2012 Volume 29 Issue 1 Pages 31-38
当院では1992年7月から2011年12月までに副腎腫瘍171名(うち両側症例8名)に対し腹腔鏡下副腎摘除術を施行している。このうち,副腎褐色細胞腫27例の平均手術時間は166分,平均出血量は48.7mlであり,1例術後合併症として誤嚥による心肺停止症例(後に蘇生)を経験した以外に,重大な術中合併症,開放手術への転換,周術期死亡などは認めていない。また,副腎腫瘍摘除術術後再発をきたした悪性褐色細胞腫症例3例(他院で初回手術施行症例2例含む)の治療を経験した。うち2例は後腹膜腫瘍摘除術後に補助療法としてCVD療法を4クール施行した。再発腫瘍摘除術後観察期間4,16,19ヵ月で現在再発認めていない。最後に,多発性内分泌腺腫症2型(以下MEN2),von Hippel-Lindau病(以下VHL)に対する部分切除術の現状について文献的に考察,報告する。
副腎腫瘍に対して腹腔鏡下副腎摘除術が行われてから20年が経過し,手術手技の向上に伴って褐色細胞腫の多くも腹腔鏡手術で摘除されるようになった[1]。周術期管理など,褐色細胞腫にかかわる課題の多くは解決されているが,悪性腫瘍の再発の問題,部分切除の可否,適応と術式は,今日でも副腎髄質外科の大きなテーマといえよう。
当院では1992年7月より副腎腫瘍に対する腹腔鏡手術を開始し,2011年12月現在までに副腎腫瘍171名(うち両側症例8名)に対し腹腔鏡手術を施行している。このうち,腹腔鏡下副腎摘除術を施行した副腎褐色細胞腫27例(左9例,右16例,両側症例2例),29副腎腫瘍に対する当院での成績を報告する。また,褐色細胞腫の約10%は悪性であり,初回病理学的に良性と診断されても,後に非クロム親和性組織に転移再発をきたす悪性褐色細胞腫が報告されているが,当院では副腎腫瘍摘除術術後再発をきたした悪性褐色細胞腫症例3例(他院で初回手術施行症例2例含む)の治療を経験した。これらについても文献的に考察,報告する。最後に,多発性内分泌腺腫症2型(以下MEN2),von Hippel-Lindau病(以下VHL)に対する部分切除術の現状について示したい。
当院で1992年7月から2011年12月までに腹腔鏡下副腎摘除術を施行した副腎褐色細胞腫症例の患者背景を 表1 に示す。副腎外褐色細胞腫,開腹副腎摘除術症例は除外した。このうち,偶発腫瘍は16例であり,その他は持続性あるいは発作性高血圧などの精査中に指摘されたものであった。全例術前にMIBGシンチグラフィが施行され副腎腫瘍に集積を認めたが,1例MIBGシンチグラフィで片側副腎腫瘍にのみ集積を認め,対側副腎腫瘍はPETで集積を認めた両側症例を認めた。27例中術前高血圧は14例に認めており,術後も高血圧が残存したのは14例中4例であった。1例で術前後の降圧剤の使用が不明であった。なお,副腎腫瘍は同時に複数のホルモンを分泌することがあるため,当院では術前にあらかじめ機能性副腎皮質腫瘍の合併がないか当院内分泌内科に副腎機能検査を依頼し,他疾患の合併の有無を確認している。当院では高血圧の有無に関係なく,全例術前にα遮断薬であるdoxazosinを漸増投与しており,平均術前投与量は7.7mg (2-16)であった。平均手術時間は166分 (83-275),平均出血量は48.7ml (10-250)であった(いずれも両側症例は除外)。過去10年以内の副腎褐色細胞腫に対する腹腔鏡下副腎摘除術(症例数20例以上,主に経腹膜到達法)の報告についてPubMedで検索し,これら諸家の成績とともに当院での成績,術後経過を 表2 に示した(手術時間,出血量の記載がないものは除外した)[2~8]。術中合併症についてはSatava分類,術後合併症についてはClavien-Dingo分類を用い,それぞれGrade2以上,GradeⅢ以上を重大合併症と定義,詳細が不明なものを除き重大合併症のみを示した。当院では,術中の血圧低下に対し1例に輸血を施行し,1例で腫瘍被膜損傷を生じた。術後合併症は1例誤嚥による心肺停止症例を認めた(Clavien-Dingo分類 GradeⅣ)。本症例は37歳男性であるが,既往歴として33歳時に脳梗塞,37歳時に脳幹梗塞を発症し,球麻痺による嚥下困難のため胃瘻を造設されており,術前から経口摂取が不可能な患者であった。術翌日,絶食指示中にパンを経口摂取し,窒息により心肺停止となっているところを発見された。心肺蘇生法,気道異物除去術などが施行され心拍再開し,術後9日目には問題なく退院となっている。周術期死亡は認めなかった。当院での手術時間は平均的であり,出血量,術後経過についても諸家の報告と遜色ないと思われた。平均観察期間50ヵ月 (1-194)で術後再発1名,両側副腎摘除後の急性副腎不全による死亡を1名認めた。術後再発症例については,次項目で述べることとする。後者は,MEN2Aにて経過観察中に右副腎褐色細胞腫を指摘された30歳代女性で,甲状腺髄様癌に対する甲状腺全摘術と左副腎褐色細胞腫に対する左副腎摘除術後の既往があり,当院では右副腎褐色細胞腫25mm大に対し腹腔鏡下副腎摘除術を施行した。術前に部分切除について本人家族と種々協議したが,母親が両側副腎摘除術後で長年ステロイド補充を行っていることもあり,全摘を選択した。術後,他院で経過観察されていたが,術後2年目に急性副腎不全で救急搬送され死亡した。MEN2AやVHLなどの遺伝性褐色細胞腫に対する腹腔鏡下部分切除術については後述する。
副腎原発褐色細胞腫に対する腹腔鏡手術の術後に,開放手術例と同様,非クロム親和性組織に転移再発をきたした悪性褐色細胞腫が報告されている[9~13]。悪性褐色細胞腫は未だ確立された治療がなく,その予後は決して楽観できるものではない。今回,われわれが経験した3例について,その臨床像を検討し,文献的に考察,報告する。
症例160代,男性。
既往歴・家族歴:特記すべき事項なし
現病歴:2006年8月,エコーで右副腎腫瘍指摘され精査加療目的に当院紹介受診。精査の結果,褐色細胞腫と診断し,2007年2月腹腔鏡下右副腎摘除術を施行した。術中,助手の鉗子による腫瘍被膜損傷あり腫瘍の漏出を認めたため,腹腔洗浄を十分行った。術後再発に注意しながら慎重に内分泌学的,CT,MIBGシンチグラフィによる経過観察を行っていたところ,2010年2月血中アドレナリン,ノルアドレナリンの上昇を認め,同年3月施行のCTにて腎レベルの下大静脈と大動脈の間に3cm大腫瘤を指摘された (図1) 。MIBGシンチグラフィでも同部位に集積を認めた。PETでも同部位に腫瘤認めたが,肝臓と同等の集積度であり不明瞭であった。副腎褐色細胞腫局所再発と診断し,同年6月に後腹膜腫瘍摘除術を施行した。術中所見では下大静脈背側に広く腫瘍が分布しており,ダグラス窩・腸間膜にも腫瘍と思われる赤色の結節を認めたため,これらを可及的に切除・焼灼,下大静脈,大動脈間リンパ節郭清を施行した。手術時間10時間41分,出血量3,955ml,周術期合併症なく,術後13日目に退院となった。病理組織診断は,初回摘出標本と同様の組織像であり,副腎褐色細胞腫の再発として矛盾しないとの結果であった。腫瘍周囲組織に浸潤,腹膜播種,大動静脈間リンパ節に転移を認めた。術後3ヵ月目からadjuvant CVD(cyclophosphamide, vincristine,dacarbazine)療法を4コース施行し,2012年1月現在,再発,転移を認めていない。
Annual number of PTx for 2HPT in Japan
60代,男性。
既往歴:右副腎褐色細胞腫(開腹右副腎摘除術後),糖尿病,高尿酸血症
家族歴:特記すべき事項なし
現病歴:1997年頃から突然の発汗,顔面紅潮,高血圧などが出現し,他院で右副腎褐色細胞腫と診断,1999年5月に開腹右副腎腫瘍摘除術を施行された。術後,症状消失,検査所見は正常化し,定期的な通院,検査は受けていなかった。2010年6月他院で術後検査としてCTを施行されたところ,右腎上極に接する1.5cm大腫瘤指摘,褐色細胞腫再発疑いにて2010年6月当院紹介受診となった。PETにて右腎内側に3箇所集積を認め,MIBGシンチグラフィでも同部位に3個の結節状集積を認めた (図2) 。内分泌検査でカテコールアミン,代謝産物の上昇を認めなかった。副腎褐色細胞腫局所再発と診断し,同年9月後腹膜腫瘍摘除,右腎合併切除,肝部分切除術を施行した。手術時間5時間52分,出血量1,891m,周術期合併症なく,術後12日目に退院となった。病理組織診断は,初回摘出標本と同様の組織像であり,副腎褐色細胞腫の再発として矛盾しないが,初回と比し細胞異型が増し,核の多形性が強く,核分裂像は増加している(Ki67 index 6%)との結果であった。また,最も頭側の結節には副腎組織が確認された。術後3ヵ月目からadjuvant CVD療法を4コース施行し,2012年1月現在,再発,転移を認めていない。
Annual number of PTx for 2HPT in Japan
40代,女性。
既往歴:両側副腎褐色細胞腫(腹腔鏡下右副腎全摘,左副腎部分切除術後),副甲状腺機能亢進症(副甲状腺腺腫摘出術後),橋本病,高血圧症
家族歴:父 転移性肺がん(原発巣不明)
父方の叔父 両側副腎褐色細胞腫多発転移にて死亡
姉 両側副腎褐色細胞腫術後(患者本人より後に診断) 母 高血圧
その他:甲状腺疾患,副甲状腺疾患認めず
現病歴:1998年,高血圧,体重減少にて近医受診され,精査の結果褐色細胞腫と診断され,同年12月腹腔鏡下右副腎全摘,左副腎部分切除術を施行された。術後経過観察中,徐々に血中カテコラミン値の上昇を認めるようになり,2006年施行のMIBGシンチグラフィにて右副腎摘出部に集積を認めた。CT,エコーでは同部位の腫瘍は不明であった。2007年施行のMIBGホークアイにて下大静脈に接する集積を認め,右副腎褐色細胞腫の再発もしくはパラガングリオーマの出現と診断された。後腹膜腫瘍摘除術検討されたが,下大静脈を取り囲むように腫瘍が存在し,肝門部まで食い込んでいるため手術は困難であると判断,MIBG内照射を実施することとなった。2008年6月,2009年2月,9月の計3回MIBG内照射施行され,MIBGシンチグラフィの腫瘍への取り込み低下,カテコラミン値の低下を認めた。腫瘍サイズは不変であった。カテコラミン値正常化には至らなかったが2010年5月以後は横ばいとなったため経過観察されていたが,2011年3月後腹膜腫瘍摘除術目的に当院紹介受診となった。同年3月,開腹にて後腹膜腫瘍摘除術,右腎部分切除術,肝部分切除術,一部下大静脈合併切除術を施行した。手術時間5時間52分,出血量1,384mlであった。下大静脈との付着部位は一部癒着あり,一時的に下大静脈遮断の後,一部合併切除を行った。周術期合併症なく術後11日目に退院となっている。病理組織診断は,初回標本と比し,異型性低く,細胞増殖活性が低い(Ki67 index1% 程度),大静脈周囲の脂肪組織に散在性の小結節のパターンで腫瘍が腎臓や肝臓などの臓器を避けるように分布している点などを考慮すると,副腎原発褐色細胞腫が転移した可能性は低いが,播種の可能性は否定できないとの結果であった。2012年1月現在再発認めていない。なお,前医での遺伝子解析の結果RET遺伝子変異(exon10,11,16,direct sequence法)は認められなかった。
悪性褐色細胞腫は非クロム親和性組織への転移,あるいは局所浸潤があるものと定義されている。治療としては,手術療法,131I-MIBG内照射療法,CVD療法などがなされており,最近では分子標的薬であるsunitinibが悪性褐色細胞腫を含め神経内分泌腫瘍に効果があるとの報告がなされているが,症例数が少ないこともあり確立された治療がないのが現状である。副腎褐色細胞腫術後再発についての報告を 表3 [9~13]に示す。いずれも遺残副腎への再発は除外し,非クロム親和性組織への再発転移をきたしたもののみとした。術後再発率は開放手術,腹腔鏡手術でもほぼかわらず6-7%であった。術後再発までの期間は半年から22年と様々であり,長期間のフォローが必要であることが伺われた。Liらは,副腎褐色細胞腫術後再発症例3例のうち,2例で腹膜播種を認め,1例は術中に被膜損傷,もう1例は腫瘍を腎と認識し操作していたと報告している[11]。 表4 にわれわれが経験した3症例の臨床像を示す。3例中2例は腹腔鏡下副腎摘除術後の再発であり,当院で初回手術を施行した症例については術中被膜損傷があったことが分かっているが,他2例についての初回手術に関する詳細は不明である。再発までの期間は従来の報告通り,様々であった。以上から,術中の腫瘍損傷や雑な手術操作により腫瘍細胞が播種する可能性も想定されることから,他の副腎腫瘍以上に手術操作には細心の注意が必要であり,術式によらず術後再発に十分留意し,永続的な経過観察が必須であると再認識させられた。
また,術後補助療法については,Jirariらが心臓悪性褐色細胞腫にVepeside, carboplatin, vincristine, cyclophsphamide, adriamysineによる術後補助療法を施行し,5年disease-freeであったと報告している1例のみである[14]。今回,2例に術後補助療法としてCVD療法を4コース施行しているが,現在までに新たな再発,転移を認めておらず,悪性褐色細胞腫には確立された治療がないことからも,術後補助療法としてのCVD療法も治療選択肢の一つとなりうると思われた。
従来,副腎腫瘍は腫瘍サイズ,腫瘍位置など関係なく副腎全摘が標準治療とされてきた。しかしながら,両側副腎摘除術後のAddison病のリスクは15%,死亡率は3%と報告されており[15],近年,副腎機能の温存,長期ステロイド内服に伴う合併症やQOLの低下の回避,また手術時間短縮などの観点から副腎部分切除術,皮質温存手術が選択されることが増加してきている。
腫瘍径が小さい両側症例や,対側副腎全摘の既往がある単一副腎症例などは部分切除術の良い適応と考えられるが,対側が正常である副腎腫瘍に対する適応にはいまだ議論があるところである。家族性褐色細胞腫の悪性化の頻度としては,MEN2が5%未満,神経線維腫症,VHLが10%未満,遺伝性褐色細胞腫/パラガングリオーマ症候群(Hereditary pheochromocytoma/ paraganglioma syndrome: HPPS)のうちSDHB(コハク酸脱水素酵素サブユニットB)遺伝子変異陽性症例が34~70%などと報告されている[16,17]。このことから,HPPSを除いた悪性褐色細胞腫の頻度の低いMEN2A,VHLなどが部分切除術の良い適応と考えられる。参考までに,VHL family alliance websiteでは,褐色細胞腫に対する治療として腹腔鏡下副腎部分切除術が好ましいとされている[18]。
なお,皮質温存手術は,皮質のみを温存することを意図した術式であるが,正常副腎髄質組織は必ずしも連続して存在しておらず[19],完全に髄質を切除し皮質のみを温存することは不可能であると考えられ,実際には副腎部分切除術と同一の術式として考えてよいと思われる。
副腎部分切除術の実際であるが,副腎皮質機能は遺残副腎の容積と相関することが報告されており,残す副腎の容積が少ないと副腎不全のリスクが高くなり,多ければ再発のリスクが高くなる。残す副腎の容積として,Brauckhoffらは正常副腎容積の25%以下に遺残副腎容積が減ることは避けるべきと報告している[20]。また,腫瘍径4cm以上と未満の病変に対する副腎部分切除術を比較したとき,4cm以上の群で長期間ステロイド補充を要したと報告されている(75% vs 18%)[21]。興味深いことには,2期的に両側副腎手術を受けたもの(副腎全摘除術の既往があり,後に対側副腎に部分切除術を施行されたもの)よりも,同時に副腎全摘除術と対側副腎部分切除術を施行したもののほうが術後にステロイド補充を要した(86% vs 40%)との報告があり,経時的に副腎皮質機能が回復する可能性が示唆されている[21]。
片側副腎摘除術後の再発率に関しては,家族性褐色細胞腫では観察期間が長くなるほど高くなると考えられるが,30%前後との報告が多い[22~25]。これに対し,副腎部分切除術後の遺残副腎への再発については,Asariらの報告では0/13(平均観察期間81.5ヵ月),Leeら報告では2/14 (14%)(平均観察期間138ヵ月)であった[15,22]。こちらについても,観察期間が長くなるほど再発率は高くなると予想されるが,必要最小限の副腎を残した場合の遺残副腎への再発率は必ずしも高いものではないと考えられる。
副腎部分切除術後に必ずしも副腎機能が残るとは限らないこと,再発のリスクがあり,再手術が必要となった際には癒着による合併症のリスクが高くなると考えられることなどから,適応は慎重に検討すべきと考えられる。なお,症状がなく,カテコラミン過剰の徴候が認められない症例に対しアクティブサーベイランスをしている報告も認められる。
腹腔鏡下副腎摘除後再発症例に関し,関西医科大学附属枚方病院病理科植村芳子教授,坂井田紀子先生,消化器外科里井壮平先生のご協力に深く感謝いたします。