2023 Volume 28 Issue 2 Pages 467-472
千葉県印西市のニホンアカガエルの生息地において、産卵状況の調査と新たな産卵場所確保のために小さい水域(池と水田)を造成した。調査地(面積11 ha)は谷津の谷底部にあり、ほとんどが耕作放棄水田であった。2021年と2022年の繁殖期に卵塊数とその位置を記録した。両年とも500個以上の卵塊が確認され、その半数以上が2カ所に集中していた。市民活動によって造成した2つの池には100個以上の卵塊が産みつけられ、一方その近くに造成した水田には産卵されなかった。2022年には産卵数のおよそ1割以上の卵塊が死亡し、その原因として水たまりの乾燥の影響が示唆された。産卵場所の集中と乾燥リスクのある繁殖地において、産卵池となる水域の造成は、ニホンアカガエルの初期死亡率の低下に貢献すると考えられる。
We conducted a survey to determine the breeding status of the Japanese brown frog, Rana japonica, and observe its use of newly constructed spawning pools in Inzai City, Chiba Prefecture. The survey site, approximately 11 ha in area and located at the bottom of a valley, was mostly abandoned rice paddies. During the breeding seasons of 2021 and 2022, we recorded the number and location of egg masses from 29 sections within the overall site. Of more than 500 egg masses observed, more than half occurred in just two sections. In 2022, approximately 10% of the egg masses died, probably because of drying. More than 100 egg masses were laid in two pools constructed through citizen activities, with no eggs found in new rice paddies created near the pools. In habitats with dense spawning sites and often facing drought risks, constructing spawning pools may help reduce early mortality in R. japonica.
水田は食糧生産の場であると同時に、多くの湿地性の生物の主要な生息地でもある(Natuhara 2013)。近年、水田環境の変化あるいは水田そのものの減少によって、水田を利用する様々な生物が減少している(Katayama et al. 2015)。ニホンアカガエル Rana japonica Boulenger, 1879は、冬から早春に産卵するため、湿田や水たまりのある水田を繁殖場所として利用するものの(松井・前田 2018)、圃場整備事業等により乾田化すると繁殖できる場所が減少する(Kidera et al. 2018)。このことは、日本各地での個体数の減少の主要な原因の一つであることが指摘されている(東・武内 1999;Kidera et al. 2018;Zheng et al. 2021)。
関東地方では谷津(谷戸・谷地)と呼ばれる地形の谷底部が、ニホンアカガエルの主な生息地の1つとなっている(富岡 1993;長谷川 1995;大澤・勝野 2002)。谷津とは丘陵地や台地を水が下刻して発達した谷の低地であり、谷頭や台地の縁から台地の地下水が湧水となって流れ出る(西廣ほか 2020)。谷津の谷底部は、かつては稲作が行われていたが、現在では耕作放棄されている場所が多い(Kim et al. 2020;西廣ほか 2020)。耕作放棄後、年数の経過に伴うヨシなどの繁茂、湧水の減少や土砂の堆積による陸地化が進むと、ニホンアカガエルなどカエル類の繁殖に適さない環境になりやすい(長田 1978;富岡 2000)。しかしそのような場所でも、水が溜まりやすい条件を人工的に造成することにより、ニホンアカガエルが産卵に利用できるようになる可能性がある(夏原ほか2002)。
両生類の保全を目的として、人工的な湿地や池の造成が行われた事例は多く報告されている(Calhoun et al. 2014; 田和・佐川 2017; Oja et al. 2021)。特に、ニホンアカガエルのように水田を含む里山環境で生息する種においては、その生態を考慮した産卵場所の確保が、個体数の増加や個体群の維持につながることが示されている(夏原ほか2002;福山ほか 2007;阿部ほか 2013;大磯ほか 2020)。しかし、個人や地域住民によって実施された生息環境の改善を目的とした小規模な湿地の造成に関しては、保全活動の報告としてインターネットやソーシャルメディア上では多く散見されるものの、学術誌においてはその効果を報告した例は少ない(夏原ほか2002;阿部ほか 2013;佐竹 2014)。
本報では、千葉県北部にある谷津の陸地化が進行しつつある耕作放棄水田域において、その一部に池の造成および水田を再整備する活動を行い、ニホンアカガエルの産卵場所の確保に対する効果を評価した。千葉県ではニホンアカガエルは、最も絶滅リスクが高い「保護上重要な野生生物」に指定されており(千葉県環境生活部自然保護課生物多様性センター 2019)、新たな水域の造成が、ニホンアカガエルの産卵状況に寄与する可能性を把握することは意義あるものと考えられる。
調査地の概要と調査方法
調査地は、千葉県印西市の竜腹寺地区(35˚48'15.8"N、140˚11'39.9"E)に位置する谷津であり、谷底部の最上流部にあたる約11 haを調査範囲とした(図1A)。印旛沼水系に含まれ、モウソウチク Phyllostachys heterocycla f. pubescensやスギ Cryptomeria japonicaが優占する樹林が谷底を囲む斜面を覆っており、台地は主に畑地と住宅地である(図1A)。かつては谷底部の全体が水田として利用されていたが、2010年頃から耕作放棄されており、現在では秋頃にヨシなどの草本を地際で刈り取るなどの管理が行われている。また、斜面と谷底部の境界には部分的に土水路があり、上流側を除く谷津の中央部では南北方向に三面コンクリート張りの排水路が流れている。調査地では、ニホンアカガエルの他にアズマヒキガエル Bufo japonicus formosus Boulenger, 1883、ニホンアマガエル Dryophytes japonicus (Günther, 1859)、シュレーゲルアオガエル Zhangixalus schlegelii (Günther, 1858)、トウキョウダルマガエル Pelophylax porosus porosus (Cope, 1868)、ヌマガエル Fejervarya kawamurai Djong, Matsui, Kuramoto, Nishioka et Sumida, 2011が生息している。
耕作放棄地内にはニホンイノシシ Sus scrofa leucomystax Temminck, 1842の掘り返しで生じた浅い窪地などの微地形があり、湧水と雨水が溜まって形成された大小の水たまりが点在している。ニホンアカガエルはこのような水たまりに産卵するが、調査地に点在する水たまりは、不定形であり降雨によって面積が変化する上、常に同じ位置や大きさに形成されるとは限らない。そのため、水たまりや湧水の流れ込みなどの水域があった場所を含む範囲を、水田として利用されていた時期の畔をもとに27の区画に分け、区画ごとにニホンアカガエルの卵塊数を集計した(図1A)。このうち、区画5は、調査期間中において面積は一定ではないものの水たまりが常に存在しており、また、区画12には、本報において新しく造成した池とは別に、14.5 m × 3.6 m(岸から30 cm付近での深さ約30 cm)の人工的に掘られた池が既にあった。水路への産卵は区画とは区別して集計した(図1A、区画13(土水路)および区画29(三面コンクリート水路))。
千葉県北部では1月後半から3月がニホンアカガエルの繁殖期であるため(長谷川 1998)、2021年と2022年の両年において、2月から4月にかけて調査地を踏査し、発見したニホンアカガエルの卵塊数とその位置を記録した。本種は主に降雨のあった日に産卵するため(森 1997;倉本・石川 2000)、卵塊調査日はできるかぎり降雨後の日に設定した。2021年は2月23日、3月12、14、18日、4月1日、2022年は2月27日、3月10日、3月25日、3月31日に調査を行った(表1)。2021年2月23日の調査では区画12、13、14のみ、それ以外の調査日はすべての区画で調査を行った(図1A)。卵塊調査の最終日では新しく確認できた卵塊数が、2021年では0個、2022年では13個だったため、この時点で繁殖期が終了したと判断した。水たまりの干上がり(乾燥)による死亡のリスクを評価するために、2021年には4月1日に乾燥して死滅した幼生や卵塊の位置を記録し、2022年には4月22日に幼生がいた場所を記録して繁殖期に卵塊が確認された区画と比較した。卵塊や幼生を確認した位置はデジタルカメラ(Tough TG-6、OLYMPUS)のGPS機能を利用して記録した。
耕作放棄水田に造成した池と水田
調査対象とした区画のうちの2つにおいて、2021年2月に、市民団体(NPO法人いんざい子ども劇場)が小規模な水田と小さく浅い止水域(池)を作成する活動を実施した。この活動では、畔を補修し、約30 m × 23 mの範囲を水田とした(区画P)。その後、5月頃に田植えが行われ、10月頃に稲刈りが行われた。この水田に隣接する放棄水田(区画14)において、3.7 m × 4.8 m(岸から30 cm付近での深さ約11 cm)と1.4 m × 1.5 m(同じく深さ約21 cm)の2つの池を造成した。この活動の参加者の自由な造成によって、2つの池の岸の形状は一定ではないものの、池岸は水田の畦と同様の形状になった。
2021年に調査地で確認された卵塊は537個であった(表1)。2月23日の調査は調査地の一部のみで行ったこと、また、 続く3月12日の調査では発生が進んで形が崩壊していたために正確に数えられない卵塊があり、この時区画22と23では幼生のみが確認されたことから、繁殖期初期の卵塊数をすべて数えられておらず実際には537個以上あったと推測される。2022年には635個の卵塊が確認された(表1)。
卵塊の多くは林縁に近い場所で見つかり(図1B)、水たまりや土水路、造成された池が産卵場所となっていた。三面コンクリート水路(区画29)内で卵塊が見つかった場所は1箇所のみであった(図1Aおよび2)。区画12の人工的に掘られた深い池では卵塊は見つからなかった。産卵場所となった区画数は2021年では13区画、2022年では24区画であったが、両年とも卵塊の半数以上が区画5と区画14の2区画に集中していた(図2)。
死滅した卵塊や幼生の痕跡から、2021年には4月1日までに4区画で15個(全体の2.8%)の卵塊が消失し、生存した幼生のいなかった区画数から2022年には繁殖期終了から4月22日までに10区画で110個の卵塊(17.3%)に相当する卵もしくは幼生が消失したと推定された。
造成した池と水田への産卵
区画14に造成した2つの池では、2021年には104個、2022年には81個の卵塊が確認された。卵塊が確認された池では、調査最終日まで幼生が確認された。造成した水田では、2021年には部分的に小水域が形成されていたが(水深約2-8cm)卵塊は見られず、2022年には繁殖時期に水がなかったために産卵がされなかった。
ニホンアカガエルは水深が浅い開放的な止水域を産卵場所として好み(門脇 2002;松井・前田 2018)、同種の卵塊や幼生のいる池を避ける傾向がある(Matsushima and Kawata 2005;Iwai et al. 2007)。これらのことからニホンアカガエルの産卵場所としては、開放的な環境に複数の浅い池を作成し、かつ幼生期も水域を維持できることが望ましい。実際に、最も多くの卵塊が見つかった区画5は、自然にできた複数の水たまりが存在しかつ調査中はそれらの水たまりが大きさや水深が変わっても消失することはなかった。区画14に新たに造成した2つの池は、上記の点では調査地のニホンアカガエルにとって産卵場所として適していたといえるだろう。一方、2021年に造成した水田および区画12に存在していた池では産卵がなかった理由については、今回の調査からは明らかではない。今後は、保全を目的とした産卵場所の造成に関して、池の形状や水深などの条件に加え、周辺植生や非繁殖期のニホンアカガエルの活動場所との関連性など、谷津内において池を造成する位置の効果についての調査が必要となるだろう。興味深いことに、2021年では繁殖期が始まった後に区画14の池が造成されたにも関わらず産卵場所として利用された。ニホンアカガエルは降雨でできた水たまりやイノシシの掘り返しでできた水たまりにも産卵するので、この程度の撹乱はニホンアカガエルには許容できるのかもしれない。
産卵場所の造成は、産卵場所の集中と乾燥のリスクがある状況で、卵塊や幼生の生存率の増加に貢献すると考えられる(夏原ほか2002)。調査地では2年間の調査で毎年500個を超える卵塊が確認されたが、その半数以上が2つの区画で見つかった。産卵場所の集中は、土地や地形の改変あるいは災害などによって急な個体数減少を起こすリスクがある。また、2022年では、産卵時期終了から約1ヶ月後には少なくとも23区画中10区画で産卵場所が消失し、少なくとも産卵数の1割以上の卵塊またはそれに相当する卵や幼生が死滅したと推定された。このような野外における乾燥による死亡率は不明であるが、卵は水がない状態が3日間続くと孵化できず(渡部ほか 2010)、孵化後は水中で生活するため、降雨のタイミングや降雨量によってはさらに死亡が増加する恐れがある。実際に調査地では繁殖開始頃から4月末までの間に、7日以上降雨がない期間が度々あった(国土交通省気象庁「過去の気象データ検索」https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/index.php 佐倉観測所のデータ取得日2022年5月20日)。このようなリスクのある場所において、水量の安定した新たな産卵池の造成は、ニホンアカガエルの初期死亡率の低下につながると考えられる。
謝 辞
本研究を行うにあたり、NPO法人いんざい子ども劇場の皆様からのご協力及び、東邦大学理学部生態系生態学研究室の皆様から貴重なご意見を頂きました。心より感謝申し上げます。
調査日ごとの卵塊数
調査日 | 卵塊数 |
---|---|
2021年 | |
2月23日 | 40 * |
3月12日 | 260 |
3月14日 | 202 |
3月18日 | 35 |
4月1日 | 0 |
2022年 | |
2月27日 | 230 |
3月10日 | 86 |
3月25日 | 206 |
3月31日 | 13 |
* 2021年2月23日は調査地の一部でのみ調査を行ったため、調査地全体の卵塊数ではない。
(A)調査地の植生と産卵場所を示す区画の位置。Pは造成された水田を示す。(B)調査地で発見された卵塊の位置。近接して産み付けられた卵塊はまとめられ、代表の位置のみを示した。環境省生物多用センター植生調査(1/2.5万)「第6-7回自然環境保全基礎調査植生調査」(環境省生物多様性センター、http://gis.biodic.go.jp/webgis/sc-023.html)を編集して作成した。
2021年(a)と2022年(b)に各区画に産卵された卵塊数。黒いバーは死滅したとされる卵塊数、矢印は卵塊を確認できなかったが幼生は確認できた区画を示す。区画13は土水路、区画29はコンクリート張りの水路である。