GASTROENTEROLOGICAL ENDOSCOPY
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ISSN-L : 0387-1207
CURRENT STATUS AND PRACTICE OF MEDICAL-INDUSTRIAL COLLABORATION IN GASTROINTESTINAL ENDOSCOPY
Hideki KOBARA Nobuya KOBAYASHIHaruo OBA
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2024 Volume 66 Issue 6 Pages 1293-1306

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要旨

消化器内視鏡は,手技の開発に並行して光学技術や治療用デバイスなどの医療機器開発により発展してきた.医療機器は,医学分野と工学分野の連携,すなわち「医工連携」により市場に投入され,消化器疾患の診断及び治療に有効活用されている.近年,消化器内視鏡のパラダイムシフトが囁かれるなか,医工連携による技術革新への期待は大きい.しかしながら,医療機器の開発には,アイデア創出に始まり,マッチングする提携企業をみつけ,薬事承認,販売に至るプロセスは,特許・知財関連事項も絡み,複雑で歳月を要する.このプロセスの遂行には,多様な職種が関わる緊密な医工連携による産学官プロジェクトチームの編成は不可欠である.本稿では,消化器内視鏡診療における医工連携の現状から今後の展望まで具体事例を挙げながら,概説する.

Abstract

Newly developed medical instruments utilizing optical technology and therapeutic devices have significantly contributed to the evolution of gastrointestinal endoscopy. These products, developed through close collaboration between medical and engineering professionals, have played a crucial role in the diagnosis and treatment of gastrointestinal diseases. The integration of innovative technologies through these collaborative efforts provides a paradigm shift in gastrointestinal endoscopy. However, medical device developments require complex and time-intensive processes, which include stages such as conceptualization, business partnership with compatible companies, regulatory approval, and marketing. The formation of an industry-academia-government project team is mandatory in achieving completion of such medical devices. This review outlines the current status and future perspectives of the medical-engineering collaboration in the field of gastrointestinal endoscopy, supplemented by practical case studies.

Ⅰ 緒  言

消化器内視鏡は,繊維工学や電子工学技術により現在の電子デジタル化した軟性内視鏡が誕生した長い歴史がある.近年では,画像強調技術の進歩により,内視鏡のイメージング機能 1が大幅に向上するとともに,治療手技の発展に伴う関連治療機器も多種多様に開発されてきた 2.その歴史をみても,その技術の進歩には,工学的技術の関わりは不可欠なものであった.つまり,内視鏡は,医学分野と工学分野の連携,すなわち「医工連携」が深く関わってきたといえる.歴史上,わが国は,ながく軟性内視鏡分野において光学技術的な優位性を保持し,世界のなかで確固たる地位を築いてきた.20年周期で生まれるとされる新規技術の節目である2020年代では,診断領域における人工知能(Artificial Intelligence:AI)の導入 3,治療領域における消化管全層切除・縫合 4),5などが主要なテーマとして挙げられるなかで,技術革新に欠かせない医工連携は,これまでにない脚光を浴びている.医工連携の目的は,「医療分野と工学分野が連携し,相互に協力して医療現場のニーズに基づいて医療の発展に寄与する新しい医療機器や技術を開発し,市場に投入すること」である.

近年,国による「医療分野研究開発推進計画」 6が立案され,その研究支援を強化する枠組みが整備されている.これは,政府が講ずべき医療分野の研究開発ならびにその環境の整備及び成果の普及に関する施策の集中的かつ計画的な推進を図るため,内閣総理大臣を本部長とする本部が,法律 7に基づき,健康・医療戦略に即して策定する計画である.2015年には,文部科学省・厚生労働省・経済産業省が独自に実施していた医療分野の研究開発を一元化するために国立研究開発法人日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development:AMED) 8が設立された.AMEDは,日本の医療分野の研究開発の司令塔機能を担い,研究から臨床への迅速・円滑な橋渡し,国際水準の質の高い臨床研究・治験を確実に遂行できるシステムの構築等を行っている.更に,地域の開発シーズを幅広く拾い上げる目的で,臨床研究中核病院等と連携して日本全体で橋渡し研究を推進する体制として,地域毎に計10機関の橋渡し研究支援拠点が設けられている.

しかしながら,その医工連携による医療機器開発には,予算や法的規制などの様々なハードルが存在するため,医師,(企業や大学の)技術者,知的財産や薬機法の専門家,コーディネーター,企業などの多様な職種が関わる産学官連携プロジェクトチームの編成は欠かせない.本稿では,医工連携の現況をまとめるとともに,筆者らの経験を提示することで医工連携が身近になることを目的として概説する.

Ⅱ 国内外における医工連携の現状

本邦の現状は,主な医療機器の世界シェアをみると診断機器分野では,国際的競争力を有する 9.特に内視鏡診断機器分野では,日本企業は99%近い高いシェアを有する.その一方,治療機器分野では国際的競争力が弱いとされる.その日本企業の動きが鈍い背景には,検査機器は作れても,治療用機器になると開発コストやリスクといった高いハードルの存在がある.また,治療中に生命に関わる危険な機器トラブルが万が一発生すれば,企業自体の信用に関わる.とりわけ,高度医療機器開発の場合,企業にとって治験の遂行や医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency:PMDA) 10の審査に多大な手間と多額のコストを要するため容易ではない.従って,内視鏡を含む医療分野のグローバル化を勝ち抜くために産学官が連携して問題解決にあたることが喫緊の課題であるとされてきた 11

米国では医療機器の初期開発段階を主にベンチャー企業が担っている.この初期開発段階は高い独創性や幅広い知識が要求され,失敗のリスクも高くなるが,多様なバックグラウンドを持つ起業人材が持続的に育成されている.同時に医療機器開発経験の豊富な人材が常に流動していることで,次々とベンチャー企業が生まれ,その企業を大手メーカーが買収するという循環システムが成立し,またそれを資金的・人的に支援する環境も整備されている.

その一方で,日本では開発研究者と提携した大手メーカーによる自社開発が主体である.初期開発資金は,開発研究者がAMEDによる大型資金を確保して進める開発プロセスが欧米と大きく異なる.それゆえ,基盤の大きい一部の大学などの機関に限定されたリソースとなっているのが現状である.そこで,臨床現場でのアイデアを幅広く拾い上げ,開発案件の裾野を拡大するための取り組みを進めている機関もある.神戸大学医学部附属病院では,2019年度より開始された「次世代医療機器連携拠点整備等事業」の拠点として日本の環境に合ったシステム構築を先駆的に進めている.初期開発段階をベンチャー企業のみに依存するのではなく,アカデミアや臨床現場を多様な人材の集積と人材の流動性のプラットフォームとして利活用し,同時に初期開発を牽引できる人材を育成するという,日本の環境に合った“日本型エコシステム”を提唱している.

Ⅲ 本邦における医療機器の上市化に至るプロセス

本邦における医療機器の上市化のプロセスは,開発シーズ探索,医工連携チーム編成,非臨床試験,PMDA前相談,臨床試験,薬事申請,薬事承認,市場導入,市販後調査の一連のプロセスからなり,厳格に安全性と有効性を確保するために設計されている.その詳細なプロセスを以下に示す(Figure 1).

Figure 1 

本邦における医療機器の上市化プロセス.

引用元 医療機器審査の概要[000155683.pdf( pmda.go.jp)]を改変.

(1)開発シーズ探索

医療分野での臨床課題を特定し,解決するための創発的な開発シーズを探索する.そのアイデアの特許性につき所属機関内の知財部へ相談する.研究開発者は,特許出願が完了するまで学会や論文等での公表を行わないことが原則である.

(2)医工連携チーム編成

研究開発者は,コーディネーターを介して工学系の専門家,マッチング企業,知財関連の専門家を加えた医工連携チームを編成する.チームによる予算の確保,ロードマップの策定など,プロジェクトの全体計画を作成する.

(3)非臨床試験

研究開発者は,提携企業とともにアイデアを実現するためのプロトタイプを作成し,生体動物等での非臨床試験を実行する.

(4)PMDA前相談

医療機器のクラス分類(Figure 2 12や治験の有無につきPMDAと前相談し,PMDAが求める臨床試験の研究デザイン案や今後の全体指針の助言をもらう.クラス分類は,人体へのリスクと機能に基づいて行われ,クラスⅠからクラスⅣまでのカテゴリーに分類される.クラスⅢ以上の人体へのリスクの高い高度管理医療機器は,PMDAで審査され,厚生労働大臣が承認する流れの厳しい規制が適用される.

Figure 2 

医療機器のクラス分類.

引用元 医療機器審査の概要[000155683.pdf( pmda.go.jp)]を改変.

(5)臨床試験

開発した製品や技術の効果や安全性を評価するために臨床研究法に基づく倫理審査の承認を得た上で,治験等の臨床試験を行う.

(6)薬事申請

製造業者は,臨床試験の結果を医療機器の製品審査に提出される証拠としてPMDAへ提出し,薬事申請を行う.この申請には,製品の仕様,品質管理体制,臨床試験の結果,製品の文書化,安全性と有効性の証拠が含まれ,PMDAの専門家によって審査される.

(7)薬事承認

PMDAの審査後,厚生労働省薬事分科会の答申を経た上で,厚生労働省大臣が当該医療機器の承認を行う.

(8)市場導入

これらの審査が承認されると,医療機器は,市場での販売が可能(上市化)となる.製造業者は,製品として世に送り出せる「販社」に業務委託する.販社は,販売戦略,マーケティング,普及戦略などを練る.

(9)市販後調査

医療機器が市場に出回った後も,厚生労働省が所管するPMDAが安全性と有効性を監視し続ける.製品に関する問題や副作用が発生した場合,適切な対応や製品の安全性情報の報告が要求されることもある.

Ⅳ 本邦における内視鏡医工連携の成功事例と活動状況

近年,腹腔内を扱う硬性内視鏡領域では,ロボット支援内視鏡手術が医工連携の成功例として大きく取り上げられ,外科領域におけるパラダイムシフトをもたらしている.この導入により,手術の合併症や入院期間が減少し,医療の質が向上する臨床効果が得られている 13

一方で,管腔内を扱う軟性内視鏡領域では,診断領域における画像強調内視鏡 14),15や胆膵超音波内視鏡(EUS)診断 16から各種検査のAI導入 17),18,治療領域においては,内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD) 19),20や内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)治療手技 21から全層切除・縫合 4),5や胆膵EUS治療手技 16の時代へ変遷するなかで医工連携が大きな役割を果たしてきた.とりわけ,医工連携による革新的内視鏡治療機器開発は,2000年代初頭より体表面に傷を付けない軟性内視鏡単独の低侵襲手術として経管腔的内視鏡手術(Natural Orifice Translumenal Endoscopic Surgery:NOTES) 22)~25の開発を境に,加速的に発展してきた.NOTESプロジェクトは,軟性内視鏡の腹腔内への適応外使用や新規医療機器の認可が厳しい本邦の実情が重なり,一部で臨床応用研究 26)~28が進められたものの,安全性を担保した外科-内科融合のLECS(laparoscopic and endoscopic cooperative surgery) 29),30というHybird手技が現在の主流となった.一方,NOTES派生の手技や機器は,現在の様々な革新的技術の源となり,生かされている.腹腔内への安全なアプローチ法として開発された粘膜下トンネル法は 31,食道アカラシア治療の主流となったPOEM(Peroral endoscopic myotomy) 32や粘膜下腫瘍の組織採取診断 33に派生している.また,NOTES開発過程で生まれた関連機器として,内視鏡治療手技に欠かせないCO2装置(UCR:オリンパス社) 34や内視鏡用縫合機器が世界からOver-The-Scope Clip(OTSC:Ovesco Endoscopy, Germany) 35),36,OverStitch(Apollo Endosurgery, Austin, TX, USA) 37),38の上市に始まり,本邦でも2022年にゼオスーチャーM(ゼオンメディカル社) 39,SutuArt(オリンパス社) 40),41が臨床導入された.従って,NOTESにより期待された軟性内視鏡による新たな治療は,脈々と現在に継承されている.

大学主導の機器開発コンソーシアムは,NOTESの中心であった大阪大学大学院医学系研究科次世代内視鏡治療学共同研究講座「プロジェクトENGINE(Endeavour for Next Generation of INterventional Endoscopy)」 42),43や東京慈恵会医科大学医学部内視鏡医学講座「集学的先進内視鏡器機械開発グループMUGGIE(Multidisciplinary Working Group for Innovation in Gastrointestinal Endoscopy)」 44)~47が先駆的に本邦の軟性内視鏡機器開発をリードしている.近年では,神戸大学医学部附属病院国際がん医療・研究センター 48や国立がん研究センター「先端医療開発センター」 49が医工連携の推進拠点として工学分野と連携し,臨床応用実現可能医療機器シーズの探索・開発を進めている.

Ⅴ 本邦における医工連携の課題

本邦における医工連携の課題は,医療分野と工学分野の協働に関連して様々な要因が影響している.以下に,課題を詳しく列記する.

(1)提携企業との相互理解の欠如

企業の目的は,製品を上市して利益を上げることである一方,アカデミア所属の研究者は,公的資金の確保や,論文公表の業績も求められている.この相違が埋まらない限り,医工連携は成立しないことを理解しておく必要がある.また,インセンティブ(ロイヤルティ,学術,名誉等)や特許に関する発明者と出願者の寄与率がトラブルにならないような信頼関係の構築が必要である 50

(2)資金不足

プロジェクトへの投資が不足している場合があり,これが新しい医療技術や機器の開発を妨げる要因となる.開発費用は,革新的な大きなテーマであればあるほど大型の公的資金の獲得が必要となる.資金確保手段としてAMED,クラウドファンディング,ベンチャー企業の出資が挙げられる.

(3)規制と法的課題

医療機器の開発と導入には厳格な規制があり,これに適合するための専門知識が必要である.また,法的な問題や知的財産権の関連課題に対処するための体制が整備されていない場合,プロジェクトの遅延に繋がる.知財部の介入は必須である.

(4)コーディネーター不足

医工連携に携わるための医療分野と工学分野を橋渡しできるコーディネーターが限られているものの,円滑な連携にはコーディネーターの参画が必要である.

(5)開発スピードの遅延

医療技術と工学技術は急速に進化しており,新しい技術や知見が常に登場している.開発スピードが遅いと開発機器が上市化した時点で既に医療の潮流から外れていることがある.

(6)データの利活用とセキュリティの問題

医療情報や患者データの利活用は医工連携の一環として重要であるが,データのセキュリティとプライバシー保護に関連する課題も存在する.データの適切な取り扱いと保護が求められる.

(7)実証と導入のハードル

医療技術や機器を実際の医療現場に導入するためには,安全性,有効性を証明する実証実験と臨床試験が必要である.これらのプロセスは,機器の改良や研究に関する書類上の手続きなどを含めた時間と人的資源を要する.

これらの課題を克服するためには,政府,産業界,学術界,医療機関が協力して,資金提供,法的サポート,教育・研究プログラムの充実,コミュニケーションの促進など,包括的なアプローチが必要である.加えて,国際的な連携や最新の技術トレンドへのアクセスも重要となる.

Ⅵ 当科の内視鏡診療における医工連携の取り組み

当科では前身のKagawa-NOTESプロジェクトである医工連携による機器開発 39に関わってきた経験を生かし,現在も医療機器開発を進めている.当科での医工連携による製品開発の取り組みにつき具体的事例を以下に列記して,そのアプローチ手順を示す.

(1)上部消化管内視鏡用感染防御システム

地盤産業と協働した産学官連携の取り組みにより,スピードを要する新型コロナウイルス感染症対策の製品化に繋がった事例を紹介する.医療機器に属さない本製品の開発は,機器承認の規制がないためプロジェクト開始から市場導入まで短期間で完了した事例である.2019年12月以降,COVID-19の蔓延により社会のみならず医療を取り巻く環境が一変した.検査や手術などの医療行為のなかで,とりわけエアロゾル・飛沫の拡散リスクのある上部消化管内視鏡検査では感染リスクを軽減する対策が求められていた 51.そこで筆者らは,上部消化管内視鏡用感染防御システムを以下の手順で開発を進め,フィルムとフレームで構成される「Endo barrier」(エンドバリア)を製品化した(Figure 3-a,b).

Figure 3 

上部消化管内視鏡用感染防御システム:「Endo barrier」.

a:製品概要図:飛散防止フィルムとフレームで構成される半密閉シールド.

持続吸引チューブ挿入による空間の陰圧化が特色である.

b:用途別の印字付フィルムと可動・折り畳み式フレーム.

引用元 Figure a,b 共著者の大場晴夫教授による無償提供.

① オリジナル自作案の創出

2020年3月,身近にある有効資源を活用し,上部消化管内視鏡用被検者被覆型ボックスモデルを考案した 52.使い捨てビニール袋を用いて患者の頭部から上半身を覆うボックス型半密閉シールドを作成し,そのボックス内に挿入された持続吸引チューブによりボックス内が陰圧化され,エアロゾルの飛散を防ぐことが可能となる.組み立てが煩雑との現場の声を集約し,効率化を図るために,そのコンセプトモデルをもとに製品化に向けた取り組みを開始した.

② 発明相談

2020年5月に学内の産学連携・知的財産センターへ発明届の提出とともに発明相談をし,担当の産学官連携コーディネーターが配置された.

③ 工学系研究者の参画

コーディネーターを介して,学内創造工学部のプロダクトデザイン領域の共著者の大場を加えた学内の医工連携(学)チームを結成した.大場により製品モデルへアップグレードするためのデザインが作成された(Figure 3-a).

④ 地盤産業との提携

2020年7月より提携した地盤産業(産)の大倉工業株式会社とともに開発課題に対し,工学的技術を取り入れながら解決方法を模索した.同時に特許権等知的財産権に関わる特許性を抽出した.

課題Ⅰ:医療従事者の作業負担低減

解決方法:フレームの汚染により患者毎の消毒を省くために,患者とフレームを分割するためのサイドシールをフィルム端部に設け,フィルム着脱が簡便なフレーム設計とした(Figure 4-a).

Figure 4 

「Endo barrier」の工学的な工夫.

a:作業効率の確保:フィルム端部にサイドシールを設けることによる簡便なフィルム着脱と患者毎に消毒を要しないフレームの設計.

b:フィルムの内視鏡挿入口:3本のミシン目のうち,一番足側のミシン目を破れにくくするためミシン目幅を口側の2本のミシン目より長く設定.

c:フレーム:ゴム足を軸に前後左右軽い力で動かせる1面立位・可動式.

引用元 Figure a,c 共著者の大場晴夫教授による無償提供.

引用元 Figure b 大倉工業株式会社による無償提供.

課題Ⅱ:コメディカルの使いやすさに配慮した構造

解決方法:簡略化を図るためにフィルムに設置手順の番号と矢印を,酸素吸入チューブ口などの各種挿入口にはピクトグラムを印字したユニバーサルデザインが施された(大場デザイン案).フレームは,アルミ製の軽量化と折り畳み式のコンパクト収納化を実現した.

課題Ⅲ:内視鏡挿入口の位置合わせ

解決方法:医療現場の意見をもとに,フィルムの内視鏡挿入口として設けられた3本のミシン目のうち,一番足側のミシン目を破れにくくするためミシン目幅を口側の2本のミシン目より長くする工夫をした(企業エンジニア案)(Figure 4-b).また,検査中の患者動作により内視鏡導線のズレを容易に修正できるようにフレームはゴム足を軸に前後左右軽い力で動かせる1面立位・可動式の仕組みが取り入れられた(大場デザイン案)(Figure 4-c 53

⑤ 研究資金確保

県の公的補助金(官)による開発資金を確保した.

⑥ プロジェクト計画

製品化に向けての約1年のロードマップを作成し(Figure 5),スピード重視の開発を進めた.

Figure 5 

「Endo barrier」の製品開発ロードマップ.

引用元 香川大学産学連携・知的財産センター 永冨太一教授による無償提供.

⑦ 市場導入

約8カ月の期間で2021年1月に「Endo barrier」の製品化が完了した.各地域の販社をリクルートし全国販売となった.

⑧ 知財・特許関連

被覆フィルム・開閉式フレーム・プラスチックフィルムの印刷模様の意匠登録出願,「Endo barrier」に関する商標登録出願ならびに診療用頭部被覆材に関する特許出願を完了した.なお,意匠2件,商標1件については既に登録査定となっている.

⑨ 学術的アプローチ

開発過程で学術的なアプローチも並行して進めた.科学的検証試験としてスモーク試験でのフィルム空間の陰圧化及び微粒子飛散試験による周囲環境への飛沫の飛散軽減化を視覚的に実証した 54.実臨床試験では,「Endo barrier」は,上部消化管内視鏡検査中の検者への直接暴露の低減 55と被検者受容度が良好 56であることを実証した.

地盤産業と協働した産学官連携の取り組みにより最短で新型コロナ対策の製品化に繋がった.この取り組みは,国が掲げる地域イノベーション戦略に基づくものであり,製品開発のみならず地方創生に寄与しうる.

(2)内視鏡用回収デバイスの開発

臨床課題から解決策を求めるためのアイデアから製品化を目指している事例を紹介する.消化管異物,ESD巨大切片,球状で硬い間葉系腫瘍などの回収は,従来の方法ではこれらの包装化が困難であるため,咽頭・食道裂創あるいは切除組織の断片化が懸念事項として挙げられてきた.筆者らは,これらの課題を解決すべく,富士システムズ株式会社と既存の機器とは異なる回収技術を備えた新たな包装型回収デバイスの開発を進めている 57.構想から機器開発に至る手順につきロードマップを提示し(Figure 6),以下に示す.

Figure 6 

内視鏡用回収デバイスの発案―機器開発―上市化に至る産学官連携ロードマップ.

① オリジナル自作案の創出

検査用ガウンの布とオーバーチューブなど既存の機器を用いた自作デバイスによる漏斗型包装式回収法を考案し 58,机上でのモデル検証を行った.この考案モデルをもとに,機器開発を目指して学内の産学連携・知的財産センターへ発明届を提出した.

② 研究開発資金調達

企業参入が円滑に進むために開発資金の確保は,重要である.公的資金であれば,国の支援が得られているという観点で提携企業がみつかりやすい.特許出願までを支援するAMED橋渡し研究開発シーズA(北海道大学拠点)に応募し,開発資金を確保した.

③ 提携企業の探索と秘密保持契約・共同研究契約

研究者は,コーディネーターの支援を得て,機器モデルの素材に合致する医療機器メーカーをリストアップし,アプローチした.ニーズマッチした富士システムズ株式会社へ秘密保持契約(Non-Disclosure Agreement:NDA)後,コンセプトモデルの提案を行った.共同研究契約を締結後,プロトタイプを作成した.

④ 生体動物実験によるモデル検証

プロトタイプは,オーバーチューブ先端に装填されたバルーンが送気にて脱転しながらチューブ先端前方へ押し出され,脱気することで漏斗型の空間が形成され,異物等をその内腔に収納し,回収する機構を有する機器である(Figure 7-a~e).生体動物実験によるモデル検証,機器改良を繰り返した.

Figure 7 

内視鏡用回収デバイス.

デバイスの全体像.

a:バルーン送脱気により形成される漏斗型オーバーチューブ.

回収空間の機構.

b:シリコン製オーバーチューブの先端に円錐型のバルーンが装填した状態.

c:送気によりバルーンが膨らみながら脱転し,前方へ押し出される.

d:脱気によりバルーンが漏斗型形状となり,異物等を回収するための空間が生まれる.

e:対象物をラップ内に収納後,オーバーチューブに搭載された糸を引っ張ることでラップ部先端が閉鎖し,対象物の包装回収が可能となる.

⑤ 特許出願・権利化

バルーンの前方移動・送脱気により得られる収納空間に関する発明につき,企業側の知財部が中心となり,大学と企業共同で特許出願し,既に日本国においては権利化している.

⑥ 上市化に向けた薬事申請

量産型へ向けたデザイン改良,耐久テストを進めている.クラス分類Ⅱに該当する医療機器として薬事申請へ向け準備している.

以上のような筆者らが扱う簡易な医療機器は,製品になりやすい反面,学術的観点から論文になりにくい側面もある.‘学術的要素が少なくても医療現場で活用される製品を作ることが,高い評価を受ける対象になる’ことが研究者のモチベーションに繋がるものと期待している.

Ⅶ 内視鏡医工連携の今後の展開

昨今,長い年月を経て開発者と機器メーカーの並々ならぬ労力により新規治療手技関連の高度医療機器が上市化されている.消化管分野では,前述の内視鏡用縫合機器が消化管縫合のみならず術後縫合不全や難治性瘻孔などの新たな治療オプションとして期待される.胆膵分野では,悪性胃十二指腸狭窄に対するLumen-apposing metal stent(Hot AXIOS:ボストン・サイエンティフィック ジャパン社)を用いた超音波内視鏡ガイド下胃空腸吻合術は,外科的胃空腸バイパス術の代替治療として期待され,臨床試験が進められている 59),60.一方,近年,市場に導入された視野確保目的のゲル製剤(ビスコクリア:大塚製薬工場) 61や新規吸収性局所止血剤(ピュアスタット:3-D Matrix社) 62は,手技的,開発コストのハードルも低いと推察され,医療ニーズ,スピード拡販に適したこのような医療機材が今後も開発製品のコアとして増えてくると思われる.

医療機器開発は,国の重点化プロジェクトとして推進事業の一つである.医療ニーズに合った製品を現場にいち早く届けるためには,研究者の事務的業務のサポート,各種手続きの簡略化,薬事承認緩和,医療機材の償還,などの更なるインフラ整備が求められる.同時に,研究資金調達には,諸外国のように民間のベンチャー企業による出資が得られる仕組みが進められていく可能性もある.

今後,取り巻く環境は,学会や国の主導により整備されていくなかで,われわれの研究者に求められることは,機器開発の源となる自由な発想であり,独創性が革新的技術の開発や新領域の開拓に繋がる.多様化する昨今では,医学分野のみならず国際的な社会情勢にも目を向け,潮流に合った新たなテーマを探す多角的な視野が求められる.

新領域の開拓につき最近の動向と筆者らの具体例を挙げて紹介する.世界的にSDGsのワードが定着してくるなか,欧州では,「Green Endoscopy」の呼称で,内視鏡のSDGsの取り組みが進められている 63),64.これは,異分野融合の知恵,つまり医工連携が大いに貢献できるテーマの一つと考えられる.筆者は,共著者の大場とともにその医工連携チーム(GREEN-K:Green Endoscopy for Earth Neo-Kagawa,代表:今川内科医院 今川敦)を立ち上げ,内視鏡廃棄物の低減や,水資源の有効活用などの活動を始めている.本邦でも内視鏡SDGsの取り組みが内視鏡技師とエンジニアと融合し拡散していくことが期待される.次に,子宮頸がん診断における子宮頸部内視鏡(Uterine Cervical Endoscopy:UCE) 65の実装化を目指したプロジェクトにつき資金確保の試みを紹介する.そのプロジェクトの遂行には,研究資金確保が大きな障壁となった.そこで社会啓発活動と研究資金確保を目的としたクラウドファンディング( https://otsucle.jp/cf/project/3580.html)に続いて,適応外医療機器としての特定臨床研究と保険収載を目指す先進医療B研究に必要な大型の研究資金獲得に挑戦した.AMED研究資金を獲得するためのノウハウに精通した京都府立医科大学 石川秀樹先生のご指導により令和5-7年度AMED革新的がん医療実用化研究事業に応募し採択が得られた.現在,香川大学,高知赤十字病院,神戸大学,京都府立医科大学,和歌山県立医科大学,石川県立中央病院,大阪国際がんセンター,福岡大学筑紫病院,国立がんセンター中央病院の計9機関が参画し,研究を進めている.UCEの展開は,新領域でのAIの導入やスコープ開発などの内視鏡新産業の創出,生み出される知的財産など医工連携が関わる多くのポテンシャルを有している.大型の公的資金やPMDAによる医療機器及び厚生労働省による保険手技収載の承認を得るためには,精通した指導者によるアドバイスが重要といえる.

今後の機器開発では,内視鏡医が自ら,工学的分野を深く学び,工学的データを取得することでエンジニアとの情報共有が促進され,市場ニーズに合った円滑な機器開発が進むものと期待される.近年,術後偶発症予防目的のESD後創閉鎖 66や胃壁全層切除・縫合 67が注目されるなか耐久性のある内視鏡創閉鎖用クリップの開発が求められている.その開発には,現存する鉗子チャンネルを介した内視鏡用クリップの縫合強度について,自動牽引機{電動計測スタンドMX2-500N(IMADA)}を購入し,計測した基盤データを提携企業と共有することで開発過程の道筋になりうる(Figure 8).このような医師主導による工学的アプローチも,風通しの良い医工連携を進める上で一つの鍵になると期待される.

Figure 8 

内視鏡用クリップの縫合強度試験.

a:医師主導の自動牽引機{電動計測スタンドMX2-500N(株式会社IMADA)}による牽引試験.

b:試験方法:シリコンゴムの辺縁より3mm部分にクリッピング,シリコンゴムを台座に固定,クリップを把持し自動牽引機で上方牽引.

c:解析波形より最大値(黒矢印)を牽引強度(Newton)として自動算出.

‘自分のアイデアをモノにしたい’と大志を抱いても何から始めるのかのアクションが分からないことも多い.筆者も,最初の入口を探すことから始まった.まずは異分野部門を繋げるコーディネーターをみつけることである.多職種チームをまとめる研究代表者には,責任感,実行力,協調性などの豊かな人間性も求められる.これまでに筆者も企業が簡単に個人と業務提携してもらえる訳ではないことを経験してきた.企業が求めるパートナーは,学会,論文等の学術活動へのアクティビティを備えているかも勘案事項の一つになると聞く.機器の上市化に至るまでのプロセスに重要な要素は,「社会的ニーズ」「市場性」「特許性」「スピード」である.社会的ニーズに合う創出アイデアは,知財センターを介して提携企業に開示する前にNDAを締結の上,開示することから始まる.提携企業の決定後,「市場性」,「特許性」につき企業,知財センターとともにリサーチする.方向性が決まればロードマップを作成しスピード感を持って開発を進めることが肝要である.可能なら研究開発資金をAMEDにアプローチし,確保することで企業との連携力が強まるものと思われる.

Ⅷ 最後に

消化器内視鏡診療は,医工連携とともに発展してきた事実がある.国の支援下にアイデアを広く拾い上げるAMEDの仕組みや産学官の医工連携コンソーシアムが整備されつつあり,新規医療機器開発は,内視鏡医にとってチャンスの時代でもある.一方で,臨床現場で創出されるアイデアの社会実装化には,内視鏡医の次世代医療へ挑戦する志の高いマインドも求められる.学術力を高めつつ,その開発の窓口やプロセスをまず理解し,コーディネーターをみつけることが重要である.医工連携による内視鏡機器開発を強化していくことが,本邦の内視鏡技術の発展,産業の活性化ひいては患者への還元に繋がる.

謝 辞

本論文の推敲,医工連携プロジェクトにご協力頂いた以下の先生,企業に感謝の意を表する.

香川大学産学連携・知的財産センター 永冨太一教授,井上博之特命教授,知的財産コーディネーター 吉本篤規先生

香川大学医学部 消化器・神経内科 西山典子先生,藤原新太郎先生

大倉工業株式会社,富士システムズ株式会社

本研究の一部は,AMEDの課題番号JP21lm0203001の支援を受けた.

 

本論文内容に関連する著者の利益相反:なし

文 献
 
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