Public Health Nursing Education
Online ISSN : 2433-6890
Project Reports
Process for the Establishment of Non-Displacement 28 Credits Advanced Curriculum in Public Health Nursing Education: From Summer Seminar for Faculty
[in Japanese]Chikako SatoMaya IwasaKyoko IzumiYuuko DoiIzumi WataiKazue Matsuo
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2019 Volume 3 Issue 1 Pages 35-38

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I. はじめに

教育体制委員会では,平成29年度の夏季教員研修会において「28単位読み替えなしの上乗せ保健師教育課程のカリキュラムの実際」をテーマに分科会を開催した.分科会では,上乗せ保健師教育課程により保健師教育を行っている教育機関における,指定規則28単位を読み替えずに構成するカリキュラムの実際から,その中核と多様性,運用上の課題について理解を深め,上乗せ保健師教育課程の推進について考えた.また,研修会同日に全国保健師教育機関協議会三役会と教育体制委員会の合同での緊急集会「保健師教育課程上乗せ(大学院&専攻科)設置相談会」を開催した.ここでは,上乗せ保健師教育課程の方略と設置認可の実際についての情報提供,個別相談会を実施し,上乗せ保健師教育課程に向けてのより具体的な方略の検討と情報共有を図った.

平成30年度は,昨年度の当委員会主催の分科会後のアンケートで要望が多かった,上乗せ保健師教育課程にあたっての大学内での協議や文部科学省への設置認可申請(課程変更申請)に関することを盛り込んだ分科会を企画した.本稿では,平成30年8月19日(日)13時30分~17時(於:新大阪丸ビル別館5-1号室)に実施した分科会の内容を報告し,上乗せ保健師教育課程の推進への示唆について述べる.

II. 分科会の概要

平成30年度の活動方針に基づき,本委員会が企画,実施した分科会のテーマ,目的,構成,および参加者数は次に示す通りであった.

【テーマ】

上乗せ保健師教育課程に向けたプロセスの実際

【目的】

上乗せ保健師教育課程に向けたプロセスの実際について理解を深め,上乗せ保健師教育課程に向けた検討や取り組みを行う一助とする.

【構成】

1.発表:上乗せ保健師教育課程に向けたプロセスの実際について,上乗せ保健師教育課程の設置申請をはじめ3大学院における上乗せ保健師教育課程を実施するまでの具体的なプロセス等について情報を共有した.

2.相談会:3グループ(上乗せ保健師教育課程実現のために必要な学内での調整に関する相談グループ,カリキュラムの作成に関する相談グループ,文部科学省への設置申請の準備に関する相談グループ)に分かれ,参加者の相談内容について回答を得た.

【参加者】

参加者は42人であった(事前申込37人,当日参加3人,講師3人,教育体制委員会委員6人).

相談会では「学内での調整に関する相談」に15人,「カリキュラムの作成に関する相談」に20人,「文部科学省への設置申請の準備に関する相談」に7人が参加した.

III. 分科会の内容

分科会の趣旨説明(教育体制委員会委員長 和泉京子)

趣旨を述べた後,上乗せ保健師教育課程の設置申請のプロセスを自身の経験を踏まえて説明し,参加者とその課程についての共通理解をはかった.

現行の保健師教育課程の形態を確認し,大学院での保健師教育を行うにあたり,文部科学省の大学設置基準の修士課程の修了要件30単位および保健師助産師看護師学校養成所指定規則28単位の合計58単位以上を読み替えなしで行うこと,上乗せの設置等の申請については,大学・大学院の設置認可申請等および文部科学大臣が指定する看護師学校等の指定申請等が必要になることの説明があった.

1. 発表「上乗せの保健師教育課程に向けたプロセスの実際」

1) 聖路加国際大学大学院~私立大学からの一例~(発表者:麻原きよみ氏)

大学院での保健師教育に至る経緯として,実習施設側からの実習人数の制限がかかったこと等から選択制をはじめたことが契機になったと語られた.その後,28単位の指定規則改正や看護師に必要な基礎的能力の獲得のための教育のあり方の検討が議論され,これら社会の動きを敏感に捉えた大学側からの投げかけがあり,そのタイミングを逃さずに働きかけたことが紹介された.

このようなタイミングを得るまでの取り組みとして,大学の文化であるリーダー育成と新しいことを先駆けて行うという考えに沿って,大学院での養成の重要性を働きかけていったこと,保健師教育に理解ある他教員の力(先行していた助産科大学院教授等の力)を得ること等が紹介された.

また,設置申請の際も育成する学生像,目指す大学院の姿について一貫した考えで臨んだことを強調された.

日頃から大学院教育について考え構想を練っておくこと,タイミングを逃さず働きかけること,教員側がぶれない一貫した考えを持つことが重要であるという報告がなされた.

2) 長崎県立大学大学院~公立大学からの一例~(発表者:久佐賀眞理氏)

大学院での保健師教育の検討は,大学法人が看護学科の大学院の充実を求めたことがきっかけとなり始まった.その推進のために,学外から経験豊富な人材を招いたこと,教員の育成したい保健師像を持ち内部で何度も保健師や保健活動の特性・看護師との違いを話し合ったこと,社会学に強い保健師の育成のために社会学系領域の教職員の協力を得たことが語られた.これらにより既存の看護学専攻の中に修士(看護学)と修士(公衆衛生看護学)の学位を設けることが可能になったことが紹介された.

大学教員の人員確保については,地方の大学では容易ではないが,大学内の他の学部と連携することで他にはない大学の特徴を作りだしアピールすることが大切であるということが報告された.

3) 大阪大学大学院~国立大学からの一例~(発表者:岡本玲子氏)

大学院で保健師教育を開始した理由には,健康問題の複雑・多様化,健康格差拡大への対応といった社会のニーズに応えることがあった.また高度化する医療等に備える学士課程の充実と実践力・研究力を備えた保健師の育成が必要だという思い,また大学のポリシーに則り大学のミッションを達成したいという強い思いがあったことが語られた.

設置にあたり,全国保健師教育機関協議会や全国助産師教育機関協議会でも大学院での教育を推進していること,現場から学部教育での保健師育成についての意見があったこと,またそれらのことについて大学の上層部の認識が一致していたことも影響したことが紹介された.

承認までのプロセスは,まず,保健領域の教員一人一人と話し合い合意を取り付け,次に学科長を説得するという方法で,段階的にしたことが語られた.また,看護学部の教授会では,大学院開設が必要とされる背景等の資料を準備して議論を重ね,入試方法や学生の質の保証について検討を重ねたこと,その上で,保健学科の将来委員会,教務委員会,医学部長はじめ様々な大学運営組織関係者と折衝を繰り返したことが紹介された.

2. 相談会

参加者からの相談に対し,既に上乗せ保健師教育課程を行っている大学院等の教員から回答があった.以下に主な相談の内容と回答を要約し示した.

1) 学内での調整に関する相談

内容:上乗せ保健師教育課程の意義について,他の看護の教員の理解や合意を得ることが困難ではないか.

回答:上乗せ保健師教育課程が必要なエビデンス(現場のニーズ・学生のニーズ),上乗せ保健師教育課程を実現した場合の入口と出口(就職,進学)の提示,育成する人材像の明文化,公衆衛生看護学担当教員がビジョンをもち根拠を示していくことが大切である.また,保健師教育だけ切り分けて議論するのではなく,看護基礎教育をどうすべきかを議論する中で保健師教育を考えることができれば他の教員の理解も得やすい.

内容:大学院での保健師育成を行うにあたり,学生の確保が困難ではないか.

回答:学部生向けの保健師進学説明会を充実させることや,修士論文の発表会を学部生にも公開すること,入学金の免除を検討すること,学部生の進学希望者に対する入学試験内容(試験科目や学部の成績の利用等)を検討すること等,入学しやすい仕組みを作る工夫が必要である.また,大学院修了の保健師は現場のリーダーとなる他,教員や厚生労働省の看護系技官等の職業選択の幅も広がることを,学部生に周知することも大切である.

2) カリキュラムの作成に関する相談

内容:実習を充実させることは必要であるが,現場は忙しく,学生が地区診断をして実習に臨むもののそれに対応してもらうことが困難な場合もあるのではないか.

回答:実習では,実習先の理解が最も重要であり,実習前後を含めた実習の組み立てをどのように行うかが大切である.実習受け入れについては,都道府県が調整している場合もあり,大学間で異なることもあるため,各都道府県の実情を踏まえたうえで調整することが大切である.

内容:大学院で保健師を育成した場合,研究をいかに行うのか.

回答:修士論文と課題研究との違いや各大学院のポリシーと照らし合わせカリキュラムを組み立てている.

3) 文部科学省への設置申請の準備に関する相談

内容:文部科学省に設置申請の相談をした際,学部で教育できない理由や大学院で行わなければならない理由を問われたが,どのように説明すればよいか.

回答:全国に共通する社会のニーズに加え,大学があるその地域の実情にあった理由や独自のニーズを提示することが必要である.具体的には,大学のある地域や近郊の健康指標や入学する側の学生と採用する側のニーズ等をまとめることである.

実際に都道府県に対しどのような保健師を求めているのかといったニーズ調査を実施した.

文部科学省に対し自信を持って説明するためには,現場と学生のニーズ,大学のポリシーや特徴に合った保健師像に不可欠な要素等を際立たせ,概念図(ポンチ絵)を示す等して,なぜ大学院で保健師育成を行うのかというビジョンやポリシーを強固なものにしておくことが重要である.

IV. 分科会の成果と上乗せ保健師教育課程推進のための示唆

分科会の中で語られたことから,上乗せ保健師教育課程の推進のためには,教員のぶれない思いや信念を根底にし,その上で以下の4つのポイントを意識して取り組むことが示された.

1. ニーズやデータの分析を行い,それらを見える化する

上乗せ保健師教育課程,大学院教育の必要性については,根拠を基に看護教員や他学部教員,大学運営組織等に示す必要がある.それは,日本における保健・医療・福祉の現状だけでなく,大学が位置する都道府県や地域の現状の分析からその地域特有の健康課題を示すことである.また,現場ではどのような保健師を求めているかといったニーズ分析も必要である.また,これらのプロセスにおいて,ニーズやデータ分析の結果を見える化して,いかに分かりやすく上乗せ保健師教育課程が必要であるかを示すことも重要である.さらに,大学設立の理由,大学の使命,ポリシーをふまえながら,大学のロケーションや看護以外の教員の特徴等,自校の強みを活用しながらその大学ならではの上乗せ保健師教育課程を検討することが大切である.

2. 課題を予測し解決策を示す

上乗せ保健師教育課程を進める際に課題となる事象を事前に予測し,その解決策を提示することが重要である.課題として学生確保や教員確保,就職先の有無等が予測される.その対策の一つとして,学部生への積極的な説明が考えられる.大学院での保健師教育の必要性や大学が目指す保健師像,大学院への進学を考えるための材料の提供(大学院の講義を公開する等),入学試験の時期や内容,入学金・授業料等の費用,就職,大学院進学後のキャリアプラン等である.学部生だけでなく高校生や保護者へも同様の説明が有効であると思われる.

課題だけでなく,成果にも着目して提案したい.今回の発表では,保健師教育を学部で行っていた時よりも大学院で行ってからの方が保健師で就職する数が増えていること,就職後に現場とのギャップがないこと等が報告された.このような成果を示すことも解決策の一つになると考える.

3. 共通理解・賛同を得る

保健師教育にたずさわる教員の思いの一致は当然であるが,学内で共通理解し賛同を得るための取り組みを丁寧に行うべきである.「保健師とは」「保健活動とは」「看護師との違いとは」等,これらについて十分話し合うことが他の看護教員や他学部教員の理解を得る第一歩となり,今後の学内,大学運営組織への説明材料の基盤となる.また保健師教育のみの視点ではなく,「看護基礎教育はどうあるべきか」,「4年間で充実した看護基礎教育を行うことの重要性」という方向から理解を得ることが重要である.同じ看護職として看護基礎教育のあるべき姿の共通理解に立ち,その上で保健師教育のあり方を議論し,上乗せ保健師教育課程への賛同を得ていきたい.

4. タイミングを逃さない

上乗せ保健師教育課程を進める上で「今,この時」というタイミングがある.それは大学全体のあり方を考える時期であったり,看護師教育の充実等看護基礎教育全般を考える時期であったり,また全国保健師教育機関協議会や全国助産師教育機関協議会の動きであったり,現場からの声等様々である.社会全般,大学教育,現場の動きに敏感になること,それらの状況を察知できるように情報を集めておくことが大事である.今がチャンスと捉えその好機を逃さないようにすることが重要である.

V. あとがき

今回の分科会から,公衆衛生看護を担当する教員は,上乗せ保健師教育課程を推進するには,その必要性を明確な根拠に基づき示し,緻密な準備と様々な方略を駆使しながら,熱い思いを持って臨むことの重要性が確認できた.この分科会から考えられた具体的な方略は,上乗せ保健師教育課程の確実な前進のために活用できるものであると考えている.事後のアンケートの自由記載結果から,「具体的な取り組みを知ることができた」,「先行例は大変参考になった」という意見や「課題は山積しているが自分だけではないと少し安心した」,「お互いの苦悩を共有できた」という意見もあった.

上乗せ保健師教育課程に向けたプロセスの実際について理解を深める機会となり,また,上乗せ保健師教育課程に向けた具体的な検討や取り組みの実際を共有することができた.

 
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