Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
A case of papillary thyroid carcinoma with right aortic arch ─ relation with recurrent laryngeal nerve and aortic arch aomaly ─
Shinya SatohSeigo TachibanaTadao YokoiHiroyuki Yamashita
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2012 Volume 29 Issue 3 Pages 238-241

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抄録

今回,われわれは大動脈弓奇形の1つである右側大動脈弓を伴った55歳女性の甲状腺乳頭癌症例を経験した。術前CTで右側大動脈弓の存在が判明していたため,過去の胸部手術の報告,発生学的知見より右反回神経は右側大動脈弓を反回して気管食道に密着するように,左反回神経は動脈管索を反回して通常の走行をしているものと推測した。術中,術前の推測通りの位置に反回神経を確認することができた。術前CTで大動脈弓奇形が存在する場合,大動脈弓奇形の種類にかかわらず発生学的知見により反回神経の走行を推定することが可能である。

はじめに

反回神経の走行異常として,右鎖骨下動脈起始異常によって生じる右非反回下喉頭神経がよく知られている。右鎖骨下動脈起始異常以外にも大動脈弓奇形は存在するが,そのような大動脈弓奇形に伴った反回神経の走行異常に関しての認識は低い。今回,われわれは右側大動脈弓を合併した甲状腺乳頭癌症例に対して手術を行う機会を得た。非反回下喉頭神経ほどの明白な走行異常ではないが,正常とは少し異なった走行をしていたので,大動脈弓奇形と反回神経の走行についての文献的考察を加えて報告する。

症 例

症 例:55歳,女性。

主 訴:なし。

既往歴:40歳より高血圧で内服治療。

現病歴:平成21年11月のPET検診で甲状腺腫瘍を指摘され当院を受診,細胞診で乳頭癌疑いであったため手術施行となった。

初診時所見:甲状腺右葉に1.5cmほどの硬い腫瘤を触れた。頸部リンパ節腫脹は認めなかった。血液検査ではfT4 1.28ng/dL(正常範囲0.90~1.70),TSH 1.62μIU/mL(正常範囲0.50~5.00)と甲状腺機能は正常で,サイログロブリンは4.3ng/mL,抗サイログロブリン抗体は114 IU/ml(正常値28未満)であった。その他の血液所見には異常を認めなかった。

甲状腺超音波検査:甲状腺右葉上極に15mmの不整な結節を認めた。境界は不明瞭粗雑で,内部は充実性で低エコー,やや不均質で,微細高エコーを認めた。

胸部正面レントゲン:心臓の右第1弓はやや突出しており,心縦隔陰影はややいびつな形をしていた。

頸胸部単純CT(図1a,b):甲状腺右葉上極に1cmほどの石灰化病変を認めた。また,大動脈弓が気管の右側に存在する右側大動脈弓を認めた。主な血管は正常の大動脈弓の鏡像として,心臓側から左腕頭動脈,右総頸動脈,右鎖骨下動脈の順に分岐していた。左右腕頭静脈は通常走行で上大静脈に流入し,上大静脈は上行大動脈および大動脈弓の腹側から右側に存在していた。

図 1a, b .

頸胸部単純CT

気管の右側に大動脈弓は存在。心臓側から左腕頭動脈,右総頸動脈,右鎖骨下動脈の順に大動脈弓から分岐。

入院後経過:上記所見より甲状腺乳頭癌,右側大動脈弓により右反回神経の走行異常(おそらく正常の左側反回神経の走行に準じた位置に存在)があるものと診断し,平成22年5月に甲状腺右葉切除,中央区域郭清を施行した。術前の予想通り右反回神経は気管食道の右側に密着する形で走行していた(図2)。左反回神経は通常通り気管食道溝の位置を走行していた。術後は良好に経過,反回神経麻痺も生じなかった。

図 2 .

術中写真

右反回神経は通常走行と異なり気管食道を離れることなく,気管食道に密着して上縦隔まで走行。

病理所見:右葉の腫瘍は乳頭癌で,甲状腺周囲に浸潤を認めた。中央区域のリンパ節にも転移を認めた。以上よりpT3N1aM0 pStageⅢと診断した。

考 察

右側大動脈弓は大動脈・大動脈弓奇形の一つで,その出現頻度はKasaiらによる解剖からの報告では約0.1~0.2%[],伊藤らのMRによる解析では5,000例中7例(0.14%)[]と報告されている。右側大動脈弓は本邦でも先天奇形,画像診断の点から小児科や放射線科から報告されており,また食道癌や肺癌手術,血管外科手術の点から外科からも多数の報告がある[]。しかし,頸部手術を扱う甲状腺外科や耳鼻科からの報告はない。これは右側大動脈弓の出現頻度が少ないということもあるが,右側大動脈弓を伴った甲状腺手術では肺癌や食道癌手術で生じるような手術アプローチや手術術式での大きな変更点がないことも原因であろう。

正常大動脈弓は胎生4週に6対の鰓弓動脈が出現し,あるものはそのまま残存し,あるものは消失していき,最終的に左第Ⅳ鰓弓動脈が左大動脈弓として成立する。その過程で大動脈(弓)および心臓は尾側へと移動していき,喉頭に進入する反回神経は交叉する鰓弓動脈(とその遺残)に引きこまれ,縦隔内へと移動する。このために左右の反回神経は右鎖骨下動脈や大動脈弓および動脈管索を反回すると説明される(図3a,b)[10]。よってこれらの交叉する動脈に発生の過程で問題が生じ,消失や遺残が通常通りに起こらないと反回神経の走行が変化するものと考えられている。EdwardsやKnightらは大動脈弓の奇形を発生学的に説明するために,重複大動脈弓の理論的模型図(hypothetic double aortic arch)(図4)を考案し,その模型図の左右それぞれ4ヶ所の退縮の仕方によって大動脈弓奇形(正常分岐を含む)を分類した(表1,Knight-Edwardsの分類)[1113]。それに従うと,Ⅰ重複大動脈弓,Ⅱ左大動脈弓,Ⅲ右大動脈弓の大きく3つに分類され,それぞれ血管環のどの部分が退縮・消失するかによってさらに分類されている。理論上は右大動脈弓も左大動脈弓もさらに細かく分類されそうであるが,発生学的に生じえないものを除外し,実際に存在する症例から3つに細分類(A,B,C)されている。また,正常の左側心の場合,動脈管索は左側に生じる。今回経験した症例はEdwardsの模型図に従うと,模型図の1もしくは2の部分で血管の退縮が生じたと考えられ,右反回神経は右第Ⅳ鰓弓動脈より形成された右大動脈弓を反回し,左反回神経は心臓が左側心であることから左第Ⅵ鰓弓動脈の遺残である動脈管索を反回する(動脈管索が大動脈と繋がっているか左鎖骨下動脈と繋がっているかは不明)と術前に想定した。手術中に左右とも反回するところまで確認できたわけではないが,右反回神経は本来なら足側に追っていくと右総頸動脈に寄っていき,鎖骨下動脈が分岐する近くで総頸動脈背側に潜りこんでいくのだが,本症例では上縦隔まで気管食道に密着するように走行しており,右大動脈弓を反回することが予想された。左側も非反回下喉頭神経となることなく,上縦隔近くまで左気管食道溝から食道腹側を走行しており,神経が動脈管索を反回しているものと予想された。

図 3 .

発生図(ラングマン発生学より転載改変)

a:通常の大動脈弓の発生。

b:今回の右側大動脈弓の発生。

図 4 .

a:大動脈弓発生の理論的模型図(動脈管索が左側に存在する場合)。

b:模型図の1の部分が退縮消失したと想定した場合の模型図。

下喉頭神経は総頸動脈に沿って下行し血管環の外から内へと足側を通り,さらに動脈管索の足側を通った後に気管食道近傍を上行する。本症例は図の1もしくは2の部分が消失したものと推測される。右鎖骨下動脈起始異常はCの部分が消失することで右下喉頭神経が右鎖骨下動脈を反回せずに非反回下喉頭神経となる。3の部分が消失して右側大動脈弓となっても動脈管索に下喉頭神経がひっかかるので,左に動脈管索がある限り非反回下喉頭神経とはならないが右側心(内臓逆位症など)で動脈管索が右にある(図の1と2の間ではなく,AとBにある)場合は非反回下喉頭神経となる。

表1.

Knight-Edwardsの大動脈弓奇形の分類

これまでの右側大動脈弓の本邦報告例も本症例の知見を裏付けており,Knight-Edwards分類ⅢAとⅢBが食道癌症例の報告で5例と15例[],肺癌症例の報告では1例と6例報告されているが[],これらの症例で反回神経の走行に関して記述のあるものでは,右反回神経に関してはすべての症例で右大動脈弓を反回していたが,左反回神経では,1例で動脈管索が存在せず左鎖骨下動脈で反回していた以外はKnight-Edwards分類ⅢA,ⅢBいずれでも動脈管索が存在し,そこを反回していた[]。

本症例および過去の右側大動脈弓の報告例の知見をまとめると,①右側大動脈弓はEdwardsらが分類したごとく主に2つのタイプ(A鏡像型,B左鎖骨下動脈独立分岐型)があり,どちらのタイプでも反回神経は右側では右側大動脈弓を左側では動脈管索を反回する,②そのため右側大動脈弓症例での頸部手術では右側大動脈弓のタイプにかかわらず右反回神経は気管食道に密着する形で走行し,左反回神経は通常通りの走行をする,と言える。

結 語

右側大動脈弓の鏡像型(Knight-Edwardsの分類ⅢA)を合併した甲状腺乳頭癌症例を報告した。右反回神経は右側大動脈弓を反回していたと考えられ,気管食道に寄り添うように走行していた。左反回神経も非反回下喉頭神経となることなくほぼ正常の走行であった。術前の大動脈・大動脈弓の走行をCTで確認し,それを発生学の知識と照らし合わせることによって,術前に頸部の反回神経の走行を正確に推測することが可能であった。

本文内容の一部は第43回日本甲状腺外科学会(2010年10月14日,倉敷市)にて口演した。

【文 献】
 

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