2012 Volume 29 Issue 2 Pages 94-100
原発性アルドステロン症(PA)は治療抵抗性高血圧や標的臓器障害の合併頻度が高い一方,適切な治療により治癒可能であることから,高血圧の日常診療で常に考慮すべき内分泌疾患である。2009年の米国内分泌学会に続き,わが国でも日本高血圧学会,日本内分泌学会から診療ガイドラインが発表された。スクリーニング(case detection),機能確認検査(confirmatory testing),病型・局在診断(subtype testing),治療選択が診療の基本ステップで,PA診断の啓発と医療の標準化の点で大きく貢献したといえる。しかしながら,同時に,診断に用いる指標,検査方法,判定基準などの詳細は十分には標準化されておらず,専門医,施設,国ごとで異なっているのが実情で,治療法選択の観点から,PAの診断,特に非典型例での診断の精度は今後,十分に検証される必要がある。また,実施が必要な機能確認検査の数や局在に必須とされる副腎静脈サンプリングは,common diseaseの診療水準向上における障壁となっており,今後,簡素化と非侵襲化が必須である。PA診療においては,ガイドラインの特色と課題を十分に認識し,個々の患者で適切な診断,治療を選択する必要がある。
原発性アルドステロン症(PA)は治癒可能な高血圧の代表的疾患である。近年,高血圧の約3−10%を占めることが報告[1,2]され,我が国の患者数は約100万人とも推計されるcommon endocrine diseaseである。基本的に治癒可能である一方,診断の遅れは治療抵抗性高血圧,さらには脳・心血管・腎などの重要臓器障害合併の原因となることから,適切な早期発見と治療が極めて必要である[3]。典型例は,低カリウム血症,血漿レニン活性の抑制,血漿アルドステロン濃度の増加,副腎CTでの一側副腎腫瘍の確認などから,診断は比較的容易である。一方,近年になり臨床所見が非典型的な症例が多数診断され,また高血圧という最も患者数の多い疾患が対象となることから,これまでと比較してより多様な施設,医師による診断の必要性が増している。このような背景から,いくつかの主要な学会から診療ガイドラインが発表され,日常診療で活用されるようになっている。本稿ではPAの診療ガイドラインの現状とその課題を解説する。
PAの診療ステップはこの数年間で明確に整理されてきたといえる。即ち,1)スクリーニング,2)機能確認検査,3)局在・病型診断,4)治療方針の決定が基本的な4ステップである。各ガイドラインは基本コンセプトは同じであるが,作成された経緯や医療環境などの差などにより,詳細部分には差を認める。
PAのスクリーニング対象に関しては種々の議論があるが,最大の焦点はcost-benefitである。網羅的にホルモンを測定することによる個人と社会全体への医療費増加と,測定しないことで診断されない患者での健康被害と医療費の増加とのバランスである。典型例での診断的意義は疑う余地もないが,軽度で容易に血圧がコントロールされている例の長期予後は解明されていない。米国内分泌学会では,高血圧の中でも特にPAの頻度が高い病態の高血圧患者で,スクリーニング(case detection)の実施を推奨している。
米国内分泌学会のPA診療ガイドライン(文献4より引用)
スクリーニング方法としては血漿アルドステロン濃度(PAC)と血漿レニン活性(PRA)の比率であるARR(Aldosterone to Renin Ratio)を推奨,スクリーニング陽性例では,アルドステロンの自律性分泌を確認するための機能確認検査(confirmatory testing)を実施する。検査としては生食負荷試験[5],フルドロコルチゾン・食塩負荷試験[6],経口食塩負荷試験[7],カプトプリル試験[8]などがある。
機能確認検査陽性例では,局在・病型診断(subtype testing)を行う。まず副腎CTを実施し,腫瘍の有無を確認するが,その結果に拘わらず,患者が手術を希望する場合には副腎静脈サンプリング(AVS)を実施し,一側性であれば副腎摘出術を,両側性および手術を希望しない場合には,ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬による薬物治療を行う。
本ガイドラインはPAの初めてのガイドラインで,診療の基本骨格を明示した意義は大きい。一方で,スクリーニングに用いるARRの具体的なカットオフ値,機能確認検査のどれを用いるか,AVSの実施法と判定基準については具体的な記載を避けており,実際の運用の詳細は,各医師,各施設ごとの判断に任せているのが特徴といえる。
日本高血圧学会は高血圧治療ガイドラインを5年毎に改定しており,2009版でPAを主とする内分泌性高血圧に関する項目も改定された。著者はガイドライン作成委員の一人として,その改定に従事した。その骨格は,米国内分泌学会ガイドラインと同様で,スクリーニング,機能確認検査,局在診断,治療方針の決定である。改定に際して,1)common diseaseである高血圧患者の多くを診療しているのは一般クリニックの医師である事実,2)検査によるコストと得られるベネフィット,ガイドラインの保険診療での役割と影響,の2点につき議論された結果,スクリーニングの対象は,できる限り全高血圧患者での実施が望ましいとしながらも,特にPAの頻度が高い群(PA高リスク群)でのスクリーニング実施を推奨することとなった。PA高リスク群とは表1に示したごとく,低カリウム血症の合併,中等度(Ⅱ度)以上の高血圧,治療抵抗性高血圧,副腎腫瘍,40歳以下での脳・心血管系合併症を伴う高血圧例で,基本的に米国内分泌学会ガイドラインに準拠した内容となっている。
日本高血圧学会によるPA診療の手順(文献9より引用)
PA高リスク群の選択
スクリーニング法はARRで>200を陽性と具体的に表示している。スクリーニングの性格上,感度を重視しかつスクリーニングを普及することの2点から,カットオフを200という明確な数値とした。しかしながら,ARRは分母であるPRAの数値に大きく影響されるため,たとえ,分子であるPACが低くてもARRが>200となることから,ARRの増加のみならず,特にPAC>150pg/mlであることを付記している。
スクリーニング陽性例では,もし可能なら機能確認検査であるカプトプリル試験を実施して陽性の場合に,あるいは実施が不可能な場合には,そのまま日本高血圧学会あるいは内分泌学会などの専門医への紹介を推奨している。専門医は機能確認検査,局在診断,治療方針の決定を行う。機能確認検査として1)カプトプリル試験,2)立位フロセミド試験,3)生食負荷試験の中から,少なくとも1種類を実施し,陽性の場合に局在診断を行う。次いで,患者の手術希望,手術適応を考慮したのち,副腎CT,AVSなどの局在診断を実施する。手術適応,希望がない場合や両側性では薬物治療,一側性では副腎手術を選択する。
本ガイドラインでは,機能確認検査以降のステップが一定の確立されたコンセンサスがない点を考慮して,その詳細を各施設,各医師の判断に任せる一方,高血圧の日常診療においてPAのスクリーニングを普及する点に比重をおいたことが特徴である。
日本内分泌学会では臨床重要課題検討委員会により,診断の手引きが公表されている。一般診療医向けと専門医療機関向けがあるが,前者では初診の高血圧患者全例で,後者では高血圧患者全例でのスクリーニングを推奨している点が異なる。いずれもARR>200でスクリーニングを行い,陽性の場合に機能確認検査を行う。機能確認検査としては日本高血圧学会と同じくカプトプリル試験,フロセミド立位試験,生食負荷試験が推奨されており,二つ以上の検査が陽性の場合にPAと確定診断するとしている。次いで,副腎CTを実施するが,その結果に拘わらず手術を検討する場合にはAVSによる局在診断を行い,片側性では副腎切除,両側性では薬物治療を行う。
日本内分泌学会によるPAガイドライン(文献10より引用)
内分泌学会の診断の手引きは,1)PAのスクリーニング対象を高血圧患者全例としていること(一般医科向けでは初診高血圧患者),2)機能確認検査が二つ以上陽性の場合にPAと確定診断とすること,3)手術を考慮する場合にはAVSによる局在診断を前提としていることの3点が特徴であるといえる。
PAはこれらのガイドライン以外にも多様な診療ステップで診断されていることが,文献からも明らかである。ガイドラインの各ステップにおける現状と課題,さらに今後の方向性を表2にまとめた。
PA診断の現状,課題と今後
1)スクリーニング対象者
近年,低カリウム血症を合併しない例が多数経験され,一般検査からは本態性高血圧とPAを区別することは困難であることから,すべての高血圧においてPAを疑うべきで,高血圧全例でのスクリーニング実施は医学的に妥当といえる。しかし,一方で,全例でのスクリーニングによる個々の患者および医療全体から見た場合のcost-benefitが妥当か否かの明確なevidenceはない。特にPAの病態の‘diversity’を考慮した場合に,すべてのPAが同じように診断されるべきかどうか,PAと診断されないことで不利益が生じるかは,確実なevidenceがない。PAの可能性が高い高血圧群(PA高リスク群)においてスクリーニングを積極的に実施し,本来なら見逃されるべきでないPAを確実に診断していくことが,高血圧全体の診療水準を効率よく向上させる第一歩であり,かつ現時点ではより現実的なガイドラインといえる。一方,スクリーニングされないことで見逃される可能性のある軽症PA患者において,PAとしてではなく高血圧としてのみ治療されることが予後の面で不利益をもたらすか否かの疫学的evidenceを示すことが,内分泌,高血圧専門医の使命と考えられる。勿論,PAC,PRAの検査コストが生化学検査並に低下すれば,広範なスクリーニングの実施のハードルは無くなるといえる。
2)スクリーニング方法
ガイドラインでは主にARR[11]が用いられている。しかしながら,スクリーニングに用いる指標は施設ごとで一定でなく,各々の指標の具体的なカットオフ値も一定ではない(表3)。異なる指標とカットオフを用いる結果,PAの診断の精度にも影響する重大な問題である。診断の均質化のためには今後,統一化されたシンプルなスクリーニング指標の確立が必要である。
スクリーニングの指標
3)機能確認検査
現在,機能確認検査として少なくとも6種類の検査が提唱されている(表4)。その多くはアルドステロン分泌の自律性を検証するものであるが,PAにおけるアルドステロン分泌の反応性増加を検証する迅速ACTH試験もあり,検査の原理,機序は多様である。カプトプリル試験は安全性が高く外来でも実施可能であるが,特異性が若干低い可能性がある。フロセミド立位試験は,我が国での歴史が長いが,循環血漿量増加によるレニン活性の抑制を判断するもので,アルドステロン過剰の間接的評価に留まる。起立性低血圧などの副作用にも注意を要する。生食負荷試験は特異性が高いが,偽陰性があり,また実施時間が4時間と検査の負担が大きい。経口食塩試験は簡便であるが,十分量の塩分負荷の方法に工夫が必要である。フルドロコルチゾン・食塩負荷試験は,検査費用が高く,検査に日数を要する。迅速ACTH試験は安全で簡便であるが,PA診断における特異性は今後さらに検討を要する。即ち,現状で使用される機能確認検査は各検査毎に長所,短所がある。
機能確認検査
最大の課題は,実施すべき検査の数と検査の優先度で,国毎,施設毎で実態は異なっている。一般に1種類の検査が用いられることが多いが,日本内分泌学会の指針では2つ以上が陽性であることが必須要件となっており,その客観的根拠に批判もある[12]。更に,各検査の実施方法の詳細や判定のカットオフ値も異なる。異なる検査,異なる判定基準で陽性と判定された病態が均質である保障はない。今後,実施の容易さ,感度,特異度の観点から,最も適切な検査の確立が期待される。さらに,著者らはARRが一定以上の高さであれば,機能確認検査を省略可能であることを報告している[13]。
4)局在診断法
CT,副腎シンチグラフィ,副腎静脈サンプリング(AVS)がある。CTはほとんどの施設で実施可能であるが,腫瘍の存在を示せてもその機能評価はできない。また,PAの腺腫は小さいことから,約50%はCTで腫瘍を確認できない。腫瘍をみとめてもそれがアルドステロン過剰の原因となっている確実な証拠とはならない。その意味で,近年,AVSの必要性がこれまで以上に認識されてきている。しかしながら一方で,診断の最終ステップとして必須の診断技術とするうえで,検討すべき課題も少なくない。
まず実施方法が標準化されていない点である[14]。近年はACTH負荷AVSが一般的[15]となっているが,負荷の目的は1)カテーテル挿入の成否の判定,2)検査中のストレスの影響の除外,3)PAにおいてアルドステロン反応性が大であることの確認,4)AVS成功率の向上など,実施者ごとで異なっている。またACTH負荷は健常組織からのアルドステロン分泌も促進するため,局在診断の判定に却って不利益であるとの報告[16]もある。
次に局在診断の判定基準が施設毎で異なる点である。表5に代表的な指標を記載した。海外では一般的にPAC/コルチゾール(F)の左右比であるlateralized ratioや非腫瘍側と下大静脈の比率であるcontralateral ratioが一般的であるが,我が国ではPACの絶対値も用いられている。更に,各指標のカットオフ値の絶対値も施設毎で異なっており,lateralized ratioも2.0から4.0までの幅がある。判定基準の不均一性は局在診断結果の不統一をもたらし,判定の境界域にある例では両側性か一側性かの診断が逆転する可能性も指摘されている。
AVSの判定基準
さらに技術水準の向上と検査実施のcapacityの問題がある。専門施設の啓発活動により我が国全体の技術水準が向上してきたことは間違いない。しかし,この数年間のAVSの実施件数は年間で900件から1,500件に増加しているが,その増加のスピードはPAで実施が必要とされる推計患者数にははるかに及ばないのが現状である。今後,より広範に実施しうる局在・病型診断法の開発が必要であるのは明らかである。
5)治療法の選択
副腎腫瘍を有する典型的なPAでは一側副腎摘出術が第一選択の標準的治療であることは異論がない。一方,明らかな副腎腫瘍を認めない例や局在診断が確定されない例では薬物治療が選択されるが,アルドステロン拮抗薬の併用が必須か,通常の降圧薬で十分かの確実なエビデンスもない。今後,介入研究による検証が期待される。
近年のPAガイドラインの策定は,高血圧診療におけるPAの診療水準向上に大きく貢献したといえる。しかしながら,対象となる高血圧患者数が多く,様々な診療科での診療が想定される。それ故,簡便かつ実施可能性の高い診療プロセスが必須である。今後,スクリーニングはさらに普及することが期待されるが,その後の診断ステップは簡素化と非侵襲化への努力が必要である。著者ら[13]は,ARR>1,000以上では機能確認検査を省略できることを報告している。また,AVSに関しては,その実施施設の集約化と実施適応の選択が必要と考えられる。またAVSの適応に関しても,当初は,副腎CTで腫瘍を認めない場合に積極的に実施してきたが,結果的には,両側例が極めて多いことが明らかになった。それ故,現在では副腎CTで腫瘍を認めた例,腫瘍を認めない例では低カリウム血症合併,治療抵抗性高血圧,ARR>1,000などの症例をAVSの積極的な適応として考えている(図4)。PAでは本稿で解説したガイドラインの諸問題を念頭において診療に従事することが必要であると共に,多数例における検証から,evidenceに基づいた,より簡便かつ妥当なガイドラインの策定が期待される。
京都医療センターにおけるPA診療手順の原則