2024 Volume 66 Issue 6 Pages 1347-1356
近年,内視鏡診断が困難とされるHelicobacter. pylori未感染胃癌および除菌後胃癌が増加傾向であり,早期胃癌における新たな診断モダリティが求められている.筆者らは胃拡大内視鏡時に観察される微小血管内の赤血球の動きに着目し,新たな動的診断モダリティとして胃拡大内視鏡画像を用いた血流速度解析法を考案し,これまで検討を行ってきた.Pilot研究にて早期胃癌では斑状発赤や背景胃粘膜と比較して有意に胃粘膜血流速度が低下することを報告した後,より客観的な血流解析方法のため血流速度の自動解析が可能なソフトウェアを開発した.本稿では,胃拡大内視鏡画像を用いたソフトウェアによる血流速度解析方法の実際と早期胃癌の診断における有用性について概説する.
In recent years, there has been a notable rise in cases of Helicobacter pylori(HP)-uninfected and HP-eradicated early gastric cancer and, posing challenges for endoscopic diagnosis. Consequently, there is an immediate need for new diagnostic modalities for early gastric cancer. This study investigated the movement of red blood cells in gastric microvessels during gastric magnification endoscopy. We developed a novel diagnostic method for analyzing blood flow velocity using gastric magnification endoscopy images. This dynamic diagnostic modality has been investigated to date. In a pilot study, the authors reported a significant reduction in blood flow velocity in early gastric cancer compared to patchy redness and background gastric mucosa. Subsequently, we developed a software program capable of automated blood flow velocity analysis, enhancing the objectivity of the analysis method. This paper outlines the process of analyzing blood flow velocity in magnified gastric endoscopic images using a software program and underscores its utility in the diagnosis of early gastric cancer.
胃粘膜における血流量や血流速度について初めて解析が成されたのは,約30年以上前であり,水素ガスクリアランス法 1),臓器反射スペクトラム法 2),レーザー・ドップラー法 3)などに代表されるような様々な手法にて解析が行われてきた.しかし,測定対象の血管径が一定していない可能性や,手技自体がやや煩雑でありプローブの接触状況が測定に影響するなど,解析方法の限界があった.近年,内視鏡の技術は進歩し,早期胃癌の内視鏡診断においては,画像強調内視鏡観察(image enhanced endoscopy:IEE)および拡大内視鏡観察の有用性が多数報告されており,胃粘膜表層の微小血管構築像や表面微細構造の詳細な観察が可能となった.胃粘膜における拡大内視鏡観察では,しばしば微小血管内を走行する赤血球を視認することができる(電子動画 1).筆者らはこれらのリアルタイムに観察される赤血球の動きに着目し,これまでの静止画を基本とした内視鏡診断体系とは異なる新たな動的診断モダリティとして,胃拡大内視鏡画像を用いた血流速度解析法を考案し,これまで検討を行ってきた.本稿では,胃拡大内視鏡を用いた血流速度解析方法の実際,および早期胃癌の診断における血流解析の有用性,今後の展望について概説する.
電子動画 1
近年,Helicobacter. pylori(H. pylori)の感染率低下によって胃癌は減少傾向ではあるが,内視鏡診断が困難とされる未感染胃癌および除菌後胃癌が増加傾向である 4)~6).胃拡大内視鏡観察では,これらの早期胃癌に対してもその有用性が報告されており 5),7)~10),統一された拡大内視鏡診断体系としてMESDA-Gが普及している 8).しかし,拡大内視鏡観察を用いても診断が困難な早期胃癌が一定数存在するため,更なる内視鏡診断精度の向上や新たな診断モダリティが求められている 11).中でも,除菌後胃癌の内視鏡診断においては,胃炎の京都分類 12)で定義されている斑状発赤との鑑別が時に困難であり,日常臨床で遭遇する機会も多く,これらの鑑別診断については解決すべき課題の一つである.筆者らは,2020年よりFUJIFILMとの共同研究にて,浸水下最大倍率(約145倍)で撮影したBLI(blue laser imaging)併用拡大内視鏡(M-BLI)で撮影された動画を用いて,胃粘膜表層微小血管の血流速度を測定する方法を考案し検討を行ってきた.2021年には,早期胃癌(n=10)と斑状発赤(n=10)およびこれらの背景粘膜を対象としたpilot研究を行い,胃粘膜血流速度の比較検討を行った.その結果,斑状発赤と比較して,早期胃癌において有意に血流速度が低下することが明らかとなった(平均血流速度±SD:早期胃癌 vs. 斑状発赤=1481.0±283.9mm/sec vs. 3859.0±1003.8mm/sec,P<0.01).また,各群における背景粘膜との比についても検討を行ったところ早期胃癌において有意に低い値を示した(早期胃癌:0.39[範囲:0.27-0.62]vs. 斑状発赤:0.90[0.78-1.1],P<0.01) 13).本研究結果から,拡大内視鏡による血流速度解析が早期胃癌の診断に有用である可能性が示唆されたが,本研究における血流速度解析は,申請者らが独自に考案した方法(①血流速度計算の距離対照として1mmスケールを145倍の倍率で拡大撮影を行う.②動画を30フレーム/秒に分割し目視にて赤血球の移動距離を測定.③隣接フレームでの赤血球の位置変化を元に血流速度を計測)で行われたため,非効率的かつ測定バイアスが避けられない解析方法であった.
筆者らは,より客観的かつ正確な血流速度解析のため,血流速度の自動解析が可能なソフトウェアをFUJIFILMとの共同研究にて開発を行った(特願2021-182768)(電子動画 2).以下に血流解析ソフトにおける血流速度解析の実際を述べる.病変部をM-BLIにて撮影した動画(約5~10秒)をソフトウェアへ読み込ませると,一定の解析処理時間を経て,内視鏡動画が自動的に30フレーム/秒の静止画に分解され,1フレームごとの赤血球移動距離の差分を元に血流速度測定が算出される.赤血球移動距離の差分を算出する具体的な機序としては,隣接における赤血球を表す赤色成分の差が発生する部位で差分計算が行われ,差分領域の両端を特定して血流速度が算出される仕組みである.Figure 1にソフトウェアによる斑状発赤における解析結果画面例を示す.画面左側に算出された各測定部位における血流速度が表示され,表示された速度に相当する血流測定箇所が画面右側の画像上に赤丸(Figure 1,黄矢印)として表示される仕組みである.なお,リアルタイムに記録される内視鏡動画では当然ながら画像の平行移動・回転が発生するが,本システムでは平行移動成分については,自動で除去・補正が可能である.一方で,画像の回転やその他のノイズ(出血や粘液など)に関しては,現状補正機能は備わっていないため,赤血球移動の差分成分として誤検出される可能性がある.従って,血流速度が算出されたポイント(赤丸)が正しく微小血管直上に位置しているかを人間が判断し,誤検出データを除外する必要がある.血流測定は病変内の複数箇所で行われるが,当然ながら部位により血流速度値も若干異なってくることから,観察部全体の血流速度を反映するため複数箇所における測定値の平均値を算出するのが望ましい.血流速度平均値の測定箇所数については,①5箇所,②10箇所,③15箇所,④20箇所,⑤解析動画内測定可能点すべて,の5パターンで検討したところ,15箇所以上であれば各症例における平均血流速度値に顕著な誤差は無いことが統計学的に確認されたため,15箇所の血流速度の平均値を各症例の代表値として算出することとした.
電子動画 2
微小血管血流速度解析ソフトウェア解析結果画面.
画面左側に算出された各測定部位における血流速度が表示され,表示された速度に相当する血流測定箇所が画面右側の画像上に赤丸(黄矢印)として表示される.統計学的検討を行い,病変内における15箇所の血流速度の平均値を各症例の代表値として算出することとした.
筆者らは,早期胃癌における血流速度解析ソフトウェアの診断精度を検証するため,早期胃癌と鑑別を要する非腫瘍性病変である斑状発赤を比較対象として血流速度解析を行い,内視鏡医と診断精度の比較検討を行った 14).本検討では,当院にて2017年12月~2021年9月の間に浸水下最大倍率にてM-BLIを施行した分化型早期胃癌(n=31)と斑状発赤(n=40)を対象とした.ソフトウェア群では,算出された血流速度が,事前にtest data setで算出したcut off値(1.09mm/sec)よりも遅い場合には癌,早い場合には非癌(斑状発赤)と診断した.内視鏡医群では,9名の内視鏡医(内視鏡学会専門医:5名,非専門医:4名)が,ソフトウェア解析に使用したものと同一のM-BLI動画を順不同で閲覧し,MESDA-Gに準じて診断し,癌/非癌の判定を行った.その結果,感度/特異度/陽性的中率/陰性的中率はソフトウェア群では90.3/89.7/87.2/92.3%,内視鏡医群では77.9/ 85.0/80.3/78.3%(専門医:85.9/87.2/80.0/85.5%,非専門医:70.0/82.7/80.6/71.0%)であり,内視鏡医群と比較してソフトウェア群において良好な診断能を得ることができた.以上から,少数例かつ対象病変も限定的な検討ではあったが,前述したpilot研究との矛盾が無い結果が得られ,分化型早期胃癌の診断における血流解析ソフトウェアの有用性が示唆された.また,本検討において,内視鏡医の正診率が低い早期胃癌においてもソフトウェアが正診できた症例が一定数存在したことから,癌の内視鏡診断が困難な早期胃癌に関しても血流診断が有用である可能性が示唆された.以下に代表的な症例を2例提示する(Figure 2,3).
0-Ⅱc型分化型早期胃癌(H. pylori既感染).内視鏡医:9/9正診,ソフトウェア:正診.
a:体中部小彎前壁寄りに約10mmの弱発赤調で辺縁隆起を伴う不整な陥凹性病変を認めた.
b:M-BLIでは,DLは陽性で,MVとMSは共にirregularでありMESDA-Gでの癌の診断は容易であった.
c,b:黄四角部拡大図.
d:ソフトウェア解析による,病変内部15箇所の血流速度の平均値は924.1um/sec(<cut off:1090.9um/sec)であり,癌と診断が可能であった.
e:病理組織学的所見では,高分化腺癌の増生を認め,腫瘍は粘膜内に留まっていた.不整の強い腺管構造に伴い,粘膜内の腫瘍血管が口径不同や不整な蛇行を呈したため,赤血球の移動速度が低下した可能性が考えられた.
0-Ⅱc型分化型早期胃癌(H. pylori既感染).内視鏡医:5/9名正診,ソフトウェア:正診.
a:前庭部大彎後壁寄りに約10mmで弱発赤調の平坦陥凹性病変を認めた.
b:M-BLIでは,DLは同定可能であったが,MSの不整に乏しく,MVでは形状不均一は軽度であり,内視鏡医9名中4名が非癌と誤診した.
c,b:黄四角部拡大図.
d:ソフトウェア解析による,病変内部15箇所の血流速度の平均値は1020um/sec(<cut off:1090.9um/sec)であり,癌と診断が可能であった.
e:病理組織学的所見では,高分化腺癌の増生を認め,腫瘍は粘膜内に留まっていた.腫瘍は表層まで認められたが,表層の一部では異型度が低い腫瘍成分を認めた.表層の異型度は低いものの腫瘍血管の不整な蛇行により,赤血球の移動速度が低下した可能性が考えられた.
症例1(Figure 2)
内視鏡医:9/9正診,ソフトウェア:正診
80歳代,男性.H. pylori既感染.体中部小彎前壁寄りに約10mmの弱発赤調で辺縁隆起を伴う不整な陥凹性病変を認めた(Figure 2-a).M-BLIでは,demarcation line(DL)は陽性で,microvascular pattern(MV)とmicrosurface pattern(MS)は共にirregularでありMESDA-Gでの癌の診断は容易であったため(Figure 2-b,c),M-BLI動画を閲覧した内視鏡医9名全員が癌と正診した.ソフトウェアでは,DL内部15箇所の血流速度の平均値を算出したところ,平均血流速度値は924.1 um/sec(<cut off: 1090.9um/sec)であり,ソフトウェアにおいても癌と診断が可能であった(Figure 2-d).病理組織学的所見では,高分化腺癌の増生を認め,腫瘍は粘膜内に留まっていた(Figure 2-e).不整の強い腺管構造に伴い,粘膜内の腫瘍血管が口径不同や不整な蛇行を呈したため,赤血球の移動速度が低下した可能性が考えられた.
症例2(Figure 3)
内視鏡医:5/9名正診,ソフトウェア:正診
60歳代,男性.H. pylori既感染.前庭部大彎後壁寄りに約10mmで弱発赤調の平坦陥凹性病変を認めた(Figure 3-a).M-BLIではDLは同定可能であったが,MSの不整に乏しく,MVでは蛇行は目立つものの形状不均一は軽度であり,内視鏡医9名中4名(専門医:1名,非専門医3名)が非癌と誤診した(Figure 3-b,c).一方,ソフトウェアでは,DL内部15箇所の血流速度の平均値を算出したところ,1020um/sec(<cut off: 1090.9 um/sec)であり,癌と診断が可能であった(Figure 3-d).病理組織学的所見では,高分化腺癌の増生を認め,腫瘍は粘膜内に留まっていた.腫瘍は表層まで認められたが,表層の一部では異型度が低い腫瘍成分を認めた(Figure 3-e).表層の異型度は低いものの腫瘍血管の不整な蛇行により,赤血球の移動速度が低下した可能性が考えられた.
近年H. pylori除菌治療が普及し,H. pylori未感染胃癌およびH. pylori除菌後胃癌の症例数が増加傾向であるが,これらの早期胃癌においては,白色光観察のみならず拡大内視鏡観察を用いても癌の診断が困難な病変が多いことが報告されている 4),5),9)~11).筆者らの施設では,これまでにMESDA-Gにて診断が困難な病変(診断困難病変)を対象に,臨床病理学的・内視鏡的特徴について検討を行い報告してきた 11).当施設における診断困難病変は,組織学的に分化型腺癌,印環細胞癌,胃底腺型腺癌,胃底腺粘膜型腺癌の四つのタイプに分類され,MESDA-Gにて非癌と診断された原因を病理組織学的に検討したところ,印環細胞癌と胃底腺型腺癌では非腫瘍上皮の被覆が,分化型腺癌や胃底腺型粘膜型腺癌では腫瘍の異型度が低いことが主な要因と考えられ,拡大内視鏡診断を困難としていると考えられた 11).これらの診断困難病変に対して,血流解析ソフトウェアによる血流診断が有用であるか否かを検討するべく,当院における診断困難症例を対象に検討を行った.MESDA-Gで癌の診断が困難(DL陰性/DL陽性だがMVおよびMS共にregular or absent)であった早期胃癌を対象とし,病変部を撮影したNBI(narrow band imaging)併用拡大内視鏡(M-NBI)動画を使用し,ソフトウェアによる血流解析を行い,cut off値に準じて癌/非癌の判定を行った.なお,cut off値に関しては事前にtest data setにおけるM-NBI動画を使用して算出した値(1.189mm/sec)を使用した.診断困難症例は病理組織学的に①分化型腺癌,②印環細胞癌,③胃底腺型腺癌,④胃底腺粘膜型腺癌に分類された.検討の結果,ソフトウェアによる血流診断にて,分化型腺癌および印環細胞癌については全例が癌の正診が可能であった.また,各組織型別の平均血流速度を比較検討したところ,分化型腺癌が最も遅く,次いで印環細胞癌,胃底腺粘膜型腺癌,胃底腺型腺癌の順に血流速度が遅い結果であった.本検討結果から,診断困難病変であっても,腫瘍が表層に露出する分化型腺癌に関しては,血流診断が有用である可能性が示唆された.また,印環細胞癌に関しては表層が非腫瘍上皮に被覆されるにも関わらず全例が癌と正診できたため,その原因に関して病理組織学的検討を行ったところ,印環細胞癌では胃底腺型腺癌よりも,より表層上皮直下まで腫瘍が近接して増生する傾向にあったことから,表層の非腫瘍性の微小血管に修飾が加わり,血流速度に影響した可能性が考えられた(Figure 5,6,赤矢印部).今後はより症例を集積した上で,診断困難病変に対する血流診断の有用性について追加報告を予定している.
以下に代表的な診断困難症例を3例提示する(Figure 4,5,6).
MESDA-G診断困難症例.0-Ⅱc型 分化型早期胃癌(H. pylori既感染).
a:胃体中部小彎後壁に10mm大で弱発赤調の0-Ⅱc病変を認めた.
b:M-BLIでは,DLは陽性であったが,MVとMSに関しては軽度の不整を認めるもののregularと判断し,MESDA-Gでは非癌と診断した.
c:ソフトウェア解析による,病変内部15箇所の血流速度の平均値は1.094um/sec(<cut off:1.189um/sec)であり,癌と診断が可能であった.
d:病理組織学的所見では,高分化腺癌の増生を認め,腫瘍は粘膜内に留まっていた.腫瘍表層では部分的に異型度が低く,M-NBIにおいてMV・MSの不整に乏しかったと考えられた.血流速度が低下した原因としては,表層の異型度は低いものの腫瘍血管の蛇行や口径不同が存在したことにより,赤血球の移動速度が低下した可能性が考えられた.
MESDA-G診断困難症例.0-Ⅱb型 印環細胞癌(H. pylori既感染).
a:胃体下部大彎に5mm大で境界不明瞭な褪色調の0-Ⅱc病変を認めた.
b:DLは陰性であり,MVとMSはいずれもregularにてMESDA-Gでは非癌と診断した.
c:ソフトウェア解析による,病変内部15箇所の血流速度の平均値は0.975um/sec(<cut off:1.189um/sec)であり,癌と診断が可能であった.
d:病理組織学的所見では,粘膜内の浅層~中層を主体に印環細胞癌の増生を認めた.腫瘍は大部分で表層上皮直下まで近接しており,表層微小血管の構築に修飾がかかり,血流速度が低下した可能性が示唆された.
MESDA-G診断困難症例.0-Ⅱb型 胃底腺型腺癌(H. pylori未感染).
a:胃体中部大彎に7mm大で白色調の0-Ⅱb病変を認めた.
b:DLは陰性であり,MVとMSはいずれもregularにてMESDA-Gでは非癌と診断した.
c:ソフトウェア解析による,病変内部15箇所の血流速度の平均値は1.312um/sec(>cut off:1.189um/sec)であり,非癌と診断された.
d:病理組織学的所見では,粘膜内の中層~深層を主体に胃底腺型腺癌の増生を認め,一部でSM浅層(100um)までの浸潤を認めた.症例2と比較して,腫瘍は表層上皮から比較的離れた位置で増生しており,表層微小血管の構築への影響は少なく,背景粘膜と同程度の血流速度に留まっていた可能性が示唆された.
症例1(Figure 4)
MESDA-G診断困難症例,分化型腺癌
80歳代,男性,H. pylori既感染.胃体中部小彎後壁に10mm大で弱発赤調の0-Ⅱc病変を認めた(Figure 4-a).M-BLIでは,DLは陽性であったが,MVとMSに関しては軽度の不整を認めるもののregularと判断し,MESDA-Gでは非癌と診断した(Figure 4-b).一方,ソフトウェア解析による平均血流速度は1.094um/sec(<cut off:1.189um/sec)であり,癌と診断が可能であった(Figure 4-c).病理組織学的所見では,高分化腺癌の増生を認め,腫瘍は粘膜内に留まっていた(Figure 4-d).腫瘍表層では部分的に異型度が低く,M-NBIにおいてMV・MSの不整に乏しかったと考えられた.血流速度が低下した原因としては,表層の異型度は低いものの腫瘍血管の蛇行や口径不同が存在したことにより,赤血球の移動速度が低下した可能性が考えられた.
症例2(Figure 5)
MESDA-G診断困難症例,印環細胞癌
40歳代,女性,H. pylori既感染.胃体下部大彎に5mm大で境界不明瞭な褪色調の0-Ⅱc病変を認めた(Figure 5-a).M-BLIでは,DLは陰性であり,MVとMSはいずれもregularにてMESDA-Gでは非癌と診断した(Figure 5-b).一方,ソフトウェア解析による平均血流速度は0.975um/sec(<cut off:1.189um/sec)であり,癌と診断が可能であった(Figure 5-c).病理組織学的所見では,粘膜内の浅層~中層を主体に印環細胞癌の増生を認めた(Figure 5-d).腫瘍は大部分で表層上皮直下まで近接しており,表層微小血管の構築に修飾がかかり,血流速度が低下した可能性が示唆された.
症例3(Figure 6)
MESDA-G診断困難症例,胃底腺型腺癌
70歳代,女性,H. pylori未感染.胃体中部大彎に7mm大で白色調の0-Ⅱb病変を認めた(Figure 6-a).M-BLIでは,DLは陰性であり,MVとMSはいずれもregularにてMESDA-Gでは非癌と診断した(Figure 6-b).ソフトウェア解析においても,平均血流速度は1.312um/sec(>cut off:1.189um/sec)であり,非癌と診断された(Figure 6-c).病理組織学的所見では,粘膜内の中層~深層を主体に胃底腺型腺癌の増生を認め,一部でSM浅層(100um)までの浸潤を認めた(Figure 6-d).症例2と比較して,腫瘍は表層上皮から比較的離れた位置で増生しており,表層微小血管の構築への影響は少なく,背景粘膜と同程度の血流速度に留まっていた可能性が示唆された.
これらの検討結果から,ソフトウェアによる血流診断は早期胃癌の診断に有用な可能性が示唆されたが,いずれも単施設かつ症例数の限られた検討であり,対象病変も限定的であった.また,ノイズが少なく質の高い拡大内視鏡動画のみが解析可能であり,微小血管が視認できない病変は解析対象外であること等が研究の限界として挙げられた.今後は多施設かつ多数例での検討を行うと共に,ソフトウェア自体の解析能の改良(画像処理速度の改良,測定対象の選別能向上,リアルタイム血流診断など)が求められる.また,血流速度が早期胃癌において低下する物理的・科学的原理の病態についても未だ明らかとなっておらず今後の課題である.筆者らは現在,本稿で挙げた病変以外の様々な胃病変に対する解析も同時並行で進行中であり,非腫瘍性病変や,背景胃粘膜の血流と機能性消化管疾患や生活習慣病などの全身疾患との関連性,十二指腸や大腸などの他消化管臓器における血流動態などの解析を試みており,今後の検討結果が待たれる.
胃拡大内視鏡を用いた微小血管血流速度解析の有用性について概説した.胃粘膜血流の解析については,冒頭で解説したような様々な方法で解析が試みられてきたが,過去約30年に渡り新たな知見が得られていなかった.本稿で概説した血流速度解析ソフトウェアは,消化管粘膜を動的に診断できる全く新しい診断モダリティであり,今後更なる症例を集積した上で,新たな動的診断体系の構築とその臨床応用が望まれる.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし
補足資料
電子動画 1 胃拡大内視鏡における赤血球の動き.
Blue laser imaging併用拡大内視鏡(浸水下最大倍率)において,表層微小血管内の赤血球の動きが視認可能である.
電子動画 2 微小血管血流速度解析ソフトウェア解析動画.
病変部を撮影した拡大内視鏡動画をソフトウェアへ読み込ませると,内視鏡動画が自動的に30フレーム/秒の静止画に分解され,1フレームごとの赤血球移動距離の差分を元に血流速度測定が算出される.