Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Long-term results of adrenalectomy for subclinical Cushing’s syndrome
Sumiyo NodaKazuko ItoAi IdotaHiroki UchidaShigenori SatoHironori HayashiToyone KikumoriTsuneo Imai
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2012 Volume 29 Issue 1 Pages 62-65

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抄録

副腎腫瘍によるサブクリニカルクッシング症候群(SCS)手術症例の長期予後を報告する。1986年から2009年に副腎摘出術を施行したSCS 38例のうち,予後データの得られた29例。年令中央値54歳,観察期間中央値52ヵ月。術後副腎不全の発症は3例に認められたがいずれも軽症で済んだ。ステロイド補充期間:1年以上:5例(17%),半年以上1年未満:5例(17%),1週間以上半年未満:6例(21%),1週間未満:10例(35%),不明3例(10%)。高血圧は19例中12例(63%),糖尿病は8例中5例(62%)が改善。半数近くに何らかの自覚症状の改善が認められた。SCSに対する外科的治療は,重篤な副腎不全を起こすことなく施行でき,約半数の患者に臨床所見・症状の改善をもたらすと考えられた。

はじめに

サブクリニカルクッシング症候群(SCS)は,副腎腫瘍の存在(副腎偶発腫),クッシング症候群の特徴的な身体所見の欠如,血中コルチゾールの基礎値(早朝時)が正常範囲内などの検査データ,あるいは副腎腫瘍摘出術後一過性の副腎不全症状があった場合あるいは付着皮質組織に萎縮を認めた場合と定義されている[1]。厚生省班研究報告書では副腎性preclinical Cushing症候群と表現されていたが,最近はSCSの名称へ統一の方向となっている[2]。海外においても最初はpreclinical Cushing’s syndromeという表現で報告されたが[3],その後subclinical Cushing’s syndromeという名称が一般的となっている[4,5]。MitchellらがSCSの手術成績に関する報告を最初に報告したが[6],その後もSCSの手術成績に関する報告は少なく[7,8],本邦の報告も少ない[911]。我々はSCSの症例に対し,既往症や全身状態・年齢などを考慮し,検査データを詳細に検討した上で症例を選んで外科的治療を行ってきた。SCSに対し手術を施行した患者の予後調査結果を報告する。

対象と方法

1986年から2009年の間に名古屋大学医学部附属病院において手術を施行し,術後2年以上経過したSCS 38例に対して後ろ向きに検討を行った。SCSという概念が発表される以前の症例も一部含まれるが,検査結果やカルテ記載が確実で,SCSの診断基準を満たしているものも対象に含めた[12]。当院でのフォローアップを離れ,紹介元やサテライトクリニックで経過観察されている患者も存在するため,患者に対し手紙および電話による予後調査を行った。調査項目は,以下の5点である。①身長・体重の変動,②術後副腎皮質ホルモンの補充状況,③高血圧・糖尿病の術前・術後の病状,④心疾患・脳血管障害・骨関連疾患・感染症の術後の罹患,⑤クッシング症候群で特徴的にみられる皮膚の脆弱性,挫瘡,筋力,疲れやすさ,体毛の濃さ,浮腫についての自覚症状の変化。SCSの診断は,厚生省特定疾患調査研究班の診断基準に準拠した[1]。身長・体重から算出したBMIの変化はWilcoxonの符号付きt検定を用いて比較検討した。

結果

SCS患者38例中29例から回答を得た。症例の年齢中央値は54.0歳(34-72歳),観察期間中央値は52ヵ月(27-302ヵ月)であった。29例中26例に腹腔鏡下副腎摘出術が行われていた。副腎偶発腫のうちSCSの診断基準の項目の中でも,デキサメサゾンを負荷しないアドステロールシンチで明らかに腫瘍側に強い取り込みのあるものが特に選ばれて手術されていた。また腫瘍径が大きいものも手術されていた。29例の患者背景を 表1 に示す。副腎癌の1例は,初回手術を右開胸開腹アプローチで行った。術後ステロイド補充を行い1週間後に中止したところ全身倦怠感など副腎不全症状があらわれたためステロイドを再開した。病理診断が副腎皮質癌であったためミトタンとステロイドの内服を継続とした。術後1年で肝転移が明らかとなり肝右葉切除術を受けた。その後はミトタンの内服なしで経過観察しているが7年間再発の徴候を認めていない。これ以外に術後ステロイド補充をせずに経過をみていて入院中に全身倦怠感や食欲不振などの副腎不全症状が出現した症例が2例あった。いずれも軽症であり,迅速なステロイド補充により重症化した症例はなかったが,ステロイド中止するまで半年以上必要とした。手術直後のみステロイド補充を数日間行い,入院中に中止してその後も副腎不全症状をあらわさなかった症例が2例で,初めからクッシング症候群に準じてステロイド補充を行った症例は12例だった。術後ステロイド補充期間中央値は105.5日(0-2,117日)であった。術後ステロイド補充期間は1年以上:5例(17.2%),半年以上1年未満:5例(17.2%),1週間以上半年未満:6例(20.7%),1週間未満(補充無しを含む):10例(34.5%),不明3例(10.3%)であった。補充不要な症例も存在したが,SCSの術前診断であるにもかかわらず,17%の症例で1年以上のステロイド補充が行われていた。

表1. SCS 29例の患者背景

術前・術後におけるBMIの変化について,術後半年から1年の比較的短期ではBMIの有意な減少が認められたが,1年以上経過した最新値では有意差は消失しBMIは再び術前値と同じ程度に上昇していた (図1)

図1.

SCS 29例における術前・術後BMIの変化

術後の心疾患・脳血管障害・骨関連疾患・重篤な感染症のイベント発生率は,それぞれ2例(6.8%),0例(0%),3例(10%),4例(14%)であった (図2)

図2.

SCS 29例でみられた術後合併症(心疾患・脳血管障害・骨関連疾患・重篤感染症)の発生率

術前から高血圧を認めたのは19例(76%)で,そのうち12例(63%)に改善がみられた。術前から糖尿病を認めた8例(32%)のうち,5例(62%)に改善がみられた。クッシング症候群で認められるおもな自覚症状のうち,術後に改善が認められたと感じた項目と頻度は以下の如くであった。皮膚の脆弱性:11例(44%),挫瘡:6例(25%),筋力低下:6例(24%),疲れやすさ:6例(24%),体毛の濃さ:12例(48%),浮腫:13例(52%) (図3)

図3.

SCS 29例で認められた他覚的(上段)・自覚的症状(下段)の改善率

考察

SCSはクッシング症候群に特徴的な身体徴候は欠如しているものの,内分泌学的検査はクッシング症候群類似の自律的糖質コルチコイド産生を示し,高血圧,糖尿病などの合併症を併存していることが多い。SCSの年齢分布がOvertクッシング症候群より高齢であることもこのような合併症の頻度が高い要因のひとつと考えられる。本研究はSCS 29例の長期予後を調査したが,SCSにおいて副腎腫瘍を摘出したことで,術後に高血圧,糖尿病などの合併症の改善が認められ,さらに皮膚の脆弱性,挫瘡,筋力低下,疲れやすさ,体毛の濃さ,浮腫などの自覚的症状の改善が認められるという結果であった。このような病態の変化があったことから,副腎腫瘍から産生されていたステロイドホルモンが高血圧,糖尿病をはじめとする病態に影響を与えていたことが示唆された。副腎摘出によりこのような改善が認められたという報告は少なく[6,7,9,13],SCSの手術適応についてもまだ結論がでていない。

SCSの診断基準に関しても見直しの動きがある[2]。特に血中コルチゾール測定の問題,デキサメサゾン抑制試験の量や判定の問題が指摘されている[1415]。1996年に提唱された診断基準で本研究の対象患者は選択されているが,SCSと診断された患者すべてを手術したものではなく,その中でもデキサメサゾンを負荷しないアドステロールシンチで明らかに腫瘍側に強い取り込みのあるもの,腫瘍径が大きい症例を選んで手術されている。このようなことが,手術後の自覚・他覚症状,所見の改善率に影響した可能性がある。

古い症例では副腎不全の発症を懸念し,安全を優先してステロイド補充を長めにされている傾向があった。SCSでは通常のクッシング症候群より早めにステロイドを離脱できる可能性を考慮し,あるいはそもそもステロイド補充は不要かもしれないということから,最近では手術後入院中にステロイド補充せずに副腎不全が発症するかどうかを厳重に経過観察するようにしている。SCSと術前診断された症例について,多くは副腎不全を発症しないが,中には急に副腎不全症状を発症しステロイド補充を行った症例も存在する。入院中であったため,すみやかにステロイド補充を行うことにより副腎不全が重症化する症例はなかった。ただし,副腎不全は非常に危険であるので,厳密な管理下であれば上記のような管理も許容されるが,不可能な場合は安全のためにあらかじめステロイド補充は行うべきと考えている。逆に,術前SCSと診断されていたにも関わらず,術後経過はクッシング症候群と同様,副腎不全症状のためステロイドの補充が長期となる症例も存在した。このような症例ではSCSで産生されているステロイドが病態に強く影響を与えていたと考えられた。

SCSは「クッシング症候群の特徴的な身体徴候の欠如」が診断項目に掲げられている。本研究の調査において,SCSの患者自身が約20〜50%の頻度でクッシング症候群に特徴的な身体徴候が改善していると回答していた。診察時にわれわれ医療者側がわずかな身体徴候に気づかなかったためSCSと診断されたと考えられ,自覚的には気づくものの客観的な身体徴候は明らかでなかったと考えられる。時間経過が加味されているものの,本研究の調査結果ではわずかなクッシング徴候の変化も自覚されるという興味深い結果であった。

本研究の問題点として,後ろ向き研究であること,手術症例と非手術症例の比較がされていないこと,患者のQOLについての指標をスコア化していないことが挙げられる。SCSのうちどのような症例が手術によって合併症を減少させ生命予後を改善させるかについては,前向きの長期観察期間の研究が必要であると考えられた。

おわりに

SCSに対する外科的治療は,重篤な副腎不全を起こすことなく施行でき,約半数の患者に臨床症状の改善をもたらすと考えられた。

謝辞

本論文の主旨は第22回日本内分泌外科学会総会(大阪),および第44回万国外科学会(横浜)において発表した。

【文 献】
 

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