2023 Volume 7 Issue 1 Pages 22-26
2016年度より発足した教育体制委員会は今年度7年目の活動となる.当委員会では,読み替えなしの上乗せ保健師教育課程を推進する活動として,毎年夏季教員研修会において分科会を開催してきた.さらに,教育課程の教員がもつ不安や疑問を払拭する必要があるとの意見から始動したこのオンライン交流会は今年度にて3回目の開催となる.共通の目標のある会員校同士が,気軽に交流しながら,情報や意見を交換できる場として,同時に大学院化を予定している会員校の意見交換会として開催してきた.
2021年4月1日より施行された改正保健師助産師看護師学校養成所指定規則(厚生労働省医政局,2020)による保健師教育課程の変更申請に伴い,今後ますます上乗せ教育が進むことが見込まれる.2022年4月現在,大学院教育課程が19課程,大学専攻科が4課程(e-Stat政府統計の窓口,2022)と年々その数は増加している.保健師の基礎教育については,大学院修士課程(博士前期課程),大学や短大における専攻科,専修学校,加えて看護基礎教育での学部教育(選抜制や統合教育など)における保健師養成と,複数の教育課程の種類があるのが現状である.
本稿では,2022年12月15日(木)に開催したオンライン交流会の概要を報告する.今回の開催の趣旨は,上乗せ教育を推進する会員校の交流を目的としている.大学院,専攻科を目指す会員校を対象に,開設に向けた準備を進める上での悩みや疑問を表現できる場,先発校の先生方とお話してご意見やアドバイスをいただける場としてフランクな意見交換や情報交換を行う場とした.
2022年度の活動方針に基づき,本委員会が企画,実施した「上乗せ教育を目指す会員校のオンライン交流会」のテーマ,構成等の概要は次に示す通りであった.
【テーマ】上乗せ教育を予定する会員校のためのオンライン交流会
【対象】大学院あるいは専攻科を目指す会員校の教員
【日時】2022年12月15日(木)18:00–19:30
【開催方法】オンライン(Zoom)
【構成】
1.事前に申し込みがあった参加者に対して資料を配付した.
「保健師教育における大学院カリキュラムモデル(全保教版2020)」,「保健師教育大学院化に向けたステップバイステップ支援Q&A集2020」をメールにて配付し,以下4点についても参考資料としてお知らせをした.
1)2021年度教員研修報告 大学院の設置に至るプロセスとカリキュラムの実際(白石ら,2022)
2)2021年度事業報告 大学院化を予定する会員校のためのオンライン交流会(西出ら,2022)
3)2020年度教員研修報告 保健師教育における大学院カリキュラムモデル(全保教版 2020)(松井ら,2021)
4)2020年度事業報告 大学院化を予定している会員校の意見交換会(臺ら,2021)
2.オンライン交流会を実施した.
1)全体で自己紹介,2)ブレイクアウトルームを利用し3グループに分かれて,フランクに意見交換,3)全体に戻って各グループで出された質問や交流内容の発表,質疑応答,全体での交流を行った.
3.交流会の事後,参加者に対してアンケートを実施した.
当日参加者は13名であり,運営担当である教育体制委員8名を含め合計21名であった.16校21名の参加者の所属は,既に上乗せ教育を実施している大学院3校,専攻科2校,専修学校1校を除き,すべて選択制の保健師教育課程をもつ大学であった.大学院化を予定して開設準備をすすめている大学,開設の予定も含め検討中の大学と様々な状況であった.予定している大学の中で開設の具体的な時期は,2023年度1校,他の移行年度は未定であった.事前申し込み時に記載された交流会で話題にしたい内容は大まかに以下の3点であった.
1)上乗せ教育に向けた申請にあたっての準備,検討状況(大学院や大学専攻科の設置プロセスや課題,保健師教育を上乗せしたいが入学者数は確保できるのか等)
2)上乗せ教育の実状(課題研究の具体的な内容や進め方,より実践力を養うための演習,実習の工夫や困難,カリキュラムの工夫,上乗せ教育を実施してのメリットデメリット等)
3)上乗せ教育をしている場合の学部生教育の実状(看護師教育への充実を図るためのカリキュラムの編成,学部教育への実態や工夫等)
2. 参加者の交流内容全体で自己紹介をした後,グループに分かれて自由に意見交換を行った.各グループにはそれぞれ大学院,専攻科,専修学校で上乗せ教育を実施している教員を混成したグループ編成を行った.以下,グループ交流や全体での交流,話し合いで出された主な4点についてまとめて概要を述べる.
1) 上乗せ教育への開設及び準備状況大学院や専攻科を開設する前の準備として,開始時期や準備状況の実状について意見交換を行った.各々,上乗せ教育を専攻科あるいは大学院にするのかを検討する必要があった.プロジェクトチームを立ち上げて学内関係者で何度も検討を重ねた大学もあり,学外関係者に協力を得て大学院教育を行っている大学にヒヤリングを実施した大学もあった.さらに現場の保健師が困っていること,受けた保健師教育の評価,大学院で学びたいこと等の実態調査を行いニーズ調査も行っていた.
看護学部教育での選択コースから上乗せ教育へ移行していくため,選択コースと大学院・専攻科の教育を同時進行させる時期があることを想定すると,開設時期をいつにするのかも悩みの種であった.学部教育と上乗せ教育の重複期間はかなり苦しい実態もあった.専攻科開設にあたり教員の確保,実習場所確保や調整,学生定員,学生の特徴(教育背景,看護師経験等),実習経費等も話題となった.
学部での保健師選抜における学生定員数,大学院あるいは専攻科の学生定員数,教員の数についても各大学の実態を意見交換した.学生定員数については,検討の段階で実習地の確保を考えると定員数は少なくせざるを得ない状況もあり,そのため大学院や専攻科は経営的に難しく事務職の理解が得られない場合も生じていた.その対策としては学生定員が少ないが,学部の教育にもかかわるということをアピールすることも有効であった.
2) 上乗せ教育の強みと魅力ある教育の工夫実践力のある保健師の養成,リーダー的な役割がとれる保健師養成は社会から求められている.実践力の強化,リーダー役割を担える保健師教育を目指してカリキュラム,教育内容の工夫を各大学では考えていた.
魅力あるカリキュラムを編成する工夫としては,新カリキュラム改正時,実習の単位を増やしたことが一例として挙げられた.例えば,高齢者と乳児の2例を継続して家庭訪問,住民にインタビューして健康教育を実施,実践でアウトリーチ活動の体験等,実践できる実習を充実させた.
同県内に保健師養成の大学院,専攻科が複数ある地域もある.教育内容の区別化を図らなければ学生が大学を選択する際に悩むことも考えられた.自校での目指す保健師像をより明確にして教育の特色を示す必要がある.例えば,リーダーシップ,地域診断から政策提言までを目指す等も考えている大学もあった.
上乗せ教育で入学してくる学生には,卒業後すぐに保健師になりたいという希望をもつ者が多い.そのため,保健師教育課程修了後はほとんど全員が保健師の就職に結びついていた.この点は学部の選択制教育とは大きく異なるという感覚がある.教員としては教育の内容を充実させていると捉えているため就職の実績も良いという感触がある.上乗せ教育の強みは,卒業後にほぼ全員保健師としての就職に結びつくことであった.
上乗せ教育は学部選択制と異なり看護師経験をもって入学する者や,教育背景が異なる学生が同じ教育課程内に混在して入学してくるため様々な背景の学生に対し,学習過程の質を保つこと,学生のモチベーションをどのように工夫すればよりよい教育ができるかが話題となった.看護師経験が長い学生は,対象の個人,家族,地域やケアシステムの考え方を理解させるまでに労力を要する.経験は違っても公衆衛生看護学を学ぶというスタートは同じである.学修する実習なども含めて全ての教育期間を一緒に学び合う中で,関係性の調整が大切であると感じる.教員も学生も皆が気持ちよく元気に学修できるように発想の転換をして,様々な意見を教員がうまく引き出すことも大切である.
3) 学部の看護学基礎教育の充実カリキュラム改正により学部の地域看護と在宅看護の教育の充実が必要となっている.地域看護,在宅看護論の関連から,大学院と専攻科に公衆衛生看護学が移行することを通して,学部教育も充実していくことができる.臨床のベッドサイドケアだけでない看護について学部での看護教育に取り入れる必要がある.上乗せ教育を実施するということは,学部でそれまで実施していた保健師教育の時間が無くなったということになる.選抜制で保健師教育をしている大学とは異なるカリキュラムで教育を考えていくことができる.看護ケアの対象が地域で暮らしている人とイメージができることを重視し,急性期だけでなく地域包括病棟,病院から地域の看看連携に目が行くように学生が地域に出向く経験を増やそうと考えている.
教員としては学部教育と上乗せ教育の重複期間の大変さをどのように展開していけるのか.公衆衛生看護学の教員だけでなく他分野の教員とうまく取り組むためにはどうすればよいのかという課題もあった.学部と大学院の学生のコラボはあるのか等,学部,専攻科・大学院とうまく展開するための工夫は今後も必要であるという意見であった.
4) 実習調整の難しさと工夫の実態学校保健と産業保健においては協力を得られる企業が少ない状況があり,施設の開拓等の実習施設の調整についての難しさが意見として出された.産業保健は企業にあたり,産業系の先生に依頼し交渉した.地域の産業保健センターへ行く,課題研究の学修として,商工会議所や商店街に行ってインタビューした大学もあった.
実習科目として学校と産業はないが講義科目はある.講義の中で専門の方に担当してもらう.母子保健でグレーゾーンの方はどのように学校保健につながるか,特別支援学校に講義の一環として行き,母子保健における連携の視点を学ぶ等の工夫もあった.実習については実習施設を開拓するという方法もあるが,実習にこだわらない工夫も大切であるいうことも共有し認識できた.
3. 参加者の感想終了後のアンケートでは,参加者13名(委員8名除く),アンケート回答者13名(100.0%)から回答を得た.斜体は自由記述から抜粋,一部改変した.
1) 交流会の目的今回の交流会の目的は何でしたか(複数回答)の問いでは,「先発校の経験を聞きたいから」9名(69.2%),「同じ立場の大学と交流したかった」8名(61.5%),「カリキュラムとその工夫点について知りたかった」5名(38.5%),「実習方法や工夫点について知りたかった」5名(38.5%)であった.参加目的は達成できましたかの問いでは,「達成できた」が10名(76.9%),「まあまあ達成できた」が,2名(15.4%)であった.
自由記述より,全体的に満足度の高い内容が多かった.
いろいろな体験をお伺いすることができ,とても参考になった.大学は異なっていても教員としての悩みは同じだと感じた.リアルな情報交換ができてとても有意義かつ楽しかった.
今回,GWの中で頂戴した大学院化に向けての説得材料の作り方,早速取り組んでみたいと思った.大学院化に至るまでの経緯を伺えたことで,今後どのように進めていくと良いのかの示唆を得ることができた.
上乗せ教育では,保健師として就職を目指す学生のモチベーションが高いことがわかった.保健師の需要と供給のバランスや,現場に求められる保健師を育成する必要性を改めて知ることができた.
現在の選抜による保健師教育を充実させる必要があると思う.色々な進捗状況でのお話が聞けたことで,これまで必死でやってきたが必要なプロセスをきちんと踏むことができていたという自己を振り返る機会になった.
2) 交流会の時間,事前配付資料今回の交流会の90分の所要時間は,「ちょうど良かった」が12名(92.3%)「短かった」1名(7.7%)であった.また,事前配付資料「保健師教育における大学院カリキュラムモデル」「保健師教育大学院化に向けたステップバイステップ支援Q&A集2020」については,「参考になる」,「まあまあ参考になる」を合わせて100.0%の回答であった.
3) 上乗せ教育をするにあたり,今後,参加したい企画(自由記述)(1)今回のような形態の交流会
今回のようなフランクな交流会,自由な意見交換会を肯定的に捉えた意見であった.
このような交流会を,これから作る養成校,すでに実施している養成校などの背景別に継続していただくと,その段階毎の悩みが解消できるように思った.
今後立ち上げようとされていらっしゃる大学間の交流会(本日のような)今回の企画はざっくばらんにお話をうかがうことができ大変有意義であった.
カリキュラムモデルやQ&Aも大変参考になるが,直接,お話を伺えることでイメージが湧きやすいため交流機会があれば今後も参加したい.
(2)看護基礎教育の内容
上乗せ教育を行った上での,看護基礎教育としての学部生の公衆衛生看護に関する教育の実態を知りたいという意見であった.
上乗せ教育を行った上での,看護師教育としての学部生の公衆衛生看護教育について,それぞれの大学の教育の特徴などを伺いたい.上乗せ教育と学部の地域看護学の充実についてお話を伺いたい.学部教員と大学院教育の連携についてもお話を伺いたい.
(3)上乗せ教育のカリキュラムの紹介
各校のカリキュラム紹介などミニ講話的なもの,先に上乗せ教育を実施している大学からの実践は大変参考になるという意見であった.
各校のカリキュラム紹介などミニ講話的なものがあり,情報交換するという機会もあれば嬉しい.大学院化された学校からの意見は大変参考になる.実践例などを講話いただきたい.
新カリキュラムになり,地域・在宅看護学を充実していくことで,ますます地域看護と公衆衛生看護はどう違うのかを説明できるようにならなければならないと思います.目指すべき保健師教育とはということについて,未来を考えてみたい.
今後,上乗せ教育を推進していくにあたり,教育機関同士の横のつながりはとても重要であると考える.今回,本音で話し合いができ満足された大学も多かった.これをきっかけとして今後も連携を広めていただければと思う.また,様々な課題があるのも事実である.教員は看護基礎教育,保健師教育,大学院教育,様々な状況で広く教育に関わらなければならない.それぞれの教育内容を考えることもさることながらマンパワーの課題もある.
保健師としての上乗せ教育の基盤を形作るためにも他の教育とのバランスを検討し明確にしていくことが必要である.それぞれの教育機関の工夫,実践の共有を通して,教員として教育力の質向上,心の余裕を考えながら,これからも皆様と共に上乗せ教育の推進にむけた活動を進めていければと考える.