2025 Volume 9 Issue 1 Pages 23-27
保健師教育に関わる「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラム(以下,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリ)」の初版は,全国保健師教育機関協議会(以下,全保教)の臨時委員会(特別プロジェクト)として立ち上げられた「保健師教育モデル・コア・カリキュラム検討委員会」により,2018年3月に2017年版(一般社団法人全国保健師教育機関協議会,2018)として作成された.
その後,2018年11月に中央教育審議会(中教審)が「2040年に向けた高等教育のグランドデザイン(答申)」(文部科学省 中央教育審議会,2018,pp. 3–7)の中で,「2040年に必要とされる人材と高等教育の目指すべき姿」として「予測不可能な時代を生きる人材像」及び「学修者本位の教育への転換」を示した.前者は,「専攻分野の専門性を有するだけではなく,思考力,判断力,俯瞰力,表現力の基盤の上に,幅広い教養を身に付け,高い公共性・倫理性を保持しつつ,時代の変化に合わせて積極的に社会を支え,論理的思考力を持って社会を改善していく資質を有する人材,すなわち「21世紀型市民」(我が国の高等教育の将来像(平成17年1月28日中央教育審議会答申)」)が多く誕生し,変化を受容し,ジレンマを克服しつつ,更に新しい価値を創造しながら,様々な分野で多様性を持って活躍している」(文部科学省 中央教育審議会,2018,p. 4)というイメージである.後者は,「個々人の可能性を最大限に伸長する教育」への転換の必要性を述べており,そのポイントとして「何を教えたか」から,「何を学び,身に付けることができたのか」への転換,教育課程の編成として学位を与える課程全体としてのカリキュラム全体の構成,個々の教員が教えたい内容ではなく学修者自らが学んで身に付けたことを社会に対し説明し納得が得られる体系的な内容」等(文部科学省 中央教育審議会,2018,pp. 6–7)で構成することとしている.
これらの答申を受けて,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリ2024改訂版の作成に向けた方向性は,①保健師に求められる基本的な資質・能力の明確化と,②資質・能力に沿った既存の2017年の公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの改編及び,③2040年に必要とされる人材として保健師に必要な資質・能力を身に付けるために必要な学修内容の検討の3点であった.これらを踏まえて,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの充実に向けて検討してきた経過について報告する.
専門職教育モデル・コア・カリを作成するうえで,既に作成済みの医歯薬学教育については「医療人として求められる基本的な資質・能力」として,専門分野に関わらず,共通した10の資質・能力を掲げて作成することとされた(文部科学省 モデル・コア・カリキュラム改訂に関する連絡調整委員会,2022).
保健師教育においては,医歯薬学と同様とは言い難く,保健師の仕事は社会の健康課題の変遷及び就業場所の多様化によって,近年,拡大・高度化しており,保健師の専門能力を見直し更新する必要がある.そのため,2023年度から2024年度にかけて,全国保健師長会,全保教,日本公衆衛生看護学会などから選定された20人のメンバーによる「保健師の未来を拓くプロジェクト2023–2024」において,保健師のコアバリュー(専門職の基盤となる保健師の価値・規範,つまり行動や意思決定の基準となる根源的な考え方)とコアコンピテンシー(保健師の中核となる考え方や姿勢,行動特性を含む能力)について検討がなされた(岡本ら,2024).さらに,これらの項目についてデルファイ調査を行い,実践者・教育研究者を含む保健師関連団体の合意形成に基づく,コアバリューの3項目,【健康の社会的公正】,【人権と自律】,【健康と安全】,コアコンピテンシーの8項目,【プロフェッショナルとしての自律と責任】,【科学的探究と情報・科学技術の活用】,【ポピュレーションベースのアセスメントと分析】,【健康増進・予防活動の実践】,【公衆衛生を向上するシステムの構築】,【健康なコミュニティづくりのマネジメント】,【人々/コミュニティを中心とする協働・連携】,【合意と解決を導くコミュニケーション】とこれらの定義が強固な合意水準によって,明確化された(岡本ら,2024).
2. 資質・能力に沿った公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの検討 1) 公衆衛生看護学教育の目指す姿の明確化~改訂案の作成に向けた取り組み (1) 学習会の開催2023年度に「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラム(2017)の作成方法」をテーマに,当時,保健師教育モデル・コア・カリキュラム検討委員会の委員長であった佐伯和子先生に講演を依頼し,教育課程委員会のメンバー及び全保教の理事等が参加して学習し,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの柱,学修目標の考え方などを共有した.
(2) 公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリ2024改訂版の作成医歯薬学教育モデル・コア・カリの改訂版を参考に,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリ(2017)(一般社団法人全国保健師教育機関協議会,2018)を踏まえて,保健師のコンピテンシーを基盤として整理することとし,2023年度は8回の会議(Web会議6回,対面会議2回)により検討を行った.さらに,2024年度は,20回の会議(Web会議16回,対面会議4回)により,コンピテンシーと学修目標がフィットしているか,表現や到達度について検討を重ね,洗練させた.
2) 会員集会・夏季教員研修会の実施公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの改訂は,会員の参画を踏まえて行う方針とし,下記2回の会員集会において改訂の経緯やその後の進捗について修正した公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリを提示しながら,グループワークなどを実施し会員からの意見を集約した.
(1) 第1回会員集会①日時:2023年11月19日(日)10~12時,②方法:オンライン開催,③テーマ:公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの改訂に向けた会員集会,④内容:公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの改訂に向けて集会開催の経緯,専門教育モデル・コア・カリの経緯,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの改訂案と今後の進め方,2040年の社会を見据えて「どのような保健師を育てたいか/育てたい保健師像(キャッチフレーズ)」についてのグループワーク,⑤参加人数:約100名,⑥グループワークで,キャッチフレーズ案「予測不能な時代において,すべての人が健康に暮らす社会を目指して未来を見据えた対応ができる保健師の養成」について,意見交換を行った.161件の意見が挙げられ,グループワーク記録から「育てたい保健師像(キャッチフレーズ)」に関する内容を抽出しコード化,意味内容の類似性からカテゴリ化した.分析の結果,36コードから,【予測不能に込める意味】,【保健師の専門性】,【対人支援能力】,【保健師としての姿勢】,【強化すべき役割】,【教育上の課題】,【看護師との違い】の7カテゴリを生成した.
先述のグループワーク記録の分析結果を踏まえて教育課程委員会でキャッチフレーズの改訂案を作成し,「社会の潮流を見据え,人々をつなぎ,すべての人が健康で安全に暮らせる公正な地域社会を創成できる保健師の養成」とした.改訂の背景として,「予測不能という言葉を入れるかどうか」についての意見が最も多かったが,「今後を見据える」ことに内包されるため削除した.「社会の潮流」とは,時代の流れ,社会情勢,社会の流れが移り変わっていく中で潮流を読み,柔軟な対応ができることも含む,魚の目のイメージを表現した.医歯薬学のキャッチフレーズは「未来の社会や地域を見据え,多様な場や人をつなぎ活躍できる医療人の養成」とされているが,保健師が人々を「つなぐ」とは,住民や他職種と協働・連携できる,組織的活動も含む専門性を示している.「健康で安全な暮らし」には「安全」を追加,「公正な地域社会を創成」は「人権を衛る社会的公正,まちづくりの視点」を表現している.これらの内容について,2024年8月夏季教員研修会で会員校と共有し,キャッチフレーズへの賛同が得られた.
(2) 第2回会員集会(全保教夏季教員研修会における全体集会)①日時:2024年8月24日(土)10時~12時,②方法:オンライン開催,③テーマ:公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの改訂に向けて,④内容:看護学教育モデル・コア・カリの進捗とポイント,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリ2024改訂版についての説明,2023年度全保教会員集会の内容報告(11月19日実施),グループワーク,⑤参加状況:約150名(グループワークは約80名)で15グループに分かれて意見交換を実施,⑥意見交換の内容:公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの8つのコンピテンシーのうち,各グループ1~2つについて,a)第2層:資質能力の構成要素と第3層:具体的な能力の検討,b)第4層:学修目標のレベルに関する妥当性,c)疑問点等とし,全体で159件の意見が挙げられた.
また,学内業務などで当日参加できないなどの事前連絡もあったことから,当日参加できなかった方からの意見も集約できるよう,夏季教員研修会後に学修方略の先駆事例について,会員校からの提供依頼を行う際に,一斉メールによる追加意見の募集を依頼し,9校から意見が寄せられた.
上記の夏季教員研修会のグループワークのご意見を踏まえて,教育課程委員会のメンバーにおいて,公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリのブラッシュアップを行った.
3) 会員校へのパブリックコメント公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリについて,①調査期間:2024年12月19日~2025年1月20日,②調査対象者:会員校の代表1名,③調査内容:公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの【1】本文への意見募集と【2】第2章の別冊 コアコンピテンシーごとの資質・能力・学修目標に関する妥当性と各項目に対する意見募集,④方法:Microsoft formsを用いたWEB調査を実施した.
その結果,【1】については会員校46校(回収率19.3%),【2】については会員校39校(回収率16.0%)より回答を得た.
【1】の本文における「内容について意見なし」は,第1章の公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリの考え方(pp. 1–10)では29件(63.0%),第2章の資質・能力,学修目標,卒業時の到達度(pp. 11–13)では39件(84.8%),第3章の学修方略・学修評価(pp. 14–18)では41件(89.1%)であった(表1).一方,【2】コアコンピテンシーごとの資質・能力及び到達度の各項目において,「賛同」「おおむね賛同」を合わせると,90%以上(範囲94.9~100%)が妥当であると回答しており,「修正あり」の割合はわずかであった(表2,表3).示された意見に基づき,委員会で審議し修正を行い,2025年3月に改訂版を完成した.
本文への意見 第1~3章に対する賛同率 N=46 件(%)
内容について 意見なし |
内容について 意見あり |
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第1章 公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラムの考え方(pp. 1–10) | 29(63.0) | 17(37.0) |
第2章 資質・能力,学修目標,卒業時の到達度(pp. 11–13) | 39(84.8) | 7(15.2) |
第3章 学修方略・学修評価(pp. 14–18) | 41(89.1) | 5(10.9) |
第2章の別冊 コアコンピテンシーごとの資質・能力に関する妥当性と各項目に対する賛同率 N=39 件(%)
公衆衛生看護学教育のコアコンピテンシーごとの資質・能力 | 賛同・おおむね賛同 | 修正の必要あり |
---|---|---|
C1:プロフェッショナルとしての自律と責任 | 39(100) | 0(0) |
C2:科学的探究と情報・科学技術の活用 | 37(94.9) | 2(5.1) |
C3:ポピュレーションベースのアセスメントと分析 | 39(100) | 0(0) |
C4:健康増進・予防活動の実践 | 37(94.9) | 2(5.1) |
C5:公衆衛生を向上するシステムの構築 | 38(97.4) | 1(2.6) |
C6:健康なコミュニティづくりのマネジメント | 39(100) | 0(0) |
C7:人々/コミュニティを中心とする協働・連携 | 39(100) | 0(0) |
C8:合意と解決を導くコミュニケーション | 39(100) | 0(0) |
第2章の別冊 コアコンピテンシーごとの到達度に関する妥当性と各項目に対する賛同率 N=39 件(%)
公衆衛生看護学教育のコアコンピテンシーごとの到達度 | 賛同・おおむね賛同 | 修正の必要あり |
---|---|---|
C1:プロフェッショナルとしての自律と責任 | 37(94.9) | 2(5.1) |
C2:科学的探究と情報・科学技術の活用 | 37(94.9) | 2(5.1) |
C3:ポピュレーションベースのアセスメントと分析 | 39(100) | 0(0) |
C4:健康増進・予防活動の実践 | 39(100) | 0(0) |
C5:公衆衛生を向上するシステムの構築 | 39(100) | 0(0) |
C6:健康なコミュニティづくりのマネジメント | 38(97.4) | 1(2.6) |
C7:人々/コミュニティを中心とする協働・連携 | 39(100) | 0(0) |
C8:合意と解決を導くコミュニケーション | 39(100) | 0(0) |
表4で示したとおり,「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリ」のコンピテンシーについて,2017版と2024改訂版との違いを比較した.2024改訂版のコア・カリで示された新たなコンピテンシーは,「C2情報・科学技術の活用」「C5公衆衛生を向上するシステムの構築」の2つであった.前者はデジタル社会の実現に向けて,業務を行ううえでデジタル技術の活用により公衆衛生の現場を変革していくことが求められている.超高齢社会は基より,今後,人口減少や過疎化,災害や健康危機などにも対応できるよう,情報科学の分野にも精通した教育が求められる.後者は,地域における組織活動や事業化・施策化につながるよう,地域の実状に合わせたシステム構築が求められ,地域アセスメントから事業化・施策化につなげていけるよう,新たな教育方法や演習等を取り入れていく必要がある.
公衆衛生看護学教育におけるコンピテンシー(2017)と(2024)との比較
公衆衛生看護学教育におけるコンピテンシー(2024) | 公衆衛生看護学教育におけるコンピテンシー(2017) |
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C1:プロフェッショナルとしての自律と責任 | A-1プロフェッショナリズム A-9生涯にわたって学び続ける姿勢 A-7社会の動向と公衆衛生看護活動 |
C2:科学的探究と情報・科学技術の活用 | A-8科学的探究 |
C3:ポピュレーションベースのアセスメントと分析 | A-2公衆衛生看護学の知識と課題対応能力 |
C4:健康増進・予防活動の実践 | A-3公衆衛生看護実践能力 |
C5:公衆衛生を向上するシステムの構築 | A-5協働する能力 A-5-2)ケアシステムの構築 |
C6:健康なコミュニティづくりのマネジメント | A-6ケアの質保証と安全の管理 |
C7:人々/コミュニティを中心とする協働・連携 | A-5協働する能力 A-5-1)保健・医療・福祉における協働 |
C8:合意と解決を導くコミュニケーション | A-4コミュニケーション能力 |
また,2017版と比較して特徴的なコンピテンシーは3つある.1つ目は「コミュニケーション能力」で,2024改訂版では「合意と解決を導くコミュニケーション」となっていることから,地域住民や多職種などと共に合意と解決を導くコミュニケーションを教育の中で学修していく必要がある.2つ目は「多職種連携能力」で,2024改訂版では「人々/コミュニティを中心とする協働・連携」となっている.これは地域住民が主体的に中心となって活動できることを促進するヘルスプロモーションの考え方を踏まえて,多職種を含めた地域におけるパートナーシップが求められ,これらを想定した学修の取り組みが必要である.3つ目は「ケアの質保証と安全の管理」で,2024改訂版では「健康なコミュニティづくりのマネジメント」となっており,単にケアの質保証と安全の管理だけではなく,健康なコミュニティづくりができるように,マネジメント力やリーダーシップを身に付ける学修方法が求められている.
教育課程委員会では,2023~2024年度の活動として,保健師基礎教育の質の向上を図るために,「2040年に必要とされる人材と高等教育の目指すべき姿」を考え,「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラム2024改訂版」の作成に取り組んできた.将来を見据えて柔軟に対応できる能力・支援技術を有する保健師の育成が求められており,基礎教育におけるビッグデータ・疫学・保健統計等の活用,施策化・事業化等について,教育内容を強化していくことが重要である.
「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラム2024改訂版」は,「学生が何を学び身に付けることができたのか」がわかるように,コンピテンシーベースに学修内容を整理し,保健師課程の修了時の到達度を示したものである.保健師の基礎教育は,多様な教育課程ではあるが「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラム」として,これらを参考に各校の特色を活かしながら教育に取り組んでいくことで,保健師の質の担保に繋がると考える.今後は,「公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリカリキュラム2024改訂版」を公衆衛生看護の現場にも普及していくとともに,現任教育にもつながるように現場と共に検討していく必要がある.
公衆衛生看護学教育モデル・コア・カリキュラムの改訂にあたり,パブリックコメント及び夏季教員研修会等でご意見をいただきました会員校の皆様に深く感謝申し上げます.