Article ID: 2234
ブナハバチの葉食によるブナ高木の樹冠形状の変化を省力的にモニタリングするための技術開発の一環として、インターネット接続が困難な山岳地においてRTK非搭載のUAVで撮影した写真を用いて位置精度の良い3次元モデルとオルソ画像作成を可能とする空中写真の撮影方法とSfM処理の方法を検討した。UAVは丹沢山地の丹沢山と蛭ヶ岳の山頂一帯およそ20haの範囲において2021年と2022年の7月下旬から8月上旬の期間に、地上解像度を2cm/pixelに設定して地表面に対して概ね一定の高度で半自動で飛行させた。オーバーラップ率とサイドラップ率をそれぞれ80%以上と60%以上とした直下視往復平行写真と、カメラレンズを下向き前方20°あるいは30°に傾けオーバーラップ率とサイドラップ率をそれぞれ40%程度と30%程度とした斜め視往復写真を撮影した。準天頂衛星「みちびき」の補正信号を用いた仮想基準局と連動させた二周波GNSSを使用してPPP-RTK方式で測位したGCPと検証点をそれぞれ上空が開けた場所と登山道の階段やベンチなどの固定地物の一角に設定した。撮影した写真は、Metashape Professional(Agisoft社)により撮影方法と標定点使用の組み合わせ、SfM処理の品質を変えてカラーオルソ画像と高密度点群を作成し、樹冠の視認性と位置精度を比較した。直下視写真と斜め視写真を使用しGCP補正を組み合わせて高品質でSfM処理した場合に0.3m内外の空間座標精度があり、樹冠を識別して追跡可能な樹冠の欠損や枝の露出の視認性が良いカラーオルソ画像と3次元モデルが作成できた。この方法は、レンズキャリブレーションやGCPの配置などに課題は残されているが、単木レベルのモニタリングで経年的な比較を可能とすると考えられた。
To monitor the condition of beech canopies in a reproducible, recordable, and labour-efficient manner, we investigated flight planning, aerial photography, and structure-from-motion (SfM) processing techniques to generate orthoimages with accurate positioning using non-real-time kinematic (RTK) unmanned aerial vehicles (UAVs) in mountainous regions where Internet access is restricted. The automated UAV flight maintained a consistent altitude. The data encompassed a 20-ha region on the summits of Mt. Tanzawa and Mt. Hirugatake in the Tanzawa Mountains, and were acquired during July and August of 2021 and 2022, with a ground resolution of 2 cm/pixel. The directly downward photos had a parallel perspective with overlap and side-wrap percentages of 80% and 60%, respectively. The oblique-perspective images had a parallel view, with the camera lens tilted 20° or 30° forward, accompanied by overlap and side-wrap percentages of approximately 40% and 30%, respectively. Ground control points (GCPs) and verification points were established using the precise point positioning (PPP)-RTK method with a dual-frequency global navigation satellite system (GNSS). A virtual reference station received correction signals via the quasi-zenith Michibiki satellite. The GCPs were located in areas with an unobstructed view of the sky, while the validation points were placed at terrestrial features, such as on a staircase or bench along a mountain trail. The study involved manipulating aerial photographs and using GCPs for SfM processing, with variable SfM processing quality. The objective was to compare the clarity and positional accuracy of the orthoimages and a three-dimensional (3D) surface-point cloud obtained through SfM processing. High-quality SfM processing and GCP correction using both nadir and oblique imagery produced colour orthoimages and a 3D surface-point cloud with spatial coordinate accuracy within 0.3 m. The resulting images had satisfactorily clear views of exposed branches and missing canopy material, ensuring dependable canopy identification and tracking. This method proved effective for monitoring and comparing individual trees over time, although some issues remain, such as lens calibration and identifying the optimal GCP locations.
丹沢山地のブナ林では1990年代からブナFagus crenata Blumeの枯死、衰弱が進んでおり(星ほか 1997;山根ほか 2007;鈴木・山根 2013など)、その原因解明と対策に向けた調査研究が行われている(谷脇ほか 2016)。これらの調査研究の基礎となっているのが、丹沢山地の主稜線部の8地区に位置する主要なブナ林に生育するブナ高木の経年的なモニタリング調査である。この調査は、丹沢山地のブナ林の高木層はイタヤカエデAcer pictum Thunb.などのカエデ類、シナノキTilia japonica (Miq.) Simonk.などの高木性広葉樹にブナが不均一に交じって生育しており(星ほか1997)、ブナハバチFagineura crenativora幼虫による葉食は必ずしも集団的、特定の場所に発生していない(越地ほか 2008)ことを踏まえて、ブナ高木を識別して単木単位で調査を実施している。調査は、毎年7月から9月にかけて、ブナ高木の樹冠部を目視して、ブナ衰弱・枯死に影響が大きいとされるブナハバチ幼虫による葉食の発生(山上ほか 2007)の有無や失葉の規模、樹冠部の葉量や枝先枯れの有無、枯死の発生などを現地で記録しており、2011年度から毎年実施している。
一方、ブナ林のモニタリング調査は、葉食を受け失葉したブナでは8月頃までに再度展葉するため、葉食が概ね終了する7月から1か月程度の期間内という短期間に調査を完了させる必要があることや、調査地の多くはアクセスが悪い主稜線の山頂付近にあるまとまったブナ林に設定していることから、多くの労力・人員を投入する必要があることが課題である。また、地上から調査対象のブナ高木を識別し、目視により樹冠の状況を判定する作業は、樹冠全体の視認性の違いや失葉の規模や樹冠の葉量等が定性的な尺度であることから、調査者による判定誤差がしばしば生じる。調査では、樹冠変化が著しい場合などに写真による記録を行っているが、大半は判定結果の記録のみであり、後日の樹冠状態の確認や判定の再現性に難点がある。このため、ブナ林のモニタリング調査を継続的に実施していくためには、調査の省力化を図りつつ、客観的な方法により判定精度を高め、再現性・記録性も確保でき、定量的な解析も可能とするようなモニタリング方法の開発が求められている。
近年、森林管理の分野での小型無人航空機(Unmanned Aerial Vehicle;以下、UAV)の利用は、機材やセンサーの低価格化も手伝って急速に進んでおり(古田 2020など)、誰もが安価に空中写真を撮影できる環境が整い森林モニタリング調査での活用が広がっている(村上 2018)。また、UAVで撮影したデジタル空中写真を用いて、異なる方向から撮影した複数枚の写真から対象物の3次元構造を復元するSfM(Structure from Motion)技術(Snavely et al. 2008)により作成した3次元モデルの活用も広がっている(Ota et al. 2015)。SfMにより作成した3次元モデルは、レーザー距離計による方法とは異なり、得られた点群は写真の色の属性を持つため、任意の方向からみた写真画像として出力することが可能である。このような森林管理におけるUAVと3次元モデルの活用に関する研究は、人工林・天然林の両方を対象とした「森林分類」、「蓄積量推定」および「インベントリ」の分野(Dainelli et al. 2021)において多種多様な研究が行われており、最近では高解像度や高頻度撮影などUAVの長所を活かした研究へとシフトしている(光田 2021)。そのため、UAVを活用した森林のモニタリング手法は、丹沢山地におけるブナ林のモニタリング調査においても、既存の手法を補完、あるいは代替する技術として活用可能であると考えられる。
丹沢山地におけるブナ林のモニタリング調査のように、多時期・複数年にUAVを活用して高解像度のデジタル空中写真を撮影し、作成したレンズや撮影位置による歪みを補正し地理座標に対応するオルソ画像や3次元モデルから単木を識別して樹冠状態や形状などの変化を追跡するような調査研究においては、経年変化を追跡するために単木単位でモニタリング可能な精度の高い位置情報を有することやオルソ画像や3次元モデルから樹冠の立体的形状や変化が視認できることが求められる。連続した写真から3次元モデルを作成するSfM処理では、座標を求める対象となる樹冠表面上の点は隣接する写真で異同を自動的に同定できたものが使用されるため、写真の質や撮影方向が同定可能な点の数に影響する。写真を撮影する視点の座標や撮影方向はUAVのGPS情報を用いるが、写真に写り込んだ座標が既知の標定点(Ground Control Point;以下GCP)を利用することもできる。しかし、丹沢山地のような山岳地では地上に設置した基準局やネットワークから取得した衛星情報を用いて高い精度の測位を実現する技術であるRTK(Real Time Kinematic)測量を可能とするインターネット接続が困難であるなど、農地や都市近郊林のような位置精度の優れたUAV撮影を行う条件は整っていない。このため山岳地では、高精度の3次元座標を常時得ることができない比較的安価なRTK非搭載のUAVを用いて実施することは難しいのが現状である(宮原・光田 2021)。
一方、近年インターネット接続のない環境でも利用可能な準天頂衛星「みちびき」が送信するセンチメータ級測位補強L6D信号を用いた仮想基準局と2周波の高精度GNSSレシーバーが低価格で入手できるようになり、この機材を用いることにより山岳地でもGCPをセンチメートル級の位置精度で取得することが可能となっている。また、UAVに搭載したカメラのレンズの歪に起因する系統的な誤差を解消するために、適切に配置したGCPの設置に加えて、撮影方法として鉛直下向きに撮影した画像(以下、直下視写真)の他にカメラを傾けた撮影した画像(以下、斜め視写真)を追加することも推奨されており(James and Robson 2014)、斜め視写真の付加は森林樹冠の立体的な形状の把握に効果的であることも確認されている(酒井ほか 2016)。
そこで本研究では、丹沢山地のブナ林を対象として、RTK非搭載のUAV、仮想基準局と2周波の高精度GNSSレシーバーを用いた経年的な樹冠のモニタリング手法の開発を目的とし、GCPの有無、異なる撮影方法や処理品質から得られたそれぞれのオルソ画像や3次元モデルについて視認性、位置精度を比較・評価し、ブナ林のモニタリング調査への利用可能性を検討した。
調査地
ブナハバチ食害発生状況をモニタリングしている神奈川県北西部の丹沢山塊に位置する丹沢山(1,567m)及び蛭ヶ岳(1,673m)の山頂付近において、2021年と2022年の7月下旬以降に、山頂一帯を含む約21haから約40haの範囲でRTK非搭載のUAVを用いてデジタル空中写真撮影を行った(図1)。調査地における高木の樹高はおよそ10mから15mの範囲で、ブナ林のほかにササ草地や樹高5m内外の灌木林などが含まれている。また、撮影を行った2021年と2022年は調査地ではブナハバチ幼虫による目立ったブナ樹冠部での葉食は地上調査からは観察されていない。なお、両調査地では、2011年と2013年及び2015年に比較的大きな失葉が観察されており(谷ほか 2012, 谷・伴野 2016)、その影響で一部のブナ高木には枯死や樹冠の縮小、枯れ枝が露出するものがみられる(付図1)。
撮影機材
使用したUAVはRTK非搭載のMavic2Pro(DJI社)で、後述するソフトウェアを用いて作成した飛行計画により半自動操縦で撮影した。UAVの座標測定は、使用したUAVに搭載されているGPS(Global Positioning System)から取得した。なお、使用したUAVの製品説明には、ホバリング時でのGPSの水平方向と垂直方向の位置精度はそれぞれ±1.5mと±0.5mと示されている。
撮影には標準装備の1インチセンサーを備えたHasselblad社製カメラL1D-20cを使用した。撮影設定条件は、シャッタースピードを1/500程度にし、ISOを300-500程度、Aperture(絞り)を5.0前後に調整し、飛行開始後、撮影高度に達したら、適切なフォーカスに合わせ、フォーカスを固定した。各年の各調査地における撮影機材等の諸元は表1に示すとおりである。
飛行計画の作成
各地点の撮影における飛行計画はUgCS client(SPH Engineering社;以下UgCS)を用いて作成した。本ソフトウェアは、Google Earth上で標準標高モデル(SRTM-4: Shuttle Radar Topography Mission Digital Elevation Data Version4)や外部から取得した標高モデルを基に地形に沿った飛行計画を作成でき、飛行地点の指定やフォトグラメトリー機能を持つ。
作成した飛行ルートは、地上解像度を2cm/pixelとし、地形に対して撮影高度が一定となるよう対地高度を76.8mに設定した。撮影方法は、①カメラレンズを鉛直真下に向けた北向きに平行往復して撮影した直下視写真と、②カメラレンズを真下から前方20°あるいは30°に傾け、北向きに対して45°、135°、225°、315°の4方向に平行往復して撮影した斜め視写真を取得した。なお、SfM処理を前提として森林を撮影する場合の前後オーバーラップ率とサイドオーバーラップ率は地形や森林の樹冠形状が複雑であることを考慮して、ラップ率を90%以上とすることが推奨されている(青木・米 2020)。本研究では、この知見を念頭に置きつつ、撮影枚数の増加による飛行時間の延伸を避けるため、直下視写真ではそれぞれのラップ率を地盤高に対して80%以上と60%以上とした。なお、撮影地点のブナ林の樹高は概ね10mから15mであり撮影時の対地撮影高度は100m前後であったので、樹冠表面でのラップ率はやや減少している。また、斜め視写真については、通常の直下視平行撮影の5%程度の少数枚、15~30°傾けて撮った画像を含めるだけでドーム状変形などの非線形系統誤差を解消できるとの知見(神野有生・宮﨑真弘・八田滉平・福元和真「UAV写真測量のSfMにおける 斜め撮影の導入に関する 基礎的シミュレーション」https://ds.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~kanno/pdf/7-1.slide_JSPRS_181108.pdf, 2023年12月25日確認)を踏まえて、オーバーラップ率とサイドオーバーラップ率を地盤高に対して撮影方向に沿ってそれぞれ40%程度と30%程度とした。
また、飛行計画に使用した地形データは、2021年は両調査地ともUgCSのデフォルト設定値のSRTM-4(90mグリッド標高値)を、2022年は蛭ヶ岳では国土交通省航空レーザー測量データ(9mグリッド標高値)を、丹沢山では国土交通省航空レーザー測量データ(0.9mグリッド標高値)を使用した。
撮影はUgCSで作成した飛行計画に基づく飛行ミッションファイルをアンドロイドOS搭載のインテリジェント送信機に読み込ませ、送信機単体でUAVの飛行を制御できるLocalモードを使用して、直下視撮影から4方向の斜め視撮影を順に行う形で別々に行い、撮影画像を管理した。各撮影では、離陸後に撮影高度に到達後、一旦ホバリングさせて画像を確認して手動で焦点を合わせ、焦点距離を固定し、その後は自動操作により撮影を続けた。なお、撮影した各写真には雲や霧などの映り込みがあった場合は、再度撮影を実施した。
GCPと検証点の設置
UAVで撮影した2か所の調査地内の上空が開けた場所にGCPをそれぞれ6地点設置した。加えて、撮影範囲内にある上空から容易に確認できる登山道の階段やベンチなどの固定地物の一角を検証点とし、丹沢山では5地点、蛭ヶ岳には7地点を設定した(図1)。これらGCPと検証点のx、y方向の中心座標は、2周波RTK搭載GNSSレシーバーDG-PRO1RWS(ビズステーション(株)社)と現地に置いた準天頂衛星「みちびき」のL6D信号を用いる仮想基準局(VRSC;ビズステーション(株)社)を連動させたPPP(Precise Point Positioning)- RTK方式により取得した。なお、この方法で得た標高値の精度がやや劣ることを事前に確認したため、国土地理院航空レーザー測量成果を用いてDEM(約1m間隔)値を作成し、それぞれのGCPおよび検証点の緯経度値に対応した標高値をGIS上で求めた。
SfM処理による高密度点群とオルソ画像の作成
UAVで得られた画像処理にはMetashape Professional(Version 1.6.5、Agisoft社、以下Metashape)を用いた。本研究ではこのソフトウェアの標準的な一連の処理の、UAV空撮写真の読み込み、撮影した写真の位置関係を並べ直して位置を解析する位置合わせ(アライメント)、複数の写真間でマッチングできた特徴点であるタイポイントの生成、3Dオブジェクトの形状や表面の細部を精細に表現できる3次元空間の密度が高い点の集合である高密度点群の生成、DEM生成までをメニューに沿って実行し、SfM技術により生成する高密度点群を求めたDEMの情報からオルソ画像を作成した。オルソ画像について高密度点群から求めたDEMを利用して作成するのは低い高度から立体的な構造を持つ林冠を撮影した場合に撮影位置による歪みを補正する必要があるためである。各検討におけるSfM処理におけるタイポイント生成時のキーポイントとタイポイント制限は、ユーザーマニュアル(クウサツドット・コム株式会社 2020)等を参考にして、それぞれ40,000と4,000に設定した。レンズ歪に関するカメラパラメータの設定に関しては、センサー面へのレンズ光軸の座標値のcxとcy、放射状歪係数のk1からk4、接線方向の歪係数であるp1とp2についてMetashapeが撮影写真のEXIFの値に基づいて自動的に推定した値を使用した。また、座標設定での座標系はWGS84、計測精度はカメラ精度xを10m、マーカー精度とスケールバー精度は0.005mと0.001m、キャプチャー距離は78.6mに設定した。
また、SfM処理品質の違いによる高密度点群、オルソ画像の評価を行うために、丹沢山調査地で2021年度に撮影した直下視写真のみを使用してSfM処理の品質(タイポイント精度‐高密度点群)を「最高-最高」で実行した場合と同じく品質を「低-低」で実行した場合、直下視写真に斜め視写真を加えてSfM処理の品質を「最高-最高」で実行した場合、同じく品質を「低-低」で実行した場合の4パターンで高密度点群画像とカラーオルソ画像を作成した。
解析に使用したPCのスペックはCPUがIntel®CoreTMi9-10850Kプロセッサー、GPUがGeForceRTX3090(NVIDIA Corporation)で、メモリは128GBである。
視認性の評価
視認性の評価は、丹沢山の山頂付近のブナ林において、林分スケールを想定した概ね50m×50mの範囲を1か所、単木スケールを想定した概ね10m×10mの範囲を樹冠欠損のほとんどない高木、上部に枝が多く露出した樹冠を持つ高木を含む場所をそれぞれ1か所選定し、使用写真と4パターンの異なるSfM処理品質で作成した画像から上空から直下視したオルソ画像と、南側から北側に向けて約30°の俯角で描いた高密度点群画像を抽出して、樹冠形状や樹冠欠損の有無、枝が露出した高木の視認性を比較した。なお、本研究では、この視認性は二次元カラー画像あるいは立体カラー画像においてブナ高木の樹冠の形状や構成要素が視覚的に容易に識別・理解できる程度と定義した。
位置精度の評価
1) 位置精度の検証方法作成したオルソ画像内のGCP及び検証点の座標値とGNSSで測定したGCPの座標値を比較し、水平誤差と3次元誤差の観点から、空間座標の平均2乗誤差であるRMSE(Root Mean Square Error;平均平方二乗誤差)を水平(xy)方向と3次元(xyz)方向で求めて位置精度を検証した。このGCPを使用した処理でのRMSE誤差値は、Metashapeの処理結果をまとめて出力する機能(レポート出力機能)にGCP及び検証点とのxy方向、xyz方向のRMSE誤差値が示されるので、その値を位置精度とした。なお、このRMSEは座標を求めた3次元点群についてモデル内での矛盾の大きさを表すものであり、正しい地理座標とのずれを示すものではない。一方、GCPを使用しない処理での位置精度に関しては、GNSSで測定したGCP及び検証点の座標値と、オルソ画像に写っているそれぞれの標識の座標位置に対してそれぞれGIS上(ArcGIS Pro;ESRI社)を用いて0.01mオーダーで計測し、それぞれの位置座標に対するRMSE値を算出した。
加えて使用写真及びGCP使用の有無が位置精度に及ぼす影響について、2021年の撮影写真から作成したオルソ画像の検証点のxyz方向の誤差をGCPと検証点の配置と関係づけた分析を行った。具体的には、横軸に各検証点の最近接GCPからの距離を取り、縦軸に検証点の密度を取った棒グラフを作成した、それぞれの最近接GCP地点にある検証点の座標誤差を同じ横軸を利用する形で、まとめて1枚の図として描いた。そして、この図と図1に示した各調査地のGCPと検証点の配置図により両調査地における検証点の配置や密度、GCPとの位置関係を評価した。また、検証点の配置や密度、GCPと検証点との位置関係が、使用写真及びGCP使用の有無を変えた場合にそれぞれの座標誤差にどのように影響しているかも併せて比較検討した。
2) 使用写真とGCP使用の組み合わせによる比較2021年の撮影写真を用いて、空中写真の撮影方法とGCP使用の有無がSfM処理により作成したオルソ画像の位置精度にどう影響するかを検討した。この検討では、直下視写真のみを使用した場合と、これに加えて斜め視写真を組み合わせた場合の2種類と、タイポイント生成後の位置合わせの処理でGCP座標値を用いて補正せずUAV搭載のRTKより精度が低いGPSのみから取得した写真位置情報による場合と、PPP-RTKで測位した精度の良いGCPを使用して写真位置の補正を行った場合の2種類の合計4パターンの処理によって高密度点群を生成しカラーオルソ画像を作成した。なお、この処理におけるSfM処理の品質は、アライメント精度と高密度点群品質のいずれも「最高」に設定した。
3) 空中写真撮影時の地形標高グリッドサイズによる比較ここでは、2021年と2022年に両調査地で90m、9m、0.9mの3種類の地形標高グリッドサイズで飛行計画を撮影した写真を用いた。そして、この3パターンの撮影により得た直下視写真のみを使用した場合と、同じく直下視写真に加えて斜め視写真を組み合わせて使用した場合のSfM処理し、オルソ画像における標定点に対するxy方向及びxyz方向のRMSE値を比較した。なお、ここでは、いずれもの処理でも後述の結果で示すようにGCPの使用がオルソ画像の位置精度向上に大きく寄与したことを受けて、GCP座標値を用いてタイポイント位置を補正している。また、一連のSfM処理では、前項同様、アライメント精度と点群品質をいずれも「最高」に設定した。
4) SfM処理品質による比較ここでは、2022年に取得した両調査地の直下視写真と斜め視写真の両方を使用し、タイポイント精度と高密度点群品質を同じ「最高-最高」、「中-中」、「低-低」の3段階で組み合わせて、GCPを使用してSfM処理を実行し、標定点に対するxy方向及びxyz方向のRMSE値を比較した。
オ オルソ画像の位置精度に影響する因子の評価
以上で検討した使用写真の種類、GCP使用の有無、地形標高グリッドサイズ、SfM処理品質がオルソ画像の位置精度に及ぼす影響を総合的に評価するため、これらの要素を説明変数とし、標定点に対するxy方向及びxyz方向のRMSE値を目的変数とした一般線形化モデルを作成した。
統計解析
SfM処理で直下視写真のみと斜め視写真を加えた場合、同じくGCP使用の有無による、GCP及び検証点の位置に対するxy方向及び、xyz方向のRMSE誤差値の比較ではクラスカル・ウォリス検定を、SfM処理品質による位置精度の比較ではフリードマン検定を用いた。
一般線形化モデルの選択はAIC(Akaike's Information Criterion;赤池情報量規準)を用い、最もAICの値が小さな変数の組合せをベストモデルとし、併せてAICの差が2以内のモデルも探索し、それぞれの式における有意な変数とその係数を示した。
なお、すべての統計解析の有意水準は5%未満としp値を示した。以上の統計解析には、統計パッケージR(R Core Team 2021)を用いた。
結 果
UAVで撮影した空中写真
各調査地における飛行撮影結果を表2に示した。撮影日は天候その他の撮影条件が整った梅雨明け後でブナハバチ幼虫による葉食が完了している時期とし、2021年は丹沢山が7月25日、蛭ヶ岳は8月6日に、2022年は丹沢山が7月25日、蛭ヶ岳は8月2日に実施した。なお、直下視写真と4方向の斜め視写真は原則同日に撮影を完了させた。
各調査地における撮影は地上解像度を2 cm/pixelとした飛行計画を使用したが、使用したソフトウエェアで設定したパラメータに応じてSfM処理して得たオルソ画像の地上解像度は、使用画像やSfM処理の品質により若干異なり、丹沢山では1.85-2.4cm/pixel、蛭ヶ岳では1.96-2.68cm/pixelとなった
SfM処理品質による視認性の違い
2021年に丹沢山で撮影した写真を用いて使用写真とSfM処理の品質を変えて4パターンで作成したオルソ画像から抽出した概ね50m×50mの範囲にある林冠部の画像(図2上段)を比較すると、林冠の連なりや林冠ギャップ位置の確認、枝が露出した樹冠の個体の識別はいずれの画像でも可能で、高木毎の樹冠外周、境界の視認性には大きな差異は認められなかった。しかし、樹冠が重なっている部分の境界の正確な区別はオルソ画像のみでは難しかった。さらに、樹冠部分の色調及び肌理を比較すると、高品質のSfM処理で作成した画像のほうが精密に再現されていたが、林冠の連なりや林冠ギャップ位置の確認、枝が目立って露出した樹冠を持った高木の識別には大きな差異は見られなかった。次に、4パターンで作成した高密度点群画像から抽出した画像(図2右)を比較すると、直下視写真のみで作成した画像には画素が欠損する箇所が生じていた。対して、直下視写真と斜め視写真により作成した画像では、画素の欠損は見られず、林冠の立体的な構造がより明瞭に視認でき、高品質のSfM処理で樹冠の色調や肌理などと併せることで単木の樹冠の視認性がより明瞭であった。なお、このスケールでは枝が目立って露出した樹冠を持つ高木については、4パターンのいずれの高密度点群画像においての視認性に大きな差異はみられなかった。
続いて、同じく4パターンで作成した概ね10m×10m範囲のほぼ欠損のない樹冠、枝が目立って露出した樹冠が映り込んだ高木を抽出した画像は図3に示すとおりである。枝が目立って露出した樹冠は4パターンで作成したオルソ画像間には大きな違いはなく、いずれも枝の露出部分や葉の部分が良く視認できる画像が作成できていた。また、ほぼ欠損がない樹冠部分に関しても、いずれのパターンでも部分的な枝の露出や樹冠の大まかな形状が視認できる画像が作成できていた。高密度点群画像から抽出した画像に関しては、2種類の異なる樹冠形状を持った高木での画像の見え方は処理パターンによって大きく異なっていた。カラーオルソ画像で視認できたような特徴は、直下視写真と斜め視写真を使用し高品質でSfM処理して作成した画像で最も良く視認でき、枝が目立って露出した樹冠部分では枝や葉が残っている部分が識別できた。また、欠損の少ない樹冠部分に関しても、樹冠が立体的に視認でき、隣接木の樹冠境界もある程度視認できる画像が作成できていた。直下視写真のみを使用し高品質でSfM処理した画像で、このような樹冠が持つ特徴に関する視認性が減少しており、枝が目立って露出した樹冠については枝や残されている葉のある部分の画像が粗く、その識別が難しい画像となっていた。また、欠損の少ない樹冠部分については、画素の欠損部分が目立つ3次元構造の視認性が低い画像が作成されていた。さらに、直下視写真と斜め視写真を使用しSfM処理の品質を「低」に下げた場合では、画素密度が少ない全体にぼんやりと樹冠あるいは枝が視認できる3次元画像が作成されており、立体形状の視認はほとんど困難であった。また、直下視写真のみを使用しSfM処理の品質を「低」で作成した画像は、画素の密度が少なく立体的形状は全く視認できない画像であった。
なお、比較した4パターンで作成した高密度点群のポイント数の密度を比較すると、直下視写真と斜め視写真使用して高品質でSfM処理した場合が、同じく直下視写真だけを使用した場合に比べて40%以上大きかった(表3)。また、SfM処理品質を変えた場合では「最高」品質が94,332/m2(=22.56/cm2)に対して「低」品質では1,045/m2(=0.1/cm2)に大幅に減少していた(表3)。
使用写真、GCP補正及びSfM処理品質を変えて作成したオルソ画像の位置精度の比較
1) 使用写真とGCP使用による位置精度の比較図4に2021年に撮影した写真から使用写真とGCP使用の有無を変えて4パターンで作成したオルソ画像からGCP付近の画像を抽出して、2周波GNSSで測位したGCP座標点(◎)との位置関係を示した。オルソ画像上で視認した対空標識の画像位置とGCPを実測した座標点との乖離が最も小さかったのは、両調査地とも直下視写真と斜め視写真を使用しGCPで空間座標補正を行った場合である。蛭ヶ岳では全ての対空標識の画像上にGCP座標点が重なっており、丹沢山でもGCPは1m以内の乖離であった。次に乖離が小さかったのは、直下視画像のみを使用しGCPによる補正処理を実行して作成した画像で、丹沢山のNo.6-GCPを除いた地点で画像に示された対空標識はGCP座標点の至近に位置していた。対して、対空標識画像とGCP座標との乖離が大きかったのは、直下視画像のみを使用しGCPによる位置補正をせずに作成した場合で、蛭ヶ岳の画像は1地点を除いて他は直線距離で5m以上離れた地点に対空標識の画像が示されていた。一方、丹沢山では蛭ヶ岳よりも乖離は小さいが、他のパターンで作成した画像と比較すると乖離が大きく、ほとんどの地点が直線距離で1m以上離れていた。
2021年の撮影写真を用いてGCPを使用してSfM処理を最高品質として、直下視写真と斜め視写真を用いた場合と、直下視写真のみを用いた場合でのオルソ画像における対空標識とGCP座標値との間のxyz方向のRMSE値は丹沢山では0.14mと0.36m、蛭ヶ岳が0.19mと0.01mであり、有意差は確認できなかった。また、検証点に対するRMSE値は丹沢山では0.19mと0.40m、蛭ヶ岳は0.65mと0.47mで、使用写真の種類による有意差はなかった。なお、標高グリッドサイズを変えた飛行計画で撮影した2022年写真を加えた場合も、標定点に対するxyz方向のRMSE値には有意差は認められなかった(対空標識:p=0.78、検証点:p=0.88)。一方、GCPを使用しなかった場合で比較すると、対空標識に対するRMSE値は丹沢山では直下視写真と斜め視写真を使用した場合は1.6m、直下視写真のみの場合が1.89mと差が小さかったのに対して、蛭ヶ岳では同じく0.74mと3.18mと差が大きかったが、使用写真による有意差は確認できなかった(p=0.12)。また、検証点に対しても丹沢山が0.40mと0.55m、蛭ヶ岳が0.71mと3.32mで直下視写真のみの場合にやや大きかったが、使用写真による有意差は確認できなかった(p=0.43)。
GCP使用の有無で比較した場合は、使用しない場合より対空標識に対するRMSE値は有意に大きかったが(p<0.02)、検証点に対してのRMSE値では有意差を確認できなかった(p=0.19)。
なお、今回の撮影で設定したGCPと検証点の位置は図1に示したとおり、地形その他の理由から丹沢山では撮影範囲の南西部分にまとまって配置し、蛭ヶ岳では撮影範囲の中央部分に東西方向に配置されている。このような配置を念頭にGCPと検証点の位置関係を分析した結果は、GCPと検証点の間のxy方向の最短距離はほとんどの地点が50m以内であり、その間隔距離が短いほど検証点密度が高く、その傾向は丹沢山で顕著であったことがわかる(図5)。また、GCPを使用して作成したオルソ画像では、直下視写真と斜め視写真を使用した場合、直下視写真のみを使用した場合のいずれでも検証点のxyz方向の位置誤差は大半が0.5m以下であったが、検証点とGCPが接近する場所ほど検証点での位置誤差が良くなるような傾向は確認できなかった。また、蛭ヶ岳で全体にばらつきが大きいのに対して、丹沢山では検証点からGCPの距離が遠くなるほど検証点での位置誤差が低下する傾向がみられる。一方、GCPを使用しなかった場合では、両調査地ともに、使用写真の種類によって誤差値は異なるがGCPと検証点と距離や検証点密度に関わらず概ね同じ誤差範囲であった。なお、検証点での位置誤差については、丹沢山では直下視のみ使用した場合も斜め視写真を加えた場合にも1m以内の誤差であった。対して、蛭ヶ岳では直下視と斜め視写真を使用した場合の誤差は1m以内であったが、直下視のみを使用した場合は3m以上の誤差であり有意に大きい値であった(p=0.01)。
2) 地形標高グリッドサイズによるオルソ画像の位置精度の比較撮影計画作成時に使用した地形標高グリッドサイズの違いによるGCPに対する位置精度を、GCP使用した場合の処理で比較すると、90m標高グリッドを使用した場合、9m標高グリッドあるいは0.9m標高グリッドを使用した場合で、GCPに対するRMSE値には有意な違いはみられなかった(XY方向;p=0.06、XYZ方向p=0.07)。また、検証点に対するRMSE値でも同様に有意な違いはなかった(XY方向;p=0.18、XYZ方向;p=0.13)。
3) SfM処理品質による位置精度の比較2022年の撮影写真を用いて低、中、最高品質の3種類の異なるSfM処理を行った場合の対空標識位置に対するRMSE値間には、XY方向及びXYZ方向のいずれにも有意な差は認められなかった(XY方向;p=0.22、XYZ方向;p=0.61)。
4) オルソ画像の位置精度に関する一般線形化モデルの結果使用写真の種類、GCP使用の有無、地形標高グリッドサイズ、SfM処理品質を説明変数とし、オルソ画像のxy方向及びxyz方向における標定点に対するRMSE値を被説明変数とした一般線形化モデルにおいて、ベストモデルとして選択された変数とそれぞれの係数値及び有意水準を表4に示した。表に示すように、位置精度に有意な影響が認められたのはGCP及び斜め視写真の使用で、飛行計画策定時の標高地形密度及びSfM処理の品質は、標定点に対する位置精度に対して有意な寄与がないことが示された。なお、ベストモデルとAICの差が2以内のモデルはなかった。
RTK非搭載のUAVを地表面に対して概ね一定の高度を保つように飛行させ、カメラの焦点距離を固定してオーバーラップ率とサイドラップ率をそれぞれ80%以上と60%以上で直下視写真と、カメラレンズを下向き前方20°あるいは30°に傾けオーバーラップ率とサイドラップ率をそれぞれ40%程度と30%程度の斜め視写真を、地上解像度を2cm/pixelに設定して撮影した写真を使用してSfM処理を実行しオルソ画像と3次元モデルを作成した。
視認性に関しては、山岳地のブナ林で樹冠欠損や枝露出といった個別の高木が持つ樹冠の特徴の視認が可能なオルソ画像が作成できることを示した。特に、直下視と斜め視の写真を使用してタイポイント精度と高密度クラウド生成の品質を最高に設定してSfM処理することで、樹冠形状や特徴に関して視認性の優れたオルソ画像に加えて、その立体的な視認性が良い3次元モデルが作成できることを示した。このような結果は、樹冠形状が比較的均一で規則的な分布を持つ針葉樹壮齢林においてUAVで撮影した写真を用いて森林樹冠の立体構造の視認性が良いオルソ画像を作成する際には直下視写真に加えて斜め視写真を使用することが高密度点群の密度を増加させ欠損部分の減少に有効であるとの知見(酒井ほか 2016)を、不規則な樹冠形状と不規則な分布を持つブナ林でも当てはまることを確認したものと位置づけることができる。また、本研究の目的であるブナ林のモニタリング調査の補完・代替の観点では、高木上部の樹冠の形状や欠損の有無、枝の露出などのブナハバチ幼虫による葉食の影響を視認することが可能であることを示しており、求められる要件を満たすことが充分できる結果だと考えられた。特に、地上から見上げる形での視認が難しい樹冠上部での樹冠の部分的な欠損や枝の露出が良く視認できることは、客観的判定や判定精度の向上、再現性・記録性の確保等への寄与が大いに期待できる。
次に位置精度に関しては、本研究において確認した最も視認性が優れていた直下視写真と斜め視写真によりGCPを使用してSfM処理によって作成したオルソ画像の場合、座標既知の検証点に対して0.3m内外の位置精度であった。また、地形標高グリッドサイズの位置精度への影響は確認できなかった。これは、ブナ林の樹冠表面形状が不均一かつ複雑で、地形も複雑であるため、UAVが地形標高に詳細に沿って飛行し撮影できないためと考えられ、地形標高グリッドサイズはあまり細かくする必要性が低いことを示唆している。
オルソ画像の位置精度へのGCPと使用写真の寄与は、斜め視写真を追加した場合よりGCPを使用するほうが大きいことが明らかになった。これは、今回のRTK非搭載のUAVを使用した撮影写真のSfM処理では、UAVに搭載した位置精度が劣るGPSで得られる撮影写真位置の空間座標を精度が優れた精度の良いGCP情報によって補正するSfM処理が、斜め視写真に期待される搭載カメラのレンズの歪に起因する系統的な誤差解消効果(James and Robson 2014)を上回っていたことを示唆している。ただし、この結果は、調査地とした丹沢山地では地形が複雑であり、対地高度を固定した撮影においてもRTK非搭載のUAVでは撮影する写真の撮影位置に誤差が生じることや、搭載カメラのレンズの歪に起因する誤差精度の低下を防ぐためのレンズキャリブレーションを事前に行いパラメータ値を固定したSfM解析(例:青木・米2020)を実施していないことの影響なども加味した評価が今後必要であると考えられる。また、本研究ではGCPと検証点が接近し撮影範囲の中心等に集中し全体にバランスよく配置できておらず、 GCPから離れた場所での点群の地理座標精度の評価については課題が残されている。
蛭ヶ岳で1990年代末に作成された樹冠投影図(星ほか1977)に基づくと、ブナの平均的な樹冠幅は10m前後で、最大では15.0m、最小で2.3mである。なお、丹沢山に含まれる場所での樹冠サイズの測定データはないが、星ほか(1977)が丹沢山調査地の東側1200m付近に位置するブナ林で同じ時期に描いた樹冠投影図では蛭ヶ岳より若干小さい樹冠サイズを示している。調査地での高木の平均樹冠幅が10m前後で、最小樹冠幅が3m前後あることを念頭に置くと、異なる時点で同様な方法で作成した画像の樹冠位置のズレは最大でも前後左右に0.5m程度しか生じないため、同一個体は容易に特定でき、既存の個体を識別した地上調査の結果も活用した比較評価が可能であることを示唆している。また、この位置精度を持つ画像であれば、ブナハバチ幼虫の激しい葉食によってほぼすべての葉が消失して枝だけが目立つようになった場合でも容易かつ正確に同一の高木の特定が可能と考えられる。さらに、展葉や落葉段階や落葉後の同一高木の識別にも支障がなく、画像の色属性も利用するかたちでフェノロジー調査にも活用できる位置精度である。さらに0.3m内外の良好な空間座標精度と色属性を併せ持つ3次元の表面(点群、面情報)モデルは、林分スケールでも葉食等による樹冠損失などで樹冠部分の高さが変化した範囲を示す林冠高維持領域、林冠高上昇領域の抽出、林冠消失領域の特定を可能とするような林冠全体の表面モデル作成を可能とする。また、このモデルに現地でのモニタリング情報とも突き合わせたブナハバチによる被食域を表示した林冠被食領域などの3次元地図を重ねた数値画像へと拡張することも可能となる。このような数値画像は、画像視認による定性的な評価に定量的変化の情報を加味でき、食害影響の解析の高度化に寄与すると考えられる。
以上、本報告で示したRTK非搭載のUAV、仮想基準局と2周波の高精度GNSSレシーバーを用いてオルソ画像と3次元モデルを作成する方法は、レンズキャリブレーション設定等の画像の処理手法及び標定点の配置に課題は残されているが、単木レベルの樹冠形状の特徴的変化を経年的に比較することが可能であると考えられた。
調査位置図(左).丹沢山調査地(右上)と蛭ヶ岳調査地(右下)の撮影範囲及びGCPの位置。注:赤点線枠:撮影範囲、◎:対空標識、△:検証点を示す。数字は対空標識の番号、□で囲った数字は検証点の番号を示す。
2022年に丹沢山調査地で撮影した写真を用いて使用写真の種類とSfM処理品質を変えて作成したカラーオルソ画像と高密度点群画像の林分スケールでの比較。注1:使用写真とSfM処理品質を4パターンで組み合わせて作成した画像から、典型的な樹冠状態の場所を選んで同じ約50m×50mの範囲を抽出した画像で、上段がカラーオルソ画像、下段に高密度点群画像を示した。
注2:赤線の〇で囲った樹冠が図3で示した典型的な樹冠状態の高木(実線)と樹冠上部に枝が露出している高木(点線)。
2022年に丹沢山調査地で撮影した写真を用いて使用写真の種類とSfM処理品質を変えて作成したカラーオルソ画像と高密度点群画像の単木スケールでの比較。 注:図2で使用した4パターンの組み合わせで作成した画像から、典型的な樹冠状態の高木(図2の赤実線で囲った場所)と樹冠上部に枝が露出している高木(図2の赤点線で囲った場所)を選んでほぼ同じ約10m×10mの範囲を抽出した画像で、それぞれ左がカラーオルソ画像、右側が高密度点群画像を組み合わせて示した。
UgCSのデフォルト地形標高サイズで撮影した2021年写真を用いて作成したオルソ画像に示された対空標識と二周波GNSSで測定した対空標識の座標位置の比較。注:調査地別に使用写真の種類、SfM処理でのGCP使用の有無の4パターンの組み合わせについて、No2、No4、No6地点のGCP付近のオルソ画像を示した。赤二重丸(◎)はGNSSで測位したGCP(対空標識)座標の位置。
UgCSのデフォルト地形標高サイズで撮影した2021年写真を用いて作成したオルソ画像の検証点における位置精度の比較。注1:調査地別に使用写真の種類、SfM処理でのGCP使用の有無の4パターンの組み合わせについて、各検証点から最近隣GCPの範囲内の検証点密度、各検証点におけるxyz方向のRMSE値を、検証点から最近林GCPまでの距離(m)を横軸にとり描いた。なお、棒グラフは検証点密度(点/ha)を示しY軸は左側。散布グラフはxyz誤差(m)で、△は直下視写真と斜め視写真を画像により作成したオルソ画像の検証点に対する誤差、〇は直下視画像のみで作成した誤差を示しY軸は右側。注2:左が丹沢山調査地、右は蛭ヶ岳調査地の結果を示すグラフ。上段がGCP補正なしの場合、下段がGCPを使用して補正した場合のグラフを示す。
空撮に使用した機材、飛行計画の諸元
撮影年度 | 2021 | 2022 | ||
---|---|---|---|---|
調査地 | 丹沢山 | 蛭ヶ岳 | 丹沢山 | 蛭ヶ岳 |
撮影計画作成ソフト | UgCS_client (SPH Engineering社) | |||
地表標高グリッドサイズ | 90m | 0.9m | 9m | |
撮影画像種類 |
平行垂直撮影(北向き0度方向) +斜め往復撮影(45度、135度、225度、315度方向) |
|||
使用UAV | Mavic2 Pro(DJI社)RTK非搭載 | |||
カメラモデル | L1D-20c (10.26mm) | |||
解像度 | 5472 x 3648 | |||
焦点距離 mm | 10.26 | |||
ピクセルサイズ | 2.41 x 2.41 | |||
送信機 | DJIスマート送信機(DJI社製) |
検討に用いた空中写真撮影の実施日、撮影面積、写真区分別の撮影時間及び撮影枚数。撮影時間にはUAVバッテリー交換等が含まれている。撮影した画像の一部はSfM処理の過程で、画像品質やアライメント処理などで使用しなかった写真もある。
撮影年度 | 調査地 | 撮影面積 (ha) | 撮影日 | 撮影写真 | 撮影時間 | 撮影枚数 |
---|---|---|---|---|---|---|
2021 | 丹沢山 | 23.7 | 2021/8/5 | 直下視 | 08:09-08:20 | 281 |
斜め視 | 08:31-09:08 | 476 | ||||
蛭ヶ岳 | 30.3 | 2021/8/6 | 直下視 | 09:03-09:13 | 257 | |
斜め視 | 08:27-08:59 | 666 | ||||
2022 | 丹沢山 | 21.1 | 2022/7/25 | 直下視 | 08:42-08:50 | 319 |
斜め視 | 08:53-09:26 | 521 | ||||
蛭ヶ岳 | 40.4 | 2022/8/2 | 直下視 | 10:56-11:56, 12:30-12:41 | 325 | |
斜め視 | 12:08-12:24 | 1,477 |
SfM処理における使用写真、GCP補正、地形標高グリッドサイズおよびSfM処理品質によるGCP及び検証点の位置精度及び高密度点群密度の比較
調査地 | 撮影年 | 使用画像の種類 | GCPの使用 |
地形標高 グリッド サイズ(m) |
SfM処理品質 | GCP_ RMSE (m) | 検証点_ RMSE (m) | 点群密度 | |||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
xy | xyz | xy | xyz | (/m2) | |||||||
丹沢山 | 2021 | 直下視+斜め視 | あり | 90 | 最高-最高 | 0.14 | 0.14 | 0.19 | 0.19 | 112,423 | |
直下視のみ | あり | 90 | 最高-最高 | 0.36 | 0.36 | 0.39 | 0.40 | 65,548 | |||
直下視+斜め視 | なし | 90 | 最高-最高 | 1.67 | 1.60 | 0.47 | 0.40 | 9,767 | |||
直下視のみ | なし | 90 | 最高-最高 | 2.08 | 1.89 | 0.65 | 0.55 | 6,630 | |||
2022 | 直下視+斜め視 | あり | 0.9 | 最高-最高 | 0.30 | 0.30 | 0.39 | 0.40 | 94,332 | ||
直下視+斜め視 | あり | 0.9 | 中-中 | 0.21 | 0.22 | 0.32 | 0.35 | 5,048 | |||
直下視+斜め視 | あり | 0.9 | 低-低 | 0.52 | 0.53 | 0.05 | 0.05 | 1,045 | |||
直下視のみ | あり | 0.9 | 最高-最高 | 0.21 | 0.22 | 0.36 | 0.39 | 50,353 | |||
蛭ヶ岳 | 2021 | 直下視+斜め視 | あり | 90 | 最高-最高 | 0.05 | 0.19 | 0.05 | 0.65 | 58,830 | |
直下視のみ | あり | 90 | 最高-最高 | 0.06 | 0.01 | 0.06 | 0.47 | 40,968 | |||
直下視+斜め視 | なし | 90 | 最高-最高 | 0.08 | 0.74 | 0.87 | 0.71 | 6,210 | |||
直下視のみ | なし | 90 | 最高-最高 | 3.8 | 3.18 | 3.93 | 3.32 | 5,172 | |||
2022 | 直下視+斜め視 | あり | 9.0 | 最高-最高 | 0.08 | 0.11 | 0.08 | 0.21 | 225,396 | ||
直下視+斜め視 | あり | 9.0 | 中-中 | 0.06 | 0.18 | 0.08 | 0.17 | 8,532 | |||
直下視+斜め視 | あり | 9.0 | 低-低 | 0.06 | 0.16 | 0.11 | 0.25 | 1,937 | |||
直下視のみ | あり | 9.0 | 最高-最高 | 0.05 | 0.08 | 0.07 | 0.17 | 99,033 |
XY方向及びXYZ方向の位置精度(RMSE)に関する使用画像、地表標高グリッドサイズ、GCP使用及びSfM処理品質を説明変数とした場合の一般化線形モデル。説明変数に付記した***、**、*はp値水準(0.001、0.01、 0.05)を示す。
モデル | XY方向 | XYZ方向 | ||
---|---|---|---|---|
切片 | 0.5259 | ** | 0.5185 | ** |
斜め視写真あり | -0.4833 | * | -0.4180 | * |
GCPなし | 1.4145 | *** | 1.2517 | *** |
AIC | 78.033 | 71.347 |