2022 Volume 6 Issue 1 Pages 89-96
目的:第1波COVID-19流行下の保健所保健師の活動における学生の学びを明らかにし,第1波COVID-19流行下に実施した公衆衛生看護学実習の効果と今後の課題を検討する.
方法:2020年度保健師教育課程選択制履修者4年次生13名の実習記録とレポートを質的記述的に分析した.
結果:感染症保健活動の学びとして,4カテゴリー【コロナに脅える住民の沈静化】【患者に迅速かつ普段通りの対人支援姿勢】【迅速,確実な感染拡大防止】【個から地域を見据えた対応】が抽出された.健康危機管理活動の学びとして,4カテゴリー【医療資源の確保】【情報の一元化による共有と予測】【感染拡大を防止するための適切な人員配置】【通常の保健活動を堅持】が抽出された.
考察:学生は第1波COVID-19流行下に身を置き,健康危機を感じながらリアルタイムに現実的で具体的な保健師活動を学んでいた.その時にしか学ぶことができない保健師活動を学生に体験させる実習方法を今後も検討する必要がある.
新型コロナウイルス感染症(以下,COVID-19)は,世界各国で流行し,2020年3月11日には世界保健機関(WHO)によりパンデミックが宣言された(WHO, 2020).日本では,2020年4月7日に政府が緊急事態宣言を首都圏,関西圏等に,同月16日には全国に緊急事態宣言を発出した(内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室,2020).
COVID-19感染拡大の影響は教育にも及び,全国で看護学生の臨地実習ができない状況が発生した.日本看護系大学協議会の調査(2020)では,2020年4月から7月の間に,9割以上の大学で4年生の臨地実習が予定されていたが,予定通りに実施できたのはわずか1.9%であり,74.1%が学内での学習に変更していた.そのため,現場での実践体験が少ないまま就職すること等が懸念された(日本看護系大学協議会,2020).
本学においても,2020年はCOVID-19に学生も教員も今までにない経験を強いられた.講義・演習は,オンラインでの実施となり,学生と教員が対面での授業が実施できない日々が続き,保健師の実践力の獲得が危ぶまれた.このような中,臨地実習の実施も困難かと思われたが,実習施設である保健所や市町の理解を得て,公衆衛生看護学実習(以下,実習)を実施することができた.実習施設である保健所や市町は,感染症業務や通常の保健師活動で多忙であったにもかかわらず,「コロナ禍だからこそ,保健師活動を学生に見てほしい」と実習が受け入れられた.学生は,新たな感染症の脅威の中で,保健師がどのような動きや対応を行っているかを現場で見聞きできる貴重な学習の機会を得ることができた.
そこで,本研究では,第1波COVID-19流行下の保健所保健師の活動における学生の学びを明らかにする.それにより,第1波COVID-19流行下に実施した実習の効果と今後の課題を検討する.
本学の保健師教育課程区分は大学(選択制)である.3年次後期から公衆衛生看護学に関する科目の履修が開始され,実習は4年次前期に180時間4単位の必修科目となっている.実習目的である「地域特性を踏まえ,地域で生活する個人・家族・集団・地域を対象に保健医療福祉の一員として住民と協働して行う公衆衛生看護活動の展開に必要な基本的能力を養う.」を達成するために目標を設定している(表1).実習期間は4週間であり,現地オリエンテーションと地区踏査で1週間,保健所で1週間,市町で2週間の実習を例年実施している.保健所での実習内容は,主に結核,精神障害者,難病患者等に対する家庭訪問と事例検討の実施,各種連絡会への参加等である.健康危機管理では,学生が健康危機(災害・感染症等)発生時の地域の状況や保健師の実際の活動および健康危機に備えた予防活動の実際が理解できるように,統括保健師から公衆衛生看護管理の実際を聞くとともに,災害派遣にて健康危機対応を体験した保健師から説明を聞く内容となっている(表2).
【実習目的】 |
地域特性を踏まえ,地域で生活する個人・家族・集団・地域を対象に保健医療福祉の一員として住民と協働して行う公衆衛生看護活動の展開に必要な基本的能力を養う. |
【実習目標】 |
1.地域特性を踏まえ,地域の実態に応じた公衆衛生看護活動の展開を説明できる. |
2.地域で生活する個人・家族・集団を対象とした公衆衛生看護活動を実践できる. |
3.地域の健康課題解決に必要な社会資源を検討できる. |
4.保健所および保健センター,地域包括支援センターの機能を知り,保健医療福祉のヘルスケアシステムの中で保健師が果たす総合的調整機能を説明できる. |
従来の実習内容 | |
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通常業務に関する内容 | 感染症・精神・難病・母子保健活動についてのオリエンテーション 結核,精神障害者,難病患者等に対する家庭訪問と事例検討の実施 感染症診査協議会の見学 DOTSカンファレンスの参加 難病対策検討会の見学 精神障害者ピアサポーター連絡会の参加 健康教育(結核や食中毒等)の準備,実施 |
健康危機管理に関する内容 | 健康危機(災害・感染症等)の保健活動についてのオリエンテーション 災害時健康危機管理についてのオリエンテーション 豪雨災害派遣保健師の活動報告 避難所運営ゲームの体験 防護服着脱の体験 アイソレーターでの搬送訓練の体験 |
第1波COVID-19流行下に実施した実習内容 | |
第1波COVID-19に関する内容 | 健康危機(第1波COVID-19)発生時の保健活動についてのオリエンテーション 電話相談対応の見学 検査・受診調整の見学 疫学調査の見学 濃厚接触者の特定,検査,自宅待機中の健康観察の見学 患者の入院治療後の健康観察・電話相談の見学 PCR検査の見学 ドライブスルーPCR検査のデモンストレーションの実施 患者の搬送訓練の体験 クラスター対策・対応についての見学 健康危機管理連絡会やカンファレンスの見学 |
2020年度は,保健師教育課程選択制を履修する学生21名が実習地別の10グループに分かれて,5月18日~6月12日の4週間で保健所と市町の実習を実施する予定であった.しかし,4月16日に緊急事態宣言が発出され延期となった.その後,5月25日に緊急事態宣言が解除され,実習指導者と協議した結果,4年次6月に保健所での実習,4年次9月に市町での実習を実施することとなった.そして,6月1日~6月12日の2週間で1週間程度を県・中核市保健所の5施設で臨地実習を行い,残りの1週間は,学内で地域診断や健康教育の準備等を行った.学生には,実習終了後に,実習体験に基づく学びの内容を記述した課題レポート「新型コロナウイルス感染症の健康危機管理方法と保健師の役割」を提出させた.
2) 実習期間を含む2020年3月~7月の香川県におけるCOVID-19発生状況本学がある香川県における実習期間を含む2020年3月~7月のCOVID-19発生状況は,2020年3月は2件,4月は26件であった.4月は,県下の保育園でクラスターが発生し,濃厚接触者が180件近くに及んだ.その後,5月~6月までは0件を推移し,感染拡大の波を抑えている状況であった(香川県,2021;高松市,2021).実習は,このような状況の中で実施した.
2. 対象者2020年度保健師教育課程選択制履修者である4年次生21名のうち,研究の同意が得られ,分析対象資料となる実習記録と課題レポートの両方を研究者に提出した13名とした.
3. 調査期間2021年2月15日~2021年3月31日
4. 分析方法対象者13名の「実習記録と課題レポート」を基に次の分析を行った.
1)実習記録から学生の具体的な実習経験の内容を整理し,まとめた.実習時間は,6月1日~6月12日に実施した対象者13名全員の実習合計時間と,学生一人当たりの実習合計時間を,実習記録である実習計画表・報告書から算出した.また,これらの時間の中から,保健所での実習時間と割合,学生一人当たりの実習合計時間も同様に算出した.さらに,保健所における保健師活動と,その中でCOVID-19に関する保健師活動別の実習時間と割合を算出した.保健師活動は,厚生労働省の保健師活動領域調査の業務内容を参考に区分した(厚生労働省,2019).
2)課題レポート「新型コロナウイルス感染症の健康危機管理方法と保健師の役割」を質的記述的な手法を用いて分析した.第1に,課題レポートの内容から「第1波COVID-19流行下の保健所保健師の活動における学生の学び」の文脈を抽出してコード化した.第2に,コードの意味内容の類似性,相違性に着目して比較検討し,類似した意味内容を持つコードを集めて,サブカテゴリー,カテゴリーと抽象度を高めて整理した.分析過程では,COVID-19流行下での保健所保健師の活動経験や質的研究の経験がある複数の共同研究者間で繰り返し意味内容を確認し,類似性と相違性に注意しながら比較検討してサブカテゴリー,カテゴリーを見直した.また,分析の全過程において,質的研究に詳しい研究者のスーパーバイズを受けて厳密性の確保に努めた.
5. 倫理的配慮対象者には,研究の目的・内容を書面および口頭で説明した.本研究の分析対象は,学生の成績評定に用いる実習記録の一部であることから,対象者への研究に関する説明や協力依頼は,実習終了後の成績評定が終了した後に行った.対象者には,研究への参加は自由意思であること,参加の有無は成績には影響を及ぼさないこと,途中で辞退できること,辞退しても不利益は生じないこと,データの匿名性を厳守すること,研究成果の公表等について説明し,研究への参加は書面にて同意を得た.本研究は,香川県立保健医療大学倫理審査委員会の承認を得て実施した(2020年12月21日承認番号333).
6月1日~6月12日に実施した対象者13名全員の実習合計時間は,1,040時間(一人当たり80時間)であった.そのうち,保健所での実習時間は,515時間(49.5%)(一人当たり39.6時間)であった.保健所で最も多かった保健師活動別の実習時間は,地区管理が134時間(26.0%),次いで,オリエンテーションが88時間(17.1%),健康教育が80時間(15.5%),関係連絡が42時間(8.2%)であった(図1).学生は,従来の実習内容である通常業務と健康危機管理に関する内容に加え,COVID-19に関する内容を経験していた(表2).一方で,COVID-19の感染拡大防止のため,家庭訪問は中止,または,見学のみの体験となっていた.
保健所における保健師活動別の実習時間・割合
※実習合計時間は,対象者13名の積算である.
COVID-19に関する保健師活動別の実習時間は,98時間(19.0%)であった.98時間の内訳は,地区管理が70時間(71.4%)と最も多く,次いで,関係連絡が27時間(27.6%),会議が1時間(1.0%)であった.具体的な内容は,電話相談,疫学調査,PCR検査等の見学や関係連絡会に参加してクラスター対応の検討を見学していた.事業見学の参加前後には,統括保健師や事業を担当した保健師から説明を受けていた.
2. 第1波COVID-19流行下の保健所保健師の活動における学生の学び意味内容に従い分析した結果,53のコード,22のサブカテゴリー,8つのカテゴリーが抽出された.8つのカテゴリーは,感染症保健活動,健康危機管理活動の2つにまとめられた(表3,4).以下,学びの内容について述べる.なお,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉で示す.
カテゴリー | サブカテゴリ― | コード |
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コロナに脅える住民の沈静化 | 一般住民個々の不安に丁寧に対応 | 保健所外で流れる情報に不安が膨らむ住民に正しい情報を伝える コロナの不安や悩みを聴いて住民を落ち着かせる 不安が限界になる前に先手を打って気持ちを静める |
風評被害につながる感染情報の歯止め | 求められる情報と発信できない情報を選別しながら情報を伝える 住民間で出回ってしまった感染情報の風評を静める | |
感染の危険性が高い住民の不安受容と厳密な看視 | 感染への不安を受け止めつつPCR検査業務を淡々とこなす ひとまず良い結果を伝えて感染の危険がなくなるまで確実に見届ける つながりが切れないように健康観察のフォローを約束する 重症化ハイリスク者の初期症状を徹底的に見落とさない | |
患者に迅速かつ普段通りの対人支援姿勢 | 限られた時間で信頼関係を築き確かな情報を入手 | 迅速に調査をすすめるも患者の理解と協力を得る 患者の不安に寄り添いながら協力を得る 「信頼」を得て確実な「情報」を収集する 電話越しで見えない患者の健康実態をしっかりとつかむ |
患者のプライバシーと生活を擁護 | 徹底した個人情報の管理で偏見や差別を防止する 患者を「感染者」ではなく一人の「生活者」として捉える 「感染」と「偏見」の患者の二重苦をそのまま放置しない | |
症状変化を早期発見して重症化予防 | 無症状・軽症者の症状変化を見逃さない | |
迅速,確実な感染拡大防止 | 専門的な疫学知識に基づく感染症予防指導 | 情報を集めてコロナの病態を理解する 感染成立3要因に基づいた感染症予防の知識や方法を発信する |
時期を逃さず迅速に感染情報の分析と警報 | 平常時から国内外における感染症発生動向を把握する 普段の地域を知って現場から異常を発見する アウトブレイクを見逃さずに情報発信する 感染拡大が落ち着いた時こそ感染対策を強化する | |
集団感染が起きないように事前対処 | 過去にクラスターが起きた類似集団に注意喚起する 感染症の集団発生が起こりやすい施設に感染対策を指導する | |
患者一人からの感染の連鎖を遮断 | 人権を尊重しながら法律に基づいた感染対策措置を講じる 感染リスクが高まる生活場面を想像して感染対策に役立つ情報を入手する | |
確実に自分たちの感染防御 | PCR検査時に医師の検体採取や防護服着脱を介助する 防護服の着脱や検体搬送時の感染を確実に防御する | |
個から地域を見据えた対応 | 住民の感染症セルフケア能力を向上 | 住民一人ひとりが確実に予防行動をとれるようにする 平常時も気を緩めずに機会あるごとに感染予防を訴える |
個別事例に関わりながら地域全体の安寧を思案 | コロナ対応でも住民に近い存在で不安やニーズをすくい上げる コロナ禍で顕在化した課題から支援の優先順位を見極める 感染症保健活動を通して個別から地域全体の健康課題を考える コロナ禍でもすべての人が安心して暮らせるようにする |
カテゴリー | サブカテゴリ― | コード |
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医療資源の確保 | 感染症対応できる医療機関を迅速に集約,整備 | 平常時から顔をつないで迅速に情報収集する 医療機関の受け入れ態勢を分類する 医療機関,本庁と速やかに医療体制を整備する |
住民個々にあった医療機関の選別 | 住民の感染リスクを見極めて医療機関への受診を判断する 住民と医療機関の特性を判断して受診調整する | |
情報の一元化による共有と予測 | 情報を一元管理して活動体制を整備 | コロナ禍で起こっている一つひとつの現象をデータで可視化する 関係機関や個々の保健師の活動状況を集約する |
情報共有の体制整備 | 平常時から関係機関と情報共有できる関係をつくる 連絡会開催の準備と運営を担う 保健所内外の連絡会で率先して情報を共有する | |
第1波の情報を分析して次の感染爆発を予測 | 第1波の情報を分析して次の感染爆発の対応に備える | |
感染拡大を防止するための適切な人員配置 | 迅速に感染拡大を防止するための役割配置 | 適材適所に職員を配置して迅速にクラスター発生対応を行う 他職員の活動状況を把握しながら自分の役割を確実に果たす |
専門職の連携した感染対策 | 医師や保健師とコンタクトして適切な感染症対応を判断する | |
通常の保健活動を堅持 | コロナ禍でも地域支援の質を保持 | 地域で暮らす当事者の支援活動は止めない 通常業務の中でコロナ禍の健康ニーズをキャッチする |
感染対策に留意した保健事業の開催 | 不安をあおる過度な感染対策は避ける クラスター感染が起きないように慎重に保健事業を開催する |
35コードから,13のサブカテゴリーと4つのカテゴリーが抽出された.
①【コロナに脅える住民の沈静化】
学生は,電話相談の見学からCOVID-19感染拡大に伴い住民の不安も拡大していく生々しさを体感し,保健師が〈一般住民個々の不安に丁寧に対応〉し,〈風評被害につながる感染情報の歯止め〉をきかせていることを学んでいた.さらに,保健師が,濃厚接触者となり〈感染の危険性が高い住民の不安受容と厳密な看視〉を行っていることを学んでいた.
②【患者に迅速かつ普段通りの対人支援姿勢】
感染拡大防止のために即時即応が求められる一方で,〈限られた時間で信頼関係を築き確かな情報を入手〉する信頼関係の構築,感染症と偏見差別の問題に留意して〈患者のプライバシーと生活を擁護〉するプライバシーの保護と人権擁護,〈症状変化を早期発見して重症化予防〉を行う予防的視点といった普段の保健活動から用いている対人支援技術や住民への基本的態度を崩さずに,患者への対応を行う保健師の姿勢を学んでいた.
③【迅速,確実な感染拡大防止】
感染症サーベイランスやクラスター対応の説明を聞き,平常時から感染症発生時,収束時において,〈専門的な疫学知識に基づく感染症予防指導〉,〈時期を逃さず迅速に感染情報の分析と警報〉,〈集団感染が起きないように事前対処〉していることを学んでいた.また,〈患者一人からの感染の連鎖を遮断〉,〈確実に自分たちの感染防御〉を行うことで絶対に感染拡大をさせない保健師の強い信念を学んでいた.
④【個から地域を見据えた対応】
即時即応の対応や感染症業務に日々追われる中でも,住民個々の主体性を引き出して〈住民の感染症セルフケア能力を向上〉させる〈個別事例に関わりながら地域全体の安寧を思案〉し,個から集団,地域全体を対象にした感染症予防や健康の維持・向上の視点を保健師が常に持ち合わせていることを学んでいた.
2) 健康危機管理活動(表4)18コードから,9のサブカテゴリーと4つのカテゴリーが抽出された.
①【医療資源の確保】
保健所保健師が,医療機関や本庁と連携体制をとりながら〈感染症対応できる医療機関を迅速に集約,整備〉し,住民からの発熱に関する電話相談に対して住民の受診目的や体調に応じた医療機関を迅速に見極め紹介して,〈住民個々にあった医療機関の選別〉を行っていることを学んでいた.
②【情報の一元化による共有と予測】
保健師が,COVID-19に関する膨大な〈情報を一元管理して活動体制を整備〉し,関係機関や関係職種と情報が共有できるように〈情報共有の体制整備〉をしていることを学んでいた.また,一元管理して共有した〈第1波の情報を分析して次の感染爆発を予測〉することを学んでいた.
③【感染拡大を防止するための適切な人員配置】
濃厚接触者へのPCR検査の見学や,保健所職員間で毎朝開催されるカンファレンスへの参加を通して,〈迅速に感染拡大を防止するための役割配置〉を行い,〈専門職の連携した感染対策〉を学んでいた.
④【通常の保健活動を堅持】
感染症保健活動以外にも,保健所業務である精神保健事業や難病保健事業に参加し,保健師は,〈コロナ禍でも地域支援の質を保持〉し,〈感染対策に留意した保健事業の開催〉を行っていることを学んでいた.
今までの実習と今回の実習で最も異なる点は,学生も保健師も見えない脅威であるCOVID-19流行の渦中に身を置き,住民や自分自身への健康危機を感じながら実習が実施された点である.また,COVID-19に関する保健師活動別の実習時間は98時間(19.0%)であり,学生は通常の実習では経験が難しいパンデミック下での住民対応や疫学調査,クラスター対応等,多岐にわたる保健師の業務を実際に見聞きすることができていた.それにより,学生は,リアルタイムに現実的で具体的な感染症保健活動と健康危機管理活動を学ぶことができていた.
今までの実習における感染症保健活動は,慢性感染症である結核が主であり,服薬確認を目的にした周囲への感染の心配がない結核患者の家庭訪問等,単発的な体験が多かった.そのため,感染症とその他の疾患の最大の違いである「うつる」(平野,2008)ことや,感染症の発生と拡大を防ぐための対策とともに,その患者や家族などの人権に配慮しなければならない感染症保健活動の特徴(宮園,2020)について,学生が現実味をもって実際の感染症保健活動を具体的に理解することは困難であった.一方,今回の実習では,感染拡大が現在進行中である第1波COVID-19の流行下であり,【迅速,確実な感染拡大防止】の対策を体験すると同時に,保健師から住民の生の声や風評被害の現実を聞き,【コロナに脅える住民の沈静化】を図る感染症保健活動の特徴を捉えることができていた.そのように,即時即応で「集団」をまもりながらも【患者に迅速かつ普段通りの対人支援姿勢】で「個人」を支援する保健師の対人支援の技術や展開方法を学ぶことができていた.
さらに,COVID-19に翻弄されながらも【個から地域を見据えた対応】は,まさに保健師ならではの対応であり,保健師の専門性や公衆衛生看護の視点を持ち合わせて活動に臨む保健師の熱意や姿勢も学生は感じ取ることができていた.
また,健康危機管理活動における【医療資源の確保】【情報の一元化による共有と予測】【感染拡大を防止するための適切な人員配置】【通常の保健活動を堅持】は,資源管理,情報管理,組織運営・管理,事業・業務管理に該当すると考えられ,まさに,学生は,感染症の健康危機管理の中で整えるべき具体的な内容を学ぶことができていた.今までの実習では,限られた実習期間の中で,学生が健康危機管理を実体験することは十分にできず,被災地への災害派遣経験がある保健師から災害時の健康危機管理の実際を聞くことによって,災害発生時における保健師の実際の活動を学んでいた.そのため,学生が災害の渦中にいるわけではなく,当事者のように現実味をもって活動の実際や特徴を具体的に理解することは困難であった.これまでの先行研究においても,実習中に健康危機管理の実際を体験することは難しく,保健師教育に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度において「地域の健康危機管理能力」の到達度の低さが課題となっている(富田ら,2020;鈴木ら,2016).一方で,今回の実習は,学生自身もCOVID-19流行の渦中に身を置き,健康危機を感じながらの実習であったため,保健師の情勢に合わせた動きや健康危機管理の具体的な管理内容を学ぶことができていた.
保健所での実習時間は,学生一人当たり39.6時間,つまり,約1週間という限られた実習期間ではあったものの,学生は第1波COVID-19流行下に感染症発生時の健康危機の実際を体験したことによって,第1波COVID-19流行下の保健所保健師の活動がリアルタイムに現実味をもって印象付けられた.そして,感染症保健活動,健康危機管理活動における保健師の活動や求められる役割が,より具体性を持って学べたのではないかと考える.
2. 実習の今後の課題今回のように,健康危機の場に学生が身を置いて実習を行った先行研究には,被災地での実習における活動報告がある.田村ら(2008)は,被災地に身を置くことで,学生は現実の事象として被災地住民の健康生活上の援助ニーズと保健師の役割を捉えており,その場に身を置いて学ぶ経験は極めて価値が高いと示している.しかしながら,学生が,健康危機の渦中に身を置きながら学習することは,通常の実習としてあり得るものではない.そのため,今回のように,実習期間中に学生が感染症保健活動や健康危機管理活動を現実的に学べる場面をどのように作っていくかが今後の課題となる.現実的に学べる場面とは,地域住民,保健師,学生がやり取りできる場面である.臨地実習でしか学べないことに,保健師の熱意や姿勢,事務所の雰囲気,住民との距離感,住民の暮らしぶり,関係機関との連帯感といった現場を共有するからこそ感じられる学び(塩見ら,2020)がある.そのような現場を学生が共有できるように,地域住民,保健師,学生がやり取りできる場面を実習施設と大学が協議して積極的に作っていく必要があると考える.さらに,健康危機管理対応は,講義や演習で意識的に学習させる必要性に加えて,実習においても学生が学習している内容を明確に意識できるように工夫する必要性(鈴木ら,2016)がある.単なる保健事業の参加や保健師の説明を聞くだけで終わるのではなく,学生が健康危機管理活動をイメージし,自分ならばどのように対応するかを考えることができる講義・演習・実習が連動した教育方法を今後検討していく必要があると考える.
また,今回の第1波COVID-19流行下のように,学生がその時期にしか学ぶことができない内容を見逃さずに,それらを実習で学生にどのように体験させていくかについても実習施設と大学で検討する必要がある.今その時に起こっている健康危機や喫緊の地域の健康課題とそれらに対する現実の保健師活動を学生に体験させる意義を重視した実習方法を今後も実習施設と検討していきたい.そしてなにより,第1波COVID-19流行下においても臨地でリアルタイムに保健師の活動を学習できたのは,実習施設の理解と協力を得られたからであった.危機の時こそ,実習施設と大学が連携し合える関係づくりを日頃から大切にしていきたい.
第1波COVID-19流行下に実施した実習は,学生にとって現場で感染症保健活動と健康危機管理活動の実際を学習できる貴重な機会であった.そのような機会を得ることができたのは,臨地実習の実施が困難かと思われた中でも,実習施設である保健所や保健師の方々のご理解があったからである.この度の実習にご協力いただきました実習指導者,保健師ならびに所属機関のみなさまに心より感謝申し上げます.