2020 Volume 4 Issue 1 Pages 10-11
保健師活動は,保健婦規則制定時から一貫して社会のニーズ,行政施策の変遷と直接関連して国民的健康課題に取り組んできた.保健師が取り組む健康課題の変遷は図1の通りである.
保健師が取り組む 健康課題の変遷
(日本看護協会:平成23年度厚生労働省先駆的保健活動交流推進事業「市町村保健活動の在り方に関する検討会報告書」―保健師の実践力向上に係る保健活動の効率化・最適化への試み―)
その時代の健康課題は,その時その時問題の解決を見て,次の健康課題に向かったかと言うとそうではなく,当時の健康課題はむしろさらに困難度をあげ,各々が新たな健康課題として今日の取り組みを求めている実態である.つまり,伝染病防疫活動や結核対策は,現在は新型感染症やHIV対策,結核対策はホームレス問題や外国人労働者の問題にも及んでいる.また,母子保健においても栄養状態の改善や発達保障から,虐待防止や育児支援,或いはDV対策も求められている.健康づくりにおいても同様で,昭和53年開始の第一次国民健康づくり対策としての運動習慣の普及やバランスのとれた健康生活の啓発から,平成24年開始となる第2次健康日本21では健康格差の縮小や重症化予防が書き込まれ,医療費適正化が至上命題とされている.かつての健康課題はそれぞれが複雑多様になり積み重なってきたのが現実である.加えて,生活習慣病予防や介護予防,そして健康危機管理や自殺対策と新たな課題への対応が求められ,保健師の活動範囲は拡大するばかりである.
こうした変遷において,保健師は積極的にその活動を展開してきた.健康障害を抱えた本人を対象とするだけでなく,健康障害を生み出している条件やその健康問題を解決するために障害となる状況そのものを変えるために組織や集団,或いは一般の人々にも働きかけ,個々に問題に対応するだけでなく,行政として或いは組織として取り組みを推進する活動を担ってきたのである.
具体的には,乳児死亡が当たり前と思われていた時代に,子どもの事故が多い農繁期に季節保育所をつくり,事故を防止し,高齢者の寝たきりが当たり前とされていた時代に家庭訪問を重ね一人一人を起こしていくなど,人々の考え方や価値観を変え,必要な対策を具体的につくりだす取り組みが保健師により歴史的に行われていた.つまり,個々の問題に対応しつつ,必要な条件を整える,そのためには人々とともに共同し,制度やサービスを創出し,生活基盤を強化することで健康問題の予防にもつなげていたのである.
しかし今日,対人保健サービスを含む社会保障制度は充実し,様々な法制度が整えられ,関連施策はおびただしい数になっている.中央省庁では多種多様な審議会検討会が設けられ,多省多課から既成化された事業が,所謂「おりて」くる現状である.市町村の規模を問わず,常時40以上の“すべき”とされた保健関連の事業に追われている実情がある.
それでも保健師には,地域の実態に即した保健事業の展開と,地域住民との直接的な関係を構築した中から必要とするサービスの創出を期待されている.
一方,地域保健に関わる職種はこれも多種多様になっている.多くの関係者と連携し,時には関係事業者への保健事業の委託等,乳幼児死亡0を目指していた時代には無かったマネジメントを担う状況にある.
言うまでもなく,保健師は自己完結型の専門職ではない.一人で地区診断を行い,独自に健康課題を抽出できればそれでよいというわけにはいかない.効果的な健康支援を展開するために動ける実践力と,公の立場で必要な保健医療サービスを提供できるようコントロールしていく行政力,この2つを合わせて保健師力と考える.
そして,これらの基礎をつくる教育が免許取得前の保健師教育である.超少子高齢多死社会を迎え,保健医療制度はめまぐるしく変遷している.保健師学生が学ぶべき内容は当然のことながら増えている.先に述べたように現在保健師が対応している健康課題とその責任の範囲からも,保健師の仕事はちょっと勉強すれば誰にでもできる簡単な仕事ではない.資質も必要であるし,一定の学習量も必要とする.
保健師の基礎教育において,「PDCAサイクルを回す」などと,抽象的なしかも保健師ではなくてもやっていることを講義するだけでは全く不足である.深刻な健康問題を抱えた人にどう向き合うのか,地域のキーパーソンと関係を築くにはどのようにアプローチしていくのか,行政や組織の中で制度やしくみはどのように機能するのか,基礎的な内容として考え方を理論的に押さえ,かつ実践的に学ばなくてはいけない.
人は「聞いたことは忘れる,見たことは覚えている,やったことは分かる」といわれている.実際の経験はなんだかんだ言っても重要である.また,座学で理解すればそれでできるのではなく,経験してみて分かることが実践科学といわれる看護領域の学習の胆であろう.「所詮すべてを経験させることはできない」と教育する側が早々とあきらめてはいけない.
現在,保健師教育の大部分は4年制大学の学部選択制で行われている.2009年保助看法の改正以降,学部選択制と同時に大学院での保健師教育も選択肢に上がった.将来を担う保健師を育てるため,志ある学生に適切な質と量の教育できるのは大学院教育だと考える.
しかし,まだまだ多くの保健師や保健師教育に携わる教員自身が「保健師の基礎教育は大学院」と認識していないのではないだろうか.
昭和23年保助看法制定時,当時まだ中学校を卒業し高校に進学する女子の割合が5割もなかった時代に,保健師教育は高校卒業し看護師の教育を3年経て,さらに6か月と規定されたのである.70年を経て現在,高校卒業女子の半数以上が大学に進学する中で,看護師教育の約3分の1は4年制大学となっている.学部4年看護師教育のオプション選択のような位置づけではなく,看護師資格がないと保健師資格は取得できないとする免許構造からも,保健師教育は大学院での教育以外に選択肢はないと考える.