Japanese Journal of Conservation Ecology
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
Report
The use of acoustic cameras to monitor spawning endangered Sakhalin taimen Parahucho perryi
[in Japanese]Michio Fukushima
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2024 Volume 29 Issue 2 Article ID: 2332

Details
Abstract

要 約:絶滅危惧種イトウParahucho perryiの現在また過去の生息河川や捕獲履歴については比較的多くの知見が残るものの、生息数の長期変動が分かる統計データは日本にはない。そのことが本種の絶滅リスクの推定や効果的な保全策の立案や実施を困難にしている。2023年春、北海道宗谷丘陵を流れる猿払川の支流、狩別川上流で水中音響カメラを用いたモニタリングを23日間実施し、この川を遡上する魚類を合計315個体検出した。陸上に設置したビデオカメラの映像を教師データとして遡上魚の内訳を推定すると、イトウ139個体、サクラマスOncorhynchus masou 23個体、ウグイ属Pseudaspius spp. 153個体という結果が得られた。イトウのこの遡上数は、この川で過去(2013 - 2015年)に得られた観測値と比べるとそのわずか3 - 4割程度であり、10年ほどの間に生息数が著しく減少したことが示唆された。イトウ遡上数激減の直接の原因は、2021年夏に道北地方を襲った記録的な熱波によって本種が大量死したことではないかと考えられた。猿払川流域を含む宗谷丘陵南部は風力発電開発が急速に進められており、森林伐採を伴う大規模事業がイトウ個体群へ及ぼす影響を評価する観測手法の確立が急務となっている。非侵襲的かつ効率的に魚類の個体数を推定する音響カメラによる長期モニタリングが、絶滅危惧淡水魚の効果的な保全につながると期待される。

Translated Abstract

Abstract: The rivers that the endangered Sakhalin taimen, Parahucho perryi, currently inhabits, or inhabited historically, and catch records therein are relatively well known. However, there are no data on long-term population-size estimates of this species in Japan, making it difficult to assess their extinction risk and to formulate and implement effective conservation measures. In the spring of 2023, a 23-day fish-monitoring program using an underwater acoustic camera in the upper reach of the Karibetsu River, a tributary of the Sarufutsu River in the Soya Hills, Hokkaido, Japan, detected 315 fish during their spawning migration upstream. Based on footage from an optical video camera installed on the riverbank, used as training data, the detected fish were predicted to comprise 139 Sakhalin taimen; 23 masu salmon, Oncorhynchus masou; and 153 Tribolodon species. The estimated number of spawning Sakhalin taimen was roughly 30–40% of estimates obtained in 2013–2015, implying a significant population decline over the past decade. Die-off of Sakhalin taimen resulting from the record-breaking heatwave that hit this region during the summer of 2021 is suspected to be the direct cause of the drastic population decline. The southern part of the Soya Hills, including the Sarufutsu River Basin, is undergoing rapid wind-power development, necessitating urgent establishment of monitoring protocols to assess the impact of large-scale developmental projects on Sakhalin taimen populations. The use of acoustic cameras, which enable quantitative, efficient estimation of fish populations and non-invasive long-term monitoring, should contribute to effective conservation of this endangered freshwater fish.

はじめに

イトウParahucho perryi(サケ科)は極東ロシアと北海道に生息する日本最大級の淡水魚である。国内ではかつて東北地方と北海道の少なくとも45河川水系に記録が残るが、現在では北海道の10数河川で繁殖が確認されるにすぎない(福島ほか 2008, 2021)。環境省は絶滅危惧IB類に、また国際自然保護連合(IUCN)は環境省レッドリストのIA類に相当するCritically Endangered (CR)に本種を指定している。IUCNがCRに指定した背景には、ロシアのサケ漁で混獲されるイトウの水揚げ量が本種の3世代時間に相当する約40年間に、日本海とオホーツク海でともに90%以上減少したことがある(Rand 2006;Zolotukhin et al. 2013)。一方、日本では本種の長期にわたる個体数変動が分かる統計データはない。代わりに、上述のように生息の確認された河川とその年代は比較的よく分かっている。そしてそこから、本種が地域的絶滅に至った道筋をある程度読み取ることもできる。東北地方でイトウの捕獲記録が残るのは青森県の小川原湖と大畑川(山本ほか 1969;原子 2002)、岩手県盛岡市近郊(Jordan and Snyder 1902)、新潟県直江津(現在の上越市北部)(Jordan and Hubbs 1925)に絞られる。青森県小川原湖のイトウは1940年代にはすでに絶滅に近い状況にあったとされ(原子 2002)、他の2県もその後の記録のないことからさらに早い時代に地域絶滅していたと考えられる。一方の北海道でも、かつては函館付近(Brevoort 1856)から黒松内を流れる朱太川流域(Jordan and Snyder 1902;宮崎ほか 2012)の渡島半島に分布したものの、この地域で20世紀以降の信頼できる捕獲記録はなく、朱太川の北にある尻別川のイトウが南限個体群として守られている(オビラメの会,http://www.obirame.sakura.ne.jp/index.html, 2023年11月20日確認)。このように日本では南の河川から順に、そしてかなり古い時代にイトウは姿を消していった。レッドリストカテゴリーの判定基準が比較的に近い過去(「過去10年間もしくは3世代のどちらか長い期間」)の「個体数」の変化に重点を置いている以上(環境省 2020)、1世紀も前から生息域の縮小が始まった本種の絶滅危険度を正しく評価することは難しい。

希少な野生生物の保全を計画し、効果的にそれを実践するうえで、対象生物の個体群サイズを定量的、かつ長期的に把握することは必要不可欠である(松崎ほか 2011)。北海道宗谷丘陵を流れる猿払川支流の狩別川では2013年から3年間、水中音響カメラによるモニタリングが実施され、狩別川上流域に毎年およそ300 - 400個体のイトウが4月から5月にかけて産卵遡上することが示されている(2015年データは未発表)(Rand and Fukushima 2014)。これらイトウ親魚は支流で1 - 2週間かけて産卵を終えた後、一気に河川を降って汽水域に帰る(Fukushima et al. 2019)。そして翌年の春に多くの親魚が再び河川を遡上し、ほぼ同一の支流で産卵を繰り返すことなどが分かっている(Fukushima and Rand 2021)。

水中音響カメラは超音波を水中で発し、魚などの物体に反射された音波をレンズで収束させて高分解能な映像を取得する非侵襲的な観測機器であり、光学ビデオカメラでは困難な濁水中や夜間での撮影を可能にする(Horne 2000;Martignac et al. 2015)。近年では音響カメラによる映像を深層学習によって処理し、高い精度で魚類の検出や魚種の同定を自動化する技術も開発されている(Connolly et al. 2022;Kandimalla et al. 2022;Atlas et al. 2023)。毎年同じ季節に成熟した親魚が一斉に河川を遡上するイトウなど溯河回遊性のサケ科魚類では、音響カメラの利用が個体群動態のモニタリングに特に有効である。

前回2015年の音響カメラ観測から8年が経過した2023年春、狩別川のイトウ遡上数のその後の変化について把握することを第一の目的として同じ手法によるモニタリングを再開した。特に注目したのが、2021年8月に発生した熱波が原因とみられるこの地域のイトウ大量死の影響である(西野正史、北海道新聞デジタル「『幻の魚』イトウ、激減する恐れ 道北・猿払で起きている異変」https://www.hokkaido-np.co.jp/article/700604/,2022年7月4日)。また観測を行った宗谷丘陵一帯は、全国屈指の風力発電適地として、風車建設の事業計画が相次いで立ち上がる地域である(日本自然保護協会 2023)。森林伐採や河川への土砂流出も伴う風力発電開発の影響評価を前提としたイトウ個体群モニタリングの必要性が高まることは必至であり、宗谷丘陵における本種の代表的生息河川においてイトウ個体群の現状を記録することの意義は大きい。

方 法

調査地概要

調査河川の狩別川(流域面積82.5 km2)は、北海道宗谷郡猿払村を流れる2級河川、猿払川(流域面積361 km2)の河口付近に合流する支流である(図1)。宗谷丘陵南部に位置する調査地の流域は多くが国有林内にあり、エゾマツPicea jezoensis、トドマツAbies sachalinensis、ミズナラQuercus crispulaなどを中心とした針広混交林にササ群落が混じる自然度の高い生態系を構成している。

観測機器

観測に用いた音響カメラARIS Explorer 1800(Sound Metrics;以下ARIS)は、1.8 MHzの超音波を水平視野角28°の範囲に0.3°間隔で合計96本のビームとして水中に発するソナーである。ARISの設置地点は、猿払川河口から約22 ㎞上流の狩別川本流に建設された治山ダム(下流側水面からの堤高は約1.5 m)の魚道上流側とし、そこに単管パイプで土台を組んで水深約50 ㎝に固定した(図2)。一方、増水時に冠水しないよう水面から1.5 mほどの高さにコンテナを固定し、ARISのコントローラー、ノートパソコン、並列接続した2個のディープサイクルバッテリー(ACDelco M31MF、定格容量115 Ah、電圧12 V)を収納した。ARIS本体は川の流れに直行するよう2 mほど先の魚道出口にレンズを向け、4.5 m先までをフレームレート9 fpsで連続撮影した。期間は2023年4月10日15:12から5月3日7:55までの23日間とした。

ARISは観測地点の堰堤より上流へ向かう魚(遡上魚)の全数を記録できるが、産卵後に下流に向かう魚(降河魚)はその一部しか記録しない。なぜなら遡上魚はすべて魚道を通過するが、降河魚は魚道に加えて堰堤本体からも川を下るからである(図2)。またARISは魚種の同定に有効な色彩情報を取得しないため、偏光フィルターを装着し防水ケースに収納したビデオカメラ(SONY Handycam HDR-PJ630;以下Handycam)を観測地点に設置し、魚道を通過する魚類を陸上からも撮影した。なお観測地点より下流で産卵するイトウ親魚もわずかに存在するが、全親魚数に対する割合は極めて小さいことが、過去の産卵床分布調査(Fukushima 2001)によって示されている。

ARISデータの解析

ARISデータ(オリジナル映像)は、専用解析ソフトARISFish ver. 2.8を用いてエコグラムに変換し、魚類の検出を行った。エコグラムはARISデータの各フレームの水平方向の全ビーム信号をひとつのピクセル値に輝度として代表させ、縦軸に音響カメラからの距離、横軸に時間をとった画像である。この画像は音響カメラの視野を遮る魚など、背景と明らかに異なる物体を効率よく検出し、その動きを推測することに有効である(図3)。検出した魚は、オリジナル映像と照合して移動の方向を確認し、魚体が最も鮮明に認識できるフレームをもとにデジタイズして体長(全長)を計測した(一部、体長10 ㎝前後の小魚も観察されたが対象外とした)。

気象データ

イトウの産卵期間を通じた1時間ごとの気温、降水量、降雪量のデータを猿払村浜鬼志別のアメダスから取得した。またARISを設置した4月10日に観測地点に温度ロガー(HOBO MXティドビット400, Onset)も設置し、産卵期が終了するまで10分間隔の河川水温を記録した。

統計解析

日中の平水時に遡上した魚類の一部はHandycamの映像から目視で種同定を行い、個体ごとの体長と遡上のタイミング(日付時刻)の2つを説明変数、同定した魚種を目的変数とする2次判別分析を行った。得られた2次判別関数をもとに、ARISに検出されたがHandycamでは同定できなかった個体の魚種を推定した。解析にはRを使用し、lubridateライブラリーのas_datetime関数で日付時刻変数を作成し、MASSライブラリーのqda関数で2次判別分析を行い、そしてpredict.qda関数で魚種を推定した(Venables and Ripley 1999)。なお、2015年のARISデータについても2次判別分析により魚種の推定を行ったが、2013年と2014年は体長40 ㎝以上の魚をすべてイトウと同定している(Rand and Fukushima 2014)。調査年間で異なる手法が採用されたことから、イトウ遡上数の変化を評価するもう一つの方法として、各年の体長60 cm以上の魚類の個体数を求めた(2013年の体長データはRand and Fukushima 2014にないため、2014 - 2015年、2023年のみを対象)。

結 果

観測期間の気象条件

観測初日の2023年4月10日は日中の気温が10°Cを超え、翌11日には15 °Cまで上昇した(図4a)。4月10日午後には水温も一時的に10 °Cを超えている。しかしその後、天候の悪化により気温が急降下し、16日午後からは降雨と降雪がみられた(図4bc)。さらに18日の昼まで2日間の気温は2 °Cを下回り、水温も1 °C以下で推移した。その後、5月3日の観測終了まで徐々に気温は上昇し(15 °C)、水温は再び10 °Cを超えた。

ARISによる観測結果

ARIS観測は機材の不具合により4月12日16:00から13日9:37までの17.6時間、さらに大雪でバッテリー交換ができなかった4月16日10:05から18日15:20までの2.2日間の2回にわたり中断された。モニタリング期間中、ARISによって撮影された魚類は遡上魚315個体と降河魚79個体の合計394個体であった。遡上魚の体長は54.2 cm ± 19.4 cm(28.1 - 106 cm)、降河魚は73.1 cm ± 12.4 cm(34.7 - 107 cm)であった(平均 ± 標準偏差、最小 - 最大)。

観測初日の4月10日の午後から80 ㎝を超える大型の遡上魚が多数記録されているが、日付とともに遡上魚の体サイズは次第に小さくなった(図5)。このうち123個体の遡上魚はHandycamから種同定と(雄にのみ現れる赤い婚姻色を頼りに)イトウについての雌雄の判別を行い(図3)、その内訳がイトウ26個体(雄16個体と雌10個体、75.9 ± 12.3 cm, 46.4 - 96.8 cm)、サクラマスOncorhynchus masou 12個体(49.3 ± 5.4 cm, 41.2 - 59.6 cm)、またウグイ属85個体(37.0 ± 3.7 cm, 28.1 - 44.8 cm)であることを確認した(ウグイ属は、婚姻色から判断して、ウグイPseudaspius hakonensisまたはエゾウグイP. sachalinensis、あるいはその両者であったと考えられる)。これら目視同定した個体のうち、イトウの遡上期間は17日間と比較的長かったが、サクラマスとウグイ属はそれぞれ3日と5日と短く、かつ2種間で遡上時期の重複はなかった(ただし、ウグイ属魚類は観測終了後も遡上を続けたため、実際の遡上期間は5日より長く、遡上数も多い)。体長に関しては、イトウとサクラマス、またサクラマスとウグイ属の間で若干重複したものの、平均値は3種間で大きく異なった。そのため遡上のタイミングと体長の2変数によって3種は比較的明瞭にグループが分かれ、目視同定した123個体は2次判別分析によってもすべてが正しく同定できた(正答率100%)。そしてARISで記録されHandycamで同定できなかった魚(192個体)についても高い精度で魚種が推定されたと考えられる。

この推定結果も含めて2023年の全遡上魚315個体の魚種を改めて集計しなおすと、その内訳はイトウ139個体、サクラマス23個体、ウグイ属153個体となった。一方で1)降河魚の体長(73.1 ± 12.4 cm)が、Handycamが同定したイトウ遡上魚26個体のそれ(75.9 ± 12.3 cm)にほぼ一致したこと、また2)イトウの降河はHandycamでも13個体確認されたが(雄10個体、雌3個体)、サクラマス親魚やウグイ属が確認されなかったことから、観測地点を降河した79個体の魚類はほぼすべてが産卵後のイトウであったと判断した。ただし体長40 cm未満の1個体(34.7㎝)についてはウグイ属の可能性が高いため、イトウの降河数は78個体とした。

イトウ139個体の遡上は2023年4月10日から5月1日までの20日間、産卵後の降河は4月13日から5月3日までの19日間続いた(図6)。遡上のピーク(35個体/日)は観測を始めて2日目の4月11日にあり、降河のピーク(15個体/日)はその3日後の4月14日にあった。

考 察

2023年の狩別川へのイトウ遡上数は139個体と見積もられた。10年前の2013年から3年間続けたモニタリングでは335個体から424個体のイトウがこの川を遡上しているので、当時と比べると3割から4割程度の数でしかない(図7、表1)。本研究と同一の手法で推定した2015年の遡上数(411個体)と比べても34%にまで減少している。また図5ですべての個体がイトウと同定されている体長60 cm以上の大型魚についても、2014年(287個体)・2015年(292個体)と比べると2023年(109個体)はやはり同程度(37 – 38%)減少している。

2023年のイトウ遡上数が低く見積もられた要因として、観測に関する2つの問題点を検証する必要はある。ひとつ目はARISの不具合による2度にわたる観測中断である。1回目の中断期間には、その前後の観測記録から察して数個体かそれをやや上回る数のイトウが遡上し、記録漏れとなったと思われる。しかし2回目の中断期間中は河川水温が一貫して1度未満の極めて低い状態にあったため(図4a)、イトウはほとんど遡上しなかったと思われる。この前後でさえ、低水温により魚の活性が著しく低下し、中断前の4月15日は4個体、中断後の19日は1個体しか遡上がない(図6)。過去にも2013年4月30日前後、また2014年4月24日前後に、天候の悪化により気温(と水温)が極端に低下し、産卵遡上が一時中断されている(図7)。

ふたつ目のより深刻な問題は、ARIS観測開始前にすでに産卵遡上が開始されていた、つまり遡上初期の個体を記録できなかった可能性のあることである。過去には観測開始から遡上数のピークまでに1週間以上を要しているが、2023年はわずか2日目にピークを迎えている(図7)。また観測開始1週間前の4月4日に、開始日(4月10日)と同程度の最高気温(>10 °C)がすでに記録されている(図4a)。これらのことから、実際にイトウが遡上を始めたのは4月4日の午後であった可能性が浮上する。この推論を裏付けるため以下の考察を行った。イトウが遡上して産卵を終え、再び降河魚として観測されるまでの日数は年をまたいでもほぼ一定している(Fukushima and Rand 2023)。そこで一定数(ここでは10個体)のイトウが魚道を遡上し同数の個体が魚道を降河するまでの日数を求めると、2013年が14日、2014年が10日、2015年が14日となる。これに対し2023年は4月10日から14日までの4日しかない。4月14日がこの年の降河の開始日であることはほぼ間違いないので、この日から逆算して(2013 - 2015年のように)10日から14日前に遡上が開始されていたと考えると、実際の遡上開始日は3月31日から4月4日であったことになる。気温変化から示唆された開始日4月4日と重なる。

では4月4日が2023年のイトウ遡上初日と仮定すると、4月10日にモニタリングを開始するまでの約1週間に何個体のイトウが遡上し、記録漏れとなったのかが問題である。そこで実際のイトウ遡上数を、ほぼ全数を数えたと考えられる降河数(78個体)から推定してみる。産卵後にイトウが観測地点を降河する際、堰堤本体側と魚道側に毎年一定割合で分かれて降ると仮定する(過去10年、堰堤付近の地形や水流に大きな変化は認められない)。事実、遡上数に対する(魚道側を通った)降河数の割合は、表1から2014年に130/424=0.307、2015年に126/411=0.307と2年とも30.7%と求まる(2013年は、降河魚の明らかな検出漏れがあったため除外した)。2023年の降河数78個体にこの割合を当てはめると、実際の遡上数は78/0.307=254.07個体と推定され、ARISが数えた139個体を100個体以上も上回る。4月4日から9日深夜にかけて0 °C付近まで急速に気温が低下する中(図4a)、観測開始前の1週間弱の間に100個体を超えるイトウが遡上したとは考えにくいが、仮に2023年のイトウの遡上数が254個体に近い値であったとしても、依然として2013 - 2015年の遡上数(335 - 424個体)を大きく下回る。

2023年の遡上数の減少要因として考えられるのが、2021年8月に発生したイトウの大量死である。当時、道北地方を記録的な熱波が襲い、猛烈な暑さに加えて降雨のない日が続いたことで牧草地を流れる狩別川中流で瀬切れが生じ、川の流れが何か所かで寸断された(猿払イトウの会・小山内浩一氏私信)。孤立したプールに閉じ込められ、高水温と低い溶存酸素濃度に晒されて死亡したイトウ成魚は、目撃されただけでも数十個体を超えている。この大量死以来、狩別川でのイトウの繁殖期は2023年で2度目を迎えたことになるが、一度数を減らした個体群サイズは容易に回復しないはずである。なぜなら成熟年齢が遅い上に(山代 1983)、多回産卵性のイトウは同一河川に複数年にわたって多くの個体が産卵遡上を繰り返すため(Fukushima and Rand 2021)、新規参入して産卵に加わる親魚が少ないからだ。2023年の記録的に少ない狩別川のイトウ遡上数は、2年前の熱波と渇水による大量死の影響と考えるのが自然であろう。渇水による低酸素が原因で大量死するサケ科魚類の報告は古くからあるが(Murphy 1985)、夏季の高水温で淡水魚の大量死が発生する件数も温暖化に伴いさらに増加することが予想されている(Till et al. 2019)。

イトウは、年平均気温5.2 °Cを上回る比較的温暖な河川流域で100年以上前に地域的な絶滅を開始したことが分かっている(福島ほか 2008;Fukushima et al. 2011)。しかし直接の絶滅要因は温度そのものではなく、温暖な気候下で発展した農業、すなわち流域の農地化にあったと考えられる。農地化には土地の排水を促すための捷水路の建設、すなわち河川の直線化が伴い、河川の直線化は落差工の建設を伴う(福島ほか 2005)。落差工などの河川横断構造物はサケ科魚類の回遊経路を分断し、生物多様性を著しく低下させる(森田・山本 2004)。そして河川の分断は、サケ科の中でも母川回帰性が強く、海から遠く離れた源流域で産卵を繰り返すイトウに特に深刻な影響をもたらしたはずである(Fukushima et al. 2019)。

気候変動で温暖化がさらに進行すれば、イトウに残された最後の聖域(福島 2023)である宗谷丘陵一帯でも農地化と河川の分断が進む可能性は否定できない。2021年のような熱波や渇水に見舞われる頻度も高くなるであろう。2013年から2023年まで、イトウの産卵遡上のタイミングが年々早まっている観測結果(図7)が、まさにこの地域で進行する温暖化を物語っている。皮肉なことに、温暖化対策として期待されるはずの再生可能エネルギー、中でも風力発電(風発)が宗谷丘陵のイトウを今最も脅かしている(日本自然保護協会 2023)。通年安定して強い風の吹く宗谷地方は風発の適地として注目されており、急速な勢いで風車の建設が進められている。大規模な風発事業とそれに伴う森林伐採がイトウの産卵河川流域にまで計画される状況に、日本生態学会北海道地区会は2023年10月下旬、事業者、また環境省と経済産業省に対して意見書を提出するに至っている(⼯藤 2023)。これまで植生や鳥類相(竹内 2017;露崎ほか 2021)、あるいは哺乳動物(脇ほか 2022)への影響が指摘されてきた風車建設であるが、淡水魚類への影響については何もわかっていない。

イトウの絶滅を回避するためにモニタリングを継続して個体群サイズの変動に注視してゆくこと、そして減少傾向をいち早く察知して保全対策にすみやかに着手することが肝要である。音響カメラによるモニタリングと最先端の解析技術とを組み合わせることで、迅速かつ高精度な種同定に基づく定量的な評価につなげられる。本種のレッドリストの見直しにも有力な科学的根拠を提供するはずである。

謝 辞

小山内浩一氏また笠井幹哉氏には現地調査に協力いただいた。猿払イトウ保全協議会には調査経費を一部負担していただいた。2名の査読者から有益な助言をいただいた。2015年の観測は河川整備基金助成(27-1215-005)により実施した。これら個人と団体に感謝申し上げる。

表1.2013年から2015年までの3年間と比較した2023年のイトウの遡上数と降河数。カッコ内の数値は遡上魚のうち体長60 cm以上の個体数。

遡上数 降河数
2013 335 29
2014 424 (287) 130
2015 411 (292) 126
2023 139 (109) 78

図1.調査河川である猿払川支流の狩別川とARISを設置した観測地点。

図2.観測地点。遡上魚と降河魚はそれぞれ赤矢印(←)と青矢印(→)に沿って魚道または堰堤を通過する。ARISとHandycamは魚道上流(左岸側)に設置した(■: ARIS、□: Handycam)。

図3.a) ARISによって撮影されたイトウのペア(2023年4月15日)。b) このシーン前後のエコグラム。縦軸はARISからの距離(0 - 4.5 m)、横軸は時間(14:50:53 - 14:52:48)。2尾のイトウは尾ビレを揺らしながらARISから遠ざかると同時に互いの距離を隔てていった。c) このシーンのHandycamによる映像。雄は鮮やかな婚姻色によって容易に認識できるが、手前にいる雌はそれが難しい。

図4.a) 猿払村浜鬼志別のアメダスで観測された気温と狩別川で記録した河川水温(太線)。アメダスによるb) 降雨量とc) 降雪量。ARISモニタリングの2回の中断期間を網掛け表示。

図5.ARISが検出した魚類の体長を遡上した日付時刻に対してプロット。Handycamにより同定した123個体の魚類(赤字のT:イトウ,緑字のM:サクラマス,青字のU:ウグイ属)と2次判別分析が推定した魚類(黒字のT、M、U)。曲線は判別関数の境界線。ARISモニタリングの2回の中断期間を網掛け表示。

図6.狩別川における2023年のイトウ遡上数(黒)と降河数(白)の日変化。降河数は負の値で表示。

図7.狩別川における2013年から2015年まで、そして2023年のイトウ遡上数(黒)と降河数(白)の日変化(最下段のグラフは図6と同じ)。降河数は負の値で表示。観測開始日と終了日を↑で示す。2013年と2014年の結果はRand and Fukushima (2014)に基づく。

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