JACET-KANTO Journal
Online ISSN : 2436-1993
SLA Research Development and Contemporary Issues: An Overview to Help Facilitate Instructed Second Language Acquisition (ISLA) in Japanese classrooms
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2023 Volume 10 Pages 5-26

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Abstract

Half a century has passed since the emergence of the concepts of error and interlanguage as a paradigm shift for reconsidering and analyzing issues related to second language acquisition and foreign language learning. This review paper aims to provide a comprehensive overview of SLA research outcomes that can aid teacher educators and in-service teachers in further advancing their understanding of the field of SLA and teacher education. This paper commences by defining second language acquisition (SLA), instructed second language acquisition (ISLA), and foreign language learning. It then examines 34 review articles and comprehensive books on SLA published between 1967 and 2022 and scrutinizes the historical and thematic developments that have shaped the field. Furthermore, the article summarizes current issues related to SLA research and L2 instruction and conducts a critical assessment of recent studies conducted in EFL settings. The review emphasizes the need for greater teacher awareness of research areas such as pronunciation, vocabulary, pragmatics, writing, and learner engagement. The results also suggest educational implications for implementing ISLA in classroom practice in Japan, such as re-affirming the nature of the EFL environment, implementing pragmatics instruction, and fostering learners’ engagement. Finally, this article concludes that future studies should adopt interdisciplinary and longitudinal designs to strengthen the link between SLA and teaching English and teacher education studies and promote teachers’ expertise in incorporating research findings related to the L2 acquisition process in foreign language classroom practice.

1. はじめに

今やグローバル化してICTも進んだ時代において,情報や知識の伝達が瞬時に国境を越えて行われている。日本に住んでいても海外の識者による講演会に聴衆として参加できるし,ビジネス界では市場を海外に広げなくてはいけない時代にあっても,英語でやり取りできる人材がいれば,問い合わせや入荷後のメンテナンス依頼等が届いても,商取引を成立させ続行させることができる。したがって,ある程度の運用力を身に付けた英語使用者をいかに育てるか,解決法を見出すことが急務である。

近年の日本の英語教育をめぐる動向として,平成28年11月の教育職員免許法改正に伴い外国語(英語)コアカリキュラムが示され,英語科教育課程の学習内容に第二言語習得が加えられた。「学習者が第二言語・外国語を習得するプロセスについて基礎的な内容を理解し,授業指導に生かすことができる」という目標が明記されているが,限られた英語科教育法8単位の中で目標を達成するために,拡大しトピックが多様化しているSLAから重要なトピックを厳選することは容易ではない。

L2習得のプロセス解明を課題とするSLAの中から日本の英語教育に必要な基礎知識を抽出するためには,その中でも外国語学習環境でのSLA研究に限定し,多くの論文をまとめたレビュー論文を再検討すると,英語教員として知っておくべき領域が見えてくる。本稿ではSLAおよびISLA (Instructed Second Language Acquisition) の定義と研究範囲を確認したうえで,SLAとL2教育との関連を歴史的にとらえ,外国語学習環境にいる学習者はどのようにしてL2を習得するかという観点から,1960年から2022年前半までのレビュー論文と概説書,計34点を外国語としての英語 (EFL) の視点で再検討し,トピック間の関連を確認するとともに,まだ研究が十分に行われていないトピックの特定を試みる。材料はSLAに関連する主な学術誌 (Applied Linguistics, Language Learning, The Modern Language Journal, Studies in Second Language Acquisition, System, TESOL Quarterly) に掲載されたレビュー論文の中からEFLの習得を扱った論文,および主なSLA概説書を集めて検討した。日本での実践を考察するための実証研究は,研究参加者が日本人または外国語学習環境にいる学習者を対象とした研究を選択した。本稿の研究課題は次の3点である。外国語学習環境にいる学習者のL2習得を促進するために,

  • 1) EFLとの関連におけるSLA研究範囲と本質を概説し,研究動向を概説する。
  • 2) EFL学習者を対象としたSLA研究の現代的意味を探る。
  • 3) 日本のEFL(英語)教育のためのSLA研究の課題を特定する。

最後に,SLAの観点からどのようにすれば外国語指導により大きな効果が期待できるか示唆する。

2. 先行研究

2.1 定義

SLAは次に示すように,学習者がL1を学んでから新たに別の言語を学ぶプロセスであるとの定義が広く受け入れられている。また,外国語学習 (foreign language learning) についても,L1以外の言語を自分のL1環境で学ぶことであり,通常,L2が使われている環境でL2を学ぶ第二言語学習 (second language learning) とは区別される,との定義が定着している。

Second Language Acquisition (SLA): This is the common term used for the name of the discipline. In general, SLA refers to the process of learning another language after the native language has been learned. Sometimes the term refers to the learning of a third or fourth language. The important aspect is that SLA refers to the learning of a nonnative language after the learning of the native language. The second language is commonly referred to as the L2 (Gass & Selinker, 2008, p. 7).

Foreign Language Learning: A foreign language is generally differentiated from second language acquisition in that the former refers to the learning of a nonnative language in the environment of one’s native language. . . . This is most commonly done within the context of the classroom (Gass & Selinker, 2008, p. 7).

したがって,外国語学習環境で英語を学ぶ学習者にとって英語をL1とする人々との接触は限定的であり,学びも教室で起こることが多い。

2.2 研究範囲

SLAは1960年代に研究分野として生まれてから急速に発展した分野で,研究の中心はL2習得のプロセスの解明と,言語習得を行う学習者に影響を与える要因の解明の2点であった (Larsen-Freeman, 1991)。これを具体的に示したのがEllis (1994a) で,表1が示すように研究の枠組みは2つに分類され,学習者言語の特徴を描写・分析し,外的要因と内的要因を分析し説明する学習を中心とする領域と,L2指導の影響を受けるL2学習者を中心とする領域から構成されていた。当時は外国語学習環境にいる学習者を対象とした研究は多くはなく,留学生対象の研究が多かった。

表1 Ellis (1994a) が示したSLA研究の枠組み (Ellis, 1994a, p. 18を基に)
学習を中心として 学習者を中心として
描写 説明
領域 1
学習者言語の特徴
領域 2
学習者への外的要因
領域 3
学習者の内的要因
領域 4
L2学習者

その後,英語を世界共通語 (English as a Lingua Franca, ELF) と捉える動きが活発化した大きな潮流を受け,SLAは教育との関連を深めた。研究視野は習得の基本理論や応用だけではなく,言語喪失,指導を受けない自然な習得,教室における習得を含み,言語学習環境も外国語学習環境,第二言語学習環境,世界共通語の環境にいる個人やグループまで包含するほど広いものとなった (Doughty & Long, 2003)。

英語が世界共通語として学ばれ使われるようになった時代背景のもと,多くの研究者の興味が指導を受ける学習者の第二言語 (ESL) および外国語としての英語 (EFL) の習得へと移っていった。これに伴いEllis (2008)表2にあるように,学びの場での指導によるSLA (Instructed SLA, ISLA) として教室で起こるL2習得プロセスを探究する領域6と7を追加し,SLA研究とL2指導との密接な関係を明確に表示した。特に領域6は学習者がもつ個人差要因と指導者が調整した要因との相乗効果を探究する領域である。領域7は指導者が直接学習者言語に介入して指導効果を高めるための言語形式に焦点を当てた指導 (form-focused instruction) を取り上げている。

表2 Ellis (2008) が示したSLA研究の7領域 (Ellis, 2008, p. 34を基に)
一般的 SLA 学びの場でのSLA
学習者言語の描写 学習の説明
領域 1
学習者言語の特徴
領域 2
学習者への外的要因
領域 3
心理言語的プロセス
領域 4
学習者内変異性
領域 5
脳とL2習得
領域 6
「ブラックボックス」の中
領域 7
中間言語への直接的介入

ここで注意すべきは,領域6,7において行われる研究はESLとEFLの両方を含む,という点である。EFL環境にいる学習者のL2習得にそのまま全てを当てはめることはできない。目標言語をL1として話す話者へのアクセス可能な頻度がESL環境とEFL環境とでは決定的に異なるからである (Gass & Selinker, 2008, p. 7)。したがって,日本の学校教育の場で学ぶ英語学習者のための知見を得るためには,外国語学習環境におけるSLA研究の成果に絞り込む必要がある。

2.3 SLAと外国語教育との関連

SLA研究の黎明期から教育を視野に入れる傾向は存在していた。Corder (1967)Selinker (1972) は学習者言語から得られる情報や示唆をL2指導に生かしてコミュニカティブな指導を行うよう主張していたからである。その後,Krashen は理解できるインプットの重要性を強調するあまり,L2指導が役に立たないかのような見解を繰り広げた (Krashen, 1981他)。しかしKrashenへの批判が相次ぎ,SLA研究と教育との密接な関連を主張するレビュー論文や実証研究が多く発表されるようになった。例えば Lightbown (1985) は多種多様なSLA研究の成果を般化し,成人も習得できるなど10箇条を挙げている。その後もL2指導の効果を実証する多くの研究成果を受け,Ellis (1990) は著書のタイトルにinstructed second language acquisition (ISLA)という用語を使ってSLAの観点でのL2指導の重要性を強調した。またLarsen-Freeman (1991) は,SLA研究が学習と学習者に関する理論を統合する段階にきていると主張し,Lightbown (2000) は修正版のSLA研究成果の般化10箇条を挙げ,SLA研究はL2教育との関連が強く,研究者はL2の教師と対話を始める時期にあると主張している。さらに Ellis (2005) は教師と研究者が共通理解を持つことができるよう,教師のためのL2基本原理10箇条を提唱している。これら10箇条はL2研究と指導実践に必要な基本的知識であり,L2使用はL2習得に至る手段であって使用したから習得したとはいえない,L2発達の測定には自由な発話と制限付き発話の両方が必要であるなどが列挙されている。こうしてL2習得と教育の関連もSLA研究に含まれると広く認められるようになった。

またメタ分析により,言語形式に焦点を置いた指導の効果 (Norris & Ortega, 2000),ストラテジー指導の効果 (Plonsky, 2011),暗示的・明示的指導の効果 (Spada & Tomita, 2010) など,指導によるL2習得が起こることは広く合意事項となった。また,指導によるL2習得を論じる際にISLAという用語が使われ (Housen & Pierrard, 2005他),定義はLoewen (2020) が広く知られている。

Instructed Second Language Acquisition is a theoretically and empirically based field of academic inquiry that aims to understand how the systematic manipulation of the mechanisms of learning and/or the conditions under which they occur enable or facilitate the development and acquisition of an additional language (Loewen, 2020, p. 2).

ISLA研究は理論と実証に基づく分野であり,学習メカニズムや学習が起こる条件を体系的に操作すると,いかに追加言語の発達や習得が可能または促進されるか理解することを目標としている。

3. 初期のSLA研究の発展がもつ現代的意味

3.1 SLA研究の萌芽

SLA研究が生まれる前の教育界と研究界では,エラーは学習が成功していないことの表れであるとして忌避されており,指導と学習の最中に学習者の中で起きた認知的,心理的変化や発達の過程を解明するという発想はなかった (Chaudron, 2001)。ところがCorder (1967) がエラー (error) は学習者が発達段階のどこにいるかを示す何よりの証拠であるとエラーの重要性を主張してからSLAの視点が芽生え,エラーに対する捉え方が180度転換してパラダイムシフトが起こった。Corderは,エラーは1) 教師にとっては,学習者がどこまで学び,目標までには何が残されているかを示し,2) 研究者にとっては学習者がどのようなストラテジーを使って学んでいるかを示す重要なデータであり,3) 学習者にとっては必要欠くべからざる言語学習ストラテジーであり,エラーしながら仮説検証を行ってL2習得を進めている,と強調している。これにより,何を教えるかという観点から,学習者は何を学ぶニーズをもってどう学ぶのか,という方向へ教育の視点が転換され,研究面でも学習者言語の分析が盛んになった。

Corderと時期をほぼ同じくしてSelinker (1972) は,エラーを含む学習者言語を目標言語に到達する発達途上の「中間」に位置する体系的な知識体系と捉え,中間言語 (interlanguage) という概念を提唱した。Selinkerは,学習者が発する中間言語は学習者自身が伝達行動に積極的に関わることを示すもので,学習者がL2でコミュニケーションを試みる表れであるとして,中間言語を研究材料とすることの重要性と妥当性を説いた。そのため中間言語分析が縦断的研究で利用されるようになり (Ellis & Barkhuizen, 2005),習得プロセスが観察しやすくなり,さらに中間言語を長期間収集する不便さ解消のため,横断的研究で用いる様々な分析方法が開発されるようになった。

これら初期の研究成果は,エラーは以前の行動主義学習理論に基づいた説で唱えられたような忌避されるものではなく,言語の発達を示す指標であり,指導内容を決めるための判断材料であるという点である。この成果を受け,研究界,教育界は以下の点において大きく方向転換した。

  • 1. 学習者言語の重要性が広く認識され,学習者は学習者言語 (中間言語) を使いながら学んでいくという考え方が生まれた。
  • 2. エラーに体系性があることを受け,学習者が発する言語を研究する分析方法の開発が進んだ。
  • 3. 学習者言語に含まれるのは文法エラーだけではなかったため,語用逸脱の研究へつながった。
  • 4. 学習者が言語使用ストラテジーを使ってコミュニケーションを試み,仮説検証しているのではないかという主張が,その後のアウトプット仮説,コミュニケーション・ストラテジー研究,言語学習ストラテジー研究へとつながった。
  • 5. CorderとSelinkerがエラーは学習者がコミュニケーション・ストラテジー等を駆使しながら伝達行動を行い,学びを進めている証拠であるとの説を主張したため,学習者の誤りは悪であるとみなすオーディオリンガル・メソッドへの強力な批判となった。

以上により,CorderとSelinkerによるSLA研究への触発とL2指導に対する発想転換がいかに大きかったかが改めて確認できる。学習者言語の収集分析は今日でもSLA研究の中心である。

3.2 初期のSLA研究の現代における意味

初期の研究では,当時の言語学,心理学などの知見を総合して立てたといわれる Krashenのモニターモデルが中心的である。その後,モニターモデルを構成する5つの仮説への反論が発展してSLA研究やL2指導に関わる実証研究の柱となり,Krashenが取り上げた5つの問題点は現在もSLA研究における課題を提供している。以下,反論から発展した5つの問題点を総説する。

3.2.1 習得と学習の区別

成人が外国語を学ぶにはどのように指導したらよいか,という観点からの研究はSLA研究が生まれるより前から行われていた。構造言語学や行動主義心理学を理論の裏付けとしたオーディオリンガル・メソッドである。音声を中心として言語構造のパターンを繰り返し練習する指導法において,口頭練習に使われた英文は場面や状況から切り離されたものが多く,意味内容より言語形式を重視して教え,語彙拡充についても学習者の負担軽減という理由で積極的には行うことはなかった (佐野, 1995)。

以上のような外国語指導法に批判を加えたのがKrashen (1981, 1982) である。言語の発達とは言語形式に重点を置く学習 (learning) ではなく,伝達行動を行うために意味に重点を置いて上達していく習得 (acquisition) が本来あるべき姿であるとの考えのもと,習得・学習仮説 (acquisition-learning hypothesis) を提唱した。コミュニケーションのために学習者が誤りを含む学習者言語を使うことを通して習得が進むという点が,習慣形成説やオーディオリンガル・メソッドの有効性に懐疑的であった教師や研究者に強く支持され,一時は世界中から広く支持された。

ところが上述のKrashen (1982) は,学習は習得に移行しないという非インターフェイスの立場を取り,学校での学習や指導は習得には役立たない,エラーの訂正も役に立たない,と主張したため,多くの批判にさらされるようになった。Krashen の非インターフェイスの立場に対して,Ellis (1993, 1994a) の弱いインターフェイスの立場,DeKeyser (1994, 2007) の強いインターフェイスの立場が表明され,どのような指導と学習を行えば教室で習得が起こるかに関する研究が発展した。現在では,強弱の差こそあれL2指導の効果としてインターフェイスが起こるとの合意に至っているが,インタラクションやフィードバックによるSLAアプローチをとる弱いインターフェイスと,インプット処理に基づくSLAアプローチによる強いインターフェイスとの論争は続いている。

また,学習は明示的指導から得られる知識であり,習得は暗示的知識の構築であるが,インターフェイスの立場に立つと明示的知識と暗示的知識の境界を特定することが難しく,コミュニケーション活動に取り組んでいるときでさえも,学習者は自動的に使えるようになっている暗示的知識と,意識的に使う明示的知識の両方を使っていることは,広く合意されている。この合意に基づきLoewen (2020) は,明示的知識はほぼ宣言的知識と同じであり,暗示的知識は手続き的知識とやや異なる点はあるものの言い換えて使ってもよいであろうと述べている。

さらにエラーの訂正は,訂正そのものも否定情報を含むインプットの一種であると定義づけられている (Long & Robinson, 1998)。また,エラーの訂正は訂正フィードバック (corrective feedback) として捉える研究が多く行われ,学習者が訂正フィードバックを取り込み,習得が促進されることが確認されている。同時に,訂正フィードバックは実践の場でも取り入れるのか否かの選択的判断を行うためにエビデンスが欲しい懸案事項であるので,理論面と実践面で研究が進んだ。

習得・学習仮説への反論から発展した研究から得られた大きな成果として以下が挙げられる。

  • 1. 明示的知識と暗示的知識は,宣言的知識と手続き的知識と言い換えて使ってもよい。
  • 2. エラーの訂正は役立つものであり,教師の役割は大きい。

以上により,研究者と教師の相互協力と情報の往還が必要であると言える。教師にはどのタイプの訂正がどのタイプの誤りに適切なのか,どのタイプの訂正をどのタイミングで提供するのか,どのタイプの学習者にはどのような訂正が効果的なのか,などに関する知識と訓練が求められる。

3.2.2 文法形態素習得順序

学習者が発するエラーには体系性があるという中間言語の本質が明らかになってきたことを受け,文法項目の習得順序の研究が発達した。多くの研究者,例えばDulay and Burt (1973, 1974) などが文法形態素の習得順序を見つけ,それらが一致していたので,Krashen (1981, 1982) は習得順序仮説 (acquisition order hypothesis) を提唱した。L1や年齢が異なっても,データ収集方法が口頭であっても筆記であっても,一定の習得順序をとるというセンセーショナルな発表で,この時期のSLA研究の大きな成果の一つと評される。しかし,L1が異なっても一定の順序がみられるという点に疑問をもったLuk and Shirai (2009) は,SLAの主な概説書である Ellis (1994b), Mitchell and Myles (2004), Saville-Troike (2006), Ortega (2008), Gass and Selinker (2008) を概観し,Gass and Selinker以外は,L1に関わらず L2 習得順序はほぼ同じであると記述していることを批判している。さらにLuk and Shiraiはアジアの言語をL1としてもつ日本人,韓国人,中国人を対象としたL2習得順序研究を取り出して点検し,アジア人は想定以上にL1の影響を受けていることを明らかにした。

習得順序仮説への反論の一つが,仮説を立てる根拠として用いたデータ分析方法への批判である。絵を描写するなどの方法を取った文法形態素の義務的生起分析だけでは学習者が何ができるようになったかを正しく測定することはできなかった。そのため,何を間違えたのかに着目するのではなく,何を使うことができるようになったかに着目する分析方法の開発が進んだ。

習得順序仮説への反論から発展した研究成果として,次の2点が挙げられる。

  • 1. アジアの言語をL1とする学習者の習得順序は,Krashenらの習得順序とは異なる点がある。
  • 2. 学習者が発する言語を分析する視点として,何ができなかったかに着目するのではなく,何ができるようになったかに注目してデータ収集し分析することの重要性が広く認められた。

以上の結果により,教師は学習者ができるようになったことに重点を置いて評価することが求められ,次に使う言語活動を選択するための判断材料を得られるようになったと言えよう。教員が集めたデータがSLA研究を発展させるので,リサーチマインドを持った教員の養成が求められる。

3.2.3 モニターの役割

モニターとは,学習者が自分が発した言語の形式が正しいかどうか気をつけて観察し,チェックすることである。Krashen (1981) はモニターが働くためには,学習者は自分が発した言語の正確さを点検する時間がある,文章校正するときのように言語形式に焦点を当てている,文法規則の知識を持っている,という条件が必要であると述べたため,文法規則を知っていても自由に対話する場面でL2使用ができない学習者が多くいる状況を知っていた教師は,言語形式に関する知識を増やす学習より,習得のための意味内容中心の言語活動を重視するという示唆に賛同した。

しかし,文法知識の役割について,学習者が自分の書いた文章を校正するなどモニターする際に言語形式に焦点を当てる (focus on form) ためのもの,および言語学を学ぶためのものと Krashen (1981, 1982) が述べたので,モニター仮説 (monitor hypothesis) に対する批判が噴出した。中でも Long (1988, 1991) は言語形式に焦点を当てることの重要性と有効性について主張し,タスクなどを行う場で意味理解と情報伝達を重視するだけではなく,形式に意識を当てるフォーカス・オン・フォームも併せて指導することの有用性を実証する研究を牽引した。こうして,タスクなど意味中心の言語使用の後に,学びの振り返りとしてフォーカス・オン・フォームを行い,文法理解を定着させる指導が広く合意され,実践されるところとなった。

さらにVanPatten (1990) はインプットの意味理解と言語形式へ注意を払うことの同時処理は極めて困難であることを実証し,インプット処理指導の提唱 (VanPatten, 1996) へとつなげ,意味と形式のマッピングの重要性を説いた。言語形式に意識を向ける手法として,インプット処理,インプット強化 (input enhancement),意識化 (consciousness raising) の有効性を比較する議論は現在でも続いている。

意識については,Schmidt and Frota (1986) がSchmidt自身のポルトガル語学習の体験に基づいて気づきの働きの重要性を指摘し,気づき仮説を提唱した。さらに Schmidt (1990) がSLA研究で用いる意識という用語を改めて定義づけるとともに,インプットの言語形式に注意を向けて新しい項目に気づくことの重要性を指摘した。Schmidtは気づきが起こりやすくなる要件として,新しい項目がインプットに出現する頻度,目立ち度 (saliency),伝達上の必要度,期待度を挙げている。こうしてインプットがインテイクに変換される際の注意や意識といった学習者の認知作用と,学習者が持っている明示的な文法知識の重要性が広く認められるようになった。

以上のモニター仮説への反発から発展した研究成果の主なものは次の4点である。

  • 1. フォーカス・オン・フォームはL2習得に大きな役割を果たす。
  • 2. インプットの意味理解を進めるうえでも言語形式に焦点を当てる認知プロセスは必要である。
  • 3. 言語形式に焦点を当てる手法に,インプット処理指導,インプット強化,意識化などがある。
  • 4. 気づきの働きは重大である。

日本にいるEFL学習者はESL学習者と比べて,インプットの中に含まれている新しい項目に気づく機会が少ないので,教室で気づく機会を教師が積極的に提供すること,コミュニケーション活動をしたあとは振り返りの機会を設けて言語形式の確認をすることが求められる。意味理解のために言語形式の明示的指導の重要性が改めて確認されたと言えよう。

3.2.4 理解できるインプット

L2指導においては,理解できるインプットを豊富に提供することの重要性を説いた Krashen (1982, 1985) のインプット仮説 (input hypothesis) の主張は,学習の初期から文脈から切り離した文を機械的に繰り返す練習を行うことに懐疑的であった教師や研究者に広く受け入れられた。

しかし学習者の認知面に着目した研究者たちから,インプットをただ与えるだけでは学習者は自分の発達途上の言語のどこに誤りがあるのかに気づかない,インプットと同様にアウトプットやインタラクションもL2習得に重要な役割を果たす,学習者は自分が発した言語と目標言語とのギャップに気づく機会を持つことでL2習得につながる,との批判が沸き上がった。Swain (1985) は理解できるインプットだけではなく理解できるアウトプットがL2習得に必要なメカニズムであり,学習者は自分の発話のわかりやすさ,適切さ,正確さを伸ばす機会を教室で提供されるべきであると主張している。加えてLong (1996) はインプットだけでは十分ではなく,学習者の認知プロセスとして,注意,意識,フォーカス・オン・フォームが必要であると主張している。こうしてインプット仮説への批判から数々の重要な研究が行われ,SLAの中心をなす仮説,インタラクション仮説 (interaction hypothesis),アウトプット仮説 (output hypothesis),気づき仮説 (noticing hypothesis) が生まれた。

以上の研究の発展により以下の大きな成果が得られた。

  • 1. L2習得にはインプットだけでは不十分で,インタラクション,アウトプットも必須である。
  • 2. インプット,インタラクション,アウトプットに共通してみられる認知作用は気づきである。

EFLの教室では,学習者にとって意味ある良質なインプットや,新たな項目に気づきが起こるような材料をいかに提供するか,学習者にどのようにインプットを自ら得させるか,教室でインプット,アウトプット,インタラクションを行う時間をいかに作り出すか,など教師の力量が必要なことばかりである。教職課程でISLA理論と実践の両面からの教師教育が必須である。

3.2.5 情意フィルター

情意フィルター仮説 (affective filter hypothesis) では,Krashen (1981, 1982) は,インプットが摂取されやすくするために情意フィルターは薄くすることが大切で,誤りの訂正は学習者の情意面にマイナスであるから訂正してはならないと主張し,学習者のライティングのエラー訂正に疲弊していた指導者から大きな支持を得た。さらにTruscott (1996) が,学習者が書いた文章中の誤りを訂正しても学習者はフィードバックを取り入れることはないので訂正は役に立たず,学習者のやる気をそぐので,訂正は害になるとさえ主張した。しかしFerris (1999) が書くことの指導において訂正フィードバックが有用であることを強調し,Bitchener et al. (2005) が明示的訂正フィードバックの効果を実証した。加えて上述のLong and Robinson が訂正フィードバックはL2習得を促進するインプットの一種であることをインプットの概念図の中で示した。こうして今では文字による訂正フィードバックは口頭の訂正フィードバックと共にSLA研究に含まれ,新たな学びと習得を促し,既存の知識の定着にも役立つことが知られている (Lyster et al., 2013)。また,タイプ別訂正フィードバックの効果について今なお活発に研究が行われている。

情意フィルターに関連して不安に関する研究が盛んになり,Horwitz et al. (1986) などの研究成果を受け,学習者の不安は取り除くべきであり,教師はその術を学ぶべきであるとの考えが広まった。一方で,不安を減らすことから学びの喜び (enjoyment) を増やす方向へと視点を移した研究も盛んになった。例えばDewaele et al. (2018) は一連の実証研究を通して,教室でL2活動に喜びを感じる学習者はその後の伸びが大きいと強調している。さらにBotes et al. (2021) は学ぶ喜びを測定する21項目から成るアンケートに探索的因子分析をかけ,妥当性と信頼性の高い9項目の短縮版アンケートを作成し,学習者の感情を理解することを推奨している。

情意面を重視すべきであるという情意フィルター仮説の影響は多方面に及び,EFL学習者の動機づけ研究が盛んになった。Deci and Ryan (1985) による内的動機づけや自己決定理論 (self-determination theory, SDT) が発展し,その後Dörnyei (2005) による第二言語動機づけ自己システム (L2 motivational self-system, L2MSS) が注目されるようになり,多くの追実験が行われ,学習者自身が自分の将来を見据えるビジョンが動機づけに大きく影響を与えるとの成果を出した。

こうして動機づけ研究については自己肯定感や自己決定理論からL2MSSへと流れが移行したかのようにみえたが,2022年にSDTに関する興味深い報告がなされた。Leeming and Harris (2022) による大規模調査の結果報告で,日本の大学2年生600名からデータを集めて分析し,動機づけを決定づける要因のうち,自律性 (autonomy) が最大の要因であったと報告している。学習者が感じている有効性 (competence) と関係性 (relatedness) より学習成果に大きな影響を及ぼす要因が統計処理から導き出されたことは興味深い。日本の大学で学ぶ学生にとって,英語を使う将来ビジョンを思い描くことより,学生の間に何をしたいかを自分で選択決定することのほうが,身近な目標であるといえるかもしれない。

以上,情意フィルター仮説への反論から進展した研究は,以下の5点で大きく発展した。

  • 1. エラーの訂正は訂正フィードバックとしてとらえることができ,必要かつ有効である。
  • 2. 不安を取り除き,学ぶ喜びを感じさせたり将来のビジョンを描かせたりする指導に期待できるようになった。
  • 3. 動機づけの研究が極めて活発に行われている。
  • 4. 動機づけに関する説には,SDTやL2MSSなどの有力な説が併存している。
  • 5. 日本人を対象とした最新の研究成果から,自律性が日本人の動機づけを説明する最大の要因である可能性が出てきた。

情意フィルター仮説から大きく発展したSLA研究はISLAの分野に焦点を置き,研究と実践の往還をさらに進め,学習者を自分の将来に向けて自律的に学びに取り組ませる方向へと進んでいる。

3.3 初期のSLA研究の教育面への現代的意義

初期の研究ではKrashenの勢力が大きく,指導しても習得につながらないと主張したが,その後の研究発展とメタ分析 (Norris & Ortega, 2000; Plonsky, 2011; Saito & Plonsky, 2019他) により,指導は有益であるとの共通理解に至った。よってSLA研究の教育面への現代的意義も明らかであり,外国語教師に求められることについて佐野 (2022) が以下のように述べている。

  • 1. 様々な訂正フィードバックを効果的に使い分けて学習者とインタラクションしながら習得に導く力を備えていること。
  • 2. 学習者が何ができるようになったのかに常に着目し,次に学ぶ教材や言語活動の選択の判断材料とすること。
  • 3. 教室でコミュニケーションのための言語使用をしながら文法指導を行う力量。
  • 4. 気づきが起こりやすいようにインプットやインタラクションを提供し,気づきが起こりやすいとされるアウトプットを行う機会を多く提供する授業力。
  • 5. 様々な訂正フィードバックを使い分け,適切にフィードバックする力。

ISLAの発展には教師の重要な役割が期待され,教師教育のさらなる充実が求められている。

4. 今後必要とされるSLA研究

SLA研究において指導の場でのL2習得 (ISLA) を促進するために一層の研究が必要な課題は,語彙力,発音力,語用的能力の育成と習得であると Loewen (2015) が指摘している。さらに指導なくして上達は期待できないライティング力の育成である。書く際に使う明示的知識がL2習得に果たす役割について探求が必要であろう。また現代的課題として,ICTを活用したL2指導とその効果,自発的取り組みを促進する心理学からのアプローチが挙げられる。以下に現状を記述する。

4.1 語彙力の育成

L2指導の最終目標はL2によるコミュニケーション能力の育成である。社会に出て意思表明や情報伝達のための語彙知識の広さと深さ,意味と言語形式と機能を統合して語彙を使う力,瞬時に発する流暢性などが求められる。しかし,EFL環境にいる学習者が限られた学習時間内で豊富な語彙を身に付けるには,意図的学習に比重を置かざるを得ない。

ESL環境では教室でタスクを取り入れた活動を取り入れると偶発的学習が起こると主張する関与付加仮説 (involvement load hypothesis) が知られている (Laufer & Hulstijn, 2001)。学習者が必要 (need) としている語彙,新しい語彙の意味を探そうとする検索 (search),その語を必要または重要と評価 (evaluation) する認知作用が働くと,つまり学習者が動機と認知の両面で関与していると,語彙の偶発的学習が効果的に起こるとされている。しかしこの効果をEFL環境でも期待するには,偶発的に出会う語彙を学び取ろうという動機づけを高め,学習者がどのような語彙を学びたいと思っているのかニーズを捉えたうえで言語活動に取り組ませるなど,教員の高い授業力が求められる。また,意図的学習にも当てはまるかどうかの実証研究の積み重ねが必要であろう。

4.2 発音指導

一般にL2学習者がL1話者並みの発音を身に付けることは容易ではなく,これを克服するためには学習開始年齢を低くするしかないと信じられてきた。しかし,Munro and Derwing (1995) がL2学習者が身に付けるべき発音は,聞き手が努力しなくても聞き取れて理解できる発音でよいと主張してから,発音の理解性 (comprehensibility) と明瞭性 (intelligibility) に関する研究が急速に進み,EFL学習者を対象としたSaito (2011) をはじめとする一連の実証研究は大きな成果を上げた。特に機能負荷 (functional load) の原理をもとに,学習者の発音が不正確であるために意味の取り違えが起きてしまう可能性が大きい単音は /r/と/l/, /f/と/v/, /s/と/ʃ/であることを特定した研究は,日本の英語教育界に重要な意味をもつ。Saito and Plonsky (2019) は,学習者が自分の発音に注意を払って音声を発しているときが最も指導の効果が表れる点を指摘し,発音指導と効果測定とSLAを一体化した研究の有用性を主張している。さらにSaito (2021) は外国人訛りの有無は単音で区別されるので,単音は通じるレベルに,正確に発音できるようにしておく必要があると示唆している。

発音の指導については,明示的指導が効果的であるとの結果が出ている。例えば,Zhang and Yuan (2020) はEFL学習者90名を対象にした実証研究で,子音や母音の単音 (segmental) の明示的指導と,リズム,アクセント,イントネーションまで含んだ超音節 (suprasegmental) の明示的指導に効果があり,特に超音節の指導は音読テストだけではなく,自発的な発話にも長期的に大きな効果がみられたと報告している。一方で,偶発的学習のほうが発音の正確さは上がるとの考え方もあるので,EFL環境での実証研究を積み重ねることが求められる。

発音に対するフィードバックではタイプ別の比較を行った実証研究がある。Gooch et al. (2016) は大学生のEFL学習者に/ɹ/の発音指導の際に提供したリキャストとプロンプトを制御されたテストと自発的な発話で,効果測定し比較した。結果はどちらがより効果的ということはなく,発音のわかりやすさにはプロンプトが,正確さを高めるにはリキャストが効果的であった。

日本人の語彙学習に発音が伴っていない問題を指摘したUchihara and Saito (2019) は語彙の学習の始めから音声を伴う必要性を強調し,発表語彙力と話す力の向上に関する研究を促進している。日本人の発音力のみならず,リスニング力を高めるうえで,ひいてはインプット,インタラクション,アウトプットを盛んに行ううえで,指導面への有益な示唆が得られる研究である。

4.3 語用的能力の育成

Bachman (1990) がコミュニケーションのための言語能力を組織図で示し,その半分を語用的能力が占めていることから,語用的能力育成の重要性が広く認められるところとなった。Kasper and Schmidt (1996) が指摘しているように,L2語用論分野では知っている語彙項目や文法をどのように適切に使うことができるようになるかに関する研究が中心であったので,L2指導の観点からの研究が進み,丁寧さを表したり円滑なコミュニケーションを行ったりする際に使う定型表現の明示的指導と意図的学習,発話行為の明示的指導,明示的訂正フィードバックの有効性が多くの研究から明らかになっている。評価法については,Ishihara and Cohen (2022) が発話行為の理解と産出を測定する方法を提示して,重要な方向性を示している。

一方,語用的能力育成の重要性についてはBardovi-Harlig and Dörnyei (1998) がEFL環境では学習者のみならず教師もほぼ認識していないと指摘してからおよそ四半世紀経過したにも関わらず,日本ではいまだに語用能力を育成する指導法を学ぶ教員養成の機会は限定的で,教科書として使う図書の出版も極めて少ないのが実情である (Miura et al, 2022)。まずは教師の意識改革から始めなくてはならない。また,研究面では語用的能力が伸びるプロセスの解明も一層必要であろう。

4.4 SLAの観点からみたライティング力の育成

ライティング研究は文章作成のための作文指導法研究として発達した分野であるので,L2の発達プロセスの解明を中心的な課題とするSLA研究とでは長い間平行線をたどっていた (佐野, 2005)。SLAでは暗示的知識から瞬時に表出される即座のアウトプットがL2習得の証を示すデータであると捉えられているため,明示的知識を多用して時間をかけて書き上げていくライティングはSLAの中で大きく取り上げられる機会は多くはなかった。しかし,1980年代から,学習者は教師からのフィードバックをどう処理するかに関する研究は行われていた (Cohen, 1987; Cohen & Cavalcanti, 1990)。さらにSLA研究で訂正フィードバックのタイプ別効果について研究が盛んになり,学習者が書いた文章を訂正してよいかという議論を経て,2000年代に入ると訂正フィードバックの適切性と有効性が認められ (Chandler, 2003; Ferris, 2010; Polio, 2012),提出したライティング課題に訂正とコメントを求める学習者からの要求には応えるという姿勢が広まった。

しかしながら現実問題として,教師が訂正フィードバックやコメントを書く作業には多くの時間と労力がかかるため,コンピュータによる自動評価 (automated writing evaluation, AWE) の研究が行われるようになった。EFL学習者へのAWE利用効果を測定したZhang and Hyland (2018) は,学習者のL2ライティング力を伸ばすには,自動評価プログラムの導入,学習者のやる気と自らの取り組み (engagement),教師による評価とコメントの3要素を整えることが必要であると結論づけている。AWEの取入れには学習者が書くことに自ら取り組む準備ができていることが前提であるとの示唆である。また,Crusan et al. (2016) が指摘しているように,教師はライティング評価リテラシーを身に付けておく必要がある。教師教育の課題でもある。

以上のように,SLA研究とライティング研究は元々目的が異なる分野であったが,これらを融合させるためには訂正フィードバックが接点となる。さらなる発展のためにはSLAの視点からのライティング研究を行うことが必要であり,Hanaoka and Izumi (2012) のような,学習者は書いている最中に言語のどの面に気づくかという研究をはじめ,明示的知識を効果的にインターフェイスさせるライティング活動,学習者言語を考慮した評価基準などについて,今後の発展が望まれる。

4.5 学習者の内的要因の促進

個人差要因のなかでも学習者の関与 (engagement), 動機づけ,不安,コミュニケーションする意欲 (Willingness to Communicate, WTC),コミュニケーション・ストラテジーや学習ストラテジーの選択,将来目標の設定は,教師の働きかけで改善させることが可能な要素である。また,英語を使っている将来の自分像を描くことができると,英語学習が現実の生活そのものとなり,学習者にとって,自発的,自律的な学びを推進すると期待できる。さらなる研究の深化が求められる。

5. 日本の英語教育ではどうすればよいのか (結論)

日本人学習者を対象としたSLA研究は少しずつ増えてきてはいるものの,まだ十分に結果が出揃ったとはいえない。特に,縦断的研究や学際的な研究を増やす必要がある。また,SLAの中でもISLAに絞り込んだ概説書 (Housen & Pierrard, 2005; Loewen, 2015, 2020; Loewen & Sato, 2017; Sato & Loewen, 2019) はあるものの,指導の場でのL2習得のプロセスを包括しているため,日本のようなEFL環境だけに特化した概説書 (JACET SLA研究会, 2013) はまだ限られている。このような状況で,日本の英語教育の場ではどのようにすればよいのか,以下に5点を提案する。

5.1 EFL環境であることを念頭におく

SLA研究の成果を日本の英語教育に取り入れる際には,どの環境で得られた研究成果であるかを注意深く見極める必要がある。さらに,指導を受けてL2習得が進んだとする研究 (ISLA) にもESLとEFL環境が含まれるので,より慎重な選択が必要である。EFL環境ではL2が日常の生活言語ではないため,L2習得に不利な条件として,1) インプットの絶対量が不足していること,2) L2を母語とする人または母語レベルに近いL2話者とインタラクションする機会が限定的であること,3) 学習者がL2習得に能動的に関与する度合いが低い場合があること,の3点が挙げられる。特に3点目は,インプット,インタラクション,アウトプット,気づきが起こる前に整っていなくてはならない学習者の姿勢であり,L2習得に必要不可欠な要件として入れるべきであろう。学習者の自律的,能動的関与がなければEFL環境におけるインプット量の不足を解消することにつながらない。学習者の能動的関与はL2習得に必要な気づきにも大きく関連するからである。学習者がインプットを理解しよう,インプットに含まれている新しい項目を自分の知識体系に取り込もうという意図がないと,気づきは起こりにくい。

5.2 インプットの絶対量を少しでも増やす

5.2.1 訂正フィードバックの実践

訂正フィードバックは既存の知識の定着や新たな学びの促進に役立つことは広く認識されていることは上述のとおりである。しかし,学習者の情意面を重視し過ぎて誤りを直すか否か迷っている場合は,教師が様々なタイプの訂正フィードバックを与えると学習者はどのようにフィードバックを取り入れて (uptake) 習得が進むのかを実証したLyster and Ranta (1997) の再現を行うと,訂正フィードバックの効果に関する理解を深める機会になるとVásquez and Harvey (2010) が報告している。

また,リキャストは学習者が発したエラーへの訂正フィードバックとして自然に出てくる反応であるが,授業で複数個所の間違いを教師が瞬時に訂正してリキャストを提供しても,学習者は受け止めきれずにフィードバックを取り入れることはできない。この問題の解決としてEgi (2007) が,リキャストは1か所の訂正を1語または短い句で提供すると学習者が気づきやすく,取り入れるとL2習得につながりやすいと報告しているように,1項目の訂正に止めるよう心掛けたい。

5.2.2 コーパスの利用

外国語学習環境におけるインプット不足問題の解決のため,コーパスを用いて指導や学習 (data-driven learning, DDL) に活用する研究が盛んに行われている。メタ分析の結果,DDL利用の場合の持続的効果はまだ出揃っていないが (Boulton & Cobb, 2017),英語熟達度が高い学習者のほうがより大きな効果が出ることが明らかになり (Lee et al., 2019),L2能力育成に期待がかかっている。

DDLは語用的知識の伸びを比較するためにも使われている。Bardovi-Harlig et al. (2017) は教師作成の教材を使用する学習者グループと学習者がサーチするグループにDDLで学ぶ言語活動を行ったところ,定型表現を使うことについては両群とも大きな伸びを示し,発話行為 (同意,不同意,他者からの明確化要求,自らの明確化) については教材使用グループの伸びが大きく,実験終了後に教室外で定型表現をサーチしたのはサーチグループであったと報告している。DDLの利用はBardovi-Harlig et al. が主張しているように,学校での通常の授業にも無理なく取り入れることができ,効果が期待できそうである。

ライティングのエラーを学習者自身に訂正させる新しい試みにもDDLが活用されている。学習者にコーパスを操作させて自らエラーの訂正をさせる試みを行った Satake (2020) は,冠詞や前置詞の使用に効果があり,スペリングや動詞の時制のエラーには不向きであったと報告している。エラーの訂正が少しでも減った分,教師には,学習者が書いた文章の構成や内容について,アドバイスを提供する時間を少しでも取ることを期待できそうである。

Hirata and Thompson (2022) では,コーパス活用のため,まずL1でコンコーダンスを分析する訓練を行ってからコミュニカティブな英語指導を行った。まだパイロット・スタディではあるが,学習者(日本人大学生)はコミュニカティブなアクティビティにおいて,コーパスで見つけたフレーズを使い,流暢さと正確さが向上し,スピーキング力に対する自信も向上した。

英語熟達度が中程度であっても,コーパスを利用すれば外国語 (英語) のL1話者が自然に使っている使用頻度の高い表現を発見でき,多種多様な言い方にも触れることができる。学習者の積極的な取り組みにより,教室外でも豊富なインプットを得る策としてコーパスは期待される。

5.3 インタラクションの機会を補充する

5.3.1 言語使用の場を提供する言語活動

理解した学習項目であってもコミュニケーションの場ではとっさに出てこない言語形式があるが,教えたのにまだできないとこだわるのではなく,理解しているのであれば積極的に使わせる授業が望ましい。つまり何ができないかではなく,何ができるようになったかに着目して積極的なL2使用を促す授業を行いたい。TBLT (Task-Based Language Learning) なりCLIL (Content-Language Integrated Learning) なり,L2を使う学習を取り入れ,恒常的な言語使用を続けてL2習得度を高めるような授業を実践したい。

言語使用する自己の将来像を思い浮かばせ,学ぶ喜びをもたせ,英語学習の成果を出した研究にSaito et al. (2018)Sato and Lara (2019) がある。Saito et al.は英語学習に対して様々な動機や感情をもつ日本の高校1年生を対象にコミュニカティブな活動を1学期間続けた結果,自分の将来のビジョンを持っている生徒はタスクに積極的に取り組み,発音のわかりやすさが最も向上し,またSato and Lara はチリ人大学生は理想とするL2自己像が向上し,動機づけが増加したと報告している。

5.3.2 言語体験を補うための短期留学

外国語学習環境にいると,外国語 (英語)をL1とする話者とのインタラクションの機会,インプットに触れる量,L2でアウトプットする機会と必要性が極めて限定的である。一人でも多くの人に克服してもらう方法として短期留学が期待できる。Iskhakova and Bradly (2021) は8週間以下の短期留学で効果を出すためには,出発前の入念な準備が必要であることを示唆している。またBradly and Iskhakova (2022) は留学先のプログラムの質を担保する必要性を指摘している。その例として,Freed et al. (2004) を参考にしてDouglas et al. (2018) が日本人大学生のために開発した教育プログラムは,出発前,現地滞在中,帰国後の3種類から成り,現地のコミュニティや博物館などの学習環境も巻き込んだ体験プログラムは参加学生にとって有意味な英語使用の機会となり,言語使用能力の向上,異文化理解力と意識の向上,将来の職業選択へと結びついた。質的データ分析の結果,滞在中のプログラムの充実,特に参加者のニーズにあった有意味な学習内容,困難を感じたときのサポートスタッフの存在,有意味な言語使用の機会,現地の文化を理解する体験学習が肯定的な影響を及ぼしたといえる。

5.3.3 ICTの活用

外国語学習環境においては,外国語 (英語) をL1とする話者や上級話者に出会う機会は極めて限定的である。この不利な条件を克服するために,ICTの活用が昨今注目されている。オンラインで海外の学校の授業に参加したり,ウェブ会議を利用して学習者同士の交流の場をもったり,学習者のスマートフォンを使ったスピーキング活動など積極的な参加が求められる学習体験を積んだりと,利用方法は様々である。さらに近年は仮想空間を利用して他の地域の人たちとインタラクションしたり,活動に参加したり,現実の世界では経験することがない豊富な言語使用の機会を得ることができるため,L2習得に好影響が期待できそうである。特に,どこで気づきが起きるのか,何がインテイクされるのか,動機づけや不安など学習者の内的要因にどのような影響が出るのか,どのレベルの習熟度の学習者に最も効力を及ぼすのか,ISLAの視点での研究の今後に期待したい。

5.4 適切に言語を使用するための語用指導

外国語学習環境にいると言葉の正確さに重きを置いてしまい,適切性は意識していない場合がある。不適切な表現を使ってしまった時の他のL1を背景にもつ話者の反応を直接目にすることが少ないからであるが,国際的な場で様々なL1の背景を持つ人たちと交流し,つながりを持つためには,語用的能力が極めて重要である。EFL学習者のみならず教員も語用知識について重視していない問題は上述のBardovi-Harlig and Dörnyei (1998) が指摘しているが,その解決のためには,まずは教員自身が語用逸脱の重大さを意識し理解することが最重要かつ根本的な方策である。その上で学習者には言葉を適切に使う意識を高めさせ,学習の早い段階からどのような場面で誰に何をどのように伝えるかを意識しながら言語を使う場の提供を継続することが極めて重要である。

5.5 学習者の関与

EFLはL1とは異なり,学習者が学びたいと思わなければ,気づきやインプットの取り込みが起こりづらい。学ぶ必要性や意義を喚起し,内的動機づけを高める教師の働きかけが重要である。

また,対話,スピーチなど,実生活での英語使用に準じたコミュニカティブな英語使用を授業の中で継続したい。また,学習者のニーズをくみ取って,将来このようなことを英語でできるようになりたいと思うような言語使用を教室で先行体験させ,将来の英語使用につなげたい。

6. 今後の展望

本稿ではSLA全体のマッピングを試みる目的として,SLA研究でEFL環境に特に関連が深い成果を特定すること,日本の英語教育への示唆を得ること,まだ研究が進んでいない分野を特定すること,の3点を挙げ,研究動向を概説し,SLA研究の現代的意味を見出し,日本の英語教育のための課題を特定することができた。さらに分野のマッピングの意義を次の8点にまとめる。

  • 1. 明示的知識と暗示的知識,あるいは宣言的知識と手続き的知識というとらえ方をしても,L2習得には両方の知識が必要である。弱いインターフェイス,または強いインターフェイスの立場のどちらを取るにしても,暗示的または手続き的知識に移行するという点については合意が得られている。実践の場では暗示的指導と明示的指導を併用するのがL2習得に有益であろう。
  • 2. インプット量が限定的であることに対して,学習材料にコーパスの活用を進めることが有効であるが,そのためには学習者の熟達度を上げ,気づきとインプット取り込みの機会を増やすことが必要である。学習者が初期段階にいる場合は,教師が適宜用例を選び出して提供することが望ましい。
  • 3. インプット,インタラクションの機会が少ないことを克服するための方法の一つとして,短期留学制度を充実させることが有効である。あらかじめ留学制度担当者間で話し合い,有意義な学習体験となるよう,期間中の学習プログラムを作成しておくことが必須であろう。学習者の将来に向けて有意義な体験となれば,帰国後の進路にもプラスの影響が期待できよう。
  • 4. 語用論についてはまずは教員の意識改革が必要である。研究については,語用力が伸びるプロセス,談話の流れ,定型表現や発話行為を教える順番,語用力の伸びの測定や評価方法などについて,EFL環境での実証研究を積み重ねる必要がある。
  • 5. 学習者が内発的動機づけをするよう,意味あるインタラクションの機会を多く提供し,言語活動に意義を感じてもらうことが有益である。文脈から切り離した例文の使用からは脱却したい。
  • 6. 発音については,指導の目標は理解可能なレベルに設定するとよい。
  • 7. 語彙知識はまずは基本語彙を身に付け,その後は学習者が必要とする語彙,将来使いたいと思うような語彙を中心に増やす努力を学習者自身が続ける必要がある。教師には,意図的・偶発的な学習機会の提供や自主的な学習への支援が求められる。
  • 8. ライティング指導についても,互いにL1が異なる人との交信が適切かつ正確にできるような力を育成するための研究をSLAの観点から進めるべきである。どのような指導によりライティング力のどの面が伸びるのか,どのようなプロセスを経て伸びるのか,評価はどう行うのか,学習者はフィードバックをどう活用するのかなどについて,ISLAとの統合がさらに必要である。

SLAは様々な言語学習環境におけるL2習得を研究する分野として発達してきたが,EFLだけに特化したレビュー文献はまだなく,それが本稿のデータの弱みではあるが,同時に本稿の独自性であるともいえる。今後は,EFL習得の特性に焦点を当て,言語学,心理学,工学とも融合し,研究者と指導者間の知識や情報の交換が密になる方向へISLAがさらに発展すれば展望は明るい。

謝辞

本稿はJACET関東支部2021年度第3回支部講演会 (12月21日) の内容に手を加えて論文化したものです。JACET関東支部での講演の機会と,論文化した原稿を関東支部紀要に掲載する機会を提供して頂いたことに対し,JACET関東支部支部長の山口高領先生と支部紀要編集委員会委員長の鈴木彩子先生に心から御礼申し上げます。

引用文献
 
© 2023 Japan Association of College English Teachers (JACET)
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