2024 Volume 66 Issue 1 Pages 50-55
症例は64歳男性.胃角部前壁に不整形陥凹を伴う隆起性病変を認めた.背景粘膜は萎縮のない胃底腺粘膜で,腸上皮化生は認めなかった.病変部には不整な微小血管構築像と表面微細構造を認め,分化型の早期胃癌と診断し,内視鏡的粘膜下層剝離術を行った.病理診断は高分化管状腺癌(粘膜内癌)であり,免疫組織化学染色ではMUC5ACとMUC6は陰性,MUC2とCDX2,CD10が陽性で小腸型形質を呈していた.鏡検法および血清Helicobacter pylori(H. pylori)抗体は陰性で,除菌歴はなかった.ペプシノーゲン検査や内視鏡所見と併せ,H. pylori未感染と判断した.H. pylori未感染の胃底腺粘膜を背景とする小腸型高分化腺癌の症例は過去に報告がないため,文献的考察を含め報告する.
This case study involves a 64-year-old male patient with an elevated lesion characterized by irregular depression located on the anterior wall of the gastric angle. The background mucosa displayed of fundic gland without atrophy and no intestinal metaplasia. The lesion, characterized by irregular microvascular pattern and micro-surface patterns was diagnosed as a well-differentiated tubular adenocarcinoma. Subsequently, the patient underwent ESD. Pathological analysis confirmed the presence of well-differentiated tubular adenocarcinoma, particularly classified as intramucosal carcinoma. Immunohistochemical staining was negative for MUC5AC and MUC6, but positive for MUC2, CDX2, and CD10, indicating a small intestinal phenotype within the lesion. The patient tested negative for H. pylori in the histological examination and had no history of H. pylori eradication. Based on the results of these blood tests for H. pylori, together with the pepsinogen test and endoscopic findings, it was determined that the patient was not infected with H. pylori. Since there is no previous report of a case of well-differentiated tubular adenocarcinoma with small intestinal phenotype arising from H. pylori uninfected fundic gland mucosa, we report this case with a review of the literature.
日本において,胃癌発生原因のほとんどはHelicobacter pylori(以下H. pylori)感染であることが報告されている 1).2013年にH. pylori除菌療法が保険適応になって以降,H. pylori 感染率は年代毎に低下している 2).その結果,H. pylori感染胃による萎縮性胃炎を背景とした分化型胃癌は減少し,H. pylori除菌後胃癌やH. pylori未感染胃癌の割合は相対的に高まると考えられる.H. pylori未感染胃癌においては,未分化型胃癌や,胃底腺型胃癌などの胃型の形質を呈する胃癌が多いと報告されているが 3),今回,われわれはH. pylori未感染の胃底腺粘膜を背景とした,小腸型の形質を呈する高分化腺癌の症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する.
症例:64歳,男性.
既往歴:50歳,心筋梗塞.
生活歴:飲酒喫煙なし.
内服薬:アスピリン,ランソプラゾール,バルサルタン,カルベジロール,エゼチミブ,ロスバスタチンカルシウム,アロプリノール,メトホルミン塩酸塩.
現病歴:心筋梗塞の治療後,脂質異常症,高尿酸血症,糖尿病で近医に通院していた.健康診断の胃X線検査で胃多発ポリープを指摘され,前医で内視鏡検査を受けた.胃角部前壁の隆起からの生検で腺腫と診断され,当科紹介となった.
検査所見:ペプシノーゲン検査(CLIA法,LSIメディエンス)PGⅠ 251.5ng/mL,PGⅠ/Ⅱ比 10.1,H. pylori-IgG抗体(ラテックス凝集比濁法,LSIメディエンス)3.0U/mL未満.組織の鏡検法でも菌体は確認されず,除菌歴もないため,内視鏡所見と併せ,H. pylori未感染と判断した.PGⅠ高値の理由はプロトンポンプ阻害薬の影響が疑われた.
上部消化管内視鏡検査・治療:白色光観察で,胃体部に胃底腺ポリープが多発する萎縮の乏しい胃粘膜を背景として(Figure 1-a),胃角部前壁に5mm大の隆起性病変を認めた(Figure 1-b).近接観察では,背景粘膜と同色調の隆起で,頂部は浅い陥凹を伴っていた(Figure 2-a).インジゴカルミン色素散布観察では,陥凹部で辺縁は棘状を呈し,不整形陥凹が明瞭になった(Figure 2-b).Narrow Band Imaging(NBI)拡大観察で,病変周囲粘膜にsmall round pitを認め,背景は胃底腺粘膜と診断した.病変の隆起部には拡張・蛇行した血管を,陥凹内には fine networkのある不整な微小血管構築像と表面微細構造を認め,分化型腺癌と診断した(Figure 2-c).深達度は粘膜内に留まる早期胃癌0-Ⅱa+Ⅱcと診断し,内視鏡的粘膜下層剝離術で一括切除した.
上部消化管内視鏡検査所見.
a:胃体下部に複数の胃底腺ポリープを認める.
b:胃角部の見下ろし観察像.胃角部前壁に5mm大の隆起性病変を認める(白矢印).背景粘膜に萎縮を認めない.
近接観察における上部消化管内視鏡検査所見.
a:白色光観察像.背景粘膜と同色調の隆起の頂部に浅い陥凹を認める.
b:色素内視鏡観察像.インジゴカルミン散布で中央の陥凹に色素貯留を認め,辺縁は棘状を呈している.
c:NBI観察像.病変周囲はsmall round pitを認め,病変の隆起と中央陥凹部に不整血管を認める.
病理組織標本:腫瘍径は6×3mmで,浅い陥凹を伴う表面隆起を呈しており,腸上皮化生のない胃底腺粘膜を背景としていた(Figure 3-a).隆起部では管状腺腫に類似する異型度の低い高分化管状腺癌の領域があり,中央の浅い陥凹部分では,小型異型腺管の密度の高い増殖があり,核が腫大・濃染し,配列不整を示す,異型度のやや高い高分化管状腺癌を認めた.癌は粘膜表層に留まり,脈管侵襲は認めなかった(Figure 3-b).病変部では,MUC5ACとMUC6は陰性で,MUC2は2+(腫瘍細胞で10%以上〜50%未満で陽性),CDX2とCD10は3+(腫瘍細胞で50%以上陽性)であった(Figure 3-c,d).p53は陰性で,β-cateninの核内集積を認めた.以上より最終診断はM,Ant,pType 0-Ⅱa+Ⅱc,pT1a,6×3mm,tub1,small intestinal type,pUL0,Ly0,V0,pHM0,pVM0であった.
病理組織像.
a:HE染色.浅い陥凹を伴う表面隆起を呈する.
b:陥凹部の拡大像.小型異型腺管の密度の高い増殖があり,核が腫大・濃染し,配列不整を示す,高分化管状腺癌を認めた.
MUC2染色(c),CD10染色(d)は腫瘍部で陽性となる.
H. pylori陰性胃癌は,未感染・除菌後・既感染に分けられる 3).H. pylori未感染胃癌は胃癌全体の1%程度で,未分化型胃癌・胃型胃癌が多いとされているが 4),5),本症例は,H. pylori未感染胃に発生した小腸型の分化型胃癌であり,比較的稀な症例である.また,腸上皮化生のない胃底腺粘膜を背景粘膜に発生した報告はなく,H. pylori未感染胃癌の多様性を示す1例と考えられた.
胃癌の発生において,背景粘膜や組織型,肉眼型が診断には重要とされているが 6),H. pylori未感染者の増加や除菌療法が広がるなか,H. pylori感染状態も重要な要因となっている 7).H. pylori未感染胃癌の報告は近年増加しており,幽門付近の幽門腺を背景粘膜として発生する分化型胃癌の報告もみられるようになった 8)~23).特徴としては分化型の管状腺癌で,腸型の形質を示すことが多いとされる 7).本症例はH. pylori感染状態,組織型,肉眼型,形質からすると,この分類に相当する病変と考えられる.
胃癌の形質は病変の免疫染色で,MUC5ACもしくはMUC6が陽性であれば胃型,MUC2もしくはCD10が陽性であれば腸型,それぞれが混在すれば胃腸混合型を示すとされる 24).また,CDX2は正常の腸管粘膜上皮に染まり,腸上皮化生でみられる 25).さらに,大腸癌におけるCD10陽性の形質を呈する小腸型のものは,悪性度が異なるとの報告があり 26)~29),Shiroshitaら,渡辺らは胃癌の形質についても,CD10陽性となる胃癌は小腸型として別に分類すべきであると述べている 30),31).
当院において,2013年から2022年までの10年間で治療が行われた早期胃癌1,175例中,小腸型形質を有するH. pylori未感染胃癌は本症例も含め2例あった.PubMedで「Helicobacter pylori negative」「gastric adenocarcinoma」,医学中央雑誌(会議録を除く)で「Helicobacter pylori陰性」「胃癌」をkey wordに1989年から2022年8月までの期間で検索し,H. pylori未感染分化型胃癌で,小腸型と判定できる報告をTable 1に記載した.形態はいずれも疣状胃炎に似た形態を呈しており,tub1の粘膜内癌であった.
H. pylori未感染胃粘膜に発生した小腸型胃癌の報告例.
本症例が他の症例と異なるのは,腸上皮化生のない胃底腺粘膜を背景に発生していることである.Table 1の症例で確認できるものはすべて幽門腺粘膜を背景に胃癌が発生していた.H. pylori未感染胃癌では胃底腺領域における胃底腺型胃癌を中心とした低異型度腺癌や,胃底腺・幽門腺境界領域の印環細胞癌が多いと報告されている 5).本症例は胃角部に発生しており,腺境界領域に発生した胃癌とも言えるが,組織型や肉眼型において典型的ではない.検索した範囲では過去に本症例と同様の報告はなかった.
腸型胃癌は,H. pylori感染をはじめとする慢性胃炎を介して,腸上皮化生,一部は腸型腺腫を経て発癌するとされている 32).腸上皮化生を介さない場合は癌の進展に伴い胃型形質から腸型形質に変化すると推測されている 33).Table 1の症例はいずれも粘膜内癌であり,発癌の段階ではじめから小腸型の形質を呈していると考えられるため,癌の進展により変化した可能性は低い.腸上皮化生はmultifocal atrophic gastritisとして巣状に点在したものから,徐々に胃体部へ拡大していくとされている 34).H. pylori感染以外の原因で腸上皮化生が巣状に出現し,胃底腺か幽門腺かの背景粘膜によらず,小腸型の形質を呈する胃癌が発生した可能性もある.原因として,胆汁暴露によるものも検討されているが 35)~38),機序については不明な点が多い.H. pylori未感染小腸型高分化胃癌は一定数存在するものの,報告症例数は少なく,背景粘膜の検討も含め,さらなる症例の集積が望まれる.
H. pylori未感染の胃に発生した小腸型形質を有する高分化管状腺癌の症例を経験した.本症例は萎縮および腸上皮化生のない胃底腺粘膜を背景とした胃癌であった.病態解明のため,さらなる症例の集積が必要である.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし