2025 Volume 9 Issue 1 Pages 17-22
研修委員会では,一般社団法人全国保健師教育機関協議会の「教員の質の保証事業」として,公衆衛生看護学を教授するラダーI研修会(以下,ラダーI研修会)を2017年から2年を1クールとして実施してきた.COVID-19の流行時(2020–2023年)にはオンライン研修に切り替え,新たな研修形式を経験することができた.今回の4期は,対面形式に戻り1年目は2023年8月から開始し,そのラダーI研修会については保健師教育第8巻1号で報告した(野尻ら,2024).今回は,その継続研修報告として2024年3月(3日目)と8月(4日目,5日目)の研修の概要と課題,展望を報告する.
本ラダーI研修会は,表1の公衆衛生看護学を教授する教員の教育ラダーの1A,1Bにあたり,教育から5年目までの教員を対象に提供される研修である.2年間の研修の概要は保健師教育第8巻1号で報告されているとおりである(野尻ら,2024)2024年3月の研修会は,2023年8月に実施した「教育」に関する研修で「授業における学習指導案(1コマ分90分)の作成」の事前課題が課され,各受講生は,その成果物を持参して参加することになっていた.事前課題の作成においては,前年度の研修で指導を受けた教材観,学生観,指導観の視点で計画立案と実践し,加えてそれに対する上司/同僚の評価を受けた成果物を提出するように求められていた.その成果物をもとに,さらに3月の研修「授業展開に焦点を当てた研修」で受けた「授業評価」の講義と事前課題「学習指導案」を教材にグループワーク形式でお互いの授業展開に対して質疑やリフレクションを繰り返した.このように各受講生は自分が実施した「授業における学習指導案」について検討を重ねることで,自分の学習指導案をより充実した内容へと推敲を重ねる経験ができた(表2).そのグループ編成においては,前回の研修会のアンケートでいただいた意見を踏まえ,より多くの受講生との交流や意見交換ができるようにメンバー構成を考慮して新たなグループにてグループワークを実施した.これらの経験を通して,受講生は自ら作成した学習指導案をより客観的に振り返る機会が得られ,学びを深める構成となっている.
公衆衛生看護学を教授する教員の教育ラダー
区分 | 1A | 1B | 2 | 3A | 3B |
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役割・責任 | 授業:単発試行・補佐 実習:継続的指導下 |
授業:単元責任 実習:頻回指導下 |
授業:複数科目責任 実習:時々指導下・自立 |
授業:複数科目責任 実習:自立・指導 |
授業:カリキュラム責任 実習:開発・自立・指導 |
必須の仕事経験 | 授業単発試行経験 自分の教育評価研究 |
授業単元責任遂行経験 単元の教育評価研究 |
授業科目責任遂行経験 科目の教育評価研究 |
科目の教育評価研究 継続指導経験 |
カリキュラム開発・管理経験 カリキュラム評価研究 |
必須の研修(教育力) | 教育学/FD/基礎研修 | 教育学/FD/初期研修 | 教育学/FD/中級研修 | 教育学/FD/上級研修 | 教育学/FD/ベテラン研修 |
求められる資格・学位 | 学士・修士 | 修士 | 博士 | 博士 | 博士 |
必要経験年数(目安) | 0年~2年 | 1年~5年 |
公衆衛生看護学を教授する教員〈レベル1〉―授業展開に焦点を当てた研修―
研修3日目:2024年3月22日 | |
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参加数(名) | 40(別途オンライン研修受講者4名を含む) |
内容 | 講義「授業評価」 講師:鈴木美和氏 演習「各自の課題発表と討論1」 ファシリテーター:荒木田美香子氏 他 演習「課題発表と討論2」 ファシリテーター:荒木田美香子氏 他 演習「グループ報告」 コメンテーター:荒木田美香子氏 他 まとめ・2024年度研修の事前課題等の説明 担当:山口 忍氏 |
2023年8月研修の受講者は40名,2024年3月の研修会の受講生は36名であった.欠席した4名の受講生は,研修日が保健師等国家試験の合格発表と重なったこと等の理由であり事前課題は提出していた.そこで,研修委員3名が6月15日の午前中にグループワークの演習(表2)に基づいてZOOMで補講を実施した.これにより,ラダーI研修会の教育編を受講した受講生40名に対して,教育編に関するすべてのプログラムを受講することができた.
2年目の2024年8月22日–23日(4日目,5日目)の研修は「実習指導に焦点を当てた研修」である.4日目は保健師カリキュラムや教育課程の確認,教育学総論IIの教育心理学等の講義中心の内容(表3),5日目は実習の展開の講義と実習指導計画の立案のグループワークと共有発表会で学習成果の共有を目的に展開した(表4).今回も,5日目の終了時に2025年3月に向けての事前課題として所属機関で実施する「実習指導計画立案」と「再構成用紙」の作成が受講者に課された.2025年3月の研修会は,その体験を共有する機会となる.
公衆衛生看護学を教授する教員〈レベル1〉―実習指導に焦点を当てた研修―
研修4日目:2024年8月22日 | |
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参加数(名) | 35* |
内容 | 講義「保健師カリキュラムの構築」 講師:岸 恵美子氏 演習「教育課程を確認しよう」 ファシリテーター:野尻由香氏 他 講義「教育学総論II―教育心理編―」 講師:佐藤 純氏 演習「実習に限定した指導官に関する討論」 コメンテーター:山口 忍氏 他 |
*は2024年度よりの受講者1名を含む
公衆衛生看護学を教授する教員〈レベル1〉―実習指導に焦点を当てた研修―
研修5日目:2024年8月23日 | |
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参加数(名) | 35* |
内容 | 講義「『保健師のコンピテンシー』『保健師に求められる実践能力と卒業時の到達目標と到達度』を視野に入れた実習(個人・家族/集団・組織/展開論/管理論実習)を基に」 講師:鈴木 るり子氏 演習「グループ実習指導計画の立案1」ファシリテーター:野尻由香氏 他 演習「グループ実習指導計画の立案2」ファシリテーター:野尻由香氏 他 演習「グループ発表と議論」コメンテーター:野尻由香氏 他 フォローアップ研修までの演習課題の説明 担当:松尾和枝氏 |
*は2024年度よりの受講者1名を含む
2024年度の受講生へのアンケート調査結果では,受講生36名中33名(91.6%)の回答が得られた.その結果は,研修の開催方法については図1,研修内容については図2に示す.「開催場所は参加しやすかったですか」は「そう思う」と「ややそう思う」を合わせて30名(90.9%)であり,研修期間は1日で良いかの問いでは,「そう思う」と「やや思う」が29名(87.9%)であった(図1).研修内容については(図2),「グループワーク演習は有効でしたか」の問いでは,33名(100%)が「やや思う」「思う」であり,「授業内容」については,「授業計画を作成する際の参考になりますか」や「授業で困っていたことの解決に役立ちましたか」等の項目で33名(100%)が「やや思う」「思う」であったことから,講義は有意義であったと考える.しかし,「授業への自信」の「そう思う」は6名(18.2%)や「授業で学生の能力に応じた学習支援ができる」の問いの「そう思う」は5名(15.2%)の結果であった.授業における学生能力の評価や必要とされる学習支援の方策案の学修は,短期の研修の成果として評価することは難しいことでもあり,経験の積み重ねが必要である.授業における学生能力の評価や具体的な教授方法については,各研修委員がファシリテータとして受講生のワークに加わり,その際の受講生の報告や学生指導などの実際などに対して,学生との関わり方,教材の活用の工夫等について一部助言や意見交換を促進することを通して学びが深まるように務めた.このグループワークでの学びはグループ内の学び合いに留まらず,全体発表で研修参加者全員と意見交換する中で,授業展開の方法論の学修のみならず,やりがい,達成感等の表現として教員としての熱い思いが言語化され,それらも含めて共有する場になっていた.
研修の開催方法(2024年3月研修)n=33
研修内容について(2024年3月研修)n=33
2024年8月研修会の受講生は35名であった.研修内容は,表3,表4のとおりであり,アンケートの回答者は27名(77.1%)であった.研修の時期や場所,2日間の日程,職場の理解等については高評価であった.2023年度からの継続受講者は5名減少していた.その継続困難の事情が「受講生の就労環境が変わる」や「産休育休等の事情」であったことは,2年間の長期間の研修継続の課題と考えられた.講義内容(図4)は,「『保健師のコンピテンシー』『保健師に求められる…』を視野に入れた実習」や「保健師カリキュラムの構築」などの項目で「やや思う」「思う」の回答が100%であった.実習内容について(図5)は,「実習で学生の実践能力に応じた学習支援ができそうですか」で「あまり思わない」が4名(14.8%),「実習で学生の実践能力を把握する方法を理解できましたか」では「思わない」「やや思わない」を含めて6名(22.2%)があった.また,自由記述から「教育理論について学ぶ機会がないまま教員を続けていたので,今回研修に参加できてよかった.どの先生も説明は分かりやすく,最新の知識を踏まえており興味深かった」や「理論や基礎的考え方などたくさんのことを学ばせていただけたことを幸せに思います」,「教育課程,授業計画等々,今まさに悩んでいたところでとてもいい研修に参加できました.何よりも同じ仲間がいることがわかり心強く感じております.先生方の的確なアドバイスや保健師教育への情熱に感動しました」等の高評価があり,各グループに配置されたファシリテータ(研修委員会メンバー)の助言なども含め,ラダーI研修会での研修内容は,受講生の公衆衛生看護学の基礎教育の知識と技術の獲得につながっていると考える.一方で,「時間的配分」や「ボリュームの多い内容」,「遠方からの受講生からはオンラインの継続」,「グループワークでの機材整備の環境整備」の希望もあった.これらの意見に対しては,今後も検討を重ねてゆきたい.
研修の開催方法(2024年8月研修)n=27
講義内容について(202年8月研修)n=27
実習指導の理解について(2024年8月研修)n=27
しかし,表5に示しているように,修了率は,過去のオンライン研修会のみの研修では59.0%であったのに対し,対面研修で行っていた第1期と第4期のラダーI研修会ではいずれも約8割の修了者が見込まれている.これらのことより対面による共同学習効果が大きいのではないかと推察する.
研修生の参加状況
1期生(2017–2019) | 2期生(2019–2020*) | 3期生(2021*–2022*) | 4期生(2023–2024) | |
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参加者数(名) | 48 | 50 | 39 | 40 |
修了者数(名) | 45 | 38 | 23 | (36)** |
修了率(%) | 93.8 | 76.0 | 59.0 | (90.0)** |
*はオンライン開催
**は2024年8月研修までの受講者数
また,研修会での受講生の交流の様子や研修後も研修修了生の「つなぐ会」が第1期の修了時から設立され,継続的にそのメンバーを増やし,学会等で「授業の工夫について」のワークショップを開催していること等,発展的成果も生じている.
4. ラダーI研修の今後の課題2023–2024年の4期目のラダーI研修会は東京都の日本教育会館で実施してきた.研修委員会では,受講者にアンケート調査にて研修の方法や場所などについての結果を基にラダーI研修会について検討を重ねてきた.前述のように修了率の比較から,対面形式での方法は,オンライン研修会よりも有効であると考えた.また,場所についても審議したが交通の便や予算的に現在の場所が適切であると判断した.研修期間については,「研修期間は1日で良いか」の問いに「そう思う」と「やや思う」が29名(87.9%)であったこと(図1)から,教育編(1年),実習編(1年)の丸2年間を掛けた研修会は受講生の負担でもあると考えられ,中には,オンラインまたはオンデマンドでの研修を希望する者もいた.しかし,前述のようにグループワークによる学び合いの学習効果は大きく,昨年の報告でも述べたようにOFF-JTである時間と職場を離れた学修の場を有意義に活かした対面の意見交換,交流の刺激の効果はある(野尻ら,2024).対面式での開催ならではの効果と考えるため,研修委員会として協議の結果,この形式での研修を継続することにした.教員自身がグループワークで相互学習の意義や効果を体験学習した経験は公衆衛生看護の重要な要素でもある協働力を醸成する方法論として,今後,学生たちを教育する一つの糧になるのではないかと考える.今回のラダーI研修会において明らかになった「評価」に関する学びの課題に対応するため,発展的なラダーI研修会の構築も重要な課題である.
研修委員会は,2024年度の夏季教員研修会から,すでに承認を受けていた「日本公衆衛生学会認定専門家研修」に加え,「日本公衆衛生看護学会認定専門家認証制度ポイント加算研修・セミナー」の認証が受けられるように,体制を整えることができた.2024年度は,その手続きに必要な夏季教員研修会の修了証を希望する研修受講生50名に発行することができた.
今後,研修委員会が取り組むべき課題としては,中期計画に示されている「教員研修の体系化の検討(キャリアラダーにおける夏季研修の位置づけと研修方法・運営の有り方の見直し)や研修内容の「e-learning」化などが挙げられる.また,「公衆衛生看護学を教授する教員の教育ラダー」の効果的な活用も新たな課題として明らかになった.これまで企画されてきた貴重な研修内容を,「公衆衛生看護学を教授する教員の教育ラダー」に沿った体系化や「e-learning」化へと発展させることが求められる.さらに,公衆衛生看護に携わる教員のキャリア形成に寄与できるような体系的な研修の構築を目指すとともに,今後ますます多様化する社会の変化に対応した公衆衛生看護の教育力向上を図る研修についての検討が課題である.
今回,ラダーI研修会の3日目のアンケート調査を公表できたことや4日目,5日目の研修後のアンケート調査から,公衆衛生看護学を教授する着任して間もない教員にとって,グループワークで得られた効果と同じ境遇である仲間の輪が広がりつつあることが推察された.しかし,研修会が2年間掛ることやオンラインでの開催の要望があることから,期間や研修方法について継続検討が必要である.
公衆衛生看護学を教授する教員が,講義や実習を教授するために基本的な知識や理論,技術を学修できる研修内容は意義深いことから継続運営に尽力したいと考える.
最後に,研修の開催にご協力を頂きました講師の先生方にこの場をお借りして深謝いたします.今後も本協議会会員校の皆様のご意見を取り入れて研修を行っていきたいと考えておりますので,どうぞご理解とご協力をお願い致します.