Japanese Journal of Conservation Ecology
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
Report
Economic evaluation of the recreational value of Lake Kasumigaura, Japan according to zonal travel costs
Tatsumi Kitamura Takahiro KuboShin-ichiro S MatsuzakiKouji NishiMiyuki YuzawaSatoshi KouhukuKokoro KikuchiNaoko YoshimuraHiroya YamanoTakehiko Fukushima
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML
Supplementary material

2024 Volume 29 Issue 1 Pages 37-45

Details
Abstract

 霞ヶ浦は流域住民のみならず広い範囲で様々な生態系サービスの恩恵を与えている。本研究では、ゾーントラベルコスト法を用いて霞ヶ浦のレクリエーション価値について経済評価を行った。全国を対象にWEBアンケート調査を実施し、霞ヶ浦(ここでは西浦および常陸利根川を対象)湖岸に点在する霞ヶ浦のレクリエーションスポット6カ所のうちいずれかに2017年の1年以内に訪れたことがあるか、霞ヶ浦の水質や生き物に関心があるかなどを質問した。訪れたと回答した人の出発地点を県外は都道府県、県内は市町村単位で設定し、霞ヶ浦の各スポットへの訪問率と旅行費用を算出した。需要曲線を作成し、訪問1人当たりの消費者余剰を算出したところ、4,087円/人と見積もられた。また、得られた消費者余剰と霞ヶ浦の年間の訪問者数の積から霞ヶ浦のレクリエーション価値を算出したところ246億円/年と見積もられた。

Translated Abstract

Lake Kasumigaura in Ibaraki Prefecture, Japan provides various ecosystem services to residents of the basin and the surrounding area. We applied a zonal travel cost method to assess the recreational value of the lake in monetary terms. We conducted an online questionnaire survey across Japan, and asked participants if they were interested in the water quality and organisms of Lake Kasumigaura, and whether they had visited any of the six recreational spots on the shores of Lake Kasumigaura (mainly the Nishiura and Hitachi Tone Rivers) during 2017. Among those who had visited any of these attractions, we asked for the subject’s home prefecture (if visiting from outside Ibaraki Prefecture) or municipality (if visiting from within Ibaraki Prefecture). We calculated the visit rate and travel costs to each attraction at Lake Kasumigaura. The results were used to determine the demand curve for the lake, and the consumer surplus per visit was calculated to be 4,087 yen/person. Then, we calculated the recreational value of Lake Kasumigaura based on the product of the consumer surplus and the annual number of visitors to Lake Kasumigaura. Thus, the recreational value of the lake was estimated to be 24.6 billion yen/year.

はじめに

地球環境とそれを支える生物多様性は、それ自体が人間にとって大きな価値を有するだけで無く、人間の生活を維持するために重要であるとともに人間の福利に資する。このような恩恵は生態系サービスと呼ばれ2005年に提唱された国連ミレニアムエコシステム評価(横浜国立大学21世紀COE翻訳委員会責任翻訳2007) によって生態系サービスの概念の枠組みが示された。そして、2019年に生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム(IPBES)によって、過去50年の世界の生態系サービスは劣化していることが報告された(IPBES 2019)。日本においてもIPBESと同様な枠組みで生物多様性及び生態系サービスの総合評価(JBO3)が実施され、世界と同様に生態系サービスは劣化傾向にあり、自然環境保全を目的とした施策に加えて、社会の在り方や人々の行動も含めた対策が必要であると報告している( 2021)。さらに、2010年に愛知県で開催された生物多様性条約締約国会議(COP10)において「生態系と生物多様性の経済学」の報告書がまとめられ、生態系サービスの価値を経済学的に可視化し、意思決定や行動に反映させることの有効性を指摘した(TEEB 2010)。

国内における経済価値の評価は、国レベルで湿地や干潟(環境省 2013)、農業や森林の多面的機能(祖田 2002)などを評価した事例はあるが、都道府県の自治体レベルで評価した事例は1県のみである(遠香・西田2014;高橋 2019)。生態系サービスを保全・活用していくためには、国だけでなく、人々の生活により身近に関わる地方自治体においても生態系サービスの享受量やその経済価値を評価した上で判断や行動をする必要がある。

茨城県の南部に位置する霞ヶ浦では流域に約96万人が生活し、霞ヶ浦の水は水道用水や農業用水、工業用水に利用されたり、霞ヶ浦で漁獲されたコイ Cyprinus carpioやワカサギ Hypomesus nipponensisを食べたり、霞ヶ浦は多くの水や食料を供給し、その範囲は流域にとどまらない。このように、霞ヶ浦は人々に多大な恩恵を与えている。

茨城県では2018年に第17回世界湖沼会議をつくば市で開催し、「人と湖沼の共生-持続可能な生態系サービスを目指して-」をテーマに霞ヶ浦の生態系サービスを将来にわたって持続的に享受するための討議が行われ、その中で霞ヶ浦の生態系サービスの項目や享受量の変遷などについて整理・検討した(松崎ほか 2020;北村ほか 2020;幸福ほか 2020;西ほか 2020;山野ほか 2020)。その結果、霞ヶ浦のレクリエーションとして、サイクリングロードや観光帆引き船、釣りや水遊びなど霞ヶ浦とふれあうような項目を整理したが、これらの経済価値を十分に評価できなかった。今後、霞ヶ浦の持続可能な生態系サービスの発揮を目指すために議論していく上でも、霞ヶ浦のレクリエーションの価値(以降、レクリエーション価値と称す)を評価することは重要である。

レクリエーション価値の評価手法の1つとして、トラベルコスト法がある(柘植ほか 2011)。トラベルコスト法は環境等を利用したことによって受け取る便益を旅行費用で代替して評価するものである。その中でゾーントラベルコスト法は、レクリエーション対象地を中心に旅行費用が等しくなるゾーン(市町村単位では市役所等、都道府県単位では県庁所在地等で代用)を特定し、各ゾーンからレクリエーション対象地への訪問率と旅行費用の関係から消費者余剰を算出しレクリエーション価値を推計する。従って、調査対象の利用者の訪問回数ではなく、利用者の居住地の情報を基に推計できるという特徴をもつ(栗山ほか 2013)。ゾーントラベルコスト法で消費者余剰やレクリエーション価値を算出した事例として、栃木県の大笹牧場の公益的機能を評価した事例(加藤 1999)や、京都市の文化遺産23スポット(神社仏閣等)の観光資源としての便益をそれぞれ推計し合計することで文化遺産のレクリエーション価値を評価した事例もある(森・小川 2021)。

そこで、本研究ではゾーントラベルコスト法を用いて霞ヶ浦(ここでは西浦および常陸利根川を対象)湖岸に点在するレクリエーションに関するスポット(以降、レクリエーションスポットと称す)への訪問率や旅行費用を算出し解析することで霞ヶ浦のレクリエーション価値を評価した。

方 法

霞ヶ浦のレクリエーションスポットの選定および概要

霞ヶ浦のレクリエーションスポットの選定の方針として、霞ヶ浦湖岸に位置していること、霞ヶ浦の景観や歴史・食文化・霞ヶ浦に生息する生き物にふれあえることを選定条件とし、さらに、これらの条件に合致しても霞ヶ浦以外のサービスの享受が多いと考えられるスポットは除外した。選定の結果、霞ヶ浦のレクリエーションスポットとして霞ヶ浦周遊道路、土浦港、歩崎公園、道の駅玉造、妙岐ノ鼻、水郷あやめ園の6地点をレクリエーションスポットとした(図1)。6地点の概要は以下のとおりである。

霞ヶ浦周遊道路は、霞ヶ浦の湖岸に整備されており、人工堤防の上を自動車や自転車が通行できるようになっている。また、西浦や常陸利根川の湖岸130 kmに渡ってサイクリングコースも設置されており、霞ヶ浦の景観を楽しむことができる。土浦駅にサイクリング拠点施設があるため、霞ヶ浦周遊道路の地点は土浦駅(St.1)とした。

土浦港(St.2)は、西浦の西岸に位置しており、遊覧船によって霞ヶ浦を遊覧することができる。また、個人が所有しているヨットなども数多く停泊していることから遊覧や釣りを楽しむことができる。

歩崎公園(St.3)は、西浦の北岸に位置しており、霞ヶ浦の魚などが展示されているかすみがうら市水族館や郷土資料館などが併設されている。

道の駅玉造(St.4)は、西浦の東岸に位置しており、霞ヶ浦産ワカサギなどの水産物や霞ヶ浦湖岸で広く栽培されているレンコン Nelumbo nuciferaなどの農産物を多く販売している。

妙岐ノ鼻(St.5)は、霞ヶ浦の南岸に位置しており、ヨシ原が広がり野鳥が多く生息していることから、バードウォッチングをする人が多い。

水郷あやめ園(St.6)は、西浦や北浦、常陸利根川に囲まれた水郷地帯に位置しており、多種のアヤメや花菖蒲が植えられ初夏に見頃を迎える。また、5月下旬から6月下旬に開催される水郷潮来あやめまつりの会場となり、嫁入り舟や手漕ぎの「ろ舟」遊覧などの潮来の歴史に関するイベントが開催される。

また、土浦港(St.2)や歩崎公園(St.3)、道の駅玉造(St.4)では霞ヶ浦の伝統的な漁法で使用した帆引船の観光が行われている。

アンケート調査方法

マーケティングリサーチ会社(マクロミル社)に委託してWEBアンケートを実施した。調査期間は2018年2月2日-6日とし、調査対象者は全国の市民の20歳以上の成人とした。サンプルの性別や居住地等に関する構成比率は全国の市民の20歳以上のそれらとほぼ同じとした。アンケートは、回答者の年代、霞ヶ浦の水質や生き物に関する意識、2017年内(1年以内)、もしくは過去(1年以上前)に霞ヶ浦のどの対象地に行ったことがあるか、さらにその交通手段、同行者数(高校生以上の同行者数)を質問した。霞ヶ浦の水質や生き物に関する意識のアンケート内容としては「霞ヶ浦の水質(水のきれいさ)について関心がありますか?」、「霞ヶ浦の生き物(魚や鳥等)について関心がありますか?」の2つとし、1-5の5段階(1:全く関心がない-5:とても関心がある)で評価した。交通手段は自転車/徒歩、自動車、電車/バスの3択とした。

霞ヶ浦への訪問率の算出

霞ヶ浦を1年以内に訪れたと回答した人を対象とし、都道府県市町村別の霞ヶ浦への訪問率(VRi)を式(1)のとおり算出した。VRiはアンケートの回答結果を基に霞ヶ浦へ旅行した人の各都道府県市町村の人口割合を算出したものである。

V R i = V i VT VY P i                              (1)

ここでViはアンケートから得られた各都道府県市町村からの霞ヶ浦への訪問者数(人)、VTはアンケートから得られた霞ヶ浦への訪問者の総数(人)、VYは霞ヶ浦への年間の旅行者数(人)、Piは都道府県市町村の人口(人)である。また、iは各都道府県市町村を表す。アンケートから得られた各都道府県市町村からの霞ヶ浦への訪問者数は、回答者と同行者を含めた人数とし、茨城県内は市町村単位、県外は都道府県単位で集計した。ただし、霞ヶ浦湖岸に位置する千葉県香取市は市町村単位とした。霞ヶ浦への年間の旅行者数は、霞ヶ浦湖岸の11市町村の観光客数の和とし、2017年度の統計値(茨城県 2017;千葉県 2018)を用いた。都道府県市町村の人口は2015年の人口(総務省統計局 2015)を用いた。

霞ヶ浦への旅行費用の算出

霞ヶ浦を1年以内に訪れたと回答した人を対象とし、都道府県市町村別の霞ヶ浦への旅行費用(TCi)を交通手段別に自転車、自動車及びバスの場合は式(2)、電車の場合は式(3)のとおり算出し、都道府県市町村別に平均して算出した。アンケートで回答のあった自転車/徒歩は各レクリエーションスポットの立地状況から自転車の利用が多いと判断し自転車として算出した。また、電車/バスは10人未満で訪問したと回答した場合は電車とし、10人以上で訪問したと回答した場合はバスとして算出した。

T C i = 𝕕 i g f i m i + h i m i + 𝕕 i w i ̇ s l  (自転車、自動車及びバスの場合)     (2)

T C i = c i + w i t i l     (電車の場合)              (3)

ここで、diは各都道府県市町村の出発地から到着地までの往復距離(km)、gは燃料価格(円/L)、fiは燃費(km/L)、miは同乗者の数(人)、hiは往復の高速道路料金(円)、wiは賃金率(円/h)、sは自転車、自動車及びバスの平均時速(km/h)、lは機会費用の割引率、ciは電車賃(円)、tiは乗車時間である。また、iは各都道府県市町村を表す。なお、自転車の場合は燃費や高速代が不要なので式(2)の中で機会費用の項のみを利用し、自動車及びバスは全ての項を利用した。燃料価格は、自動車は2017年平均のレギュラーガソリン価格、バスは2017年平均の軽油価格を用いた(経済産業省エネルギー庁 2017)。燃費は、自動車はガソリン乗用自動車(乗車定員10人以下)、バスは一般バス(乗車定員10人以上かつ車両総重量3.5t超の乗用自動車)の各車両重量区分における燃費基準値(国土交通省 2020)の平均値を用いた。高速道路料金はWEB上の検索サイト(ドラぷら NEXCO東日本、https: //www.driveplaza.com/, 2022年1月10日確認)から自動車は普通車、バスは大型車の料金を用いた。賃金率は毎月勤労統計調査地方調査(厚生労働省 2017)より2017年平均事業所規模5人以上の調査産業計を用いて各都道府県の現金給与総額を総実労働時間で除することによって算出した。自転車の平均時速は、文献(国土交通省国土技術政策総合研究所 2005)より基本9.6 km/hとし、周遊道路を訪問したと回答した場合はサイクリング目的と判断し文献(近藤 2018)より20.0 km/hとした。自動車及びバスの平均時速は、全国道路・街路交通情勢調査(道路交通センサス)(国土交通省 2015)より平成27年度全国道路・街路交通情勢調査一般交通量調査を用いて、高速道路の場合は常磐自動車道、一般道の場合は国道6号線の昼間12時間平均旅行速度上り及び下りを平均することによって算出した。機会費用の割引率は先行研究(Cesario 1976)に従って30%とした。電車賃及び乗車時間は、WEB上の検索サイト(Ekitan.、https://ekitan.com/, 2022年1月10日確認)を利用して往復分を算出した。出発地は、自転車および自動車の場合は各都道府県庁及び市町村役場とし、電車及びバスの場合は各都道府県庁所在地及び市町村役場所在地に存在する主要な鉄道駅として設定した。到着地は対象地である霞ヶ浦周遊道路、土浦港、歩崎公園、道の駅玉造、妙岐ノ鼻、水郷あやめ園とした。ただし、土浦港は土浦駅から1 km以内であること、霞ヶ浦サイクリングは土浦駅にサイクリング拠点施設があることから到着地を土浦駅とした。経路選択は、自転車、自動車およびバスの場合はWEB上の検索サイト(Yahoo!地図、https:// map.yahoo.co.jp/, 2022年1月10日確認)を用いて所要時間が最短となるように経路を設定し所要時間を把握した。また、自動車およびバスで茨城県外もしくは片道100 km以上になる場合は高速道路を利用したと判断して、WEB上の検索サイト(ドラぷら NEXCO東日本、https: //www.driveplaza. com/, 2022年1月10日確認)を用いて出発地と到着地の最寄りのインターチェンジを設定した。電車の場合はWEB上の検索サイト(Yahoo!路線情報、https://transit. yahoo.co.jp/, 2022年1月10日確認)を用いて所要時間が最短となるように経路を設定し所要時間を把握した。ただし、茨城県外もしくは片道100 km以上になる場合は有料特急や新幹線を利用したと判断した。

本研究における霞ヶ浦への旅行費用は、各都道府県市町村の出発地からレクリエーションスポット1箇所のみの往復を対象とした。トラベルコスト法は1回の訪問で単一の訪問地に関する訪問頻度関数を導くものであり、複数の訪問地をもつ多目的旅行の場合、旅行費用を単一の訪問地への訪問費用としてそのまま計上すると過大推計になる。そのため、目的によって旅行費用を按分したり(吉田ほか 1997)、多目的旅行者を除外したり(幡・赤尾 1993)することで過大推計を防ぐ工夫が行われる。一方で、分析が煩雑になったり、サンプル数が減って除外された旅行者が享受する経済価値を考慮できなかったりなど、評価の信頼性が低下するため多目的旅行に関する扱いは難しい。本研究のアンケートでは霞ヶ浦以外の目的地について聞き取りはしていない。しかし、今回選定した霞ヶ浦のレクリエーションスポット6箇所のうち鉄道などの公共交通機関で訪問しやすいのはSt.2とSt.6で、他のスポットは自家用車等がないと不便な立地であることから主目的で霞ヶ浦に訪れている可能性が高い。また、St.2は船舶による遊覧、St.6はあやめまつりなど霞ヶ浦の周辺で競合するようなスポットはないことから、これらも主目的の可能性が高い。これらのことから、アンケートで回答したレクリエーションスポットを主目的で1箇所のみ訪問したとし、霞ヶ浦以外の観光地等には訪れていないと仮定した。

消費者余剰および霞ヶ浦のレクリエーション価値の算出

トラベルコスト法では旅行費用と訪問行動の関係からレクリエーション需要曲線を作成し消費者余剰を算出することができる。消費者余剰とは支払っても良いと考える支払意思額から実際に支払った金額を差し引いた消費者の利益分を指し、訪問あたりの消費者余剰に年間の訪問者数を乗ずることでレクリエーション価値を算出することができる(栗山ほか 2013)。本研究ではゾーントラベルコスト法のレクリエーション需要曲線の定式化のために先に算出した各都道府県市町村のVRiTCiをプロットし、当てはまりの良い片対数モデルを採用した。片対数モデルの場合、(4)式のとおり定式化し、旅行費用がTCiとなる出発地点iからの地域の消費者余剰(CSi)は(5)式で求められる(図2)。そして、訪問あたりの地域の消費者余剰は(6)式となり、さらにこれに年間の霞ヶ浦への旅行者数を乗ずることで霞ヶ浦のレクリエーション価値を算出することができる。

ln (VR) =α+βTC                                    (4)

   C S i = T C i exp ( α + β T C ) 𝕕 T C = exp ( α + β T C i ) β                     (5)

  C S i exp ( α + β T C i ) = 1 β                               (6)

ここでVRは霞ヶ浦への訪問率、TCは霞ヶ浦への旅行費用(円)、αおよびβは定式化で得られた係数、CSは地域の消費者余剰(円)である。また、iは各都道府県市町村を表す。

結 果

霞ヶ浦の訪問者の属性

WEBアンケートで回答を得られた件数は、全体で1,665件、そのうち県外1,184 件,県内481 件であった。1年以内に霞ヶ浦を訪れたと回答したのは全体で172件、そのうち県外は27件、県内は145件であった。県外の回答件数のうち2.3%が、県内の回答件数のうち30.1%が1年以内に訪れたことがあると回答し、県内では高い割合で霞ヶ浦を訪れたという結果となった。表1に1年以内に霞ヶ浦を訪れたと回答した人の属性及びその訪問先を示した。年代は県内では40代以上が多い傾向があり、県外では各年代ともに同程度であった。交通手段は県内、県外ともに自動車で訪問する人が多かった。県内では自転車/徒歩もあるが、ほとんどが霞ヶ浦周遊道路を訪問していたので自転車で訪問していたと考えられた。訪問先は県内では霞ヶ浦周遊道路や道の駅玉造の割合が大きく、県外では霞ヶ浦周遊道路や土浦港の割合が大きかった。その他として霞ヶ浦総合公園(土浦市)と回答する人もいた。

また、霞ヶ浦について「霞ヶ浦の水質(水のきれいさ)について関心がありますか?」という質問に対し、関心があると評価できる4か5を選択したのは県内は80%、県外は82%であった。一方、「霞ヶ浦の生き物(魚や鳥等)について関心がありますか?」という質問に対し、県内は77%、県外は66%が関心があると回答した。訪問した人々は霞ヶ浦の水質や生き物についても関心を持っており、特に水質に関心を示す人が多かった。

消費者余剰と霞ヶ浦のレクリエーション価値

1年以内の霞ヶ浦の訪問率は県外では栃木県が最も高かった(表2)。これは、25名の団体で訪れており、他県では10人未満であった。霞ヶ浦湖岸の市町村では美浦村が最も高く、霞ヶ浦湖岸の市町村が上位10位を占めた。また、旅行費用については霞ヶ浦から遠くなるにつれて高くなる傾向があり、県内では483円から3,420円、県外では2,304円から47,406円となった(表3)。そして、各都道府県市町村のVRiTCiを用いてプロットしたところ、比較的相関係数の大きいレクリエーション需要曲線を得ることができた(図3)。このレクリエーション需要曲線から訪問1人当たりの消費者余剰を算出すると4,087円/人となった。そして、年間の霞ヶ浦への旅行者数(付録1)に、今回得られた訪問1人当たりの消費者余剰を乗ずることで霞ヶ浦のレクリエーション価値を算出すると246億円/年と見積もられた。

考 察

本研究ではWEBアンケートを実施し、ゾーントラベルコスト法を用いることで1年以内に霞ヶ浦を訪問した人の1人当たりの消費者余剰は4,087円/人、それに基づいて計算された霞ヶ浦のレクリエーション価値は246億円/年であると推計された。我が国ではまだ同様の研究が限られており、この金額が他の生態系等と比較し、どれだけ大きいか(小さいか)議論することは困難であるが、少なくとも消費者余剰としては日本の沿岸海水浴場等と同規模であり(大野ほか 2009;Kubo et al. 2020)、本研究の推計値は一定の妥当性を有していると考えられる。

一方で、本研究の課題がいくつかある。1つめは、旅行費用の算出の際に宿泊を考慮していないことである。アンケートでは宿泊について質問していなかったため考慮できなかった。宿泊は県外からの訪問者が多いと考えられるが、県内からの訪問者も宿泊している可能性はある。一方で、日帰りと宿泊はそもそも使用する財が異なることから、別々に評価するべきとの指摘もある(出村・吉田 1999)。今後は日帰りと宿泊を分けて把握し、トラベルコストを評価する必要があるだろう。

2つめは、同じく旅行費用の算出に関し、機会費用の割引率を先行研究に従い30%としたことである。本研究における機会費用は、霞ヶ浦を訪問せず仕事をしていたら得られたであろう利益のことである。割引率の選定については現在も議論が続いていており、30%とすることは過小評価に繋がっている可能性があると指摘されている(Lloyd-Smith et al. 2019)。また、機会費用には移動時間だけでなく、訪問地の滞在時間も考慮すべきとの指摘もある(吉田ほか 1997)。今後は機会費用を算出する方法を検討する必要があるだろう。

3つめは、霞ヶ浦のレクリエーション価値を算出する際の年間の霞ヶ浦への旅行者数である。本研究では資料や文献等から霞ヶ浦への観光客数を抽出したが、霞ヶ浦の観光スポットや施設を把握しきれていない可能性や、観光客が同時に複数訪問したことでダブルカウントになっている可能性などが考えられる。例えば、他のレクリエーションスポットとして湖岸に位置する水郷筑波国定公園天王崎園地の観光客数は把握できていない。また、霞ヶ浦の旅行者数の集計であそう温泉白帆の湯と天王崎観光交流センターコテラスは隣接していることから両方を訪れている可能性がある。これらは非常に困難であるが、レクリエーション価値を評価するためには旅行の行程や霞ヶ浦への訪問者数を把握する方法を検討することが必要だろう。

謝 辞

国立環境研究所と地方環境研究所とのⅠ型共同研究「現地アンケートに基づく霞ヶ浦の生態系サービスの経済評価に関する研究」を通じて、本研究を推進した。また本研究の成果は、国立環境研究所の自然共生プログラム(プロジェクト 5生態系機能・サービスの評価と持続的利用)および環境経済評価連携研究グループの成果の一部である。関係各位に謝意を表する。

引用文献

表1.

1年以内に霞ヶ浦を訪れたと回答した人の属性及びその訪問先。県内および県外の年代、交通手段、訪問先の各項目の割合を示した。

    県内* (%) 県外** (%)       観光の 種類 県内* (%) 県外** (%)
年代 20代 3.4 18.5   訪問先 水郷あやめ公園 植物・歴史 11.7 7.4
30代 15.2 18.5   土浦港 景観(船舶) 16.5 25.9
40代 28.3 18.5   霞ヶ浦周遊道路 景観 (自転車・自動車) 25.5 25.9
50代 31.0 18.5  
60代以上 22.1 26.0   道の駅玉造 22.1 14.8
交通手段 自転車・徒歩 13.8 0.0   歩崎公園 魚・歴史 11.0 7.4
自動車 84.1 63.0   妙岐ノ鼻 野鳥観察 1.4 3.7
電車・バス 2.1 37.0     その他 その他 11.7 14.8

*県内(n=145),**県外(n=27)

 

             

表2.

2017年の霞ヶ浦への訪問率。県外(都道府県)と県内(市町村)における霞ヶ浦への訪問率の高い順に示した。

県外 n 訪問率   県内 n 訪問率
栃木県 1 0.68   美浦村 5 26.95
和歌山県 1 0.22   阿見町 9 23.58
高知県 1 0.15   行方市 7 21.40
京都府 3 0.12   かすみがうら市 7 17.73
群馬県 1 0.08   稲敷市 7 17.45
奈良県 1 0.08   土浦市 24 15.16
千葉県 4 0.08   鹿嶋市 11 14.15
新潟県 1 0.07   潮来市 5 12.83
福島県 1 0.06   香取市(千葉県) 8 9.51
岐阜県 1 0.05   小美玉市 5 9.43
埼玉県 3 0.04   つくば市 16 9.41
東京都 4 0.04   石岡市 8 7.72
青森県 1 0.04   龍ケ崎市 6 7.49
神奈川県 2 0.02   下妻市 2 7.40
愛知県 1 0.01   牛久市 6 6.33
大阪府 1 0.01   桜川市 3 6.26
        神栖市 6 6.21
        笠間市 2 3.48
        茨城町 1 3.24
        筑西市 3 3.06
        鉾田市 1 1.11
        水戸市 3 0.59

表3.

霞ヶ浦への旅行費用。県外(都道府県)と県内(市町村)における霞ヶ浦への旅行費用の高い順に示した。

県外 旅行費用(円)   県内 旅行費用(円)
青森県 47,406   鹿嶋市 3,420
和歌山県 45,099   水戸市 2,745
愛知県 39,309   桜川市 2,640
高知県 36,084   下妻市 2,512
大阪府 33,198   神栖市 2,477
京都府 32,796   潮来市 2,100
新潟県 31,344   筑西市 1,835
岐阜県 30,832   龍ケ崎市 1,791
奈良県 24,811   茨城町 1,733
福島県 24,790   笠間市 1,641
群馬県 8,976   小美玉市 1,611
神奈川県 8,184   石岡市 1,590
埼玉県 7,177   つくば市 1,378
千葉県 5,738   稲敷市 1,300
東京都 5,555   美浦村 1,180
栃木県 2,304   牛久市 1,044
      阿見町 982
      香取市(千葉県) 926
      鉾田市 881
      かすみがうら市 699
      行方市 626
      土浦市 483

 

図1.

対象とした霞ヶ浦のレクリエーションスポット。対象の6地点を黒丸で示した。

 

図2.

レクリエーション需要曲線と消費者余剰の概念図。旅行費用と訪問率の関係から定式化し消費者余剰を算出する。地域iには費用TCiで霞ヶ浦を訪問した人が比率VRiで存在するが、その中には費用がTCiを越えていても訪問したであろう人が存在する。その人数は全国の旅行費用TC-訪問率VRのレクリエーション需要曲線から推定できる。その人たちにとってTCiを越える部分の費用(支払っても良いと思う金額から実際に支払った金額の差)は消費者余剰となる。

 

図3.

霞ヶ浦のレクリエーション需要曲線。各都道府県市町村の霞ヶ浦への訪問率と旅行費用をプロットし、それらの点から対数近似をとった。

References
 
© Authors

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
feedback
Top