2024 Volume 66 Issue 1 Pages 29-35
症例は58歳,女性.嚥下困難の精査のためEGDを施行した.上部食道に約10mm大の黄白色調の臼歯様の隆起性病変を認め,生検にて食道顆粒細胞腫と診断した.また,食道全域に1~2mm大の小陥凹が多発し,食道壁内偽憩室症と診断した.食道顆粒細胞腫を内視鏡的に切除したが,食道壁内偽憩室症による食道粘膜下層の線維化が予想されたため,EMRによる切除は困難と判断し,ESDにより切除を行った.当初の予想通り粘膜下層は線維化を伴っており,粘膜下局注による病変の挙上は不良であったが,一括切除し得た.本症例は食道顆粒細胞腫に食道壁内偽憩室症を合併した点,さらに,食道壁内偽憩室症に併存した腫瘍を内視鏡的に切除し得た点が興味深いと思われたため報告する.
A 58-year-old woman complained of dysphagia and underwent endoscopic examination that revealed a 12 mm protrusion in the upper thoracic esophagus. Histopathological examination of the biopsy specimens taken from the lesion led to a diagnosis of granular cell tumor. EUS showed that the tumor is located in the laminar propria mucosa and extended into the submucosal layer. In addition, there were multiple widespread pitting lesions on the esophageal mucosa that was diagnosed as intramural esophageal pseudodiverticulosis based on its characteristic endoscopic and radiographic findings, with constricted lower esophagus and poor expansion. Due to concerns over the presence or development of esophageal submucosal fibrosis, resection of the granular cell tumor was performed by ESD instead of EMR. Total en-bloc resection was achieved safely despite fibrosis of the submucosal layer being observed during the procedure. Herein, we report this very rare case of esophageal granular cell tumor complicated with esophageal intramural pseudodiverticulosis successfully resected by ESD.
食道壁内偽憩室症,食道顆粒細胞腫とも比較的稀な疾患であり,両者が併存したとする報告はない.また,食道壁内偽憩室症は粘膜下層に線維化を伴っており,併存した腫瘍を内視鏡的に切除した報告はない.今回,食道壁内偽憩室症に合併した食道顆粒細胞腫を内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)にて切除し得た症例を経験したので報告する.
症例:53歳 女性.
主訴:嚥下困難.
併存疾患:狭心症(46歳),高血圧症(45歳),脂質異常症(45歳),糖尿病(45歳),アルコール性肝障害(45歳).
既往症:卵巣囊腫摘出術(31歳時),子宮頸癌切除(31歳時).
家族歴:特記すべきものなし.
生活歴:飲酒:ビール1,500~2,000ml/日×30年間.喫煙:10本/日×20年間.
現病歴:2017年頃より時々嚥下困難を自覚することがあり,その頻度が増加してきたため,2019年6月26日に上部消化管内視鏡検査(EGD)を施行した.
内服薬:テルミサルタン20mg,ベニジピン4mg,ロスバスタチン5mg,フェノフィブラート53.3mg,エゼチミブ10mg,アログリプチン12.5mg,フェブキソスタット10mg,チオプロニン100mg.
身体所見:特記事項なし.
血液検査所見:特記事項なし.
EGD:上部食道(切歯列より17cm)に約10mm大の淡黄色調で頂部が軽度陥凹した,臼歯状の半球状の隆起性病変を認めた(Figure 1-a).Narrow band imaging拡大観察では腫瘍には拡張した大小の平滑な血管を認めた(Figure 1-b).食道全域に1~2mm大の小陥凹が多発し,送気による食道管腔の伸展はやや不良であった(Figure 1-c).下部食道は狭窄しており,通常径の内視鏡は通過できなかったが,細径の経鼻内視鏡は通過した(Figure 1-d).腫瘍の背景食道については1~2mm大の小陥凹が多発している所見より食道壁内偽憩室症と診断した.超音波内視鏡検査(EUS)では,腫瘍は粘膜層から粘膜下層を主座とする境界明瞭でやや不均一な低エコー腫瘤影として描出され,固有筋層への浸潤は認めなかった.鑑別診断としては,食道顆粒細胞腫,神経内分泌腫瘍,悪性リンパ腫を考えたが,特徴的な臼歯様の外観より,食道顆粒細胞腫の可能性が最も高いと考えた.生検の結果,過ヨウ素酸シッフ染色(PAS染色)およびS-100染色陽性の好酸性微細顆粒が充満した紡錘形,円形の腫瘍細胞が大小の胞巣を形成しながら密に増殖しており,顆粒細胞腫と診断した.異型は乏しく,核分裂像も認めないが,生検材料であり腫瘍のごく一部の観察であるため良悪性の判定はできなかった.
上部消化管内視鏡検査(EGD).
a:上部消化管内視鏡検査(EGD)にて上部食道に約10mm大の淡黄色調の頂部が軽度陥凹した,いわゆる臼歯状の半球状の隆起性病変を認めた.
b:narrow band imaging拡大観察では腫瘍には拡張した大小の平滑な血管を認めた.
c:食道全域に径1~2mm大の小さな陥凹が多発(黄色矢頭)し,送気による食道管腔の伸展はやや不良であった.
d:特に下部食道は狭窄しており通常径の内視鏡は通過できなかったが,細径の経鼻内視鏡は通過した.
食道造影検査:腫瘍は上部食道に10mm大の半球状の隆起として描出された(Figure 2-a).また,食道全体に1~2mm大の浅い棘状の陥凹が多発し,送気による伸展はやや不良であった(Figure 2-b).下部食道には狭小化を認め,これが嚥下困難の原因と考えた.
食道造影検査.
a:腫瘍は上部食道に約10mm大の半球状の隆起として描出された(黄色矢印).
b:食道全域に1~2mm大の浅い棘状の陥凹が多発していた(黄色矢頭).伸展不良の領域も認めた.
頸部から上腹部CT検査:食道壁は全周性に肥厚していた.食道顆粒細胞腫は認識できなかった.転移を疑わせる所見は認めなかった.
2019年8月29日に食道顆粒細胞腫を内視鏡的に切除を試みた.食道壁内偽憩室症を合併しており粘膜下層の線維化による切除困難が予想されたため,切除方法としてESDを選択した.線維化による穿孔リスクも考慮し,全身麻酔下で施行した.当初の予想通り粘膜下局注による病変の挙上は不良で,粘膜切開すると粘膜下層に線維化を伴っていた(Figure 3).粘膜下層深層では線維化は軽度であり,固有筋層直上レベルで慎重に剝離し,一括切除し得た.
内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD).
粘膜下局注による病変の挙上は不良で,粘膜下層浅層には線維化を伴なっていた.
病理組織検査:ホルマリン固定後の断面図では腫瘍は充実性,黄白色調で膨張性に増殖し,被膜は認めなかった.切除標本のヘマトキシリン・エオジン染色,弱拡大像では腫瘍は好酸性を呈し,粘膜から粘膜下層にかけて膨張性に増殖し,被膜は認めなかった.水平断端および垂直断端とも陰性であった.腫瘍近傍の粘膜,粘膜下層には拡張した導管を認め,その内部には扁平上皮や壊死物質を認めた.食道腺は破壊され,その周囲には炎症細胞浸潤と線維化を認めた.粘膜下層浅層には線維化を認めたが,深層では線維化はほぼ認めなかった.食道腺や導管が残存している部分も認めた(Figure 4).中・強拡大像(200倍)では腫瘍は組織球様の大型細胞や紡錘形の細胞が充実性胞巣を形成し,膨張性に増殖していた.胞体内には好酸性微細顆粒を豊富に認め,紡錘形細胞や核の多形性を認めた(Figure 5-a).S100蛋白はびまん性に染色された(Figure 5-b).以上より食道顆粒細胞腫,局在は胸部上部食道,大きさ12×10mm,深達度は粘膜下層,深部および側方断端陰性,Fanburg-Smithの基準では良悪性境界性と診断した.現在治療後3年を経過したが再発所見は認めていない.
切除標本の弱拡大像.
腫瘍は粘膜から粘膜下層にかけて膨張性に増殖していた.被膜は認めなかった.水平断端および垂直断端とも陰性であった.腫瘍近傍の粘膜,粘膜下層には拡張した導管を認め,内部には扁平上皮や壊死物質を認めた.食道腺は破壊され,周囲には炎症細胞浸潤と線維化を認めた.粘膜下層浅層には線維化を認めたが,深層では線維化はほぼ認めなかった.食道腺や導管が残存している部分も認めた.
病理組織像.中・強拡大像(200倍).
a:組織球様の大型細胞や紡錘形の細胞が充実性に胞巣を形成し膨張性に増殖していた.胞体内には好酸性微細顆粒を豊富に認めた.紡錘形細胞や核の多形性を認めた.
b:S100蛋白はびまん性に染色された.
顆粒細胞腫はSchwann細胞を由来とする腫瘍で,全身のどの臓器にも発生する.好発部位は舌,皮膚,乳腺で,消化管に発生する頻度は3~8%と低い.消化管の中では食道が多く,次いで大腸,胃にみられる 1).食道顆粒細胞腫は稀な疾患だが,2005年までに200例余りの報告があり 2),近年増加傾向で,これは内視鏡検査の普及によるものと言われている 3).好発年齢は40~50歳で,男性に多いとされる.食道での好発部位は下部食道,次いで中部食道である.無症状で発見されることが多いが嚥下困難を訴えることがある 1).内視鏡所見は本例のごとく典型例では臼歯様の黄白色の凹凸のある小半球状ないし扁平な隆起性病変を呈する 2).EUSでは第2,3層に主座をおく低エコー腫瘤影として描出される.生検にて組織診断し得ることが多い 1).ほとんどが大きさ20mm以下で良性であり経過観察で対応可能との報告もあるが,1~5%に悪性例も報告されている 4).悪性例の特徴は臨床的には腫瘍径が大きいこと,増大傾向であること,浸潤,転移を来すことである 3).しかしながら,腫瘍径が10mm前後でも組織学的に悪性例があること 5),6)やリンパ節転移例があること 6),組織学的に良性であっても転移,術後再発を来した症例があること 3),7)から顆粒細胞腫と診断がついた病変は基本的には切除の対象とすべきと考える.切除の方法としては腫瘍径が20mm以下のものは内視鏡的切除,それ以上の大きさのものは外科的切除が選択されることが多い 2).内視鏡的切除としては内視鏡的粘膜切除術(EMR),EMRC(EMR with a cap-fitted panendoscope)法 8),strip biopsy(two channel)法 9),EMR-L(EMR using ligation device)法 10)が報告されている.病変の主座が粘膜下層であることから,これらの切除法では垂直断端が陽性となることがあり,近年ESDによる切除例の報告が散見されるようになってきた 2).病理学的には腫瘍細胞は大型の組織球様で細胞質内にPAS染色陽性の好酸性微細顆粒を有し,S-100蛋白がびまん性に染色されることが特徴である.病理組織学的な悪性の判定基準は定まったものはないが,Fanburg-Smithの基準が一般的に支持されている 11).本例は核の多形性を軽度認め,紡錘形細胞を認めることから良悪境界性の範疇と診断した.良性例は腫瘍径も小さく,増大も緩徐である.一方,悪性例の予後は非常に悪く,化学療法や放射線療法は効果がなかったと報告されている 4).
食道壁内偽憩室症は粘膜および粘膜下層の食道腺,導管の囊状拡張が多発する疾患で,1960年にMendelらによって初めて報告された 12).憩室様の所見を呈するが,通常の憩室とは異なり固有筋層外側に伸展することはなく,大きさは1~2mm程度である 13).発生頻度は正確には不明だが食道造影検査を受けた人の0.15%に食道壁内偽憩室症を認めたとの報告がある 14).好発年齢は60~70歳で男性に多い 14).症状は無症状のこともあるが嚥下困難を訴えることもある.炎症が進行すると線維化が強くなり狭窄を来すと考えられる 15).本症例も下部食道に狭窄を認め,これが嚥下困難の原因と思われた.内視鏡検査では1~2mm大の小陥凹,小孔を多数認めることで診断は容易である 15),16).但し,本症例のごとく慢性炎症により壊死物質や扁平上皮が偽憩室内に充満することにより小孔として視認しにくい場合もある 15).小陥凹以外の部分の食道粘膜にも慢性炎症による変化を認めることが多く,カンジダ感染を合併することもある 16).食道粘膜,粘膜下層の線維化を伴い食道内腔の伸展抑制が種々の程度でみられる.食道X線造影検査では憩室は食道内腔から毛羽立ち状やカフスボタン状の突出として描出される 16)~18).内視鏡像,X線造影検査像は特徴的な所見を呈するため診断は容易である.EUSでは粘膜下層を主体とする全周性壁肥厚と,今回のEUSでは描出されなかったが,粘膜下層に囊状の低エコー像が描出されることがあり,これは偽憩室を捉えたものと思われる.CT検査では全周性の壁肥厚が認められ,その内部に偽憩室の突出像が捉えられることもあるが本症例では認めなかった.症状がない場合は治療の適応はないが,狭窄を合併し,狭窄症状を呈する場合は内視鏡的バルーン拡張術が施行される 16).病理組織像では小孔部は拡張した食道腺と導管であり,その内部に扁平上皮化生,ケラチンの断片,粘液,壊死物質が貯留し,粘膜下層の食道腺周囲には慢性炎症が目立つと報告されており 19),本症例の病理像と合致している.食道壁内偽憩室症の関連因子として,食道カンジダ症,糖尿病,食道裂孔ヘルニア,膠原病,食道癌,食道webなどの基礎疾患やアルコール多飲歴や喫煙歴が報告されている 16).食道カンジダ症に関しては食道壁内偽憩室症の原因というよりも二次的なものと考えられている 17).本症例は長期間のアルコール多飲歴,喫煙歴があり,これらに起因する慢性炎症が食道壁内偽憩室症の発症原因と思われる.食道壁内偽憩室症に食道扁平上皮癌やBarrett食道腺癌を合併した症例が報告されている 18),20).食道壁内偽憩室症はアルコール多飲や喫煙,逆流性食道炎などによる慢性炎症により,食道癌の発生頻度が高くなると考えられる.
医学中央雑誌(検索期間1903年1月から2023年2月まで)で食道顆粒細胞腫,食道壁内偽憩室症をキーワードとして,PubMed(検索期間1957年1月から2023年2月まで)でesophageal granular cell tumor,esophageal intramural pseudodiverticulosisをキーワードとして検索を行ったところ,報告は認められず,本症例は両疾患を合併した初めての報告であった.医学中央雑誌(同検索期間)で食道壁内偽憩室症と内視鏡的腫瘍切除をキーワードとして,PubMed(同検索期間)でesophageal intramural pseudodiverticulosisとendoscopic tumor resectionをキーワードとして検索を行ったところ,報告は認められず,内視鏡的切除に関しても初めての報告であった.
切除標本の病理組織像では,破壊された食道腺周囲に炎症と線維化を認めるが,腫瘍深部の粘膜下層深層には線維化は認めず,これはESD時の所見を裏付けるものであった.顆粒細胞腫が粘膜から粘膜下層にかけて膨張性に増殖することで食道腺や導管が腫瘍直下に存在しなかったことが腫瘍直下での線維化が少なかった原因と考えられる.
食道壁内偽憩室症に食道顆粒細胞腫を合併し,ESDにて切除し得た稀な症例を経験した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし