Japanese Journal of Conservation Ecology
Online ISSN : 2424-1431
Print ISSN : 1342-4327
Administrative boundaries as unintentional contributors to biodiversity conservation: roles and future strategies
Takeshi Osawa Hiroya Yamano
Author information
JOURNAL OPEN ACCESS FULL-TEXT HTML Advance online publication

Article ID: 2419

Details
Abstract

要旨:自然共生サイトは、”結果的に”生物多様性の保全に貢献してきた場所を意味するOther Effective area-based Conservation Measures: OECMsの日本における政策ツールである。OECMは、生物多様性の保全に貢献してきたものの、これまで見過ごされてきた仕組み等を認識する機会と捉えられることもある。国際目標として2030年までに陸地および海洋の30%を何らかの保護区またはOECMに指定するという数値目標 (30 by 30) が提示されている現在、“結果的に”生物多様性に貢献する仕組みや枠組みを見出し、その影響下にある土地をOECMとして認定を進めることは、生物多様性の保全、持続的な利用、そして国際目標の達成に向けて欠かせない。本稿は、“結果的に”生物多様性の保全がはかられている社会的な構造として、市町村あるいは都道府県の境界という条件を提案する。行政の境界付近では利用等に関する手続き等が複雑になり、“結果的に”土地利用に伴う開発圧が弱くなっている可能性がある。まず、国内において特に都市化が著しいと考えられる東京都と神奈川県における3つの実例と、それぞれの地域において異なる自治体が個別的に講じている生物多様性の保全策を提示する。続いて、各地域における生物多様性保全における現状の課題と、その解決に向けて自然共生サイトが貢献できる可能性を提示する。最後に、行政境にまたがる地域を複数の行政主体が連携して自然共生サイトに申請する際に活用可能と考えられる既存制度について論じ、その実現可能性について議論する。

Translated Abstract

Abstract: The "Nature Symbiotic Sites" designated by the Ministry of the Environment, Japan, represent a Japanese policy tool under the framework of Other Effective Area-based Conservation Measures (OECMs), unintentionally contributing to biodiversity conservation. OECMs allow recognition of mechanisms that have historically supported biodiversity without deliberate intent. With the global target of designating 30% of both terrestrial and marine areas as protected areas or OECMs by 2030 (30 by 30), the identification and certification of lands influenced by mechanisms such as OECMs is essential for biodiversity conservation, sustainable use, and achieving the international 30 by 30 goal. This paper proposes that administrative boundaries, such as municipal or prefectural borders, act as social structures to unintentionally promote biodiversity conservation. The complexities of administrative procedures near these boundaries may lessen development pressures, indirectly supporting conservation. Case studies from Tokyo and Kanagawa Prefecture illustrate the biodiversity conservation approaches adopted by different municipalities. This paper addresses current challenges in biodiversity conservation within these regions and the potential contributions of Nature Symbiotic Sites. Finally, existing frameworks for cross-jurisdictional cooperation in applying for Nature Symbiotic Site status are evaluated, considering their feasibility.

はじめに

2023年、民間の取組等によって生物多様性の保全が図られている区域を国が認定する制度「自然共生サイト」の一般募集が開始された(環境省「自然共生サイト」 https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/, 2024年9月9日確認)。自然共生サイトは、事実上Other Effective area-based Conservation Measures: OECMsという生物多様性保全に向けた政策ツール(Gurney et al. 2021)の日本版である(環境省によると、制度としては既に保護区に指定されている地域の重複認定も可能だが、重複しない部分についてはOECMとして国際データベースに登録されるとある:環境省「自然共生サイト」https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/, 2024年9月9日確認)。OECMとは、1) 生物多様性の価値を有し、2) 事業者、民間団体・個人、地方公共団体による様々な取組によって、本来の目的に関わらず生物多様性の保全が図られている区域とされており(Convention on Biological Diversity 2018; 環境省「自然共生サイト」https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/, 2024年9月9日確認)、その目的に関わらず、”結果的に”生物多様性に貢献している管理地域を意味する。OECMは2010年に考案され、2018年にその定義がなされた(Convention on Biological Diversity 2018; Gurney et al. 2021; 森本 2024)。OECMの制度化は、2021年のG7ならびに、2022年の生物多様性条約締約国会議で採択された「昆明・モントリオール生物多様性枠組(以降は新枠組と表記)」において提示されている、2030年までに地表面の30%以上を保護区またはOECMにするという数値目標の実現に向けた重要なパーツとなる(Alves-Pinto et al. 2021; Gurney et al. 2021)。

改めて強調するが、OECMは生物多様性の保全自体を主目的としている必要はない(Convention on Biological Diversity 2018; Alves-Pinto et al. 2021)。そのため、OECMの制度化は、“結果的に”生物多様性の保全に貢献してきたものの、これまで見過ごされてきた多数の主体や理由を認識する手段と捉える考え方もある(Alves-Pinto et al. 2021; Gurney et al. 2021)。例えばGarnett et al. (2018)によると、陸域の保護区のうち40%、人間の影響が小さい地域のうち37%が、先住民による所有、あるいは伝統的な土地利用の下にあるという。このデータは、先住民らの必ずしも生物多様性保全を目的としない伝統的な土地利用が、結果的に生物多様性の保全に向けて重要な役割を果たしてきたことを示唆する。Gelcich et al. (2019)は、チリの小規模漁協による漁場等の共同管理が生物多様性および生態系サービスに及ぼす影響についてシステマティックレビューを行い、これら共同管理行為が生物多様性および生態系サービスの持続性に貢献してきた可能性を示している。日本においても、工場地等、企業緑地が一定面積まとまっている地域は生物多様性の保全や生態系サービスの供給に寄与する可能性(三輪 2011)や、社寺林のような文化的緑地が希少種を含む種多様性の保全に貢献する可能性(村上 2024)等が指摘されている。このような”結果的に” 生物多様性に貢献する大きな仕組みや枠組みを見出し、その影響下にある土地をOECMとして認定し、持続性を担保していくことが、生物多様性の保全、持続的な利用、そして国際目標の達成に向けて欠かせない。

自然共生サイトは、2023年後期までに、184サイトが認定されている(環境省「自然共生サイト」https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/, 2024年9月9日確認)。2023年前期までに認定された122サイトを分析した先行事例では、TNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures:自然関連財務情報開示タスクフォース)の影響等もあり、企業の興味関心が非常に高いことが指摘されている(今西・松川 2024;森本 2024)。2023年後期に認定されたサイトを概観してみても、民間企業による申請が最も多く、同じ傾向は続いている。企業の生物多様性保全等に関する取り組みは生物多様性条約第10回締約国会議(CBD COP10)以降に急速に広がったと指摘されていること(西田 2017)、新枠組におけるターゲット15では企業の取り組みの必要性が明記されていることから(環境省生物多様性センター「昆明・モントリオール生物多様性枠組」https://www.biodic.go.jp/biodiversity/about/treaty/gbf/kmgbf.html, 2024年9月9日確認)、民間企業による申請は今後ますます増加していくことが期待できる。一方で、国土交通省の推計によると、日本の土地面積のうち法人所有は9.4%であり、世帯所有の50.6%、国公有地の28.9%に比して決して多いわけではない(国土交通省「我が国における土地所有・利用の概況」https://www.mlit.go.jp/common/001205336.pdf, 2024年9月9日確認)。2023年現在で陸域の20.5%が保護区に指定されており(環境省 2023)、陸域のみに着目しても、国際目標である30%に向けて、あと10%ほどの面積を保護区またはOECMに設定する必要があり、乱暴な計算だが、国際目標の達成には、全ての法人所有地がOECMに認定されてもわずかに足りない。国際目標の達成という観点からは、国公有地および世帯所有地を積極的にOECMに認定していくことが重要な取り組みになると考えられる。

ここで、自然共生サイトとして積極的に認定を進めることを検討する価値がある“結果的に”生物多様性の保全がはかられている社会的な構造として、市町村あるいは都道府県の境界という条件を提案したい。このように考えた理由は、境界付近では管理主体である行政が複数となるため、手続き等が複雑になり、”結果的に”土地利用という開発圧が弱くなる場合があると予想されることによる。複数の既往研究においても、国と国の関係を対象に、複数の行政ルールが存在することが手続きの複雑化を通し、国際貿易(World bank 2013)、生産性(Camagni et al. 2017)に悪影響を及ぼしていることが指摘されており、一つの国内であっても、実際に建設業に悪影響を及ぼしていることを指摘した研究もある(Zaychenko et al. 2018)。これらの事例は、複数のルールの存在は、開発を含む土地の経済的活用を“結果的に”抑制する可能性を示唆する。

地方自治法において、市町村境は変更が可能となっており(e-gov 法令検索「地方自治法」 https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000067, 2024年9月9日確認)、これまでも統廃合や河川改修等によって変更がなされている。とはいえ、境界の大元は河川や稜線等の自然的要因や歴史的な経緯等で設定されたものが多いと考えられる。1888年の市制町村制制定以降、市町村に公的事務権が付与されているが(総務省「地方自治制度の歴史」 https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/bunken/history.html, 2024年9月9日確認)、それ以降、土地利用を含む公的事務手続きのために大規模な境界変更が行われたことは、統廃合を除いて存在していないと考えられる。

本稿は、世界有数の人口密集地帯であり、強い開発圧に晒されてきた東京・横浜都市圏を含む東京都および神奈川県に属し、国土利用計画(詳細は後述)上の都市地域に含まれる場所から、市町村あるいは都道府県の境界という条件にあてはまった結果、まとまった緑地が維持されることになったと考えられる地域をいくつか例示し、この条件が”結果的に”生物多様性に貢献してきた可能性を提示する。続いて、これら条件を持続的に生物多様性に貢献させるための政策ツールとして、自然共生サイトという制度の有効性と、これらの活用を支援できる既存の仕組みについて議論する。

複数の行政にまたがることによる土地利用への影響

国土の利用に関する基本計画として、国土利用計画がある。これを定める国土利用計画法によると、国土利用計画は全国の区域について定める全国計画、都道府県の区域について定める都道府県計画(土地利用基本計画)、市町村の区域について定める市町村計画の3階層で成り立っており、全国、都道府県計画を基本としつつも、実際の具体的な計画および事業は市町村が実施するものとされている(e-gov 法令検索「国土利用計画法」, https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=349AC1000000092_20220617_504AC0000000068, 2024年9月9日確認)。例えば都市地域であれば、都市計画マスタープラン、農業地域であれば、農業振興地域整備計画、森林地域であれば、市町村森林整備計画を市町村で定め、市町村ではそれに従った事業等を行うことになる。このため、例えば都道府県計画では同じ土地区分となっている地域が市町村境をまたがっている場合、原則として、それぞれの市町村が個別に利用計画を立てることになる。この状況は、生態系としては連続している地域が異なる管理計画下に置かれることになり、目的の異なる管理行為が近接した場所で同時に行われ、生態系としての連続性を損なうことに繋がりうる。他方、まとまった土地区分が市町村境をまたがることで、各市町村が管理対象とする面積は相対的に小さくなり、事業行為等を行う際にも境界内で閉じる内容にすることを意識する必要があるため、積極的な管理行為等を行うのは困難になることも推察される。このため、積極的に事業等の対象地にすることを避け、消極的な選択として開発等を制限する可能性がある。もとは消極的な理由であっても、結果的に現時点で開発が規制されている境界地域を包括的に管理することが可能になれば、生態系の連続性を損なわず、生物多様性の保全、生態系サービスの発揮に貢献させることが可能かもしれない。さらに管理計画の一本化は、管理計画立案の手間を削減し、事業行為等のコスト低減にもつながるかもしれない。

事例1:寺家ふるさと村

寺家ふるさと村は、神奈川県横浜市青葉区の北端、東京都町田市、神奈川県川崎市麻生区の境界近くに位置する森林および田園地域である(横浜市「寺家ふるさと村とは」 https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/nochi/noutaiken/shizen/furusato/jike-index.html, 2024年9月9日確認)。この地域は丘地形に挟まれた細長い水田である谷戸田が複数存在し、丘部分は主に森林帯となっている(図1)。範囲内には私有地と公有地が混在しており、地域の名称として寺家ふるさと村とされているだけで、明確なゾーニングがなされ、自然公園等の指定を受けているわけではないが、ほぼ全域が鳥獣保護区に含まれている(神奈川県「令和5年度鳥獣保護区等位置図」 https://www.pref.kanagawa.jp/documents/65725/r5hunter_map.pdf, 東京都「鳥獣保護区等位置図」 https://www.kankyo.metro.tokyo.lg.jp/nature/animals_plants/birds/hunting_license/hunter_map , いずれも2024年9月9日確認)。なお、2024年時点で鳥獣保護区の特別保護地区には指定されていない。この地域は神奈川県自然保護協会選定の神奈川県の生物多様性ホットスポットに挙げられており、絶滅危惧種を含む様々な生物の生息場となっている(神奈川県自然保護協会「神奈川県生物多様性ホットスポット(2015年 Web公開版)」http://ww01.eco-kana.org/wp/wp-content/uploads/2021/01/kanagawahs2015.pdf, 2024年9月9日確認)。

図1に対象地の航空写真を示したが、森林、農地という一定のまとまった土地利用が3市の境界にまたがっていることが読み取れる。このため、生態系としては連続している地域が、それぞれ異なる行政計画の管理下にあると言える。範囲内にある一部の森林は、横浜市の条例下で生態系の保全を一つの目的とした制度である市民の森として指定されているが(横浜市「市民の森」https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/1mori/forest/shimin-mori-seido.html, 2024年9月9日確認)、当然ながら指定されているのは連続している森林のうち、横浜市側の一部のみである(図1)。同様に、この地域に連なる森林帯の一部は、市の条例に基づく源流の森保存地区にも指定されており(附図1a)、原則として10年以上の単位で保全される一種の保護区となっている。これら保護森制度下にない範囲は、市町村森林整備計画にあたる横浜市森林整備計画(神奈川県横浜市 2023)における地域森林計画対象民有林に該当する森林も含まれる。同時に、連続した森林の町田市側は東京都多摩地域森林計画書の計画区に含まれる(東京都 2021)。

森林と農地がモザイク状になった里山という生態系の連続性という観点でこの地域を見ると、神奈川県横浜市、東京都町田市、飛び地を含む神奈川県川崎市という3つの市にわたり、連続的に里山生態系が広がっている(図1)。神奈川県横浜市では、この地域の一部を都市緑地法に基づく特別緑地保全地区に指定しており、開発および木竹の伐採等に制限をかけている(横浜市「特別緑地保全地区、近郊緑地特別保全地区」https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/1mori/shitei/ryokuchihozen.html, 2024年9月9日確認)。同様に東京都町田市では、この地域を市内の里山環境を資産として活かしていくことを目指した「町田市里山環境活用保全計画」の対象地域に含めている(東京都町田市 2022)。神奈川県川崎市でも、図1左側の飛び地および右側それぞれの一部を、川崎市緑の保全及び緑化の推進に関する条例下で特別緑地保全地区に指定し、開発等を制限している(川崎市「特別緑地保全地区の指定状況(令和5年4月12日現在)」https://www.city.kawasaki.jp/530/page/0000018387.html, 2024年9月9日確認)。

このように、寺家ふるさと村の森林、里山景観は市境県境にまたがって存在するものの、一定面積について国および隣接するそれぞれの市が生態系の保全に貢献する制度等を適用しているため(表1)、開発が制限され、現状はこの構造が”結果的に”生物多様性保全に貢献している。

事例2: 高木道正山河畔林

高木道正山河畔林は、神奈川県大和市と神奈川県相模原市の市境をまたいだ緑地で(図2)、隣接する境川が東京都町田市との境界となっているが、旧河道を含む河川敷が大和市および相模原市域となっている(太田・秋山 2020)。この場所には絶滅危惧種を含む多数の植物種が生育しており、寺家ふるさと村と同様に、神奈川県自然保護協会選定の神奈川県の生物多様性ホットスポットに挙げられている(神奈川県自然保護協会「神奈川県生物多様性ホットスポット(2015年 Web公開版)」http://ww01.eco-kana.org/wp/wp-content/uploads/2021/01/kanagawahs2015.pdf, 2024年9月9日確認)。大和市における都市計画においても、該当地区は河畔林や斜面林と調和することが目標として挙げられ(大和市 「下鶴間高木地区地区計画」https://www.city.yamato.lg.jp/gyosei/soshik/20/soko/2748.html, 2024年9月9日確認)、相模原市では第2次相模原市水とみどりの基本計画・生物多様性戦略において、拠点の一つとして明記されている(相模原市 2020)。ただし、この場所は二級河川である境川の河川区域に含まれており、境川は根岸橋上流端より下流は東京都管理となっている(相模原市「相模原市内を流れる河川とその管理者」https://www.city.sagamihara.kanagawa.jp/shisei/1026823/1004604/1026850/1004607.html, 2024年9月9日確認)。このため高木道正山河畔林は、行政境付近に位置するだけでなく、行政区域としては神奈川県に属するものの、管理責任者は東京都建設局になるという非常に複雑な立地となっている(東京都建設局「河川の管理」 https://www.kensetsu.metro.tokyo.lg.jp/jimusho/nantou/kanri/kasen-kanri.html, 2024年9月9日確認)。

この地は、行政境に位置し、河川区域に含まれるために管理責任者と土地が所属する行政が異なるという複雑な構造が、“結果的”に絶滅危惧植物が生育できる環境を維持し、行政計画等においてもその価値が認識されている(表1)という、まさにOECMの条件に合致する場所である。しかし、河川区域に含まれることが、自然共生サイトへの申請を妨げている面もある。河川区域では、土地利用の目的は治水が最優先となるため(e-gov 法令検索「河川法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=339AC0000000167, 2024年9月9日確認)、生物多様性保全という治水と直接的な関係が見えにくいものの保全を主目的として公的な管理を行うことは困難である。このため、現在はNPO法人境川の斜面緑地を守る会が、管理者である東京都から年更新で対象地の占有許可を取得することによって、生態系の保全を目的とした管理行為を行っている(NPO法人境川の斜面緑地を守る会 私信)。このため、管理行為の継続性が1年単位でしか担保することができず、5年を単位として更新を行う自然共生サイトへの申請は困難となっている(NPO法人境川の斜面緑地を守る会 私信)。

事例3: 成瀬尾根

成瀬尾根は、神奈川県横浜市と東京都町田市の市境および県境近くに存在する緑地帯である(町田市「成瀬の自然を守る会」 https://www.city.machida.tokyo.jp/kurashi/kankyo/kankyo/midori/shiminjigyousha_katudo/katudodantai/naruse.html, 2024年9月9日確認)。成瀬尾根は寺家ふるさと村同様、自然公園等に指定されているわけではない地域の名称で、成瀬尾根1号緑地、成瀬尾根2号緑地、成瀬奈良谷戸緑地および公園、成瀬山吹特別緑地をまとめた町田市の市営緑地とされている(町田市「まちださんぽ成瀬尾根~恩田川」 https://www.city.machida.tokyo.jp/kurashi/community/shimin/katsudou/machibito/machibito202103.files/P14-15.pdf, 2024年9月9日確認)。成瀬尾根の一部である成瀬山吹特別緑地(図3)は、都市緑地法に基づく特別緑地保全地区(e-gov 法令検索「都市緑地法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=348AC0000000072_20250418_506AC0000000018, 2024年9月9日確認)に指定されている。成瀬山吹緑地の周辺について1979-1983年の航空写真を見ると、市県境をまたいで農地を含む緑地帯が広がっていたことが読み取れる(図4a)。ただし、1987-1990年には横浜市側で区画整理が行われ(図4b)、現在では神奈川県横浜市側が住宅地になっている(図3)。自治体ごとで異なる管理計画が立てられた結果、その行政境が土地利用の境界となった事例とも言える。

成瀬尾根は町田市営の緑地とされているが(町田市「まちださんぽ成瀬尾根~恩田川」https://www.city.machida.tokyo.jp/kurashi/community/shimin/katsudou/machibito/machibito202103.files/P14-15.pdf, 2024年9月9日確認)、この一部に連なって横浜市側にも一定のまとまった緑地が存在しており(図3)、横浜市青葉区が推奨する地域のウォーキングコースにも含まれるなど(横浜市「ウォーキングコースのご紹介」https://www.city.yokohama.lg.jp/aoba/kenko-iryo-fukushi/kenko_iryo/kenkozukuri/walking.html, 2024年9月9日確認)、利用については行政境にとらわれず一体的に行われていることが推察される。なお、横浜市側、北西にある森林帯の一部は、市の条例に基づく源流の森保存地区に指定されており(附図1b)、原則として10年以上の単位で保全される一種の保護区となっている(横浜市「源流の森保存地区」 https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/1mori/shitei/genryu.html, 2024年9月9日確認)。そのため、現状の成瀬尾根は町田市、横浜市それぞれが別の制度を用いて開発等を規制しており(表1)、結果的に一定のまとまった緑地が維持されていると考えられる。

考 察

本稿では、複数の行政単位にまたがるという条件が、”結果的に”生物多様性の保全に貢献してきた可能性として、東京都および神奈川県にまたがる3つの例を提示した。もちろん成瀬尾根の例が示すとおり、この条件は常にまとまった緑地等を維持させるわけではない。また、寺家ふるさと村の例が示すとおり、丘等のやや急峻な地形の存在が開発を抑制した面もあるだろう。とはいえ、行政境界という条件そのものが”結果的に”生物多様性の保全に貢献してきた面があることも事実であると考えられる。今回例示した3地域では、全域を網羅しているわけではないものの、隣接する市それぞれで境界部に存在する緑地を保全する制度等が存在していた。この状況は、これら地域で共通し、管理の煩雑さ等から結果的に緑地等が取り残され、後から追認するような形で保護区に類する制度下に置かれた面がある可能性を示唆する。一方で、一定面積のまとまった生態系内で、部分的に異なる制度や計画下で開発等が制限されているという状況は、一つの市なりが管理方針を転換してしまえば生態系の連続性が損なわれる可能性があるという点において、脆弱な状態にあるとも言える。この脆弱性を解消し、安定的に現在の生態系を維持するためは、行政境界を跨がる緑地をまとめ、その持続性を担保する仕組みがあることが望ましい。この実現方法として、自然共生サイトへの認定が使えるかもしれない。実際、2024年4月に公布された「地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律」の実施に関する基本的な方針(案)においても、生態系としてのまとまりを確保することが望ましいこと、必要がある場合は複数の市町村にまたがる区域の設定を可能としており、この方針を運用することで課題を解決できる可能性がある(環境省「自然再興の実現に向けた民間等の活動促進に関する小委員会」https://www.env.go.jp/council/12nature/yoshi12-09.html, 2024年9月9日確認)。

既存の枠組みでも、地方自治法において複数の地方自治体が共同で課題に取り組むための連携協約という制度がある(伊藤2014; 岩崎2014, e-gov 法令検索「地方自治法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000067, 2024年9月9日確認)。この制度を活用し、緑地を共有する市町村が連携協約を締結し、境界に存在する緑地等の扱いについて管理方針をまとめることは、理屈としては可能であろう。自然共生サイトは、認定に向けた申請の際、申請する土地が複数に及ぶ場合は当該区域を代表する者が申請することができると明記されている(環境省「自然共生サイト」https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/kyousei/, 2024年9月9日確認)。例えばこの地域について隣接基礎自治体間で連携協約を締結し、一体的な管理計画を策定の上で代表自治体あるいは連携協約に基づく協議会名で自然共生サイトに申請することは可能と考えられる。実際、2023前期に自然共生サイトに認定された「ブラザーの森 郡上」は郡上市、八幡町市、美並町という3市町にまたがっているが、申請者はブラザー工業(株)・郡上市・郡上森林組合の3者となっており、自治体として郡上市のみが申請者に含まれている。連携協約の有無等については確認できなかったが、この事例では、民間、行政が共同で申請するにあたり、何らかの合意に基づいて郡上市が3市町における代表自治体になっているのかもしれない。県をまたがるケースや、市町村間で責任機関等を決めることが困難である場合においては、同じく地方自治法で認められる事務の代替執行(伊藤2014; 岩崎2014, e-gov 法令検索「地方自治法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000067, 2024年9月9日確認)を用いることで、都道府県が事務を担当することが可能である。自然共生サイトは申請ベースの制度であるため(森本2024)、各自治体で合意を得ることが得られれば、その申請への障壁は決して大きくない。先述の横浜市条令に基づく源流の森保存地区のように、他にも申請ベースで緑地等が担保され、OECMとして機能しうる指定を受けられる制度が存在しているが、対象範囲が複数の自治体に跨る場合、条令のような影響範囲の制限を受けない国の制度を利用することでまとまった緑地を維持することが可能になるだろう。

以上のとおり、自然共生サイトという制度を利用することは、行政境界に存在する緑地を安定的に維持する上で有効であり、その運用を支える仕組みも存在している。とはいえ、この制度を利用することに対し、緑地が跨る自治体に対する行政的なメリットがなければ、その利用は広がりにくいだろう。2024年現在で自然共生サイトへの登録自体に対し、自治体に対する国からの交付金増額等のインセンティブは存在していない。現状の制度下で考えられる行政的なメリットは、異なる制度や計画下で散在する保護区やOECMに該当する場所について、管理計画や行為をある程度まとめ、効率化をはかる可能性である。例えば寺家ふるさと村における森林は、横浜市条例による市民の森、森林法に基づく市町村森林整備計画といった複数の制度下にあるが、この地域一帯を自然共生サイトに申請することで、公益的機能の発揮を目的としたもの等、生物多様性の保全に関わる管理計画および管理行為について一本化をはかることが可能かもしれない。自然共生サイトは、既存の保護区を含め他制度との重複を妨げない制度であるため、現行の制度を効率的に運用する手段として自然共生サイトを活用できるのであれば、これは行政的なメリットとなるだろう。もちろん”結果的に”とはいえ、その管理計画や行為が生物多様性の保全に貢献している必要はあるので、一本化をはかる際には行為等の妥当性について生態学的な検討を行うことは欠かせない。別の視点として、住民に対するPRツールとしての活用という利点も考えられる。自然共生サイトへの登録は、2030年までに陸地及び海洋の30%以上を保護区またはOECMにするという国際目標への貢献を定量的に視覚化できるものである。新枠組の影響もあり社会における生物多様性への関心が高まりつつある現在、納税者となる住民に対し居住する自治体の国際目標への貢献をアピールすることは、住民の満足度に貢献しうるとともに、自然環境保全に関わる予算確保にも影響するかもしれない。行政境界に存在する緑地を自然共生サイトに申請することで、1か所の認定を受けるだけで、隣接する複数の自治体に同時にこの利点が還元される点は、複数の自体が共同申請することに対する行政的なメリットになりうる。

他方、仮に自治体が積極的に自然共生サイトへの申請を進めようとしても、実際に申請する際には、該当地域全ての土地所有者等の合意が必要となる。日本の土地面積のうち世帯所有が過半の50.6%を占めるが、土地を所有する世帯数は2,560万と非常に数が多く(国土交通省「我が国における土地所有・利用の概況」https://www.mlit.go.jp/common/001205336.pdf, 2024年9月9日確認)、1世帯あたりの所有面積は大きくない。このため、緑地を構成する土地の所有者に複数の個人が含まれる場合、自然共生サイトへの申請について土地利用計画を立案する自治体の合意が得られたとしても、個人所有の土地については全土地所有者の意見集約という煩雑な作業が発生してしまう。

市町村境界付近の緑地を維持していくためには、行政による積極的な土地集約、具体的には土地を買い取り、集約していくという選択肢も考える必要があるかもしれない。行政による土地の買い上げについては、公有地の拡大の推進に関する法律(e-gov 法令検索「公有地の拡大の推進に関する法律」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=347AC0000000066_20160420_428AC0000000030, 2024年9月9日確認)、主に公共事業の推進が主眼とされているものの、土地収用法(e-gov 法令検索「土地収用法」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=326AC0100000219, 2024年9月9日確認)等、それを支援する法制度も整っており、財源の問題が解決されれば実現可能性はある。財源についても、例えば2019年に成立した森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律(e-gov 法令検索「森林環境税及び森林環境譲与税に関する法律」https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=431AC0000000003, 2024年9月9日確認)に基づく森林環境税、森林環境譲与税は、森林の整備及びその促進に関する施策の財源に充てるものとされており、税収使途については自治体が地域の実情に応じて独自に制度設計を行っている(石田 2018; 香坂・内山 2019)。このため、少なくとも森林について行政が買い上げを行う財源として利用することは不可能ではない。地方自治体では、既に今回の事例で扱っている神奈川県横浜市で、横浜市水と緑の基本計画の重点取り組み「横浜みどりアップ計画」という計画を策定しており(横浜市「横浜みどりアップ計画」https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/, 2024年9月9日確認)、緑地の保全、創造を目的とした横浜みどり税(横浜市「横浜みどり税の概要」https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/koseki-zei-hoken/zeikin/y-shizei/midorizei/midorizei.html, 2024年9月9日確認)を財源として、樹林地の買い取りを進め、上記計画に関連する緑地保全制度による追加指定面積等も公表している(横浜市 「横浜みどりアップ計画[2019-2023]実績報告」https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/midori-koen/midori_up/jigyou_houkoku.html, 2024年9月9日確認)。

そして、意見集約を進めるにしても、土地の買い上げを進めるにしても、行政境界における緑地に対し、行政が主体となって自然共生サイトへの登録を進めるために、土地所有者を含めた周辺住民の理解を深めることは必須である。国境をまたがる136の自然保護区における越境協力を調査した研究では、基本的に越境協力は低いレベルにあること、このレベルの向上に最も貢献しうる要因はステークホルダーを含めた地域住民との関係性であることが示されている(Zbicz 2003)。開発行為に関する国内の事例で、風力発電事業の推進において、事業者は周辺住民らステークホルダーに対する事前調整の必要性は認めつつも、反対の発生等、ベネフィットよりもリスクが大きいと判断し、十分な対応を行わなかった結果、ステークホルダーとの衝突を生じさせたことが指摘されている(竹内・石井 2020)。周辺住民の理解を深めることは、行政境界に限らず自然共生サイトの認定を広げる上で欠かすことができない。

本稿は、市町村あるいは県の境界という条件が“結果的に”生物多様性の保全に貢献している可能性とその事例、該当地域を自然共生サイトとして認定していく可能性について議論してきた。本稿では東京および神奈川県の事例のみ示したが、航空写真を見てみると、三大都市圏にあたる愛知県内の市境、大阪府内の市境においても、一定のまとまった緑地が存在していることが確認できたので(附図2)、類似のケースは全国の都市域に存在している可能性が高く、今後検討を深めていく価値はあると考えられる。自然共生サイトをはじめ、OECMの制度化は生物多様性の保全、国際目標の達成に向けて重要な機会であることは間違いない。さらに、2024年4月に公布された地域における生物の多様性の増進のための活動の促進等に関する法律は、2025年4月より施行される予定となっており、生物多様性に貢献する「場所」だけでなく、「活動」を認定する制度がはじまる(環境省「生物多様性増進活動促進法の施行後の「自然共生サイト」制度の扱いについて」https://policies.env.go.jp/nature/biodiversity/30by30alliance/documents/30by30site-law-for-biodiversity-form11f.pdf, 2024年9月9日確認)。同法の下では、荒れ地を再生する活動(例えば西廣ほか 2020)等、生物多様性の保全を含む生態系サービスの発揮を主眼とした活動、言い換えるとグリーンインフラに関する取り組みも認定対象としている。これに伴い、今回事例として取り上げたような、生物多様性の保全に関わる制度下にない地域についても認定に向けた申請がしやすくなると考えられる。しかし、制度は有効に活用されてこそ意味を持つ。今後も、“結果的に”生物多様性の保全に貢献する大きな仕組みや枠組みを見出し、自然共生サイトとして認定を進めていくことが必要である。この実現には、生態学に留まらず、都市計画をはじめ、社会的な仕組みや枠組みを検討する分野との協力は欠かせない。そして、制度の活用や課題等について、本稿のように研究者の立場から考え等を提示し、必要に応じて行政とも連携を進めることで、制度自体も改良されるような形が実現されるのであれば、保全生態学、保全科学の研究としても望ましいものであるだろう。

謝 辞

本検討を進めるにあたり、東京都立大学生物多様性情報学研究室の諸氏に様々な助力をいただいた。編集担当者には、多くの重要な示唆、指摘をいただいた。ここに記して謝意を表する。本研究の一部は、内閣府総合科学技術・イノベーション会議の戦略的イノベーション創造 プログラム(SIP) 第3期「 スマートインフラマネジメントシステムの構築 」JPJ012187(研究推進法人:土木研究所)によって実施された。

責任著者情報

ORCID iD 

Takeshi OSAWA 

https://orcid.org/0000-0002-2098-0902

付 録

附図1. 成瀬尾根近く、横浜市側にある森林帯の一部は市の条例に基づく源流の森保存地区に指定され、開発行為等が制限されている。この制度は私有地が対象であり、地番に基づいて指定が行われているため、指定地の一覧や地図等はweb等で公開されていない。

附図2. 名古屋市および大阪市に隣接する行政境界に存在するまとまった緑地の例。航空写真の閲覧によって見つけた場所であるため、所有者や保護区に関する制度等については調査していない。

表1. 3つ地域にかかっている開発あるいは行為規制に関わりうる制度や行政施策に関する指定等。筆者らが調べた範囲のものであるため、全ては網羅できていない可能性がある。

地域名 法律 条令 その他
寺家ふるさと村 都県指定鳥獣保護区(鳥獣保護法)※ 市民の森(横浜市条令) 神奈川県自然保護協会選定の生物多様性ホットスポット
特別緑地保全地区(都市緑地法) 源流の森保存地区(横浜市) 横浜市森林整備計画
特別緑地保全地区(川崎市) 町田市里山環境活用保全計画
高木道正山河畔林 神奈川県自然保護協会選定の生物多様性ホットスポット
大和市における都市計画における言及
相模原市生物多様性戦略における言及
東京都管理の河川区域
成瀬尾根 特別緑地保全地区(都市緑地法) 源流の森保存地区(横浜市条令) 町田市の市営緑地
横浜市との一体的な利用実績

  •    2024年時点で特別保護地区の指定はされておらず、狩猟の規制のみ

図1. 寺家ふるさと村周辺の航空写真。3つの市および2都県にまたがった地域となっている。

図2. 高木道正山河畔林周辺の航空写真。対象地は神奈川県の2市にまたがっているが、都県境界を流れる二級河川境川の河川区域に含まれるため、管理者は隣接する東京都となっている。

図3. 成瀬尾根周辺の航空写真。市境および都県境にまとまった緑地が存在している。

図4. 成瀬尾根周辺の過去の航空写真。市境および県境で土地開発圧が大きく異なることが読み取れる。

References
 
© Authors

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
feedback
Top