2023 Volume 65 Issue 5 Pages 467-468
70歳,男性.広島県福山市在住.薬物,食物アレルギーはなく常用薬もない.職場の人間ドックで毎年選択する上部消化管内視鏡検査を行ったところ,穹窿部の大彎側・後壁側寄りに,線状の虫体の刺入を認めた.通常よく経験するアニサキスに類似の形状だが褐色調でやや大きい印象であった(Figure 1,2).非アニサキス属によるアニサキス症と考え,生検鉗子により虫体を除去した(Figure 3).形態学的観察では,虫体の食道胃部は比較的長く単純で,それと並行して胃部よりやや短い腸盲囊を認め,Pseudoterranova decipiensの幼虫と診断した.内視鏡後に追加で問診を行ったところ,2日前に刺身を食べたが魚の種類は覚えておらず,腹痛の自覚はなかったとのことだった.血液検査では好酸球分画が7.5%と軽度上昇していた.

上部消化管内視鏡検査像.穹窿部の大彎側・後壁側寄りに,線虫様の虫体を認める.虫体は,アニサキス属幼線虫に比し大柄で長いが,褐色調のため周囲の胃粘膜とのコントラストにやや乏しい.

上部消化管内視鏡検査像(近接).線虫が粘膜に刺入しており,刺入部の近傍に,ごく小範囲の軽い発赤が散在している.虫体は全体に褐色調である.

摘除した虫体の内視鏡による撮影.虫体は全長3cm以上,太さは1mm程度である.
アニサキス症は,海産哺乳類の胃壁に寄生する回虫類であるアニサキス亜科線虫の幼虫が人体に侵入して引き起こす疾患である.わが国では,アニサキス属のAnisakis simplexとAnisakis physeteris(形態的にそれぞれⅠ型幼虫,Ⅱ型幼虫に対応),シュードテラノーバ属のP. decipiensの3種が主に原因とされる.頻度としてはほとんどがA. simplexであるが,関東から九州地方ではアニサキス属が99%を占めるのに対し,北海道ではアニサキス属が83%でシュードテラノーバ属が17%と,地域差も見られる 1).なお,日本近海で遭遇するP. decipiensはP. decipiens Dに分類されるが,現在この種はP. azarasiと呼称されることが多くなってきている 2).
シュードテラノーバ属の第3期幼虫は褐色調で,アニサキス属よりも太く長い.アニサキス属が体長19~36mm,体幅0.3~0.6mmであるのに対し,シュードテラノーバ属は体長が25~50mm,体幅が0.3~1.2mmとされる 3).顕微鏡的には,頭端や尾端の形態に加え食道胃部(ventricle)付近の形状が虫体の鑑別に重要である.アニサキスⅠ型幼虫では食道胃部と腸(intestine)の接合が斜め,Ⅱ型幼虫では水平なのに対し,シュードテラノーバ属では接合が水平で腸の一部が頭側に突起している(腸盲囊).アニサキス属が人体の胃以外にも小腸,大腸,食道や消化管外への感染が報告されているのに対し 4),5),シュードテラノーバ属は通常胃のみに感染し,アニサキス属に比べ腹痛が軽いとされる.特徴的な症状として,チクチクする咽頭痛(tingling throat syndrome)や咳,それに伴う虫体の吐出が挙げられる 3).本症例では,症状がなく人間ドックで発見されたが,明らかに褐色調の外観からシュードテラノーバ属を想起することができた.アニサキス属の虫体を内視鏡で観察する際に,刺入部付近にごく短い白い構造物をしばしば認めるが,拡大内視鏡による観察ではこの構造物は虫体の食道胃部とされる 4).残念ながら本症例では拡大観察を行えていないが,もし行っていた場合,シュードテラノーバ属に特徴的な同部位の構造を視認できたと思われる.この点に着目して症例を蓄積すれば,虫体を摘除する前に拡大内視鏡のみで虫体の鑑別の一助となるような所見が明らかになる可能性がある.
近年の鮮魚の低温流通システムの発達とともに,魚介類を介した寄生虫症は,産地周辺だけでなく遠隔の消費地でも増加してきている.本症例の様に,従来は稀と考えられてきた地域でもシュードテラノーバ属幼線虫によるアニサキス症を経験することが次第に増加すると思われ,念頭に置くべき虫体像と考えられたため報告を行った.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし