2023 Volume 7 Issue 1 Pages 31-38
COVID-19のパンデミックおよび,グローバル化が進行する中で今後の新興感染症に対応できる保健師の養成は喫緊の課題となっている.さらに,保健師助産師看護師学校養成所指定規則が2021年に改正され,その中で保健師基礎教育においては健康危機管理に関する演習の強化が示されている(厚生労働省,2019).
一般社団法人全国保健師教育機関協議会(以下,全保教)健康危機管理対策委員会では,このような社会のニーズに対応するため「感染症の健康危機管理に強い保健師に求められる卒業時の到達目標案」(以下,到達目標案)を作成した.さらにアンケートによって妥当性を検証した上で到達目標案を修正した.本報告の目的は到達目標案の作成および妥当性の検証結果を踏まえた修正結果を報告することである.到達目標を明確化することで,感染症の健康危機管理に関する学生への教育内容が具体的に明らかになり,これらの教育の実践・評価を推進し,健康危機管理に強い保健師の養成に貢献できると考えられる.
国内の保健師学生を対象としたコンピテンシーに関連する項目としては,厚生労働省(2019)の「保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度」(以下,厚労省版)が挙げられる.厚労省版には5つの大項目が含まれており,大項目3が「地域の健康危機管理を行う」となっている.大項目3には中項目として「G.平時から健康危機管理体制を整える」「H.健康危機の発生に対応する」「I.健康危機からの回復に対応する」の時系列に沿った3項目,さらに小項目11項目が含まれていた.ただし,厚労省版は健康危機管理全般を扱っており,感染症に特化したものではなかった.そこで本到達目標案では,厚労省版の大項目3を基盤に,感染症の健康危機管理に特化した内容を整理することとした.
さらに保健師学生等を対象とした感染症の健康危機管理に関連する既存のコンピテンシー等からも,本到達目標に関連する内容を抽出し,本到達目標案で参考にしたい点などを整理した(表1).ここで収集した情報には①国内の保健師基礎教育関連(全保教,2014,全保教,2018;厚生労働省,2022),②国内の健康危機管理関連(厚生労働省,1997;厚生労働省,2001;厚生労働省,2013),③国内の現任保健師の人材育成関連(厚生労働省,2016),④国外の保健師教育や感染症関連(APIC, 2012;Quad Council Coalition, 2018)が挙げられる.このうち,①国内の保健師基礎教育関連の一つである保健師国家試験出題基準令和5年度版(厚生労働省,2022)以外は,COVID-19の感染拡大前に作成されていた.また,同出題基準は本到達目標案作成の参考になるものの,コンピテンシーや到達目標を示した内容ではない.すなわち,これまでに保健師学生を対象とした感染症の健康危機管理のコンピテンシーに焦点を当てたガイドライン等は報告されていない.そこで,既存の情報を参考にしながら,現状に即した到達目標案を整理することの重要性が改めて確認できた.
表題 | 本到達目標に関連する内容 | 検討内容 | |
---|---|---|---|
①保健師基礎教育関連 | 保健師教育におけるミニマムリクワイアメンツ全国保健師教育機関協議会版(全保教,2014)pp. 22–27 | 実践能力III.地域の健康危機管理能力 「保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度(案)」(厚生労働省,2010)の枠組みによって,大項目3.地域の健康危機管理を行う(個人/家族)・(集団/地域),中項目3項目(予防,発生時,回復),小項目は12項目あり,小項目ごとに到達度,1年課程/2年課程,タキソノミー,行動目標が定められていた. |
小項目ごとに具体的な行動目標が定められており,参考にできる.他方で,感染症に特化したものではない. |
公衆衛生看護のモデルコアカリキュラム(全保教,2018)pp. 31–32 | E-9-2 感染症に対する健康危機管理 ねらい:感染症の危機管理方法や保健師の役割を学ぶ.6つの学習目標がある. |
感染症の危機管理の学習目標が定められている.COVID-19の現況を踏まえ修正必要. | |
保健師国家試験出題基準令和5年度版(厚生労働省,2022) | 【健康危機管理】 目標III.感染症の集団発生時と集団発生予防の保健活動について基本的な理解を問う. 6.感染症集団発生時の保健活動として,4項目 7.感染症の集団発生予防のための保健活動として1項目 |
COVID-19にも対応した内容であり,到達目標作成時にも参考にできる. | |
②厚労省の健康危機管理関連 | 厚生労働省健康危機管理基本指針(厚生労働省,1997) | 健康危機管理の定義を「医薬品,食中毒,感染症,飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命,健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防,拡大防止,治療等に関する業務であって,厚生労働省の所管に属するもの」としており,健康危機管理における日本の基本的な指針を定めている. | 健康危機管理の定義となっており,教科書等でも引用されている. |
地域における健康危機管理について~地域健康危機管理ガイドライン~(厚生労働省,2001) | 保健所は地域における健康危機管理の拠点として位置づけ,「健康危機の発生の未然防止」,「健康危機発生時に備えた準備」,「健康危機への対応」,「健康危機による被害の回復」に分けて必要事項が述べられている. | 感染症に特化しているわけではないが,保健所に求められる役割が参考になる. | |
感染症健康危機管理実施要領(厚生労働省,2013) | こちらの実施要領では「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態」などへの対応が記載されている. | どの範囲を感染症の健康危機管理として扱うか,検討が必要. | |
③現任 | 自治体保健師の標準的なキャリアラダー(厚生労働省,2016) | 4 健康危機管理に関する活動 4-1 健康危機管理の体制整備 4-2 健康危機発生時の対応 求められる能力と,レベル別の目標が書かれている. |
卒業時の学生と新任期保健師のレベルはリンクしていると考えられるため,参考にしたい. |
④海外 | Community/public health nursing competencies(Quad Council Coalition, 2018) | 健康危機管理に特化して取り上げられているわけではないが,倫理やエビデンスに基づく活動などについて言及されている. | エビデンスに基づく活動を到達目標に追記したい. |
Infection preventionist (IP) competency model (APIC, 2012) | Association for Professionals in Infection Control and Epidemiology (APIC) Competency Model1 for the infection preventionist (IP),感染症対応に関するモデル.データマネジメントなども含まれている. | 日本の保健所はICTの体制が不十分な側面もあるため,それらの項目も追記したい. |
また到達目標案作成の参考とするため,入手可能な公衆衛生看護学の教科書から感染症の健康危機管理に関する記述を抽出し,その概念を明らかにした.この分析結果は別途,報告予定である.
2. 到達目標案の作成厚労省版の大項目3「地域の健康危機管理を行う」をもとに,中項目の3項目を健康危機管理全般の表現から感染症に特化した表現に修正した.その結果,「G.平時から感染予防と拡大防止体制を整える」「H.感染症健康危機の発生に対応する」,「I.感染症健康危機の小康期,収束に対応する」と整理できた.感染症版の中項目G~Iをさらに小項目,下位項目に整理した.厚労省版は対象を「個人/家族」「地域(集団/組織)」に分けており,本研究でも同様に分類した.その結果,到達目標案は小項目19項目,下位項目66項目となった.
到達目標案の妥当性を検証するため,全保教の会員校を対象に調査を行った.
1. 方法方法は自記式質問紙調査である.対象は全保教会員校228校(2022年1月時点)であった.エクセルで作成した質問紙を会員校にメールで送付し,エクセルに回答を入力してもらい,メールによる返信を依頼した.
調査内容は,到達目標案に関しては,小項目の各項目の妥当性を「①妥当」「②概ね妥当」「③概ね妥当だが要修正」「④不要」の4件法で質問した.「③概ね妥当だが要修正」「④不要」を選択した場合は,修正案やその理由のコメントを求めた.下位項目に関しては妥当性と到達度レベルを確認した.このうち,妥当性は小項目と同じく4件法で回答を求めた.さらに到達度レベルに関しては,卒業時の到達度レベルを厚労省版に倣って4段階とし,「I:少しの助言で自立して実施できる」「II:指導の下で実施できる(指導保健師や教員の指導の下で実施できる)」「III:学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てることができる又は実施できる)」「IV:知識として分かる」のうち,どれに当てはまるかに関して回答を求めた.データ収集期間は2022年2月25日~3月18日であった.
データの分析は,単純集計を行い,さらに小項目,下位項目に関して,「①妥当」と「②概ね妥当」と回答した場合を妥当とみなし,その割合を項目ごと,項目全体で算出した.妥当性に関してはデルファイ法の基準(Polit & Beck, 2004;Sumison, 1998)を参考に70%以上を妥当とみなした.統計の分析は,SPSS Ver.28を使用した.また,「③概ね妥当だが要修正」「④不要」と回答した場合には,コメントが記入されていたので,各項目のコメント数をカウントするとともに,コメントの内容を質的に分析した.倫理的配慮として,結果を公表する際は学校名や個人情報などが特定できないように配慮した.
2. 結果 1) 回収結果(表2参照)90校から回答を得た(回収率39.5%).回答者の属性は,教育機関別では,大学(選抜制:人数制限あり)が71校(78.9%)と最も多く,次いで大学院9校(10.0%),専修学校・短期大学専攻科(1年課程)5校(5.6%)であった.回答者の職位別では,教授がもっとも多く47名(52.2%),次いで講師18名(20.0%),准教授12名(13.3%)であった.
教育機関別 | n | % | 職位別 | n | % |
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大学院 | 9 | 10.0 | 教授 | 47 | 52.2 |
大学専攻科(1年課程) | 1 | 1.1 | 准教授 | 12 | 13.3 |
大学(選抜制:人数制限あり) | 71 | 78.9 | 講師 | 18 | 20.0 |
大学(選抜制:人数制限なし) | 3 | 3.3 | 助教 | 3 | 3.3 |
大学(全員履修) | 1 | 1.1 | 助手 | 3 | 3.3 |
専修学校・短期大学専攻科(1年課程) | 5 | 5.6 | 教務主幹,教務主任,専任教員等 | 7 | 7.8 |
小項目19項目の妥当性の平均は84.0%(最小74.4-最大94.4%),下位項目66項目の妥当性の平均は89.2%(最小71.1-最大98.9%)であった.小項目,下位項目ともに全ての項目の妥当性は70%以上であった.コメント数は小項目の平均が11.8(最小4-最大20),下位項目7.5(最小2-最大19)であった.
対象 | 中項目 | 小項目 | 妥当性 | コメント数 |
---|---|---|---|---|
個人/家族 | G.平時から感染予防と拡大防止体制を整える | 1 平時から個人・家族への感染予防と支援策を講じる | 93.3 | 6 |
H.感染症健康危機の発生に対応する | 2 個人・家族への感染予防と拡大防止策を講じる | 94.4 | 4 | |
3 患者の感染源・濃厚接触者を特定し,適切な療養生活への支援を行う | 81.1 | 16 | ||
4 患者・濃厚接触者の命を護る支援体制を整える | 74.4 | 16 | ||
I.感染症健康危機の小康期,収束に対応する | 5 個人・家族への対策を評価して見直す | 86.7 | 9 | |
6 患者・濃厚接触者の再感染予防と回復を支援する | 83.3 | 11 | ||
7 患者・濃厚接触者への支援を評価し,地域の課題解決に活かす | 82.2 | 12 | ||
地域(集団/組織) | G.平時から感染予防と拡大防止体制を整える | 8 地域の感染予防と健康危機への準備態勢を整える | 87.8 | 8 |
9 住民・集団への感染予防策を講じる | 88.9 | 7 | ||
10 健康危機に備えた保健所内外の協働体制を整える | 81.1 | 12 | ||
H.感染症健康危機の発生に対応する | 11 健康危機の発生による地域のリスクを推定して迅速に対応する | 85.6 | 13 | |
12 住民・集団への感染予防と拡大防止のため対策を講じる | 85.6 | 10 | ||
13 クラスターが発生した集団への積極的疫学調査を行い,感染拡大防止への対策を講じる | 81.1 | 14 | ||
14 健康危機に対応できるよう保健所内外の協働体制および医療提供体制を強化・管理する | 78.9 | 16 | ||
I.感染症健康危機の小康期,収束に対応する | 15 健康危機への地域の対策を評価し,新たな方策を講じる | 83.1 | 15 | |
16 住民・集団への対応を評価し見直す | 86.7 | 10 | ||
17 クラスターが発生した集団に回復への支援と対応の評価を行い,地域全体の予防活動へ活かす | 84.3 | 12 | ||
18 保健所内外の協働体制を評価し,見直す | 82.0 | 14 | ||
(追加)全期を通じ健康危機管理体制を整える | 19 健康危機に対応できるよう保健師の実践能力を向上させる | 76.0 | 20 | |
平均 | 84.0 | 11.8 |
対象 | 中項目 | 小項目 | 下位項目 | 妥当性 | コメント数 | 到達度* |
---|---|---|---|---|---|---|
個人/家族 | G 平時 | 1 平時から個人・家族への感染予防と支援策を講じる | 1)個人・家族への感染予防の教育・相談を行う | 97.8 | 2 | I |
2)健康危機発生時に配慮が必要な個人・家族への支援方法を検討する | 94.3 | 5 | II | |||
H 危機発生 | 2 個人・家族への感染予防と拡大防止策を講じる | 3)個人・家族からの感染の不安や受診に関する健康相談体制を構築する | 86.7 | 10 | IV | |
4)個人・家族からの感染の不安や受診の相談に対応する | 97.8 | 2 | III | |||
5)健康危機発生時に配慮が必要な個人・家族への感染予防と拡大防止の支援を行う | 95.5 | 4 | III | |||
3 患者の感染源・濃厚接触者を特定し,適切な療養生活への支援を行う | 6)患者の不安を受け止め信頼関係を構築する | 97.8 | 4 | I | ||
7)患者の個人情報の保護と人権に配慮する | 98.9 | 2 | I | |||
8)患者調査,接触者調査を行い,感染源と濃厚接触者を推定する | 96.7 | 2 | III | |||
9)患者,濃厚接触者が法的措置を理解できるよう説明する | 95.6 | 4 | III | |||
10)患者が適切な医療を受け療養生活が送れるよう療養先の調整を行う | 90.0 | 7 | IV | |||
11)患者への保健指導や必要なサービスの提供を行う | 91.1 | 7 | III | |||
12)濃厚接触者への検査の調整や保健指導を行う | 92.2 | 7 | III | |||
13)感染拡大の防止行動が取りにくい対象に継続した支援を行う | 91.0 | 7 | IV | |||
4 患者・濃厚接触者の命を護る支援体制を整える | 14)患者調査,接触者調査から感染源と濃厚接触者を推定するための支援体制を整える | 82.2 | 12 | IV | ||
15)患者・濃厚接触者が適切な医療を受け療養生活を送るための支援体制を整える | 85.6 | 10 | IV | |||
I 小康期・収束 | 5 個人・家族への対策を評価して見直す | 16)個人・家族への対策を評価して見直す | 91.0 | 14 | IV | |
6 患者・濃厚接触者の再感染予防と回復を支援する | 17)患者・濃厚接触者へ感染源となるリスクの終息による法的措置の解除について説明する | 88.9 | 7 | III | ||
18)患者・濃厚接触者の再感染予防と回復に向けて支援する | 86.7 | 8 | III | |||
7 患者・濃厚接触者への支援を評価し,地域の課題解決に活かす | 19)患者・濃厚接触者への支援を評価し,見直す | 91.1 | 7 | IV | ||
20)患者・濃厚接触者への支援で得られた情報や経験を地域全体の課題解決に活かす | 94.4 | 4 | IV | |||
地域〈集団/組織〉 | G 平時 | 8 地域の感染予防と健康危機への準備態勢を整える | 21)感染症サーベイランスによって地域の感染症発生動向をモニタリングする | 97.8 | 2 | I |
22)地域の特性を踏まえた感染症のリスクをアセスメントし,課題を見出す | 94.4 | 5 | II | |||
23)地域の特性を踏まえた感染予防と健康危機の準備体制を整える | 91.1 | 7 | IV | |||
9 住民・集団への感染予防策を講じる | 24)住民への感染予防策を普及啓発する | 96.7 | 3 | II | ||
25)感染に脆弱な集団(高齢者施設など)が感染を予防できるよう支援する | 94.4 | 4 | III | |||
26)クラスターを発生しやすい集団(学校など)が感染を予防できるよう支援する | 91.1 | 5 | III | |||
10 健康危機に備えた保健所内外の協働体制を整える | 27)健康危機に備えた保健所の体制を整える | 88.9 | 9 | IV | ||
28)健康危機に備えた保健所の受援体制を整える | 87.8 | 8 | IV | |||
29)平時からの関係機関との協働体制を整える | 92.1 | 5 | IV | |||
30)健康危機に備えた医療提供体制を整える | 90.0 | 7 | IV | |||
H 危機発生 | 11 健康危機の発生による地域のリスクを推定して迅速に対応する | 31)感染症発生動向をアセスメントし,地域のリスクを推定する | 94.4 | 4 | I | |
32)感染症発生動向が健康危機に該当するかどうか,行政組織の判断に関与する | 75.6 | 17 | IV | |||
33)健康危機に関する最新の情報を入手し,住民の命を護るための方策を検討する | 91.1 | 6 | IV | |||
12 住民・集団への感染予防と拡大防止のため対策を講じる | 34)住民へエビデンスに基づく感染予防・感染拡大防止の普及を図る | 96.7 | 3 | II | ||
35)住民へ感染症への偏見防止に関する普及啓発を行う | 95.6 | 6 | II | |||
36)感染リスクの高い集団への感染予防支援策を強化する | 93.3 | 4 | IV | |||
37)住民へのワクチン接種体制を構築し,推進する | 84.4 | 10 | IV | |||
38)住民とのリスクコミュニケーションを図る | 88.8 | 8 | IV | |||
13 クラスターが発生した集団への積極的疫学調査を行い,感染拡大防止への対策を講じる | 39)クラスターの発生を迅速に探知し,対策を立案する | 89.9 | 6 | III | ||
40)クラスターが発生した集団との信頼関係を構築する | 86.7 | 7 | III | |||
41)クラスターが発生した集団に患者調査,接触者調査,環境調査を行う | 90.0 | 5 | III | |||
42)収集した情報を記述疫学の視点で可視化し,仮説を検証する | 87.8 | 8 | III | |||
43)発生要因を明らかにし,感染拡大防止へ対応する | 88.9 | 7 | III | |||
44)クラスターが発生した集団が感染症法に基づく措置を正しく理解できるよう支援する | 91.1 | 4 | III | |||
45)クラスターが発生した集団が自立して感染拡大を防止できるよう支援する | 91.1 | 4 | III | |||
46)クラスターが発生した集団の濃厚接触者を特定し,検査や受診を調整する | 87.8 | 6 | III | |||
47)感染拡大の防止行動がとりにくい集団に継続した支援を行う | 88.8 | 6 | III | |||
14 健康危機に対応できるよう保健所内外の協働体制および医療提供体制を強化・管理する | 48)健康危機に対応できるよう保健所の体制を強化・管理する | 88.9 | 10 | IV | ||
49)健康危機に対応できるよう保健所の受援体制を管理する | 84.4 | 9 | IV | |||
50)健康危機に対応できるよう関係機関との役割分担を明確にし,連携・協働体制を強化・管理する | 86.7 | 9 | IV | |||
51)健康危機に対応できるよう医療提供体制を強化・管理する | 84.4 | 9 | IV | |||
52)健康危機に対応できるよう新たな社会資源を創出する | 83.3 | 11 | IV | |||
53)感染症の発生動向と病像に対応しながら業務の重点化と効率化を図る | 78.9 | 14 | IV | |||
I 小康期・収束 | 15 健康危機への地域の対策を評価し,新たな方策を講じる | 54)健康危機への地域の対策を評価し,見直す | 91.0 | 8 | IV | |
55)新たな生活様式が浸透した後に生じる健康課題を予測して予防策を講じる | 86.5 | 9 | IV | |||
56)感染兆候を生じやすいパターンを把握し感染症対策を実施しながら病原体と共存する方策を講じる | 71.1 | 19 | IV | |||
16 住民・集団への対応を評価し見直す | 57)住民・集団への対応を評価し,見直す | 89.9 | 8 | IV | ||
17 クラスターが発生した集団に回復への支援と対応の評価を行い,地域全体の予防活動へ活かす | 58)クラスター収束を確認する | 82.2 | 12 | IV | ||
59)クラスターが発生した集団が法的措置の解除を正しく理解できるよう説明する | 85.6 | 8 | IV | |||
60)クラスターが発生した集団へ再感染の予防と回復に向けて支援する | 84.4 | 9 | IV | |||
61)クラスターが発生した集団への対応を評価する | 87.8 | 9 | IV | |||
62)クラスターが発生した集団の対応で得られた情報や経験を地域全体の予防へ活かす | 85.6 | 6 | IV | |||
18 保健所内外の協働体制を評価し,見直す | 63)保健所内外の協働体制を評価し,見直す | 81.1 | 13 | IV | ||
全期 | 19 健康危機に対応できるよう保健師の実践能力を向上させる | 64)デジタル技術を活用して情報管理および疫学データ分析能力を向上させる | 81.1 | 17 | I | |
65)最新のエビデンスや国の政策を把握して実践に活かす | 85.6 | 9 | I | |||
66)実践を記録,報告して実践知を継承する | 78.9 | 14 | IV | |||
平均 | 89.2 | 7.5 |
*卒業時の到達度は以下のI~IVのうちもっとも回答の割合の高かったものを示した.
I.少しの助言で自立して実施できる
II.指導の下で実施できる(指導保健師や教員の指導の下で実施できる)
III.学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てることができる又は実施できる)
IV.知識として分かる
下位項目の到達度レベルに関してはI~IVのいずれに当てはまるかを確認し,もっとも割合の高い到達度を表に示した.その結果,66項目中「I:少しの助言で自立して実施できる」が7項目(10.6%),「II:指導の下で実施できる(指導保健師や教員の指導の下で実施できる)」が5項目(7.6%),「III:学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てることができる又は実施できる)」が19項目(28.8%),「IV:知識として分かる」が35項目(53.0%)であった.
コメントの内容を質的に分析した結果,主に二つの内容が含まれており,①表現が曖昧,他の項目との整合性や重複を指摘したもの,②レベルが高すぎるというコメントであった.下位項目で10校以上からコメントのあった項目が12項目あり,そのうち10項目では「現任教育レベル」「学生にはレベルが高すぎる」などの意見があった.この10校以上からコメントのあった12項目の妥当性の平均は73.1%と下位項目全体の平均の89.2%と比べて低い傾向にあった.
3. 妥当性の検証を踏まえた項目の検討妥当性の検証の結果,小項目,下位項目ともに基準とする70%を超えており,本到達目標案はおおむね妥当とみなすことができた.ただし,コメントが10校以上から寄せられた項目もあった.そこで,すべてのコメントを吟味し,内容の修正の必要性や,必要な場合はどのように修正するかを検討した.さらに用語の定義についてコメントを踏まえて検討した.
コメントの分析の結果からコメントには2つの内容が含まれており,①表現が曖昧,他の項目との整合性や重複の指摘に対しては,より適切な表現を工夫するとともに,項目間の整合性を再検討し,できるだけ文言を統一するようにした.②要求するレベルが高すぎるという指摘に関しては,修正が必須と考えられたものの,管理的な視点も必要であると考えた.そこで,管理的な項目で集約可能と思われる項目は修正後の下位項目「29)健康危機に対応できるよう保健所の体制を調整する」などの項目にまとめた.
これらの修正を行った結果,小項目は19項目から14項目に,下位項目は66項目から39項目となった.また対象に関して,厚労省版は「個人/家族」「地域(集団/組織)」に分けており,本到達目標案でもそれに準じて対象を分類した.この対象を今回の検討を踏まえて詳細に分類したところ,①地域全体,②地域住民,③患者・接触者,④クラスターが発生した集団,⑤保健所・関係機関の体制,⑥全期を通じた活動の6つに分類できた.
4. 定義の検討コメントを踏まえて本到達目標における用語の定義を再検討した.
1) 感染症の健康危機管理今回のコメントの中には,結核や食中毒関連の感染症の集団発生に関する言及や,「感染症全般にいえるか」といった感染症全般を扱うと認識されている指摘もあった.感染症の健康危機管理の範囲を整理し,本報告での定義を明確化する必要があった.
厚生労働省健康危機管理基本方針(1997)によると健康危機管理とは「医薬品,食中毒,感染症,飲料水その他何らかの原因により生じる国民の生命,健康の安全を脅かす事態に対して行われる健康被害の発生予防,拡大防止,治療等に関する業務であって,厚生労働省の所管に属するものをいう」と定義されている.本報告ではこれらの健康危機管理の中でも保健師が行う感染症の健康危機管理の範囲を明確にする必要がある.
厚生労働省の感染症健康危機管理実施要領(2001)では,緊急時対応を行う事象として,国内の感染症発生について,国際保健規則の「国際的に懸念される公衆の保健上の緊急事態(以下,PHEIC)を構成するおそれのある事象」と判断される事態と評価した場合や感染症についてなどが含まれている.PHEICに指定された感染症で国内での対策を求められた例として,2009年の新型インフルエンザや,2020年のCOVID-19の世界的流行が挙げられ,主に新興・再興感染症に焦点が当てられている.他方で,公衆衛生看護学の教科書(春山,2020)では,感染症の健康危機管理として感染症集団発生(感染症アウトブレイク)について説明されており,食中毒を引き起こす腸管出血性大腸菌の事例も紹介されている.
以上のように,感染症の健康危機管理の範囲は,明確に定まっておらず,感染の集団発生全般を示す場合や,新興・再興感染症に焦点を当てる場合がある(図1参照).本到達目標はもともとCOVID-19の感染拡大に対応できる保健師養成を最優先事項として作成されている.そこで本報告における感染症の健康危機管理を「新興・再興感染症への対応を中心とした住民の生命,健康の安全を脅かす感染症に対する発生予防,拡大防止等の取り組み」とした.
感染症の健康危機管理の範囲
修正前の小項目「3患者の感染源・濃厚接触者を特定し,適切な療養生活への支援を行う」について,「治療が要らない人もいるので患者ではなく陽性者なのではないかと思いましたが,治療を要する人だけでなく,罹患した人を患者というならばこのままでいいので,定義しておけばよいのかもしれません.」というコメントがあった.
新型コロナウイルス感染症患者に対する積極的疫学調査実施要領(国立感染症研究所,2021)では,「患者(確定例)」とは,「臨床的特徴等から新型コロナウイルス感染症が疑われ,かつ,検査により新型コロナウイルス感染症と診断された者」と定義している.この場合,陽性者も患者となる.そこで,本報告においても,症状のない陽性者も含めて患者とした.
3) 接触者修正前の小項目3「患者の感染源・濃厚接触者を特定し,適切な療養生活への支援を行う」のコメントで「コロナでは濃厚接触者だけであるが,結核であればハイリスク接触者も重要であり,併せて「接触者」にすることも検討が必要である」「濃厚接触者は「接触者」でよいと思う」という意見があった.COVID-19以外の感染症への適用も考慮し「接触者」とした.
上記の調査結果を踏まえて委員会内で修正した内容をさらに検討した.
1)タイトルの再検討
「感染症の健康危機管理に強い保健師に求められる卒業時の到達目標」という到達目標案のタイトルを改めて検討したところ,委員会の中で現在のタイトルでは健康危機管理に強い保健師を養成することを目的にしたタイトルになっていないという指摘があった.そこでタイトルを「感染症の健康危機管理に強い保健師養成のための卒業時の到達目標」(以下,到達目標)に修正した.
2)到達度について
到達目標案作成時には下位項目ごとに到達度を示していた.しかし,厚労省版では小項目に到達度をつけており,本到達目標を保健師基礎教育の中で使用するには厚労省版と合わせて小項目に到達度をつけた方が活用しやすいのではないかと考えて,小項目ごとに到達度をつけなおし,それに伴い到達度レベルに見合う表現となるよう項目を見直した.
3)小項目の修正
到達度を小項目につけなおす過程の中で,小項目9~13は下位項目が少なく「対応を評価し改善する」に集約できると考えて,一つにまとめることとした.その結果,小項目は10項目となった.
4)修正後の到達目標
以上の修正を行った結果,到達目標は小項目10項目,下位項目39項目となった(表5).修正後の小項目の構造を,横軸に中項目のプロセスを,縦軸に対象別にして整理した(表6).
中項目 | 小項目 | 到達度* | 下位項目 |
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G.平時から感染予防と拡大防止体制を整える | 1 健康危機への地域のリスクをアセスメントし対応を検討する | III | 1)感染症サーベイランスによって地域の感染症発生動向をモニタリングする |
2)地域の特性を踏まえた感染症のリスクをアセスメントし,課題を見出す | |||
3)地域の特性を踏まえた感染予防と健康危機の発生時の対応を検討する | |||
2 平時から住民への感染予防策を講じる | II | 4)住民へ感染予防策の普及・啓発を図る | |
5)住民へ感染症の差別・偏見防止に関する普及・啓発を図る | |||
6)住民からの感染予防の相談に対応する | |||
7)感染すると健康へのリスクが高い人への支援方法を検討する | |||
8)集団の感染予防を検討する | |||
3 健康危機に備えた地域の保健医療提供体制を整える | IV | 9)健康危機に備えた保健所の体制を整える | |
10)平時から保健所と関係機関との協働体制を整える | |||
11)健康危機に備えた地域の保健医療提供体制を整える | |||
H.感染症健康危機の発生に対応する | 4 健康危機発生による地域のリスクを推定し対応を検討する | III | 12)健康危機発生の動向をアセスメントし,地域のリスクを推定する |
13)健康危機に関する最新の情報を入手し対応を検討する | |||
5 住民への感染拡大防止策を講じる | III | 14)住民へ感染拡大防止策の普及・啓発を図る | |
15)個人・家族からの感染の不安や受診の相談に対応する | |||
16)感染すると健康へのリスクが高い個人・家族への感染拡大防止を支援する | |||
6 患者・接触者への積極的疫学調査と保健指導を行う | III | 17)患者の不安を受け止め信頼関係を構築する | |
18)患者の個人情報の保護と人権に配慮する | |||
19)患者・接触者への積極的疫学調査を行う | |||
20)患者,濃厚接触者が法的措置を理解し対応できるよう支援する | |||
21)患者への保健指導や必要な支援を行う | |||
22)接触者へ保健指導を行う | |||
7 クラスター発生時の積極的疫学調査と保健指導を行う | III | 23)クラスターの発生を迅速に探知し,対策を立案する | |
24)クラスターが発生した集団発生の成員との信頼関係を構築する | |||
25)クラスター発生時の患者調査,接触者調査,環境調査を行う | |||
26)収集した情報から集団発生の特徴を明確にする | |||
27)クラスターが発生した集団の成員が法的措置を理解し対応できるよう支援する | |||
28)クラスター発生時の保健指導や必要な支援を行う | |||
8 健康危機発生時の地域の保健医療提供体制を調整する | IV | 29)健康危機に対応できるよう保健所の体制を調整する | |
30)健康危機に対応できるよう関係機関との連携・協働体制を調整する | |||
31)健康危機に対応できるよう地域の保健医療提供体制を調整する | |||
I.感染症健康危機の小康期・収束に対応する | 9 対応を評価し改善する | IV | 32)感染症の健康危機への地域の対策を評価し改善する |
33)住民・集団への対応を評価し改善する | |||
34)患者・濃厚接触者への支援を評価し改善する | |||
35)クラスターが発生した集団への対応を評価し改善する | |||
36)地域の保健医療提供体制を評価し改善する | |||
全期を通じて健康危機管理に関する能力の向上を図る | 10 健康危機管理に関する能力の向上を図る | I | 37)デジタル技術を活用して情報管理および疫学データ分析能力の向上を図る |
38)最新のエビデンスや国の政策を把握して能力の向上を図る | |||
39)リスクコミュニケーションの知識の向上を図る |
*卒業時の到達度
I.少しの助言で自立して実施できる
II.指導の下で実施できる(指導保健師や教員の指導の下で実施できる)
III.学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てることができる又は実施できる)
IV.知識として分かる
対象\中項目 | G平時 | H危機発生時 | I小康期,収束 |
---|---|---|---|
①地域全体 | 1 健康危機への地域のリスクをアセスメントし対応を検討する | 4 健康危機発生による地域のリスクを推定し対応を検討する | 9 対応を評価し改善する |
②地域住民 | 2 平時から住民への感染予防策を講じる | 5 住民への感染拡大防止策を講じる | |
③患者・接触者 | 6 患者・接触者への積極的疫学調査と保健指導を行う | ||
④クラスターが発生した集団 | 7 クラスター発生時の積極的疫学調査と保健指導を行う | ||
⑤保健所・関係機関の体制 | 3 健康危機に備えた地域の保健医療提供体制を整える | 8 健康危機発生時の地域の保健医療提供体制を調整する | |
⑥全期を通じた活動 | 10全期を通じて健康危機管理に備える |
感染症の健康危機管理に強い保健師養成のための卒業時の到達目標の作成プロセスを報告した.厚生労働省の「保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度」のうち,健康危機管理に関する項目を基盤とし感染症に焦点をあて,小項目19項目,下位項目66項目の到達目標案を作成した.会員校を対象とした自記式質問紙調査で妥当性を確認したところ,妥当と回答した割合は全ての項目で7割以上であった.しかし表現が曖昧なことや要求するレベルが高すぎるという指摘もあり,コメントを踏まえて修正し,さらに委員会でも検討したところ小項目10項目,下位項目39項目となった.今後この到達目標は,感染症の健康危機管理に関する保健師基礎教育の評価や事態の把握に活用可能であると考えられる.
妥当性の検証に関する調査にあたり,全国保健師教育機関協議会の会員校の皆様に調査への回答をお願いし,多くの皆様からご協力を得ることができました.心よりお礼申し上げます.
なお,本活動の一部は,2022年6月4日の全保教総会の委員会報告,同年8月20日の全保教夏季教員研修会および10月10日の秋季教員研修会で報告した.