Article ID: 2410
2030年までの生物多様性の回復基調の実現を目指した新たな国際目標の決議によって、生物多様性の測定と定量的評価が世界的にも重要なテーマとなっている。本研究では、生物群集の「ネスト構造」に注目して選定した指標種の記録から、任意のサイトの生息環境の良好さの程度を評価できる手法を開発した。指標種の選定には全国で実施されているモニタリングサイト1000里地調査のデータを用いた。指標種の選定にあたっては、調査で記録された生物群集の種組成に「ネスト構造」があることを検証した上で、全国的な出現頻度に基づき指標種を選定した。また、記録される全種数との関係性の強さや分布の広さ、生態系タイプのバランスなどを基準に候補を選定した。その結果、専門家の判断を経て植物54種、鳥37種、チョウ22種を選定した。別のデータセットを用いた検証の結果からは、各調査地で記録できる指標種の種数と全種数および、指標種の希少度(全国での出現頻度の逆数の平均値)と絶滅危惧種数との間に有意な正の相関が認められた。ただし、選定した指標種の全種数・絶滅危惧種数への説明力は、ランダムに指標種を選定した場合の平均値と大きな差はなかった。生物多様性の定量的評価という視点からは最も優れている指標種セットではないものの、全種を調査するような従来の方法よりも少ない労力・専門性で、比較的広い地理的範囲・生態系タイプにおいてサイトの生態系の状態をある程度評価できる手法を開発できた。地域内での保全重要地域の把握や、保護区やOECMのモニタリングなどにも活用できるため、地域単位でのネイチャーポジティブの実現に資すると考えられる。
With the new global goal to achieve a recovery of biodiversity by 2030, the measurement and quantitative evaluation of biodiversity has become an important topic. In this study, we developed a method to evaluate the degree of habitat quality at a given site based on records of indicator species selected by focusing on the “nestedness” of the species assemblage. We used data from the Monitoring Site 1000 Satoyama Surveys conducted throughout Japan. In selecting indicator species, we verified that there is nestedness in the species composition, and then selected indicator species based on their frequency of occurrence throughout Japan. Candidates were selected based on criteria such as the strength of their relationship to the total number of species, their range of distribution, and the balance of ecosystem types. Finally, we selected 54 plant species, 37 bird species, and 22 butterfly species through expert judging by specialists from each taxon. The validation test using datasets from different study sites showed significant positive correlations between the number of indicator species and total number of species at each study site, as well as between the rarity index (expressed as the average of the inverse of its national frequency of occurrence of each indicator species) and the number of endangered species. However, the explanatory power of the selected indicator species to the total number of species and endangered species did not differ significantly from the average value when indicator species were selected randomly. Although these indicator species are not the best set for assessing biodiversity quantitatively, we were able to develop a method to assess the ecological status of each site, which can be used over a relatively large geographic range and ecosystem types, and with less effort and expertise than conventional methods that survey all species. This metric can also be used to identify important conservation areas within a region and to monitor protected areas and other effective area-based conservation measures (OECM), which will contribute to the realization of Nature Positive on a regional basis.
2022年12月に開催された生物多様性条約第15回締約国会議では、ネイチャーポジティブ、すなわち2030年までの生物多様性の回復基調の実現を目指した国際目標が新たに決議された(CBD 2022)。これにより、ネイチャーポジティブの中核的要素である生物多様性をどのように測定・評価するかが世界的に重要なテーマとなっている。生物多様性は複雑な要素・相互作用から構成されるため、その測定は何らかの代替指標を用いる必要がある。生物多様性の指標に関する研究には長い歴史があり、1990年代には概念的枠組みや指標に関する多くの研究が行われてきた(Noss 1990; Caro and O’Doherty 1999; Kremen 1992)。2001年に地球規模生物多様性概況報告書(Secretariat of the Convention on Biological Diversity 2001)が発行され、2010年に生物多様性条約にて愛知目標(CBD 2010)が採択されると、地球規模や国レベルでの生物多様性の状態を定量的に評価・報告するための様々な指標が普及した(Butchart et al. 2010; GEOBON「Global Biodiversity Change Indicators」https://geobon.org/ebvs/indicators, 2023年12月20日確認)。また近年では、地球や国といった広域スケールに加え、地域やサイト単位での生物多様性のモニタリング・評価のニーズが高まっている。例えば民間活動等により結果的に生物多様性が保全されている場所を新たなカテゴリーの保全地域(OECM: Other Effective area-based Conservation Measures)として認定登録していく制度では、定期的なモニタリングと評価が重視されている(IUCN-WCPA 2019)。また、生物多様性条約の新決議(CBD 2022)やTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)の提言書(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures 2023)の公開などによって、企業による自然への依存度・影響に関する情報開示の動きが活発化しており、土地ごとの評価結果をCO2削減量のように定量化することへのニーズが高まっている。
上述した生物多様性の定量的評価に関する指標には、土地利用や植生タイプごとの面積を用いた指標(Venter et al. 2016; Beyer et al. 2020)、生物種の種数や種組成を用いた指標(Powers and Jetz 2019; Mair et al. 2021)、複数の生物種の個体数推移を用いた指標(Collen et al. 2009)、またはこれらを組み合わせた指標などが含まれる(Scholes and Biggs 2005; Schipper et al. 2020)。中でも生物種の種数や種組成を用いた評価は、生物多様性保全において重要な「生態系の状態」を最もよく評価できる手法であると考えられる。しかし、地球規模で開発されている指標において市町村単位やより狭いサイト単位での評価に用いることのできる手法は、元となる観測データの限界から、種分布モデルを用いた指標に限られるのが実情である。種分布モデルを用いた評価手法は近年急速に発展しているものの(石濱 2017; 久保田ほか 2023)、十分な推定ができる空間解像度や対象種に限りがあることやあくまでも「推定」を元にした評価であるため、現地調査で取得したデータによる確実な評価は引き続き重要である。一方で、現地調査に基づく評価手法は、生物の同定に詳しい調査員による特定分類群の網羅的な調査を必要とする手法が一般的であり、経験と多大な労力を要するという課題がある。
その代替案となるのが、生態系の状態を反映する指標種を用いる方法である。国内でもこれまで多くの指標や指標種が提案されてきた(日本自然保護協会 1994; 巣瀬 1998; 浜口ほか 2010; 中村 2010; 岡部・小川 2011; 環境省 2017)。しかし、多くの評価手法において、指標種の種数のみで評価している、指標種の選定やスコア化はデータに基づかず専門家のエキスパートジャッジのみに依存している、評価手法が適用できる地域や生態系タイプが限られる、といった制約がある。なお、水田生態系については、全国規模のデータを元に統計学的な手法により選定した指標種で定量的な評価を行える手法が近年開発されている(池田 2020)。
そこで本研究では、全国の里地で15年以上実施されているモニタリングサイト1000里地調査の群集データを用い、各調査地で記録された生物の種組成に「ネスト構造」があるかどうかを検証すると共に、ネスト構造に注目して複数の指標種を選定し、各指標種の有無から任意のサイトの生息地としての良好さの程度を評価する手法を開発した。ネスト構造(nestedness)とは、入れ子構造とも呼ばれ、群集の種組成において「種数の少ないサイトに出現する種は、種数の多いサイトに出現する種に必ず含まれる」という群集構造のことをいう(Wright and Reeves 1992)。ネスト構造のある生態系では、絶滅危惧種や希少種など生息環境の良好さを特徴づけるような、広域での出現頻度が低い種は、種数の多いサイトに限って出現しやすい。その一方で、広域での出現頻度が高い種は種数が少ないサイトにも出現する。したがって、出現頻度に着目することで、群集全体を代表する指標種群の選定を頑健に行えると期待できる。実際、群集のネスト構造を活用して各サイトの種多様性や保全優先度、自然再生のポテンシャルを評価するという手法がこれまでも多く提案されている(Kerr et al. 2000; Freudenberger and Brooker 2004; Kadoya et al. 2008)。本研究では、指標種の実用性にかかわる調査の容易さや汎用性といった観点も踏まえつつ、ネスト構造の性質に依拠して出現頻度の異なる複数の種を指標種とすることで、指標種の生育・生息の有無から任意のサイトの生態系の状態を評価する手法の検討を行った。具体的には、以下のような観点を満たす評価手法となることを重視した。
データセットは日本自然保護協会が事務局を務める環境省の「モニタリングサイト1000里地調査(以下、「モニ1000」という)」のデータを用いた。このプロジェクトでは全国200ヵ所程度の調査地で、市民団体等による100年間を目指した長期モニタリング調査が行われている。調査項目は植物相、鳥類、チョウ類など9項目があり、サイトごとにその中から任意の項目を選んで最低5年間の調査が行われている。調査地は5年を1期とする期間ごとに公募され、複数期にまたがって調査を継続するサイトも多いものの、一部の調査地は入れ替わりがある。調査地は北海道から沖縄まで多様なタイプの里地環境を含むものの、公募形式で選定されているため地理的に均等には配置されておらず、人口や市民団体の多い本州太平洋側の低標高域に偏って分布している(図1)。なお、調査は2005年度に少数の調査地から開始され、全国的な調査は第2期(2008–2012年)に始まっているため、多くの調査地は第2期の途中から調査を開始している。
本研究では、2022年までに記録されたモニ1000の植物相・鳥類・チョウ類調査の在来種のデータを用い、各分類群の指標種の選定を試みた。いずれの調査も、調査地内に設けたルート上を定められた調査期間に歩き、ルート上で確認できた種の有無を記録するラインセンサス調査である(環境省生物多様性センター「モニタリングサイト 1000里地調査マニュアル」https://www.biodic.go.jp/moni1000/manual/, 2023年12月20日確認)。なお、植物はイネ科・カヤツリグサ科・シダ植物を除いた草本植物を対象に調査されており、鳥類は繁殖期と越冬期に調査されている。
指標種の選定には、5年間の調査を行った調査地の数が最も多い第3期(2013–2017年)のデータを用いた。鳥類は繁殖期(5–6月)のデータのみを用いた。チョウ類は、記録できる種組成が大きく異なることが明らかな北海道と南西諸島および、標高の高い調査地(600 m以上)のデータを除外して用いた。解析対象とした調査地のサイト数および在来種の種数はそれぞれ、植物が99サイト1,458種、鳥類82サイト173種、チョウ類40サイト142種である。なお、チョウ類は第3期のみでは調査地の数が少ない。このため、後述するチョウ類のランクごとの指標種の選定にあたっては、実際の全国での出現頻度により近づけるよう、全調査期間(2005–2020年)の全調査地(72サイト)の出現頻度を参照して指標種を選定した。
ネスト構造の有無の検定全国のモニ1000調査地で記録できる植物・鳥類・チョウ類のネスト構造がどの程度強いものなのかを、ランダマイゼーションの手法で検定した。検定には統計ソフトウェアR(R4.3.1)のveganパッケージを使い、oecosim関数を用いたランダマイゼーション検定を行った。ネスト構造の強さを示す統計量としてnested temperature(Atmar and Patterson 1993)とNODF(Almeida-Neto et al. 2008)の2つの指数を各分類群の群集データについて算出した。有意性の評価は、種ごとの出現頻度を維持しながら各サイトの出現種をランダムに入れ替えるc0法によるランダマイゼーション(Jonsson 2001)を1,000回行って検定した。
指標種の選定手順指標種の選定は、図2に示すとおり以下の手順で進めた。
全国の里地で記録できる生物の群集構造に完全なネスト構造がある場合、つまり記録できる種数の増加に応じて出現する種の序列が完全に決まっている場合は、最も出現頻度の低い種の存在から任意のサイトの種数や種組成を正確に予測することができる。なお実際には、群集構造にはネスト構造に加えて、「入れ替わり構造(turnover)」が認められる。入れ替わり構造とは、環境傾度や微環境に応じて種や複数種のセットの入れ替わりが生じることでサイトの種組成が決定されることである(Baselga 2010)。里地においても、多くの場合は個別の里地の中に森林や草原、湿地といった複数の生態系タイプが含まれており、各生態系タイプに特有な複数種のセットが確認できる。そしてそれぞれの里地に内包される生態系タイプの組み合わせは異なるため、群集全体として各生態系タイプの入れ替わりが生じている。ただし、里地を構成する様々な生態系タイプでネスト構造が存在することが報告されている(Wright et al. 1997; 橋本ほか 2005; 今西ほか 2005; Kadoya et al. 2008; Mitsuo et al. 2011; Soga and Koike 2012)。このため、里地で記録できる生物の群集は総じて全体でネスト構造を有していると考えられる。
そこで、群集のネスト構造の形成に強く関わっている種のみを指標種として選定できるよう、各調査地で記録される生物種数(以降、「全種数」という)をそれぞれの種の有無から推定する統計モデルを作成し、統計モデルの当てはまりの良さを全種数との関係性の強さと定義して指標種選定の基準の一つとした。具体的には、それぞれの種の在・不在を独立変数、各調査地で記録される全種数を従属変数とする一般化線形モデルを全ての種について作成した。残差の分布は正規分布を仮定し、従属変数の全種数は独立変数とした種も含めてカウントした。説明変数がない統計モデルと、1種の在・不在を説明変数として加えた統計モデルとのAICの差(以下、「AIC差」という)を種ごとに算出した。そしてAIC差を指標種の選定の基準の一つとして用い、AIC差の値が負でありその絶対値がより大きく(具体的には全種の上位2/3以上の種)、かつその種が出現する調査地の方が出現しない調査地よりも全種数の平均値が高い種を、指標種の候補とすることとした。
2)出現頻度に応じたランクへの区分と、指標種候補の抽出上記1)で選定されたネスト構造との結びつきが強いと思われる指標種候補の中から、出現頻度が幅を持つように複数の指標種候補を選定した。またその際に、指標としての有用性を担保するために、種の分布の広さ、生態系タイプのバランス、同定のしやすさについても考慮して指標種候補を選定した。
具体的には、それぞれの種の全国の調査地での「出現頻度(%)」を求め、出現頻度に応じて各種を4つのランク(C:100%–75%以上、B:75%未満–40%以上、A:40%未満–20%以上、S:20%未満)に区分し、各ランクから同数程度の指標種候補を選定することとした。なお、各調査地の調査条件(調査年数や回数、調査ルート長、調査員の同定能力等)の違いは考慮していない。また、全国での出現頻度が低すぎる種(植物、鳥類:5%以下、チョウ類:10%以下)は、本手法で評価対象として想定していない生態系(例:高標高域や、露岩地・石灰岩地・河川など)に生息している種が多く含まれることや、解析結果が調査の偶然性に左右されている種を多く含んでいると考えられたため、指標種の候補から除外した。
分布の広さについては、少なくとも本州の東北地方南部から中国地方まで分布する種の中から指標種候補を選定した。生態系タイプのバランスについては、種の生息地を森林・草原・湿地の3つのタイプに区分し、それぞれの種について生息が主に確認できる生態系タイプを図鑑等の情報に基づき記録した(宮脇ほか 1978; 佐竹ほか 1982; 高川ほか 2011; 日本チョウ類保全協会 2019)。そして、なるべく各ランクに生態系タイプがバランスよく含まれるように指標種候補を選定した。なお、ここで言う草原には、ススキやシバなどを主とする乾性の半自然草地に加え、畔や路傍、畑耕作地、林縁なども含めた。また湿地には、湿性草原に加え、水田、水路、小河川、池沼なども含めた。なお、チョウ類は森林・草原・湿地に林縁を加えた4つに区分して指標種候補を選定した。同定のしやすさについては、花や体の模様といった形態や声などが特徴的でその種だとわかりやすいこと、他に似たような形態的特徴を持った種が少なく近縁種から識別しやすいこと、などを考慮して指標種候補を選定した。
3)専門家のエキスパートジャッジによる選定最後に、上記の選定作業によって全国的なデータに基づき客観的に選定した指標種候補の中から、各分類群の専門家によるエキスパートジャッジにより、評価に最も適した指標種を選定した。指標種候補は種ごとの出現頻度や種数との関係の強さといった客観的な基準に基づいて選定したものの、モニ1000の調査地に地理的な偏りがあることや、種ごとにも東西や南北での分布・出現頻度の偏りがあることなどから、基準とした値が現実に照らして不正確な可能性がある。また、それぞれの種のハビタットは森林・草原・湿地といった少数の単純な生態系タイプではなくより複雑なものである。そこで専門家の知見から、それぞれの種の分布範囲や本州各地での出現頻度が本解析結果と大きく乖離していないかどうかを確認し、出現頻度のランクのバランスをとりながら、多様な生態系タイプを代表できるような指標種を選定した。
なお、同定が困難だが生息地が比較的同一の近縁種(例えばミソハギLythrum anceps(Koehne)MakinoとエゾミソハギLythrum salicaria L.)や東日本・西日本で入れ替わりで出現する種(ヤマユリLilium auratum Lindl.とササユリLilium japonicum Houtt.)については、セットで1つの指標種として扱うこととした。
指標種を用いた指数化と妥当性の検証各調査地で記録できる指標種の記録から、その調査地の生息環境としての良好さの程度を定量的に評価できるかの検討を試みた。まず、指標種の記録から、以下の2つを各調査地について算出し、これを評価指数とすることとした。
次に、この2つの指数が、各調査地の①種の豊かさ(種数、α多様性)と、②ネスト構造からみた出現頻度の低い希少種が生息しやすい場所かの、2つを指標できるかを検証した。具体的には、各調査地でルートセンサス調査を行った際に記録できる「全種数」と「絶滅危惧種数」の値を各調査地について求めた。ただし「絶滅危惧種数」は、普通種に比べて生息環境の良好な場所にのみ出現しやすいため上記②を反映しているものの、森林・草原・湿地といった生息環境の良好な生態系タイプの種類数が多いほど種数が増加すると予想されるため上記①についても反映している検証用データである。
検証は以下の2つのデータセットで行った。1つはモニ1000のデータを用い、指標種選定に用いた第3期(2013–2017年)には調査を行っていない調査地の第2期(2008–2012年)および第4期(2018–2020年)の草本植物(59サイト)・鳥類(39サイト)・チョウ類(32サイト)の記録を用いた。2つ目は、日本自然保護協会およびみなかみユネスコエコパーク科学委員会の専門家が2018年から2021年にかけて群馬県みなかみ町で行った24ヵ所の里地での植物相調査の結果である。この調査は、各調査地を専門家が8–10月にかけて最低1回踏査し、確認できたすべての維管束植物を記録したものである。各調査地での調査時間・調査面積は一定ではない。
それぞれについて、記録できた指標種の種数および希少度と、全種数および絶滅危惧種数との相関を各分類群について算出した。絶滅危惧種数は環境省のレッドリスト(環境省 2020)に掲載された絶滅危惧種および準絶滅危惧種の種をカウントした。
なお、ネスト構造を有する群集では、どんな種を指標種に選定しても全種数や絶滅危惧種のような出現頻度の低い種の存在のしやすさを一定程度は評価できることが期待される。そこで、生態系タイプの代表性や同定のしやすさに着目して今回選定した指標種が、ランダムに指標種を選定した場合と比較してどの程度の有効性を有しているかを検証した。ここでは、希少度から絶滅危惧種数を直線回帰した場合と、指標種数から全種数を直線回帰した場合において、今回選定した指標種とランダムに指標種を同数選定した場合とでの説明力の強さ(R2値)を比較した。指標種のランダム選定と直線回帰によるR2値の算出を10,000回試行し、その結果と比較した。
モニ1000で記録される群集構造のネスト構造を検定した結果、表1に示すとおり植物・鳥類・チョウ類のいずれの分類群においてもnested temperatureおよびNODFの双方の値で有意なネスト構造があることが示された。
NT | NODF | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
統計値 | 標準化効果量 | p値 | 統計値 | 標準化効果量 | p値 | |
植物 | 13.24 | −51.54 | *** | 22.44 | 82.43 | *** |
鳥類 | 22.61 | −19.18 | *** | 43.95 | 15.43 | *** |
チョウ類 | 20.29 | −19.03 | *** | 49.88 | 14.61 | *** |
指標種の選定プロセスの結果、植物・鳥類・チョウ類それぞれ54種、37種、22種の指標種を選定した。指標種の一覧は付録に記した。なお鳥類については、生態系タイプのバランスを考慮し、全種数との関係性が弱く指標種候補の選定基準を満たしていない種からも6種を指標種に追加で選定した。SからCまでのランクおよび各生態系タイプの選定種数は表2に示すとおりとなった。選定した指標種のほとんどは、本州の東北地方南部から中国地方よりも広い範囲に分布する種である。しかし、指標種による評価が利用できる地理的範囲は、研究に用いた調査地の地理的偏りを踏まえて、植物については関東から九州北部にかけて、鳥類については東北地方南部から九州北部にかけて、チョウ類の評価については関東から近畿にかけて、の低標高温帯域とした。なおチョウ類は、選定基準を満たす候補が少なかったため、同定のしやすさを考慮した選定ができなかったほか、Sランクについては1種も指標種を選定できなかった。
植物 | 鳥類 | チョウ類 | |||||||||||
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選定種数 | 54種 | 37種 | 22種 | ||||||||||
区分ごとの種数 | 小計 | 生態系タイプ別 | 小計 | 生態系タイプ別 | 小計 | 生態系タイプ別 | |||||||
森林 | 草原 | 湿地 | 森林 | 草原 | 湿地 | 森林 | 林縁 | 草原 | 湿地 | ||||
S | 14 | 4 | 4 | 6 | 7 | 3 | 1 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
A | 14 | 6 | 5 | 6 | 11 | 8 | 4 | 4 | 4 | 2 | 4 | 2 | 1 |
B | 18 | 6 | 9 | 7 | 10 | 8 | 2 | 2 | 11 | 8 | 7 | 3 | 1 |
C | 8 | 1 | 6 | 5 | 9 | 9 | 4 | 1 | 7 | 5 | 7 | 2 | 0 |
同定のしやすさ | 考慮されている | 考慮されている | 考慮できていない | ||||||||||
利用可能な地理的範囲 | 関東から九州北部 | 東北南部から九州北部 | 関東から近畿 |
モニ1000の各調査地で記録できた指標種の種数および希少度と、全種数および絶滅危惧種数との関係性を解析した結果、いずれの組み合わせにも有意な正の相関関係が確認できた(図3)。絶滅危惧種数との相関係数は、指標種数と希少度とで0.03以下と大きな差が無かった。一方、全種数との相関係数は希少度よりも指標種数の方が0.15以上高かった。
群馬県みなかみ町の里地における植物調査結果との比較からも、各調査地における指標種数と全種数・絶滅危惧種数との間、また希少度と絶滅危惧種数との間に、それぞれ有意な正の相関関係が確認できた(図4)。希少度と全種数との間には有意な相関関係は認められなかった。
今回選定した指標種とランダムに選定した指標種の間で、全種数および絶滅危惧種数の予測の説明力を比較した結果は表3に示す通りとなった。指標種数に基づく全種数の予測については、ランダム選定の場合のR2値の平均値と大きな差は無く、またランダム選定の場合もR2値の平均値は3分類群とも0.6以上と比較的高かった。また、希少度に基づく絶滅危惧種数の予測については、ランダム選定の場合はR2値は選定する種のセットによって大きくばらつき、0となる場合も認められた。今回選定した指標種のR2値は、植物については95%値よりも高い値となったものの、鳥類・チョウ類についてはランダム選定の場合の平均値と大きな差はなかった。
指標種のR2値 | ランダム選定種のR2値 | ||||
---|---|---|---|---|---|
平均値 | 5%値 | 95%値 | |||
指標種数–全種数 | 植物 | 0.56 | 0.60 | 0.43 | 0.74 |
鳥類 | 0.64 | 0.61 | 0.42 | 0.77 | |
チョウ類 | 0.75 | 0.82 | 0.72 | 0.89 | |
希少度–絶滅危惧種数 | 植物 | 0.20 | 0.05 | 0.00 | 0.17 |
鳥類 | 0.30 | 0.24 | 0.01 | 0.53 | |
チョウ類 | 0.28 | 0.37 | 0.12 | 0.63 |
本研究は、全国の里地で記録できる植物・鳥類・チョウ類の群集構造全体にネスト構造があることを検証した上で、全国的な出現頻度に着目して選定した複数の指標種を用いることで、任意のサイトの生息環境の良好さからみた生態系の状態を評価する手法を提案するものである。
ネスト構造の検定の結果からは、植物と鳥類については群集構造に有意なネスト構造があることが示され、チョウについても北海道・沖縄や高標高域の調査地を除いた場合にはネスト構造の存在が確認できた。またそれを踏まえ、多様な生態系タイプの代表性や同定のしやすさも考慮した、本州の比較的広い範囲で活用できる指標種を選定することができた。
今回選定した指標種は、既往研究で示されている指標種との共通点が認められた。例えば植物では、熊本県阿蘇山(Koyanagi et al. 2013; 高橋ほか 2015)や島根県三瓶山(高橋・井上 2017)、千葉県白井市(Noda et al. 2019)などの草原を対象とした研究がある。これらの研究では、火入れや草刈が継続されている、あるいは草原として維持されている歴史が長い草原ほど、種数が多いなど良好な生育環境が保たれており、そのような草原に出現しやすい種が抽出されている。これらの種には、タカトウダイEuphorbia lasiocaula Boiss.、チダケサシAstilbe microphylla Knoll、ワレモコウSanguisorba officinalis L.、ノダケAngelica decursiva(Miq.)Franch. et Sav.、ネコハギLespedeza pilosa(Thunb.)Siebold et Zucc.など、今回選定した指標種と共通しているものが含まれている。また、森林については斉藤ほか(2004)が、コナラ二次林において管理放棄やササ類・常緑樹の被覆増大が植物の種数・種組成に影響していることを明らかにしており、過去20年間で特に出現箇所数が減少した種を整理している。これらの種の中には、コバノカモメヅルVincetoxicum sublanceolatum(Miq.)Maxim. var. sublanceolatum、イチヤクソウPyrola japonica Klenze ex Alef.、オケラAtractylodes ovata(Thunb.)DC.、ノダケ、ワレモコウなど、今回選定した指標種のうち高ランクのものが多く含まれている。以上のことから、今回選定した植物の指標種は、特に草原および森林については植生管理のあり方や管理継続の程度に起因する生息地としての良好さの程度を反映しているものと考えられる。
チョウ類については、今回選定した指標種のうち全国的な出現頻度の低い高ランクの種には、スミレ科の植物を食草とするヒョウモンチョウの仲間や、年一化性の種、食草とする植物の種類が限られる単食性・狭食性の種が多く含まれていた。スミレ科の植物はよく植生管理された森林や草原に出現しやすい(武田 2010)。また、年一化性の種や単食性・狭食性の種ほど生息地面積の縮小や植生管理の状態の影響を強く受けること(Kitahara and Fujii 1994; Kotiaho et al. 2005)や、記録できるチョウ類の種数が生息地の植物の種数や植生の不均一性に強く影響を受けること(Uchida and Ushimaru 2014)が複数の研究で示されている(大脇 2022)。このため、今回選定した高ランクの指標種も、植生管理のあり方や植生の多様性によりもたらされる生息環境の良好さを指標しているものと思われる。なおSoga and Koike(2013)は、年一化性の種の種数は、現在よりも過去の森林面積と相関があることを明らかとしている。今回選定した高ランクの指標種についても過去の生息地の状態を一定程度指標している可能性があることに留意が必要である。
鳥類についても、今回選定した指標種に既往研究との対応が認められた。しかし、その指標性は植物やチョウ類とは異なると思われた。例えば関東平野の孤立林の面積と鳥類との関係を調査した樋口ほか(1982)の研究は、100 ha以上の面積の森林に出現しやすい種を抽出しており、この中にはトラツグミZoothera dauma、ヒガラPeriparus ater、オオタカAccipiter gentilis、ツツドリCuculus optatus、クロツグミTurdus cardisなど今回選定した高ランクの指標種が挙げられている。また、平野部の農耕地の景観構造と鳥類群集の関係を研究した別の研究(Amano et al. 2008)では、1 km2メッシュ内の水田の面積が大きいほど、本論文で指標種としたサギ類やクイナPorzana fuscaといった湿地性の種の種数が高くなることを明らかにしている。これらのことから、今回選定した鳥類の指標種は、森林や水田が面的にまとまって存在しているかどうかという生息地の良好さの程度を反映しているものと考えられる。
以上のことから、今回選定した指標種のうち高ランクのものは、サイトの生息地としての良好さを指標していることが既往文献からも確かめられるものの、その指標性は分類群によって異なり、植物では植生管理のあり方や管理継続の程度を、チョウ類は植生管理のあり方や植生の多様性の程度を、鳥類では生息地の面的まとまり(分断化)の程度を主に指標していると考えられる。
また解析結果からは、記録できる指標種の種数や希少度を用いることで、各サイトの全種数や絶滅危惧種数といった値を、ある程度定量的に予測・評価することができることが示された。しかし一方で、今回選定した指標種の全種数や絶滅危惧種数への説明力は、ランダムに選定した場合の平均的な説明力と大差がなく、生物多様性の定量的評価という視点からは最良の指標種セットではなかった。本研究では、生物多様性の定量的評価に加え、様々な生態系タイプや地域での利用および同定のしやすさといった実用性とのバランスを考慮して指標種を選定する手法を検討したものである。実用性を担保しつつ、より指標性の高い指標種の選定手法の探求には、「種ごとの全種数との関係性」ではない選定基準や異なる選定アルゴリズムを採用する(例えばFleishman et al. 2005; Morelli et al. 2021)など、まだ大きな研究の余地が残されている。
指標種の活用方法本研究で選定した指標種は、生物多様性の定量的評価という視点では最良の指標種のセットではないものの、全種を対象とした調査を行わずとも各ランクの指標種がどの程度記録できるかの情報から、ネスト構造からみた任意のサイトの生息環境としての良好さの程度を評価することができる。評価を行いたいサイトにおいて、植物であれば5月と早秋の年2回程度、鳥類であれば繁殖期の午前中に2回程度(ただし一部の夜行性の指標種を除く)の調査を行えば、対象とする指標種のほとんどの生息の有無を記録できると考えられる。また、普段から各緑地で観察会等をしている人であれば、記憶を元に指標種の生息の有無を記録できる。実際に著者らが千葉県千葉市および埼玉県所沢市で実施したワークショップでは、当該市内の自然環境を良く知る専門家やナチュラリストによって半日間で多数の緑地の指標種の有無が記録できた。従来のフロラ・ファウナ調査よりも少ない労力と専門性で生態系の状態を評価できる方法であることは大きな利点である。このため、市民科学のプロジェクトとしても実施が比較的容易であり、近年多く誕生している自動種同定機能つきの生物情報記録スマートフォンアプリとも相性が良いと思われる。ただし、チョウ類については、4月から10月にかけて月1、2回の調査が必要だと考えられるため、全種調査と大差ない調査労力が求められる。
生物多様性は地域ごとに固有であり、また各地域で普通種の地域絶滅が生じていることから、ネイチャーポジティブの実現は各市町村など地域単位で積み上げることが重要である。しかし現状では生物多様性に関する地域戦略の策定は全市町村の1割以下に止まっており(環境省 2023)、地域の生物情報の不足もその原因の一つとなっている。本手法のような指標種を用いた簡便な評価手法は、ネイチャーポジティブを実現する上で鍵となる保全重要地域の把握や、その重要度の定量化に役立つであろう。また、新たな保全地域制度であるOECMにおいてモニタリング調査が課題の一つとなっているが(日本自然保護協会 2022)、モニタリング手法の一つとして本手法を活用することもできると考えられる。また、本研究で提案したような全種数以外の評価基準を用いることで、「面積が小さく生態系タイプの多様性や種数は低いものの絶滅危惧種など希少種を含む良好な生息環境を有するサイト」など、各サイトの特徴を踏まえた評価ができると考えられる。
本手法の課題と要改善点モニ1000の限られたデータセットを用いて開発した本手法には多くの課題や限界があり、これには十分な留意が必要である。本来であればネスト構造を前提とした指標種の抽出は、同一の生物相を有する地域に均一に配置された調査地のデータに基づき行うべきである。しかし本手法のデータは調査地が本州に多く集中しており地理的偏りが大きい(図1)。そのため、本研究の指標種による評価が信頼度高く利用できる範囲は表2に示した通り、比較的広域であるものの日本の一部の地方の低標高温帯域範囲に限られる。
また、本手法は限られた数の指標種に調査対象を絞ることで調査の労力や難易度の低減を目指したものの、指標種に選定した種の比率は全解析対象種に対して植物、鳥類、チョウ類でそれぞれ3.7%、21.4%、15.5%であり、鳥類・チョウ類で比較的高い。指標種数が多いほど全種数・絶滅危惧種数への説明力は当然高くなるため、できる限り少ない種数で説明力が極大となるような種数や種セットを探索する解析を行うことで、さらに少ない労力で調査できる指標種の開発につなげられると考えられる。
他にも、以下のような限界がある。
特に本手法では、地域的な種組成の差を考慮せずに指標種を選定しており、またモニ1000の調査地は一般的な緑地よりも保全上重要なサイトであることが多いことなどの理由により、本手法で選定した指標種がそもそも生息していないという市町村も多いと考えられる。そのため、本手法を用いて広域レベルで複数サイト間の比較を行うことは不適切である。地域ごとの評価にあたっても、今後はより適したデータセットから地域ごとの指標種を選定することが望ましい。例えば環境省の植生調査や種分布調査といった自然環境保全基礎調査の元データを用いれば、地域ごとに評価に適した指標種セットを全国レベルで選定することが可能となるだろう。モニ1000や種分布調査など生物群集全体を対象とした指標種選定にも役立つ調査を全国の複数の調査地で行いつつ、種組成を加味した適切な指標種を使った簡便な調査を各市町村単位で面的に行っていくことが、ネイチャーポジティブにむけた日本の生物多様性の状態・変化傾向をより適切に評価していける方法であろう。
国立環境研究所の竹中明夫氏には、本研究の元となった全国データの解析において多大なるご協力を頂いた。阿部利夫氏および日本自然保護協会の朱宮丈晴氏をはじめとするみなかみ町の里地調査に関わった方々からは貴重な調査データをご提供いただいた。また、筑波大学の吉田正人教授および琉球大学の久保田康裕教授にはサイト評価の概念的枠組みの検討に多くのご協力を頂いた。また、2名の匿名査読者からは数多くの貴重なご助言を頂いた。本研究のデータは、環境省生物多様性センターおよび約5,700人の市民調査員による15年間以上にわたる調査があってこそ得られたものである。皆様に心より御礼申し上げます。
付録1 表1. ネスト構造を考慮して選定した本州低標高域の生物多様性評価指標種(草本植物)の一覧。
出現頻度は全国のモニタリングサイト1000里地調査での出現頻度を表す。AIC差はその種の有無と各調査地の記録種数との関係性の強さを表し、値が小さい(負の絶対値が大きい)ほど関係性が強い。※の種は、表下に示すとおり複数の近縁種を1種の指標種として扱うこととした種。生態系タイプはそれぞれの種の生育地について森林・草地・湿地において主に生育が確認できるタイプを記入した。
付録1 表2. ネスト構造を考慮して選定した本州低標高域の生物多様性評価指標種(鳥類)の一覧。
出現頻度は全国のモニタリングサイト1000里地調査での出現頻度を表す。AIC差はその種の有無と各調査地の記録種数との関係性の強さを表し、値が小さい(負の絶対値が大きい)ほど関係性が強い。※の種は専門家の知見に基づいて、指標種候補の選定基準としたAIC差の値が十分低くないものの生態系タイプのバランスから選定した指標種であることを示す。生態系タイプはそれぞれの種の生息地について森林・草地・湿地において主に生息が確認できるタイプを記入した。
付録1 表3. ネスト構造を考慮して選定した本州低標高域の生物多様性評価指標種(チョウ類)の一覧。
出現頻度は全国のモニタリングサイト1000里地調査での出現頻度を表し、2つの調査期間(全期間:2005–2020年、第3期:2013–2017年)での出現頻度を記した。AIC差はその種の有無と各調査地の記録種数との関係性の強さを表し、値が小さい(負の絶対値が大きい)ほど関係性が強い。生態系タイプはそれぞれの種の生息地について、森林・林縁・草地・湿地において主に生息が確認できるタイプを記入した。ただし河川や市街地での生息状況は考慮していない。
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https://doi.org/10.18960/hozen.2410