Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Breast cancer research from bench to bedside
Minoru FujimoriTomoyuki FujitaHajime NishimuraKayoko KoshikawaNaoya NaguraJun AmanoShunʼichiro Taniguchi
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2012 Volume 29 Issue 4 Pages 298-300

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抄録

トランスレーショナルリサーチの必要性が提唱されて久しいが,癌治療における基礎研究の成果を臨床の場に橋渡しした実例を紹介する。われわれは1970年代から研究が始まった固形癌の嫌気的環境を標的とした嫌気性菌ベクターの基礎実験をもとに,組換えビフィズス菌製剤による新規腫瘍選択的治療薬の開発研究を行っている。ヒト常在菌であるBifidobacterium longumB. longum)菌を担癌動物に静脈内全身投与すると腫瘍組織でのみ特異的に集積・増殖することを見出し,Prodrug/Enzyme療法に用いられるCytosine Deaminase遺伝子を導入した組換えB. longum菌を作製した。ヒト乳癌細胞株移植ヌードマウスの治療実験を施行した結果,腫瘍内局所でのみ高濃度の5-FUが検出され腫瘍縮小効果が認められた。前臨床試験の結果,phase Ⅰ/Ⅱaプロトコールが米国FDAに承認され,臨床治験が開始されることとなった。

はじめに

トランスレーショナルリサーチの定義は,日本ではかなり基礎に傾いた意味合いで使われることが多いが,本来は,大学と実業との橋渡しをする研究であり,米国では前臨床試験から臨床治験 phase Ⅰ/Ⅱaまでの一連の研究課程と定義されている。また,2002年のNature Medicineには,トランスレーショナルリサーチについて「基礎的な研究成果を臨床に応用することを目的にチームで行う研究」という記述がある。

われわれは,新しい癌治療へのアプローチとして,従来とは全く異なる視点で低酸素環境という固形癌共通の性質に着目した。固形癌はその種類にかかわらず腫瘍内が正常組織に比べて嫌気的環境であることが報告されており[],組織内酸素濃度を測定したデータでは,癌患者における腫瘍内酸素分圧は平均10~30mmHgであり,正常組織の酸素分圧24~66mmHgに比べて有意に低いことが示されている[]。今回のトランスレーショナルリサーチの発端は,木村,谷口らが20年以上前にCancer Researchに報告した嫌気性菌であるBifidobacterium bifidumを担癌マウスに静脈内全身投与する実験で,腫瘍内に特異的にBifidobacterium bifidumが集まるという結果である[]。

嫌気性菌のBifidobacterium属は,ヒトや哺乳類動物の回腸や大腸に存在する常在菌であり,病原性のない微生物である[-]。Bifidobacterium属菌は,多くの国で乳性品の発酵の目的で広く使われており,この微生物に病原性のないことは一般的に受け入れられているのみならず,免疫力の増強,発癌の抑制などの有益な特性も報告されている[]。われわれは,このBifidobacterium属であるBifidobacterium longum菌をBacterial vectorに用いた癌の低酸素環境を標的にした全身投与による癌の治療,特に全身転移を有する全身病としての乳癌患者に対しての腫瘍選択的gene deliveryを応用した治療法の開発に取り組み,2012年より米国テキサス州ダラスにおいてPhase Ⅰ/Ⅱ 臨床治験が開始されることとなった。

1.Bifidobacterium longum菌の腫瘍特異的集積

実験動物として,DMBA投与による化学誘発乳癌ラットを使用し,Bifidobacterium longumB. longum)菌を用いて菌の腫瘍特異的集積について検討した。担癌動物の尾静脈より,B. longum菌を全身投与し,一定時間毎に屠殺して腫瘍組織と肺,肝,腎,心臓の正常組織を摘出し,これらの組織抽出液を寒天培地上で嫌気的に培養し,それぞれのコロニー数をカウントした。図1は各組織抽出液を嫌気的に培養したシャーレであるが,168時間後には腫瘍1グラムあたり約6万個のコロニーが検出された。一方,肺,肝臓,腎臓,心臓からの組織抽出液では全くコロニーが認められなかった[]。

図 1 .

各組織抽出液を嫌気的に培養したシャーレ

以上より,全身投与されたB. longum菌の腫瘍選択性の高さが証明された。

2.Bifidobacterium longum菌を用いたEnzyme/Prodrug療法:Bifidobacterial Selective TargetingーCD〈BESTーCD〉療法

5FUの前駆体である5-fluorocytosine(5FC)と薬剤代謝酵素であるcytosine deaminase(CD)遺伝子を用いたEnzyme/Prodrug遺伝子治療は以前より試みられているが,われわれは,非病原性の常在嫌気性菌であるBifidobacterium longumB. longum)菌にCD遺伝子を導入したBifidobacterial Selective Targeting-CD〈BEST-CD〉療法を開発した(図2)。

図 2 .

BEST-CD療法

治療実験として,CD遺伝子導入組換えB. longum菌を,DMBA誘発乳癌ラットの尾静脈より全身投与した。投与4日後より毎日5FCを経口投与し,治療群と無治療群であるコントロール群との腫瘍体積を比較検討した。その結果,明らかな治療効果が確認された(図3)[]。

図 3 .

BEST-CD療法によるDMBA誘発乳癌ラットにおける治療実験。○:治療群,●:コントロール。

3.BESTーCD療法の安全性

モルモットを用いた抗原性試験の結果,陽性対象物質である卵白アルブミンでは,感作中に5匹中4匹が死亡したのに対し,B. longum菌では,生理食塩水と同様で5匹とも全く無症状であった。B. longum菌は哺乳類の生後まもなくから腸内に生息する常在菌であることが,何らかの免疫学的寛容が生じている可能性が考えられる。

また前臨床試験として代表的に用いられるカニクイザルにおける静脈内投与による毒性試験を施行した。5×109CFUを4日連続投与(総投与量2×1010CFU)し,さらに最もアナフィラキシーが発症する2週間後に同量を静脈内全身投与したが,全く無症状であった。したがって,カニクイザルにおいても何らかの免疫学的寛容により抗体産生がおこらないものと考えられ,ヒトへの投与も従来の抗癌剤と同等以上の安全性を有するものと期待される。

4.米国における臨床治験

基礎研究の成果を臨床に応用するには,企業との連携が不可欠となるが,リスクが高く臨床開発まで高いコストがかかるシーズは,大手製薬企業はすぐに手を出すことは少ない。

このデスバレーを埋めて本格的臨床開発へ繋げるために,2004年に大学発ベンチャー企業(株)アネロファーマ・サイエンスを設立した。その後,2010年には官民共同投資ファンドである産業革新機構より資金提供を受け,前臨床試験を遂行することが可能となった(図4)。この結果を持って,2012年2月に米国FDAにIND申請した結果,治験開始の認可を取得。2012年10月より,テキサス州ダラスのMary Crowley Cancer Research Centersにおいて,Phase Ⅰ/Ⅱ臨床治験が開始された。臨床治験の詳細は,米国政府の臨床治験ホームページhttp://clinicaltrials.gov/ct2/show/NCT01562626?term=APS001F&rank=1を参照されたい。

図 4 .
【文 献】
 

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