2025 Volume 67 Issue 3 Pages 220-225
症例は79歳男性.吐血,出血性ショックにて受診.緊急内視鏡で噴門部後壁と体上部小彎にA1stage潰瘍と露出血管を認め,止血鉗子で電気凝固止血術を行った.止血後に造影CT検査を行ったところ,門脈ガス血症と胃粘膜の浮腫を認めた.保存的加療で,門脈ガスは消失し,腸管にも壊死等を認めなかった.門脈ガス血症は様々な消化管疾患の徴候とされ,腸管壊死が原因の場合は予後不良とされる.本症例は深い胃潰瘍に対する電気凝固止血術中に,空気送気による胃内圧の上昇のため露出血管から空気が門脈に侵入し生じたと考えられた.稀に胃潰瘍止血術中に門脈ガス血症を生じうるため,肺や脳血管の空気塞栓リスクを回避するためCO2送気での止血術が推奨される.
A 79-year-old male patient was admitted to the hospital with hematemesis and hemorrhagic shock. Emergency endoscopy revealed an A1 stage ulcer with exposed blood vessels on the posterior wall of the cardia and lesser curvature of the upper gastric body. Hemostasis was achieved via electrostatic coagulation using hemostatic forceps. Following hemostasis, contrast-enhanced CT revealed portal venous gasemia and gastric mucosal edema. Conservative management resulted in portal venous gas resolution without intestinal necrosis. Portal venous gasemia, a potential indicator of various gastrointestinal disorders, is often associated with poor prognosis when caused by intestinal necrosis. In this case, portal venous gasemia probably occurred during electrocoagulation hemostasis for the deep gastric ulcer. Air may have entered the portal vein from an exposed blood vessel because of the increased intragastric pressure resulting from air insufflation. Although rare, portal venous gasemia can occur during gastric ulcer hemostasis; therefore, CO2 insufflation is recommended to mitigate the risk of air embolism in the lungs and cerebrovascular vessels.
門脈ガス血症(hepatic portal venous gas:HPVG)は様々な原因で生じ,腸管壊死が原因の場合死亡率が75%と予後不良である 1).上部消化管関連の誘因として,内視鏡的逆行性膵胆管造影法(ERCP)関連 2),虚血性胃症 3),胃瘻造設後の発症 4)の報告がある.今回われわれは,出血性胃潰瘍に対して止血鉗子にて内視鏡的電気凝固止血を行った後にHPVGを確認し,速やかに改善した1例を経験したので報告する.
79歳男性.
主訴:吐血.
既往歴:陳旧性心筋梗塞でチクロピジン,アスピリン100mg腸溶錠内服.制酸剤の内服歴なし.ヘリコバクターピロリ除菌歴なし.
現病歴:高血圧,陳旧性心筋梗塞で当院通院中であった.明らかな腹痛や飲酒歴,繰り返す嘔吐はなく,1回の鮮紅色の吐血と血圧低下あり,当院へ救急搬送となった.
現症:BP 83/57mmHg,HR 120/分.上腹部に軽度圧痛あり,筋性防御なし.
経過:入院時臨床検査成績では,BUN 22.4mg/dL,Cre 1.25mg/dLと軽度上昇,Hb 10.4g/dLと貧血を認めた(Table 1).ヘリコバクターピロリ抗体が陽性であった(Table 1).夜間であり,空気送気で緊急上部消化管内視鏡検査を施行,体上部後壁にA1stage潰瘍と露出血管を認め,高周波止血鉗子(Coagrasper:オリンパス社)を用いてモノポーラSoftCoag E7.0にて止血,体上部小彎にもA1stage潰瘍を認め,同様に止血鉗子で電気凝固止血術を行った(Figure 1).所要時間は20分程度で易出血性のため2カ所深めに凝固を行ったが特に合併症を認めなかった.潰瘍が深いこともあり,穿孔有無の確認のため,内視鏡検査の2時間後に造影CT検査を行ったところ,HPVGと胃粘膜の浮腫を認めた(Figure 2).肺や脳に空気塞栓は認めなかった.フリーエアや腸管気腫,血栓症を認めず,絶食として保存的加療とした.第4病日のCT検査では門脈ガスは消失しており,腸管にも壊死等を認めなかった(Figure 3).第5病日に施行した上部消化管内視鏡検査では潰瘍は深掘れを呈していたが,再出血を認めず(Figure 4),病理検査でも悪性所見は認めなかった.食事摂取で問題なく,第10病日に退院となった.その後,除菌治療が行われている.

入院時臨床検査成績.
軽度の貧血とBUN,Creの上昇を認めた.抗ヘリコバクターピロリ抗体は陽性であった.

緊急上部消化管内視鏡所見.
噴門部後壁(a),体上部小彎(c)にA1潰瘍と湧出性出血(矢印)を認め,それぞれ凝固止血を行った(b,d).

腹部造影CT検査.
左葉腹側を中心に門脈ガス像と胃壁に浮腫(矢印)を認めた.上腸間膜動脈,腸間膜,小腸にガス像を認めなかった.

腹部造影CT検査.
第5病日の造影CT画像を示す.門脈気腫は消失していた.

上部内視鏡検査.
第4病日の噴門部(a),体上部小彎(b)の内視鏡像を示す.噴門部後壁(a)の潰瘍底は深いが明らかな穿孔所見は認めなかった.
HPVGは様々な消化管疾患の徴候であり,腸管壊死が原因の場合は予後不良とされ,Liebmanらの報告では死亡率は75%とされている 1).その病態は,1)消化管粘膜の破壊により嫌気性菌が門脈へ侵入,2)腸管内圧の上昇により空気が侵入,3)腹腔内感染症による敗血症の3つが考えられている.上部消化管が誘因となるHPVGの原因として,ERCP 2),αグルコシダーゼ阻害剤,DPP4阻害剤 5),6),虚血性胃症 3),気腫性胃炎 7)~10),胃瘻造設 4),11)~13),神経性食思不振症 14),15)の報告がみられる.内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)による胃穿孔で発症した報告もあり 16),深い潰瘍はHPVGのリスクと考える.本症例は,HPVGではあるが,上部消化管内視鏡検査,止血術中の送気ガス(空気)が強制的に大量に門脈内に流入し血管塞栓を生じた病態であり,通常報告されている,腸管壊死や腸管(胃)気腫症など消化管壁や消化管病変に発生した気体が門脈に流入した病態とは異なると考える.後者は予後不良であり,腸管切除が必要であった症例の死亡率は35.3%の報告がある 17).前者においては門脈に限らず,全身の血管に空気塞栓を来すリスクが報告されており 18),Wardhanらは,内視鏡送気によって胃内圧が非常に高くなり,その結果静脈ガス塞栓が生じると報告しており 19)内視鏡治療時はCO2の使用が推奨されている.本症例は最初は夜間緊急時であり内視鏡時にCO2が使用されなかった.そのことがHPVGの一因となったことも否定できず,2回目以降の内視鏡はCO2下に行うようにした.本症例においては,全身のCT検査がなされたが,脳血管や肺動静脈など,他の血管への空気塞栓を認めなかったことが全身状態の悪化に至らなかった一因と考えられる.ESDやERCPに限らず,長時間の内視鏡治療時はCO2の使用が望ましい.
本症例は体上部噴門部近くであり,マロリーワイス症候群の可能性も否定はできないが,飲酒や繰り返す嘔吐がなく,多発性であり,胃潰瘍と診断した.マロリーワイス症候群における門脈ガス血症の報告もなく,胃潰瘍処置に伴う門脈ガス血症と診断するのが妥当と思われた.
内視鏡治療におけるガス塞栓,空気塞栓の報告は多数あり,医中誌で「空気塞栓」「内視鏡治療」をkey wordとして検索したところ(会議録を除く),1994年から2023年まで147件の報告があった.多くは腹腔鏡や気管支鏡に関わるものであるが,消化管内視鏡検査中 20)や十二指腸潰瘍処置中 21),内視鏡的乳頭切開術中 22),内視鏡的静脈瘤結紮術に伴って 23)空気塞栓を生じた報告もあり注意を要する.さらに「門脈ガス血症」「胃潰瘍」をkey wordとして検索したところ(会議録を除く),1991年から2023年までに17件の報告を認めた.胃潰瘍穿孔にてHPVGを合併して手術となった報告 24)~26),胃瘻造設後に発症した報告 27)があったが,止血後に生じた報告は1件のみであった 28).その報告では食道癌化学療法中の胃潰瘍止血後3日後の発症であり,止血処置が直接の原因とは考えにくいと思われた.また,PubMedで「hepatic portal venous gas」「gastric ulcer」をkey wordとして検索したところ,1993年から2022年までに16件の報告があったが,潰瘍出血に伴う発症は1件であった 29).出血性胃潰瘍止血後に穿孔を疑う腹部症状がなければCT検査を行うことが少ないことが,報告が少ない理由と考えられる.また,高齢,胃瘻,経管栄養中,透析中,神経性食思不振症など全身状態不良の患者に発生している傾向があり低栄養が関与している可能性がある.
内視鏡関連や治療手技関連のHPVGでは,肺や脳血管などの空気塞栓がなければ保存的な治療でよいと考える.本症例は抗凝固治療中であり,空気送気で深い胃潰瘍に対して止血凝固を2カ所に対して行ったことにより,胃内圧の上昇と露出血管からの空気の侵入によって生じたと考えられた.また,症状に乏しく,CT検査を行わなければ見過ごされていた可能性が高い.稀に胃潰瘍止血術中にHPVGを生じうることがあり,注意を要する.
内視鏡的電気凝固止血術後に門脈気腫症を生じた出血性胃潰瘍の1例を経験した.稀に胃潰瘍止血術中にHPVGを生じうるため,肺や脳血管の空気塞栓リスクを回避するためCO2送気での止血術が推奨される.
本論文要旨は第171回日本消化器内視鏡学会東北支部例会において発表した.
本論文内容に関連する著者の利益相反:なし