The journal of law, the Postgraduate Course of Kansai University
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2023 Volume 2023 Issue 103 Pages 19-81

Details

  • 【目次】
  • 一 はじめに
  • 二 改正前の起算点に関する議論
  •  1.改正前の判例
  •   ⑴ 判例
  •   ⑵ 判例の分析
  •  2.改正前の学説
  •   ⑴ 法律上の障害説
  •   ⑵ 現実的期待可能性説
  •   ⑶ 学説の分析
  • 三 改正過程における起算点の議論
  •  1.改正提案
  •  2.法制審議会による議論
  •   ⑴ 中間試案以前の議論
  •   ⑵ 中間試案
  •   ⑶ 中間試案後の議論
  •   ⑷ 小括
  • 四 改正後の起算点について
  •  1.客観的起算点の解釈
  •  2.主観的起算点の解釈
  •  3.現状の問題点
  •   ⑴ 主観的起算点の解釈をめぐる問題点
  •   ⑵ 主観的起算点と客観的起算点の関係性をめぐる問題点
  •   ⑶ 二重の期間をめぐる問題点
  •  4.今後の展望
  •   ⑴ 主観的起算点の解釈について
  •   ⑵ 二重の期間構成について
  • 五 おわりに

一 はじめに

我が国の消滅時効制度は、2017 年の民法(債権関係)改正によって、「債権者が権利を行使することができることを知った時から5 年間行使しないとき」(民法166 条1 項1 号)、または、「権利を行使することができる時から10 年間行使しないとき」(166 条1 項2 号)に、債権が時効によって消滅すると規定された。改正前の時効期間は原則10 年であったが、改正によって、客観的起算点から10 年の時効期間に加えて、主観的起算点から5 年の時効期間が設けられた。

また、人の生命・身体の侵害による損害賠償請求権は、権利を行使することができる時から20 年の時効期間とされた(167 条)。

さらに、不法行為による損害賠償請求権については、被害者または法定代理人が損害および加害者を知った時から3 年の時効期間(724 条1 号)と、不法行為の時から20 年の時効期間とされ、旧724 条後段の20 年の期間が消滅時効であることが明示された(724 条2 号)。人の生命・身体を害する不法行為による損害賠償請求権は、724 条1 号で3 年とされている時効期間が5 年とされた(724 条の2)。

消滅時効に関しては、時効期間の短期化や消滅時効の起算点の主観化という近時の世界的動向の下で1、時効期間の統一化・単純化を目指して改正が行われた。

改正によって、短期消滅時効(旧170 条から174 条)と商事消滅時効(商法旧522 条)が廃止され、時効の統一化・単純化が実現された。また、主観的起算点の導入により、時効期間が5 年とされ、時効期間の短期化や起算点の主観化という国際的な流れに沿った形での改正になったと思われる。さらに、債権の消滅時効は主観的起算点から5 年、客観的起算点から10 年という二重の期間構成となった。主観的起算点の導入や二重の期間構成が採用されたことは、消滅時効制度にとって大きな変化となった。

上記のような改正によって、消滅時効制度は以前より分かりやすい制度となったが、問題とされていたことがすべて解決されたわけではなく、様々な問題点も残されている。このような状況であるから、一回限りの改正に終わるのではなく、より良い消滅時効制度の構築を目ざして継続的に検討を行う必要性が指摘されている2

以上のような現状を踏まえて、本稿では、残された問題点を明らかにするために、消滅時効に関し、2017 年改正前の議論や改正過程における議論の検討を行う。改正以前に問題とされていた事柄をあらためて示すことにより、それらの問題点が改正によってどのように解決へと導かれたのか、さらに、今後どのような点を考慮する必要があるのかが明らかになるであろう。その際、消滅時効の起算点の問題、特に166 条の起算点の問題に焦点を当てて検討を行い、今後の展望を示す。その理由は、次の3 つの点にある。① 債権一般の消滅時効の起算点については、その解釈において判例の変遷が見られ、学説においても見解が分かれている状況にあったこと、② 改正によって、主観的起算点の導入や二重の期間構成が採用され、大きな変更が生じた部分であること、他方、③ 不法行為による損害賠償請求権については、724 条1 号は旧724 条前段と同じであり、724 条2 号は旧724 条後段の内容を維持したうえで、20 年の期間が消滅時効期間であることを明示したものである3と説明されていることである。

二 改正前の起算点に関する議論

2017 年改正前において、債権については10 年、債権または所有権以外の財産権については20 年の消滅時効が定められていた(民法旧167 条)。その起算点は、「権利を行使することができる時」(旧166 条1 項)であり、これは権利の行使に法律上の障害がないことを意味し、事実上の障害があっても時効は進行すると解されていた4。改正前において、消滅時効の起算点の解釈に関し、多くの議論が存在し、判例の変遷も見られる。ここでは、初めに判例の推移を明らかにし、起算点の解釈がどのように発展してきたのかについて検討する。次に、学説の動向の検討を行う。

1.改正前の判例

消滅時効の起算点に関し判断した判例は多く存在する5。判例が起算点の解釈について、どのような視点で判断を行い、基準となるような解釈を示してきたのか、次に判例の変遷の検討を行う。

⑴ 判例

 ① 大判昭和12 年9 月17 日民集16 巻1435 頁

この事案は、非債弁済による不当利得返還請求権の消滅時効の起算点に関し判断したものである。訴外A は、明治45 年3 月に訴外B がY 銀行に対して負う7 千円の債務を債務者の交替による更改契約によって負担し、これを分割弁済する旨約束し、この債務を担保するために自己所有の不動産に抵当権を設定した。大正3 年5 月、A はこの抵当権付不動産をX に売渡し、X はその代金の支払方法として、A がY 銀行に負担した年賦金を弁済するとの契約をした。ところが、これらすべての契約は、Aの父の無権代理による契約であったため無効となり、その契約に基づき行われたY 銀行に対する債務の負担や抵当権の設定、X への不動産の譲渡はないものとなった。A は、Y 銀行に対し抵当権設定登記抹消請求の訴えを提起し、昭和6 年6 月27 日、A の勝訴が確定した。

X は、A との契約に基づいてすでに大正3 年から1400 円をY 銀行に支払っていたため、非債弁済による不当利得として上記1400 円の返還をY銀行に訴求した。Y 銀行は、大正3 年以来10 年以上経過しているので、X の請求権は時効によって消滅したと主張した。これに対して、X は、時効はX が不当利得返還請求権の存在を知った昭和6 年6 月27 日の翌日から起算すべきであり、いまだ完成していないとして争った。

大審院は、消滅時効の期間が権利の発生と同時に進行を開始するものであることは、民法(旧)166 条の規定から明白であるとし、同条1 項の「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、法律上これを行使し得べき時を意味し、事実上行使し得るか否かは関係がないとした。X が返還請求権発生時にその権利の発生を知らず行使することができなかったとしても、これは事実上権利を行使することができなかったに過ぎず、不当利得返還請求権の消滅時効は、権利発生の時から進行すると判示し、X の請求を棄却した。

加えて、大審院は、不当利得返還請求権について権利発生の事実を覚知した時からこれを起算すべきものとすることは、この債権に限り消滅時効の完成しない場合を生じさせることになり不合理であるとしている。そして、一定の事実を覚知した時を時効の起算点とする特別な場合に関しては、その場合に適用される規定(旧426 条、旧724 条等)が設けられていることを指摘している。

 ② 最判昭和45 年7 月15 日民集24 巻7 号771 頁

この事案は、弁済供託における供託金取戻請求権の消滅時効の起算点に関し判断したものである。X(借地人と主張)は、地主A に地代を提供し、受領を拒絶されたため、地代の弁済供託を続けていたが、A がX に対して提起した土地明渡請求の別訴において裁判上の和解が成立した。これにより、X が借地権を有しないことを認めて土地を明け渡し、A が明渡までの地代相当の損害金債権を全部放棄することとなった。そこで、Xは、民法496 条1 項に基づき、供託官Y に対して供託金の取戻を請求したが、Y は、供託の時から10 年経過の分については、取戻請求権の時効消滅を理由としてその請求を却下した。X は、これを不服としてY に対して却下処分の取消を求める抗告訴訟を提起した。その取消事由として、X は、供託金取戻請求権の時効の起算点は裁判上の和解成立主張の時であるから、時効期間は満了していないと主張した。これに対して、Y は、その起算点は供託の時と解すべきであると反論した。

第一審(東京地判昭和39 年5 月28 日)は、(旧)166 条の権利を行使しうる時とは、権利の行使がその性質上期待し、予想される場合でなければならないと解すべきであり、弁済供託においては、債権者が債権を放棄する等供託者が免責の利益を享受する必要がなくならない限り、取戻請求

権の行使はその性質上期待できないといえるとした。本件の場合、時効の起算点は裁判上の和解成立の時であると判示した。

控訴審(東京高判昭和40 年9 月15 日)は、時効の起算点について第一審と同様に解して、控訴を棄却した。

最高裁は、供託物の還付または取戻の請求について、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」とは、「単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらにその権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要と解するのが相当である」とした。そして、「弁済供託においては供託の基礎となった事実をめぐって供託者と被供託者との間に争いがあることが多く、このような場合、その争いの続いている間に右当事者のいずれかが供託物の払渡を受けるのは、相手方の主張を認めて自己の主張を撤回したものと解せられるおそれがあるので、争いの解決をみるまでは、供託物払渡請求権の行使を当事者に期待することは事実上不可能にちかく、右請求権の消滅時効が供託の時から進行すると解することは、法が当事者の利益保護のために認めた弁済供託の制度の趣旨に反する結果となるからである。したがって、弁済供託における供託物の取戻請求権の消滅時効の起算点は、供託の基礎となった債務について紛争の解決などによってその不存在が確定するなど、供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時と解するのが相当である」と判示した。

 ③ 最判昭和49 年12 月20 日民集28 巻10 号2072 頁

この事案は、準禁治産者6である権利者が保佐人の同意を得られないために訴えを提起できない場合に、その権利についての消滅時効が進行するのかを判断したものである。X は、準禁治産宣告を受け、保佐人としてXの妹の夫A が選任された。その後、精神に障害があるとして、昭和33 年5 月14 日精神衛生法に基づき、訴外B 病院に強制入院させられた。X は、強制入院を違法な拘束であるとして人身保護法により釈放を請求した。裁判所は、X に対する強制入院の措置を正当な手続によらない身体の拘束と認めて、その釈放を命じた。昭和36 年2 月6 日、X は拘束を解かれ退院した。  

X は、約10 年後の昭和46 年2 月、強制入院させられた当時のB 病院の理事Y1 と管理者Y2 を相手どり、Y1Y2 は強制入院によるX の不法拘束について共同不法行為者であるとして、入院によりX に生じた損害、逸失利益等の支払を求めて提訴した。

Y1Y2 は、最終の不法行為の日(昭和36 年2 月6 日)においてX が不法行為による損害および加害者を知っていたから、同日より3 年経過した昭和39 年2 月6 日の終了とともにX の損害賠償債権は時効により消滅したので、これを援用すると抗弁した。

これに対し、X は、準禁治産宣告を受けたので、保佐人の同意なしにはY らに対する訴えを提訴することができなかったが、昭和46 年2 月4 日になってはじめて保佐人の同意を得られたので訴えを提起したのであり、消滅時効の起算日は保佐人の同意を得た昭和46 年2 月4 日であると主張した。

最高裁は、「消滅時効は、権利者において権利を行使することができる時から進行するのであるが、消滅時効の制度の趣旨が、一定期間継続した権利不行使の状態という客観的な事実に基づいて権利を消滅させ、もって法律関係の安定を図るにあることに鑑みると、右の権利を行使することができるとは、権利を行使し得る期限の未到来とか、条件の未成就のような権利行使についての法律上の障碍がない状態をさすものと解すべきである」とした。そして、準禁治産者が訴えを提起するにつき保佐人の同意を得られなかったという事実は、「権利行使についての単なる事実上の障碍にすぎず、これを法律上の障碍ということはできない」から、損害賠償債権の消滅時効の進行は妨げられないと判示した。

 ④ 最判平成13 年11 月27 日民集55 巻6 号1311 頁

この事案は、瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の適用があるのか判断したものである。昭和48 年2 月、X はY から本件土地およびその地上建物を購入し、所有権移転登記と引渡しがなされた。ところが、本件土地は、売買契約の前に市の道路位置指定を受けており、本件建物を改築する場合には床面積を大幅に縮小しなければならないという隠れた瑕疵があった。X は、引渡しを受けてから21 年余り経過した平成6 年になって初めてその指定の存在を知った。そこで、X はそれが隠れた瑕疵であるとして、瑕疵を知った時から1 年以内である平成6 年7 月に、Y に対して瑕疵担保責任(民法旧570 条)に基づく損害賠償を請求した。これに対して、Y はX の損害賠償請求権が時効(10 年)によって消滅しているとして消滅時効を援用した。

第一審(浦和地判平成9 年4 月25 日)は、瑕疵担保による損害賠償請求権が売買契約締結の時または登記ないし引渡しの時を起算点として10年の経過により消滅するとして、X の請求を棄却した。

これに対して、控訴審(東京高判平成9 年12 月11 日)は、(ⅰ)瑕疵担保責任は買主保護のための法定責任であって、売買契約上の債務とは異なるから旧167 条1 項の適用はないこと、(ⅱ)旧566 条3 項が「買主が事実を知った時」を起算点としていることは、その趣旨が権利関係の早期安定だけではないことを示していること、(ⅲ)消滅時効を適用すると買主が瑕疵を知らない間に損害賠償請求権が消滅することになり、買主に対し売買目的物を検査して瑕疵を発見する義務を負わせるに等しく、必ずしも公平といえないことを理由に、消滅時効の適用を否定した。

最高裁は、瑕疵担保による損害賠償請求権は、契約に基づき法律上生ずる金銭支払請求権であって、旧167 条1 項にいう「債権」に当たるとし、この損害賠償請求権には、買主が事実を知った日から1 年という除斥期間の定めがあるが、これは法律関係の早期安定のために買主が権利行使すべき期間を特に限定したものであるから、この除斥期間の定めがあることをもって、瑕疵担保による損害賠償請求権につき旧167 条1 項の適用が排除されると解することはできないとした。さらに、「買主が売買の目的物の引渡しを受けた後であれば、遅くとも通常の消滅時効期間の満了までの間に瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することを買主に期待しても不合理でないと解されるのに対し、瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定の適用がないとすると、買主が瑕疵に気付かない限り、買主の権利が永久に存続することになるが、これは売主に過大な負担を課するものであって、適当といえない」とした。したがって、瑕疵担保による損害賠償請求権には消滅時効の規定の適用があり、消滅時効は「買主が売買の目的物の引渡しを受けた時」から進行すると判示した。

 ⑤ 最判平成15 年12 月11 日民集57 巻11 号2196 頁

この事案は、生命保険契約における保険金請求権の消滅時効の起算点に関し判断したものである。訴外A は、Y 生命保険会社との間で、A を被保険者、その妻X を保険金受取人とする生命保険契約(以下、「本件保険契約」という)を締結していた。

A は、平成4 年5 月17 日、自動車を運転して自宅を出たまま帰宅せず、行方不明となった。X は、地元の警察署に捜索願を出したが、何の手がかりもなく生死不明のまま時が経過した。

A が行方不明になってから3 年以上が経過した平成8 年1 月7 日に、芦ノ湖スカイライン展望広場から自動車が転落する事故があり、その救出作業中に、展望台広場から約120 メートル下の雑木林の中で、A が運転していた車が発見され、そこから約3 メートルの位置にある窪み付近でA の白骨化した遺体が発見された。現場の状況等から、A は運転していた自動車が道路から転落したことにより負傷し、その傷害を原因として、平成4 年5 月ころに死亡したものと推認された。

X は、平成8 年11 月7 日、Y に対し、本件保険契約に基づき保険金の支払を求める訴えを提起した。

本件保険契約に係る保険約款には、保険金の支払事由について「被保険者が死亡したとき」とし、保険金を請求する権利は、「支払事由が生じた日の翌日からその日も含めて3 年間請求がない場合には消滅」する旨定められていた。そこで、Y は、A の死亡の日から3 年が経過するまでの間に本件保険契約に係る保険金の請求がなかったから、X の保険金請求権は時効により消滅したと主張した。

最高裁は、「本件消滅時効にも適用される民法166 条1 項が、消滅時効の起算点を『権利ヲ行使スルコトヲ得ル時』と定めており、単にその権利の行使について法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待することができるようになった時から消滅時効が進行するというのが同項の規定の趣旨であること……にかんがみると、本件約款が本件消滅時効の起算点について上記のように定めているのは、本件各保険契約に基づく保険金請求権は、支払事由(被保険者の死亡)が発生すれば、通常、その時からの権利行使が期待できると解されることによるものであって、当時の客観的状況等に照らし、その時からの権利行使が現実に期待できないような特段の事情の存する場合についてまでも、上記支払事由発生の時をもって本件消滅時効の起算点とする趣旨ではないと解するのが相当である。そして、本件約款は、このような特段の事情が存する場合には、その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において消滅時効が進行する趣旨と解すべきである」とした。

そして、「本件各保険契約に基づく保険金請求権については、本件約款所定の支払事由(A の死亡)が発生した時からA の遺体が発見されるまでの間は、当時の客観的な状況等に照らし、その権利行使が現実に期待できないような特段の事情が存したものというべきであり、その間は、消滅時効は進行しないものと解すべきである。そうすると、本件消滅時効については、A の死亡が確認され、その権利行使が現実に期待できるようになった平成8 年1 月7 日以降において消滅時効が進行するものと解されるから」、X が「本件訴訟を提起した同年11 月7 日までに本件消滅時効の期間が経過していないことは明らかである」と判示した。

⑵ 判例の分析

以上のように、当初判例は民法旧166 条1 項の「権利を行使することができる時」について、権利の行使に法律上の障害があるかどうかを厳密に判断していたといえる。しかし、その後、判例は事案に即した柔軟な解釈を行い、権利行使することができない場合を考慮して判断したと思われる。

  ⅰ) 判例①について

判例①は、消滅時効の期間が権利の発生と同時に進行を開始することは、民法旧166 条の規定から明白であるとし、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、法律上これを行使することができる時を意味し、事実上行使できるか否かは関係がないと判断した。権利者が返還請求権発生時にその権利の発生を知らず行使することができなかったとしても、これは事実上権利を行使することができなかったに過ぎず、不当利得返還請求権の消滅時効は、権利発生の時から進行すると判示した。この点に関し、時効制度の根本的な存在理由が、社会の法律関係の安定のために一定期間経過した事実状態はそのまま覆さずにこれを法律関係としようとすることにあるとの指摘がある7。そして、上告理由のように「権利を行使できる時」を「事実上権利を行使できる時」とし、事実上これを行使できない場合には債権の消滅時効が進行しないとすることは、時効制度の本旨を理解していないと述べている。

このように、権利の発生を知らないという事実上の障害は時効の進行を妨げるものでなく、権利者の保護よりも法律関係の早期安定を重視しているといえる。さらに、判決の中で、権利発生の事実を覚知した時からこれを起算すべきとすることは、債権の消滅時効の完成しない場合を生じさせることになり不合理であると述べられていることからも、「主観的な」起算点によっていつまでも時効が完成しない状態をよしとしていないことが見てとれる。

  ⅱ) 判例②について

判例②は、消滅時効の起算点の解釈に関して、権利行使の期待可能性の考慮を初めて示した判決である。弁済供託における供託金取戻請求権の消滅時効の起算点については、古い裁判例や従来の供託実務では、供託の時とされていた8。ところが、判例②は、「権利を行使できる」とは、単にその権利の

行使につき法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質上、その行使が現実に期待できることを要すると判断した。そして、弁済供託の性質上、供託者と被供託者との間に争いがあることが多く、それが解決するまでは、払渡請求権の行使を当事者に期待することは事実上不可能であるから、消滅時効が供託の時から進行すると解することは、弁済供託制度の趣旨に反する結果となるとしている。この点に関して、判例②以前においても、供託をめぐる紛争が解決するまでは当事者に取戻請求権、還付請求権の行使を期待できないことは、供託制度の性質上当然予定されているとの指摘がある9

さらに、判例②の判決以前に、判例②の第一審判決、その控訴審判決、続いて他の地裁・高裁10において、判例②と同様の判断を下していた。このような判決が急速に増加した理由については、特に賃料に関する訴訟において裁判が長期化し、判決が確定したときには、すでに消滅時効が完成しており払渡請求が却下されるケースが多くなってきたことによる不都合さと、結果的に国家に漁夫の利を得ることを許す不合理さへの反省があるといわれている11。それゆえ、判例②は、供託物の取戻請求権の消滅時効の起算点に関し、供託の基礎となった債務について紛争の解決などによってその不存在が確定するなど、供託者が免責の効果を受ける必要が消滅した時であると判示した。その後、判例②と同趣旨に取り扱う旨の通達12が出され、以後の判例や実務上で大きな影響を与えている。

このように、厳密に法律上の障害によってのみ判断するなら権利行使することが不可能な事案に関しては、その権利の性質を考慮に入れて、権利行使が現実に期待できる時が起算点となることを明確にした。

  ⅲ) 判例③について

判例③は、準禁治産者が訴えを提起するにつき保佐人の同意を得られなかったという事実は、権利行使についての単なる事実上の障碍にすぎず、これを法律上の障碍ということはできないと判示した。この判決で問題とされた論点について、これまでに判断した判例はなく、この点につき直接論及した学説もなく、注目すべき判決といわれている13。この判決では、期限の未到来や条件の未成就により権利行使することができない場合を法律上の障碍、客観的障碍とし、その他の事由は、事実上の障碍、主観的な障碍にすぎないとしている。一定期間継続した権利不行使という客観的な事実に基づき権利の消滅を判断することにより、法律関係の安定を重視したものといえる。

また、準禁治産者の特性に注目して、「準禁治産者は、自己の権利、財産の管理、保存行為については保佐人の同意なしに行為することができるのであり、時効の中断は、権利の管理ないし保存行為であるから、時効中断のための訴の提起は、保佐人の同意なしにできると考えることができるので、本判決のように時効の進行を認めても、準禁治産者は、究極的に消滅時効が完成することを妨げ、権利の消滅を防ぐことができることになろう」との指摘がある14。さらに、この事案では、X が訴えを提起したのはX の釈放後10年近く経過してからであり、通常人ならば被害感情も相当に沈静していたはずであるともいわれている15

このように、この事案は、権利者の性質に着目し、その権利行使を行うことができたかどうかを判断したものであり、正当な理由なく訴えを提起するまでに長時間が経過している点を考慮すると、権利者の保護よりも法律関係の安定が重視されたものと考えられる。

  ⅳ) 判例④について

判例④は、瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定の適用があり、消滅時効は買主が目的物の引渡しを受けた時から進行すると判示した。瑕疵担保による損害賠償請求権については、買主が瑕疵を知った時から1 年という除斥期間のほかに、民法旧167 条1 項の10 年の消滅時効の適用があるのかという問題に関し、下級審裁判例では見解が分かれていたという状況下において、最初に判断を下した上級審判決であり、重要な意義を有するといわれている16

判例④は、瑕疵担保による損害賠償請求権に消滅時効の規定が適用されることの根拠として、上記除斥期間の定めは、法律関係の早期安定のために買主が権利行使すべき期間を特に限定したものであり、この定めがあるからといって消滅時効の適用が排除されるとはいえないこと、また、通常の消滅時効期間満了までの間に瑕疵を発見して損害賠償請求権を行使することを買主に期待しても不合理ではないとしている。加えて、消滅時効が適用されないとすると、買主が瑕疵に気付かない限り、買主の権利が永久に存続することになり、売主に過大な負担を課する結果となり適当とはいえないとしている。

この点に関し、隠れた瑕疵に気付かない買主の保護に欠けるのではないかとの批判も考えられるが、瑕疵の発見の困難さの程度や売主の悪意または重過失、損害賠償請求までの期間の長短等の事情によっては、売主による消滅時効の援用が権利濫用であるとして、買主を保護することも可能であると指摘されている17。本件においても、Y が道路位置指定を知りながらX に本件土地を販売していた場合や、仮にこれを知らなかったとしてもY が調査義務を負うと評価される場合18には、Y による消滅時効の援用が「権利の濫用」に当たる可能性があり、その点を審理するため、原審に差し戻されている。

また、起算点を「目的物の引渡し時」とする趣旨が、買主が瑕疵を発見して権利行使が期待可能になる時点であるということであれば、引渡しがあっただけではそれを期待できないケースでは、本判決の起算点に関する判示の射程外と解すべきとも指摘されている19

さらに、判例④では、瑕疵担保による損害賠償請求権(1 年の期間)に一般的な消滅時効期間が適用されるのかが問題となり、このような「二重の期間」が存在する場合にどちらを適用するのか判断した点が興味深いといえる。従来の裁判例では、一般的な消滅時効期間の適用を肯定する見解と否定する見解とに分かれていた20。もっとも、それらの裁判例と判決④の状況は異なっている部分があり、本判決の結論がそのまま妥当するとはいえないが、「二重の期間」が存在する場合、一般的な長期の時効期間が適用される可能性が広がったと思われる。

  ⅴ) 判例⑤について

判例⑤は、従来から争いのあった生命保険金請求権の消滅時効の起算点について最高裁が判断を示したものとして重要な意義があるといわれている21。起算点に関し、様々な見解があり、原則的には保険事故発生時が起算点であるが、客観的に見て権利者が保険事故の発生を知らないことがやむを得ないような事情があれば、保険事故の発生を知った時から時効が進行するとする折衷的な説が有力であった22。そのような状況の下、判例⑤は、判例②を参照し、「権利を行使できる時」とは、法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質上、その権利行使が現実に期待することができるようになった時であり、その時から消滅時効が進行するとした。そして、本件に関しては、当時の客観的状況等に照らし、権利行使が現実に期待できないような特段の事情の存する場合には、その権利行使が現実に期待することができるようになった時以降において消滅時効が進行すると判示した。この点について、「権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるもの」という解釈を示した最高裁昭和45 年判決(判例②)を普遍化する視点を、保険約款の起算点解釈にも及ぼした判決と評価できると指摘されている23

しかし、保険金請求権者が単に保険契約を知らなかった場合や支払免責事由があると考えて保険金を請求しなかった場合にまで、本判決の射程が及ぶものではないことに注意を要するといわれている24

また、判例⑤の判断基準をそのまま当てはめるならば、「権利行使が現実に期待」することが不可能な場合には、いつまでも時効が完成しない可能性が生じる。これは、権利者には保護となるが、債務者側には大きな負担となり得る。それゆえ、本判決の考え方をどこまで一般化することができるのかという問題が残されていると指摘されている25。特に、保険関係においては、団体的・技術的要請があるため、形式的・画一的取扱いをすべき要請が強いし、保険事故状況調査の困難の増大という点も関係してくるため、約款において一定の時を起算点と定めることには保険経営の健全性を守るための行為として合理性があり、ひいては保険契約者一般の利益にもなるといわれている26。そして、原則的には約款で定められた起算点と時効期間が有効であるが、「特段の事情」がある場合、すなわち、客観的に誰が見ても権利行使が現実に期待できないような状況にあり、その行使ができないであろうと納得できるような状況の場合には、約款の効力が制限されると判断したものであるとしている。

  ⅵ) 小括

以上のように、当初判例は、権利者が法律上権利を行使することができるか否かを厳密に判断し、権利行使できることを知らなかったとしても、時効が進行するとしていた(判例①)。その後、「権利を行使できる」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、権利の性質上、その行使が現実に期待できることを要するという判断が下された(判例②)。判例②で示されたこの基準は、その後の多くの判決に影響を与えるものとなった。

他方、判例③は、判例①と同様に、権利者が権利行使できなかったことは、事実上の障害であり法律上の障害ではないから、消滅時効が進行するとした。

判例⑤は、判例②で示された基準に基づき判断しており、「特段の事情」を考慮している。しかし、判例⑤で示された基準を一般化して適用できるかについては問題があることが指摘されていた。

このように、判例は、権利行使が現実に期待できるか否かを基準として、権利者を保護するケースを拡大していったが、判例②や判例⑤で示された解釈を一般化できるのかという問題は残っている。これらの解釈を一般化するならば、権利者にとっては保護となるが、法律関係の早期安定にはつながらない。また、個々の事案によって考慮すべき事情は異なっているから、ある事案には適切な解決方法であったとしても、別の事案に対して同じ方法を用いることが適切とはいえない場合もある。それゆえ、判例②や判例⑤での解釈を参考とすることはできるが、その基準を一般化することができるとまではいえないと思われる。

さらに、判例④では、特別に規定されている時効期間と一般的な時効期間という「二重の期間」が存在する場合に、どちらの期間が適用されるのかが問題となっていた。判例④は、主観的な起算点が定められている特別規定ではなく、客観的な起算点から時効が進行し始める一般的な時効期間が適用されると判示した。主観的起算点からの時効期間と客観的起算点からの時効期間がある場合に、客観的起算点からの長期の時効期間が「上限」のような役割を果たし、いつまでも時効が完成しないという状況を回避している。以上のように、改正前においても、主観的起算点と客観的起算点からなる「二重の期間」に関する議論が存在していた。そして、このような状況下で判例は、権利者の保護と法律関係の安定とのバランスを考慮した判断を下していたと考えられる。

2.改正前の学説

民法旧166 条1 項の解釈に関しては、法律上の障害説が通説であるとされていた。その後、権利を行使することを期待ないし要求することができる時から時効が進行するという見解(現実的期待可能性説)が現れた。ここでは、改正前におけるこれらの学説について検討を行う。

⑴ 法律上の障害説

法律上の障害説は、債権を行使することについて法律上の障害がなくなったときから消滅時効が進行を開始するとする。そして、事実上の障害があったとしても、時効停止の問題が生じうるのは別として、時効の進行を妨げないとする。例えば、債権者の病気その他個人的な事実上の障害や、債権者が制限行為能力者である場合に法定代理人がいないという状況は、時効の進行を妨げない27

また、前掲判例①を参照し、債権者が権利を行使しうる時期となったことを知らなくても、時効は進行するし、法律的な障害でも、債権者の意思によって除くことができるものは、時効の進行を妨げないとする。その一例として、同時履行の抗弁権の付着している債権は、履行期から時効が進行するとしている28

⑵ 現実的期待可能性説

星野教授は、消滅時効の起算点をかなり遅くしている判例がある一方、起算点をかなり早くする判例もあり、起算点に関する判例の傾向が統一されていないことを指摘した29。起算点を早くすることは、債権者にとっては危険であり、債務者に対しても思わざる利益を与えるだけであり、裁判外の催促を厳格にし、トラブルが増える恐れがあるとする。そして、次のように説明する30。権利を行使することができる時から進行するというのは、本来は条件・期限に関するもので、「権利を行使することのできない時から進行するものではない」という消極的な意味のものであったので、「厳密に、法律上権利を行使することができる時から進行すると解しなければならない必然性はない。法律的に権利が発生していたか否かが裁判所で始めて明らかになる場合も少なくなく、そのさいに、債権者とりわけ素人にその判断の危険を負担させることは酷である。」したがって、「権利を行使しうることを知るべかりし 時期」、すなわち、債権者の職業・地位・教育などから、「権利を行使することを期待ないし要求することができる時期」と解すべきである。

このように、起算点に関し、厳密な意味で法律上の障害があるのかのみを判断するのではなく、権利行使が現実的に期待可能であるのかによって判断する必要があるという見解が示された。

ところで、この見解では、権利行使が現実的に期待可能であるのかという判断の基準となるものについて、「債権者の職業・地位・教育など」を基礎とすることが示されている。すなわち、債権者の「個人的事情」を考慮に入れて判断を行うことになる。松久教授は、星野教授が示した上記判断基準を「個人基準説」とし、これに対する基準として「通常人基準説」という分類を示している31

  ⅰ) 個人基準説

この基準は、上述のように、権利を行使できる時とは、「権利を行使しうることを知るべかりし時期」、すなわち、債権者の職業・地位・教育などから、「権利を行使することを期待ないし要求することができる時期」と解するとする32。このように、この説は、当該権利者の能力等の個人的・主観的事情を総合的に考慮している33

  ⅱ) 通常人基準説

松久教授は、個人基準説に関し、①「権利を行使しうることを知るべかりし時期」と、「権利を行使することを期待ないし要求することができる時期」を等置していること、② この時期を債権者の個人的・具体的事情を基準として判断すべきとしていることについて、賛成できない点があるとする34。そして、次のように説明する。①については、「権利を行使しうることを知るべかりし時期」を起算点とすると、知るべかりし時期が来るまでいつまでも時効が進行しないことになるが、それでよいのかという疑問が生じる。この基準を立てるならば、(旧)724 条後段のような二段構成とする必要があるし、「権利を行使しうることを知るべかりし時期」は、常に「権利を行使することを期待ないし要求することができる時期」に一致するとは限らない。次に、②について、これは当該権利者の具体的事情を判断の基礎とするものであるが、未弁済者保護説35の立場から、債務者に債務免除という時効利益が与えられるか否かは、債権者の職業・地位・教育という一種の個性に左右されるべきではないと考える。それゆえ、権利行使を期待しうるか否かは、権利者の個性を捨象した通常人を基礎として判断すべきである。なお、通常人には期待しえなくても、当該権利者には特別事情により権利行使を期待しうる場合も考えられるが、権利行使の要請は第一次的なものではなく、あくまで債務者免責の反射的・一般的要請であり、権利者の個性によって上記要請に強弱の差が出てくるものではない。したがって、この場合も通常人を基礎にすべきである。

さらに、その後、通常人基準説をとるものが増えてきている36。例えば、吉村教授は、「権利を行使することを期待ないし要求することができる時期」を起算点とする場合、それは当事者本人が基準となるのか、通常人ないし一般人が基準になるのかが問題となると述べる。そして、当該本人を基準とすることは、人により起算点が異なることによる不安定をもたらすので、通常人を基準とし、当該状況におかれた通常人に権利行使が期待しうる時から時効が進行すると考えるべきであるとする37

⑶ 学説の分析

通説とされている法律上の障害説を厳密に貫くならば、起算点の判断基準

としては明快であるが、法律上の障害がない場合でも権利行使が期待できな

い状況の権利者にとっては酷な状況が生じうる。他方、権利行使の期待可能

性を考慮することは権利者の保護に資することになる。

しかし、当事者の主観的事情を問題とすると、時効の進行開始時期に関する基準がはっきりしなくなるのではないかとの懸念が示されている38。それゆえ、従来から権利者の知・不知にかかわらず、法律上の障害がなくなったときから、一律に時効が進行を開始するものと扱われてきたといわれている。

また、個人基準説に対して、藤宗教授は、時効の進行を妨げる事由に該当するか否かの判断基準を恣意的かつ不明確なものにする危険性が高いのではないかと指摘している39。そして、民法の規定をみると、制限行為能力者に法定代理人の存在しないことや天災などの客観的事情でさえ、単に時効完成の停止事由とされ、時効期間進行の障害事由とされていないことからすれば、権利の内容・属性自体による権利行使の不能に限り、時効期間進行の障害とするのが、民法の基本的姿勢であると考えられるとする。

加えて、前田教授は、時効が法的安定性の維持が要求されることに基づくものであり、証拠資料の廃棄等の相手方の事情を考慮に入れるべきであるし、権利者から長期間請求がない場合には、時効の起算点が主観的事情であまりに左右されることは望ましくないとする40。そして、起算点に関し、債権の性質・内容および債権者の職業・地位・教育等から権利を行使しうることを現実に期待または要求することができる時とするのは問題であり、この点で「客観的な歯止め」となるものを配慮する必要があるとしている。

当事者の主観的事情を問題とすることに対する上記のような懸念がある一方で、金山教授は次のように指摘する41。起算点の解釈に関し、事実上の権利行使の可能性といった要素が漸進的に加味されるようになってきていることについて、人間重視の考え方の導入により機械的な条文適用が回避され、柔軟な処理がされている。これは、人権保護の理念が民法のレベルで受けとめられたといえ、高く評価すべきである。ただし、その反面、実質的考慮を働かせれば働かせるほど、起算点の基準が不明確になってしまうことには留意しなければならない。

さらに、徳本教授は、上述の「客観的な歯止め」のなさについて、具体的当事者の現実の知・不知を基準とするのではなく、通常人の合理的な判断(通常人なら知るべきであったとき)を基準とすることによってそれを回避することができると述べる42。このような通常人を基準として権利行使を期待しうべきとき、というように規範的な判断を加えていくのが妥当であるとしている。

以上のように、改正前の学説は、消滅時効の起算点に関し、当初は法律上の障害があるか否かを厳密に判断していたが、権利者が現実的に権利行使可能であったかどうかを加味して判断する必要性が示されて、有力な見解となっていった。しかし、現実的期待可能性説においても、その判断基準をめぐって見解が分かれている状況にあった。上述の見解に示されていたように、起算点の解釈に主観的事情を取り入れ過ぎると、その解釈は不明確なものとなり、法的安定性を保つのが困難となるという問題が生じる。この点に関し、主観的事情を考慮するのならば、旧724 条のような二段階の構成を取る必要があるとの指摘がされていた43。すなわち、主観的な起算点と客観的な起算点との併用が必要であることが示されていた。このように、改正前においても、現行民法で採用された2 つの起算点の必要性が指摘されていたことは興味深い。そのような状況の下、権利行使が現実的に期待可能であるかの判断において、通常人を基準とすることによって、法的安定性と権利者の保護とのバランスを保とうしていたと思われる。

三 改正過程における起算点の議論

改正前の判例と学説の検討から、消滅時効の起算点の解釈に関する推移やその問題点を知ることができた。そのような状況下において、民法(債権関係)改正の議論が行われた44。民法改正前に提出された改正提案や法制審議会での議論を取りあげるが、特に消滅時効の起算点に関する論点に焦点を当てて検討を行う。

1.改正提案

民法改正に先行して、時効研究会、民法(債権法)改正検討委員会、民法改正研究会による改正案が提示された。

① 時効研究会

時効研究会は、消滅時効に関する改正提案を行った。消滅時効の期間および起算点として、債権者に権利行使を期待することができる時から5 年の消滅時効と、弁済期から10 年の消滅時効を提案している(改正提案167 条)。時効の起算点として、債権者が債権および債務者を認識していることを前提として、判例が採用している「権利行使期待可能性」を時効の進行開始のための要件として明記している45。これについては、次のように説明されている。債権者が債権および債務者を認識していなくても、認識可能性があれば「権利行使期待可能性」が認められるので、認識まで要求するものではないが、債権および債務者を認識していても、権利の性質上、権利行使が事実上期待できない場合には、「権利行使期待可能性」が否定されることになる。そして、167 条は、「権利行使期待可能性」時を消滅時効の起算点とするという原則を示しており、特別法で時効期間が特別に規定されている場合に起算点について特別に規定されていない限り、167 条の起算点が適用され、「権利行使期待可能性」を基準とする主観的起算点によることになる。

また、改正提案167 条では、二重期間を一般原則として採用したとしている46。この点に関し、現行民法では、主観的起算点を採用し、それに客観的起算点を伴う最長期間を置いているのは個別規定がある場合に限られているが、改正提案では、一般規定として主観的起算点を原則とし、客観的起算点を伴う最長期間を置くという手法を採用したとしている。二重期間を一般規定とした理由として、不当利得返還請求権などでは不法行為の場合と同様の主観的要件を必要とする処理が要求される事例もあり、他方では主観的要件を満たしていてもその行使が期待できない場合もある点が示されている。

さらに、時効の最長期間について、他国の立法では、中断・停止による時効完成の延長についてもデッドラインを引くような最長期間が導入されている例があるが、時効期間が5 年と短く、中断によって時効期間が延長されたとしてもそれほどの不都合はないし、最長期間も10 年と短いのでデッドラインを画する期間とするのは適切ではないから、起算点のみを異にする2 つの時効期間を規定したとしている47。ただし、停止・中断を排除しないとまで明記していないので、将来的には、解釈によって停止・中断による延長の最大限を画する期間として運用する余地は残されているとする。

② 民法(債権法)改正検討委員会

民法(債権法)改正検討委員会は、現行法でいうところの債権の消滅時効を「債権時効」と呼び、改正提案の基本的視点について、次のように述べている48。債権時効制度は、時間の経過による事実関係の曖昧化から生じる負担や危険から人びとと社会を解放することを実現できるものでなければならない。また、債権者保護にも適切に配慮したものでなければならないので、合理的にみて債権者に権利の行使や保全を期待することができない状況で、債権が失われることを避けなければならない。それゆえ、債権時効制度の設計は、これらの相反する要請をどのように折り合わせるのが適当かという観点から行う必要がある。

債権時効の起算点と時効期間の原則として、① 債権時効の期間は、債権を行使することができる時から10 年を経過することによって満了するとし、② ①の期間が経過する前であっても、債権者が債権発生の原因および債務者を知ったときは、その知った時または債権を行使することができる時のいずれか後に到来した時から[3 年/4 年/5 年]の経過により、債権時効の期間は満了するとしている(提案【3.1.3.44】)。この提案について、次のように説明されている49。①では、「債権を行使することができる時」という客観的起算点を提案している。これは、上記の2 つの要請を受けて、債権者の債権の行使が法律上または性質上不可能であるときは、債権者に帰責事由があるとはいえないので時効は進行しないが、その行使が法律上および性質上可能となったときには、債権者の債権の不行使を債権者の帰責事由とみて、その時点から10 年の経過により時効期間が満了するものとする。②では、「債権発生の原因および債務者を知ったとき」という主観的起算点を提案している。これは、債権者が債権の発生原因と債務者を知った場合には、自らの意思のみにより債権を現実に行使することができるようになるが、それにもかかわらず、債権を行使しないならば、時間の経過による債権の存否や内容が曖昧化し、債務者および取引社会に負担と危険を強いることになる。そこで、債権者が債権行使の現実的可能性を得た時点から[3 年/4 年/5 年]の経過により時効期間の満了するものとする。

③ 民法改正研究会

民法改正研究会は、「権利を行使することができる時」を消滅時効の起算点として提案している(改正案106 条1 項)。この改正案は、現行166 条1項(改正前)に同じであるとされる50。そして、債権は、5 年の期間満了日以降の最初の年度末まで行使しないときは、その年度末に消滅するという提案がなされている(改正案107 条1 項、3 項)。

以上のように、民法改正前においても、様々な提案がされていた。その中で、一般規定として主観的起算点を原則とし、客観的起算点を伴う最長期間を置くことが提案されていた。そして、主観的起算点は、権利行使が期待可能であるかを基準として判断されるとしていた。さらに、同様に主観的起算点と客観的起算点の2 つの起算点を置くという提案がされていたが、ここでも主観的起算点は、債権者が債権行使の現実的可能性を得た時点であることが示されていた。

このように、法制審議会による改正の議論が本格化する前においても、すでに主観的起算点と客観的起算点を併用する必要性が示されており、権利者の権利行使が現実的に可能であるかどうかを重視した判断を行うことが提案されていた。上記提案は、その後の法制審議会の議論において参考とされている。

2.法制審議会による議論

法務大臣の諮問を受けた法制審議会は、民法(債権関係)部会(以下、「部会」という)を設置し、2009 年11 月から部会の会議が始まった。その部会による議論は、民法第3 編債権の規定とその債権関係に関連の深い第1編総則の一部を対象としていた。本稿では、消滅時効の起算点に関する部分を中心に検討する。また、部会による議論に関し、中間試案以前の議論、中間試案、中間試案後の議論の3 つの段階に分けて検討を行う。

⑴ 中間試案以前の議論

  (ⅰ) 第1 回会議

民法(債権関係)部会資料(以下、「部会資料」という)2 では、今後の検討で取り上げることが想定される事項が列挙された51。その中の06「短期消滅時効の廃止と消滅時効制度の全般的な見直し」という項目で、債権の消滅時効期間について、短期消滅時効の制度を廃止して時効期間の統一化を図る方向で検討する必要が示された。しかし、短期消滅時効を廃止しつつ、原則10 年という債権の時効期間を維持するとすれば、多くの事例において時効期間が大幅に長期化する結果となるので、一般の消滅時効期間についても見直しの対象とする必要があるとされた。そして、時効期間の長短という問題は、起算点の定め方と不可分であり、時効の中断・停止事由の定め方とも密接に関連するものであるから、消滅時効制度全般の総合的な見直しが必要だとされた。

  (ⅱ) 第12 回会議

部会資料14-2 では、短期消滅時効制度を廃止して時効期間の統一化・単純化を図るという考え方を採る場合には、それと併せて、債権の原則的な時効期間を5 年ないし3 年に短期化すべきであるという考え方が提示されていることが示された52。そして、起算点に関し、上述した民法改正前の改正提案を示した。すなわち、現行法の「権利を行使できる時」を起算点とする考え方と、起算点の異なる二重の時効期間を設けることを前提として、その一方の起算点について債権者の認識等の主観的事情を考慮するという考え方である。

  (ⅲ) 第36 回会議

部会資料31 では、「債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」として、甲案と乙案が示された53

【甲案】 「権利を行使することができる時」という客観的起算点(民法第166 条第1 項参照)を維持した上で、時効期間を比較的短期(例えば5 年間)とする。

【乙案】 債権者の認識等の主観的事情を考慮した起算点(主観的起算点)から始まる[3 年/4 年/5 年]という短期の時効期間と、「権利を行使することができる時」という客観的起算点(民法第166 条第1 項参照)から始まる長期(例えば10 年間)の時効期間とを併置するものとする。

乙案については、次のように説明されている54。乙案は、原則的な時効期間の短期化にあたり、債権者の認識等の主観的事情を考慮した起算点(主観的起算点)によることを提案するものである。これは、短期の時効期間によって債権者の権利行使が否定されることを正当化するためには、債権者に権利行使の機会が実質的に保障されていたといえることが必要であるとの考え方に基づく。また、乙案は、主観的起算点から始まる短期の時効期間とともに、「権利を行使することができる時」を起算点とする長期の時効期間を組み合わせることを提案するものである。主観的起算点の要件が満たされない限り、いつまでも時効が完成しないことになるのは適当でないという考慮に基づくもので、主観的起算点と客観的起算点との組み合わせは、民法724条において不法行為の時から20 年という期間制限が設けられている趣旨と同様である。主観的起算点については、第12 回会議でおいて、起算点がいつであるのかの判断が難しくなるのではないかとの懸念が示されたが、現在でも不法行為に基づく損害賠償請求権について債権者の認識を要件とした起算点で運用されているのに、特段の問題を生じていないことから、主観的な要素を取り込んだ起算点を設けることに支障はないとの指摘があった。

  (ⅳ) 第63 回会議

部会資料52 では、消滅時効の時効期間と起算点について、職業別の短期消滅時効の規定を削除することを前提として、甲案と乙案が示された55

【甲案】 「権利を行使することができる時」(民法第166 条第1 項)という起算点を維持した上で、10 年間(同法第167 条第1 項)という時効期間を5 年間に短期化するものとする。

【乙案】 「権利を行使することができる時」(民法第166 条第1 項)という起算点から10 年間(同法第167 条第1 項)という時効期間を維持した上で、「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時(債権者が権利を行使することができる時より前に債権発生の原因及び債務者を知っていたときは、権利を行使することができる時)」という起算点から[3 年間]という時効期間を新たに設け、いずれかの時効期間が満了した時に消滅時効が完成するものとする。

各案については、次のように説明されている56。債権者が一定の事情を知った時から起算される時効期間を併置する考え方(乙案)に対して、制度の複雑化等への懸念を示す意見が少なくないことを踏まえ、甲案は、起算点について現状維持を提案するものである。甲案については、現行制度の変更を最小限にとどめつつ時効期間の単純化・統一化を図るものとして積極的に評価する意見がある一方、事務管理・不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権のような、契約に基づく一般的な債権とは異なる考慮を要するものについて、時効期間が10 年間から5 年間に短縮され、債権者の保護が現状よりも後退する場面が生じ得るという問題点が指摘されている。

乙案に関し、契約に基づく一般的な債権は、その発生時に債権者が債権発生の原因および債務者を認識しているのが通常であるから、権利を行使することができる時から[3 年間]という時効期間が適用されることが想定されている。これは、短期消滅時効制度の廃止に伴う時効期間の大幅な長期化を回避しつつ、時効期間の単純化・統一化を図ろうとするものである。他方で、事務管理・不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権のように、契約に基づく一般的な債権とは異なる考慮を要すると考えられるものに関しては、現状どおり「権利を行使することができる時」から10 年間という時効期間が適用される場面が少なくないことを想定しつつ、債権者が債権発生の原因および債務者を知ることによって現実的な権利行使が可能となった場合には、その時から[3 年間]という短期の時効期間が適用されるとする考え方である。

  (ⅴ) 第65 回会議

部会資料54 では、部会資料52 第3 での甲案と同様の案が示された。そして、同乙案の「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時」から[3 年間]という時効期間を[3 年間/4 年間/5 年間]という時効期間に変更した案を提示した57

⑵ 中間試案

中間試案では、債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点について、次のような提案がされた58

〔中間試案 第7、2〕

【甲案】 「権利を行使することができる時」(民法第166 条第1 項)という起算点を維持した上で、10 年間(同法第167 条第1 項)という時効期間を5 年間に改めるものとする。

【乙案】 「権利を行使することができる時」(民法第166 条第1 項)という起算点から10 年間(同法第167 条第1 項)という時効期間を維持した上で、「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時(債権者が権利を行使することができる時より前に債権発生の原因及び債務者を知っていたときは、権利を行使することができる時)」という起算点から[3 年間/4 年間/5 年間]という時効期間を新たに設け、いずれかの時効期間が満了した時に消滅時効が完成するものとする。

乙案については、次のように説明されている59。乙案は、起算点を異にする長短2 種類の時効期間を組み合わせる考え方である。契約に基づく一般的な債権については、その発生時(契約時)に債権者が債権発生の原因および債務者を認識しているのが通常であるので、その時点から[3 年間/4 年間/5 年間]という時効期間が適用されるが、履行期の定めがあるなどの事情により、債権者が債権発生の原因および債務者を知った時よりも後になって権利を行使することができるような場合には、この[3 年間/4 年間/5 年間]という短期の時効期間は、権利を行使することができる時から起算されることになる。他方、事務管理・不当利得に基づく債権には、債権者が債権発生の原因および債務者を認識することが困難なものもあり得ることから、改正前と同様に10 年の時効期間が適用される場合も少なくないと考えられる。このような長短2 種類の時効期間を組み合わせるという取扱いは、不法行為による損害賠償請求権の期間制限(民法724 条)と同様のものである。

⑶ 中間試案後の議論

  (ⅰ) 第74 回会議

部会資料63 では、中間試案の甲案について、次のような問題点が示された60。甲案に対しては、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権などの債権者に早期の権利行使や時効完成阻止の措置を期待することができない債権について、時効期間が10 年間から5 年間に短縮されるのは不合理であるという批判がある。そして、甲案を採る場合には、これらの債権について、債権者が債権の存在に気づかないうちに時効期間が満了して権利行使の機会を失うおそれがあると指摘している。

また、乙案についても、次のような問題点が示された61。乙案に対しては、 主観的起算点の導入により、起算点をめぐる紛争の増加や、時効期間の満了時期が不明確となり、時効の管理が困難となるとの懸念があること、② 不当利得返還請求権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権などの一般的な債権とは異なる配慮を要する債権について、実質的に時効期間が短縮化し、債権者に不利益となること、③ 主観的起算点の導入により、「権利を行使することができる時」という起算点の解釈が現行法上の解釈よりも客観化し、柔軟な解釈がされなくなるおそれがあるといった問題点が指摘されている。しかし、これらの問題点に対し、①の懸念は、一般的に妥当するのではなく、債権の発生に際し債権者が債権発生の原因や債務者を認識していない可能性がある債権に限られること、②の指摘に対しては、短期の時効期間については債権者の認識を考慮した起算点を導入しており、債権者が債権の存在を認識していない場合には、「権利を行使することができる時」から10 年間の時効期間が適用されるから、権利行使の機会は十分に確保されていること、③の指摘については、「権利を行使することができる時」という起算点の解釈につき、現実的な権利行使の期待可能性を考慮する判例の事案はやや特殊なものであることから、主観的起算点からの時効期間を併用したとしても、必ずしもその解釈に影響が及ぶわけではないとの反論が考えられるとしている。そして、乙案で示された[3 年間/4 年間/5 年間]の時効期間のうち、どの期間を選択するかという点については、職業別の短期消滅時効の廃止による時効期間の長期化に対する批判と、改正前よりも時効期間が短期化する債権が生ずることへの強い懸念を考慮に入れると、5 年間という選択肢が相対的に優れているとしている。

  (ⅱ) 第79 回会議

部会資料69A では、消滅時効の時効期間と起算点について、次のような提案がなされた62

「債権は、次に掲げる場合のいずれかに該当するときは、時効によって

消滅する。

⑴ 債権者が権利を行使することができること及び債務者を知った時から5 年間行使しないとき。

⑵ 権利を行使することができる時から10 年間行使しないとき。」

本提案(以下、「素案」という)は、改正前民法166 条1 項および167 条1 項の規律を維持するものであり(素案⑵)、これに加えて、新たに「権利を行使することができること及び債務者を知った時」という債権者の主観を考慮した起算点から5 年間の消滅時効を定めたものである(素案⑴)。素案⑴の主観的起算点については、次のように説明されている63。中間試案では、主観的起算点を「債権発生の原因及び債務者を知った時」と表現していたが、「債権発生の原因」を知るという要件に対して、債権者の認識の対象が具体的に何であるのかが明確でないとの指摘があった。主観的起算点から時効が進行するのは、その時点から債権者が自己の判断で権利行使が現実的に可能な状態になったといえるからであり、債権者がそのような状態になったといえるには、「権利を行使することができる時」が到来したことを認識する必要がある。このことを端的に表現するため、素案⑴では、その起算点を「権利を行使することができること及び債務者を知った時」と改めている。 また、素案⑴に関しては、時効期間が短くなり、債権者にとって不利益になるとの懸念が示されたが、債権者が権利行使の現実的な可能性を認識しない限り主観的起算点からの短期の時効は進行しないのであって、現状よりも時効期間を短期化するものではないとの反論がなされた64

さらに、債権者が具体的にどのような事実をどの程度認識した時点を指すのかが不明確であると指摘し、一般人を基準とした認識可能性があれば足りるとすると、債権者にとって酷な結果となり得るし、他方、当該債権者ごとの個別の主観的な認識を厳格に判断すれば、主観的起算点が遅くなりすぎるとの懸念がある65。これに対しては、改正前724 条前段の「損害及び加害者を知った時」に関する判例や学説の解釈が参考になると考えられるとする。この点について、判例は、「損害及び加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとにおいて、被害者がその請求が可能な程度にこれらを知った時を意味し、「損害……を知った時」とは、被害者が損害の発生を現実に認識した時であるとする。そして、単に加害者の行為により損害が発生したことを知っただけではなく、その加害行為が不法行為を構成することをも知った時との意味に解するのが相当であり、損害を被ったという事実および加害行為が違法であると判断するに足りる事実を認識した時点から時効が進行するとしている。学説は、不法行為を基礎付ける事実については被害者が現実に認識していることが必要であるが、不法行為であるという法的評価については一般人ないし通常人の判断を基準とすべきであるとする。そして、認識の程度については、損害賠償請求訴訟で勝訴する程度にまで認識することを要しないと理解されている。

債権者が権利行使の可能性を認識していても、権利行使ができない場合には、主観的起算点から5 年間という時効期間は短すぎるとの指摘もあるが、債務者側に権利行使を妨げるような事情が存在する場合や、債権者側に適時の権利行使または時効中断措置を講ずることが不可能または著しく困難な客観的事情が認められるような場合においては、時効の援用が信義則に反するとされることもあり、実務上は事案に応じた適切な救済がされているとする66

  (ⅲ) 第88 回会議

部会資料78A では、第79 回会議で示された素案と同一の案が提案された。そして、主観的起算点の解釈について、次のように説明されている67。「権利を行使することができること……を知った」というためには、「権利を行使することができる時」が到来したことを認識する必要があり、その具体的な認識の対象については、改正前724 条前段の解釈が参考になると考えられる。その解釈を前提とすれば、素案⑴の「権利を行使することができること……を知った時」とは、債権者が当該債権の発生と履行期の到来を現実に認識した時といえる。そして、当該債権の発生を現実に認識したというためには、債権者が当該債権の発生を基礎づける事実を現実に認識する必要があるが、当該債権の法的評価については、一般人の判断を基準として決すべきであると考えられる。また、素案に対し、現行法の問題点を解消しつつ、改正した場合のデメリットも相対的に少ないという点で、素案の考え方が最も適切であるとしている68

  (ⅳ) 第92 回会議

「債権は、次に掲げる場合のいずれかに該当するときは、時効によって

消滅する。

⑴ 債権者が権利を行使することができることを知った時から5 年間行使しないとき。

⑵ 権利を行使することができる時から10 年間行使しないとき。」

部会資料80-3 では、部会資料78A の案を実質的に維持するものであることが示された69。そして、素案⑴の起算点について、債権とは、特定の人(債務者)に対して特定の給付を請求することができる権利であるから、「権利を行使することができること……を知った」には債務者を知ることも含まれていると考えられるとし、素案⑴の「及び債務者」の文言を削除し、「債権者が権利を行使することができることを知った時」と改めている。この点について、「債務者」を知ることを消滅時効の要件事実から外したという趣旨ではないと説明されている70。さらに、素案⑵の客観的起算点について、従来の判例の解釈を変更する意図ではないとしている。

⑷ 小括

以上のような過程を経て、改正法が成立した。消滅時効の起算点に関しては、改正前と比較して、主観的起算点の導入と、それによって二重の時効期間の組み合わせとなったという大きな変革があった。主観的起算点の導入については、債権者に権利行使の機会が実質的に保障されていたといえることが必要であるとの考え方に基づくものであるといわれている71。また、二重の時効期間の組み合わせについては、主観的起算点からの短期の時効期間とともに、客観的起算点からの長期の時効期間を組み合わせるものであり、主観的起算点の導入によって、いつまでも時効が完成しないことになるのは適当ではないとの考慮に基づくものであるといわれている72

このように、改正過程においても債権者の保護と法的安定性の双方を考慮し、そのバランスに配慮した規定となっている。しかし、起算点や二重期間構成に関する解釈について、課題となる点が残されている。次に、改正後の各起算点の解釈を確認したうえで、その問題点についての検討を行う。

四 改正後の起算点について

2017 年改正によって、消滅時効の時効期間と起算点については、民法166条1 項に「債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。⑴ 債権者が権利を行使することができることを知った時から5 年間行使しないとき。⑵ 権利を行使することができる時から10 年間行使しないとき」と定められた。

改正後は、「債権者が権利を行使することができることを知った時」という主観的起算点と、「権利を行使することができる時」という客観的起算点の二重の時効期間と起算点を組み合わせるものとなった。改正過程の議論でも示されていたように、時効期間を単一化・短期化するために、このような手法が採られた。この点について、立案担当者により次のように説明されている73。旧170 条から174 条、商法旧522 条で、1 年から5 年の短期消滅時効の特例が定められていたが、改正により、これらの短期消滅時効の特例が廃止されることになった。これにより、原則的な時効期間を短くする必要が生じた。その一例として、生産者や卸売商人の売買代金債権の時効期間は2年とされていたが(旧173 条1 号)、その特例の廃止により、改正前の時効制度のままでは時効期間が10 年に伸長されることになるが、領収書の保存費用など弁済の証拠保存のための費用や負担が増加するとの懸念があった。また、消滅時効期間が5 年とされていた商行為債権についても、多数の商取引債権に適用されており、安定した実務運用が行われているため、その特例の廃止による影響を抑える必要があった。このような状況のため、原則的な時効期間については、5 年程度に短くすることが必要であると考えられた。

他方で、10 年という原則的な時効期間を、単純に5 年とすることに対しては、不当利得に基づく債権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権などの権利行使が可能であることを容易に知ることができない債権については、債権者が大きな不利益を被る可能性があると指摘されていた74

以上のような状況を踏まえ、改正前の「債権者が権利を行使することができる時」から10 年という客観的起算点からの時効を維持したうえで、「債権者が権利を行使することができることを知った時」から5 年という主観的起算点からの時効を新たに追加し、いずれかの時効が完成した場合には、債権が消滅するとした。債権者の認識に着目した5 年の時効期間の導入により、権利行使が可能であることを容易に知ることができない債権については、債権者の知らないうちに時効期間が進行してしまうという問題を避けることができ、その他の多くの債権については時効期間を短くすることができるようになった75

このような経緯で、改正民法では二重の時効期間と起算点という構成が採用されたが、それぞれの起算点の解釈について、次に検討を行う。

1.客観的起算点の解釈

「権利を行使することができる時」(166 条1 項2 号)は、従来の解釈、すなわち、改正前166 条1 項に関する解釈を変更するものではなく、これまでの判例の解釈を変更するものではないとされている76。改正前166 条1 項に関する解釈については、「権利を行使することができる時」とは、権利を行使するための法律上の障害がなく、かつ、権利の性質上、その権利行使を現実に期待することができることを言うとし、権利を行使するための事実上の障害があっても、消滅時効の進行には影響を与えないものと理解されている77

2.主観的起算点の解釈

改正法では、客観的起算点とともに、「債権者が権利を行使することができることを知った時」(166 条1 項1 号)という主観的起算点が定められた。主観的起算点から時効期間が進行するとしたのは、債権者が権利を行使することができることを知ったのであれば、債権者がその権利を実際に行使すべきことを期待することができるからである78

そして、主観的起算点の解釈について、部会資料69A では、改正前724条前段の「損害及び加害者を知った時」に関する判例や学説の解釈が参考になるとされている79。この点について、判例(最判昭和48 年11 月6 日民集27 巻10 号1374 頁)は、「損害及び加害者を知った時」とは、加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況の下、被害者がその可能な程度にこれらを知った時を意味するとしている。また、判例(最判平成14 年1 月29 日民集56 巻1 号218 頁)は、損害および加害者を認識する程度について、被害者が損害の発生を現実に認識することが必要であるとしている。それは、被害者が損害の発生を現実に認識していなければ、加害者に対して損害賠償請求に及ぶことを期待することができないからであるとする。そして、このような場合にまで、被害者が損害の発生を容易に認識し得ることを理由に消滅時効の進行を認めると、被害者は自己に対する不法行為が存在する可能性があることを知った時点で、自己の権利を消滅させないために、損害の発生の有無を調査しなければならなくなるが、被害者にこのような負担を課すのは不当であると述べている。他方で、損害の発生や加害者を現実に認識していれば、消滅時効の進行を認めても被害者の権利を不当に侵害することにはならないと説明する。

さらに、判例は、被害者が損害を知ったというためには、単に加害者の行為により損害が発生したことを知っただけではなく、その加害行為が不法行為を構成することを知ったことも必要であるとしている(大判大正7 年3 月15 日民録24 輯498 頁、最判昭和42 年11 月30 日裁判集民事89 号279 頁)。

改正前724 条前段の「損害及び加害者を知った時」に関する学説の解釈に関して、部会資料69A は、不法行為を基礎付ける事実については被害者が現実に認識していることが必要であるが、不法行為であるという法的評価については一般人ないし通常人の判断を基準とすべきであるとする見解が多数説であると説明している80。そして、認識の程度については、損害賠償請求訴訟で勝訴する程度にまで認識することを要しないと理解されているとする。

その後、部会資料78A で、部会資料69A で示された解釈を前提として、「権利を行使することができること……を知った時」とは、債権者が当該債権の発生と履行期の到来を現実に認識した時であり、当該債権の発生を現実に認識したというためには、債権者が当該債権の発生を基礎づける事実を現実に認識する必要があるが、当該債権の法的評価については、一般人の判断を基準として決すべきであると考えられるとしている81。そして、166 条1項1 号では、部会資料69A の素案⑴から「及び債務者」の文言が削除されているが、「債務者」に対する認識を消滅時効の要件事実から削除したわけではなく、債務者を知ることも含まれていると説明している82

以上のような部会の議論の趣旨からすると、「債権者が権利を行使することができることを知った」というためには、具体的には、権利の発生原因についての認識と権利行使の相手方である債務者を認識することが必要であるといえる。したがって、主観的起算点からの時効期間は、① 権利行使を期待されてもやむを得ない程度に権利の発生原因等を認識して、債権者が「権利を行使することができることを知った」といえることと、②「権利を行使することができる」ことという要件が満たされた時点から進行を開始することになる83

3.現状の問題点

以上のように、消滅時効の起算点については、客観的起算点に加えて主観的起算点が導入されることにより時効期間を統一化・短期化することができた。しかし、主観的起算点についての解釈や二重の期間をめぐって、様々な問題点が指摘されている。次に、これらの問題点について検討を行う。

⑴ 主観的起算点の解釈をめぐる問題点

  (ⅰ) 不法行為の起算点に関する解釈の持込みの妥当性

主観的起算点の解釈については、部会資料に示されているように、不法行為による損害賠償請求権の起算点である「損害及び加害者を知った時」に関する判例や学説の解釈が参考になるとされている84。この点に関して、部会の審議の中で、不法行為に基づく債権の発生と契約関係から生じる債権の発生とは根本的に違うとの指摘がされていた85。それは、契約による合意をした後、債務者による債務不履行によって損害賠償が発生するという相手と密接な関係のある中で発生した債権についての消滅時効の考え方と、突然関係のない人からの不法行為によって発生した債権の処理の仕方というのは、根本的に別のフィールドで発生した問題であり、従来から時効制度が全く別々に組み立てられていたのも、その発生原因の特殊性にあると説明されていた。この指摘に対しては、比較法的に見ると、契約と不法行為とで責任の発生原因が重なりつつあり、別の制度であり別の原因であるから区別すべきという議論は説得力を持ち得ないと反論がなされた86

この両者の相違に関して、酒井弁護士は、権利といっても債権関係にいう権利と不法行為による損害賠償請求権での権利とは異なるものであり、それらに法的評価が介在するとしても、債権一般と不法行為による損害賠償請求権では法的評価の次元が異なると指摘する87。また、不法行為の主観的起算点は、被害者救済を目的としてその解釈が分かれることが多く、法的安定性を欠いている点や、3 年という短い時効期間ゆえに、裁判実務上、被害者保護のために主観的起算点の解釈を操作して、時効完成を困難にしてきたという経緯の特殊性を挙げている。以上のことから、不法行為の主観的起算点に関する解釈を債権一般の主観的起算点に持ち込んでくることの妥当性はどこにあるのか疑問であるとする88

  (ⅱ) 主観的起算点に関する認識の程度

民法166 条1 項1 号の主観的起算点が到来したというためには、債権者が① 権利の発生原因や② 権利行使の相手方である債務者を認識する必要がある。この点に関し、秋山教授は、多くの場合ではこの要件を満たすか否かを判断することは難しくないが、債権の種類によっては、債権者が①を認識しているかどうか容易に判断できない場合が生じると指摘する89。部会の審議では、契約に基づく債務の不履行による損害賠償請求権、金融商品の取引における債務不履行に基づく損害賠償請求権、雇用契約上の安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権について、主観的起算点がいつの時点であるか、特に債権者の①の認識がいつの時点であるのかが検討の対象とされた90。これらの債権は、その発生の有無が法的評価(債務不履行の有無や安全配慮義務違反の有無など)に依拠するところが大きく、債権者が債権の発生原因を認識したかどうかを一義的に判断することが難しいといわれている91

法的評価の判断基準に関する通説的な見解は、不法行為を基礎づける事実については被害者の現実の認識を要求しつつも、不法行為であるという法的評価については、一般人の判断を基準とし、一般人であれば当該加害行為が不法行為に当たると判断できるだけの事実を被害者が認識することで足りるとしている92。そして、部会資料78A では、改正前724 条前段の解釈が債権の消滅時効の主観的起算点に関する解釈にも当てはまるとし、当該債権の発生を現実に認識したというためには、債権者が当該債権の発生を基礎づける事実を現実に認識する必要があるが、当該債権の法的評価については、一般人の判断を基準として決すべきであると考えられると説明されている93

しかし、秋山教授は、一般人を基準とする説(以下、「一般人基準説」という)については、必ずしも安定的な解釈ではないと見る余地があるとし、次のように指摘している94。一般人基準説に関し、判例がそれを採用しているかは、明らかとはいえない。判例の立場について学説では、一般人基準説に立っているとする見解95とこの問題は未解決であるとの見解96が存在する。このように、一般人基準説が確立しているとはいえない可能性があり、一般人基準説を基礎にして166 条1 項1 号の主観的起算点を解釈してよいかは、検討の余地がある。

また、酒井弁護士は、権利行使に関する法的評価について、債権者本人を基準にすると、法的評価能力が低い場合に主観的起算点から時効が進行しないケースが生じ得るし、他方、裁判官や法律実務家を基準とすると、主観的起算点からの時効が早い段階で進行することになり、改正民法の趣旨とは合致しないと述べる97。そして、一般人を基準とするとしてもどの程度の能力を前提とするのか曖昧になるから、裁判官の立場からみて、一般人として権利行使を期待できる程度に法的評価を認識していたという判断基準になるとする。

  (ⅲ) 権利行使することができることを「知った」についての解釈

債権者が権利を行使することができることを「知った」というときに、「知り得た」場合を含むのかという点も問題とされていた。部会の74 回会議では、外国法では、単に知った時だけではなく評価的な要素を更に入れるものが見られるとの指摘があった98。そして、知ったか、知っていないかという事実だけでは判断しきれない事情があり、不注意な者ほど権利が保護され、注意した者ほど権利を早く失うことが公正なのかという点を考慮するならば、知った時だけではなくて、知ることができた、ないしは、合理的に見て知ったと考えられる時のような評価的要素を入れたほうがより適切な解決および実務的な運用が可能になるという面があるとしている。

この点に関し、松久教授は、外国法の中には主観的起算点に規範的な客観的起算点(準主観的起算点)を組み合わせているものがあるとし、次のように説明する99。ドイツ民法では、消滅時効期間は、請求権が発生し、かつ、債権者が請求権を基礎づける事情および債務者を「知り又は重過失がなければ知っていたはず」の年の終了の時から進行する(199 条1 項)と規定し、フランス民法では、権利の名義人が、それを行使することを可能とする事実を「知り又は知ることができた」日から起算して時効にかかる(2224 条)と規定している。そして、債権者の内心の状態は厳密には認定しにくいが、知っていたに等しい場合や知っていたのと同じに扱ってよい場合があり得ることを考えると、規範的な客観的起算点の導入には理由があると思われる。しかし、規範的な客観的起算点の導入により、裁判において短期の起算点の認定が容易になされる可能性が考えられるから、規範的な客観的起算点の認定は慎重になされるべきである。

これに対し、酒井弁護士は、「知り得た」という評価的な要素を要件とすると、起算点の到来をめぐる争いが深刻化し安定性を害するとして、「知った」の中に「知り得た」場合を含まないと解されるべきであるとする100

さらに、平野教授は、主観的起算点からの時効期間が起算されるためには、債権者が債権の成立や期限の到来、条件成就など権利行使について法律上の障害がないことを知る必要があるが、「知った」ことを要求し、別に客観的起算点から10 年という二重の期間制限を設定しているため、「知り得た」場合に拡大すべきではないと指摘している101

⑵ 主観的起算点と客観的起算点の関係性をめぐる問題点

主観的起算点と客観的起算点に関する規定で用いられている「権利を行使することができる」という文言に関し、両者は同じ意味と捉えることができるのかという問題が示されている102。部会の第70 回会議では、その意味は両者で違いがあるとし、次のような指摘がなされた103。改正前166 条1 項の「権利を行使することができる時」の意味について、法律上の障害説と現実的期待可能性説との対立があり、解釈が分かれている状況にある。この点、「債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」で示されている乙案では、その前半の「権利を行使することができる時」という起算点から10年間、乙案後半の「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時」という起算点から[3 年間/4 年間/5 年間]という時効期間を新たに設け、いずれかの時効期間が満了した時に消滅時効が完成するものとすると表現されている。これについて、乙案後半の「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時」という概念は、権利行使の現実的な期待可能性の部分を捉えており、特に短期の3 年、4 年ないし5 年の期間で時効が完成する旨の規定を置いている。しかし、乙案前半の「権利を行使することができる時」というのは、後半部分とは異なり、権利行使についての法律上の障害がなくなった時という意味で用いられていると考えられる。もし、両者において同じ文言で意味するところに違いがあり得るとするならば、その点をどこかに書いておいた方がよいと思われる。

しかし、その後の中間試案の補足説明では、乙案について、「権利を行使することができる時」に関しては現状の解釈が維持されることが想定されているとされ、両者で解釈の違いがあるのかに関しては示されていない104。 

両者の関係性に関して、山野目教授は、主観的起算点は債権者が客観的起算点の到来を知った時であるが、権利者の個人的事情をどこまで考慮するかは、主観的起算点で問われることになるとする105。また、中田教授は、旧166 条の「権利を行使することができる時」の「できる」とは、権利行使に法律上の障害がないことを意味するが、債権者に権利行使を強いることがその債権の発生の基礎となる制度または契約の趣旨に反するときは、なお法律上の障害があるといえるとする。そして、166 条1 項2 号では、この旧166条の解釈が維持され、166 条1 項1 号はそのような意味での「権利を行使することができること」を知った時となるとしている106。これらの見解については、民法166 条1 項1 号と2 号の条文の表現どおりに理解しているといわれている107

これに対して、平野教授は、客観的起算点に関し、改正前には法律上の権利行使可能性を問題にしながら実質的に権利行使期待可能性が考慮されていたが、改正後の166 条1 項2 号の解釈として引き継がれ、1 号の主観的起算点では権利行使期待可能性がさらに必要とされるとしている108

⑶ 二重の期間をめぐる問題点

  (ⅰ) 二重期間構成の妥当性について

改正により、債権の消滅時効は、主観的起算点からの短期の時効期間と客観的起算点からの長期の時効期間という二重期間構成となった。この二重期間構成に関し、債権者保護と債務者保護のバランスもよく、近時の時効法の国際的な動向でもあり、妥当であるとの見解が示されている109

他方で、松本教授は、消滅時効の二重期間構成が近時の国際的動向に符合するものであったとしても、その動向に盲目的に従えばよいわけではなく、また、国際的動向が合理的だから従えばよいのでもなく、現代日本において消滅時効期間を二重期間化すること自体の合理性が重要であると指摘している110。この合理性については、次のように説明している111。従来では債権者が権利行使可能なことを知っていたとしても10 年の時効期間であったが、改正により、権利行使可能なことを知ってから5 年に短縮された。部会の議論においては、短期消滅時効規定の廃止により時効を5 年に短期化したことが説明されていたが、5 年短期化の合理性それ自体が十分に議論されたようには思われない。 

また、松本教授は、二重期間構成に関し、例外的に二重期間を定めている他の規定との構成の相違を示して、次のように指摘する112。二重期間を定める規定は、長期期間の起算点を166 条のように「権利を行使することができる時」ではなく、「行為の時」(取消権126 条、詐害行為取消権426 条)、「不法行為の時」(724 条)、「相続開始の時」(相続回復請求権884 条)としている。これは、短期消滅時効の主観的起算点が権利行使の可能性を取り込んでいるため、その上限を課す客観的起算点は、権利者の権利行使可能性の主観的認識がなくても時効が進行するようにしなければ矛盾をもたらすからである。例えば、不法行為に基づく損害賠償請求権の規定を「損害及び加害者を知ってから3 年、権利行使可能な時から20 年で消滅する」というように長期時効の起算点を166 条の起算点と同一とした場合に、損害及び加害者を知らないで20 年以上過ぎた場合に、損害及び加害者を知らなかったので「権利行使可能な時」が到来しておらず、長期の消滅時効も進行しないという解釈が生じる可能性がある。

さらに、実務的な視点からは、不法行為に比して契約によって発生する債権の数は膨大であり、債権管理の観点から起算点は可能なかぎり明確にすべきで、起算点を2 種類設けることは債権管理を煩雑にする可能性が高く妥当でないとの指摘もある113

  (ⅱ) 二重期間構成と時効期間の関係性について

a)以上の見解に対して、改正前においても、平野教授は、主観的起算点と客観的起算点とを組み合わせ、二重の時効期間とすることを提案していた114。この点に関し、主観的起算点を認めると、いつまでも時効期間が進行しないという問題点が残されるため、主観的起算点を認める場合には、客観的起算点による二重の縛りが必要であるとする。そして、主観的起算点から10 年の時効期間、客観的起算点から20 年の時効期間とするが、20 年の期間は時効期間であり、中断によって時効完成が永遠に延期されることに対するデッドライン期間としてまでは機能させることはできないとしている115。また、判例は債権者が債権および債務者を知っていてもその行使を債権者に期待できない場合に、起算点の解釈において考慮しているが、権利を知っているが行使を期待できないという事情は、完成停止で考慮するのが民法の姿勢であるとする。この場合には、起算点で考慮するのではなく、解釈によって規定のない完成停止事由を認め、問題となっている事由がなくなってから6 ヶ月間完成が猶予されることで対処することを提案している116

b)香川教授は、主観的起算点と客観的起算点という二重の期間構成について、消滅時効の起算点確定法理は時効期間の長短と相関関係にあると指摘している117。この点に関し、時効期間が20 年の普通時効では、その時効期間の長さによって権利者の権利行使機会が十分に確保されているため、その起算点確定法理は法律上の障害説であるとする。しかし、時効期間が20 年に満たない短期消滅時効では、その時効期間の長さによっては権利者の権利行使機会が十分に確保されているとはいえず、その起算点確定法理は現実的期待可能性説であるとする。そして、724 条2 号、167 条の20 年という時効期間がわが国の民法の基本原則であり、20 年の消滅時効が普通時効となり、起算点確定法理は法律上の障害説であるとする118

他方で、香川教授は、10 年の消滅時効(166 条1 項2 号)と5 年の消滅時効(166 条1 項1 号)が、普通時効の20 年の時効期間と比べて短期消滅時効に当たるから、その起算点確定法理は現実的期待可能性説であるし、次のように説明している119。166 条1 項2 号の起算点は、法律上の障害がなくなり、かつ、権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるようになった時である。そして、1 項2 号の10 年の消滅時効は、1 項1 号の5 年の消滅時効の上限期間と捉えるべきではない。166 条1 項1 号の起算点については、①債権者が認識すべき対象と② 債権者の認識の程度が問題となる。①に関しては、債権の発生を基礎づける事実と債務者を認識する必要があり、②に関しては、現実の認識が要求されるが、法的評価を要する要件については一般人がその要件に該当すると判断するに足りる事実を認識すればよい。また、債権者が「権利を行使することができることを知った」としても、③ 債務者に対する請求が現実に期待できない場合には、法律上の障害がなくなり、権利の性質上、権利行使が現実に期待できるようになるまでは、消滅時効が進行を開始しないことになる。現実的期待可能性説は、起算点を柔軟化し、権利者に権利行使機会を確保する一方、時効完成時期を不明瞭にするという懸念があるが、その懸念は724 条2 号の類推適用によって払拭することができる。すなわち、20 年の普通時効を20 年未満の短期消滅時効にかかる権利にも適用することによって、短期消滅時効の上限期間として権利関係の安定を図ることが可能となる。したがって、一般の債権に関しては、現実的期待可能性説を起算点確定法理とした10 年の消滅時効(166 条1 項2 号)が完成していない場合であっても、724 条2 号の類推適用により法律上の障害説を起算点確定法理とした20 年の普通時効が完成することになる。

4.今後の展望

消滅時効の起算点に関して、改正過程や改正後においても、様々な問題点が指摘されている。特に、消滅時効の主観的起算点の解釈や二重の期間構成に関連した指摘が多く見られる。

主観的起算点については、不法行為による損害賠償請求権に関する起算点の解釈が参考になるとされているが、そもそも不法行為についての解釈を取り入れることができるのか問題視されていた。また、不法行為の起算点の解釈を参考にするとしても、債権者の認識の程度に関し、一般人の判断を基準とすることについても問題があることが指摘されていた。さらに、債権者が権利を行使することができることを「知った」というときに、「知り得た」場合を含むのかという点も問題とされていた。

二重の期間構成については、その妥当性や時効期間との関係性が問題とされていた。二重の期間構成は妥当であるという見解がある一方、長期時効期間の定め方に疑問が呈されていた。また、時効期間の長短に応じて起算点を解釈する方法が示されていた。

⑴ 主観的起算点の解釈について

主観的起算点の解釈において、不法行為の起算点の解釈を参考にできるのかについては、一般の債権と不法行為に基づく債権とでは発生原因や相手方との関係性など大きく異なっていること、被害者救済を目的としている不法行為の起算点の解釈が多岐にわたり、法的安定性を欠いていることが指摘されていた120。それゆえ、不法行為の主観的起算点の解釈が一般の債権にそのまま妥当するとはいえない。しかし、改正以前には規定されていなかった債権一般の主観的起算点が導入されたのであるから、その解釈をする上で、類似する起算点を有する制度の解釈方法は参考となると考える。

また、債権者の認識の程度については、一般人の判断を基準として決するという見解が示されていたが、一般人基準説が確立しているとはいえない可能性があり検討を要すると指摘されていた121。この点に関し、前述した改正前の学説では、本人を基準とすると人により起算点が異なり不安定をもたらすので、通常人を基準とし、当該状況におかれた通常人に権利行使が期待しうる時から時効が進行するとの見解が多数となっていた。このように、改正前の消滅時効の起算点の解釈では、権利行使が現実的に期待可能であるかの判断において、通常人ないし一般人を基準とすることによって、法的安定性と債権者の保護とのバランスを保とうしていたと思われる。それゆえ、166条1 項1 号の主観的起算点の解釈の際に、改正前の学説で指摘されていた通常人ないし一般人を基準とした判断方法は参考になると考える。 

さらに、債権者が権利を行使することができることを「知った」というときに、「知り得た」場合を含むのかについては、「知り得た」という評価的な要素を要件とすると、起算点の到来をめぐる争いが深刻化し安定性を害すると指摘されていた122。ところが、ドイツやフランスなどの外国法では、単に知った時だけではなく「知り得た」という評価的要素を更に加えている。債権者の内心の状態は厳密には認定しにくいが、知っていたに等しい場合や知っていたのと同じに扱ってよい場合があり得るとの指摘があり123、このような状況では「知り得た」場合を含むとしたほうがより適切な解決を導き出せるかもしれない。しかし、容易に「知り得た」と判断されるならば債権者にとっては不利益となるから、「知り得た」という判断を含めようとする場合には、慎重な判断が求められる。この点に関し、どのような状況で「知り得た」と評価できるのかについては、これを採用している外国法の検討から示唆を得ることができると思われる。それらの外国法は、上記のようなリスクがあるにもかかわらず、起算点に評価的要素を採り入れているからである。

⑵ 二重の期間構成について

二重の期間構成の妥当性については、他の二重期間を持つ規定との相違を示し、短期消滅時効の主観的起算点が権利行使の可能性を取り込んでいるため、その「上限」となる客観的起算点は、権利者の権利行使可能性の主観的認識がなくても時効が進行するようにしなければ矛盾をもたらすことが指摘されていた124。このように、客観的起算点の解釈次第では、長期の消滅時効も進行しないという可能性が生じる。

この点に関し、二重期間構成と時効期間との関係性に焦点を当て、債権者の保護と法的安定性を保つための解釈が示されていた125。そこでは、各条文の時効期間の長短に応じて起算点確定法理を定めることにより、現実的期待可能性説のデメリットを緩和する提案がされていた。現実的期待可能性説は、起算点を柔軟化し、権利者に権利行使機会を確保するというメリットがあるが、時効完成時期を不明瞭にするというデメリットもある。しかし、20年の普通時効を基本とし、20 年の普通時効の起算点確定法理である法律上の障害説を20 年未満の短期消滅時効にかかる権利にも適用することによって、短期消滅時効の「上限期間」として権利関係の安定を図ることが可能となるとしている。この解釈によれば、権利者に十分な権利行使の時間を与えることができるし、長期にわたって時効が完成しないという状況を回避できると思われる。このような上限期間のようなシステムは、法的安定性を保つ上では必要であると考えられる。

二重の期間構成は、外国法や国際条約等で採用されている。さらに、その中には、長期の期間を上限期間としており、時効が完成しない状況とならないように制度設計されている。この点についても、外国法等を検討することにより、わが国の消滅時効制度に示唆を得ることができると思われる。

五 おわりに

2017 年の民法改正によって、消滅時効制度は大きく変更された。消滅時効期間の統一化・単純化を目指して行われた今改正は、その意味では目的を達成したように思われる。しかし、短期消滅時効を廃止し、時効期間を統一化するためには、債権一般の時効期間を短期化する必要が生じ、主観的起算点が導入されることになった。そして、主観的起算点と客観的起算点からなる二重の期間構成となった。これにより、新たな別の問題が生まれることになり、今後、これらの問題点の検討が必要になってくる。

特に主観的起算点の解釈に関しては、前述したように多くの問題点が指摘されている。債権者が権利を行使できることを「知った」とは、誰を基準に判断するのか、その中に評価的要素を含めることができるのかについては、今後検討が必要であると思われる。さらに、二重の期間構成についても課題が残されている。わが国の消滅時効制度は、どちらの期間も時効期間であるから、更新などによって時効が完成しない状況が長期間続く可能性があるし、起算点の解釈次第では、そもそも時効が進行しない可能性も生じる。このような状況の下、債権者の保護を図りながら、法的安定性を保つ方法を検討する必要がある。

債権者の認識の程度に関しては、改正前の学説で有力となっていた通常人ないし一般人を基準として判断する方法は参考となり、債権者の保護と法的安定性とのバランスを保つ妥当な解決に導くことができると考える。また、評価的要素を採り入れている外国法の検討を通して、「知り得た」場合を含めて判断していることの理由を探り、その判断方法をどのように参考とすることができるのか、わが国の制度に応用することができるのかについて示唆を得たいと思う。

二重の期間構成に関しては、長期消滅時効を短期消滅時効の「上限期間」とすることにより、主観的起算点によって債権者の保護を図りつつ、長期間時効の完成しない状況を回避し、法的安定性を保つことができると思われる。他方で、二重の期間構成を取りながら、長期の期間(この場合は20 年の期間)を時効期間とし、時効完成が永遠に延期されることに対するデッドライン期間としてまでは機能させることはできないという見解もあった126。この見解によれば、債権者が債権および債務者を知っていても債権者にその権利行使を期待できない場合については、起算点で考慮するのではなく、解釈によって完成停止事由を認め、問題となっている事由がなくなってから6 ヶ月間完成が猶予されることで対処することを提案している。このように、客観的起算点からの長期時効期間を主観的起算点が導入されたことによって生じ得る起算点遅延に対応するための期間とし、完成猶予のような別の視点から所定の時期を経過するまでは時効を完成させないという方法を採ることも可能であると思われる。

以上のことから、債権者の保護を図りつつ、法的安定性を保つには、起算点をどのように解釈するのかが重要になってくるが、起算点の解釈に加えて、二重の期間構成によって、時効が延長されることへの「上限」を設けることができるのではないかと考える。この点については、外国法の中には、「上限期間」を設定し、この期間を超えて時効を延長することを不可能とするという対策を講じているものがある127。このように、客観的起算点からの長期期間を「上限」として、時効が完成しない状況への「歯止め」とする方法が考えられる。

この点、わが国の場合は2 つの期間は時効期間であるから、更新や完成猶予を生じさせることができ、理論的には長期にわたって時効を完成させないことも可能である。それゆえ、客観的起算点からの期間は、外国法で規定されているような意味での「上限期間」とはならない。とはいえ、各起算点における解釈のレベルにおいて、同じような効果を生じさせることができるのではないかと思われる。すなわち、主観的起算点に関しては、債権者が権利行使することができることを知ったのかについて、一般人を基準としつつも、権利行使を期待されてもやむを得ない程度の認識を有していたのか、きめ細やかに判断する必要があると思われる。他方で、客観的起算点に関しては、従来の解釈が引き継がれるとはいえ、「権利を行使できる」ことの判断は、より客観的に行うことにより、長期期間を「上限」とし、時効が完成しない状況への「歯止め」となると考える。また、債務者側の事情や永続した事実状態の維持といった要請を考慮に入れて、客観的な視点での判断を行うことにより、主観的起算点において債権者の保護を図りつつ、その相手方の負担等にも配慮することができると思われる。そして、前述したように、債権者の認識に評価的要素を加えることができるのかという点や二重の期間構成については、これを採用している外国法の検討から示唆を得ることができると考えられる。外国法の検討を今後の課題としたい。

Footnotes

1 香川崇「時効の起算点」金山直樹編『消滅時効法の現状と改正提案』(商事法務、2008 年)34 頁。消滅時効の起算点について、日本で通説とされている法律上の障害説によれば、「権利を行使することができる時」(旧166 条1 項)とは、権利を行使するについて法律上の障害がない時であるとされていた。しかし、特にヨーロッパ諸国の時効法改正では、法律上の障害がなくなった時ではなく、債権を発生させる事実を債権者が認識できた時を消滅時効の起算点とするという傾向(起算点の主観化)が見られると説明されている。

2 澤野和博「消滅時効」安永正昭ほか『債権法改正と民法学Ⅰ総論・総則』(商事法務、2018 年)563 頁。

3 潮見佳男『民法(債権関係)改正法の概要』(金融財政事情研究会、2017 年)

48 頁、酒井廣幸『民法改正対応版 時効の管理』(新日本法規、2018 年)190頁。

4 我妻栄『新訂民法総則』(岩波書店、1965 年)484 頁。学説に関しては、次節で検討を行う。

5 起算点に関する判例の詳細な研究として、金山直樹『時効における理論と解釈』(有斐閣、2009 年)、松久三四彦『時効制度の構造と解釈』(有斐閣、2011年)、香川崇「わが国における消滅時効の起算点・停止(二)」富大経済論集57巻1 号(2011 年)65 頁がある。

本稿では、多くの文献で取り上げられており、起算点の判断について影響を与えたと思われるいくつかの判例に絞って検討を行う。

6 禁治産制度は、民法の一部を改正する法律(平成11 年法律第149 号)によって、成年後見制度に改められている。

7 有泉亨「判批」法学協会雑誌56 巻4 号(1938 年)812 頁以下。

8 その詳細に関しては、朝岡智幸「弁済供託金に対する取戻請求権・還付請求権の消滅時効」判例タイムズ166 号(1964 年)53 頁以下、下森定「判批」判例評論91 号(1966 年)112 頁以下(判例②の控訴審判決)、遠藤浩「判批」ジュリスト臨時増刊482 号(1971 年)43 頁以下で取り上げられている。

9 朝岡・前掲注(8)57 頁。

10 その他の地裁・高裁判決に関しては、遠藤・前掲注(8)43 頁を参照。

11 磯村哲編『注釈民法(12)債権(3)』(有斐閣、1970 年)326 頁〔甲斐道太郎〕。

12 昭和45 年9 月25 日付民事甲第4112 号法務局・地方法務局長あて民事局長通達。

13 須永醇「判批」民商法雑誌73 巻4 号(1976 年)462 頁。

14 田尾桃二「準禁治産者が訴を提起するにつき保佐人の同意を得られない場合と消滅時効の進行」最高裁判例解説民事篇(昭和49 年度)(法曹会、1977 年)188 頁以下。もっとも、時効中断のためでも、訴えの提起までできるといってよいか否かに関しては、問題がなお残されているとする。準禁治産者である債権者の保護は、準禁治産者の訴え提起に理由なく同意を与えなかったことによって権利を消滅させた保佐人に対する損害賠償請求によって図られることになるとも述べられている。

15 須永・前掲注(13)468 頁。

16 円谷峻「判批」NBL737 号(2002 年)63 頁、森田宏樹「判批」ジュリスト1224 号(2002 年)82 頁。

17 長谷川浩二「判批」ジュリスト1226 号(2002 年)94 頁、同「瑕疵担保による損害賠償請求権と消滅時効」最高裁判例解説民事篇平成13 年度(下)(法曹会、2004 年)750 頁。

18 曽野裕夫「判批」法学教室262 号(2002 年)145 頁。

19 曽野・前掲注(18)145 頁。

20 その詳細については、円谷・前掲注(16)63 頁以下を参照。

21 森義之「判批」ジュリスト1270 号(2004 年)182 頁、坂口光男「判批」判例評論546 号(2004 年)30 頁、出口正義「判批」民商法雑誌131 巻1 号(2004年)45 頁。

22 森・前掲注(21)182 頁。学説の詳細については、坂口・前掲注(21)31 頁以下、大澤康孝「判批」ジュリスト1269 号(2004 年)120 頁以下、松本克美「判批」法律時報76 巻12 号(2004 年)90 頁以下、酒巻宏明「判批」法律のひろば58巻3 号(2005 年)54 頁以下を参照。

23 松本・前掲注(22)92 頁。

24 森・前掲注(21)182 頁、坂口・前掲注(21)34 頁。

25 坂口・前掲注(21)34 頁、榊素寛「判批」商事法務1673 号(2003 年)39 頁。さらに、判旨が引用している判例②は、弁済供託における供託物払渡請求権についてのものであり、保険金請求権についての時効の起算点について直ちに一般化できるものではないと思われるとの指摘もある(酒巻・前掲注(22)59頁)。

26 大澤・前掲注(22)121 頁。

27 鳩山秀夫『註釈民法全書第二巻法律行為乃至時効』(巖松堂書店、1911 年)693 頁、石田文次郎『現行民法総論』(弘文堂書房、1935 年)472 頁、穂積重遠『改訂民法総論』(有斐閣、1936 年)518 頁以下、柚木馨『判例民法総論下巻』(有斐閣、1953 年)428 頁以下、幾代通「消滅時効の起算点」幾代通・遠藤浩『総合判例研究叢書 民法(8)』(有斐閣、1964 年)3 頁以下、我妻・前掲注(4)484 頁以下、川島武宜『民法総則』(有斐閣、1965 年)509 頁、川井健『民法概論Ⅰ(民法総則)』(有斐閣、1995 年)418 頁。

28 我妻・前掲注(4)484 頁以下。

29 星野英一「時効に関する覚書――その存在理由を中心として――」『民法論集第4 巻』(有斐閣、1981 年)309 頁以下。

30 星野・前掲注(29)310 頁以下。

31 松久・前掲注(5)396 頁以下。

32 星野・前掲注(29)310 頁。

33 松久・前掲注(5)396 頁。

34 松久・前掲注(5)396 頁以下。

35 消滅時効の存在理由に関し、弁済者保護説と未弁済者保護説という分類が示されている。弁済者保護説は、消滅時効の存在理由を弁済等による債務消滅の証明困難を救済する弁済者保護の制度と解する立場である。他方、未弁済者保護説は、消滅時効を未弁済者(債務者)保護の制度と解する立場である。そして、債務者といえどもいつまでも権利不行使という不安定な状態に置かれるべきではないという点にその正当化根拠をおく(松久三四彦「判批」判例評論303 号(1984 年)35 頁)。

36 徳本伸一「判批」判例評論455 号(1997 年)32 頁以下、加藤新太郎「判批」NBL629 号(1997 年)71 頁。

37 吉村良一「判批」民商法雑誌116 巻2 号(1997 年)296 頁。

38 徳本伸一「消滅時効の起算点について」金沢法学41 巻2 号(1999 年)128頁。

39 藤宗和香「自賠法75 条の消滅時効の起算点」民事研修378 号(1988 年)37頁以下。

40 前田達明「判批」民商法雑誌113 巻1 号(1995 年)77 頁以下。

41 金山・前掲注(5)120 頁。

42 徳本・前掲注(38)133 頁以下。

43 松久・前掲注(5)397 頁。

44 消滅時効の改正過程に関する研究として、松久三四彦「民法(債権関係)改正による新時効法案の審議と内容」高翔龍ほか編『日本民法学の新たな時代』(有斐閣、2015 年)241 頁、仮屋篤子「民法(債権関係)改正法における消滅時効規定の構造」名城ロースクール・レビュー40 号(2017 年)67 頁、酒井・前

掲注(3)1 頁、香川崇「新消滅時効法における起算点確定法理」富大経済論集65巻2 号(2019 年)45 頁がある。

45 金山編・前掲注(1)301 頁以下。

46 金山編・前掲注(1)302 頁。

47 金山編・前掲注(1)302 頁。

48 民法(債権法)改正検討委員会編『詳解・債権法改正の基本方針Ⅲ――契約および債権一般(2)』(商事法務、2009 年)149 頁以下。

49 民法(債権法)改正検討委員会・前掲注(48)169 頁以下。

50 民法改正研究会編『民法改正 国民・法曹・学界有志案』(日本評論社、2009年)135 頁。

51 部会資料2・1 頁以下。

52 部会資料14-2・2 頁以下。

53 部会資料31・5 頁。

54 部会資料31・7 頁以下。

55 部会資料52・11 頁以下。

56 部会資料52・13 頁以下。

57 部会資料54・12 頁。

58 「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」(平成25 年4 月法務省民事局参事官室)(以下、「中間試案の補足説明」という)68 頁。

59 中間試案の補足説明71 頁。

60 部会資料63・3 頁。

61 部会資料63・5 頁。

62 部会資料69A・1 頁以下。

63 部会資料69A・2 頁。

64 部会資料69A・2 頁。

65 部会資料69A・2 頁以下。

66 部会資料69A・4 頁。

67 部会資料78A・5 頁以下。

68 部会資料78A・14 頁。

69 部会資料80-3・1 頁。

70 第92 回会議議事録22 頁以下(合田関係官)。

71 部会資料31・7 頁。

72 部会資料31・7 頁。

73 筒井健夫・村松秀樹編『一問一答民法(債権関係)改正』(商事法務、2018年)55 頁。

74 筒井・村松・前掲注(73)55 頁。

75 筒井・村松・前掲注(73)55、56 頁。

76 第92 回会議議事録23 頁(合田関係官)。

77 部会資料69A・1 頁。なお、「権利を行使することができる時」をめぐっては、改正前において、権利行使について法律上の障害がなくなった時とする見解と、権利行使が事実上期待可能となった時とする見解の対立があったが、この点についてはなお解釈にゆだねられているとの指摘もある(石井教文「債権の消滅時効」金融法務事情2029 号(2015 年)37 頁、潮見・前掲注(3)47 頁)。

78 筒井・村松・前掲注(73)57 頁。

79 部会資料69A・2 頁以下。

80 部会資料69A・3 頁。

81 部会資料78A・7 頁。

82 部会資料80-3・1 頁、第92 回会議議事録22 頁以下(合田関係官)。

83 筒井・村松・前掲注(73)57、58 頁。

84 部会資料69A・2 頁以下。

85 第74 回会議議事録17 頁(中井委員)。

86 第74 回会議議事録20 頁(内田委員)。

87 酒井・前掲注(3)84 頁。

88 酒井・前掲注(3)84 頁、秋山靖浩「債権の消滅時効の主観的起算点」秋山靖浩ほか編『債権法改正と判例の行方――新しい民法における判例の意義の検証』(日本評論社、2021 年)34 頁でも、不法行為の主観的起算点の趣旨を民法166条1 項1 号の主観的起算点の趣旨と全く同じであると見てよいかについて、立ち入った検討が必要であると指摘されている。

89 秋山・前掲注(88)30 頁。

90 部会資料78A・8 頁以下。

91 秋山・前掲注(88)30 頁。

92 松久・前掲注(5)463 頁以下、平野裕之「民法724 条前段の主観的起算点と違法性の認識」慶應法学24 号(2012 年)111 頁以下、秋山・前掲注(88)31 頁。

93 部会資料78A・7 頁。

94 秋山・前掲注(88)31 頁以下。

95 松久・前掲注(5)463 頁以下、香川・前掲注(44)167 頁。

96 平野・前掲注(92)93 頁以下。

97 酒井・前掲注(3)89、90 頁。

98 第74 回会議議事録12 頁(山本(敬)幹事)。

99 松久・前掲注(5)587 頁以下。

100 酒井・前掲注(3)88 頁。

101 平野裕之『民法総則』(日本評論社、2017 年)429 頁。他方で、部会資料69A では、「権利を行使することができることを知った時」とは、「債務者に対する権利行使が事実上可能な状況のもとにおいて、債権者がその請求が可能な程度にこれらを知った時」と解釈することができるとしているが、そうであるとしたら条文で直截にそのような文言を用いるべきであったのではないかとの指摘もある。さらに、主観的基準は、「知った」ことだけを問題にしており、権利者の懈怠によって知らない場合を問題としていない点を挙げ、勤勉な権利者より怠惰な権利者をより保護することになりかねないとしている(澤野・前掲注(2)559、560 頁)。

102 酒井・前掲注(3)75 頁。

103 第70 回会議議事録23 頁(鹿野幹事)。

104 中間試案の補足説明72 頁。

105 山野目章夫『民法概論1 民法総則』(有斐閣、2017 年)338 頁以下。

106 中田裕康「消滅時効」中田裕康ほか『講義債権法改正』(商事法務、2017 年)36、37 頁。

107 酒井・前掲注(3)77 頁。

108 平野・前掲注(101)433 頁。

109 松久三四彦「消滅時効」法律時報86 巻12 号(2014 年)57 頁。時効法の国際的な動向については、平野裕之「時効期間――起算点との関係も考慮して」金山直樹編『消滅時効法の現状と改正提言』(商事法務、2008 年)23 頁以下、松久・前掲注(5)518 頁以下を参照。

110 松本克美「債権の原則的消滅時効期間の二重期間化の合理性」深谷格ほか編『大改正時代の民法学』(成文堂、2017 年)88 頁。

111 松本・前掲注(110)97 頁。

112 松本・前掲注(110)100 頁。

113 島岡聖也ほか「民法(債権関係)改正の論点 企業の視点から」法律のひろば66 巻5 号(2013 年)42 頁。また、裁判実務では主観的要素の起算点をめぐって争点になることが多く、審理が長期化するという要因になることが少なくないとの指摘もある(第34 回会議議事録12 頁(朝倉幹事))。

114 平野裕之「消滅時効の起算点の緩和と二重の時効期間の可能性」慶應法学28号(2014 年)301 頁以下。

115 平野・前掲注(114)322 頁。なお、これらは、民法改正前に示された提案であるため、「主観的起算点が要請される事例に対する法の欠缺を解釈により主観的起算点を認めることで埋め、それによる不都合を回避する二重の期間制限を併せて解釈により実現する努力こそがなされるべきである」としている(313 頁)。

116 平野・前掲注(114)322、323 頁。

117 香川・前掲注(44)76 頁。

118 香川・前掲注(44)76、77 頁。

119 香川・前掲注(44)78 頁以下。

120 第74 回会議議事録17 頁(中井委員)、酒井・前掲注(3)84 頁。

121 秋山・前掲注(88)30 頁以下。

122 酒井・前掲注(3)88 頁。

123 松久・前掲注(5)588 頁。

124 松本・前掲注(110)100 頁。

125 香川・前掲注(44)76 頁。

126 平野・前掲注(114)322 頁。

127 その一部は、拙稿「フランス消滅時効法における上限期間について」関西大学法学論集72 巻3 号(2022 年)67 頁で明らかにした。例えば、フランス法では、「上限期間(délai butoir)」と呼ばれる期間が定められている。フランス民法2232 条1 項は、「時効の起算点の延期、停止又は中断は、その効果として、権利の発生の日から起算して20 年を超えて消滅時効期間を与えることができない」と規定する。上限期間は、「権利の発生の日」を起算点として、20 年で時効を消滅させる効果を有する。起算点の延期や停止・中断によって、20 年を超えて時効を延長することはできず、いつまでも時効期間を延長することができなくなった。ただし、上限期間には様々な例外事由が定められている(2232 条2 項)。

 
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