2024 Volume 66 Issue 5 Pages 1252-1257
経鼻内視鏡挿入に関しては,内視鏡外径の細径化,前処置の工夫,鼻腔内の挿入経路選択,患者の不安軽減,内視鏡医の教育・技術向上が重要とされてきたが,これまで内視鏡検査時の呼吸法が経鼻内視鏡挿入に影響を与えるかどうかは不明であった.われわれは,経鼻内視鏡検査時の鼻呼吸が内視鏡の挿入性および患者の認容性において口呼吸よりも優れていることを明らかにしており,今回,経鼻内視鏡検査時の呼吸法を中心に内視鏡挿入に関して解説する.
Previous studies have indicated that the success of transnasal endoscopy depends on factors such as scope diameter, nasal pretreatment, nasal meatus selection, and the endoscopistʼs skill. However, whether the breathing method affects transnasal endoscopy remains unclear. Our recent research has revealed that nasal breathing is more effective than oral breathing when conducting and undergoing transnasal endoscopy. In this article, we explain the breathing method during transnasal endoscopy.
経鼻内視鏡検査は患者の認容性に優れていることが特徴であるが,2000年代に発売された経鼻内視鏡は,光量,解像度が十分ではなく,経口内視鏡と比較して画質が劣ることが問題であった 1),2).Toyoizumiらの報告では,この時期の経鼻内視鏡の胃癌見落とし率は41.5%,経口内視鏡は22.0%であり,有意に細径内視鏡で胃癌見落とし率が高い結果であった 3).その後,2010年代にはハイビジョン並みの画質が得られる細径内視鏡が発売され,2020年代には解像度がさらに向上して,経口内視鏡と同等の画像が得られるようになった 4).Narrow band imaging(NBI)やBlue laser imaging(BLI)などの画像強調内視鏡が普及してきたことも加わり,近年では経鼻内視鏡と経口内視鏡の胃癌検出率は同等のものとなっている 5).また,内視鏡外径の太さは患者の認容性に影響を与えるが,本邦で発売されている最新の細径内視鏡のうち,GIF-1200N(オリンパス株式会社)は先端部径5.4 mm,軟性部径5.8mm,EG-840N(富士フイルム株式会社)は先端部径5.8mm,軟性部径5.9mmであり,従来品と比較して細径を維持したまま高画質化している 6).さらに,経鼻内視鏡検査は,経口内視鏡検査と比較して咽頭観察しやすく,鎮静下内視鏡と比較して医療費に優れており,心肺機能に及ぼす影響も少ないという利点がある 7)~9).
本邦における経鼻内視鏡検査は検診,日常診療から経鼻イレウス管挿入などの治療応用まで幅広く使用されているが,海外ではアジア,ラテンアメリカ,ヨーロッパの一部の国々でしか使用されておらず,普及していない 5),10).これは細径内視鏡の柔軟性によって挿入性が劣るためとされており,経鼻内視鏡のさらなる普及には画質だけではなく,挿入性の改善も必要である 11).経鼻内視鏡挿入を成功させるためには,内視鏡外径の細径化,前処置の工夫,鼻腔内の挿入経路選択,患者の不安軽減,内視鏡医の教育・技術向上が重要であると報告されているが,これまで内視鏡検査時の呼吸法が経鼻内視鏡挿入に影響を与えるかどうかは不明であった 12)~14).われわれは,経鼻内視鏡検査時の鼻呼吸が内視鏡の挿入性および患者の認容性において口呼吸よりも優れていることを明らかにしており,今回,経鼻内視鏡検査時の呼吸法を中心に内視鏡挿入に関して解説する 15).
従来,内視鏡検査時には「鼻から息を吸って,口から息を吐く」という呼吸法が行われてきたが,このような呼吸法が行われてきた経緯は不明で,文献を検索しても医学的根拠を明確にすることができない.われわれは,経鼻内視鏡検査時に患者が鼻呼吸をしている場合に,後鼻腔の位置から上咽頭を観察するとFigure 1-cのように上~中咽頭の挿入経路の視認性が良好であり,患者が口呼吸をしている場合にはFigure 1-d,eのように上~中咽頭の挿入経路の視認性が不良になることを明らかにした 15).この挿入経路の視認性の変化は,患者の呼吸によって軟口蓋が変動しているため生じている.つまり,軟口蓋は呼吸時の空気の通り道を区分けする働きを持っており,鼻呼吸時にはFigure 1-aのように軟口蓋は舌根に近接するように下降して空気を鼻腔側に送る一方で,口呼吸時にはFigure 1-bのように咽頭後壁に近接するように軟口蓋が挙上して口側に空気を送る 16).口呼吸時の軟口蓋は一回換気量が多いほど挙上する傾向にあり,小さく口呼吸するとFigure 1-dのように視認性が悪化し,大きく口呼吸するとFigure 1-eのように視認性がさらに悪化する.この軟口蓋の変動が上~中咽頭の視認性に影響を与えており,上~中咽頭の視認性をtype1(視認性は良好で抵抗なく通過する),type2(視認性は不良だが,抵抗なく通過する),type3(視認性は不良で通過時に抵抗を感じる)と分類し,前向きに評価した結果,intention-to-treat解析では鼻呼吸の91.9%はtype1,口呼吸の73.4%はtype2またはtype3であった 15).また,経鼻内視鏡検査時の鼻呼吸は,上~中咽頭の視認性を改善するだけではなく,内視鏡の挿入性および患者の認容性を改善させることが可能である 15).そのため,経鼻内視鏡検査時には鼻呼吸が推奨される.
鼻呼吸,口呼吸時の経鼻内視鏡挿入のシェーマおよび上~中咽頭の内視鏡画像.
鼻呼吸時には軟口蓋が舌根に近接するように下降して管腔は十分開存するため,挿入経路の視認性は良好となる.また,咽頭挿入時は咽頭後壁と内視鏡の接触が低減される(a).口呼吸時には咽頭後壁に近接するように軟口蓋が挙上するため,挿入経路の視認性が悪化する.また,咽頭挿入時は咽頭後壁と内視鏡が接触し,咽頭反射を誘発しやすくなる(b).上~中咽頭の視認性のtype分類を提示する.type1;視認性は良好で抵抗なく通過する(c),type2;視認性は不良だが,抵抗なく通過する(d),type3;視認性は不良で通過時に抵抗を感じる(e).intention-to-treat解析では鼻呼吸の91.9%はtype1,口呼吸の73.4%はtype2またはtype3であった.上図については,Endoscopy誌より許可を得て転載した.
経鼻内視鏡検査では鼻痛,鼻出血が生じることがあるため,鼻腔の除痛および拡張を目的に前処置を行う必要がある 17).除痛には局所麻酔薬であるリドカインが使用されており,リドカインを塗布したスティックを挿入するスティック法,鼻腔内にリドカインを撒布するスプレー方法,スティック法とスプレー法を併用するスティック・スプレー法,スティックを用いずにリドカインビスカスを鼻腔内に注入するだけの注入法などが報告されている 18).鼻腔麻酔の選択は各施設の運営状況によるが,当院ではスティック法(1本法)を用いているため,その前処置を例示する.まず鼻腔の拡張目的にナファゾリン硝酸塩を投与する.薬液噴霧器であるルミネッシュ(販売業者:富士フイルムメディカル株式会社)に0.05%ナファゾリン硝酸塩を充填後,坐位の患者の外鼻腔にノズルを押し当て0.5ml程度ずつ両側鼻腔に噴霧する.ナファゾリン硝酸塩には,鼻甲介の収縮により鼻腔が拡張して内視鏡挿入が容易になる効果に加えて,鼻腔粘膜の血管収縮作用により鼻出血の予防効果が期待できる 18).次に消泡液(ジメチコン(20 mg/ml)5ml+水80ml)とタンパク分解酵素(プロナーゼ20,000単位/包(0.5g)),炭酸水素ナトリウム1gの混合液を飲用させる.16Frネラトンカテーテル全体に2%リドカインビスカスを塗布後,8%リドカインスプレーを噴霧し,通気の良い側の鼻腔に挿入する.5分間待機後にネラトンを抜去して検査を開始する.当院では経鼻内視鏡検査時には咽頭麻酔を用いていない.
・患者への呼吸法の説明患者に対して呼吸法を説明する際には,患者が検査台で左側臥位になってから,「検査中の呼吸は,鼻から息を吸って,鼻から息を吐いてください.」と説明している.検査が始まってから説明すると指示が患者に伝わりにくい場合があるため,検査前に呼吸方法を指示する必要がある.また,当院での経鼻内視鏡検査では検査終了まで鼻呼吸を継続してもらうようにしている.後述するが,鼻呼吸を指示していても内視鏡挿入によって鼻痛が強く生じた場合,食道入口部へ挿入して咽頭反射が生じた場合には口呼吸になることがあるため,その際には患者の状態が落ち着いてから鼻呼吸に戻すよう都度指示している.
・鼻腔内への内視鏡挿入経鼻内視鏡検査に関する疼痛の中で最も強く自覚するのは鼻痛または咽頭痛であるが,鼻痛を抑制するためには前処置に加えて挿入経路の選択も重要である 19).経鼻内視鏡の挿入経路には中鼻甲介ルートまたは下鼻甲介ルートがある.内視鏡を前鼻腔に挿入した後,両方の挿入経路を確認し,管腔が十分に広く,かつ屈曲の少ないルートを選択する.鼻腔の狭いルートへの無理な挿入は,鼻痛,鼻出血,抜去困難の原因となるため,鼻腔内を挿入中に抵抗や鼻痛の訴えがあれば別の挿入経路に変更する 20).また,鼻痛が強くなると患者が口呼吸になってしまうことがある.口呼吸になると上咽頭の視認性が悪化し,咽頭への挿入難度も悪化する.そのまま挿入すると咽頭反射を誘発しやすくなるため,後鼻腔から上咽頭を観察した際に挿入経路の視認性が悪い場合は,鼻呼吸をするよう再度指示する必要がある.中鼻甲介ルート,下鼻甲介ルートのどちらも管腔の広さに問題がない場合,下鼻甲介ルートは上咽頭への挿入角度が中鼻甲介ルートよりも急峻となり,咽頭後壁と内視鏡が接触しやすくなるため,中鼻甲介ルートの方が適している.いずれの管腔も狭い場合は,スティックが挿入されていた経路に沿ってゆっくりと愛護的に挿入するようにしている.
・咽頭への内視鏡挿入内視鏡検査では挿入時の咽頭反射が最も苦痛として自覚されるため,咽頭への挿入時は咽頭反射を抑制する工夫が必要である 18).咽頭反射は舌根部,扁桃,咽頭後壁への機械的刺激により嘔気を感じる反射であるが,経鼻内視鏡検査は舌根部との接触を避けることによって咽頭反射が誘発されにくいと報告されてきた 21).その一方で,咽頭後壁と内視鏡の接触によっても咽頭反射が誘発されるが,これまで経鼻内視鏡と咽頭後壁の接触についてはあまり注目されてこなかった.口呼吸時には軟口蓋が挙上するため,上咽頭の挿入ルートの視認性が悪化するのに加えて咽頭後壁を擦りながら挿入することになるため,咽頭反射が誘発されやすくなる(Figure 1-b,d,e).実際に,口呼吸の検査終了時に咽頭後壁を観察すると内視鏡接触による粘膜発赤を認め,出血もみられることがある(Figure 2-a).また,口呼吸時に上咽頭から中咽頭へ内視鏡を進める際にはpush操作になるため,内視鏡の軟性部が鼻道上壁に当たることによって鼻痛も生じやすい.
経鼻内視鏡抜去時の咽頭後壁の内視鏡画像.
口呼吸時の咽頭後壁では発赤粘膜と出血がみられる(a).鼻呼吸時の咽頭後壁には発赤粘膜などの変化がみられない(b).
その一方で,患者が鼻呼吸をし,上~中咽頭の挿入経路の視認性が良好な症例では咽頭後壁と内視鏡の強い接触を避けることができ,スムーズな挿入が可能となる(Figure 1-a).この場合,内視鏡抜去時の咽頭後壁を観察しても咽頭後壁の粘膜には変化がみられず,出血もみられない(Figure 2-b).われわれの既報では,口呼吸時の咽頭出血率は9.2%であったのに対し,鼻呼吸時の咽頭出血率は0%であった 15).さらに,鼻呼吸によって上~中咽頭の内視鏡挿入難度は口呼吸と比較して51%軽減し,内視鏡のスムーズな挿入によって咽頭痛も23%軽減させることが可能である 15).
・食道入口部から十二指腸への挿入上~中咽頭部の視認性が良好で咽頭反射を抑制できれば,下咽頭の挿入経路も視認性が良好のまま挿入できる可能性が高い.われわれの検討では,梨状窩から食道入口部の挿入に関して,鼻呼吸は口呼吸よりも挿入難度が28%軽減した.しかし,下咽頭から食道入口部の挿入時に嚥下が起きると,下咽頭が大きく動き,内視鏡を挿入しにくくなるため,唾液を内視鏡から吸引しながら挿入する,あるいは唾液を嚥下しないように指示する必要がある.
また,食道入口部へ挿入した際には一時的に咽頭反射が起きることがあり,患者が口呼吸になってしまう場合を経験する.そのような場合は内視鏡挿入を継続しながら咽頭反射が落ち着いた段階でゆっくり鼻呼吸に戻すように指示している.また,内視鏡の深部挿入に伴い,内視鏡軟性部の潤滑が足りなくなると鼻痛が増悪するため,随時潤滑ゼリーを塗布して内視鏡軟性部の潤滑を保つ必要がある 20).
十二指腸への挿入は,細径内視鏡の柔軟性のため胃内で内視鏡がたわみやすく,幽門輪の通過や下行脚への挿入時には10mm前後の経口内視鏡と比較して難易度が高いものになる 19).われわれの検討では,残念ながら十二指腸への挿入難度は呼吸法によって改善はしないが,細径内視鏡を使用しても十二指腸下行脚までの挿入を完遂できなかった症例はなかった 15).検査全体を通した難易度については,鼻呼吸をした場合は口呼吸と比較して41%軽減された 15).内視鏡の挿入性向上のためには検査中を通して患者に鼻呼吸を継続してもらうことが有効である.
・検査中の酸素飽和度経鼻内視鏡検査では片側の鼻腔に内視鏡が挿入された状況になるが,われわれの検討では,鼻呼吸時の平均経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2;Percutaneous oxygen saturation)は97.9-98.3%,口呼吸時の平均SpO2は97.9-98.2%で推移し,鼻呼吸によって酸素飽和度が低下することはなかった 15).また,患者が自覚する検査中の息苦しさはむしろ鼻呼吸の方が口呼吸と比較して42%軽減されていた 15).
・患者の認容性患者認容性に関する詳細は既報に記載しているため省略するが,経鼻内視鏡検査後に患者の認容性をvisual analogue scaleで評価した結果,鼻呼吸は口呼吸と比較して鼻痛は26%,咽頭痛は23%,腹痛は34%,むせ込みは44%,嘔気は61%,噯気は56%,腹部膨満感は30%軽減させることが可能であった 15).患者が検査中に鼻呼吸をすることによって咽頭後壁と内視鏡の接触を低減させることができ,咽頭反射に伴う症状を含めて患者認容性を改善させることができる.検査後のアンケートではFigure 3のように鼻呼吸をした患者では「予想より楽」と答えたのが最多で70%であったのに対し,口呼吸をした患者では「予想通り」と答えた患者が最多で50%であった.
経鼻内視鏡検査時.
鼻呼吸群では「予想より楽」が70%,「予想通り」が26%,「予想より悪い」が4%であったのに対し(a),口呼吸群では「予想より楽」が47%,「予想通り」が50%,「予想より悪い」が3%であり(b),鼻呼吸群で有意に「予想より楽」であったと答えた患者が多かった.
経鼻内視鏡検査時の鼻呼吸は口呼吸よりも内視鏡の挿入性および患者の認容性において優れている.また,鼻呼吸はSpO2を低下させることなく,咽頭出血を抑制することが可能であるため安全性も高い.海外においては,細径内視鏡の使用に慣れておらず,その普及のためには内視鏡医の教育,技術の向上が必要とされているが,鼻呼吸によって挿入難度の改善が可能となるため,経鼻内視鏡普及の一助となる可能性がある.
本論文内容に関連する著者の利益相反:藤谷幹浩(富士フイルム(研究機器))