2013 Volume 30 Issue 1 Pages 41-44
褐色細胞腫 pheochromocytomaは副腎髄質に発生する神経内分泌腫瘍である。褐色細胞腫は良性の経過をたどるものほど強い多形性を示し,組織学的に悪性度を判断することが難しい腫瘍の一つとされる。組織学的に悪性の可能性を判断する手段としてPheochromocytoma of the adrenal gland score(PASS)が一般的に知られている。PASSは悪性度判定に有用性が高いとされるが,問題点も指摘されており,それらについて言及する。免疫染色では有用なものは少なく,増殖能を表すKi67はその中でも比較的有用性の高いマーカーである。しかしcut off値に統一見解がなく,やはり良悪性をクリアカットに分ける指標とはならない。褐色細胞腫は10年以上の長い経過で再発してくる症例もあり,組織学的に良悪性を明確に区別できない点も併せて,良性の範疇と考えられても厳重な経過観察が必要といえる。
褐色細胞腫pheochromocytomaは副腎髄質に発生するクロム親和性細胞の腫瘍である。副腎髄質は成人における最大の傍神経節に相当するが,傍神経節とは自律神経系と密接に関係した神経堤neural crestに由来する神経内分泌組織である。傍神経節に由来する腫瘍が傍神経節腫paragangliomaであるが,狭義の褐色細胞腫は副腎髄質に由来する傍神経節腫に相当する。傍神経節腫は体中の様々な場所に発生しうる腫瘍で,およそ90%が副腎髄質発生の狭義の褐色細胞腫であり,約10%が副腎外,そのさらに10%が腹腔外発生といわれている。
副腎褐色細胞腫の発生頻度は8/100万人/年とされ,平均発症年齢は30~40歳,性差はないとされる。孤発性のものと遺伝的背景のあるものとが存在する。褐色細胞腫に関係した遺伝的疾患としては多発性内分泌腺腫症2型multiple neuroendocrine neoplasia type 2(MEN2)が代表であるが,他にvon Hippel-Lindau(VHL)disease,neurofibromatosis type 1(NF1),hereditary paraganglioma(PGL)syndromeなどが知られている。
褐色細胞腫は微細顆粒状の胞体を有する多辺角形の細胞よりなり,融合性の索状構造やZellballenと称される胞巣状構造をとって増生する。細胞胞巣間の間質は狭く,主として洞様血管より構成される。細胞は細胞質内に豊富な神経内分泌顆粒を含有した胞体の広い大型の細胞よりなり,好酸性,好塩基性の両方を示す両好性である。悪性度とは無関係に大型核,奇怪核などの多形性を示し,悪性度の低い方がむしろ多形性が強いという一般的な腫瘍とは異なることが大きな特徴である(図1,2)。細胞質内にはPAS陽性,d-PAS抵抗性の細胞質内硝子球やメラニン顆粒を有することもある。血管の豊富な腫瘍であるため,腫瘍内出血をきたすことも少なくない。
a) 副腎褐色細胞腫の組織像。多稜形細胞が血管結合織よりなる狭い間質を介して胞巣状に配列している。b) 悪性褐色細胞腫の組織所見。N/C比が増加し小型化した細胞が密に増生している。胞巣構造が不明瞭化しびまん性に増殖している。
a) 良性のものの方が,細胞が大型で多形性がより強い。b) 悪性褐色細胞腫では増殖している細胞が小型化し均質化してくる。
悪性傍神経節腫の頻度は,副腎の褐色細胞腫で約2.5%〜14%,副腎外傍神経節腫では14〜50%と報告されている[1]。副腎褐色細胞腫より副腎外傍神経節腫の方が悪性度が高いとされ,特に後腹膜傍神経節腫は傍神経節腫の中で最も生物学的悪性度が高いといわれている[1]。血行性,リンパ行性のいずれの転移もおこし,肝,リンパ節,肺,骨などに転移しやすい。悪性傍神経節腫の予後は決して良いものではなく,5年生存率は悪性褐色細胞腫で44~53%,後腹膜の悪性傍神経節腫で36%と報告されている。発症時すでに転移をおこしている症例もみられるが,10年〜30年近い後に転移をおこした症例も報告されており,長期間のfollow-upが必要とされる[1]。
悪性の褐色細胞腫・傍神経節腫は,他の内分泌腫瘍同様に診断が非常に難しいとされている。悪性の診断は,クロム親和性組織以外への遠隔転移によってのみなされる。病理組織学的には悪性の有無を判断することが非常に困難であるとされる。
前述のごとく,悪性褐色細胞腫の組織学的判定は非常に難しいとされているが,悪性の経過をたどる “可能性” を示す指標がいくつか提唱されている。その代表が2002年にThompsonにより提唱されたPASS(pheochromocytoma of the adrenal gland scaled score)である(表1)(図3)[1]。これは組織学的な12項目についてscore化し,4点以上のものが悪性の経過をとる可能性が高いとするものである。PASSは簡便かつ実用的で,有用性の高い組織学的なscoringである[1,2]。しかしながら,問題点も指摘されている。PASSは病理所見に基づくため,判定者間でのばらつきが生じやすい[3]。特に,高い細胞密度,著しい多形性,核濃染の有無の判定はばらつきが大きいとされる。一方,異常核分裂,壊死,被膜侵襲,脈管侵襲や周囲脂肪織への浸潤の有無は比較的ばらつきが少ないとされている[3]。PASSの中での紡錘細胞化の判定も問題である。紡錘細胞化はPASS 2点の項目でありながら,非悪性症例でも比較的頻度が高く,どこから紡錘細胞と判定するかの判定も難しいことから,とりすぎるとoverdiagnosisにつながる危険性がある。またPASSのcut off値を4点とすることにも論議がなされており,6点をcut offとする方がよいとの報告もみられる[4]。
Pheochromocytoma of the Adrenal Gland Scoring Scale (PASS)
以下の12項目のscoreの合計が4以上(≧4)
:悪性の経過をとる可能性が高い
PASSにおける悪性褐色細胞腫の可能性をうかがう病理像。a)大型胞巣状ないしびまん性構築(PASS 2点),b) 細胞の均質性(PASS 2点),核濃染(PASS 1点)と核分裂像の増加(PASS 2点),核異型も強い,c) 紡錘細胞化(PASS 2点),d) 中心性または融合性壊死(PASS 2点)。
その他腫瘍の大きさも悪性度と関連性が高いとされる。6cm以上のものについては注意が必要とされる[5]。大きさとPASSとの関連性も高いとされている[5]。
免疫染色では有用性のあるマーカーは少ない。これまでbcl-2,MDM-2,p53,cyclin D1,p21,p27,c-erbB-2,cathepsin,E-cadherin,bFGF,typeIV collagenaseなどの報告がみられるが,どれも悪性度との明確な関連性は指摘されていない[4]。褐色細胞腫では非腫瘍性組織同様,神経内分泌細胞である主細胞と支持細胞である sustentacular cell により構成されており,S-100蛋白は後者のsustentacular cell に陽性となる。これらsustentacular cellは悪性例では良性例に比較して著しく減少すると報告されており,特にsustentacular cellが欠如している場合は悪性の可能性を考慮する必要がある[6]。しかし,実際には良性悪性いずれも多くの腫瘍は中間的な密度を呈し,良悪性をclear cutに分けるのは困難である。増殖能力のマーカーであるKi67については,悪性度判定の指標として有用性が高いことが報告されている[4,6]。Ki67は細胞周期のG1期からM期まで発現され,G0期およびG1初期には発現されない核蛋白であり,細胞のproliferative fractionの指標とされている。M期のみを反映している核分裂像より,よく増殖能を反映するとされている。通常は腫瘍内の陽性細胞の多い領域(hot spot)において,1,000~2,000個あたり(100個/HPF×10~20視野)の陽性細胞をカウントし,その割合を%で表示し labeling index(LI)として表示する。Ki67 LIと悪性度との関連性については,これまで多数の報告があり,有用性が高いことを支持する。しかしKi67についてはcut off値をどうするかが一番の問題であり,一定した見解は得られていない(表2)。特に褐色細胞腫の場合,一般的な癌腫などに比してKi67 LIが全般に低く,cut off値も2%~5%と低く幅が狭いことから,Ki67 LIのみで良悪性を決定することは不可能である。しかし,悪性度判定の指標としては有用性が高いことから,褐色細胞腫では必ずKi67を染色することが望まれる。
褐色細胞腫におけるKi67のcut off値
褐色細胞腫の悪性度を組織学的に判定することは非常に難しい。 “悪性の可能性” を示す指標としてPASSは有用性が高いが,観察者ごとの判定のばらつきが大きい項目の存在や境界値付近の症例の判定が難しいなど問題点も指摘されている。免疫染色では予後推定におけるKi67の有用性は多数報告があるが,cut off値が非常に低い上に,一定した見解が得られておらず,良悪性をクリアカットに分ける指標とはならない。褐色細胞腫は10年以上の長い経過で再発してくる症例もあることから,良性の範疇と考えられても厳重な経過観察が必要といえる。