2023 Volume 65 Issue 5 Pages 454-459
症例は84歳女性,吐下血を主訴に当院へ救急搬送された.血液検査でHb 8.3g/dlと貧血を認め,BUN/CRE比の上昇があり,緊急で上部内視鏡検査を行った.遠景観察で十二指腸水平部の憩室内に血餅を認めたが,上部用スコープでは憩室まで到達できなかった.大腸用スコープに変更し,水平部の憩室に到達可能となり,憩室内の血餅を除去すると露出血管を認めた.出血源と判断しクリップ法による止血術を行った.十二指腸憩室は日常診療でもしばしば遭遇する疾患だが,出血を呈することは比較的稀である.以前は十二指腸憩室出血に対し手術や経カテーテル動脈塞栓術が多く行われていたが,最近では内視鏡による止血術が多くなっている.今回われわれは,大腸用スコープに変更することで内視鏡的に止血し得た十二指腸水平部の憩室出血の1例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
An 84-year-old woman who was vomiting blood visited our hospitalʼs emergency department. Complete blood count revealed anemia and an increased BUN/creatinine ratio, so urgent endoscopy was performed. Images in the distant view revealed a diverticulum with a blood clot in the horizontal portion of the duodenum, which was not reachable by the scope. We therefore conducted a colonoscope, which made it possible to visualize the diverticulum. When the blood clot in the diverticulum was removed, exposed blood vessels were found, and hemostasis was subsequently performed using a clip. Duodenal diverticula are common gastrointestinal diverticula, but rarely cause bleeding. In the past, surgery and transcatheter arterial embolization were often performed for bleeding duodenal diverticula, but endoscopic hemostasis has now become more common. We report a case of diverticular bleeding in the horizontal portion of the duodenum that was stopped using a colonoscope.
十二指腸憩室は,加齢とともに発生率が高くなることが知られており,消化管憩室の中では大腸憩室に次いで頻度が高い.十二指腸憩室の多くは無症状で経過する 1).しかし上部消化管出血の0.06% 2)と比較的稀ではあるが,上部消化管出血の原因となり得る.今回われわれは十二指腸水平部の憩室出血の症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
84歳女性.
主訴:吐下血.
既往歴:2型糖尿病,高血圧,高脂血症,逆流性食道炎.
服薬:ベニジピン塩酸塩2mg,フルバスタチン20mg,アナグリプチン100mg,ラフチジン10mg.
現病歴:夕食後に心窩部の不快感が出現し,その後黒色便および鮮血の吐血があったため当院へ救急搬送となった.
現症:体温 35.6℃,血圧 121/66mmHg,脈拍 105回/分,呼吸数 24回/分,SpO2 99%(室内気),眼瞼結膜は蒼白であった.胸部に異常所見はなく,腹部は平坦・軟・右側腹部に軽度の圧痛があるも腹膜刺激症状は認めなかった.直腸診で黒色便の付着を認めた.
血液検査所見:WBC 15,300/µLと上昇,Hb 8.3 g/dlと貧血があり,BUN 40mg/dL,Cre 1.16mg/dLとBUN/Cre比の上昇を認めた.
経過:血液検査にて貧血,BUN/Cre比の上昇,Shock Index1.15と高値を認め,1,000ml相当の出血があると判断した.吐血,黒色便があったことから上部内視鏡検査を行った.食道・胃・十二指腸球部から下行部に少量の血液貯留があるも出血性病変はなかった.遠景観察で水平部に鮮血および血餅を認めたが,上部用スコープ(GIF-HQ290: OLYMPUS)ではスコープ長が足りず到達困難であった.そのため大腸用スコープ(PCF-240I: OLYMPUS)に変更したところ,水平部まで到達可能であった(尚,本人および家人に上部用スコープでは長さが足りず処置が困難であり,大腸用スコープを使用することを説明し,同意を得た上で行った).水平部に憩室を認め,憩室内に血餅が充満しており,血餅を除去すると憩室内に露出血管を認めた.活動性出血は認めなかったが,出血源と判断しクリップ法(EZ Clip,ディスポーザルクリップ HX-610-135:OLYMPUS)による止血術を行った(Figure 1-a,b).同日入院し,禁食,補液,プロトンポンプ阻害薬による治療を開始した.第2病日に透視下で再度上部内視鏡検査を行った.十二指腸水平部の憩室内にクリップは残存しており,出血は認めなかった(Figure 2-a,b).第3病日より食事を開始したが,再出血や穿孔,腹膜炎などの偶発症はなく第11病日に退院となった.退院後は外来で半年間の経過観察を行い,再出血することなく経過したため経過観察は終了とした.
上部内視鏡検査(第1病日).
a:十二指腸水平部の憩室内に新鮮血の付着した露出血管(矢印)を認めた.
b:露出血管に対し,クリップ法による止血を実施した.
a:上部内視鏡検査(第2病日).十二指腸水平部の憩室内にクリップ残存(矢印)を確認した.出血は認めなかった.
b:内視鏡下上部消化管造影検査(第2病日).十二指腸水平部に憩室および憩室内にクリップ(矢印)を認める.
十二指腸憩室は,加齢とともに発生率が高くなることが知られている.また大腸憩室に次いで頻度が高く,上部内視鏡検査で12-27%,上部消化管造影で4-10%に認められる 1),3),4).大半が無症状だが,稀に出血,憩室炎,穿孔などを発症する 5).十二指腸憩室出血は上部消化管出血の0.06%程度 6)と稀であり,失念しやすいため注意が必要である.今回「十二指腸」,「憩室」,「出血」をキーワードに医学中央雑誌(会議録を除く)およびPubMedで検索した結果(1990年から2020年),詳細検討可能であった報告例は100症例あった.本症例と当院での下行部の憩室出血1例を加えた102症例を,下行部群(下行部および下十二指腸角)と水平部群(水平部および上行部)の2群に分別し比較検討した(Table 1).統計はフィッシャーの正確確率検定で行い,P<0.05を有意差ありとした.今回の検討で十二指腸憩室出血の発症部位は下行部が69例(67.0%),次いで水平部が26例(25.2%)と多く,上行部5例,下十二指腸角3例であり,球部と上十二指腸角は報告がなかった(1症例で水平部および上行部の2カ所から出血したためのべ103例).阿部らの報告では下行部63.2%,水平部28.9%,柳谷らの報告では下行部67.8%,水平部29.5%であり,本検討とほぼ同等であった 7),8).水平部群において女性が多かったが,統計学的な有意差は認めなかった(P=0.124).非ステロイド性消炎鎮痛薬,抗血小板薬,抗凝固薬,ステロイドの内服については,両群で有意差は認めなかった.抗血小板薬を内服している症例は20例あり,詳細不明の1例を除いた19例の内,アスピリンを内服している症例が17例(2剤併用含む)と多い傾向にあった.受診時の症状,検査所見について検討すると,両群ともに下血および血便が80%以上と最も多く,腹痛は水平部群で有意に多かった(P=0.040).吐血は下行部群で多く,ショック,Hb低下は水平部群で多い傾向にあったが統計学的に有意差は認めなかった.水平部群において腹痛が多い原因として,下行部群に比べて胃へ逆流する血液が少なく,小腸への血液流入量が多く,腸管内圧の上昇や腸管蠕動の亢進が起こりやすいことなどが推察された.診断法について検討すると,内視鏡で診断できずにCT・シンチグラフィー・胃透視にて診断された症例が下行部群で6.9%であるのに対し,水平部群は19.4%と多かったが有意差は認めなかった.上行部のみに着目すると5例中4例が内視鏡以外で診断されており,他部位と比べて有意に多かった(P=0.00035).また,水平部群では上部用スコープで到達できずに大腸用スコープを使用した症例が3例(本症例含む),小腸内視鏡を使用した症例が1例あった.それに対し下行部群では,大腸用スコープを使用した症例は1例,小腸内視鏡を使用した症例はなかった.しかし下行部群では側視鏡を使用して診断や処置を行った症例が8例,後方斜視鏡を使用した症例が2例あった 9)~22).下行部群においてはスコープ長ではなく,視野や鉗子チャンネルの方向の違いがスコープ選択に影響すると考えられた.
十二指腸憩室出血症例の詳細〔下行部群(下行部+下十二指腸角)および水平部群(水平部+上行部)に分けての解析〕.
十二指腸憩室出血の治療は1991年以前には手術もしくは,経カテーテル動脈塞栓術(transcatheter arterial embolization;TAE)による止血が多く行われていた.1992年に山田らが内視鏡下のエタノール局注による止血治療を行い 23),それ以降は内視鏡による止血術が主流となっている.本検討でも内視鏡的止血術が68.0%と最も多かった.群別に分けて検討すると,内視鏡的止血術は下行部群が70.8%であるのに対し,水平部群は61.3%と少なかった.それに対しTAEは下行部群が11.1 %,水平部群は12.5%とほぼ同等であり,手術は下行部群が12.5%であるのに対し,水平部群が25.0 %と多かった.上行部の憩室出血においては内視鏡的止血術は1例もなく,TAEもしくは手術が行われていた.次に止血術後の偶発症,再出血症例について検討を行った(Table 2).穿孔率が水平部群でわずかに高かったが,他の偶発症も含めて有意差は認めなかった.再出血症例について検討すると,両群ともに初回の止血法は内視鏡的止血術が多かったが,両群間で有意差はなかった.再出血時の止血法は,TAEや手術の割合が両群とも増加していた.十二指腸憩室の再出血は内視鏡的止血術が困難なことが多く,TAEや手術に移行することも念頭において加療する必要があると考えられた.
十二指腸憩室出血に対する止血処置後の偶発症および再出血症例の詳細.
十二指腸憩室出血は上部内視鏡検査で適切なスコープを選択することや,CTなど他のモダリティを用いることが診断や治療に影響を与える.現在十二指腸憩室出血の治療は内視鏡的止血術が多く行われるが,TAEや手術を行える体制を整えておくことも重要である.
尚,症例について2016年12月3日開催の第59回日本消化器内視鏡学会東海支部例会にて一部口頭発表を行っている.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし