2023 Volume 30 Pages 8-12
酵素含浸したゴボウの軟化と酸味の関係
中津沙弥香,柴田賢哉
Relationship between softening and sourness of burdock roots prepared with enzymatic impregnation
Sayaka Nakatsu, Kenya Shibata
When plant foodstuffs were softened by freeze-thaw impregnation with macerating enzymes, it was often a problem that sourness was generated with the softening. In this study, we investigated the change over time in firmness and galacturonic acid content due to enzymatic reactions in burdock roots. As a result, more than 50% of the change in firmness occurred within 24 hours, but the galacturonic acid was produced in large amounts after 24 hours. A high correlation was observed between the pH value of burdock roots and the galacturonic acid included therein, indicating that the production of galacturonic acid during the enzymatic reaction process was one cause of the sourness. The results suggested that the promotion of softening using the enzymes with a citric acid-sodium citrate buffer can suppress excessive production of galacturonic acid and reduce the sourness.
Key words: freeze-thaw impregnation, macerating enzymes,softening,sourness,galacturonic acid,burdock roots
キーワード:凍結含浸法,酵素,軟化,酸味,ガラクツロン酸,ゴボウ
凍結含浸法は広島県独自の物質導入技術である1).酵素のような高分子物質でも,低粘度の液体であれば食品素材の外観を損なわずに内部まで導入させることができる2).そのため,見た目の良い介護食の製造技術として広く認知されて実用化が進んできた3).野菜の軟化においては,食品添加物であるペクチナーゼやセルラーゼなどの植物組織崩壊酵素の水溶液を含浸して酵素反応させる4).植物組織崩壊酵素は,植物素材のピューレやジュースの製造において,濁りを防止あるいは排水や廃棄物量を軽減する目的で利用されている5)~7).その他の食品工業利用として,粉末素材のベースとなる単細胞化した野菜類の製造においては,香りや色の劣化が少ないことが報告されている8).これまでに,様々な酵素製剤メーカーの酵素を用いて,根菜類,イモ類,穀類,葉茎菜類,果菜類,菌糸類と多くの植物素材に含浸させて,その形状を維持したまま軟らかくできることを確認してきた9)10).しかし,素材の種類や作製条件によっては,軟化に伴い酸味が発生することがしばしば課題となった.酸味は,野菜にとって好ましくない印象を持たれることが多い11)12).そこで本研究では,軟化と酸味生成の関係を明らかにし,その解決方法を見出すことを目的とした.本報では,植物素材の中でも,酸味を感じやすいゴボウを対象に実験した.その結果を報告する.
実験材料および方法
1.材料調製
実験材料のゴボウは,青森県産の生鮮品を使用した.剝皮後,繊維方向と垂直に厚さ10 ㎜に切断し,直径1.5~2.0 ㎜の大きさのゴボウを選抜した.100℃の水で10分間煮沸し,-20℃の冷凍冷蔵庫(CT-3213,日本フリーザー)で一晩以上凍結後,常温で完全解凍したものを減圧含浸に用いる試料とした.
2.含浸溶液の調製
酵素製剤には,Aspergillus niger 由来のヘミセルラーゼ「アマノ」90(天野エンザイム)とRhizopus sp.由来のマセロチーム2A(ヤクルト薬品工業)を用いた.精製水,50 mMクエン酸緩衝液(pH6.1)および50 mMクエン酸緩衝液(pH5.5)のいずれかに1.0 %(w/v)となるよう酵素製剤を溶解させて含浸溶液を作製した.精製水に1.0 %(w/v)のヘミセルラーゼ「アマノ」90を溶解させた酵素溶液はpH5.5,マセロチーム2AではpH6.9であった.
3.減圧含浸,酵素反応および酵素失活
解凍したゴボウと含浸溶液をビーカーに入れ,減圧含浸時にゴボウが水面に浮き上がるのを防ぐためのステンレス製の網を被せて完全に浸漬させた状態で25℃の室温で10分間静置してから10 kPaの真空槽に5分間静置し,5秒間かけて常圧復帰させて減圧含浸処理を行った.含浸溶液から取り出したゴボウは,アルミバットに並べて4 ℃で所定の時間,冷蔵庫(LTI-600SD,東京理化器械)で酵素反応した.反応後は,100℃で10分間蒸煮処理(TSCO-2EB,タニコー)して酵素失活させ,これを硬さ,ガラクツロン酸およびpHの測定用試料とした.
4.硬さの測定
硬さは,テンシプレッサー(TTP-50BXⅡ,タケトモ電機)の1バイト解析により測定した.室温に30分以上静置し,直径3 mmの円柱型プランジャーで,10 mm/sの移動速度で試料の厚さ70 %まで貫入させたときの最大応力を硬さとし,10個体の平均値を算出した.
5.ガラクツロン酸の測定
20 gの試料に対して100 gの精製水を加えた後,ハイブリッド高速冷却遠心機を用いて2 290×gで10分間遠心して(6200,久保田商事)得られた上清を,孔径0.45 μmのメンブレンフィルター (DismicⓇ-25CS, アドバンテック東洋)に通して測定用試料を得た.ガラクツロン酸の測定にはHP3Dキャピラリー電気泳動装置(G1601A,Hewlett-packard)を用いた.測定条件は,Soga and Heiger (1998)に準じた13) .3回測定した平均値を試料の値とした.
キャピラリー:Fused Silica Capillary(i.d.50μm×length 72 ㎝ (total length 80.5㎝)
泳動緩衝溶液:pH12.1に調製した 0.5 mM セチルトリメチルアンモニウムブロマイド(東京化学)を含む20 mM 2, 6-ピリジンカルボン酸(和光純薬)溶液
試料注入方法:加圧法50 mbar×6秒
キャピラリー温度:20℃
泳動電圧:-25kV
検出波長:350 nm(Reference 275 nm)
6.pHの測定
20 gの試料を粉砕して,ハイブリッド高速冷却遠心機を用いて2 290×gで10分間遠心して(6200,久保田商事)得られた上清をpH測定用試料とした.
7.統計解析
統計解析には,エクセル統計解析(Version4,株式会社社会情報サービス)を用いた.各反応時間におけるゴボウの硬さについてはStudentのt検定を用いて有意差検定した.有意水準は5 %(p<0.05)とした.
実験結果および考察
1.ゴボウの硬さと酸味の関係
ヘミセルラーゼ「アマノ」90(天野エンザイム)とマセロチーム2A(ヤクルト薬品工業)は,いずれも多くの野菜に対して軟化効果の高い酵素製剤である.これら酵素製剤を,それぞれ1%(w/v)となるように精製水に溶解させて含浸させたゴボウの硬さ,ガラクツロン酸含有量およびpHの関係を図1に示す.図1a)の硬さについては,反応時間12時間と24時間において有意差が認められ,マセロチーム2Aの方がヘミセルラーゼ「アマノ」90に比べて値が小さかった.反応72時間になると,いずれも6.0×10 4N/m2付近に収束したことから,これ以上の反応時間の延長による軟化効果は少ないと考えられた.ガラクツロン酸については,反応0時間では検出されず,酵素反応時間が長くなるにつれて含有量が増加する傾向を示した(図1b)).ガラクツロン酸の含有量は,反応時間24時間までは酵素製剤による違いは認められず,24時間で0.012 g/ 100 gであった.反応時間が48~72時間と長くなると,ヘミセルラーゼ「アマノ」90の方がマセロチーム2Aに比べてガラクツロン酸含有量の値が高くなった.実際にこれらのゴボウを試食してみると,酸味が強く好ましい呈味ではなかった.図1c)の結果から,酸味の原因は,ゴボウに含まれるガラクツロン酸増加によるpHの低下であることが示唆された.このことについては酵素製剤による違いはなく,pHの値はガラクツロン酸の量に対応していた.なお,反応0時間でヘミセルラーゼ「アマノ」90(天野エンザイム)で処理したゴボウがpH6.1,マセロチーム2AでpH6.4と値が異なったのは,酵素溶液のpHがそれぞれpH5.5,pH6.9と異なっていたためと考えられた.ここで用いた酵素液は,精製水に溶解させたもので緩衝能がなく,ゴボウに含まれる水溶性成分によって容易にpHが変動したと考えられた.
本結果から,いずれの酵素製剤を用いても,24時間以上の酵素反応は,より多くのガラクツロン酸を生成させる原因になり得ることが示唆された.ガラクツロン酸溶液を作製して,官能により酸味を感じる溶液濃度を確認したところ,0.01g~0.02 g/100 gであった.従って,24時間以内の酵素反応時間の設定が,軟化に伴う酸味生成抑制に寄与すると考えられた.
2.クエン酸緩衝液と酵素の併用による軟化と酸味抑制の両立
図1の結果から,pHの低下を抑制することも酸味抑制に有効であることが示唆された.そこで,緩衝能のある50 mMクエン酸緩衝液と緩衝能のない精製水を用い



て,それぞれ同じpH5.5に調製した酵素溶液をゴボウに含浸させ,反応時間に応じて変化する硬さとpHの関係性を考察した.反応時間は,先ほどの結果から24時間までとし,6時間毎に測定値を得た.結果を図2に示す.硬さの値に有意差はなかったが,反応時間が長くなるにつれて値の差が大きくなり,24時間でpH5.5クエン酸緩衝液を用いた試料で5.9×10 4N/m2,精製水を用いた試料で11.1×10 4N/m2と約2倍近く異なる値となった.逆にpHの値は,反応0時間ではpH5.5クエン酸緩衝液でpH5.4,精製水でpH6.1だったが,12時間後にはいずれもpH5.0になり,24時間後にはいずれもpH4.9となった.24時間後のpHの値がほぼ同等となったのは,酵素反応による分解生成物であるガラクツロン酸の生成量がほぼ同程度であったためと考えられた.一方,酵素による分解程度が同等であっても,クエン酸緩衝液を用いた試料では,クエン酸がゴボウ中のカルシウムイオンをキレートすることで,ペクチン鎖間の架橋結合を阻害し,酵素分解作用に加えて組織を脆くさせたために,結果として硬さの値が小さくなったと考えられた.この結果は,過去の研究結果とも合致している14).本研究から,酵素とクエン酸緩衝液を併用させた軟化促進は,単に軟化効果を向上させるだけでなく,必要な反応時間を短縮させることで過度なガラクツロン酸の生成を抑制し,酸味による呈味性低下抑制にも寄与できることが示唆された.
軟化酵素を使った食品素材の作製においては,食感と直結する軟化度の制御が重要であるのは勿論のこと,その外観や呈味を良好に保つことも同様に重要である15).本結果が酵素を用いた食品の開発や改良の一助となれば幸いである.
要 約
植物組織崩壊酵素を凍結含浸して植物素材を軟化させると,軟化に伴って酸味が発生することがしばしば課題となっていた.本研究では,ゴボウを対象にして,酵素反応による硬さとガラクツロン酸含有量の経時変化を調べた.結果,硬さ変化の50%以上は24時間以内に起こるが,ガラクツロン酸の生成量が多かったのは24時間以降であった.ゴボウのpHの値とガラクツロン酸含有量に高い相関性が認められたことから,酵素反応過程でのガラクツロン酸の生成が酸味の一因になっていると考えられた.対処策として,クエン酸緩衝液を酵素と併用させて軟化を促進することで,過度なガラクツロン酸生成を抑制して酸味による呈味性低下を抑制できることが示唆された.
文 献