Japanese Journal of Conservation Ecology
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
Original Article
Characteristics and annual reproductive patterns of breeding female Pallas’s squirrels (Callosciurus erythraeus) in Kanagawa Prefecture, Japan
Tatsuki Shimamoto Kotona Furusho
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2025 Volume 30 Issue 1 Pages 5-15

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要旨

外来種は在来生態系や人間社会へ悪影響を及ぼしており、世界中で対策が行われている。対策を効率化するためには雌の繁殖生態の知見が特に重要である。リス科哺乳類であるクリハラリスは日本に侵入した外来種であり、在来リス類や鳥類、人間社会へ悪影響を及ぼす可能性が高いとして特定外来生物に指定されている。日本における侵入地域はいくつかあるが、神奈川県は分布拡大が著しく、対策が急務である。そこで、本研究ではクリハラリスの繁殖生態に関する知見を蓄積することを目的として、神奈川県の雌のクリハラリスにおける一年間の繁殖状況を調査した。さらに、繁殖する個体の特徴についても明らかにするために、栄養状態、頭胴長、年齢が妊娠の有無や泌乳の有無、胎仔数、胎盤痕数といった繁殖指標にどのような影響を与えるのかも調査した。なお、年齢は水晶体重量を指標とした。成獣雌333個体のうち妊娠をしていた個体は101個体、泌乳している個体は73個体、妊娠と泌乳を同時にしている個体は4個体であり、妊娠および泌乳は1–12月の一年を通して確認された。妊娠個体の出現率は4月と8月の2回においてピークがあったが、泌乳個体の出現率は10月以降に増加した。胎仔数は平均2.08頭で、胎盤痕数は平均1.26個であった。妊娠雌の解析については、若齢の雌あるいは栄養状態が優れている雌で妊娠する可能性が高かった。また、泌乳の有無と胎盤痕の解析については、頭胴長が正の影響を与えており、他の変数は影響していなかった。胎仔数は全ての変数と関係が見られなかった。本研究により、神奈川県におけるクリハラリスは他地域と同様に繁殖期のピークは存在するものの周年繁殖していることが明らかになった。また、妊娠個体は若齢で栄養状態が優れている個体であったが、泌乳個体や胎盤痕数が多かった個体は頭胴長が大きかったため、クリハラリスにとっては繁殖する上で体の大きさが重要なのかもしれない。

Abstract

The expansion of invasive alien species (IASs) can negatively impact native ecosystems and human society. To effectively control IASs, it is important to understand their reproductive ecology. In Japan, Pallas’s squirrel is an IAS with potentially negative impacts on native fauna and flora via foraging, predation, and the spread of invasive parasites. Management strategies are urgently needed due to their population expansion in Kanagawa Prefecture. In this study, we used 333 adult female squirrel carcasses to investigate annual reproductive patterns including the effects of body size, body condition index, and age on reproductive conditions such as pregnancy, lactation, litter size, and placental scar numbers in breeding female Pallas’s squirrels. Of the 333 squirrels, 101 were pregnant and 73 were lactating. Only four females showed concurrent pregnancy and lactation. Although both pregnant and lactating females were observed throughout the year, pregnant females were observed most frequently in April, followed by August, indicating two distinct breeding peaks. There were higher proportions of lactating females between October and December than in all other months. The average litter size and number of placental scars were 2.08 and 1.26, respectively. We also found that younger female squirrels or those with a better body condition index were more likely to be pregnant. Lactation and placental scar numbers were positively correlated with body size, but not with the body condition index or age. None of the explanatory variables examined in this study influenced litter size. Together, our results indicate that Pallas’s squirrels in Kanagawa Prefecture reproduce year-round, which is consistent with populations in other regions, and that body condition and body size are important factors influencing reproductive output.

はじめに

外来種は、本来の生息地からヒトの手により意図的・非意図的に異なる地域へ持ち込まれた生物であり、侵入地域の人間社会や生態系に悪影響を及ぼしている(Jeschke et al. 2014; 石井 2018)。人間社会への影響として、農林水産業への被害、住居への侵入や建物の損壊といった生活への被害が報告されている(池田 2011)。生態系への影響としては、在来種との交雑や競合、在来種の捕食、病原体の持ち込みなどが挙げられ(河村ほか 2009; 関・安田 2018; 江口ほか 2022)、生物多様性を損なう原因となっている(Bellard et al. 2016; Doherty et al. 2016)。そのため、世界中で外来種の管理の重要性が提言されている(Pyšek and Richardson 2010)。

外来種の対策は侵略段階によって異なるが、侵入した後の定着や拡散段階においては一般的に根絶が目指される(池田 2011)。また、外来種が導入されてから時間が経過し、広い範囲に分布を拡げてしまった結果、根絶が現実的ではない場合もある。その際は、被害の減少や分布拡大の抑制を目的に個体数管理が選択されることもある(浅田 2013; Bertolino and Lurz 2013)。いずれの対策を選択するにしても、人的資源や予算の関係上、対策をより効率的に実施していくことが望ましい。効率的な対策としては生物のフェノロジーを考慮する事例が多く、繁殖期の直前に捕獲し、駆除することが推奨されている(Bonesi et al. 2007)。例えば、アライグマProcyon lotorについては、春季に捕獲することが効率的であることが報告されている(阿部 2011)。また、繁殖価が高い個体を優先的に捕獲することも個体数を効率的に減少させる上で重要であるため(亘 2011)、どのような雌がよく繁殖するのかを明らかにすることが望ましいだろう。加えて、各自治体が外来種を計画的に防除するためにも、個体数の増加率を推定することが重要となる。効率的な捕獲方法を考案しても、捕獲努力量が増加率を上回らないと個体数増加や分布拡大を抑制することは困難となる。そのため、繁殖状況の調査や個体数の増加率の推定は、効果的な捕獲計画を策定するために必須である(田村 2004; 安田ほか 2012)。したがって、外来種の対策を進めるうえで、一年を通じた繁殖状況の把握や繁殖に関わる要因の解明など、繁殖生態に関する知見を蓄積することが必要である。

リス科哺乳類の一部の種は、世界中で侵略的な外来種として本来の生息地ではない地域にも分布しており、在来生態系への悪影響が懸念されている(Bertolino and Lurz 2013)。日本では、クリハラリスCallosciurus erythraeus、トウブハイイロリスSciurus carolinensis、キタリスS. vulgaris、タイリクモモンガPteromys volansが特定外来生物に指定されているリス科哺乳類である。その中でも最も広い地域で定着している種がクリハラリスである(Bertolino and Lurz 2013; Tamura and Yasuda 2023)。クリハラリスは台湾やマレー半島の一部、中国南部などに自然分布する樹上性リスであるが(Thorington et al. 2012)、外来種として日本やイタリア、ベルギー、アルゼンチンなどにも分布しており、特に日本は最も早期に導入された(Bertolino and Lurz 2013)。日本には動物園での飼育やペットとしての飼育を目的に持ち込まれたが、飼育施設から逃亡した個体が野生化し、これまでに国内でも関東から九州にかけて少なくとも13都府県17地域で定着が確認されている(Tamura and Yasuda 2023)。クリハラリスは、在来鳥類の卵の捕食(関・安田 2018)、樹皮剥ぎによる樹木の枯死(鳥居 1993)といった生態系被害や農林業被害、リスが齧ることによる電話線の破損や戸袋への侵入といった人への生活被害(田村 2011)など生態系や人間社会に深刻な問題をもたらすため特定外来生物に指定されている。

日本の侵入地域の中でも、神奈川県では比較的大規模な緑地から市街地林などの小規模な緑地にまでクリハラリスが生息をしており(高畑ほか 2020; Seki and Sato 2022)、三浦半島から横浜市に至るまで神奈川県の南東部に広く分布域を拡大させている。今後さらに本種が分布を拡大することで、神奈川県の丹沢山麓や東京都の高尾地域などの連続した緑地に侵入することが懸念されている。これらの地域に侵入すると、在来のリス科哺乳類であるニホンリスSciurus lisやニホンモモンガPteromys momonga、ムササビPetaurista leucogenysと競合する可能性が高い。実際にイタリアでは、ニホンリスと同属のキタリスS. vulgarisとクリハラリスの分布が重複しており、共存地域においてはキタリスの個体群が脆弱化していることが報告されている(Mazzamuto et al. 2017)。そのため、神奈川県においてクリハラリスの対策は急務と言える。

クリハラリスの繁殖生態についてはいくつか報告がある。まず、クリハラリスでは妊娠個体が一年中確認されており、周年繁殖することが知られている(Tamura 1999; 安田ほか 2012)。時期は地域によって異なるが、繁殖期には二回のピークがあり、国内では妊娠率が冬季に低下し、春や夏に上昇することも明らかになっている。妊娠期間と泌乳期間はそれぞれ約48日と約50日である(Tamura and Terauchi 1994)。性成熟については情報が多くないが、1歳前後で性成熟することが報告されている(Tamura and Terauchi 1994; 田村 2004)。他のリス科哺乳類においても一般的には1歳前後で繁殖を開始するため(McAdam et al. 2007)、性成熟については他のリス類と同様の傾向を示すと予想される。性成熟後は、約40日の周期で発情周期が回っている(Tamura and Terauchi 1994)。また、一度の出産で1–4頭の仔を産み、多くは2頭である(Tamura 1999; 安田ほか 2012)。本研究の対象地域である神奈川県においては、直接観察法により一年間を通して交尾行動が確認され、離乳個体の58%が秋に出現することが明らかになっている(Tamura et al. 1988, 1989)。しかし、妊娠率や胎仔数などの繁殖学的研究はなされていない。そのため、神奈川県におけるクリハラリスの繁殖について、繁殖率や産仔数など現在の繁殖状況を改めて詳細に調べる必要がある。また、リス科哺乳類では雌の繁殖に栄養状態が大きく関わっており(Wauters and Dhondt 1989; Wauters et al. 2007)、クリハラリスにおいても栄養状態が繁殖に関係している可能性がある。Santicchia et al.(2015)では、イタリアで外来種として定着したクリハラリスにおいて、体重は胎盤痕数と正の関係があることを明らかにしている。しかし、Yellow-pine chipmunk Tamais amoenusを含む5種の齧歯類において、体重は必ずしも栄養状態を反映していないことも指摘されている(Schulte-Hostedde et al. 2005)。そのため、クリハラリスでは栄養状態と繁殖の関係を厳密に解明されてきたわけではない。

そこで本研究は、神奈川県横須賀市で駆除されているクリハラリスを対象に、年間の繁殖率の推移や胎仔数などの繁殖状況について調査した。さらに、本種において繁殖個体の特徴を明らかにするために、頭胴長、栄養状態、年齢および季節が妊娠の有無や胎仔数、胎盤痕数といった繁殖指標に与える影響について明らかにした。

方法

対象種および個体の情報

神奈川県横須賀市において、学術研究あるいは有害鳥獣対策で2019年1月–2022年11月に駆除されたクリハラリスから一部の個体を無作為に選別し、計1,435個体が供与され、すべて日本獣医生命科学大学保全生物学研究分野に持ち込み、解剖した。これらのうち601個体は雌で、834個体は雄であった。提供者の意向により捕獲場所を明かされなかった個体も含まれるが、供与された個体は少なくとも横須賀市内の20ヵ所以上の緑地で捕獲された。供与個体は解剖時に、頭胴長と体重を計測し、成獣の判別のために生殖器の状態を記録した。成獣の判別基準は以下の通りである。クリハラリスにおいては、繁殖経験がある個体では乳頭の突出と黒化が確認されるため(安田ほか 2012)、乳頭の突出および黒化を観察できた個体を成獣とした。つまり、本研究では未経産個体や初産個体をデータから排除して、経産個体の繁殖状況や繁殖に関わる要因の解明を目指した。なお、頭胴長測定する際には、計測者によるバイアスを避けるため全ての個体を一人が計測した。解剖した雌の601個体のうち482個体で胎盤痕の調査を実施した。さらに、これら482個体のうち乳頭の所見から成獣だと判別された333個体を本研究で用いて、繁殖状況や繁殖に関わる要因を解析した。

年齢については水晶体を指標とした。齧歯類では水晶体の乾燥重量(以下、水晶体重量)による齢判定法が確立されており(金子 1977; 岡本 1980)、クリハラリスにおいても水晶体が年齢指標として用いられている(Santicchia et al. 2015)。そのため、先行研究を参考に個体の年齢指標として水晶体重量を計測した。方法としては、左右の水晶体を摘出し、80°Cで一晩乾燥させ、左右それぞれの乾燥重量を計測後、左右の測定値の最大値をその個体の水晶体重量とした。

これらに加えて、栄養状態も評価した。Shimamoto(2022)の方法を参考に、頭胴長と体重を対数変換し、体重と頭胴長の回帰線の残差を算出した。この残差を個体の栄養状態の指標(Body Condition Index: BCI)とした。なお、妊娠していた個体においては胎仔の体重が測定可能なほど発育していた場合、胎仔の体重を測定し、母親の体重から胎仔の体重を差し引いた重量を母親の純粋な体重としてBCIを算出した。

なお、これらの研究は日本獣医生命科学大学の動物実験委員会の承認を得て実施された(承認番号:2020S-1、2021 K-10、2022 K-42)。

繁殖指標の評価

繁殖指標としては、妊娠と泌乳の有無、胎仔数、胎盤痕数を調査した。まず子宮を観察し、妊娠の有無を調査した。子宮が膨張している個所が存在した場合、着床によって膨らんでいると考えて、その個体は妊娠していると判断した。さらに、子宮の膨らんでいる箇所の数を記録し、胎仔数として記録した。これらに加えて、乳頭の状態から泌乳の有無についても調べた。リス科哺乳類においては、泌乳中であると乳頭の顕著な発達と仔の搾乳による乳頭周囲の体毛の消失が観察できる(Villa et al. 1999)。そのため、このような特徴が観察された個体は泌乳していると判断した。また、リス科哺乳類においては、妊娠・出産が生じると子宮に胎盤痕が形成されるため、胎盤痕の数を調べることで、過去に妊娠した仔の数を明らかにすることができる(Holekamp and Talamantes 1991; Yeo and Hare 2021)。クリハラリスにおいても、先行研究により胎盤痕を調査することで一年間の産仔数が算出されている(Santicchia et al. 2015)。そのため、子宮に形成される胎盤痕の数を一年間の総産仔数と想定し、繁殖指標として胎盤痕数も調査した。胎盤痕の評価は、先行研究の方法を参考に実施した(山田ほか 1985; Santicchia et al. 2015)。方法は以下の通りである。子宮角の子宮間膜側を切開し、生理食塩水によって洗浄、5%水酸化ナトリウム溶液に5–10分浸漬し胎盤痕を観察した。胎盤痕は、分娩により胎盤が母体側から剥離することで、マクロファージの貪食による色素沈着が起こり子宮内に形成される。水酸化ナトリウムで浸漬することで、胎盤が剥離した箇所では、水酸化ナトリウムがヘモジデリン貪食細胞の鉄と結合し、水酸化鉄が生じるため赤褐色に染色される。齧歯類の場合、胎盤構造は盤状胎盤に分類されるため(Bray et al. 2003)、赤褐色の楕円形または帯状の瘢痕を胎盤痕とし、その数を記録した(図1)。Santicchia et al.(2015)では、一つの子宮で観察された複数の胎盤痕の染色度合の違いから、胎盤痕の新旧判定を行い、胎盤痕がどの時期の妊娠により生じたものなのかも調査していた。しかし、本研究では、胎盤痕の染色度合の違いは不明瞭であったため、胎盤痕の新旧を判別できなかった。そのため、胎盤痕の調査結果としては、新旧で分けることなく胎盤痕の総数を示した。

図1. クリハラリスの切開した子宮で染色された胎盤痕。矢印は染色された胎盤痕を示す。

Fig. 1. Stained placental scars (arrows) in a dissected Pallas’s squirrel uterus.

統計解析

頭胴長、BCI、年齢および季節が繁殖指標に影響を与えているのかを調べるために、繁殖指標を目的変数とし、捕獲月をランダム効果とした一般化線形混合モデル(Generalized Linear Mixed Model: GLMM)を構築した。これらのモデルの繁殖指標としては、妊娠と泌乳の有無、胎盤痕数を用いた。妊娠と泌乳は負の相関関係にあったが(χ2=30.612、p<0.001、φ=−0.311、ピアソンのカイ二乗検定)、本研究では妊娠および泌乳個体の特徴を個別に評価するため、妊娠の有無と泌乳の有無の二つの目的変数に対して別々のモデルを構築して解析した。これらの解析では、非繁殖個体との比較により、それぞれの繁殖個体の特徴を明らかにした。そのため、妊娠の有無の解析については非妊娠個体から泌乳個体を除外し、泌乳の有無の解析については泌乳していない個体から妊娠個体を除外した。胎仔数についてはGLMMを構築した結果、モデルが過剰適合したため、一般化線形モデル(Generalized Linear Model: GLM)を採用した。全てのモデルの説明変数は頭胴長、BCI、年齢とした。妊娠と泌乳が同時に発生している個体が確認されたが、妊娠や泌乳の解析の際にはそれぞれ妊娠している個体、もしくは泌乳している個体としてデータに加えた。胎仔数の解析においても、データから排除せずに妊娠個体の情報として扱った。妊娠と泌乳の有無におけるモデルの誤差分布は二項分布を仮定し、リンク関数はlogitを用いた。胎仔数および胎盤痕数についてはポアソン分布を仮定し、リンク関数はlogを用いた。説明変数は相対的な影響を明らかにするために、平均0、分散1となるように標準化を行ったうえで解析した。さらに、それぞれのモデルにおいて説明変数間の多重共線性を調べるために、carパッケージ(Fox and Weisberg 2019)を用いて分散拡大係数(Variance inflation factor: VIF)を算出した。VIFの値は10以上だとモデルの説明変数間に強い共線性があるとされるが(Franke 2010)、全てのモデルにおいて多重共線性がないことを確認した(VIF<2.0)。全ての解析は統計ソフトR.4.3.0(R Core Team 2023)を用いて実施した。データは平均±標準誤差で示した。

結果

成獣雌333個体の頭胴長および体重はそれぞれ234.0±0.45 mmと335.6±1.73 gであった。水晶体重量の頻度分布は付録1の通りとなり、若齢個体がやや多かった。これらのうち妊娠していた個体は101個体で、泌乳している個体は73個体であった。これらの妊娠および泌乳個体以外では、6月および7月において、泌乳しているにもかかわらず妊娠している個体が確認された(n=4)。しかし、この4個体の全ての雌で胎仔は体重を測定できないほど小さかった。妊娠および泌乳は1–12月の一年を通して確認されたが、妊娠している個体の出現率は4月と8月の2回においてピークがあった(図2)。泌乳している個体については10–12月に増加した。

図2. クリハラリスの雌における月ごとの繁殖および非繁殖個体の出現率。黒色が妊娠個体、濃い灰色が泌乳個体、白色が非繁殖個体を示し、6月および7月においては同時に妊娠と泌乳をしている個体がいたため、これを薄い灰色で示した。グラフ上部の括弧内の値は各月の個体数を示す。

Fig. 2. Monthly breeding rates in pregnant (black bars), lactating (dark grey bars), postpartum oestrous (light grey bars), and non-breeding (white bars) female Pallas’s squirrels. Numbers in brackets are sample sizes.

胎仔数と胎盤痕数の詳細については以下の通りである。妊娠していた101個体と妊娠と泌乳が重複していた4個体を合わせた105個体のうち、胎仔数が1頭であった雌は10個体、2頭は77個体、3頭は18個体であった。平均胎仔数は2.08±0.05頭だった。成獣雌333個体のうち、胎盤痕数が0個だった雌は130個体、1個は63個体、2個は88個体、3個は32個体、4個は15個体、5個は4個体、6個は1個体であった。平均胎盤痕数は1.26±0.07個だった。

さらに、繁殖指標と頭胴長、BCI、水晶体重量の関係を解析した。その結果、妊娠の有無については、BCIが正の影響を与えており、水晶体重量は負の影響を与えていたが、頭胴長は影響していなかった(表1)。泌乳の有無については、頭胴長のみが正の影響を与えており、BCIと水晶体重量は影響していなかった。胎仔数については全ての変数と関係がなかった。また、胎盤痕数においては、頭胴長が正の影響を与えていたが、BCIと水晶体重量は影響していなかった。これらの解析結果から、栄養状態と頭胴長が繁殖に関わる有意な変数として選択された。

表1. 一般化線形混合モデルおよび一般化線形モデルを用いた妊娠の有無、泌乳の有無、胎仔数、胎盤痕数を目的変数とした4つのモデルの解析結果。

Table 1. Effects of body condition index, body size, and eye lens weight on reproductive conditions, including pregnancy, lactation, litter size, and placental scar number, in Pallas’s squirrels, evaluated using a generalised linear mixed model or generalised linear model.

妊娠の有無係数標準誤差zp
切片−0.3290.328−1.0020.316
栄養状態指標0.3420.1542.2150.027
頭胴長0.1710.1511.1330.257
水晶体重量−0.4300.165−2.6100.009
泌乳の有無係数標準誤差zp
切片−0.8160.293−2.7840.005
栄養状態指標0.2300.1651.3980.162
頭胴長0.3990.1612.4750.013
水晶体重量0.0800.1600.5010.616
胎仔数係数標準誤差zp
切片0.7280.06810.734<0.001
栄養状態指標0.0670.0720.9370.349
頭胴長0.0050.0710.0670.946
水晶体重量−0.0280.075−0.3710.711
胎盤痕数係数標準誤差zp
切片0.2030.0712.8470.004
栄養状態指標0.0070.0520.1350.892
頭胴長0.2120.0524.106<0.001
水晶体重量0.0820.0511.6080.108

考察

本研究はクリハラリスの年間の繁殖状況や繁殖個体の特徴に関して総合的な情報を得ることができた。表2に原産地および導入地におけるクリハラリスの繁殖に関する情報をまとめ、これらに本研究結果の情報も加えた。

表2. クリハラリスの原産地および導入地での繁殖状況の比較。

Table 2. Comparison of Pallas’s squirrel populations in their native range with introduced populations in Kanagawa Prefecture.

場所体重(g)妊娠率(%)繁殖期のピーク繁殖回数産仔数(頭)胎盤痕数(個)参考文献
範囲平均範囲平均範囲平均
原産地
台湾210–3975月、12月1–21.68Tang and Alexander (1979)
台湾3211–3月、5–8月1–2春:1.83 
夏:1.75
T’sui et al. (1982)
導入地
イタリア北部210–3301–31–6春:3.28 
夏:2.55 
秋:2.67
春:0–6 
夏:0–5 
秋:0–3 
通年:0–9
春:1.90 
夏:0.90 
秋:0.26 
通年:3.06
Santicchia et al. (2015)
東京都伊豆大島320–440376.53–4月、7–10月1–21–42.4Tamura (1999)
神奈川県鎌倉市3–4月、7–9月1–31.4*Tamura et al. (1988)
神奈川県鎌倉市1.21–2*1.3*田村(2004)
埼玉県入間市26.11.33山﨑ほか(2013)
長崎県福江島17.76–8月1–3*鮎川・前田(2005)
熊本県宇土半島236–47713.2–38.21–41.9–2.2安田ほか(2012)
神奈川県横須賀市260–450335.68.3–72.74月、8月1–32.080–61.26本研究

*:子宮内の胎仔数を調査したわけではなく野外環境にて離乳した幼獣の頭数を示す。

:100頭以上の個体を調査している研究を示す。

一年間の繁殖状況について

本研究結果から先行研究と同様に冬季においても繁殖している個体が存在していたが、繁殖個体の出現には季節性があり、クリハラリスの雌の一年間における繁殖状況を改めて示すことができた。年間の繁殖状況については侵入した地域と原産地の両方において報告されている(Tang and Alexander 1979; T’sui et al. 1982; Tamura 1999; 安田ほか 2012)。先行研究によっては検体数が少なく妊娠個体が確認できていない季節が僅かに存在するといった課題もあるが、これらの報告ではクリハラリスは侵入地域においても、原産地においても一年を通して繁殖できる可能性があることを示している。さらに、地域によって時期が若干異なるが、繁殖期は二回のピークが存在する(表2)。例えば、台湾では1–3月および6–8月が繁殖のピークとなるが(T’sui et al. 1982)、日本の伊豆大島においては3–4月と7–9月がピークとなる(Tamura 1999)。本研究においても、一年を通して妊娠および泌乳が確認され、妊娠個体が出現するピークは4月と8月の2回存在するという点において、これまでの報告と類似の繁殖生態を有すると考えられる。同地域の雄においても、精巣が発達している個体が一年を通して存在しており、雄も周年繁殖が可能であるため(Tomiyasu et al. 2022)、性別による矛盾はなかった。

本研究では妊娠率の推移だけではなく泌乳率の推移も明らかにした。10月は調査個体数が少ないという課題もあるが、10–12月においては比較的高い泌乳率を示した。長崎県福江島においても秋から冬にかけて泌乳個体の出現率は高くなることが報告されている(鮎川ほか 2005)。そのため、泌乳率の一年間の推移は先行研究と類似したものとなった。クリハラリスの妊娠期間はおよそ48日であるため(Tamura and Terauchi 1994)、8月以降に妊娠した個体が出産し、泌乳を始める時期が9月下旬以降となる。つまり、10–12月の泌乳率の上昇は夏から秋にかけて生じる妊娠に起因すると考えられる。しかし、妊娠率は4月にも増加するため、5月下旬から6月にも泌乳率が増加するはずであるが、本研究ではそのような結果は得られなかった。そのため、春に妊娠している個体よりも夏以降に妊娠している個体のほうが妊娠してから出産に至るまでの成功率は高いのかもしれない。泌乳状態をより精密に解析し、繁殖成功率の季節差を検出できれば、クリハラリスの実質の繁殖期を特定でき、効率的な対策を講じることが可能になるだろう。

今回の調査では、泌乳しているにも関わらず妊娠している個体が僅かながら確認された。一般的に哺乳類は泌乳に多大なエネルギーを必要とするため、泌乳と妊娠が重複しないように泌乳期中は発情周期が停止する(McNeilly 1997)。しかし、齧歯目や一部の種においては分娩した後に発情周期が回帰することで泌乳中においても交尾をすることがあり、泌乳と妊娠が重複することで次の仔を産出するまでの時間を短縮化することが可能となる(Gilbert 1984)。分娩後から1–2日以内に発情が回帰する場合を分娩後発情と呼び、それよりも遅く、かつ離乳前に発情が回帰する場合を泌乳期発情と分類されている(Gilbert 1984)。リス科哺乳類においてもいくつかの種で分娩後発情もしくは泌乳期発情が生じる、もしくはその可能性が示されている(Boutin et al. 2006; Kawamichi 2010; Shimamoto et al. 2018)。クリハラリスが分娩後発情および泌乳期発情を有するかどうかは今まで不明であったが、泌乳期中の雌の血中プロゲステロン濃度は妊娠時の濃度と同程度の高さを示すため(Yiping et al. 2018)、泌乳期中に黄体が存在することは示唆されている。つまり、泌乳期中においても発情周期が回帰することを意味するため、これらの発情が生じる可能性はあった。これらの先行研究に加えて、本研究結果で少数ながら泌乳と妊娠が重複している個体が存在していたため、クリハラリスは分娩後発情もしくは泌乳期発情を有することを示唆した。

胎仔数および胎盤痕数について

本研究では、神奈川県におけるクリハラリスの胎仔数についても明らかにすることができた。胎仔数は原産地と比較するとやや多く、導入地の中では中間的であった(表2)。しかし、多くの研究において平均の胎仔数は2頭前後であるため、先行研究とほぼ一致した結果であると考えられる(Tang and Alexander 1979; Tamura 1999; 安田ほか 2012; Santicchia et al. 2015)。Hayssen(2008)によると多くのリス科哺乳類では産仔数が2–3頭であることが報告されており、クリハラリスもこれに準ずると考えられる。また、胎仔数については頭胴長やBCIなどの変数とは関係がなかったため、クリハラリスにとって2頭が最適な産仔数なのかもしれない。アメリカアカリスTamiasciurus hudsonicusでは、最適産仔数の仮説に関する研究が行われているが(Humphries and Boutin 2000)、各個体の最適な繁殖戦略の理解には親や子の生存率や餌資源量など考慮すべき要因が多くある。そのため、駆除個体から得られる基礎的な生物学的情報に加えて、野外個体を対象とした繁殖に関する長期的なモニタリングも必要であろう。

加えて、山﨑ほか(2013)を除き、これまで国内においてクリハラリスの胎盤痕数に関する報告事例はなかった。本研究では、最大で6個の胎盤痕を観察することができた。胎仔数の平均がおよそ二頭であることを考慮すると、一年のうちに最大三回繁殖する可能性がある。実際に、野外個体の観察でも最大三回の繁殖が確認されているため(田村 2004)、本研究結果は先行研究の結果を支持するものとなった。しかし、本種の胎盤痕の残存期間が明確にはなっていないため、実際には一年より長期間の情報である可能性は否定できない。

胎仔数だけではなく、胎盤痕数まで調査している先行研究が少なく比較は困難であるが、イタリア北部の個体群では胎仔数も胎盤痕数も報告がなされている(表2)。イタリアでの胎盤痕数は平均3.06個である一方で、本研究では胎盤痕数は平均1.27個であり、イタリア個体群よりも胎盤痕数は少なかった。繁殖状況に差が生じる理由については不明だが、イタリアと本研究地域の違いとしては侵入段階が異なる。イタリア個体群では、個体数はそれほど多くなく、分布域が限定的であることから(Bertolino and Lurz 2013)、定着の初期段階であったと推測される。一方で、神奈川県全域でのクリハラリスは分布拡大をしている最中であるが、本研究地域に限れば既にクリハラリスが高密度で定着してしまっている(クリハラリス情報ネット 2023)。そのため、このような侵入段階の違いによって繁殖にも違いが生じるのかもしれない。さらに先行研究では、検体の採集時期を9–12月に限定していることや幼獣と成獣の定義が本研究と異なることによって平均の胎盤痕の個数に違いが生じているのかもしれない。

栄養状態指標、頭胴長、水晶体重量が繁殖指標に与える影響について

本研究では、BCIが繁殖指標に与える影響についても明らかにした。哺乳類においては一般的に繁殖、特に泌乳に多大なエネルギーを必要とする(Speakman 2008)。また、餌の摂取量の制限や寒冷暴露などエネルギーの制限が生じた際には、卵巣機能が低下し、排卵が抑制されることも知られている(Manning and Bronson 1990)。そのため、クリハラリスにおいても栄養状態は繁殖と関係があると予想された。実際に、体重が重い雌は胎盤痕数が多いことが報告されている(Santicchia et al. 2015)。しかし、先行研究では体重に着目をしており、体重が重い個体は頭胴長が大きい可能性もあるため、体重は必ずしも栄養状態を反映しているとは限らない(Schulte-Hostedde et al. 2005)。先行研究に対して、本研究では、体重と頭胴長からBCIを算出し、繁殖指標との関係を調査した。泌乳の有無や胎盤痕数、胎仔数とは関係がなかったもののBCIは妊娠の有無に正の影響を与えていた。この結果から、クリハラリスにおいても妊娠を開始するためにはエネルギーが必要であり、栄養状態は繁殖の重要な要因であることが示唆された。胎盤痕数とBCIに関係が見られなかった理由としては、それぞれの指標が示す時間軸の違いが考えられる。胎盤痕数は過去の繁殖の履歴を表すものであるのに対して、BCIは捕獲時点での栄養状態であるため、必ずしも過去の状態を反映しているとは限らない。そのため、BCIは胎盤痕数に影響を与えなかったのかもしれない。

一方で、水晶体重量が妊娠の有無に負の影響を与えていたため、高齢個体よりも若齢個体のほうが妊娠する可能性は高かった。リス科哺乳類を含む多くの哺乳類では、一般的に若齢個体では繁殖率が低いため(三浦 1995; Wauters and Dhondt 1995; Sherman and Runge 2002)、これらの研究とは対照的な結果となった。しかし、本研究では妊娠と泌乳の有無の間には負の相関があり、さらに泌乳の有無は頭胴長と関係していた。また、頭胴長は水晶体重量と相関しているため(付録2)、解析結果では有意な効果は確認されなかったが泌乳個体は高齢個体が多いのかもしれない。つまり、高齢個体での泌乳率が高くなったことで、妊娠率は低下し、結果的に若齢個体における妊娠率が高くなってしまったのかもしれない。そのため、水晶体重量と妊娠の関係から若齢個体のほうがよく繁殖していると一概には言えないだろう。妊娠および泌乳と年齢の関係を明確にするためには、今後これらの変数間の相関についても考慮して解析する必要がある。

また、頭胴長は泌乳の有無だけではなく、胎盤痕数にも正の影響を与えていた。胎盤痕数が多い個体は繁殖回数が多いと考えられるため、頭胴長が大きい個体は繁殖回数が多い可能性がある。頭胴長が大きい利点としては資源競争において有利になりやすいことが挙げられる。例えば、キタリスでは、体サイズが大きい個体は小さい個体よりも餌資源を多く獲得できることが示唆されている(Wauters and Dhondt 1989)。さらに、体サイズが大きい雌は生涯繁殖成功度も高い(Wauters and Dhondt 1995)。そのため、クリハラリスにおいても頭胴長が大きい個体は多くの資源を獲得でき、繁殖しやすいのかもしれない。以上の理由から、クリハラリスにおいても頭胴長が繁殖する雌にとって重要な要因となっているのかもしれない。

本研究では、クリハラリスが繁殖する上でいくつかの要因が重要であることを示唆した。まず、BCIが妊娠と関係しており、高栄養な個体は妊娠している可能性が高かった。さらに、水晶体重量も妊娠に関係しており、高齢個体よりも若齢個体のほうが妊娠していた。しかし、泌乳個体や胎盤痕数が多い個体はいずれも頭胴長が大きかった。以上のことから、クリハラリスにおいては体の大きさが繁殖に重要である可能性が示された。

今後の課題

本研究の結果から課題も出てきた。例えば、栄養状態は妊娠の有無や胎盤痕数に関係していたことから、生息環境の質も繁殖と関係することが考えられる(Rayor 1985)。本研究では20ヵ所以上の横須賀市内の緑地で駆除された個体を使用したが、これらの緑地は大小さまざまな緑地が混在している。そのため、生息地の質にはばらつきがあることが予想されるが、生息環境と繁殖の関係を検証することでどのような緑地だとよく繁殖するのかを明らかにすることが可能であり、クリハラリスの効率的な対策をするための重要な知見が得られると考えられる。これらに加えて、性成熟のタイミングやその決定要因など、クリハラリスの生活史についての詳細も明らかにできているとは言い難い。繁殖成績の向上にはどのような要因が働いているのかをさらに解明するためには、各地域における繁殖の詳しい調査を継続するとともに、繁殖に関係しうる要因を考慮して解析を進めていく必要があるだろう。

謝辞

本研究を遂行する上で、横須賀市役所建設部自然環境・河川課、NPO法人三浦半島生物多様性保全に検体をご提供いただいた。また、日本獣医生命科学大学の山本俊昭博士には日頃より研究への助言をしていただいた。加えて、株式会社野生動物保護管理事務所の本橋篤氏には統計解析の助言をいただいた。麻布大学環境科学部の片平浩孝博士や江口勇也氏、東洋大学の伊藤元裕博士や田上陸氏、ならびに日本獣医生命科学大学獣医保健看護学科保全生物学研究分野の学生には、クリハラリスの解剖にご尽力いただいた。協力していただいた皆様へ心から感謝の気持ちと御礼を申し上げたく、謝辞にかえさせていただく。

付録

付録1 図1. 本研究で使用した成獣雌における水晶体重量の頻度分布。Appendix 1 Fig. 1. Histogram of eye lens weight in adult female Pallas’s squirrels examined in this study.

付録2 図2. クリハラリスにおける頭胴長と水晶体重量の関係。頭胴長と水晶体重量の間に正の相関が確認された(r=0.212、p<0.001、ピアソンの積率相関係数分析)。Appendix 2 Fig. 2. Relationship between body size and eye lens weight in Pallas’s squirrels. Body size was positively correlated with eye lens weight(r=0.212, p<0.001; Pearson product-moment correlation test).

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https://doi.org/10.18960/hozen.2330

引用文献
 
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https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
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