2023 Volume 65 Issue 9 Pages 1428-1433
症例は45歳男性.慢性腎不全で維持透析中.黒色便の精査で上部消化管内視鏡検査を施行し,前庭部大彎に長径20mmの迷入膵様の開口部を伴う粘膜下腫瘍を認めた.開口部に凝血塊が付着しており,同部位からの出血を疑った.EUSで粘膜下層に病変を認めたことから,迷入膵からの出血を疑い,止血術としてESDを施行した.病理診断は胃過誤腫性内反性ポリープであり,嵌入した粘膜面に形成された潰瘍からの出血と診断された.胃過誤腫性内反性ポリープは稀に消化管出血の原因となることがあり,ESDでの病変切除が止血に有用な場合もあると考えられた.
A 45-year-old man undergoing hemodialysis was referred for melena. Upper gastrointestinal endoscopy revealed a 20-mm submucosal tumor, likely aberrant pancreas, at the gastric antrum. However, the bleeding point was not detected. Three days later, the patient experienced melena again, and the anemia worsened (hemoglobin, 4.9 g/dL). Another upper gastrointestinal endoscopy was performed, and a clot was found at the opening of the submucosal tumor, leading to suspicion of bleeding from the aberrant pancreas. Despite conservative treatments, the anemia worsened, and blood transfusions were frequently required. EUS revealed a submucosal tumor in the third layer, and ESD was performed for hemostasis. Pathological examination of the resected specimen led to the diagnosis of a hamartomatous inverted polyp, with the bleeding point suspected to have been an ulcer on the inverted mucosa. Hamartomatous inverted polyps are benign tumors that can cause bleeding, and ESD could be an option for hemostasis in certain cases.
胃過誤腫性内反性ポリープ(hamartomatous inverted polyp:HIP)は良性疾患ではあるが,出血を来した症例や癌合併の可能性を否定できない症例においては内視鏡的治療や外科治療が行われている.今回,嵌入した粘膜面に潰瘍を形成し,同部位からの出血を繰り返したHIPに対して,止血目的の内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)が有用であった症例を経験したので,文献的報告を加え報告する.
症例:45歳男性.
主訴:労作時息切れ.
既往歴:冠攣縮性狭心症(12年前).
現病歴:慢性腎不全で維持透析中.オメプラゾール腸溶錠10mgを内服していた.Hb 12.3g/dLから8.7g/dLと貧血の進行を認め,近医で鉄欠乏性貧血及び腎性貧血の診断で加療されていた.黒色便,労作時息切れを認め上部消化管出血の疑いで当科へ紹介となった.上部消化管内視鏡検査では前庭部大彎に長径20mmの開口部を伴う粘膜下腫瘍を認め,迷入膵を疑った(Figure 1-a).活動性出血や露出血管は指摘できず,経過観察となった.3日後に再度黒色便を認め,Hb 4.9g/dLまで低下したため上部消化管内視鏡を再検した.その際,粘膜下腫瘍の開口部に凝血塊を認め(Figure 1-b),同部位からの出血が疑われたが開口部には明らかな露出血管はなく,入院にて保存的加療を行う方針となった.
a:初回内視鏡検査時の粘膜下腫瘍像.前庭部に長径20mm大の粘膜下腫瘍を認め,迷入膵様の開口部を伴う.
b:再内視鏡検査時の粘膜下腫瘍像.開口部に凝血塊の付着を認める.
現症:身長 168cm,体重 64kg,血圧 121/68mmHg,脈拍 68bpm,SpO2 100%,結膜貧血あり,黄疸なし,胸部ラ音なし,心雑音なし,腹部平坦,軟,圧痛なし,腫瘤触知せず.
血液検査所見:Hb 4.9g/dL,網状赤血球 23‰,BUN 112mg/dL,Cre 14.2mg/dL.
超音波内視鏡検査(Figure 2):第3層に境界やや不明瞭な20×12mm大の内部不均一な低エコー腫瘤を認め,筋層とは離れていた.
EUS像.第3層に内部不均一な低エコー腫瘤(黄矢印)を認める.
腹部単純CT検査:明らかな出血源や腫瘍性病変は指摘できない.
入院後経過:内視鏡,入院後に施行した超音波内視鏡検査(EUS)の所見より迷入膵を疑った.貧血に対しては輸血で対応したが,輸血後も貧血の進行を認め頻回の輸血を要した.病変は表面に出血点を認めず,焼灼・クリップ止血術は不可能と考えた.透析患者であることから侵襲性を考え,ESDにて病変を切除する方針とした.陥凹部は粘膜下層の線維化が強く白濁しており,太い穿通血管も認め剝離に難渋したが(Figure 3),完全に切除し得た.切除後は貧血の進行なく経過した.
ESD術中写真.陥凹部は粘膜下層の線維化が強く白濁しており,太い穿通血管(黄矢印)を認める.
切除標本所見(Figure 4-a):50×47mm大の胃粘膜が切除されており,中央に7×7mm大の陥凹を認める.
a:切除標本写真.中央に7×7mmの陥凹を認める.
b:Figure 4-aの赤点線部のルーペ像(HE染色×1.25).嵌入部から連続して粘膜下層に胃粘膜に類似した腺組織の増生を認める.
c:Figure 4-bの黄枠線部の拡大像(HE染色×40).嵌入した粘膜面に潰瘍が形成され,フィブリンの付着を認める.周辺には反応性に肉芽組織や線維組織が増生している.
病理所見(Figure 4-b,c):陥凹部から連続して粘膜下層内に嵌入する12×12mm大の腺組織の増生を認めた.囊胞化した腺管は目立たないが腺窩の過形成変化が強く,HIPと診断された(Figure 4-b).嵌入した粘膜組織には部分的に潰瘍が生じており,フィブリンを主体とした血性滲出物が付着していることから出血点と診断した.潰瘍周辺は反応性に肉芽組織や線維組織が増生していた(Figure 4-c).
HIPとは異所性腺管が粘膜下層方向に嵌入しながら増生する稀な疾患である.病変の主座が粘膜下層であることから生検では確定診断が難しく,形態からは過形成性ポリープや筋原性腫瘍などの粘膜下腫瘍,迷入膵が鑑別診断として挙げられることが多い.
HIPの発生機序については様々な説があるが,後天的な炎症・再生性変化の中で,粘膜筋板の間隙や欠損部から粘膜下層に落ち込んだ再生粘膜が増生して生じるとする説が有力である 1),2).
HIPは有茎性ポリープ型と粘膜下腫瘍型に分類されるが,特徴的な所見として腫瘍の72.7%にびらん,発赤,陥凹局面といった表面変化がみられるとの報告がある 3).これは粘膜下に増殖した導管の一部が,粘膜表面に連続して開口している部位を認識していると考えられている.
またEUSが術前診断に有用との報告もあり 4),粘膜下層に囊胞状に拡張した腺管構造を反映した第3層の多房性無エコー域が典型的な所見である.自験例では内部に潰瘍を形成しており,反応性に肉芽組織や線維組織が増生していたため,典型的な多房性無エコー域などの所見はみられなかった.
1989年から2022年6月までに医学中央雑誌,PubMedで「胃過誤腫」「gastric hamartomatous inverted polyp」をキーワードとして検索(会議録を除く)したところ,自験例を含め43論文55症例 3)~44)の報告を認めた(Table 1).年齢の中央値は59歳(18〜88歳),男女比は23:32であった.37症例(67%)が無症状で健診などを契機に発見され,有症状例(18例)の内訳は胃部不快感5例(27%),貧血3例(16%),黒色便3例(16%),倦怠感3例(16%),心窩部痛3例(16%),体重減少1例(5%)であった.腫瘍はU領域が37例(67%),M領域が10例(18%),L領域が8例(15%)であり,前庭部病変は自験例を含め,6例と稀であった.有茎性ポリープ型は28例(50%),粘膜下腫瘍型は28例(50%)であった.EUSの所見からHIPが疑われた症例は13例(23%)であり,その他は迷入膵や過形成性ポリープなどが鑑別診断として挙がっている.本例では外観と発生部位から術前に迷入膵を疑ったが,頂部の陥凹は迷入膵でみられる中心陥凹とは異なっており,HIPも鑑別に挙げるべきであった.しかし,前述したようにEUS所見がHIPの特徴を有しておらず,術前診断には至らなかった.
治療方針は,有茎性ポリープ型のうち27例(96%)で内視鏡治療(23例が内視鏡的粘膜切除術(EMR)もしくはポリペクトミー,4例がESD),1例(4%)で外科切除を選択されていた.一方,粘膜下腫瘍型は15例(53%)が外科切除(2例が腹腔鏡・内視鏡合同手術),12例(42%)が内視鏡治療(9例がESD,3例がEMRもしくはポリペクトミー)を選択されており,特に消化管出血を伴った症例や癌の合併が否定できない症例では外科切除が選択されていた.癌化例は4例報告されており,表面粘膜に粘膜内癌を認めた例 4)~6),や粘膜内の囊胞状腺管内に胃癌が発生したとの報告がある 7).
出血を伴ったHIPは2例報告があり,腫瘤表面に潰瘍を形成していた 8),9).一方,自験例では腫瘤の頂部に潰瘍はなく,内反した粘膜に形成された潰瘍からの出血で,そのような報告は検索した限りではみられなかった(Table 2).本例のように内部に出血点がある場合は,止血処置困難であり病変切除が必要となる.EUSで第4層と離れていることが確認できればESDによる摘除は侵襲も低く,有用な治療と考えられた.
黒色便を主訴にした症例(1989~2022年).
(本論文の要旨は第118回日本消化器内視鏡学会北陸支部例会において発表した).
内反した粘膜に形成された潰瘍より出血を来したHIPの症例に対してESDを施行した.病変の主座が粘膜下層であることから診断及び止血目的としてESDが有用であった.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし