2025 Volume 30 Issue 1 Pages 83-91
淡水二枚貝の生息地は、土地利用の改変により農業水路などに分断化され点在している。愛媛県では、地理的に離れた農業水路3地点でのみマツカサガイ広域分布種の生息が確認されている。その一つの水路を含む一帯で圃場整備の計画があり、マツカサガイが生息する土水路は、付け替えをせず改修のみとし、生息環境を保ったまま維持される計画である。しかし、圃場整備期間には、マツカサガイを一度採捕し、圃場整備後に放流することが必要である。そのため、本研究は、圃場整備期間においてマツカサガイの一時避難の方法を検討することを目的とした。室内の様々な条件の実験水槽5つ、および2つのため池に垂下したカゴにおいて、マツカサガイの飼育実験を行い、アワビ類用のU字型の金属タグを用いて個体識別し、生残と成長を記録した。また、本来の生息地の水路においてもマークした個体を放流し、成長を追跡した。その結果、実験水槽では、培養した珪藻を与えたり、野外の水路の水を給餌したり、市販の濃縮珪藻、ハプト藻、緑藻、Nannochloropsisを混合して給餌したりして、最長7ヵ月に亘って飼育したが、その間の生残率は一様に60%程度であった。また、実験水槽内ではほぼ殻長の成長が観察されなかった。一方、一つのため池においては、33ヵ月に亘って、82%の高い生残率で畜養でき、その間に殻長がおよそ1 mm成長した。本来の生息地である農業水路では、33ヵ月の間に2 mm程度の殻長の成長がみられた。本研究により、愛媛県で、ため池に垂下したカゴを用いてマツカサガイの一時避難を実施する体制が整った。これを用い、圃場整備前から段階的にマツカサガイを避難させ、圃場整備後の水路へモニタリングしながら逐次放流して、愛媛県で数少ないマツカサガイの個体群を維持することに務める。また、本研究により、アワビ類用のU字型の金属タグを用いることで、淡水二枚貝の個体識別ができる方法の有効性が示された。
The habitats of freshwater mussels (family Unionidae) have become fragmented and scattered in agricultural ditches due to changes in land use. Pronodularia cf. japanensis 1 is found in only three geographically distant agricultural ditches in Ehime. Farmland consolidation is scheduled, and rehabilitation of agricultural ditches is planned. All mussels must be collected during this process, temporarily reared elsewhere under different conditions, and then released post-consolidation. This study developed a method to relocate P. japanensis temporarily during farmland consolidation. We conducted an experiment with marked P. japanensis individuals reared in five indoor experimental tanks and two cages suspended in two irrigation ponds. Additionally, some marked individuals were released back into the original agricultural ditch. The survival and growth of all marked individuals were tracked. The survival rate of P. japanensis in the experimental tanks was approximately 60% over 7 months, regardless of whether they were fed cultured diatoms, water from a plankton-rich agricultural ditch or stream, or a mix of commercially available diatoms, haptophytes, a chlorophyte, and Nannochloropsis. No shell growth was observed during the indoor-rearing period. In contrast, the survival rate in one irrigation pond was 82% over 33 months, with an approximate increase in shell length of 1 mm. Shell length increased by about 2 mm over the same period in the original agricultural ditch. Thus, the pond strategy is superior. This system will be used to temporarily relocate endangered freshwater mussels during farmland consolidation. After rehabilitating the ditches, relocated individuals will be released, and their survival and growth will be monitored.
日本において、氾濫原環境の多くは失われ、水田や周辺環境がその代替生息地として機能してきた(大塚 2020)。しかし、戦後の1949年に土地改良法が施行されて以降、農耕地面積当たりの収量を上げるための圃場整備が行われ、それが氾濫原環境に適応した生物にとっての生息場所を破壊することに繋がった。1990年代より農業従事者の減少や高齢化が進み、農業水路は、維持管理の手間を削減するような、掃流力が高く植生の生えづらい三面コンクリート護岸に改装されることが多い(金澤・三宅 2006)。そのような水路では、堆積物や植生が流され、人の手による管理の手間は一時的に軽減されるが、生物の生息場所としての機能が損なわれる(永山ほか 2012)。また、そのような三面コンクリート水路は、豪雨の際に貯水して防災に寄与する機能が乏しく(環境省 2023)、かつ、農地から排出される濁水をそのまま流下させ下流の河川環境を悪化させる要因ともなる(Lapong et al. 2012a, b)。世界的に生物多様性への理解が進み、2001年の土地改良法改正では、土地改良事業の実施にあたっての原則に環境との調和への配慮が明記された。2015年には国連サミットで持続可能な開発目標が採択され、さらに推進する方向で2020年に今後の生態系配慮の方向性が提示されている(農林水産省 2020)。これらの方針に鑑み、生物の生息場所に配慮し生物多様性を損なわないような圃場整備を行う必要がある。
水田をとりまく水域に生息する代表的な生物の一つとして、淡水性二枚貝、イシガイ目イシガイ科二枚貝が挙げられる。イシガイ科二枚貝は、世界中に広く分布し157属753種が記載されているが、その三分の一の種が絶滅の危機に瀕している(Böhm et al. 2021; Graf and Cummings 2021)。日本国内では13属26種が記載されており、愛媛県ではマツカサガイ広域分布種Pronodularia cf. japanensis 1(以降マツカサガイと表記する)とイシガイNodularia douglasiae nipponensis、ヌマガイSinanodonta lauta、およびミナミタガイBeringiana fukuharaiが生息している。マツカサガイは、1990年ごろまでは愛媛県内の道後平野の平野湧出河川や周辺の農業用排水路で数多く見られたが、圃場整備や河川改修によって2010年には生息域と密度を著しく減少させ、さらに2022年にかけても減少に歯止めがかかっていない(桑原ほか 2017; 吉見ほか 2018; Hata et al. 2022)。イシガイについては、すでに地域絶滅した可能性がある(Hata et al. 2022)。そのため、マツカサガイとイシガイは、愛媛県では特定希少野生動植物種に指定され(愛媛県 2019)、2021年に保護管理計画が策定された。本研究はその端緒となるもので、圃場整備が計画される愛媛県西条市の農業水路に生息するマツカサガイ集団を保全するため、マツカサガイを圃場整備期間において様々な一時避難の方法を評価、検討するために行った。
イシガイ類の人為環境下での飼育については、国内外で研究が行われているが、長期的な飼育の成功には至っていない(Lima et al. 2006; 宮部ほか 2007; 根岸ほか 2008; 永山ほか 2018; Bílý et al. 2021; Hyvärinen et al. 2021)。長期飼育が成功しない理由の一つは、適切な餌の給餌が難しいことにある(宮部ほか 2007)。イシガイ類は、珪藻や緑藻からビタミンAやビタミンD、植物ステロールなどの必須栄養素を、バクテリアから炭素を得ている(Nichols and Garling 2000)。野外環境を用いたイシガイ類の飼育については、ため池水面から垂下させ、一時避難に成功した例がある(三浦ほか 2014; 永山ほか 2018)。そこで本研究では、屋内の実験水槽と屋外の様々な環境で、マツカサガイを個体識別して飼育し、個体の成長と生存を比較した。
愛媛県西条市の農地では2027年に圃場整備が計画されている。圃場整備予定地内に断片的に残されている土水路が、最後に残された道前平野のマツカサガイの生息地である(畑ほか 2021)。その土水路では、水路機能の維持のため毎年一回5月に底質を畦に上げる清掃作業が行われる。2021年5月2日に水路清掃が行われ、5月9日と14日に、水路横の畦に底質と共に上げられたマツカサガイのうち、殻が閉じ生きている可能性がある155個体を回収した。回収した個体は実験室に持ち帰り、FRP製のタンク(縦1000 mm×横1050 mm×高さ500 mm、水温25°C、粒径1.15 mmの底砂を7.5 cmの厚さで敷き、エアレーションを行った)に入れ、餌として培養した淡水産珪藻Cyclotella meneghiniana(約12万細胞/mL)を毎日3 L与えた。6月26日までの約2ヵ月間飼育を続け、155個体中生残した88個体を実験に用いた。これらのマツカサガイの殻長は41.4±5.2 mmであった。
個体識別個体識別は、マツカサガイの左殻外側に電動ルーターを用いて個体番号を削り入れる方法と、同じ個体番号を刻印したステンレス製のアバロン・タグ(10.5 mm×4.0 mm×1.8 mm、株式会社イー・ピーアイ)を左殻後方に取り付ける方法で行った(図1)。このタグはU字型で、殻の辺縁を挟み込んで固定するが、アワビと違ってマツカサガイでは内側のかえしを殻に引っかけてペンチで挟むことができなかったので、まずタグをマツカサガイの殻にあわせて湾曲させ、次にマツカサガイが殻を開けた際に外套膜を挟み込まないように内側のかえしを外套膜と殻の間に差し込み、外側のタグを瞬間接着剤で殻外に接着し固定した。全ての個体について、殻表に個体番号を削り入れる方法とアバロン・タグを付ける方法の両方を行い、タグの脱落が生じるか試験した。個体識別後に、殻長を計測し、殻長分布が均等になるように11個体づつ8群に分けて、以下の条件下で飼育した。

Fig. 1. Individual identification method for Pronodularia cf. japanensis 1. A) Stainless steel abalone tag engraved with a number (10.5×4.0×1.8 mm). B) Individual identification by the tag attached to the posterior end of the left valve and the individual number engraved on the outside of the left shell using an electric router. C) The tag was positioned by clamping it to the left valve. D) The tag became incorporated into the shell as the shell grew.
2021年6月26日より、室内の実験水槽AからE群:アクリル製水槽(縦600 mm×横300 mm×高さ360 mm、飼育水量30 L、水温25°C、粒径1.15 mmの底砂を7 cmの厚さで敷いた)を用いて、濾過槽を設置せず、エアレーションのみで飼育した。A群には、甲殻類・貝類の生物餌料としてハプト藻、緑藻、珪藻の5種の藻類(Isochysis, Pavlova, Tetraselmis, Thalassiosira pseudonana, Thallassiosira weissflogii)の混合である冷蔵Shellfish Diet 1800(Reed Mariculture社、細胞密度約20億 細胞/mL)と、海産植物プランクトンの真正眼点藻Nannochloropsisを濃縮したNanno 3600(Reed Mariculture社、細胞密度約680億 細胞/mL)をそれぞれ0.1 mLずつ毎日添加した。B, C, D, E群には、培養した淡水産珪藻Cyclotella meneghiniana(約2000細胞/mL)を毎日500 mLずつ与えた。それに加えて、C群の水槽には、カルシウム分を補給することを目的として、外部濾過フィルターにカキ殻のみを詰めた濾過槽に飼育水を常時循環させて飼育した。D群にはマツカサガイが生息していない愛媛大学附属高等学校内の農業水路の水を125 µmメッシュのプランクトンネットで濾過した後に10 L/日添加し、E群には松山平野のマツカサガイが生息する国近川の水を125 µmメッシュのプランクトンネットで濾過した後に10 L/日添加した。AからC群の3つの水槽は、くみ置きした水道水を用いて毎日10 L換水した。これらの水槽群では、個体の生死を毎日確認し、1–5ヵ月の頻度で殻長を計測した。
ため池F、G群:F群の11個体は、2020年に作られた、周囲を高木に覆われているため池Aの中心部で水深8.6 mの地点の水面下1.6 m地点に設置したポリプロピレン製の460 mm×300 mm×130 mmのカゴ(三甲株式会社)に入れて、7月2日から飼育した。カゴ内に、自記水温計HOBO Pendant Data Logger(Onset社)を設置して、1時間ごとに水温を計測した。
G群の11個体は、数十年前からあるため池Bで、7月2日から飼育を開始した。ため池Bの南側には高木がなく、直射日光が水面に届いていた。ため池Bは水深が浅かった(1.4 m)ため、カゴを水深1.2 mの位置に固定した。ため池AもBも、現在は農業用水として利用されていないため、研究期間中は常に水位が上限のまま一定に保たれていた。ため池A、Bでは、1–6ヵ月の頻度で、個体識別したマツカサガイの生死の確認と、殻長の計測を行った。
H群の11個体は、7月10日に西条土水路の1 mの区間に放流した。放流場所に、底質に埋没しないように自記水温計を河床表面に設置し、1時間ごとに水温を記録した。さらに、7月10日、放流する際にその周辺で見つかった新規のマツカサガイ38個体に対し、その場で2種類の個体識別と殻長計測を行い、直ちに元の場所に放流した。7月20日にも同様の採集、個体識別、計測、放流を20個体に対して行った。これらを合わせてH′群とした。H群とH′群では1–5ヵ月の頻度で再採捕を試み、再捕された個体はノギスで殻長を測定した後、同じ場所に戻した。
珪藻組成と水質分析2021年2月7日に国近川、2021年1月26日に愛媛大学附属高等学校内水路(幅1150 mm、雨天時以外は水深150 mm)、2021年7月5日にため池A、2021年7月26日にため池B、2021年5月14日と7月4日に西条土水路で、それぞれの水500 mL採水した。採水はすべて水深の3分の1の位置で、採水器(Science First)を用いて行った。採水した水サンプルは、メッシュサイズ10 µmのプランクトンネットでろ過し、ろ物を遠心分離機にかけて沈殿物を得て、その量を計測し、うち1 µLについてカウンティングチェンバーに移し、光学顕微鏡(400倍)で観察し、珪藻類を南雲ほか(2018)と一瀬・若林(2005)を用いて属レベルで同定し、それぞれの細胞数を記録した。
500 mLの採水時に、それぞれの水の電気伝導率(EC)、pHをGeoLine Combo(ハンナ インスツルメンツ・ジャパン)を使用して測定した。またカルシウム硬度をパックテスト(共立理化学研究所)で測定した。また、A–C群の実験水槽では、2021年9月27日に水質の計測を行った。
統計解析マツカサガイの生残率が、飼育条件によって異なるかどうか明らかにするため、マツカサガイの生/死を応答変数とし、飼育条件と飼育日数を説明変数とし、Cox比率ハザードモデル解析を行った。ただし、西条土水路に放流した個体は、放流した個体が次の調査で採捕される割合が26–58%で、他の操作の100%と比べ低いため、別にマツカサガイの生/死を応答変数とし、放流期間を説明変数として、誤差構造に二項分布を用いた一般化線形モデルで解析した。また、マツカサガイの成長が、飼育条件によって異なるかどうか明らかにするため、マツカサガイの殻長の成長量を応答変数とし、飼育条件と飼育日数を説明変数とし、個体をランダム効果とした一般化線形混合モデル(GLMM)を用いて解析を行った。解析はR-4.3.1を用いた(R Core Team 2023)。
水温は、ため池Aでは、2年半の観察期間において最大26.5°Cであった。一方、2021年8月中に全個体が死亡したため池Bでは、2021年8月に水温が27°Cを超え、最大28.8°Cに達した。西条土水路では、7月中旬から8月上旬にかけて日中は33°Cに達した。一方、12月下旬から2月中旬にかけて夜間から早朝に5°C以下まで低下し、平均4.7°Cの幅の大きな日内変動をくり返していた(図2)。実験水槽では、水温は25°C程度で安定して維持された。電気伝導度(EC)、水素イオン指数(pH)、カルシウム硬度の計測結果は、操作間で大きな違いはなかった(表1)。

Fig. 2. Water temperatures in the experimental tank where Pronodularia cf. japanensis 1 was cultured, the Saijo irrigation channel where this species naturally occurs, and reservoirs A and B where they were cultured.
Table 1. Environmental conditions in the indoor experimental tanks, the agricultural water channel at Ehime University Senior High School, the Kunichi River, the Saijo irrigation channel where Pronodularia cf. japanensis 1 naturally occurs, and reservoirs A and B where P. cf. japanensis 1 were cultured.
| 流速 Flow velocity(cm/s) | カルシウム硬度 Calcium (mg/L) | 電気伝導度 Electrical conductivity (mS/m) | pH | |
|---|---|---|---|---|
| 水道水汲み置き水 | 0 | 15 | 0.13 | 7.95 |
| 市販海産ペースト | 0 | 20 | 0.14 | 8.11 |
| カキ殻循環水 | 15.6 | 35 | 0.18 | 8.08 |
| 校内水路水 | 52.6 | 20 | 0.17 | 8.23 |
| 国近川汲み置き水 | 0 | 30 | 0.25 | 8.07 |
| 西条土水路 | 53.0 | 7 | 0.14 | 7.14 |
| ため池A | 0 | 10 | 0.11 | 7.58 |
| ため池B | 0 | 20 | 0.25 | 8.73 |
個体識別について、各個体の殻表に削り込んだ番号が消失することはなかった。同時に設置した金属タグは、実験期間を通した残存率が、ため池で100%、実験水槽で94%、西条土水路で86%と高かった。生残率は、西条土水路では、1年間で0.94(95%信頼区間0.89–0.97)と推定された。それに対して、ため池Aの水深8.6 m地点に水面から1.6 mの深さに垂下させたカゴ中で飼育した個体は、飼育した582日の間、11個体中9個体(82%)が生残し、生残率が高かった(図3)。一方、ため池Bの水深1.4 m地点に水面から1.2 mの深さに設置したカゴで飼育した個体は、66日の内に全個体が死滅し、有意に生残率が低かった(表2)。実験水槽では、いずれの操作においても生残率に差は無く、飼育した209日後には54個体中31個体(57%)が生残した(図3)。実験水槽における殻長の成長については、GLMMの結果、飼育条件の違いは検出されず、一日あたり0.0010±0.0001 mmの成長が見られた(図4、表3)。33ヵ月に亘って、82%の高い生残率で畜養できたため池Aでは、33ヵ月の間に殻長がおよそ1 mm成長した。本来の生息地である西条土水路では、マークして放流した個体のうち、次の調査で採捕される割合は26–58%であり、採捕された個体では、33ヵ月の間に2 mm程度の殻長の成長がみられた。また、水路掃除で畦に上げられ実験水槽で2ヵ月程度畜養され西条土水路に放流した11個体と、その他の西条土水路で採集して即日マーキングして放流した231個体との間で、放流後の成長率に差はなかった(図4)。

Fig. 3. The survival rates of Pronodularia cf. japanensis 1 in the experimental tanks under various conditions, and in reservoirs A and B where they were cultured.
Table 2. Results of Cox proportional hazards model analysis of the survival of Pronodularia cf. japanensis 1 in each treatment.
| 係数 | exp(係数) | 標準誤差 | z値 | p値 | |
|---|---|---|---|---|---|
| A市販珪藻藍藻ペースト | −0.960 | 0.383 | 0.708 | −1.356 | 0.175 |
| C珪藻+カキ殻 | −0.416 | 0.660 | 0.606 | −0.686 | 0.493 |
| D培養珪藻+校内水路水 | −0.099 | 0.906 | 0.606 | −0.163 | 0.870 |
| E培養珪藻+国近川水 | −0.668 | 0.513 | 0.646 | −1.034 | 0.301 |
| Fため池A | −1.512 | 0.221 | 0.821 | −1.841 | 0.066 |
| Gため池B | 2.690 | 14.727 | 0.670 | 4.012 | <0.001 |

Fig. 4. Shell lengths of Pronodularia cf. japanensis 1 in the experimental tanks under various conditions, in reservoirs A and B where they were cultured, and in the Saijo irrigation channel where they naturally occur. Bars indicate standard deviations.
Table 3. Effects of rearing conditions on shell growth (mm) of Pronodularia cf. japanensis 1. The results were analysed using a generalised linear mixed model with individual mussels as the random factor.
| 推定値 | 標準偏差 | 自由度 | t値 | p値 | |
|---|---|---|---|---|---|
| 市販濃縮藻類混合 | 0.09 | 0.10 | 127 | 0.814 | 0.42 |
| 培養珪藻 | −0.07 | 0.14 | 133 | −0.48 | 0.63 |
| 培養珪藻+カキ殻 | −0.09 | 0.14 | 126 | −0.69 | 0.49 |
| 培養珪藻+校水路水 | 0.20 | 0.15 | 136 | 1.40 | 0.16 |
| 培養珪藻+国近川水 | 0.06 | 0.14 | 125 | 0.41 | 0.69 |
| ため池A | −0.04 | 0.14 | 112 | −0.30 | 0.76 |
| ため池B | −0.25 | 0.15 | 174 | −1.65 | 0.10 |
| 西条土水路 | −0.01 | 0.11 | 130 | −0.06 | 0.96 |
| 時間(日) | 0.00 | 0.00 | 479 | 8.50 | >0.00 |
マツカサガイが自然分布する国近川と西条土水路では、イタケイソウDiatoma属やタルケイソウMelosira属、ハリケイソウSynedra属の珪藻が多く、1 mLあたり900–4000細胞が観察された。ケージに入れたマツカサガイの畜養が成功したため池Aでも、イタケイソウDiatoma属が優占し、細胞数も多かった(表4)。
Table 4. Cell counts of diatoms per 1 L of environmental water in the agricultural water channel at Ehime University Senior High School, the Kunichi River, the Saijo irrigation channel where Pronodularia cf. japanensis 1 naturally occurs, and reservoirs A and B where Pronodularia cf. japanensis 1 were cultured.
| 校内水路 2021/1/26 | 国近川 2021/2/7 | 西条土水路 2021/5/14 | 西条土水路 2021/7/4 | ため池A 2021/7/5 | ため池B 2021/7/26 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| Aulacoseira | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 160 |
| Melosira | 0 | 1229 | 2300 | 200 | 0 | 0 |
| Cyclotella | 250 | 131 | 0 | 400 | 0 | 160 |
| Diatoma | 0 | 1909 | 230 | 0 | 2080 | 0 |
| Fragilaria | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| Synedra | 400 | 392 | 403 | 0 | 160 | 160 |
| Cocconeis | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 160 |
| Neidium | 0 | 0 | 58 | 100 | 0 | 0 |
| Rhoicosphenia | 0 | 0 | 0 | 100 | 0 | 0 |
| Stauroneis | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| Frustulia | 0 | 0 | 115 | 0 | 0 | 0 |
| Pinnularia | 0 | 52 | 173 | 100 | 0 | 0 |
| Navicula | 100 | 52 | 0 | 0 | 0 | 160 |
| Gomphonema | 200 | 52 | 58 | 0 | 0 | 320 |
| Cymbella | 500 | 157 | 173 | 0 | 400 | 1120 |
| Nitzschia | 50 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| Surirella | 0 | 0 | 173 | 0 | 0 | 0 |
| 計 | 1500 | 3974 | 3680 | 900 | 2640 | 2240 |
マツカサガイの生残率は、西条土水路では1年間に0.94(95%信頼区間0.89–0.97)と推定された。それに対し、ため池Aで982日の間、0.82と高く、ため池Bでは66日で全個体が死亡し、低かった。また、実験水槽での生残率は、給餌条件によらず一様で、ため池Aより低く、209日後に約0.6であった。西条土水路では、マークして放流した個体が次の調査で再採捕される割合が25–86%であり、0.94という生残率は生貝と死殻が同じ割合で再採捕されるという仮定に基づいており、例えば捕食されて水路から持ち出されたり、死殻となって流出したりすることがあれば、この値は過大評価となっている。マツカサガイは普通底質に潜り土水路での再採捕は困難であるが、今後は計画された標識採捕法を実施して、Cormack-Jolly-Seberモデルを用いて個体数や、採捕率、生残率を推定する必要がある。
殻長の成長について、生息地である西条土水路では、969日間で、1.92±1.14 mmの成長が確認された。この値は、再採捕された個体を用いて算出し、死亡個体や消失個体の成長を反映しないが、岐阜県の農業水路で観察されたマツカサガイの成長が2年間で約0.6 mmで(永山ほか 2018)、これと比べて大差なく、妥当な値と考えられる。一方、ため池Aでは、982日間で、0.85±0.78 mmの成長が確認された。マツカサガイをため池での一時保管した成功例である永山ほか(2018)では、5–7月の3ヵ月間で0.11 mm程度、8–10月3ヵ月間で0.15 mm程度の成長量と報告されており、同程度の成長と考えられる。
永山ほか(2018)において、ため池での畜養については、水温31.8°C以下、pH 6以上を目安にするとよいと結論づけている。生残率が最も高かったため池Aでは、水温の日内変動が最大でも1.5°Cと小さく、冬期で最低2.9°C、夏期で最高26.5°Cとなった。一方、生残率が最も低かったため池Bでは、水温がため池Aに比べ高く、夏期で最高28.8°Cとなった。ため池Aでは水深8.6 m地点において、表層から1.6 mの深さにケージを設置した。一方、ため池Bでは、全体的に水深が浅く、水深1.4 m地点において表層から1.2 mの深さにケージを設置した。さらに、ため池Bのみで、夏期にヒシが繁茂していた。そのため、ため池Bでは、高水温かつ貧酸素となった恐れがあり、それがマツカサガイの死亡を生じさせた可能性がある。ため池での一時避難においては、十分に水深のあるため池を選び、水深のある場所で吊り下げ、水温、水質の維持に配慮することが必要である。そのために、特に溶存酸素や、餌となる植物プランクトン群落について、経時的にモニタリングして順応的に対応する必要がある。
実験水槽での飼育については、飼育条件による違いは見られず、ほぼ成長が観察されなかった。水槽での生残率は209日後に約0.6であり、餌の質または量が不足している可能性があり(Hyvärinen et al. 2021)、改善が必要である。イシガイ類の餌としては、珪藻類と緑藻類、およびバクテリアが重要と考えられる(Nichols and Garling 2000; Raikow and Hamilton 2001; Christian et al. 2004)。マツカサガイが自然分布する西条土水路では観察されたイタケイソウ属やタルケイソウ属、ハリケイソウ属の珪藻が、ため池Aではイタケイソウ属の珪藻が餌として寄与したと考えられる。水路や河川における珪藻類は初夏から夏に増加することが示されている(吉見ほか 2018)。そのため、1月と2月の冬期のみに調査した校内水路と国近川の値は過小評価となっている。実験水槽内でこれらの環境水を使い、そこに含まれる珪藻や、緑藻、バクテリア等を餌としてマツカサガイを飼育する場合は、これらの生物群の密度や組成の季節変動をモニタリングすることで、その効果が評価でき、飼育法の発展に繋げられる。一方、野外の環境水を多量に給水することはコストが掛かり、また水質環境の維持も困難であるため、本研究で市販品の濃縮藻類を混合して給餌する方法、または培養した珪藻を給餌することで、一定期間利用可能な一時飼育方法を示せたことは有用である。
個体識別法の有効性番号の刻印されたU字型の金属タグを、マツカサガイの殻の辺縁を挟み込んで瞬間接着剤で殻表と一部接着すると、このタグが脱落せず、2ヵ月以内にタグを抱き込むように殻が成長し、殻に取り込まれた。このことから、このタグによる個体識別は、寿命の長い二枚貝の長期的個体識別に有効であることが示された。他方、殻に直接番号を彫り込む方法は、殻を傷つけ、3年目にはそこから殻に穴が開いた個体が確認されたため、避けた方がよいと考えられた。
マツカサガイの西条土水路個体群の保全本研究では、田植え前の水路清掃によって泥と共に畦に上げられた155個体を2ヵ月間大型タンクで畜養することによって、88個体を生残させることができ、それらを用いて一時避難や生息域外保全の候補地として利用できるため池や水槽での飼育方法についての知見を得ることができた。マツカサガイが自然分布する西条土水路は、愛媛県下では、わずかに残された分断化された生息地であるが、その全域で圃場整備の計画がある(畑ほか 2021)。本研究により、圃場整備期間において、周辺のため池や実験水槽への一時避難の効果的な方法が示された。本圃場整備では、マツカサガイの生息する土水路は付け替えをせず、改修のみに止め、生息環境が維持されることが計画されている。しかし、工事期間中は、周辺の工事が一時的に重大な攪乱となる恐れもあり、マツカサガイの一時避難が必要である。そこで、本研究で有効性が示唆されたため池を用いた一時避難を、圃場整備前より実施し、圃場整備後の水路において環境調査を行って生息できる環境を整えた後に、逐次マツカサガイの放流を行ってモニタリングし、このマツカサガイ個体群が健全に維持されるよう、順応的に保全を進めていく必要がある。
日々の研究活動に協力してくださった愛媛県立衛生環境研究所生物多様性センターの成松克史様、黒田啓太様、愛媛県県民環境部環境局自然保護課武智渉様、道前平野農地整備事業所の皆様、西条自然学校の山本貴仁様、愛媛大学井上幹生様、東垣大祐様、愛媛大学附属高等学校理科部の佐野友希子様、乃万陽斗様、山本真慈様、皆様に心より感謝申し上げます。