Journal for Academic Computing and Networking
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Original paper
In-House Development of a Budget and Actual Management Dashboard at Kagawa University
Ayaka NakamuraMakoto KobayashiNorifumi SuehiroYusuke KimuraTomoki AburataniToyohiko JimmaSatoru YamadaYusuke KometaniRihito Yaegashi
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2025 Volume 29 Issue 1 Pages 170-179

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Abstract

香川大学イノベーションデザイン研究所(以下,ID 研究所)では,学部横断的な研究プロジェクトが複数並行して進められており,経営層やプロジェクトリーダーなど役割ごとに異なる意思決定レベルに応じた予実管理が求められている.本研究では,各関係者が支出判断や調整をおこなう際の根拠となる情報を適時提供し,予算執行を支援するシステム「予実管理ダッシュボード」を内製開発した.本システムは,財務会計システムと連携し,BIツールやローコード・ノーコードツールなどによりデータの可視化および通知をおこなう.本稿では,当該ダッシュボードの概要とその有効性を考察する.

1  はじめに

2024 年度の国立大学法人運営費交付金は2004 年度に比べ,1631 億円の減(-13 %)であることが報告されており[1],国立大学には限られた予算を効果的に活用し,成果につなげることが求められている.香川大学では,学部横断的な研究が活発化する一方で,組織横断的な予算執行状況を定期的に把握する仕組みが十分に整備されておらず,プロジェクトごとの支出状況を把握・調整するシステムが存在していなかった.

予実管理とは予算管理手法の一つで,予算と実績を比較し,差異が生じた原因を分析するとともに,それを改善する活動全般を指す.予実管理の目的は,年初や月初に立てた計画や目標に対して,実績が計画通りに推移しているかを管理することである.予実管理をおこなうことで,予算と実績のずれに早期に気づくことができ,細かな軌道修正が可能となる.

中村ほか[2]は,「予算の管理粒度について,部門予算制度下では,活動の内容に関わらず,費目単位で予算管理が実施される一方で,プロジェクトの予算管理では,活動内容に応じてどのように予算計画を立案し,執行しているかが重要であり,費目に加えて活動内容に応じた予算管理が実施される必要がある」と述べた.図1に,予実管理とプロジェクトの関係を示す.国立大学法人においては,予算が法人全体から部局単位へと配分・管理される構造が基本となっており[3],実務上も部局ごとに費目別の執行管理がおこなわれている.このような構造のもとでは,支出承認や執行判断が部局単位に依存しやすく,部局横断的なプロジェクト単位での執行状況の一元的な把握や,横断的な管理の実現には制度上の制約が生じている.香川大学においても,図の縦方向で表されるように,部門別管理が主となっており,プロジェクトや教員単位での執行状況が把握しにくい構造になっている.そのため,プロジェクトの予実管理担当者においては,財務会計システムとは別に,各プロジェクト単位で独自にExcelファイルを作成して管理をおこなっている.

図1  予実管理とプロジェクトの関係

研究活動を主導する教員においては,従来の学内予算や外部資金に加えて,「イノベーション・コモンズ(共創拠点)」[4]の方向性に示されるように,学内の関係者が連携を図り,多様なステークホルダーとの共創のもとで研究を進めていくために,学部など所属の垣根を越えて1 つの研究に複数人で取り組むことや,同一教員が複数のプロジェクトに並行して取り組む必要性が指摘され,予実管理の重要性に加えて,複雑性についても年々増している状況にある.

DIGGLE株式会社の調査レポート[5]によると,週に1 回程度以上見込額の更新をおこなう予実管理担当者は,37 %が月60 時間以上,20 %が月40 時間以上〜60 時間未満の残業をおこなっており,見込の更新頻度が高い企業の予実管理担当者ほど残業時間が長い傾向にあることが明らかになった.国立大学においても適正な予算執行のためには,より高い頻度での予実管理を実施する必要がある一方,情報の更新頻度を高めることは業務の負担に直結する.そのため,予実管理担当者の負担の少ない方法で情報の更新をおこなう必要がある.

ID研究所は,「組織」対「組織」の産学連携を一体的にマネジメントするための組織である.社会が直面する課題が複雑化・多様化する中で,ID研究所がハブとなることで,分野横断的な研究チームを組成して,複雑な課題の本質を多面的に捉え,既存の知の総和に留まらない新たな知による課題解決を目指している.ID研究所には,専任教員はほぼおらず,様々な学部の教員同士でプロジェクトが形成される中で,どのように研究活動を支援し,マネジメントしていくかということは日々の課題となっている.

図2にID研究所の予実管理の現状を示す.予実管理担当者は,財務会計システムからその都度データを出力し,独自に作成したファイルにまとめ直したうえで,各プロジェクトリーダーに執行状況を通知している.さらに,ミーティングや会議がある際には,部局全体の予算が一覧できるように,さらにまとめ直し,経営層や事務管理職者に報告する.予算執行状況のとりまとめは,特定のミーティングや会議に合わせて作成することが多く,定期的な更新体制が整っていない実情があった.そのため,予算執行状況の確認遅れや,年度末の業務集中が生じやすくなる傾向がある.プロジェクトリーダーは,前述のとおり予算がプロジェクト単位でなく部局単位で管理されていることに加え,所属部局によっては財務会計システムへの直接のアクセスを制限されている場合がある.そのため,自らのプロジェクトの予算執行状況を確認したいときに即時に確認することができず,特に複数のプロジェクトに関与している場合には,それぞれの予算執行状況を並行して把握することが一層困難となっている.事務管理職者および経営層は,複数プロジェクトの執行状況を管理することが求められているが,全体像を把握することは難しく,執行状況の対比が困難になっている.そのため,支出が芳しくないプロジェクトや予算が不足しそうなプロジェクトを特定し,対策を講じることが困難になっている.

図2  ID研究所における予実管理の現状

情報処理推進機構(以下,IPA)の「DX白書2024」[6]は,DX実現にむけた技術としてシステム開発の内製化を取り上げるとともに,内製化に取り組む企業が近年増えていることを報告した.香川大学はローコード・ノーコードプラットフォームのMicrosoft Power Platform(以下,Power Platform)[7]を用いて組織的な業務システムの内製化に取り組んでおり,多くの内製システムが実際に香川大学で運用されている[812].本研究では財務会計システムからデータを自動的に抽出し,得られたデータを可視化するシステム「予実管理ダッシュボード」を内製開発した.この予実管理ダッシュボードは,プロジェクトごとの執行状況を定期的に把握可能にし,関係者がそれぞれの役割に応じて適切な判断材料を随時取得できる予実管理支援の仕組みを構築し,その有効性を明らかにすることを目的とする.これにより,経営層,事務管理職者,プロジェクトリーダーおよび予実管理担当者が予算執行の判断にそれぞれに必要な情報を獲得し,計画的な予算執行を促す.

本研究では,国立大学における管理体制の特性を踏まえ,プロジェクト単位での予実管理を支援するシステム「予実管理ダッシュボード」について,大学における基幹システムである財務会計システムにより得られたデータから,予実管理システムを内製開発すること,開発した予実管理ダッシュボードについてその有効性を考察する.2 章では,予実管理ダッシュボードの内製開発について述べる.3 章では,考察を述べる.4 章では,まとめを述べる.

2  予実管理ダッシュボード

2.1  要件定義

香川大学におけるプロジェクト単位の予算執行状況を関係者が把握できるようにするためのシステム「予実管理ダッシュボード」は,以下の要件を満たすように開発された.

【要件1】

対象者:経営層および事務管理職者

目的:支出が芳しくない・予算ひっ迫が懸念されるプロジェクトを把握し,対策判断に資する情報を提供する

【要件2】

対象者:プロジェクトリーダーおよび予実管理担当者

目的:予算執行の進捗を可視化し,計画的な執行判断に必要な情報を提供する

【要件1】は,経営層および事務管理職者が支出傾向を俯瞰し,未執行や過剰執行の兆しを早期に捉えるため,それぞれOverall ReportおよびManagement Reportによって実現される.【要件2】は,プロジェクトリーダーおよび予実管理担当者が予算進捗を確認できるようにするDetailed Reportによって実現される.また,通知機能により,プロジェクトリーダーに定期的に執行状況を通知する機能を備えている.

2.2  システムの概要

図3に,財務会計システムを用いた予実管理のプロセスについて,内製開発前後の変化を示す.上段は従来の作業フローを,下段は内製開発後の改善されたフローをそれぞれ示している.従来の作業フロー(上段)では,財務会計システムからCSV 形式で必要なデータを手動で出力し,編集・保存したうえで,都度資料を作成し,メール送付や会議での報告をおこなっていた.一方,内製開発後のフロー(下段)では,Microsoft Power Automate DesktopとMicrosoft Power BIの導入によってプロセスが大幅に改善され,財務会計システムの立ち上げから,Excel形式でデータを保存し,財務会計システムを閉じるまでの一連の流れが自動化した.また,資料は対象者毎に作成する必要がなくなり,メール送付も自動化されたことで,処理時間は45分から7分10秒に短縮された.既存の財務会計システムは香川大学内で共通的に利用されている基幹システムであり,試行段階において財務会計システムの改修は困難と判断し,システム間連携の手段としてPower Automate Desktopを用いることとした.取得されたデータはMicrosoft Power BIを用いて可視化および分析が可能となった.これにより,データを対象者別に編集してExcelファイルを複数作成する手間が省略され,関係者に視覚的に整理された形式で情報を提供できるようになった.結果として,関係者に送付する資料作成プロセスが不要となり,早期の意思決定を支援できる環境が整えられた.メール送付についても,Power Automate を活用した通知機能により,月に1度定期的に送ることが可能になった.

図3  データ出力から可視化,通知の流れ

図4に,コンポーネント図を用いてシステムの構造を示す.財務会計システムから得られたデータを可視化するシステム「予実管理ダッシュボード」は,財務会計システムから予算執行データをCSV出力する財務情報CSV出力機能,対象者別に分析・可視化したダッシュボードを提示するレポート機能,毎月1日にプロジェクトリーダーにダッシュボードを送信する通知機能の3つの機能から構成される.

図4  コンポーネント図

2.3  各機能の詳細

表1に,機能と構成システム・サービスを示す.財務情報CSV出力機能は,予実管理担当者が財務会計システムからMicrosoft Power Automate Desktopを用いて財務情報CSVを出力する機能である.財務情報CSVは,予実管理担当者PC(OneDrive for Businessに同期)に出力される.レポート機能は,予実管理担当者が自身のPCで動作し,Microsoft Power BI Desktopを用いてレポートを作成する機能である.図5に,予実管理ダッシュボードにかかる一連の流れをシーケンス図を用いて示す.予実管理ダッシュボードは,Microsoft Power Automate DesktopとMicrosoft Power BIを連携させることで開発した.Microsoft Power Automate Desktopを用いて財務会計システムから定期的に必要なデータを取得するとともに,Microsoft Power BIを用いてそのデータを分析・可視化している.また予算執行状況については,Microsoft Power Automateを用いた通知機能により,月初に予算執行状況をプロジェクトリーダーに通知し,予算執行状況の確認を促す.

表1 予実管理ダッシュボードの機能と構成システム・サービス


図5  シーケンス図

2.3.1  財務情報CSV出力機能

財務情報CSV出力機能では,Microsoft Power Automate Desktop を用い,財務会計システムから必要な予算執行データを定期的にCSV形式で自動取得することが可能である.従来は,財務会計システムを立ち上げた後,ログインし,必要なデータを出力する条件を選択してCSV 形式でデータを出力・保存し,CSV ファイルを再び立ち上げ,Excel 形式に変換して保存し,編集をおこなっていた.Power Automate Desktopを活用することで,財務会計システムから必要なデータを定期的に自動取得し,従来の手動でおこなわれていたデータ出力や保存作業を自動化した.これにより,作業の負担が軽減されるとともに,手作業によるミスの発生を軽減した.図6に,本システムに用いられるデータの関係をER図を用いて示す.財務会計システムのデータのみでは,プロジェクト単位での管理が困難である.そこで,財務会計システムの明細備考(依頼件名に相当)をキーとして,補助データベースにおいてプロジェクトとの対応付けをおこなう.補助データベースには,明細備考とプロジェクトIDを対応付ける情報を保持し,研究者とプロジェクトの関係を管理する研究者―プロジェクトDBと連携させている.これにより,プロジェクトに紐づくデータを抽出している.

図6  データ関係図(ER図)

2.3.2  レポート機能

レポート機能は,Microsoft Power BIを用いて開発され,対象者毎に,Overall Report,Management Report,Detailed Reportの3つのレポートから構成される.

図7にOverall Reportを示す.Overall Reportは,主に,経営層を利用者として想定し,研究プロジェクトに関する予算額,予算執行額,および執行率を一画面で確認できるようにした.

図7  Overall Report

画面の上部には,集計対象期間を設定するためのスライサーが配置され,経営層は対象期間を変更できる.右側には,現在の時点での総予算執行額,未執行額,そして全体の予算執行率が大きく表示されている.これにより,経営層は一画面で所管する全てのプロジェクトの予算執行状況を把握することが可能である.左下には,プロジェクトごとの予算執行額を視覚化した円グラフが配置されている.このグラフは,プロジェクトごとの予算執行割合を色分けして表示し,どのプロジェクトがより多くの予算を使用しているかを視覚的に確認できる.また,右下には,主要な支出カテゴリ(人件費,旅費,管理経費)ごとの執行率を示した棒グラフが表示され,支出項目別の予算執行状況を把握することができる.

図8にManagement Reportを示す.Management Reportは,ID研究所で実施されている個々のプロジェクトの予算執行率を表示し,主に事務管理職者を対象としたプロジェクトごとの進捗状況を視覚的に確認することで,情報整理の負担を軽減し,課題の特定を支援することを目的としている.

図8  Management Report

画面の上部には,集計対象期間を設定するためのスライサーが設けられており,対象期間を調整できる.右側には現在の日付が表示され,データがいつの時点で更新されたものかを確認することが可能である.中央部分には,各プロジェクトの予算執行率を示した棒グラフが配置されている.棒グラフはプロジェクト名(A~T)ごとに色分けされており,緑色は高い執行率を示し,オレンジ色は低い執行率(60 %以下)を示す.この視覚的なデザインにより,進捗が遅れているプロジェクトを識別できるようになっている.たとえば,プロジェクトDやプロジェクトPは執行率が著しく低い一方で,プロジェクトAやプロジェクトJなどは100 %の執行率を達成しており,計画に基づいた予算執行がおこなわれていることがわかる.

図9にDetailed Reportを示す.Detailed Reportは,ID研究所で実施されている個々のプロジェクトの予算執行額と支出の内訳及び詳細を表示し,主にプロジェクトリーダーと予実管理担当者を対象としたものである.担当プロジェクトの予算執行状況がどのような状況か視覚的に確認することで,進捗把握を容易にし,課題の特定を支援することを目的としている.

図9  Detailed Report

画面の左部には,集計対象期間を設定するためのスライサーとプロジェクトを選択できるスライサーが設けられており,プロジェクトリーダーと予実管理担当者は対象期間を調整し,プロジェクトを選択することができる.上部には,選択されたプロジェクトの予算執行額を示した面グラフが配置されている.これにより,予算を何月にどの程度使用しているかを確認することができる.予実管理においては,予算と実績を比較することが重要になるが,面グラフによって,執行額が増加し,100 %に近づくにしたがって,色付け範囲が広くなる仕様となっており,予算と実績の差異が縮まっていることを直感的に確認することができる.

画面下部には,支出の内訳とその詳細を円グラフとリストで表示している.円グラフは,支出の内訳をカテゴリごとに示しており,プロジェクトでどの項目が多くの予算を占めているのかを直感的に理解できるようになっている.またリストでは円グラフで示された支出の内訳をさらに詳細に補足している.リストには,各支出項目の具体的な金額,支出日,使用目的などが記載されており,プロジェクトの支出に関する情報を細かく確認できる.このリストを利用することで,どの項目にいつ,どれだけの費用が発生したのかを追跡することができる.なお,対象となるユーザーに対し,Power BIのアクセス権を付与することにより,閲覧範囲を設定している.

2.3.3  通知機能

通知機能とは,計画的な予算の執行を促すために,毎月1日にプロジェクトリーダーにレポートを送るメール送信機能である.図10に,Outlookにおいて毎月1日に送信されるメールの画面を示す.また図11は,月初に予算執行状況通知として,Power BI DesktopのファイルをOutlookにて送信する「フロー」を示す.通知に際しては,Power BI Desktopファイルを添付形式で共有する.PDF形式による一方向的なレポート配信ではなく,取得したい情報によって受信者がフィルターをかけることや,ほかのプロジェクトの執行状況を参照し,データを閲覧・分析できる柔軟性を維持するためである.今回開発した通知機能は,計画的な予算執行を促進することを目的としている.月初にメールが配信されることで,プロジェクトリーダーは予算執行状況を確認する機会が形成され,リマインダーとして機能する.この仕組みにより,月単位で執行状況を振り返り,計画的な支出が実現しやすくなる.また,締切間際に慌てて支出をおこなうリスクが軽減され,支出判断のタイミングを逃すことなく,安定した予実管理を実施できることが期待される.

図10  月初の予算執行状況通知
図11  予算執行状況通知のフロー

3  考察

3.1  関連研究との比較

本節では,関連研究との比較により,本研究の予実管理ダッシュボードの位置づけや有効性を整理する.情報処理学会情報システムと社会環境研究会の情報システム有効性評価手法研究分科会は,個々の情報システムの有効性を評価する際の基本的な枠組みを提供し,その事例報告の形式を定めて,ケースを適正に共有することを目的に,「情報システム有効性評価のガイドライン」を示した[13].「情報システム有効性評価のガイドライン」では,「量的評価」,「質的評価」,「量的評価と質的評価の統合的評価」の3種類の評価のアプローチを規定した.「量的評価のガイドライン」では,情報システムが提供する機能の効果の指標となりえるものとして,「『収益』の獲得に関わる効果」,「『機会』の獲得に関わる効果」,「『能力』の獲得に関わる効果」,「『性能』に関わる効果」の4 つの効果に分類した.予実管理ダッシュボードは,利用者の階層に応じた複数のレポート機能と通知機能を有していることから,各々の機能について,この量的評価の分類に基づく効果を示す.まず,経営層向けのOverall Reportは,全体の執行傾向を俯瞰し,中長期的な資源配分判断を促進する点において,「『能力』の獲得に関わる効果」に該当する.事務管理職者向けのManagement Reportも,複数プロジェクトの進捗を同時に視覚的に捉えることで,プロジェクト間の進捗を比較でき,部局内でのリスク管理・調整を支援する点において,「『能力』の獲得に関わる効果」といえる.さらに,課題の早期把握や調整を自律的におこなうことを支援するという点においては,「『機会』の獲得に関わる効果」に資する.プロジェクトリーダーおよび予実管理担当者向けのDetailed Reportは,日々の執行状況を詳細に可視化し,現場レベルでの支出判断や進行管理を促す点で「『能力』に関わる効果」に資する.通知機能は,毎月の予算執行状況を提示することで,確認する機会を関係者に提供し,支出の集中や漏れを防ぐことで,プロジェクト運営の計画性・安定性を高める点で「『能力』に関わる効果」に該当する.以上のように,予実管理ダッシュボードは,各レポートおよび通知機能を通じて,「機会」および「能力」の観点において量的効果を発揮する.支出のタイミングと適正性を支援することによって,間接的に大学全体のリソース活用の最適化に貢献することが期待できる.

堀井ほか[14]は,営業活動に関するデータをBIで可視化・分析することで,将来の予測実績を把握し,予算目標との比較により早期に課題を特定・対応する「フィードフォワード型予算管理」の有効性を示している.BIレポートは利用者の役割や目的に応じた形で提供されることで,意思決定の質向上に資することを示唆している.本研究の予実管理ダッシュボードは,異なる役割ごとに,必要な情報を整理・提供する仕組みとして構築している.これにより,各関係者が自身の業務視点から状況を把握し,即時性のある判断をおこないやすくなることが期待される.こうした構成は,前述の「量的評価のガイドライン」[13]において示された,「使用者(アクタ)の目的や特性に応じてサブシステムを設定し,それぞれに必要な機能を提供すべきである」という設計原則にも合致しており,異なる利用者層の判断支援に対応する柔軟な構成であるといえる.

バイモーダルIT[15]は,ガートナーが2015 年に提唱した概念で,コスト削減や安定性,効率性を重視するSystem of Record(SoR)[16]向けのモード1 と,柔軟性や俊敏性が求められるSystem of Engagement(SoE)[17, 18]向けのモード2 という2 つの異なる流儀を共存させ,その時々でモードを柔軟に使い分けていくIT戦略の考え方を指す.モード1 は,既存のシステムやプロセスを維持し,データベースやERPシステムなどの基幹業務システムを主な対象とし,高信頼性と安全性を確保することが求められる.モード2 は,イノベーションや新しい技術の導入を促進し,市場対応を可能する.一般的にアジャイル開発やデジタルトランスフォーメーション(DX)などはモード2 に該当し,企業が競争力を維持するための重要な要素となる.バイモーダルITは,企業が変化する市場環境に適応し,競争力を維持するための効果的な手法として注目されている.本研究の内製開発は,モード1 として提供される財務会計システムのデータを用いて,モード2 として予実管理ダッシュボードを開発しており,バイモーダルITの実践にも該当する.

IPA(独立行政法人情報処理推進機構)は, 既存システム(レガシーシステム)の刷新にむけて「使える部分は形を変えて再生することで価値のある存在に変化させること」を目指し「スサノオ・フレームワーク」[19]を提案した.「スサノオ・フレームワーク」は,「DX実現のためのあるべきITシステムとそれを構成する技術要素群の全体像」で,現行業務推進にむけた業務・基幹システム群や業界・社会共通基盤からなる「業務・基幹システム/共通基盤」,独自サービスアプリや他業種連携/外部サービスからなる「独自・他業種連携サービス」,データ利活用に向けた「データ分析・活用基盤」から構成される.「業務・基幹システム/共通基盤」は大量のデータを正確かつ効率的に記録し,コストの削減や効率化が求められるSoR(System of Record),「データ分析・活用基盤」は蓄積されたデータを分析・活用し,そこからなんらかの洞察を得るSoI(System of Insight)[20],「独自・他業種連携サービス」は顧客とのつながりを重視し,柔軟性や俊敏性が求められるSoE(System of Engagement)に分類できる.すなわち「スサノオ・フレームワーク」は,バイモーダルITが求めたSoR,SoEに加えてSoIも含めた3種類の異なるシステムを連携し共存させることを求めている.本システムは,SoRである財務会計システムと,SoIである各種レポート機能の開発と,SoEである通知機能を連携させた取り組みであり,スサノオ・フレームワークの実践にも該当する.

3.2  本システムの特徴と効果

従来の予実管理では,財務会計システムからのデータ取得が手作業でおこなわれており,管理者や教職員が即座に予算執行状況を把握することが困難であった.手作業は複数の段階に分かれるため,時間的負担が大きいだけでなく,作業ミスのリスクを内包していた.たとえば,作業ミスにより,本来はすでに執行された支出が反映されず,プロジェクト毎の支出管理が不正確となり,全体として執行超過に至ってしまうような状況も想定された.また,適切な支出計画を策定し,無駄のない予実管理をおこなうためには,データの分析と可視化が不可欠であるが,従来の方法では,各部局の担当者が Excelなどのツールを用いてデータを個別に管理しており,組織全体で統一された分析がおこなわれていなかった.本システムの導入により,これらのデータ取得・集計作業が自動化され,経営層,事務管理職者,プロジェクトリーダー,予実管理担当者といった各関係者が,役割に応じた情報を把握できるようになった.これにより,支出の進捗や偏りを的確に把握し,支出が妥当であるか,計画通りに進んでいるかを評価することや,予算調整や支出計画の見直しといった判断をおこなうことが可能となった.本システムでは,差異の原因分析や自動的なアラート生成といった機能は実装していないが,執行状況を視覚的に提示することで,関係者が主体的に判断しやすくなる情報提供をおこなっている.また,可視化されたデータが共通のフォーマットで統一されたレポートとして提供されることにより,予実管理担当者の差異による属人的な管理と比較して,所掌するすべてのプロジェクトにおいて同一の構成・分類で予算執行状況を確認できるようになり,情報を一元的に管理および活用しやすくなった.さらに,ほかのプロジェクトの執行状況を参照し,相対的な比較による気づきや自発的な行動喚起をおこなうことも可能である.

4  むすび

本研究では,予実管理担当者や,研究を主導する教員,特にプロジェクトリーダーを中心とした各関係者がそれぞれの立場で必要な情報を即時に取得でき,計画的な予算執行を支援する細やかなプロジェクト管理を実現するシステム「予実管理ダッシュボード」について述べた.予実管理ダッシュボードは,研究プロジェクトの予算執行状況を把握しやすくする仕組みを提供し,各関係者がその立場に応じて必要な情報にアクセスできる環境を整えることをねらいとして開発された.

本システムでは,Microsoft Power Automate DesktopおよびMicrosoft Power BIを用いて,財務会計システムからデータを自動的に取得し,それを可視化するプロセスを構築した.これにより,従来の手動によるデータ収集や加工作業を効率化し,データ処理の正確性が向上した.特に,経営層を対象とした「Overall Report」,事務管理職者を対象とした「Management Report」,プロジェクト担当者を対象とした「Detailed Report」という3種類のレポートを提供し,それぞれが利用者ごとの異なるニーズを満たすようにした.このように役割別のレポートを提供することで,予算執行状況の全体像から詳細な内訳に至るまで,各階層の関係者が必要とする情報を効率的に把握できるようになった.

さらに本研究では,計画的な予算執行を促進するための通知機能を付加した.毎月1日にメールで予算執行状況を通知することで,受信者が定期的に状況を確認する機会を提供している.この通知機能は,リマインダーとして機能するだけでなく,執行の遅延や失念を防ぐことで,期日直前の集中的な支出処理を軽減する効果が期待される.これにより,関係者が予算執行の進捗を毎月初に把握し,進捗を踏まえた支出判断による予実管理の実施を支援する環境が整備できた.

本ダッシュボードは,手動作業による属人的な予実管理を改善し,執行状況の情報共有と判断支援を可能にする仕組みとして機能している.特に,関係者ごとに異なる情報ニーズを反映したレポートと通知機能により,役割別に意思決定を支援する.堀井[21]は,「予算に適合するよう戦略や行動計画を臨機応変に変化させることが,イノベーションや戦略変化の創出につながる」と述べており,本研究で開発したダッシュボードは,戦略的意思決定を直接的に誘導するものではないが,プロジェクト毎の支出状況を関係者に可視化し,判断に資する情報を提供することで,今後,支出傾向の変化に基づく予算配分の見直しに活用される可能性がある.

なお,本稿執筆時点では予算配付が完了した段階にあり,執行状況の確認や通知機能の実際の効果検証は今後の課題として残されている.一方,試行段階における関係者の所感によれば,「予算面におけるプロジェクト間の比較がおこないやすい」といった,レポート画面に関する前向きな評価が得られている.また,通知機能については「定期的にリマインドされることで執行状況を振り返るきっかけになるのではないか」といった期待も示されたことから,今後は,通知機能が実際にプロジェクトリーダーの振り返り行動や予算執行の遅延防止にどの程度寄与するかを,運用データに基づき評価することが課題である.現在,ID研究所に限らず,全学の科学研究費助成事業における予実管理への展開に向けた検討も進めている.本システムの構成要素(財務会計データの自動取得・役割別の可視化・定期通知)は,香川大学に限らず,他大学にも共通するものであり,汎用的な枠組みとしての展開が期待される.今後は,実運用を通じて本システムのさらなる改善を図るとともに,その有効性を評価する取り組みを実施する予定である.利用者のフィードバックや使用実態に基づき,レポート共有形式の最適化や閲覧支援機能の拡充を進めていくことが課題である.

参考文献
 
© 2025 Journal for Academic Computing and Networking Editorial Board

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
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