2024 Volume 66 Issue 5 Pages 1242-1249
症例は79歳,女性.完全内臓逆位,胆石性急性膵炎の診断で緊急ERCPを施行した.左側臥位でスコープを挿入したが,乳頭到達時には術者は過度な左旋回の体勢となり,スコープのストレッチが困難であった.乳頭正面視および胆管挿管に難渋し,ステント留置のみで終了した.後日,胆管結石除去目的で再度ERCPを施行した.スコープは左側臥位で挿入し,胃内で時計回りに360°回旋させてから十二指腸方向へ進めることにより,乳頭到達時に術者は良好な体勢がとれ,スコープのストレッチ,乳頭正面視が容易となり,ESTおよび結石除去に成功した.スコープ挿入法の工夫により胆管結石除去が可能となった完全内臓逆位の1例を報告する.
A 79-year-old woman with complete situs inversus and gallstone pancreatitis underwent emergency ERCP. A duodenoscope was inserted with the patient in the left lateral decubitus position. However, as the scope reached the papilla, the physician was in a cramped posture and unable to stretch the scope. Although bile duct cannulation could be performed using the pancreatic guidewire method, it was difficult to maintain a stable view of the papilla and subsequent biliary procedure, such as EST and stone removal, and only a plastic stent could be placed in the bile duct and pancreatic duct. After 2 weeks, ERCP was performed to remove the bile duct stone. Similar to the initial ERCP, the scope was inserted in the left lateral decubitus position. After insertion into the stomach, the scope was rotated 360° clockwise and advanced towards the duodenum. By this technique, the physician was able to maintain a good posture after reaching the papilla, and the scope was stretched easily by applying left torque. After stretching the scope, EST and stone removal were successful.
Devised scope insertion method during ERCP for patients with complete situs inversus is useful as it allows good physician posture and scope position after reaching the papilla and facilitates subsequent ERCP procedures.
内臓逆位は,胸腹部内臓器が左右逆位となる先天性の内臓位置異常である.内臓逆位に対する内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)は,スコープ挿入方向や胆管軸方向が通常と左右逆になるため手技的難度が高く,患者体位や術者位置を変更して行われる場合も多い.しかし,患者体位や術者位置などのセッティングを変更した場合には,手技が煩雑になると言わざるを得ない.今回われわれは,スコープ挿入法の工夫により,患者体位や術者位置は通常のセッティングのまま,ERCPにて胆管結石を除去しえた完全内臓逆位の症例を経験したので報告する.
患者:79歳,女性.
主訴:左側腹部痛,発熱.
既往歴:完全内臓逆位,虫垂炎術後高脂血症,高尿酸血症.
家族歴:特記すべきことなし.
アレルギー:特記すべきことなし.
現病歴:左側腹部痛,発熱を主訴に近医を受診し,血液検査にてアミラーゼ上昇を認め,急性膵炎の疑いにて当院紹介となった.
現症:身長148cm,体重46.0kg,体温37.0℃,脈拍73回/分,血圧157/100mmHg,眼球結膜の軽度黄疸,心窩部に自発痛を認めた.腹部は平坦,軟で,圧痛を認めたが筋性防御はなかった.
血液検査所見:白血球6,400µl,CRP15.06mg/dl,総ビリルビン3.9mg/dl,直接ビリルビン3.0mg/dl,AST202IU/l,ALT477IU/l,γ-GTP93IU/l,ALP144IU/l,アミラーゼ3,571IU/l,膵アミラーゼ3,571IU/lと,炎症反応,肝胆道系酵素,膵酵素の上昇を認めた.
胸部単純X線検査:右胸心と右上腹部に胃泡を認めた.
腹部CT:完全内臓逆位を認めた.遠位胆管末端近傍に約5mm大の胆管結石を1つ認め(Figure 1),肝内胆管および主膵管の軽度拡張,膵周囲脂肪織濃度の軽度上昇を認めた.
腹部単純CTにて完全内臓逆位および遠位胆管に総胆管結石(矢印)を認めた.
以上より,完全内臓逆位,総胆管結石,急性胆管炎,胆石性膵炎と診断し,入院となった.絶飲食,輸液,抗菌薬(メロペネム3g/日),蛋白分解酵素阻害薬(ガベキサートメシル酸塩2g/日,ウリナスタチン30万単位/日)による治療を開始し,同日,緊急ERCPを施行した.
緊急ERCP:ERCP経験11年の術者が施行した.通常のERCPと同様,患者は左側臥位で,内視鏡装置は患者の頭側に配置した(Figure 2).スコープは十二指腸鏡(JF260V,オリンパス社)を用い,胃内まで挿入すると反時計回転を加えながら左方向に進め,幽門輪を通過して4分30秒で十二指腸乳頭へ到達した.その後,左およびアップアングルをかけてスコープのストレッチを試みたが,胃から十二指腸までの挿入が常に左回旋操作であるため,ショルダーターン,リストターンともにそれ以上の左トルクをかける体勢がとれず(Figure 3),ストレッチが困難であった.そこで,スコープはプッシュポジションにて処置を継続したが,安定した乳頭正面視が難しく,胆管挿管に難渋した.膵管挿管が得られたため,膵管ガイドワイヤー法で胆管挿管に成功したが,スコープの保持と視野の確保が困難であったため,内視鏡的乳頭筋切開術(EST)や胆管結石除去は困難と判断し,胆管および膵管にプラスチックステントを留置して終了した(Figure 4).スコープ挿入から抜去までの処置時間は26分であった.
ERCP時のセッティングシェーマ.
初回ERCPの乳頭到達時の術者体勢.胃から十二指腸までの挿入が常に左回旋操作であったため,それ以上の左トルクをかけられずストレッチが困難であった.
スコープはプッシュポジションで総胆管および主膵管にプラスチックステントを留置した透視像.
その後,ERCP関連偶発症はなく,膵炎および胆管炎の改善を認め,第14病日に胆管結石除去目的に再度ERCPを行った.
再ERCP:初回のERCPは緊急処置であったためその場の医師の中で最もERCP経験年数の多い術者が施行したが,再ERCPは予定処置として十分なスタッフと20年目の指導医による監督下に施行可能であったためERCP経験4年目の担当医が施行した.患者体位および内視鏡装置,術者の位置は初回ERCPと同様に行った.初回ERCPでは,十二指腸までのスコープ挿入が常に左回旋操作で乳頭到達時に術者は過度な左旋回の体勢となり(Figure 3),スコープのストレッチが困難であったため,再ERCPの際にはスコープを胃内まで進めたところであらかじめ時計回りに360°回旋させてから十二指腸方向へ進めた(Figure 5-a).それにより,乳頭到達時に術者は左トルクをかける体勢的余裕が生じ(Figure 5-b),左トルクおよび左+アップアングルにて容易にスコープストレッチが可能であった(Figure 6).スコープ挿入から乳頭正面視まで3分であった.その後も安定した視野の確保が可能であり,ステント抜去後,パピロトーム(Clevercut;オリンパス社)にて12時~1時方向にEST中切開を施行し(Figure 7),結石除去用バルーンカテーテルにて5mm大の胆管結石1個を除去した(Figure 8).スコープ挿入から抜去までの処置時間は28分であった.
a:スコープを胃内まで進めたところで時計回りに360°回旋させた.
b:乳頭到達時に左トルクをかける体勢的余裕が生じ,スコープのストレッチが可能であった.
2回目ERCPにおける十二指腸乳頭到達時の透視像.
12時~1時方向にESTを施行した.
バルーンカテーテルにて総胆管結石(矢印)除去を施行した.
その後,ERCP関連偶発症はなく,再ERCPの3日後に退院となった.
内臓逆位は,胸腹部内臓器の全部または一部が左右逆位となる先天性の内臓位置異常である.本邦においては,2千人から1万人に1人の割合で認められ,男性にやや多く,全内臓が逆位を呈する完全内臓逆位と一部の臓器が逆位を呈する部分内臓逆位では4~5:1で前者が多いとされる 1)~3).完全内臓逆位に対するERCPは,スコープ挿入の方向や胆管軸の方向が通常と左右逆になるため,手技的難度が高い.
そのため,完全内臓逆位に対するERCPにおいては様々な手技の工夫が報告されている.また今までの既報のまとめでは,術者の位置を患者の頭側または足側から見て寝台の左右どちら側かの定義が異なっており 4),5),われわれは患者の足側から見て寝台に対して術者の位置と定義した(Table 1) 4)~20).まず,スコープ挿入前のセッティングとして,患者の体位を右側臥位 6)~8)や仰臥位 4),9)~11)とする,術者の位置を寝台に対して左側にする 7),8),内視鏡装置の位置を変更する 12)などの報告がみられる.それらは,基本的にはスコープの進行方向を通常の場合と同じくすることを意図したものであるが,患者体位や術者位置,内視鏡装置位置が通常のセッティングと異なるため,手技が煩雑になることは否めない.また,仰臥位での処置は誤嚥などのリスクを伴う.一方,通常と同様のセッティングで,患者を腹臥位または左側臥位,術者の位置を右側,内視鏡装置を患者の頭側に配置した場合,スコープは胃から反時計回転に左方向へ進め,幽門輪を通過した後は左トルクおよび左+アップアングルをかけてスコープをストレッチして乳頭へ到達する 13).つまり,胃から十二指腸まで常に左回旋操作となる.本症例の初回ERCPの際には,十二指腸にスコープを挿入した時点でショルダーターン,リストターンともにそれ以上の左トルクをかける体勢がとれず,ストレッチが困難であった.通常のセッティングで施行した既報においても,ストレッチが困難であったものがみられており 4),21),同様の原因が推測される.過度な回旋操作で術者の体勢保持が困難となった場合,スコープのユニバーサルコード側を回転させる方法もある.しかし,その方法でユニバーサルコードにループを作るとその後のスコープ操作性にやや支障がでることや,そのループを解除するためには一度スコープと内視鏡装置の接続を外し回転してつなぎ直さないといけないなどの煩雑さが問題となる.
完全内臓逆位に対するERCP既報まとめ.
そこで,本症例の2回目のERCPの際には,患者体位および術者,内視鏡装置位置は初回ERCPと同様のセッティングで行ったが,スコープを胃内まで進めたところであらかじめ時計回り(右回り)に360°回旋させてから十二指腸方向へ進めたところ,乳頭到達時に術者は左トルクをかける十分な体勢的余裕が生まれ,容易にスコープのストレッチが可能で良好な乳頭正面視を得ることが出来た.2回目のERCP施行医は初回のERCP施行医より経験年数が少ないにも関わらず,安定した手技が短時間で可能であった.また,本法は通常のERCPのセッティングと同様の配置で行えるため,準備の煩雑さはなく,広くない透視室や移動が困難な内視鏡装置でも施行可能であり,完全内臓逆位のERCPにおいて非常に有用な方法であると考える.
完全内臓逆位の胆管挿管およびESTの軸方向は12時から1時方向となる.スコープのストレッチが出来ず,胆管挿管およびESTの軸合わせが困難な内臓逆位症例に対し,先端回転機能を有するパピロトームや内視鏡的乳頭バルーン拡張術(endoscopic papillary balloon dilation:EPBD)が有用であるとの報告がある 4),9),14),15),22),23).本症例では,初回のERCPではストレッチが困難で良好な乳頭正面視が得られなかったためESTは行わなかったが,2回目のERCPではスコープ挿入法の工夫により良好な乳頭正面視が得られ,スコープ操作も安定して行えたため,通常のパピロトームでも安全にESTが可能であった.ただし,内臓逆位では乳頭正面視が困難な場合も多いと思われ,その際には無理せずEPBDを選択すべきと考える.
完全内臓逆位に対するERCPにおいて,スコープを胃内であらかじめ時計回り(右回り)に360°回旋させてから十二指腸方向へ進めることにより,スコープのストレッチが容易となり,安定した手技が可能であった.また,患者体位,術者および内視鏡装置位置が通常のセッティングのまま行うことが可能であるため,本法は,完全内臓逆位に対するERCPにおいて非常に有用であると考える.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし