GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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ENDOSCOPIC APPROACH IN THE DIAGNOSIS OF HIGH-GRADE PANCREATIC INTRAEPITHELIAL NEOPLASIA
Keiji HANADA Akihiro SHIMIZUKeisuke KURIHARAMorito IKEDATakuya YAMAMOTOYasuhiro OKUDASusumu TAZUMA
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2023 Volume 65 Issue 4 Pages 393-404

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要旨

膵癌の予後改善には早期診断が必須であるが,依然として困難である.一方,CTやMRIなどの画像検査で指摘ができない限局する高異型度膵上皮内腫瘍性病変(high grade-pancreatic intraepithelial neoplasm:HG-PanIN)の患者は長期予後が期待できる.膵囊胞性病変や主膵管拡張はHG-PanINの診断契機となる重要な間接所見である.magnetic resonance cholangiopancreatography(MRCP)およびEUSは限局的な膵管狭窄,主膵管の口径不同,小型囊胞性病変,分枝膵管の拡張などの異常所見の同定に重要な役割を果たしている.加えてEUSでは,一部のHG-PanINにおいて膵管狭窄の周囲に淡い低エコーを呈する場合がある.ERCPおよび内視鏡的経鼻膵管ドレナージ(endoscopic nasopancreatic drainage:ENPD)チューブを留置して行う複数回連続膵液細胞診(serial pancreatic juice aspiration cytological examination:SPACE)は,HG-PanINの確定診断において高い正診率を示す可能性がある.ERCPとSPACEを含む膵液細胞診は検査後の急性膵炎の危険が伴うが,近年の前向き研究では4Fr.のENBD tubeの使用が検査後膵炎を減少させる可能性がある.今後,SPACEの標準化に向けた前向きの多施設共同研究が必要である.加えて,十二指腸液や膵液を用いた新たなマーカーの研究が,膵癌を正確かつ早期に診断する方法の確立に役立つ可能性がある.

Abstract

Early diagnosis of pancreatic ductal adenocarcinoma (PDAC) is essential for improving prognosis; however, diagnosing PDAC at an early stage is challenging. In patients with localized high-grade pancreatic intraepithelial neoplasia (HG-PanIN), whose tumorous lesion is undetectable on cross-sectional images such as computed tomography or magnetic resonance image, longterm survival is expected. Pancreatic cystic lesions or main pancreatic duct (MPD) dilatation are important indirect findings for the initial diagnosis of HG-PanIN. Magnetic resonance cholangiopancreatography (MRCP) and endoscopic ultrasound (EUS) should play important roles in detecting abnormal image findings, such as local irregular MPD stenosis, caliber MPD changes, small cystic lesions, or branch duct dilatation. Additionally, EUS could detect hypoechoic areas around the MPD stenosis in some patients with HG-PanIN. Subsequently, endoscopic retrograde cholangiopancreatography (ERCP) and its associated pancreatic juice cytology, including serial pancreatic juice aspiration cytologic examination (SPACE) after placement of an endoscopic nasopancreatic drainage (ENPD) tube, may have high diagnostic accuracy for confirming the malignancy in HG-PanIN. Although ERCP and its associated pancreatic cytology, including SPACE, may be associated with post-ERCP pancreatitis (PEP), a recent randomized trial suggested that a 4-Fr ENPD tube may reduce the incidence of PEP. In the future, further prospective multicenter studies are required to establish a standard method of SPACE. Additionally, further studies for novel biomarkers could help to establish evolutionary methods with duodenal fluid and pancreatic juice for the early and accurate diagnosis of early-stage PDAC.

Ⅰ 緒  言

膵癌の予後は不良である.膵臓は生体の奥深くに位置しており,通常の検査法では小径の膵癌を同定することは困難であり,膵癌の予後改善には早期診断が必須である 1),2.膵癌は膵上皮内腫瘍性病変(pancreatic intraepithelial neoplasm:PanIN),膵管内乳頭粘液性腫瘍(intraducal papillary mucinous neoplasm:IPMN),粘液性囊胞腫瘍を含む前癌病変から発生し,PanINは膵管分枝内に粘液を有する領域として認識され,立方状上皮から構成され種々の程度の異型を呈する 3.近年,世界保健機関(WHO)はPanINを低異型度PanIN(low grade- pancreatic intraepithelial neoplasm:LG-PanIN)と,高異型度PanIN(high grade-pancreatic intraepithelial neoplasm:HG-PanIN)に分類した 4.最近の研究から,HG-PanINは浸潤癌に進行する危険があるとされ,外科的切除が求められている 4),5

最近の日本膵臓学会(JPS)の膵癌登録の集積によれば,5年生存率は腫瘍径が10mm未満では80.4%,国際対がん連合(UICC)で規定されたStage 0(HG-PanINおよび膵上皮内癌(pancreatic carcinoma in situ:PCIS))では85.8%とされている 6.日本国内の膵癌取扱い規約 7や米国の膵癌分類 8においては,PCISは膵管上皮にのみ限局し組織の深部に浸潤していないとされ,Stage 0(Tis N0M0)とも呼称されている.日本では,膵癌早期診断研究会(JEDPAC)による多施設共同の集積では切除されたStage 0膵癌の10年生存率は良好な成績であった 9.しかし,前述の膵癌登録の成績ではUICCのStage 0およびStage ⅠAの膵癌患者の割合は,それぞれ1.7%,4.1%にすぎない 6

従来から,多くの膵癌は分枝膵管から発生すると推察されてきた 10.仮に微小な膵癌が膵管の分枝から発生した場合,小型の囊胞性病変,または分枝膵管の拡張が癌の閉塞によって同定されるはずである.しかし実臨床では,浸潤した腫瘤性病変の存在を同定する画像診断法を用いた場合,非常に小型の膵癌の多くは診断が困難である.日本では,内視鏡的逆行性膵胆管造影(ERCP)やそれを応用した検査である,バルーンカテーテルを用いた膵管造影や,膵液を用いた細胞診が膵癌の早期診断を目的として行われてきた 11)~13

われわれの知り得る範囲では,従来PCISの画像および病理学的な所見の特徴を多施設共同で検討した報告は存在せず,それらの特徴は明らかではなかった.PubMedを用いた過去5年間の文献検索では,40例以上のPCISを検討した報告は2報であり,JEPACの報告 9,および広島大学および関連施設からの報告であった 14.それらの検討では主膵管の拡張,膵囊胞などの間接所見や微小な腫瘍性病変などが多数のPCISで認められた.なおこれら2報の研究では,画像所見や病理学的所見からIPMNと明らかに無関係の併存膵癌は検討に含まれているが,高度異型のIPMN,IPMN由来浸潤癌,IPMNと通常型膵癌の組織移行像がみられる症例は除外されている.

本稿では,HG-PanINに相当するStage 0膵癌の診断における内視鏡的アプローチについて現在の話題を概説する.

Ⅱ Stage 0膵癌の臨床徴候

近年,JEDPACは51例のStage 0を含む200例の外科的切除された早期の膵癌について 9,また広島大学および関連施設は40例のStage 0を含む96例の外科的切除された早期の膵癌について報告した 14Table 1にJEDACの結果から得られたStage 0膵癌の臨床徴候を示す.膵癌の局在に関しては58%が膵体部に存在しており,糖尿病(diabetes mellitus:DM),喫煙,IPMN,慢性膵炎,大量飲酒が危険因子として多く認められた.また約30%の症例に自覚症状がみられ,逆に約70%は無症状であった.無症状の患者の約20%が健康診断で発見され,約35%の症例が他疾患,例えば慢性肝炎やDMのスクリーニングあるいはサーベイランス中に診断されていた.これらの症例ではCTが異常所見の同定に有用である可能性がある.また多くの症例では腹部超音波(ultrasonography:US)やCTの異常所見,例えば主膵管拡張が診断の契機となっていた.これらの結果から,消化器内科以外の他部門で画像検査を行う際にも,主膵管拡張などの間接所見のチェックが必要であろう.

Table 1 

Stage 0膵癌の臨床徴候および診断契機(文献より).

DMは膵癌の重要な危険因子の一つである.近年,多くの無症状膵癌症例は,耐糖能異常が発生して2年以内に診断されている 15.アメリカ消化器病学会では,サーベイランス中の患者において新規のDMや血糖値の増悪がみられた場合,CT,MRIまたは超音波内視鏡(EUS)を付加的に行うことが妥当と報告した 16.今後膵癌早期診断を目指す目的で,DMの患者に対する画像診断を用いた効果的なサーベイランスの体制の確立が求められる.

壁在結節を伴わないIPMNの症例では,併存する膵癌の確認をするための効率的な経過観察が必要である.鎌田らは 17,IPMNに併存する膵癌の早期診断には半年ごとのEUSが有用と報告した.広島大学の研究では,Stage 0膵癌の49%に血清膵酵素の異常がみられた.これに対して,Stage 0膵癌における腫瘍マーカーの陽性率は,CEAが2.7%,CA19-9が11%,DUPAN-2が4.8%,SPAN-1が10%であった 14.これらの結果から,現在の実地臨床で使用される腫瘍マーカーの上昇はStage 0膵癌では極めて低率であることが強く示唆された.

Ⅲ Stage 0膵癌の画像所見

JEDPACおよび広島大学の研究では,US,CT,MRI,EUSなどの複数の画像検査が大半の症例で施行されていた.Table 2にJEDPACの研究におけるStage 0膵癌の画像検査およびその所見を示す.CTとMRIは腫瘍性病変をほとんど同定できなかったのに対し,EUSはStage 0の約25%で腫瘍性病変として捕捉された.間接所見に関しては,主膵管拡張がUS,CT,MRI(magnetic resonance cholangiopancreatography:MRCPを含む),EUSで,また主膵管狭窄はMRI(MRCP)およびEUSで高頻度に捕捉されていた 9),14),18.これらの結果からUSで捕捉された主膵管拡張は最も重要な契機所見であり,同時にUSは主膵管狭窄の同定に限界があるが,EUSとMRI(MRCP)は主膵管狭窄が良好に描出されることが示唆される.膵囊胞性病変はMRI(MRCP)でStage 0膵癌の半数で認められ 14,CTではStage 0膵癌の30-64%に局在する膵萎縮や膵実質の限局的な脂肪化がみられた 9),14),19.従来の数編の研究では,EUSやMRCPでは分枝膵管の局所的な拡張,狭窄,小囊胞,尾側の主膵管拡張が高頻度に描出された 18)~20.Stage 0膵癌では,ERCPの所見として膵管の不規則性,連続していない狭細化,顆粒状の欠損,および拡張がしばしば認められている 11),21.近年,寺田らは小型膵癌のEUS所見に関する分類を提案しているが,腫瘤を伴わない膵管狭窄は浸潤性膵癌の可能性が残り,下流側の狭窄を伴わない主膵管の拡張はStage 0膵癌の可能性を指摘している.画像検査で膵管狭窄が同定された場合は,HG-PanINを含む微小膵癌の可能性があるため,EUSを用いて主膵管狭窄の観察を行うべきである 22

Table 2 

Stage 0膵癌の画像所見(文献より).

Ⅳ Stage 0膵癌の画像と病理学的特徴

Stage 0膵癌の多くは,HG-PanINの周囲膵実質に炎症性の細胞を伴った軽微な膵炎,線維形成性の変化,線維化,脂肪沈着が組織学的に認められている 9),14),22)~26.また,Stage 0膵癌の多くで主膵管や分枝膵管内への進展,主膵管の狭窄とHG-PanINの部位の不一致がみられ,これらの病理学的所見はしばしばCTやEUSの画像所見に反映されている.またStage 0膵癌では31-64%に癌周囲の限局的な膵実質の萎縮がCTによって同定されている 9),14),19),26.Stage 0膵癌におけるEUSと病理所見に関するいくつかの報告では,38-74%の症例において主膵管狭窄の周囲に低エコー領域を認めることが明らかになった 14),22)~24),26.これらの結果から,脂肪沈着,限局的な膵萎縮,主膵管狭窄周囲の低エコー領域はStage 0膵癌の診断に重要な間接所見である(Figure 1).泉らは,主膵管狭窄の周囲に低エコー領域を認め,周囲膵実質との境界が不明瞭な場合はHG-PanINによる線維化領域を,また周囲膵実質との境界が明瞭な場合は小型の浸潤性膵癌を鑑別する必要があると報告している 24

Figure 1 

高異型度膵上皮内腫瘍性病変(HG-PanIN)の1例(80歳女性).

a:造影CTでは限局した膵萎縮(矢印)を膵体部に認め,尾側主膵管の拡張がみられる.

b:MRCPでは主膵管の不規則な狭窄(矢印)および尾側の主膵管および分枝膵管の拡張を認める.

c:EUSでは,主膵管の不規則な狭窄(矢印)および尾側主膵管の拡張がみられるが,明らかな腫瘤性病変はみられない.

d:ERCPでは,主膵管の狭窄がみられる.

e:内視鏡的経鼻膵管ドレナージ(ENPD)を主膵管に留置後,連続複数回膵液細胞診(SPACE)を施行した結果,細胞診は陽性(腺癌)であった.

f:膵体尾部切除が施行された結果,病理組織学的にはHG-PanIN(赤点)が主膵管に認められ,低異型度上皮内腫瘍性病変(LG-PanIN)(緑点)が尾側主膵管および分枝膵管に広く進展していた.

g:HG-PanIN was located in the MPD(arrowhead). Inflammation, fibrosis, and fatty infiltration were observed around the MPD.

h:HG-PanINの強拡大像.

近年,われわれは外科的に切除されたStage 0膵癌の組織学的な特徴と画像所見および術後残膵の再発との関連を検討し,組織学的に2つのグループに分類した.すなわち,腫瘍が組織学的に乳頭状の構造を持たない平坦型(F型)と,腫瘍が組織学的に低乳頭状の構造を持つ低乳頭型(LP型)である.LP型の症例はF型の症例と比較した場合,主膵管や分枝膵管内へ広く進展する傾向がみられた.これに対して,F型の症例は膵管内への進展が限られる傾向がみられた.残膵における術後膵癌の再発はLP型にのみ認められた.これらの結果から,LP型の症例は膵管内に進展する傾向があり,画像所見としてMRCP,ERCP,EUSでの長く不規則な主膵管狭窄に反映されている可能性がある(Figure 2).また,LP型Stage 0膵癌の場合は,術後長期間にわたって残膵を慎重に経過観察する必要があろう 27

Figure 2 

膵上皮内癌の進展形式(文献28より).

平坦型(a)は膵管内への進展が限られる可能性がある(b).ERCPでは主膵管の狭窄は短い(c).低乳頭型(d)は膵管内への進展がある程度生じている可能性がある(e).ERCPでは主膵管の狭窄は長い(f).

Ⅴ Stage 0膵癌の術前病理学的診断

大半のStage 0膵癌では,US,CT,MRI,EUSで腫瘤性病変は描出されない.そのような症例において,ERCPおよびその応用手技である膵液細胞診は術前の病理学的診断に重要な役割を期待されてきたが,単回の膵液細胞診の陽性率は比較的低率であり 11),12),28,ブラシ細胞診の感度も満足すべきレベルではない 29.セクレチン静注下の膵液回収はStage 0膵癌の正診率改善に有用な可能性があるが 30,残念ながら現在日本国内では,セクレチンの使用が限定されており,主膵管から膵液を少量しか収集できない状況にある.

飯星らは,内視鏡的経鼻膵管ドレナージ(ENPD)を用いた複数回膵液細胞診がStage 0膵癌の診断において高い正診率を有することを初めて報告した.5Fr.のENPDチューブを主膵管内に留置し1日6回膵液を回収した 31.最近,複数の国内施設からこれらの方法を用いてStage 0膵癌を診断した報告がみられ 9),14),23)~26),32)~39,佐藤らはこれらの方法を連続複数回膵液細胞診(SPACE)と命名した 40.いくつかの研究ではSPACEは62.4-82.4%と良好な感度が報告されている 23),31),32),39

池本らは 14,Stage 0膵癌の診断において単回の膵液細胞診では感度が38%であったのに対し,SPACEの併用で75-83%に改善したと報告している.近年,CT,MRCP,EUSによって同定された限局的な主膵管狭窄が早期の膵癌と診断される確率は37-47%とされている 18),41.これらの結果から,腫瘤を認めない早期の段階の膵癌の診断において,SPACEを含む膵液細胞診は病理学的な悪性の確定において重要な役割を果たすことが示唆される.一方で,SPACEは重篤な合併症例えばERCP後膵炎(post ERCP pancreatitis:PEP)が0-16%に発生する可能性がある 11),13),18),20),31.4Frと5FrのENPDカテーテルを用いた前向きの比較試験では,より細径のカテーテルを用いることでPEPの発生を抑える可能性がある 42

EUSで主膵管狭窄の周囲に低エコー領域を認めた場合,小型の浸潤性膵癌の可能性を考慮しEUSガイド穿刺吸引法(EUS-FNA)を先行して施行する傾向がみられる.しかし,EUS-FNAの結果が陰性であっても完全にHG-PanINを否定し得ない.EUSでは膵管内腫瘍の描出が困難であり,EUS-FNAを用いてHG-PanINの診断を行うことは非常に難しい.加えて,EUS-FNAを主膵管狭窄周囲の低エコー領域に行った場合,HG-PanINを偽陰性と診断する可能性がある.将来,早期の膵癌の診断に向けて,EUS-FNAとSPACEを含めたERCPの使い分けを評価するための前向き試験が必要であろう.

Ⅵ HG-PanINを含む早期の膵癌に向けた内視鏡的アプローチ

早期の膵癌に関する最近の知見から,2016年に日本膵臓学会から発刊された膵癌診療ガイドラインでは初めて,長期の予後が期待できる膵癌に関するクリニカルクエスチョンが設定されステートメントが発出された 43.腫瘍径1cm未満の膵癌では良好な予後が期待できる.主膵管拡張,囊胞性病変は重要な間接所見であり,US,造影CTで小型腫瘍の描出が困難な場合,EUSまたはMRCPの施行が推奨される.EUSで腫瘍性病変が描出された場合はEUS-FNAを施行する.主膵管の限局的な狭窄,口径不同,分枝膵管の拡張が認められた場合,ERCPおよび膵液細胞診の施行が推奨されている 43.2019年に発刊された膵癌診療ガイドラインでも,早期の膵癌の診断に向けてこれらのステートメントが支持されている(Figure 3).2019年のガイドラインでは,EUSに関するステートメントが3つ,ERCPに関するものが2つ発出された 15.EUSは膵癌を疑う場合の診断,進行度分類,切除の可否の判定に推奨された.ERCPは炎症性疾患との鑑別が困難な膵管狭窄の診断に,またERCPを応用した膵液細胞診は,腫瘤は認めないものの膵管に異常所見がみられる患者に施行することが推奨された.検査後膵炎の可能性には十分な注意が必要である 15

Figure 3 

膵癌の診断アルゴリズム(文献15より).

池本らは 14,Stage 0を含む早期の膵癌の診断に向けた新しい診断アルゴリズムを提唱した.腫瘤性病変は認めないが,主膵管の異常,囊胞性病変,膵萎縮などの間接所見を認める患者は膵癌の早期診断に向けた精査を行う.まず,MRCPを含めたMRIを用いて主膵管全体の評価を安全に行う.MRIの結果,もし主膵管に異常所見がみられた場合はEUSを次のステップとして積極的に施行する.腫瘍を伴わない異常所見を有する症例の病理学的診断には,Stage 0膵癌の診断を念頭にERCPを応用した膵液細胞診を優先して施行する(Figure 4).

Figure 4 

早期の膵癌の診断アルゴリズム(文献14より).

近年,われわれは初回のSPACEが陰性であった経過観察症例において,早期の膵癌の診断を目的とした複数回のSPACEの有用性を報告した.経過観察例の20%では狭窄長の延長や主膵管の拡張などの所見に変化がみられた.2回目のSPACEを施行した30%の症例で細胞診が陽性と判定され,手術の結果Stage 0またはIA膵癌と診断された 41.今後,初回SPACEが陰性となった経過観察症例における新たな再SPACEの方法論の確立に向けた研究が必要である.

Ⅶ 残膵における膵癌早期診断に向けた内視鏡的アプローチ

従来,初回手術後された進行膵癌の症例では,再発は肝転移,腹膜播種,局所のリンパ節や軟部組織への転移が大半であるとされており 44,残膵再発は3.9%にすぎないとされている 45.最近の統合分析では,再度の膵切除は完全に術後補助療法と役割が置き換わるものではないが,残膵の限局再膵癌では再切除を考慮すべきとされている 46

近年,16例のStage 0と14例のStage ⅠA膵癌の術後再発を前向きに観察した研究の結果,これら30例のうちStage 0膵癌では2例,Stage ⅠA膵癌では7例の計9例に初回手術後の再発を認めた.9例のうち4例は術後5年以降に再発がみられた.また8例は残膵再発であった.CTでは腫瘤性病変を描出困難であった3例において,膵切除後のEUSは腫瘍を描出可能であった 47.膵切除のEUSの観察能に関しては,残膵の完全描出率は93%と高率であり,EUSは膵切除後ほとんどの場合残膵を描出可能である 48.これらの結果から,初回に早期診断された膵癌は術後5年以上にわたり,残膵の経過観察を慎重に行うべきと考えられ,EUSは残膵の小型膵癌の同定に重要な役割を果たす可能性があると考えられる.

Ⅷ SPACEの限界と問題点

従来,SPACEによって診断されたStage 0膵癌の大半は,主膵管近傍に癌が存在した場合,膵管の狭窄や膵囊胞性病変が高頻度に認められている 20.一方で,Stage 0膵癌が膵尾部や膵頭下部に存在した場合,主膵管に関する異常な間接所見は捕捉困難であり,SPACEの施行も難しい.

またSPACEを用いた場合,正確な癌の存在部位を確定することが困難な場合がある.現状では,主膵管の狭窄,膵液細胞診の異常所見などに基づいて膵癌を疑う所見が認められた場合,外科的切除の決定がなされている.しかし,HG-PanINは多発発生し膵管内を進展する可能性があることから,癌の部位と画像所見が異常を示す部位が一致しない場合がある 49),50

SPACEを用いる場合に発生する問題点は今後解決すべきである.第一の問題は,SPACEの適応の確立である.どのような膵管異常があればSPACEを施行すべきかを検討する必要がある.従来,SPACEはCT,MRI,EUSなどで指摘された主膵管狭窄,分枝膵管拡張,膵囊胞性病変,主膵管の口径不同,主膵管狭窄周囲に低エコーなどの異常所見がみられる症例に施行されてきた 9),14.その他の異常所見がみられる場合にSPACEの適応となるかについても評価が必要である.第二の問題は,SPACEを施行する際の適切な処置具の選択である.ENPDチューブを留置する際に挿入する適切なガイドワイヤーは何かを検討する必要がある.適切なENPDチューブの形状,長さの決定とともに,主膵管内における適切なENPDチューブの留置位置を決定する必要がある.第三の問題は,SPACEを施行する際にどのくらいの量の膵液を収集すべきかである.現在,ENPDの留置期間は1-3日間であり,膵液採取は3-6回行われている 31),32.第四の問題は,膵液細胞診を用いたStage 0膵癌の悪性確定の効果的な確認方法の実装である.ENPDを用いて収集された膵液細胞診を用いたStage 0膵癌の悪性確定に関する研究は1報のみであり,クロマチンの多彩性が良悪性の判定に重要である可能性が報告されている 51.また,SPACEは主膵管の異常所見を有する外科的切除前の症例において,完全に悪性病変の除外が可能ではないことも理解する必要がある.今後,Stage 0を含む早期の膵癌診断に向けた安全で標準的なSPACEの方法を確立するために大規模で前向きな多施設共同研究が必要である.

Ⅸ Stage 0膵癌の診断に向けた今後の展開

熟練された病理学者であってもLG-PanINとHG-PanINの区別はその病理学的特徴から両者の鑑別が困難な場合がある.従来,病理学者の中でもHG-PanINの標準的な病理学的診断に関する意見の一致はみられていない.HG-PanINの症例における臨床病理学的あるいは分子生物学的な研究の結果から,p53GNASPIK3CATGFBR2SMAD4の変異は限定されており,わずかにK-ras変異が一般的と報告されている 3),23),52),53.これらの結果から,K-ras変異が基本的に存在し,p53SMAD4などの異常発現を伴う膵管上皮の異型部分が浸潤性膵癌の膵管内進展に関与する可能性が示唆されている 3),52),53.近年は,膵液を対象としたマイクロRNA 54,メチル化DNA 55,テロメラーゼ活性 56などに着目した新規診断マーカーの開発が進んでいる.

一方で,SPACEは検査後膵炎のリスクを伴う.近年,十二指腸液を利用した早期の膵癌診断に向けた新規診断マーカーの報告が散見される 57),58.上部消化管を観察中に前方直視鏡を用いて行う十二指腸液の採取は安全であり侵襲は少ない.十二指腸液におけるS100カルシウム結合タンパク(S100P)は正常膵管上皮ではみられないものの,HG-PanINを含む膵癌で発現が確認されており,早期の膵癌診断に役立つ可能性がある 59.今後,新しいバイオマーカーに関するさらなる研究が,HG-PanINを含む早期でかつ正確な膵癌診断を目的とした十二指腸液や膵液を用いた革新的な方法の開発につながる可能性がある.

Ⅹ まとめ

近年,Stage 0を含む早期の膵癌の診断に向けた内視鏡的なアプローチは進化している.MRCPおよびEUSは,局所的で不規則な主膵管狭窄,主膵管の口径不同,小さな囊胞性病変,分岐膵管の拡張などの異常な画像所見の検出において重要な役割を果たす.EUSではStage 0膵癌の一部において主膵管狭窄の低エコー領域が描出される.ENPD留置後に施行するSPACEはStage 0膵癌の悪性の確定に関して正診率が高い可能性がある.今後,新しいバイオマーカーに関するさらなる研究が,HG-PanINを含む早期でかつ正確な膵癌診断を目的とした十二指腸液や膵液を用いた革新的な方法の開発につながる可能性がある.

謝 辞

今回の英語レビューに関してEnago社に感謝するとともに,臨床および病理学的活動のサポートに関して安部智之先生,大下彰彦先生,米原修治先生をはじめ尾道総合病院のスタッフに感謝の意を表する.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:著者花田敬士はガデリウスメディカル(株)より講演料の支援がある.その他の著者には本稿に関する利益相反はない.

Footnotes

本論文はDigestive Endoscopy(2022)34, 927-37に掲載された「Endoscopic approach in the diagnosis of high-grade pancreatic intraepithelial neoplasia」の第2出版物(Second Publication)であり,Digestive Endoscopy誌の編集委員会の許可を得ている.

文 献
 
© 2023 Japan Gastroenterological Endoscopy Society
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