Japanese Journal of Digital Humanities
Online ISSN : 2189-7867
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Development of picture book story data set and extraction of emotional transition considering emotional difference between expected readers and protagonists
Hajime MuraiRyogo OkuyamaYuni SaitoEiichi SatoTomowa HodosawaMasato IrifuneSui SakagamiJurin SakamotoRyo Machida
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2025 Volume 4 Issue 1 Pages 25-32

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Abstract

物語と感情の研究は様々な角度から進められてきているが,物語のパターンと読者や主人公など登場人物の感情状態の詳細な関係性は未だ明らかになっていない.そこで本稿では,比較的単純な物語構造をもつと推定される子供向けの絵本を対象とし,シーン単位での主人公,その他登場人物,読者それぞれの感情状態と,物語構造を付与したデータセットを構築した.構築したデータセットの分析から,主人公と読者の間では「怒り」「悲しみ」「期待」,全登場人物と読者の間では「驚き」が共起するが,「喜び」「恐れ」「嫌悪」などは読者と登場人物間で共起が見られないことが示唆された.さらに,物語を時系列で分割して感情状態の推移に基づきクラスタリングした結果,「悲劇型」「読者満足型」「ハッピーエンド型」の3種類に分けられることが明らかになった.

Translated Abstract

The previous researches approached to the relationship between stories and emotions from various viewpoints. However, the details about the relationships between plot patterns and emotions of readers, protagonists and characters have not been yet clarified. This paper focused on picture books which would have comparatively simple story structures, and developed a dataset for emotions of readers and protagonists and other characters with story structure based on scene units. From the analysis for constructed dataset, those are cleared that “Anger”, “Sadness” and “Anticipation” co-occur for readers and protagonists, “Surprise” co-occurs for readers and all characters, but “Joy”, “Fear”, and “Disgust” don’t co-occur. Moreover, stories were clustered based on chronological shift of emotions, and three types of clusters “tragedy”, “reader satisfaction” and “happy end” were extracted.

1 はじめに

物語において登場人物の感情状態と読者の感情状態の間には影響があると考えられており,先行研究においても相互の関係性のモデル化や,被験者の感情や登場人物の感情の理解に対する実験的研究など多数のアプローチが行われてきている[1].特に,読者が主人公や登場人物に共感することによって感情が変化する可能性については多数の研究が検証している[2].しかし,認知科学・心理学などの領域で行われてきた従来研究の多くは,読解時の人間の認知モデルの解明に焦点が置かれており,物語の内容と感情の関係性は重視されてこなかった.一方で,言語処理技術などを用いたSentiment Analysisの領域では,大規模なテキストに対して感情状態の分析が試みられてきており,物語においても肯定と否定のそれぞれの感情状態がどのように時系列に変化するかを分類する試みなどが行われている[3]が,肯定と否定の2極に単純化することによって物語の構造上の特徴は見えづらくなってしまっており,古典的な喜劇・悲劇の分類以上の知見が得られているとは判断できない.

また,物語の先行研究ではシーン全体に対して一種類の感情の付与が一般的である.しかし,同じシーンの中でも,主人公とその他の登場人物で感情状態が異なるケースは,例えば対立関係や行き違いなど多々ありうる.また,読者を笑わせるために作者が主人公に失敗をして困らせるシーンなどを考慮すれば,読者は主人公に必ずしも共感することを求められているとは限らない.このような感情の相違の関係性に関しては,上記と同様に人間の認知メカニズムの観点からの研究は行われてきているが[4],多数の物語を分析してデータセットを構築し特徴やパターンを抽出する試みはほとんど行われてきていない.

そのため,どのような物語の構造に対してどのような感情のパターンが対応しているかという,人間の多様な感情状態と物語の構造の関係は未だ十分に明らかになったとは言えない.また感情状態の中で,読者の感情状態と主人公などの登場人物の感情状態の相違にどのようなパターンがあるかという点も,読者側からの共感や感情移入という側面以外はほとんど注目されてこなかった.

一方で,物語の構造を分析してデータ化しその特徴を計量的に抽出するという研究が進展している[5].背景にあるのは人文学的な物語論[6]であるが,物語の構造における特徴や数理的なモデルから頻出のパターンを生成することで人工知能による物語自動生成にも応用が可能である[7, 8].

そこで本研究では,物語の構造と感情状態の関係を明らかにするための基礎的なテストケースとしてまず比較的単純な物語構造をもつと想定される絵本を対象にし,主人公,登場人物,読者それぞれの感情タグを付与したデータセットを構築する.また構築されたデータセットを用いて,同じ物語における異なる主体の感情の関係性や,物語における感情推移のパターンの抽出を行うことを目的とする.比較的単純な物語構造をもつと想定される絵本を対象とする利点としては,分析の容易性によるデータの客観性・信頼性の向上が挙げられる.また,対象年齢の高い複雑な物語の場合,特定の読者層の嗜好に対応した感情モデルが想定されている可能性が高い(例えば,児童向け作品でも年齢層が上がると女児向けと男児向けに分化する)が,低年齢層向けの絵本の場合にはよりシンプルで基本的な感情モデルが想定されていると期待される.

基本的な物語のパターンと感情の関係性,主人公などの登場人物と読者の感情状態の関係性などが明らかになれば,物語研究だけでなく,認知メカニズムの解明や,教育現場での応用,クリエイターの支援や,視覚表現や音響の自動生成,物語自体の自動生成など幅広い分野での応用が期待できる.

2 分析の対象およびデータ化

物語における想定される読者や主人公の感情のパターンを試行的に調査するため,低年齢層向けの作品である絵本を分析対象とした.また絵本の中で高評価の作品を抽出するため,多数の良質な絵本を紹介するサイト[9]に掲載された作品中から,最低限の単純な物語構造を有すると想定される年齢向け(上記サイト中では4歳~5歳向けと5歳~6歳向け)の207冊からランダムサンプリングで100冊を抽出し,全100話を分析対象とした.なお,一冊中に複数の物語が短編集的な形式で含まれる場合はその中の一話を対象とした(例:書籍『いやいやえん』には短編7話が含まれるが表題作『いやいやえん』のみを分析対象にした).高評価作品を分析対象とすることで,作者が想定する読者像やその感情モデルの質が向上し,より適切な結果が得られると期待される.分析対象の絵本は先行研究の手法に基づきシーン単位で分割し[10],物語機能の定義表[5]に基づいて複数分析者の合議制で各シーンに対する物語的機能のタグを付与したデータを構築した.Table 1に分析対象作品の話数,シーン数を示す.

Table 1分析対象作品の話数とシーン数

Numbers of target works and scenes

話数 100
シーン数 1725

シーン単位のデータに対して,Plutchikの感情理論[11]に基づき8感情(「喜び」「悲しみ」「期待」「驚き」「恐れ」「怒り」「嫌悪」「信頼」)のタグを付与した.また各感情があると判断された場合は1,あるとは判断されない場合は0とし,8次元ベクトル化した.

感情タグの付与対象は,主人公,その他の登場人物,想定される読者,とした.本稿における想定される読者とは,作者が絵本の対象として想定している読者像(本論文の分析対象では4歳~6歳の子供)を分析者が合議によって推定したものを指している.

物語中の登場人物に関する感情の推定においては,一般的な成人の読者の場合,文章中で登場人物の感情に関する説明が明示されていない場合であっても,物語中の様々な要素を総合的に用いて結果的に感情の推定が可能であることが多数の先行研究で確認されている.ただし,読者が文章中の情報をどのように用いて感情推定を行っているかというメカニズムに関しては未だ明確にはなっていない[12].また,Plutchikの8種の感情タグを,短文に対して読み手および書き手の立場で付与する先行研究では,3人のアノテーターによるタグの一致率がκ係数0.5から0.6程度でありModerate agreement (適度な一致)を達成可能であることが示されている[13]

本研究では低年齢層にも読解可能な想定で作成された絵本を用いているため,感情推定タスクの難易度は上記のような先行研究に比して高くないと考えられるが,信頼性の向上と客観性担保のため3人の分析者による合議制を採用した.具体的には,3名の分析者に対して各シーンで主人公を含む各登場人物・想定される読者の感情状態が8感情のいずれに該当するか判定を依頼し,齟齬があった場合にはすり合わせを行う形式である.

該当シーンでの主人公およびその他登場人物の感情状態に関する情報としては,本文中の地の文の表現(例:地の文での「○○は悲鳴を上げました」など),登場人物のセリフ(例:「何か怖いものが出て来そうなの」など),オノマトペ(例:画面全体に「ドカーン」のような表現があれば「驚き」など),および登場人物の表情やその他の視覚的表現(例:背景や全体的な色遣いなどから雰囲気を解釈する)などが利用可能と考えられる.また当該シーンのみからは感情状態を推定困難な場合は,当該シーン周辺の文脈的情報も参照可能である.想定される読者の感情推定においても,本文,前後の文脈,視覚的表現などから推測される当該シーンの状況,および主人公やその他の登場人物の感情状態などが推定に利用可能と考えらえる.なお,複数の感情が対応すると想定される場合(「期待」と「喜び」など)には重複してタグを付与している.また,その他の登場人物が複数現れる場合は,各人物に感情タグを付与し,集計時にいずれかの登場人物が有すると判定された感情は1,それ以外は0として8次元ベクトルを作成した.感情タグ数の集計結果をTable 2に示す.

3 主人公,その他登場人物,読者の感情の関係性

主人公,その他登場人物,想定される読者それぞれの感情の関係性を明らかにするため,各シーンを一つのデータとして3主体8感情の24変数からなる24次元ベクトルを構成し,探索的因子分析を行った.因子数は平行法によって決定し,回転はプロマックス,推定は最尤法を用いた.因子分析の結果として各因子に対する因子負荷量の絶対値が全て0.25未満となる寄与度の低い変数を除去し,再度因子分析を行い除去が必要な変数が無くなるまで繰り返した.結果として3回の繰り返しで下記の7因子が得られた(Table 3).表中では因子負荷量の絶対値が0.25以上の箇所を赤地にしている.なお除去されたのは,想定される読者の「喜び」「信頼」,その他登場人物の「喜び」「悲しみ」「期待」「怒り」である.

Table 2付与された感情タグ数

Numbers of annotated emotional tags

  喜び 悲しみ 期待 驚き 恐れ 怒り 嫌悪 信頼
主人公 340 228 452 58 100 139 114 183
その他登場人物 252 151 322 75 138 102 146 105
読者 446 337 1211 239 52 212 77 104
Table 33主体の感情から得られた因子負荷量

Factor loadings for emotions of three subjects

因子1 因子2 因子3 因子4 因子5 因子6 因子7
主人公_嫌悪 1.07 -0.13 0.04 -0.11 -0.04 0.04 0.08
主人公_恐れ 0.65 0.04 0.01 0.05 -0.06 -0.05 0.01
その他_恐れ -0.11 1.06 0.05 -0.06 -0.01 -0.02 -0.04
その他_嫌悪 0.03 0.51 -0.06 0.01 -0.03 0.06 0.07
読者_悲しみ 0.02 -0.04 -0.75 -0.14 -0.05 -0.06 0.26
主人公_悲しみ -0.12 -0.02 -0.56 0.03 -0.10 0.01 0.10
読者_期待 -0.07 -0.06 0.48 0.00 -0.07 0.11 0.07
主人公_期待 -0.04 0.01 0.33 -0.07 -0.29 -0.14 0.16
読者_恐れ -0.11 -0.05 -0.02 0.86 -0.01 -0.01 0.03
読者_嫌悪 0.14 0.06 0.06 0.57 -0.02 0.01 0.01
その他_信頼 -0.03 -0.02 0.02 0.36 0.03 -0.04 0.05
主人公_喜び -0.09 -0.03 0.06 0.02 0.99 0.00 0.08
主人公_怒り -0.03 -0.04 -0.06 -0.08 0.01 0.60 0.07
読者_怒り 0.02 0.07 0.18 0.02 0.00 0.56 0.02
読者_驚き -0.01 0.02 0.05 -0.06 0.13 -0.08 -0.46
主人公_驚き 0.00 -0.05 0.07 -0.01 -0.03 0.07 -0.40
その他_驚き -0.02 0.01 0.03 -0.02 -0.05 -0.06 -0.33
主人公_信頼 -0.01 0.01 0.19 -0.06 0.20 -0.08 0.28

Table 3より,因子1は主人公の「嫌悪」と「恐れ」から主に構成されており「主人公否定感情因子」と名付ける.因子2は因子1と類似しているがその他の登場人物が主体であり「その他否定感情因子」と名付ける.因子3は主人公と読者の「悲しみ」と「期待」の相反が一致することを示唆しており,「主人公読者共通相反因子」と名付ける.因子4は因子1および因子2と類似しており,「読者否定感情因子」と名付ける.因子5は主人公の「喜び」と「期待」が相反しており,「主人公肯定相反因子」と名付ける.因子6は「主人公読者共通怒り因子」と名付ける.因子7は3者の「驚き」が共通しており「全共通驚き因子」と名付ける.これらの結果より,Plutchikの分類に基づく8感情において,全主体に共通性があるのは「驚き」のみであり,主人公と読者で共通性があるのは「悲しみ」「期待」「怒り」であることが示唆された.逆に,「喜び」「恐れ」「嫌悪」「信頼」は主人公と読者,主人公とその他の登場人物間で共通の因子が発見されなかった.

すなわち絵本においては様々な感情の中で,感情移入や共感の対象になりやすいのは「悲しみ」「期待」「怒り」であると考えられる.登場人物の「驚き」に共感して読者が「驚き」を示すとは考えにくいが,読者に対して何らかの「驚き」を提示するような意図で構成されたシーンにおいては,主人公やその他の登場人物も一緒に「驚き」を示す描写が用いられていることを示唆すると思われる.また,主人公と読者の感情には関係性がある程度見られるが,その他の登場人物の感情は主人公および読者と強い関係にはないことが示唆される.

4 感情状態と物語の構造

4.1 感情の時系列的な推移のパターン

次に感情状態の時系列的な推移のパターンを調べるため,各話のシーンを序盤・中盤・終盤に3分割し,序盤・中盤・終盤それぞれでの感情の平均値を算出した.これらの平均値は,各シーンで特定の感情が出現する確率に対応している.類似の話をグループ化するため,因子分析の結果より各話の感情のパターンに対して影響力が強いと考えられる主人公と読者の2者のそれぞれ8次元の感情ベクトルの序盤・中盤・終盤それぞれでの平均値を変数として合計48次元のベクトルを構成し,階層クラスタリングを行った.なお,100冊中で2シーンのみから構成される1話を除き99話がクラスタリングの対象となった.階層クラスタリングの結果をFig. 1に示す.Fig. 1の結果に基づき,赤線箇所で3クラスタに分割した.

Fig. 1中の赤線箇所で分割した結果,Fig. 1の上から第1クラスタ18話,第2クラスタ33話,第3クラスタ48話となった.各クラスタに分類された絵本タイトルの詳細,図中の番号とタイトルの対応などはAppendix 1, 2に付す.

4.2 感情と物語の時系列的な推移のパターン

古代ギリシアでは物語を喜劇と悲劇に分類する手法が知られており,喜劇では登場人物の失敗などを笑いの対象とする手法,悲劇では読者に恐れや憐憫の感情を抱かせる手法などに関する考察が行われている[14].登場人物にとっての失敗などのネガティブな状況を用いて観客に笑いや喜びなどポジティブな感情を提供する手法は現代のコメディとも共通する[15].他に物語を時系列的な推移によって分類するシンプルな手法としては,結末部分に着目したハッピーエンドとバッドエンドへの分類などもあり,終盤での登場人物のポジティブな感情とネガティブな感情がそれぞれの特徴となっている[16].以降ではこれらの類型を基に絵本での各クラスタの特徴を考察する.

各クラスタに分類された話での感情状態の推移の平均値を読者と主人公のそれぞれに分けてTable 4からTable 9に示す.表中では平均値0.25以上の箇所を赤地に,0.50以上の箇所を赤太字にして強調している.

Table 4およびTable 5より,第1クラスタは他のクラスタと大きく異なり,読者及び主人公の「悲しみ」が特に物語の中盤で強く表れていることが示されている.ただし終盤では「喜び」も一定程度含まれている.これより第1クラスタは悲劇的な展開を含んだ物語のグループを中心としていると考えられるため,「悲劇型」と名付ける.

表Table 6およびTable 7より,第2クラスタは読者・主人公共に物語全般を通して「期待」が高い傾向を示している.また中盤以降読者にとって「喜び」を感じさせるシーンが含まれることが示唆される.よって第2クラスタは主人公の「期待」によって物語が進展し,読者側はそれに共感しながら読み進め最後に「喜び」を得られるが,主人公視点では必ずしも最終的な目的達成などによる「喜び」や満足感を得られる状況(ハッピーエンド)になるとは限らないタイプの物語のグループに相当すると考えられる.具体的には,主人公が失敗などをして主人公自身は困ったり驚いたりするが,読者はその様子を面白がるコメディ型の物語などが相当する.このクラスタにはおそらく,主人公がハッピーエンドになる達成型の物語と,コメディ型の両方が含まれていると推定される.これより第2クラスタは「読者満足型」と名付ける.

Fig. 1. 感情に基づく階層クラスタリング

Hierarchical clustering based on emotions

Table 8およびTable 9より,第3クラスタでの読者の感情状態推移は中盤の「驚き」を除き第2クラスタとほぼ同じである.一方主人公の感情状態推移では,「期待」ではなく中盤・終盤の「喜び」が表れており,読者だけではなく主人公視点でもハッピーエンドとなっていることがうかがわれる.なお,第3クラスタでのハッピーエンドに至る過程には読者にとって何らかの意外な展開が含まれる可能性が高いことが中盤の「驚き」から示唆される.第3クラスタは「ハッピーエンド型」と名付ける.

Table 4第1クラスタでの読者の感情推移

Emotional transition of the readers in the first cluster

  喜び 悲しみ 期待 驚き 怒り 恐れ 嫌悪 信頼
序盤 0.19 0.49 0.61 0.05 0.01 0.05 0.08 0.02
中盤 0.09 0.85 0.36 0.04 0.09 0.03 0.04 0.00
終盤 0.35 0.44 0.52 0.17 0.01 0.04 0.02 0.00
Table 5第1クラスタでの主人公の感情推移

Emotional transition of the protagonists in the first cluster

  喜び 悲しみ 期待 驚き 怒り 恐れ 嫌悪 信頼
序盤 0.09 0.24 0.19 0.05 0.14 0.20 0.18 0.01
中盤 0.04 0.37 0.15 0.01 0.12 0.12 0.15 0.03
終盤 0.31 0.21 0.28 0.01 0.03 0.10 0.08 0.16
Table 6第2クラスタでの読者の感情推移

Emotional transition of the readers in the second cluster

  喜び 悲しみ 期待 驚き 怒り 恐れ 嫌悪 信頼
序盤 0.08 0.13 0.88 0.07 0.00 0.15 0.03 0.03
中盤 0.25 0.10 0.89 0.13 0.00 0.22 0.02 0.09
終盤 0.38 0.14 0.72 0.11 0.00 0.10 0.03 0.11
Table 7第2クラスタでの主人公の感情推移

Emotional transition of the protagonists in the second cluster

  喜び 悲しみ 期待 驚き 怒り 恐れ 嫌悪 信頼
序盤 0.12 0.07 0.57 0.03 0.03 0.07 0.07 0.16
中盤 0.15 0.14 0.54 0.05 0.02 0.11 0.03 0.18
終盤 0.24 0.12 0.43 0.04 0.00 0.10 0.02 0.17
Table 8第3クラスタでの読者の感情推移

Emotional transition of the readers in the third cluster

  喜び 悲しみ 期待 驚き 怒り 恐れ 嫌悪 信頼
序盤 0.15 0.14 0.80 0.14 0.04 0.08 0.03 0.02
中盤 0.26 0.08 0.74 0.30 0.06 0.14 0.03 0.04
終盤 0.40 0.12 0.67 0.24 0.03 0.15 0.01 0.06
Table 9第3クラスタでの主人公の感情推移

Emotional transition of the protagonists in the third cluster

  喜び 悲しみ 期待 驚き 怒り 恐れ 嫌悪 信頼
序盤 0.21 0.09 0.12 0.05 0.06 0.03 0.05 0.07
中盤 0.25 0.13 0.12 0.05 0.05 0.06 0.02 0.04
終盤 0.30 0.09 0.12 0.04 0.06 0.04 0.04 0.10

これら3種類のクラスタのうちで,第1クラスタと第3クラスタはそれぞれ典型的なバッドエンド・ハッピーエンド分類に対応し,読者が主人公に共感する心理モデルを反映していると考えられる.しかし第2クラスタでは読者と主人公の感情は大きく異なっており,共感や感情移入とは異なるタイプの読解行為を含んだ物語のグループを示すと考えられる.

4.3 感情と物語の時系列的な推移のパターン

次に感情のパターンによって得られた各クラスタにおける物語のシーンの機能の面での相違を抽出するため,各クラスタに含まれる話でのシーンの機能(物語機能の定義表[5]に基づいて各シーンに対して付与したもの)を集計し,χ二乗検定の残差分析を行った結果をTable 10に示す.表中の数値は出現頻度,各記号はχ二乗検定の残差分析の結果統計的に有意であった箇所を示している.▲は5%有意水準で多い箇所,▲▲は1%有意水準で多い箇所,▽は5%有意水準で少ない箇所,▽▽は1%有意水準で少ない箇所をそれぞれ示す.

表より,第1クラスタ(「悲劇型」)では「災難」と「関係変化失敗(人間関係)」が頻出しており,読者および主人公の双方が中盤・終盤で「悲しみ」を感じる悲劇的な展開(Table 4,Table 5)の原因となっていると考えられる.

第2クラスタ(「読者満足型」)では「探索」「意志」「秩序」「助ける」などが頻出している.第2クラスタでは主人公の「期待」が特徴的な感情であり(Table 7),主人公など登場人物の主体的な行動が強く表れた物語であることを示唆すると考えられる.また「関係変化失敗(人間関係)」が少ないところから登場人物間の対立や行き違いは少なく良好な人間関係をベースとしていると推測される.この点は主人公の「信頼」が相対的に高めである(Table 7)ことからも確認できる.第3クラスタ(「ハッピーエンド型」)では「外的情報」が多く,様々な状況の説明を行うことで読者の側に何らかの「期待」を持たせる(Table 8)一方で,登場人物の側では第2クラスタほど主体的な行動を示す機能(「意志」や「探索」など)は頻出していない.また「能力向上」「出現」「変化」などが頻出するが,おそらくこれらの要素が読者の「驚き」を誘発するきっかけとなっている(例えば,不思議な「能力向上」,意外な人物の「登場」や予想外の「変化」など)と考えられる.

Table 10各クラスタに含まれるシーンの機能の出現頻度の差異

Difference of frequencies of scene functions between each cluster

シーンの機能 第1クラスタ 第2クラスタ 第3クラスタ
出現 10 22 49
退場 3 5 10
変化 6 1 ▽▽ 20
能力向上 10 ▽▽ 35 78 ▲▲
能力減退 3 8 19
移動経路入手 8 8 25
逃亡 9 9 22
移動経路入手失敗 2 4 14
探索 3 30 ▲▲ 12 ▽▽
発覚 29 71 ▲▲ 67
誤解 4 8 2 ▽▽
疑念 16 21 55
隠す 2 17 18
外的情報 3 ▽▽ 17 ▽▽ 70 ▲▲
秩序 1 26 ▲▲ 14
違反 0 3 10
意思 40 97 ▲▲ 99
依頼失敗 7 4 10
関係変化(人間関係) 17 31 55
関係変化失敗(人間関係) 38 ▲▲ 16 ▽▽ 41
助ける 14 33 ▲▲ 20 ▽▽
妨害 7 9 26
対決 2 1 8
日常 21 51 58
災難 41 ▲▲ 39 45 ▽▽

5 結論と今後の課題

本稿では,物語における主人公,その他登場人物,想定される読者それぞれの感情状態の類型や物語の展開に沿ったパターンを明らかにするため,比較的単純な物語構造をもつと推定される子供向けの絵本を対象とし,シーン単位での感情を付与したデータセットを構築した.また構築したデータセットに対して因子分析を行うことで,共起しやすい主体および感情のグループを特定した.結果として,主人公と読者の間では「怒り」「悲しみ」「期待」の関係性が強いことが示唆された.主人公を含めたすべての登場人物と読者の間で関係性が示唆されたのは「驚き」のみであった.一方「喜び」「恐れ」「嫌悪」などは読者と登場人物間での共起の傾向が抽出されなかった.

また,物語を序盤・中盤・終盤に三分割して感情状態の推移を階層クラスタリングした結果より,3分割した場合には,第1クラスタは「悲劇型」,第2クラスタは主人公が「期待」しながら物語を進める「読者満足型」,第3クラスタは読者主人公双方視点での「ハッピーエンド型」と分かれることが示された.さらに物語のシーンの機能の各クラスタでの相違を確認した結果,第1クラスタは災害や対人関係の障害(物語機能分類での「災難」に相当)などが頻出し,第2クラスタでは主人公の主体的な行動,第3クラスタでは状況説明と意外な展開が頻出することが明らかになった.

本稿で明らかになった物語における感情推移のパターンを用いることで,登場人物の感情推定の精度向上,物語の各シーンでの視覚的表現やBGMなどの適切な選択[17],クリエイターによる物語創作でのサポート[18]などがより精度よく実現可能になると期待される.

本稿の結果は児童向けの絵本に限定したものであるが,今後同様の手法を他のジャンルにも適用することで,読者と主人公などの登場人物の感情状態間にどのような関係や時系列のパターンが存在するか,またそれらが物語としてはどのような特徴を有するか明らかにすることが可能であると期待される.

Data Availability Statement

関連するエビデンスデータはJ-STAGE Dataで利用できます。( https://jstagedata.jst.go.jp/ ) The data analysis files are available in J-STAGE Data,( https://jstagedata.jst.go.jp/)

これは本論文にて生成されたデータセットです。 Appendices of "Development of picture book story data set and extraction of emotional transition considering emotional difference between expected readers and protagonists" https://doi.org/10.57284/data.jadh.28473143
謝辞

本研究は大日本印刷と公立はこだて未来大学による共同研究「絵本からの感情分析の実現可能性に関する調査」および,NEDO人と共に進化する次世代人工知能に関する技術開発事業 インタラクティブなストーリー型コンテンツ創作支援基盤の開発,科学研究費基盤研究C「階層構造を用いた自動生成用物語統合基盤データセットの構築」の支援を受けた.

参考文献
 

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https://creativecommons.org/licenses/by/4.0/deed.ja
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