Article ID: 2415
要旨: グリーンインフラストラクチャー (GI)は、生態系を社会基盤(インフラストラクチャー)として計画的に人間社会に組み込み、そこからもたらされる生態系サービスを社会の発展、維持に活用するという考え方である。近年、都市緑地をGIと捉え、それがもたらす副次的な生態系サービスを評価する動きが広がりつつある。本研究は、GIとしての都市緑地がもたらしうる副次的な生態系サービスとして、樹木による汚染物質の吸収を通した大気浄化の可能性に着目し、一般的な樹種の微量金属元素の吸収能力を定量評価した。2022年12月から2023年1月にかけて、東京都立大学南大沢キャンパス内にある松木日向緑地で、シラカシ、コナラ、イロハモミジ、ケヤキの落ち葉を採取し、誘導結合プラズマ発光分光分析装置(ICP-AES)を用いて、落ち葉に吸収された4つの微量金属元素(Cd:カドミウム、Cu:銅、Pb:鉛、Ni:ニッケル)の含有量を測定した。その結果、今回用いた手法で分析ができなかったケヤキを除くシラカシ、コナラ、イロハモミジの3種全てが4つの微量金属元素を吸収していることが明らかになった。さらに、微量金属元素ごとに、シラカシ、コナラ、イロハモミジの3種間で吸収能力が異なることが示された。イロハモミジはCd、Cuの吸収能力が高い一方で、対象地における個体数が少なく、葉の量を反映すると考えられる個体のサイズも相対的に小さく、対象地域全体おける大気浄化への貢献は限定的と考えられた。一方、シラカシはNiの吸収能力が高く、高木の常緑樹であることから一年を通して大気浄化に貢献していると考えられた。コナラは微量金属元素の吸収能力は限定的である一方、高木の落葉樹であることから、落ち葉の回収、すなわち微量金属元素の除去という面において有利であると考えられた。シラカシ、コナラは調査地域の二次林において優占する樹種であり、微量金属元素の吸収能力および生態的特徴が異なり、大気浄化という観点からの利点、欠点が異なる可能性が高いと判断できた。利点、欠点が異なる樹種が同時に存在していることは、GIとしての都市緑地がもたらす生態系サービスの総量を高めていると考えられた。
Abstract: Green infrastructure (GI) is a conceptual framework for using ecosystems to support human social infrastructure. In recent years, there has been a growing trend to view urban green spaces as GI and examine the ecosystem services they provide. In this study, we quantitatively evaluated the potential air purification function of several tree species in urban green spaces based on their absorption of trace metal pollutants. From December 2022 to January 2023, we collected fallen leaves of four species (Quercus myrsinifolia Blume, Quercus serrata Murray, Acer palmatum Thunb., and Zelkova serrata (Thunb.) Makino) from the grounds of Tokyo Metropolitan University, Hachiōji, Tokyo, Japan. We used inductively coupled plasma atomic emission spectrometry (ICP-AES) to measure the abundance of four trace metals in fallen leaves: cadmium (Cd), copper (Cu), lead (Pb), and nickel (Ni). Quercus myrsinifolia, Q. serrata, and A. palmatum all absorbed pollutants (Z. serrata was excluded from analysis due to technical problems), but differed in the extent to which they absorbed each trace metal. Acer palmatum displayed high absorption of both Cd and Cu, but was uncommon in the study area. Quercus myrsinifolia displayed high absorption of Ni only; as an evergreen species, it could contribute air purification services year-round. In contrast, Q. serrata showed relatively limited trace metal absorption; however, as a deciduous species, its leaves can be readily collected and removed from the environment. The absorption characteristics of the three species are complementary and show promise as a component of comprehensive and effective GI.
グリーンインフラストラクチャー:Green Infrastructure(以降GIと表記)は、生態系を社会基盤(インフラストラクチャー)として計画的に人間社会に組み込み、そこからもたらされる生態系サービスを社会の発展、維持に活用するという考え方である(生態系管理専門委員会 調査提言部会 西田ほか 2023; 大澤 2024)。GIには様々な定義がなされているが、日本では「自然が持つ多様な機能を賢く利用することで、持続可能な社会と経済の発展に寄与するインフラや土地利用計画」(グリーンインフラ研究会 2017)や、「社会資本整備や土地利用などのハード・ソフト両面において、自然環境が有する多様な機能を活用し、持続可能で魅力ある国土・都市・地域づくりを進める取組」(国土交通省 2015)などと定義している。GIは、1990 年代頃から欧米を中心に取組が進められ(岩浅 2015)、近年は日本における土地利用計画等においても重要なキーワードになっている(グリーンインフラ研究会 2017)。
都市緑地は、良好な都市環境の保全、防災、レクリエーション等のためのオープンスペースとして設けられてきた(グリーンインフラ研究会 2017; 国土交通省都市局 2004)。近年、これら都市緑地をGIと捉え、それがもたらす副次的な生態系サービスを評価する動きが広がりつつある。都市緑地がもたらす生態系サービスの例として、夏季の温度低減 (松永・大澤 2021)、騒音低減や景観形成(小澤ほか 2018)、大気浄化(三澤 1981; 戸塚・三宅 1991)、動植物へ生息地を提供する(Ohata et al. 2023)、雨水管理(グリーンインフラ研究会 2017)等が挙げられる。
大気浄化はGIとしての都市緑地に期待される重要な機能の1つである(吉﨑ほか 2021)。日本において、都市化に伴う大気汚染は古くから社会問題となっており、高度経済成長期の工業発展に由来する大気汚染に始まり、1970年以降は自動車交通量の増加に伴う排出ガス由来の大気汚染が問題となっている(島 2020)。自動車排出ガスは、粒子状物質(PM)の主な発生源であり、カドミウム(Cd)、銅(Cu)、鉛(Pb)などの微量金属元素を含む(朝来野ほか 1982)。PMが体内に吸引されると、呼吸器および心血管疾患などの深刻な健康問題を引き起こす可能性があり(Lin et al. 2017; Zeng et al. 2016)、微量金属元素は、ある濃度範囲を超えると人間や生態系に対して有害性を示す(落合 1991)。大気汚染は人間社会に様々な問題を引き起こすことから、汚染物質の大気中濃度、沈着量の観測等について、古くから様々な研究が行われてきた (朝来野ほか 1982; Galloway et al. 1982;Smith et al. 1978)。
都市緑地を構成する樹木が大気浄化機能を持つことは、古くから議論されてきた(三澤 1981)。樹林が持つ大気浄化機能は、一般的に汚染された空気が樹冠に沿って上空へ流動する拡散、汚染された空気が樹林内にある相対的に清浄な空気と混ざることによる希釈、樹林内で空気の流速が低減され、主に空気より比重の大きい汚染物質が落下することによる沈降、汚染物質が樹木の外表面に付着する吸着、樹木の生理的な作用によって汚染物質が植物体組織に取り込まれる吸収によって説明されるが、植物自体の有する機能である吸着と吸収は、特に重要とされている(三澤 1981)。汚染物質が植物の外表面に付着する吸着は、汚染された空気中の浮遊粉塵の除去に大きく貢献すると考えられている(三澤 1981)。吸着された汚染物質は、植物体を洗浄処理することで除去することができ、観測も容易である。しかし、降雨時には付着した汚染物質が雨による洗浄をうけ、地表に流入してしまうため、環境中から汚染物質を除去することが難しいという欠点がある。対して植物の生理作用に伴って葉や根から汚染物質を植物体組織内にとり込む吸収は、植物体に固定された汚染物質が植物体の枯死後、いずれ分解されて土壌に移行するが、その前に植物体を回収することで、環境中から除去できるという利点がある。呼吸を介して直接葉に物質を取り込む吸収は、ガス状物質の除去および気孔より小さい微粒子の除去に貢献すると考えられている(三澤 1981; 戸塚・三宅 1991)。土壌中に存在する金属類を根圏から吸収し、茎や葉に蓄積するというプロセス(橋本ほか 2005; 山口ほか 2012)については、植物の吸収機能を利用した環境浄化技術として、ファイトレメディエーションという技術が確立している(早川・栗原 2002)。ファイトレメディエーションとは、植物の吸収機能を利用して土壌・地下水、大気などの環境中の有害汚染物質を除去することと定義されており、様々な植物種、汚染物質を対象に研究開発や実用化が進んでいる(早川・栗原 2002; 伊藤 2013; 高野・丸田 2000)。なお、本研究においては、葉からの吸収も根からの吸収も、結果的に植物組織内に固定されるという点は同じであるため、いずれのプロセスによって固定されたのかは区別しない。
本研究は、GIとしての都市緑地がもたらす副次的な生態系サービスとして、樹木による汚染物質の吸収能力を評価することを通し、都市緑地による大気浄化の可能性を検討することを目的とした。具体的には、都市緑地に一般的な樹種の微量金属元素の吸収能力を定量評価し、樹種ごとの生態特性をふまえ、それがもたらしうる大気浄化機能について議論した。樹木が持つ微量金属元素の吸収能力についての既往研究として、コナラQuercus serrata MyrrayとスギCryptomeria japonica (L.f.) D.Donの生葉を対象に葉中微量金属元素の分析を行い、微量金属元素ごとに種によって吸収能力が異なることを示した研究(吉田ほか 2014)やソメイヨシノ(Prunus × yedoensis (Matsum.) Masam. et S.Suzuki)の花弁に含まれる金属元素分析を行った研究(黒沢ほか 2012)等があるが、本研究では吸収能力だけでなく、吸収された汚染物質の除去も考慮することで、それがもたらしうる大気浄化機能について議論する。大気浄化機能は緑地に期待される副次的な生態系サービスであり、緑地に一般的な樹種が持つその機能を評価することは、都市緑地の価値を高めることに繋がりうる。そこで本研究では、研究対象地である多摩地域において一般的な樹種であるシラカシQuercus myrsinifolia Blume、コナラ、イロハモミジAcer palmatum Thunb.、ケヤキZelkova serrata (Thunb.) Makinoの落ち葉を対象に、単位重量あたりの葉中微量金属元素の含有量を分析し、これを吸収能力の指標として、樹種および生育場所による違いを検討した。落ち葉を対象とした理由は、生葉に比べて回収が容易であり、実際に汚染物質を環境中から除去する際のコストが低いと考えたことによる。得られた結果から、これら樹種で構成された緑地がもたらしうる大気浄化機能を議論した。
調査地
東京都立大学南大沢キャンパス内にある緑地である松木日向緑地(八王子市南大沢1-1)を調査地とした(図1)。松木日向緑地の森林面積は約13 haであり、かつては薪炭林として利用されていたが、現在は緑地保全地として大学および地域のボランティアによって維持・管理されている(東京都立大学ボランティアセンター地域ボランティアプログラム「松木日向緑地プログラム」https://volunteer.tmu.ac.jp/about/matsugihinata.html, 2024年4月24日最終確認)。主な構成種はシラカシとコナラで、その他にもイロハモミジやケヤキ等も生育している雑木林である。
落ち葉の採取方法
シラカシ、コナラ、イロハモミジ、ケヤキの4種類の樹木を対象に落ち葉を採取した。これらは全て東京都立大学を含む多摩地域の里山に一般的な樹種である(沖津 2014)。各採取地点において、1樹種につき10枚(イロハモミジのみ20枚。葉の大きさが他3種の葉と比較して、目視で平均的に他3種の葉の大きさの半分以下で分析に必要な量が確保できないと判断したため 図2)を1セットとし、採取地点ごとにまとめてポリエチレン製の袋に入れて持ち帰った。1セットの採取は、その種の成木が約3m以内にあることを確認したうえで、その種の落ち葉が十分に落ちている箇所を設定し、その半径2mの範囲で、地面に落ちている葉をランダムに採取した。本研究では落ち葉の採取場所を樹木の生育場所とみなし、自動車が往来し、排気ガス等によって空気中に含まれる汚染物質が相対的に多いと考えられる松木日向緑地の一般道路に面した側と、汚染物質が相対的に少ないと考えられるキャンパス側に区別した(図1)。一般道路に面している側の森林端と、キャンパス側の森林端それぞれで3か所、計6か所の採取地点を定め(図1)、2022年12月から2023年1月の期間で、晴天が続き、地面および落ち葉が濡れていないことが確認できた日に採取した。なお、シラカシは常緑樹で必ずしも秋~冬季に落葉するわけではないが、調査地には分解が進んでおらず、比較的最近に落葉したと考えられる落ち葉が多数確認できたため、落ち葉の採取は全種で同時に行った。なお、落ち葉の採取地点は緑地管理の一環で定期的に落ち葉の除去が行われているため、シラカシの葉が落葉から長時間経過しているといった状況はまずないと判断できた。
落ち葉の分析方法
採取した落ち葉は高純度精製水(トラスコ中山株式会社)でゆすぎ、表面に付着している土をはじめとする付着物を落としてから、強制循環式定温恒温器(EPSF-116、株式会社いすゞ製作所)内で、65℃で96時間乾燥した。乾燥時間と設定温度は既往研究(Ferreira et al. 2017)に従った。乾燥した葉1枚から0.1gを切り出して(1枚の乾燥重量が0.1gに満たない葉に関しては全量を使用した。なお、0.1gに満たない葉のうち最も軽いもので0.01g、最も重いもので0.09gであった。)、1セットの10枚全て(イロハモミジのみ20枚)に同様の操作を行い、これら切片を混合して1サンプルとした。このため、分析サンプルは1採取地点につき1つとなった。10枚あるいは20枚の葉から得られた切片を混合していることで、仮に着葉部位によって物質の含有量が異なったとしても、その影響は小さくなり、樹種としての一般的な含有量が求められると考えた。切り出した葉サンプル(原則1.0g)をチャック付ポリエチレン製袋内で粉砕した後に、メノウ乳鉢でさらに細かく粉砕した。そのうち0.2gを試料分解容器(P-25、三愛科学株式会社製)に入れて、硝酸(電子工業用61%、関東化学株式会社)2 mLと過酸化水素(精密分析用30%、関東化学株式会社)0.25mLを添加した後、密閉した。その容器を定格高周波出力500Wの電子レンジに入れて、5分間加熱し、その後、ふっ化水素酸(原子吸光分析用49.5%、関東化学株式会社)を0.2mL添加し、葉を分解した。分解後は蒸発乾固し、液量が12 mLになるよう1 mol/L硝酸で定容した。
葉の分解液は誘導結合プラズマ発光分光分析装置 (ICP-AES: iCAP-6200 Duo, Thermo Fisher Scientific)を用いて、検量線法によりカドミウム(Cd)、銅(Cu)、ニッケル(Ni)、鉛(Pb)の4元素を定量し、葉から検出された金属元素の乾重量あたりの含有量(以下、葉中金属元素含有量)を求めた。各金属元素で測定した波長は、Cdで214.438nm、Cuで219.958nm、Niで231.604nm、Pbで220.353nmである。なお、検量線を作成するための検量線溶液は、1 mol/L硝酸溶液に対象物質4元素(すべての金属元素標準液: 富士フイルム和光純薬株式会社製)を適宜加えて調製し、Cdで0~0.019 μg/g 、Cuで0~3.418 μg/g 、Niで0~0.638 μg/g 、Pbで0~0.850 μg/g の範囲で高い直線性(相関係数r=1.00)が得られた。各金属元素の検出下限はCdで0.0001 μg/g 、Cuで0.0004~0.0019 μg/g 、Niで0.0004~0.0009 μg/g 、Pbで0.0002~0.0054 μg/g であった。また、分析結果の正確性(真実性および精度)を確保するために、認証標準物質であるNIES CRM No. 23(茶葉Ⅱ, 国立環境研究所発行)とNIES CRM No.9(ホンダワラ, 国立環境研究所発行)の分析も行った。
統計解析
R(version 4.1.3)を使用して、2樹種ごとのペアワイズt検定で、葉中金属元素含有量の種間差を検定した。この検定では、キャンパス側、道路側といった樹木の生育場所を区別せず、合計6か所の採取地点から採取したサンプルをプールして検定を行った。検定は5%水準で実施し、ファミリーワイズエラー率を制御するため、得られたp値はHolm法による補正を行った。場所を区別しなかった理由は、松木日向緑地の広い範囲から採取したサンプルをプールすることで、緑地全体における3種の特性を検討できると考えたことによる。
種の違いを統制した上で、キャンパス側、道路側といった樹木の生育場所が葉中金属元素含有量に与える影響を検討するために、一般化線形モデルへの当てはめおよび、Wald検定を行った。応答変数である葉中金属元素含有量を正規分布に従うと仮定して、説明変数には生育場所(キャンパス側、道路側)と樹種の2つのカテゴリ変数を用いた。樹種はシラカシを、生育場所はキャンパス側を基準にして、他のカテゴリとの比較で葉中金属元素含有量の多寡を評価した。
落ち葉の採取結果
6か所ある採取地点から、シラカシ、コナラ、イロハモミジ、ケヤキの各樹種を3セットずつ採取できた。1樹種につき10枚を1セットとしてまとめた(イロハモミジのみ20枚を1セットとした)ため、各樹種で18セット、4樹種で合計72セットを採取した。分析においては1セットが1サンプルとなる。
落ち葉の分析結果
本研究で使用した葉の溶解方法では、シラカシ、コナラ、イロハモミジの3種しか溶解せず、ケヤキは溶解しなかった。そのため、シラカシ、コナラ、イロハモミジの3樹種のみ分析対象とした。このため、分析を行ったサンプルは全部で54となった。ICP-AESを用い、18サンプルごと、3日にわたり分析を行った。分析日ごとで分析結果の差異が発生していないことを確認するため、各分析日で認証標準物質も同時に分析した。その結果、分析日ごとに極端な定量値の差はなかったため(附表1)、得られた結果の補正は行わなかった。
樹種ごとの葉中各金属元素含有量 (μg/g)の平均と標準偏差を表1に示す。95%信頼区間では0をまたぐケースもあったが(例えば、Pbの葉中金属元素含有量は3樹種全てで95%信頼区間では0をまたいだ)、75%信頼区間ではすべてのデータにおいて0をまたぐことはなかった。このため、シラカシ、コナラ、イロハモミジの3樹種全てが今回測定した4元素(Cd、Cu、Ni、Pb)を吸収していると判断した。
統計解析の結果
ペアワイズt検定の結果を図3に示す。3樹種でペアワイズt検定を行ったので、2種ごとの3組み合わせ(シラカシ―コナラ、イロハモミジ―シラカシ、コナラ―イロハモミジ)になった。葉中金属元素含有量は樹種毎に異なる傾向がみられた。Pbの葉中金属元素含有量は樹種間で、5%水準での有意差は検出されなかった(図3)。一方、CdとCuの葉中金属元素含有量はイロハモミジが最も高く、イロハモミジ―シラカシ間、イロハモミジ―コナラ間では、0.1%水準で有意差が検出された(図3)。Niの葉中金属元素含有量はシラカシが最も高く、Pbの葉中金属元素含有量はシラカシ―コナラ間で、5%水準で有意差が検出され、Niでは全樹種間で、5%水準で有意差が検出された(図3)。
一般化線形モデルによって、葉中金属元素含有量の種間差と、生育場所の差を検討した結果を表2に示す。樹種に関する検定では、CdとCuの葉中金属元素含有量はシラカシよりもイロハモミジが0.1%水準で有意に高く、Pbの葉中金属元素含有量はシラカシよりもコナラが5%水準で有意に低く、Niの葉中金属元素含有量はコナラがシラカシよりも1%水準で有意に低く、イロハモミジがシラカシよりも0.1%水準で有意に低かった(表2)。これは前述したペアワイズt検定の結果と矛盾しない結果であった(表2)。生育場所に関する検定では、対象とした4元素全ての葉中含有量は、キャンパス側と道路側とで5%水準で有意な差は検出されなかった(表2)。
本研究は、都市緑地による大気浄化の可能性を検討するために、汚染物質の除去という面において有利と考えられる樹木の吸収能力に着目し、調査地周辺の緑地において一般的な樹種であるシラカシ、コナラ、イロハモミジの落ち葉の葉中金属元素を分析した。その結果、3樹種とも、本研究で分析対象とした微量金属元素のCd、Cu、Ni、Pbの4物質を含有していた。この結果は、3樹種とも今回検討対象とした4物質を吸収する能力があることを意味し、適切に落ち葉を除去することで大気浄化に貢献する可能性を示唆する。ただし、吸収能力には種間差があること、少なくとも今回の調査地においては、樹木の生育場所は吸収量に大きく影響しないことも示された。
本研究では、シラカシ、コナラ、イロハモミジの3樹種全てが、分析対象とした金属元素のCd、Cu、Ni、Pbの4物質を吸収していると考えられた。一方、各微量金属元素について、樹種間で葉中金属元素含有量に差が検出された。この結果は、樹種ごと、微量金属元素ごとで吸収能力が異なることを示唆している。渡邉・笹谷(2007)は、キク科花卉植物8種の植物体茎葉部のCd、Cu、Zn(亜鉛)の含有量を調べ、その含有量が植物種により異なることを示している。本研究の対象は樹木かつ近縁種ではないが、種ごとの生理活性の違いにより、微量金属元素の吸収能力に差が存在すると考えられる。この詳細メカニズムを検証するためには、栽培下における吸収実験等が必要になるだろう。さらに、渡邉・笹谷(2007)は、いくつかのキク科花卉植物において、土壌中Cd濃度の増加に伴って植物のCd吸収量が増加した時に、CuおよびZnの吸収量も増加するという相乗効果、逆にCuおよびZnの吸収量が減少するという拮抗作用があることも示している。本研究においては、イロハモミジがCdとCuの含有量が多く、Niの含有量が少ないというトレードオフ関係が見られたことから、Cd―Cu吸収間の相乗効果、Cd―CuとNi吸収間には拮抗作用がある可能性がある。
本研究で分析対象とした金属元素のCd、Cu、Ni、Pbについて、少なくとも今回の調査地では、樹木の微量金属元素含有量は生育場所による違いがほとんどみられず、吸収量に差はないと判断された。一方、既往研究(Ramon et al. 2023)では、樹木の微量金属元素吸収量は場所に大きく影響されることが示されている。この違いが生じた1つの可能性として、調査地の周辺に存在する微量金属元素の発生源の影響が考えられる。Ramon et al. (2023)は、ブラジルの大都市サンパウロにおいて、4つの異なる都市緑地からそれぞれリターフォールを採取して、葉に含まれる微量金属元素(Cd、Cu、Pb)を分析しているが、対象とした4つの都市緑地は、周辺道路の交通量や交通の種類、空港が近くにある等、その周辺環境が大きく異なっており、これが微量金属元素の吸収量に影響していると考察している。例えばCdは主にディーゼルエンジンからの排気により環境中に排出されるが(Coufalik et al. 2019; Shukla et al. 2017)、既往研究(Ramon et al. 2023)においても、葉に多くのCdが含まれた緑地の周辺環境は、ディーゼルエンジンを搭載した大型車両の交通量が多かったとしている。同様に、葉がCuを多く吸収した緑地の周辺環境は、高いCu含有量を含むブレーキライニングの面積が広いドラム式の車両(Coufalik et al. 2019)の交通量が多く、葉がPbを多く吸収した緑地の周辺環境は空港が近く、有鉛ガソリンが使用される航空機(Cassella et al. 2011)の影響が大きいと考察している(Ramon et al. 2023)。本研究は東京都立大学内の松木日向緑地のみを対象としており、車両交通といった微量金属元素発生源との距離は、採取地点間で大きく変わらないと考えられる。このため、生育場所による吸収量に明確な違いは検出されなかったのであろう。生育場所による影響を評価するためには、微量金属元素の発生源が何であるかを考慮したうえで、周辺環境が異なる複数の緑地での検証が必要である。そして発生源の影響を明確化するためには、周辺大気の大気中微量金属元素濃度を計測することも必要だろう。
グリーンインフラとしての評価
葉を用いた微量金属元素の吸収能力をみると、イロハモミジはCd、Cuの吸収能力が高く、シラカシはNi、Pbの吸収能力が高く、対してコナラは4元素全ての吸収能力が相対的に低かった。吸収能力のみから判断すると、イロハモミジとシラカシは大気浄化に大きく貢献すると期待できる。ただしイロハモミジは、本研究の調査地である松木日向緑地および近隣の公園緑地でも他2樹種と比べると極端に個体数が少なく(観察情報)、図鑑においても小高木~高木と記載されており、高木と記載されているシラカシ、コナラに比して樹高も相対的に小さいと考えられる(林 2014)。樹形のばらつきもあるとはいえ、樹高はある程度葉の総量を反映すると考えると、本数、葉量の面からイロハモミジが吸収できる微量金属元素の総量は少なく、調査地周辺における大気浄化への貢献は大きくないかもしれない。他方、シラカシとコナラは、多摩地域の優占樹種であり、グリーンインフラとして多摩地域の大気浄化機能を担っていると期待できる。特にシラカシは、微量金属元素の吸収能力が高く、常緑樹として1年を通して大気浄化機能を発揮していると考えられる。しかし、大気浄化機能を評価する際に重要な「汚染物質の除去」という点においては、コナラも高く評価することができる。樹木はその環境に存在するだけで微量金属元素を葉に吸収すると考えられるが、葉を回収しなければ地面に落下後、破砕・分解されて最終的には土壌に移行し、土壌汚染に繋がる恐れがある。そこで、落ち葉を回収し、適切に管理することで微量金属元素等の汚染物質を環境中から除去することは、大気浄化機能という面で極めて重要である。落ち葉の回収作業を考慮すると、落葉樹であり秋に一斉に葉を落とすコナラは、常緑樹のシラカシと比べると一定の期間に集中して落ち葉を回収できるので、微量金属元素の除去という面で有利と考えられる。1つの緑地に、1年を通して微量金属元素を吸収する常緑樹のシラカシと、吸収能力および吸収期間は限られるものの回収コストに優れる落葉樹のコナラが同時に存在する状況は、大気浄化機能という生態系サービスの観点からすると、それぞれが持つ利点、欠点を補い合っている面があると考えられる。
本研究で調査対象とした松木日向緑地のような、既存の都市緑地を適切に維持管理することは、レクリエーション利用等、もともと都市緑地に期待されている機能に加え、GIとしての生態系サービスを発揮させ、人間に利益をもたらすために重要である。都市緑地の持つ生態系サービスは多岐にわたるため、それらサービスの評価を積み重ねていくと同時に、未知のサービスがあることを念頭に、適切に維持管理をしていくことは、GIという考え方を社会に組み込んでいく上で極めて重要である。
本研究を進めるにあたり、東京都立大学生物多様性情報学研究室、東京都立大学RI研究施設の諸氏に様々な助力をいただいた。匿名の査読者らからは多数の有意義なコメントをいただいた。ここに記して謝意を表する。
ORCID iD
Takeshi OSAWA
https://orcid.org/0000-0002-2098-0902
付表1 ICP-AESによる認証標準物質のNIES CRM No.23(茶葉Ⅱ)とNIES CRM No.9(ホンダワラ)分析結果を認証値・保証値との一致率(百分率)で表したもの。単位は(%)で、100であれば完全に一致していると判断できる。
表1.樹種ごと、微量金属元素ごとの含有量。単位は(μg/g)、表記は平均±標準偏差で示している。
樹種 | Pb | Cd | Ni | Cu |
---|---|---|---|---|
シラカシ | 5.057±4.174 | 0.063±0.025 | 1.570±1.223 | 3.649±0.859 |
イロハモミジ | 3.369±3.245 | 0.220±0.096 | 0.149±0.140 | 6.153±2.027 |
コナラ | 2.334±2.219 | 0.033±0.030 | 0.689±0.394 | 3.159±0.569 |
斜体で示しているのは、95%信頼区間では0をまたいでいるもの。
表2.一般化線形モデルによる葉中金属元素含有量の種ごと、生育場所の違い。樹種についてはシラカシを、場所についてはキャンパス側を基準にした場合の係数を示している。p値はWald検定の結果を意味する。
金属元素 | 説明変数 | 推定値(±S.E.) | p |
---|---|---|---|
Pb | コナラ | -2.72±1.14 | * |
イロハモミジ | -1.68±1.14 | 0.14 | |
道路側 | -0.75±0.93 | 0.43 | |
切片 | 5.4313±0.9304 | ||
Ni | コナラ | -0.88±0.26 | ** |
イロハモミジ | -1.42±0.26 | *** | |
道路側 | 0.23±0.21 | 0.27 | |
切片 | 1.45±0.21 | ||
Cd | コナラ | -0.03±0. 0.02 | 0.14 |
イロハモミジ | 0.15±0.020 | *** | |
道路側 | -0.028±0.016 | 0.09 | |
切片 | 0.078±0.016 | ||
Cu | コナラ | -0.49±0.44 | 0.27 |
イロハモミジ | 2.50±0.44 | *** | |
道路側 | 0.595±0.36 | 0.11 | |
切片 | 3.35±0.36 |
p <0.05 :* , p<0.01:** , p<0.001:***
図1.調査地位置図。点は落ち葉の採取地点を、それぞれのシンボルが樹種を意味する。同じ採取地点内では別樹種の採取場所はかなり近接している。白の破線内がキャンパス側でキャンパス敷地内、一般道路に面していない採集場所で、破線の外は道路側の採集場所である。道路側の採集場所については、最寄りとなる一般道路を黒の破線で示している。
図2.採取した4樹種の落ち葉。葉のサイズにはばらつきがあるが、分析実験の際は同量を切り出している。
図3.樹種ごとの、落ち葉における微量金属元素の含有量。pの値は、樹種の組み合わせごとのt検定の結果で、Holm法による補正を行っている。特に表記がない組み合わせは5%水準で有意差が検出されなかったことを意味する。