2023 Volume 7 Issue 1 Pages 7-11
第10回一般社団法人 全国保健師教育機関協議会 秋季教員研修会は,『新型コロナウイルス感染症への対応から,今,現場に必要とされる保健師の技術とは』をテーマとして,2022年10月10日,山梨県甲府市の山梨大学大村智記念学術館を会場として,158人の参加者を得てオンラインにて開催された.
岸恵美子協議会会長は,本来,日本公衆衛生学会とともに対面にて開催するところであるが,新型コロナウイルス感染症の拡大に伴いオンライン開催とすることをご了承願いたいと述べた.一般社団法人 全国保健師教育機関協議会は,保健師教育の質の向上を目指し,1980年に設立され,既に40周年を迎えている.現在,会員校は,232校となり,全国の約8割の学校,養成所が加入する大規模な協議会となっている.本協議会は,保健師教育の充実を図り,質の高い保健師を養成し,公衆衛生の向上に寄与することを目的としている.今回は,大変タイムリーなテーマを取り上げていただき,研修実行委員長として健康科学大学の山崎洋子先生をはじめ,実行委員の皆様に心より感謝申し上げる.
新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い,現場の保健師の方々,実習にあたる教育機関の教員の方々など大変な状況の中,努力されてきたことと推察する.これらの状況を踏まえ,健康危機管理に強い,実践力のある保健師の養成が求められている.今回の研修を是非今後に生かしていただければ幸いであると挨拶した.
2020年からの新型コロナウイルス感染症への対応は,既に2年が経過した.保健所および市町村は,この感染症への対応を通して,多くの経験を得るとともに,課題を抱えながら日々実践に取り組んでいる.今後の保健師活動の充実と保健師養成に向けて,これまでの新型コロナウイルス感染症への対応の実態を理解し,現場に必要とされる保健師の技術について検討する.今回の教員研修会においては,現場の保健師活動の実際を報告していただくとともに,山梨県の感染症対策,これらの実態を踏まえて感染症に強い保健師の養成に向けて必要な技術を検討する.
山梨県富士・東部保健所地域保健課長
岡部順子
1. 山梨県富士・東部保健所の概要山梨県は,東京都,神奈川県に近く,山梨県富士・東部保健所は,神奈川県に近い位置にある.県人口は,81万人と小規模な県であり,県型保健所は4箇所あり,甲府市は中核市であるため,県内は5つの保健所を有している.そのうち,山梨県富士・東部保健所は県内の17万人を管轄し,人口の約20%を占めている.所属する保健師は8名であり,地域保健課が感染症対策を行っている.
2. 新型コロナウイルス感染症への対応保健所の新型コロナウイルス感染症への対応体制として,①疫学調査班,②健康観察班・健康相談班,③入院・入所調整班,④ロジ班があり,24時間相談対応として携帯電話を持ち続けた点は,疲弊を招いた.特徴として,第1波から,OG保健師(退職保健師)を導入し,活動を進めた点が挙げられ,現在も協力を得ている.第6波は,第4波,第5波とは異なり,感染拡大状況が収まらず,現地対策本部応援職員も加わり,さらに,第7波には県庁応援職員も動員し,その後,派遣職員を導入する流れとなった.
患者発生への対応としては,患者発生届を受け,積極的疫学調査を行い,療養先の調整・決定を進め,療養解除まで支援する.療養先の決定にあたっては,高齢者であるか,一人暮らしであるか,支援者の有無,妊娠の有無を考慮し,特に若い親子は,家族全員が感染する場合が多く,生活支援に苦労した.嘔吐が長引く小児への対応をする中で,虐待の疑いのある事例では児童相談所と連携したり,妊娠しているが未受診であり,妊娠継続を決断できていないという事例では産科のある医療機関につないだり,コロナウイルス感染症への対応を通して,保健師として住民の個別支援を実施した.
現在は全数把握の見直しがされて,発生届が10件程度となり疫学調査対象が10件程度となっているが,クラスター化しやすいところをどのような公衆衛生の視点を持って食い止めるかが焦点となっている.特に,高齢者施設,障害者施設には注意をしている.高齢者施設等への支援として,1人でも陽性者を確認した場合,施設への積極的疫学調査を進め,できるだけ早急に行政検査の準備を行っている.併せて保健所職員が感染予防対策の指導,特に施設内のゾーンニング,介護職員への感染防御具装着の指導などを行った.また,医療機関に所属する感染管理の専門看護師にも協力を得た.高齢者への対応に関しては,施設内での療養か,医療機関への入院かの選択肢を検討する際に,本人の意思,自立度など十分に検討し,選択していく必要がある.
3. 保健所の役割とこれからの保健師活動保健所の役割としては,積極的疫学調査,患者および家族への支援,濃厚接触者への支援,医療体制の確保,患者搬送体制の確保,市町村との連携があるが,患者および家族への支援,市町村との連携に保健師が大きく関わる.処遇困難事例への対応として,適切な療養先の確保として,今あるスキームの範囲で調整することが重要である.特に高齢者への対応の中で,入院を拒むこともあるため,訪問型の支援に移行する必要もあるが,それも円滑に進まない場合がある.ホームケアを適切に行うには,ヘルパー等のガウンテクニックも必要であり,看取りも課題になりつつある.これらの課題に対して,今後,力を入れる必要があるとともに社会資源の開発を進めたい.
これらの感染症対策の経験を踏まえて,保健師として重要視すべきは,折に触れ公衆衛生看護の定義に立ち返ることである.また,保健師の役割として,地域に根ざした公衆衛生看護活動を展開することであり,多岐にわたる分野の保健師業務を経験し,保健師の臨床判断を鍛えるためにも現任教育とジョブローテーションが重要である.
健康科学大学・山梨県感染症対策センター総長
藤井 充
本稿においては,都道府県庁,保健所,市町村に勤務する保健師,いわゆる公務員である行政保健師を念頭においている.また,約30年間の厚生労働省勤務,10年間の保健所長勤務を背景として本稿を進める.
まず,山梨県感染症対策センター(YCDC)設立の経緯から述べる.
1. 山梨県感染症対策センター(YCDC)の役割2009年に豚インフルエンザの騒動があり,短期間にて終息した.現場では様々な混乱が生じ,それに対応したが,その経験が今回の新型コロナウイルス感染症には全く継承されていないという現実に直面した.今後,どのような新興感染症が発生し,日本国内に影響を及ぼすかわからないという状況を考えた時,感染症対策に特化して,これまでの経験を整理し蓄積しながら将来に継承できるような組織の設立が必要であるという議論が進み,2021年4月に設立された.
感染症対策センターは,県知事の直轄組織である.さらに,感染症対策統括官の管理下には,①感染症対策グループ,②新型コロナウイルス対策グループ,③グリーン・ゾーン推進グループがあり,そのうちの①②が感染症関係事務を統括し,県庁内の各組織と連携を取りながら対策を進めてきた.感染症対策センターは,いわゆるヘッドクオーターの役割を果たしている.また,国内外の3人の専門家からなるグローバル・アドバイザリー・ボードを設け,施策に対する意見や最新の情報を提供してもらうほか,県内の専門家からの協力を得て,毎週1回の会議を開催している.私は現在,YCDCの総長と大学教員を兼務している.YCDCの業務の主軸は,感染症対策の統括で,①新型コロナ対応,②未知の感染症への備え,③継続事業・共通基盤整備が所掌業務であり,現在は,①が業務の多くを占めている.
2. 県内の保健師が果たした役割新型コロナウイルス感染症の現状としては,山梨県は,感染者が少ないと言われている.しかし,その理由はわかっていない.奈良県立医科大学の分析によると「人口あたりの保健師数が多い都道府県ほど新型コロナウイルス感染症への感染者割合が低い」という結果が示され,人口対の保健師数は,全国3位であり,このことが,感染者の多い東京,神奈川,静岡と隣接しているにも関わらず感染者が少ないことに影響しているのではないかと考えられる.また,このような状況を上手く利用して,保健師の更なる確保に結びつけていくことも大切ではないかと考える.
山梨県の保健師数は,県所属に比べて市町村所属の保健師が多い.保健師がコロナ対策に果たした役割としては,県庁,保健所,市町村と様々であるが,県庁の情報分析,保健所の医師の指示に基づく検体採取業務を強化する必要がある.保健師への取材からは,非常にきめ細かな支援活動を進めていることがわかり,既存の支援ルートに乗らない者への見守りも丁寧に行われており,その背景には人口対の保健師数が多いこと,保健師の管理職が増えたこと,日頃からの保健所と市町村との連携があることが見えてきた.
3. 保健師教育への展望山梨県のコロナ対策で見えてきた課題としては,情報,人材,医療の側面が挙げられる.これらに保健師が関与できればと考える.また,保健師教育への展望として,2点挙げることができる.第1は,健康危機管理である.長期化する災害や新型コロナウイルス感染症への対応を充実させる必要がある.また,その中で,感染拡大防止に中心的役割を果たす感染管理認定看護師,感染要因の探索とそれを踏まえた再発防止策を提案・推進していく保健師が,連携・協力しながら取り組む必要がある.第2は,行政対応である.保健師だけで完結できる業務は限られており,健康危機管理対応として感染症対策を行うには「施策化」が重要である.また,「人」「もの」「金」を効率的に結びつける「仕組みづくり」と効果的に推進するための「情報化」「戦略」が必要である.そして,ニーズおよび優先順位を含めて,活動の必要性,具体的な効果などをエビデンスに基づいて説明できる能力が必要である.そのためには,プレイヤーとしての保健師からマネージャーとしての保健師になっていく必要がある.
感染管理に強い保健師を養成するために大学教育において対応可能なこととしては,リスクコミュニケーションを含めての健康危機管理の知識,基本的な感染看護の知識・関係法規の知識,疫学と保健統計の知識などの習得とこれらの知識を使いこなせる実践能力の開発と演習の実施が挙げられる.また,政策策定に関する知識,行動経済学の知識と応用,働き続けるためのストレスマネジメントなども必要である.コロナ禍で実習の機会が制限される中,それを補うことができるような教材の開発が必要である.
東京医科大学
鈴木良美
現在,既に感染症の健康危機管理に関する教育を取り入れている教育機関,また,これから取り入れることを計画している教育機関など様々な状況がある中で,健康危機管理対策委員会として,改めて到達目標や視聴覚教材の開発について共有させていただく.
1. 感染症の健康危機管理に強い保健師養成のための卒業時の到達目標当初の「感染症の健康危機管理に強い保健師に求められる卒業時の到達目標」から「感染症の健康危機管理に強い保健師養成のための卒業時の到達目標」に変更した.その理由は,健康危機管理に強い保健師の養成を目指すことを適切に示すためである.到達目標作成の基盤として,厚生労働省の「保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度」の大項目3「地域の健康危機管理を行う」の3つの中項目および11小項目を活用し,それらを感染症の健康危機管理に特化して修正した.
到達目標作成プロセスとして,国内外の文献・教科書の分析を行い,委員会で検討し,そこから3中項目,19小項目,67下位項目案を作成した.これに対して会員校から意見を聴取し,意味が曖昧,レベルが高いというコメントを基に検討を重ね,小項目・下位項目を整理し,それぞれ10項目,39項目とした.また,本到達目標における感染症の健康危機管理を「新興・再興感染症への対応を中心とした住民の生命,健康の安全を脅かす感染症に対する発生予防,拡大防止等の取り組み」と定義した.
本到達目標の目指すものとして,キーワードはPreparedness(プリペアドネス)とした.感染症の健康危機管理に強い保健師養成に向け,COVID-19への対応に加え,今後の新興・再興感染症の発生に備えたPreparednessも重要である.Preparednessは,準備態勢と訳され,到達目標を基盤に,Preparedness向上のための教育の実施が期待できる.
到達目標における中項目は厚生労働省の「平時」,「危機発生時」,「回復期(小康期,収束)」を基盤に感染症の健康危機管理に焦点を当てた3項目とし,さらに小項目10項目を設定した(表1).具体的には,「平時」で小項目3項目,「危機発生時」で5項目,「小康期,収束」で1項目,さらに全期を通じて健康危機管理に備える1項目に分類した.
中項目 | 小項目 | 到達度* |
---|---|---|
平時から感染予防と拡大防止体制を整える | 1健康危機への地域のリスクをアセスメントし対応を検討する | III |
2平時から住民への感染予防策を講じる | II | |
3健康危機に備えた地域の保健医療提供体制を整える | IV | |
感染症健康危機の発生に対応する | 4健康危機発生による地域のリスクを推定し対応を検討する | III |
5住民への感染拡大防止策を講じる | III | |
6患者・接触者への積極的疫学調査と保健指導を行う | III | |
7クラスター発生時の積極的疫学調査と保健指導を行う | III | |
8健康危機発生時の地域の保健医療提供体制を調整する | IV | |
感染症健康危機の小康期・収束に対応する | 9対応を評価し改善する | IV |
全期を通じて健康危機管理に関する能力の向上を図る | 10健康危機管理に関する能力の向上を図る | I |
*卒業時の到達度
I.少しの助言で自立して実施できる
II.指導の下で実施できる(指導保健師や教員の指導の下で実施できる)
III.学内演習で実施できる(事例等を用いて模擬的に計画を立てることができる又は実施できる)
IV.知識として分かる
このうち,「危機発生時」の2項目(No. 6, 7)は,①積極的疫学調査の実施に関する内容で新人でも対応を求められ,シミュレーション等の演習で技術の習得を目指す内容である.次に「平時」の1項目(No. 1)および「危機発生時」の1項目(No. 4)は,②地域全体のリスクアセスメントや推定であり,演習等で設定した状況下で実際にリスクを検討することを目指す.さらに「平時」の1項目(No. 3)および「危機発生時」の1項目(No. 8)は,③地域の保健医療体制を調整する活動であり,保健所,関係機関の体制は,COVID-19への対応で管理的な活動の重要性が改めて認識されたところであり,知識として身に付けることを期待する.最後に,④情報管理能力,リスクコミュニケーションの習得は,全期を通じて健康危機管理に備える(No. 10)ために必要であり,これは健康危機管理に限らず重要な目標である.
2. 教育における到達目標の活用次に,到達目標を教育でどのように活用していけるのかについて述べる.それらは,次の3点である.①教育内容の検討における活用,②視聴覚教材での活用,③到達目標を学生が理解し技術を獲得できるための方略である.
第1に,到達目標は,感染症の危機管理に関する保健師学生への教育内容や評価を検討する際に活用できる.小項目とその下位項目は,演習を計画する際の参考になる.
第2に,視聴覚教材での活用として,健康危機管理活動は学生が現場を見学することが難しい場合も多い.現在,健康危機管理対策委員会では,視聴覚教材「感染症パンデミック」「自然災害」編を作成している.感染症は日本赤十字看護大学の井口理准教授を中心に作成中であり,作成過程には,静岡県,新宿区の保健師の皆様にご協力をいただき取材を進めた.到達目標を参考に映像や保健師の語りを交えながら活動の基本を解説したり,積極的疫学調査に関しては保健師の実演の映像を収録するなどしている.また,学生の主体的な学びを促すための設問を用意し,グループワークなどでも活用できるように検討中である.2023年3月には会員校の皆様に配布予定であり,現在編集を進めている.
第3に,到達目標を学生が理解し技術を獲得できるための方略として,報告者が,電話による積極的疫学調査の演習を行った経験から述べたい.学生は,到達目標の下位項目「17.患者の不安を受け止め信頼関係を構築する」「18.患者の個人情報の保護と人権に配慮する」ことは,容易に実践可能な内容だと思っていたようだった.しかし,演習で模擬患者を相手に実践しようとすると,緊急連絡先を話すのに抵抗感を感じる患者にうまく対応できない場面に直面し,対応の難しさを実感していた.映像や演習を通じて,これらの難しさと大切さを学生が実感し,理解するとともに技術を獲得できるよう委員会において教育方法を更に検討していきたい.
また,対象との信頼関係構築の前提となる対象理解のために学生に伝えたいこととして,保健師へのインタビューで印象的だったことを述べる.積極的疫学調査には,「調査」という名称がついており,ともすると一方的な聞き取りになってしまうことがある.しかし,実際には対象者との共同作業で,情報を整理していく.対象者は陽性になったことでショック,怒り,自責の念,失業や立ち退きなどの社会的危機も抱え,人生の危機にあることを心にとめる必要がある.
3. 健康危機管理対策委員会の今後の活動最後に,健康危機管理対策委員会より,学生の到達目標の到達状況に関する調査の予定を示すとともに,協力のお願いを申し上げる.目的は,保健師学生の到達目標の到達状況を把握し,教育の質向上に役立てることであり,保健師教育機関の教員,保健師学生を対象として実施する.また,この調査をもとに,更に,教員に役立つ教育内容や教材の開発を進めていく予定である.なお,到達目標は,調査の結果を踏まえ,2023年度から活用できるように整えていきたい.
2022年度秋季教員研修会に沢山の方々にご参加いただき,お礼申し上げる.日本公衆衛生学会に引き続きの秋季教員研修会は,山梨大学大村智記念学術館を会場として,実行委員長の山﨑洋子先生,実行委員の先生方とともに進めてきた.講師の3名の先生方からお話をいただき,感染症を含めた健康危機管理の重要性,その役割を果たす保健師に必要な知識・技術・態度について改めて検討し,教員として何が求められているのか考える機会となった.これまでの経験に基づき,様々な感染対策が浸透してきており,次期秋季教員研修会は,現地開催を実現できるよう準備を進めていく.
今年度の経験を生かし,来年度の春季,夏季,秋季と教員研修会の充実を図っていきたい.また,オンデマンドによる研修も充実させていきたいと考えている.皆様からの忌憚のないご意見をアンケート等を活用してお聞かせいただけたら幸いである.