,本症例以外に1例認めるのみであり 7),極めて稀である.
骨髄脂肪腫と鑑別を要する疾患は脂肪腫,脂肪肉腫,奇形腫,後腹膜原性神経腫瘍などの軟部腫瘍である.脂肪肉腫のCT所見は脂肪成分と充実成分が混在し,出血と壊死を伴い 3),周囲浸潤や遠隔転移といった悪性所見を示すこともあるが,CT所見のみで骨髄脂肪腫と鑑別することは困難である.そのため骨髄脂肪腫の術前診断を脂肪肉腫とすることが多く,以前は手術治療が多く選択されていた 8).Pub Med(期間2021年8月まで,Key words「presacral」「myelolipoma」),医学中央雑誌(期間1983〜2021年8月,Key words「仙骨」「骨髄脂肪腫」,会議録を除く)で検索を行い症例集積したところ,経直腸EUS下に検体採取し骨髄脂肪腫と診断し得た症例を2例認めた(Table 2) 6),9).既報ではいずれも生検前診断として脂肪肉腫が挙げられており,穿刺針は22Gであった.本症例を含めたすべての症例で経過観察の方針となった.
経直腸EUS下穿刺吸引細胞診・生検で骨髄脂肪腫と診断した症例.
本邦の軟部腫瘍診療ガイドライン2020 10)では5cm以上の軟部腫瘍に対して術前生検による病理診断を行うことが推奨されている.確定診断後に十分な切除縁を確保した上で手術を施行した症例は,術前生検を行わずに手術を施行した症例に比べ,局所再発や遠隔転移を予防し手術回数が有意に減少するとされている 10).悪性軟部腫瘍は確定診断や切除縁決定のために遺伝子検査が必要となることもあり 10),術前生検では遺伝子検査可能な検体が必要である.FNB針は返しの付いた側孔や特殊に加工された先端等によって,検体の質と量を向上させることを目的としている.Alatawiら 11)は膵腫瘍に対するEUS-FNBはEUS-FNAに比して検体採取量と質が良好であると報告し,Levineら 12)は膵腫瘍,粘膜下腫瘍,リンパ節に対するEUS-FNBは遺伝子検査等の詳細な病理学的検討で好ましいと報告している.従って軟部腫瘍術前生検においても,良質な検体採取可能なEUS-FNBが安全性を鑑みながら積極的に選択すべきであると考える.
後腹膜腫瘍に対する経直腸EUS-FNA/Bは診断において有用であるが,出血や感染症,needle tract seeding等の重要な合併症を生じ得る.Levyら 13),14)は下部消化管領域でEUS-FNAを施行した症例での重症な処置後出血の発生頻度は0.6%,処置後血流感染症の発生頻度は2.0%と報告している.またMoriokaら 9)は仙骨前面骨髄脂肪腫に対して経直腸EUS-FNAを施行した際に敗血症を生じ治療を要した症例を報告している.経直腸EUS-FNA/Bは腸内細菌の血行性移行が原因と考えられる血行性感染のリスクを有している.経直腸EUS-FNA/Bでの予防的抗菌薬投与について明確な指針はないが,ストローク中に血液が吸引された際は,後出血だけでなく感染のリスクも考慮し,予防的抗菌薬投与や処置終了を検討すべきである.
軟部腫瘍に対する経直腸EUS-FNAによるneedle tract seedingの報告は少なく,その発生率は不明であるが,肉腫に対する経皮的針生検では2.0%と報告されている 15).那須ら 8)はneedle tract seedingや腫瘍出血の可能性を理由に,仙骨前面の血流に富む腫瘤に対して経直腸的生検は行うべきではないと結論づけている.本症例でもneedle tract seedingの危険性はEUS-FNB前より検討していたが,本症例のようにすでに直腸近傍まで病変が及んでいる場合には,広範切除による腸管合併切除を要する.仮に穿刺による播種を生じたとしても,確定診断後に速やかに手術をすることで播種巣が切除範囲に含まれると判断し,本症例では経直腸EUS-FNBを施行し手術を回避し得た.
後縦隔と仙骨前面に位置する骨髄脂肪腫に対して経直腸EUS-FNBにより診断し,経過観察とした1例を経験した.軟部腫瘍術前生検における経直腸EUS-FNBは不要な手術を回避する点でも有用である.一方合併症や播種リスクを有しており,今後の症例集積による検討が必要である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし