2023 Volume 65 Issue 4 Pages 353-360
患者は72歳の男性.4年前に前立腺癌の診断で重粒子線治療・内分泌療法が施行された.肝胆道系酵素の上昇のため施行した造影CT検査で前立腺に異常を指摘しえなかったが,多発肝腫瘤と直腸の腫瘤影および周囲のリンパ節腫大を認めた.CSで直腸Rbに頂部に陥凹を伴う40mm大の粘膜下腫瘍様隆起を認め,生検では内分泌細胞癌であった.直腸内分泌細胞癌と考え化学療法を開始し腫瘍は縮小傾向であったが,遺伝子パネルによるがんゲノム検査で前立腺癌特異的融合遺伝子であるTMPRSS2-ERGを認めた.本症例は前立腺癌が内分泌療法により神経内分泌分化を起こし,転移巣が急速に増大して直腸浸潤した極めて稀で貴重な症例と考えられた.
A 72-year-old man was diagnosed with prostate cancer 4 years ago and underwent heavy particle and hormone therapies at another hospital. A contrast-enhanced computed tomography (CT) scan, performed because of elevated hepatobiliary enzymes, did not show any abnormalities in the prostate. It did, however, show multiple hepatic masses, a mass shadow in the rectum, and enlarged surrounding lymph nodes. CS revealed a 40 mm submucosal tumor in the rectum with a depression in the apex. The tumor was biopsied and diagnosed as endocrine cell carcinoma. Chemotherapy initiation reduced the tumor size; however, a genomic analysis using a gene panel revealed the presence of prostate cancer-specific fusion gene TMPRSS2-ERG. This report describes a rare case in which neuroendocrine differentiation of prostate cancer was seen after hormone therapy, and the metastatic lesion grew rapidly and invaded the rectum.
前立腺癌の直腸浸潤は比較的稀な病態であり,原発性直腸腫瘍や転移性直腸癌等と鑑別を要することがある.また,前立腺悪性腫瘍における小細胞癌は稀とされている 1),2).
今回,われわれは直腸原発の内分泌細胞癌と初期診断して化学療法を開始したが,がんゲノム検査で前立腺原発と判明した小細胞癌の1例を経験したため報告する.
患者:72歳,男性.
主訴:血便,腹部腫瘤触知.
既往歴:40歳台より高血圧症,2型糖尿病,脂質異常症,66歳時に急性心筋梗塞,68歳時に前立腺癌,70歳時に脳梗塞.
現病歴:4年前に直腸診で前立腺の右葉から正中にかけて石硬様のくるみ大の病変を認め,右葉と左葉に対してそれぞれ3カ所ずつ経直腸的前立腺生検がなされ,右葉の生検検体から前立腺癌(中分化~低分化腺癌,Gleason score:9)(Figure 1)と診断された.無症状で,PSA値は4.902ng/mLであった.手術加療を希望されず,重粒子線治療,アンドロゲン遮断療法(androgen deprivation therapy,以下ADTと略記)が施行された.当院泌尿器科で経過観察されていたが,3カ月前から排便時出血を認め,1カ月前から肝胆道系酵素の上昇が見られた.造影CT検査が施行され,直腸腫瘍ならびに肝転移・リンパ節転移が疑われたため当科へ紹介となり,精査加療目的に入院した.

前立腺癌診断時の前立腺生検組織標本のHE染色(×100).中分化~低分化腺癌の所見で,小細胞癌を疑う所見はなかった.
入院時現症:身長 164cm,体重 56.7kg,体温 36.1℃,血圧 106/65mmHg,脈拍 69回/分・整.腹部に自発痛と圧痛はなかったが,右肋骨下縁から5横指肝臓を触知した.
入院時検査所見
血液検査所見:Hb 12.6g/dlと軽度貧血を認めた.肝胆道系酵素はAST 188U/L,ALT 193U/L,ALP 296U/L,γ-GTP 1,193U/Lと上昇を認めた.またLDH 575U/Lと上昇し,FDP 18.3µg/dL,D-dimer 11.2µg/dLと線溶系亢進を認めた.腫瘍マーカーはCEA 593.0ng/mL,CA19-9 73.9U/mL,NSE 846.0ng/mLと上昇していた.ProGRP 52.4pg/mL,AFP 1.8ng/mL,PIVKA-Ⅱ 36mAU/mL,PSA 0.07ng/mLと正常であった.
造影CT検査(Figure 2):直腸右側に造影剤で濃染される不整形腫瘤と周囲のリンパ節腫大を認めた(Figure 2-a).また,肝に多発する腫瘤を認めた(Figure 2-b).前立腺には異常を指摘できなかった.肺野には腫瘤性病変や転移性病変の所見は認めなかった.

腹部造影CT検査.
a:直腸右側に不整形腫瘤および周囲のリンパ節腫大を認めた.
b:肝臓に多発する腫瘤影を認めた.
PET-CT検査:直腸右側にFDG異常集積(SUVmax=7.4),直腸左側に結節状のFDG異常集積(SUVmax=5.2),肝に多数のFDG異常集積(SUVmax=10.0)を認めた.前立腺には異常集積を指摘できなかった.
大腸内視鏡検査(Figure 3):直腸Rb右側壁を中心に4分の1周を占める40mm大の頂部に浅い陥凹を伴う弾性硬で緊満感に富む粘膜下腫瘍様隆起を認めた(Figure 3-a,b).超音波内視鏡検査(EUS)12MHz(ミニチュアプローブ)での観察では直腸壁2層から5層の内部均一な低エコー性腫瘤として描出され,比較的境界明瞭であった.壁外は減衰のため評価困難であった(Figure 3-c).また,肛門周囲には放射線性直腸炎の所見と思われる血管拡張を認め,血便の原因と考えられた.生検は粘膜下腫瘍様隆起の頂部の陥凹面より施行した.

大腸内視鏡検査.
a:直腸Rb右側壁を中心に4分の1周を占める40mm大の頂部に陥凹を伴う弾性硬で緊満感に富む粘膜下腫瘍様隆起を認めた.
b:頂部には腫瘍が露出していると思われる陥凹面を認めた.
c:EUSでの観察では直腸壁2層から5層の内部均一な低エコー性腫瘤として描出され,比較的境界明瞭であった.壁外は減衰のため評価困難であった.
生検標本による病理免疫組織学的検査(Figure 4):粘膜固有層を中心にN/C比が高く,クロマチンが濃染した核を有する異型の強い腫瘍細胞がシート状・無構造に増殖し,アポトーシス小体や有糸分裂像を多数伴っていた(Figure 4-a).免疫染色ではChromogranin AとSynaptophysin(Figure 4-b)が陽性像を示し,Ki-67指数は90%以上であり,内分泌細胞癌(小細胞癌)と診断した.

病理免疫組織学的検査.
a:直腸生検組織標本のHE染色(×400).粘膜固有層を中心にN/C比が高く,クロマチンが濃染した核を有する異型の強い腫瘍細胞がシート状・無構造に増殖し,アポトーシス小体や有糸分裂像を多数伴っていた.
b:Synaptophysin陽性像(×400).
入院後経過:CT検査およびPET-CT検査では前立腺を含め,他の臓器に原発巣を疑う所見がなく,直腸原発の内分泌細胞癌による多発肝転移,リンパ節転移と診断した.当院の血液・腫瘍・心血管内科でカルボプラチンとエトポシドによる化学療法を施行したところ,2コース目終了後のCT検査では肝転移巣は治療開始前と同様で,直腸右側の不整形腫瘤も著変なかったが,肝胆道系酵素は改善傾向となり,内視鏡所見上,直腸病変の平坦化を認め,不整な陥凹面は不明瞭化していた(Figure 5).しかし,化学療法開始5カ月後,治験を含めたさらなる推奨治療の検索目的に施行した直腸粘膜生検検体によるがんゲノム検査で前立腺癌に特異的なTMPRSS2-ERG融合遺伝子を認め,原発は前立腺癌由来と判明した.がんゲノム検査の遺伝子変異に基づいた推奨治療はなく,転院先の地元の病院で同化学療法を継続している.診断から7カ月時点で生存中である.

大腸内視鏡検査(化学療法2コース終了後).腫瘍隆起成分の平坦化を認め,不整な陥凹面は不明瞭化していた.
前立腺癌の直腸浸潤はDenonvilliers筋膜が直腸と前立腺の間に存在しているため,比較的稀とされており 3),本邦における前立腺癌の直腸浸潤は初発例の3.1%,再発例を含めると6.2%と報告されている 4).一般に前立腺癌の直腸浸潤・転移様式はWinterにより5型に分類され,Ⅰ型は直腸前壁の粘膜下浸潤(25.0%),Ⅱ型は直腸全周性の粘膜下浸潤(40.6%),Ⅲ型は直腸粘膜までの浸潤(21.9%),Ⅳ型は直腸S状結腸転移(9.4%),Ⅴ型は前立腺癌と直腸癌の重複癌(2.1%)である 5).Ⅱ型が多い理由は,腫瘍が筋膜を超えてから直腸に浸潤した場合,直腸固有筋層が障害となり,全周に広がった後に内腔に浸潤するためであり,内視鏡では全周性の狭窄像として観察されることが多い 3).
本症例は直腸に丈の高い粘膜下腫瘍様隆起を認めたが,CT検査およびPET-CT検査で前立腺に異常はなく,血液検査ではPSA値の上昇がなかった.また,排尿障害などの泌尿器症状もなかったため,前立腺原発を疑うことは困難であった.さらに,4年前の病理組織学的検査で小細胞癌を疑う所見はなかった(Figure 1).直腸の粘膜下腫瘍様隆起の場合,粘膜下腫瘍様の直腸原発癌(粘液癌や低分化腺癌)や消化管間葉系腫瘍,悪性リンパ腫や転移性腫瘍を鑑別に挙げる必要があるが,EUSから消化管間葉系腫瘍や悪性リンパ腫は否定的であり,直腸以外に原発巣となりうる病変を指摘できなかった.直腸原発腫瘍と考え治療を開始したが,遺伝子パネルによるがんゲノム検査でTMPRSS2-ERG融合遺伝子が認められた.Ⅱ型膜貫通型セリンプロテアーゼ(Transmembrane protease serine 2:TMPRSS2)は正常の前立腺細胞に発現しているアンドロゲン応答遺伝子で,ETS関連遺伝子(ETS related gene:ERG)は赤芽球形質転換特異的(Erythroblast transformation-specific:ETS)転写ファミリーの一員で細胞増殖・分化に関与する遺伝子である.TMPRSS2-ERG融合遺伝子は前立腺癌特異的融合遺伝子の中で最も発現頻度が高く,アンドロゲン非依存性の前立腺癌の約半数の症例に認められ,特異性が高く有意な予後不良因子であることが報告されている 6),7).よって,本症例は前立腺癌原発の直腸転移例と考えた.前述したWinter分類の「Ⅳ型」に該当し,浸潤・転移様式も比較的稀と考えられた 5),8).
前立腺癌取扱い規約によると自験例は病理学的に小細胞癌に分類されるが,前立腺悪性腫瘍における原発性前立腺小細胞癌の割合は約0.2~1%程度であり,稀とされている 1),2).また,前立腺癌が内分泌療法により神経内分泌分化を来し,小細胞癌が出現することが知られており,前立腺小細胞癌の14%であったとの報告がある 9).自験例も診断時の前立腺針生検の標本(Figure 1)において再検討したが小細胞癌の所見がなかったことから,診断時より小細胞癌が混在していた可能性を否定できないが,内分泌療法により神経内分泌分化を起こしたと推測された.
前立腺小細胞癌の治療法は確立しておらず,現時点では肺小細胞癌に準じてシスプラチンとエトポシド等の化学療法が行われている.転移がなければ集学的治療により奏効することもあるが 10),診断時から転移を伴うことが多いため予後は不良である 1),2).前立腺小細胞癌におけるAbbasらの検討では,平均生存期間は9.8カ月で,初診時転移症例では7.3カ月である 11).またWangらは腺癌診断後に前立腺小細胞癌へ変化する期間の中央値は20カ月で,その後の生存期間中央値は7カ月であったと報告している 12).さらに本邦の報告でも前立腺小細胞癌の検討では1年生存率は27%,2年生存率は10%とされている 13).一方で大腸の内分泌細胞癌の場合もシスプラチンとエトポシドやシスプラチンとイリノテカン等の治療が行われるため,自験例において当初より前立腺癌由来と判明しても治療方針は同様である.しかし,癌治療において原発巣を特定することは重要であり,通常の病理組織学的検査だけでは判断が難しい場合には,がんゲノム検査が診断に有用な可能性がある.本症例は後日追加で生検標本の免疫染色を行ったが,PSA,Androgen-Rともに陰性であり,ゲノム検査が原発診断に有用であった.
医学中央雑誌(1990年から2021年,会議録除く)で「前立腺癌,直腸,転移」,「前立腺癌,大腸,転移」をキーワードに検索し,直腸への浸潤・転移様式がWinterⅣ型である報告例をTable 1にまとめた 14)~24).治療前に前立腺原発と診断ができなかった例が多く,転移経路は主にリンパ行性だが,血行性や医原性播種が原因である例も認めた.組織型は主に低分化腺癌であったが,1例のみ直腸間膜リンパ節において神経内分泌分化を確認した例を認めた 23).PSA値は正常~高値と様々であり,治療後の長期生存が確認できる例はなかった.本症例では,4年前に右葉と左葉に対してそれぞれ3カ所ずつ経直腸的前立腺生検がなされており,右葉の生検検体の病理組織検査で腺癌と診断されていることから,再発が医原性播種であった可能性は否定できない.ただし,実際の経直腸的前立腺生検は超音波プローブに沿って腹側に穿刺するため,再発した病変が針生検の経路上にあるとは断定しがたく,医原性播種よりリンパ行性や播種性であると考えられた.また,転移を生じる前立腺癌は自験例同様に低分化型が多いため 25),診断時の組織型が今回の転移・浸潤様式に影響を与えた可能性がある.なお,Aggarwalら 26)の報告では転移性去勢抵抗性前立腺癌の転移巣の生検を行ったところ約5分の1の患者に前立腺小細胞癌が出現しており,本邦で認知されている以上に本症例のようなADT後の前立腺小細胞癌の直腸転移例が存在しうる可能性がある.

前立腺癌直腸転移の本邦報告例.
本症例は前立腺癌が内分泌療法により神経内分泌分化を起こし,リンパ行性または播種性に直腸転移を来したと推測され,形態的,組織学的,転移様式に極めて稀な病態が考えられた.PSA値が正常でも前立腺癌の既往があり,本症例のような直腸粘膜下腫瘍様隆起の形態が観察された場合は前立腺癌の直腸転移の可能性を考える必要がある.
謝 辞
論文作成にあたり貴重な助言を頂きました九州大学病院泌尿器・前立腺・腎臓・副腎外科の山田茂智先生,九州大学大学院医学研究院病態修復内科学の古川佳那美先生,大村洋文先生,土橋賢司先生,九州大学大学院病態機能内科学の北園孝成先生に深謝いたします.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし